うららかな10月の陽気に照らされて維織さんと俺、こと小波九慧(このえ)は近所の土手に来ていた
というのも今朝維織さんが「良い天気」「外に行きたい」「連れてって」の三段論法で反論する余地もなく、連れ出されたからである
まぁ、反論するまでもなく維織さんが行くのであれば後をついていかないわけがないのだけど

「維織さん」
「…なに?」
「良い天気だね」
「…うん」

さっきから分厚い本に目を落としながら俺が話しかけると答えてくれる維織さん
ちょっと無愛想な文面に見えるかも知れないがちゃんと問いかけに答えてくれるだけ100%本に興味が向いているというわけではない良い証拠だ


「…小波君」

急に声をかけてきた維織さんに驚きつつ、努めて自然に聞き返した

「なに?維織さん?」
「…あそこ…」

維織さんが指を指した方角には不自然に段ボール箱が組まれていた

「あのダンボールがどうかしたの?維織さん」
「…中に…いる」
「何が?」
「……何か」
「そりゃ何かはいるだろうけどさ」
「大丈夫、小波君じゃない」

ひどい言われようだ、そりゃ数ヶ月前までは似たような生活をしてはいたが

「失礼だな、維織さん俺だったらダンボールでもっと良い家を作れるよ」
「………そう」

あ、今残念な目で俺を見た

「…今のは『反論すべき点はそこじゃないだろ』ってツッコミがほしかったんだけど…」
「大丈夫、どんなところに住んでても、どんな小波君でも私は受け入れるから…」

いけない、冗談で言ったつもりなのに本気にされている

「そ、それはともかく、なんで急に段ボール箱の中身が気になったりしたの?」
「…なんとなく」

維織さん?答えになってないよ?

「本当になんとなく、小波君とあったときと同じ感覚だったから気になった」

俺と会ったときと同じ感覚?
ふむ


「…小波君?どこにいくの?」
「ちょっとみてくるよ、何が入ってるのかも気になるし、俺と同じ感覚って言うならイヤでも気になるからね」

俺は立ち上がりダンボールまで中身を見に行こうとしたが、立ち上がるとなぜか前に進めなかった
なぜか?
答えは簡単だ

「…維織さん?手を離してくれないかな?」
「…いや」

俺のユニフォームのすそを掴んでいるのだ
しかも両手で

「維織さん…確認にいけないよ」
「私も行く」
「じゃあ来れば良いじゃないか」
「連れてって」

…これだ

基本的に維織さんはわがままなんだ

実際土手に来るまでも俺がおんぶしてきたくらいなんだからそれくらい不精だってことはわかっていた

「しかたないな、はい」
「…ん」

背中に維織さんを抱えると、ダンボールのある川べりまで俺は駆けていった

「犬」
「そうだね」

そこにいたのは紛れもなく犬、だった

「わん」

そういったのは維織さん

「わんわん」

重ねて維織さん

「さんわんわん」
「まてぃ!!!そんな安易なネタは許さないぞ!!!作者ァ!!!」
「…?なにいってるの?小波君?」
「い、いや、突然何かにツッコまなきゃいけない衝動に駆られて…」
「変な小波君…」

心外だ、俺は誠意をこめてツッコんであげたのに!!
くだらないことを言わされた維織さんに変わって!!!

「小波君」

見えざる何かにツッコんでる間に不意に維織さんに話しかけられた

「あ、え、あ、なに?」
「おなかすいた」
「…さっき昼ごはん食べたばっかりだよね?」
「うん、私じゃなくて、この子が」
「…あぁ、なるほど」

どうやらさっきの犬語でコミュニケートしたらしい

「さっきなんて話してたの?」
「どうしたの?ってきいた」
「うん」
「おなかすいた、って」

目を見ればわかりそうなことだけどそれを合えて言葉にすることで会話したことにする維織さんである

「そうなんだ、じゃあちゃんとご飯食べさせてあげないとね」
「うん…」

ふと、いつもの無表情な顔とは違う少し悲しげな顔をした維織さんがそこにはいた

「どしたの?維織さん」
「………早くご飯が食べたい」

気のせいだったのか、いつもどおりの無表情に戻った維織さんはそういうと、今度は犬を抱きかかえて自分の足で歩いていった


「へぇ〜維織さんがねぇ、はい、いつものコーヒー」

コーヒーを渡してくれた准が犬を抱えて離さない維織さんを訝しんでこういった

「珍しいだろ?あそこまで自分以外のことに興味を持つなんてさ、おおぉぉぉ…肌にしみるなぁ……もう冬も近いのか寒くてな…」

さすがはメイドを自称するだけあって気が利くな、とは言わないが

「でもあそこまでかまって世話するなんて小波さん以外に見たことないよ」
「失礼な、俺をペットか何かと勘違いしてるんじゃないのか」
「あれ?でも確か昔はムシ○ングとして活躍していたんじゃなかったっけ?」
「カブトムシ臭がしてたとはっきり言ってくれたほうがむしろ傷つかないよ!!!」

確かにカンタ君には橋の下で暮らしていたころにはカブトムシのにおいがするでやんすと言われたことはあった!!!あったけど!!!

「でも、冗談抜きにあそこまで維織さんがかまうなんてちょっとただ事じゃない気がするよ」

店に入ってくるなり、准ちゃん、この子のご飯、と言い出すんだから驚いて当然だが

「まぁな、それほどあの犬のことが気に入ったのかねぇ」
「うん…でも…」

准も何か不安そうな顔を浮かべている
維織さんがいつもと違う顔をしていることに准も気づいたらしい

「なんか維織さん、すごく不安そうな目で見てるのよね」
「不安そうな目?」

悲しそうな目、と評した俺の目から見た維織さんと、不安そうな目、と評した准の目から見た維織さん
どちらにせよ、何か維織さんがよくないことに当てられたことは確かなはずだ

「小波君」

と、准とふたりで話していたら急に後ろから声をかけられた
振り返ってみると、悲しそうな目でこちらを見上げながら犬を抱きしめている維織さんの姿があった

「な、なに?維織さん?」
「……ぽとふが」
「…ぽとふ?」
「あっ!!」

とは准の声
そう、維織さんの腕に抱かれていた子犬はその腕の中で短い生涯を終えていた

静かにその生涯を終えた子犬、ぽとふ(維織さん命名)を店の裏庭に埋めた後、維織さんはまた本を読みふける作業に戻ってしまった

「てっきりあんなに可愛がっていたんなら維織さん泣いちゃうんじゃないかな、なんて思ったけどそんなことなかったわね」

同感だ、と相槌を打っておいたがどうにも気になる
そもそも、最初から最後まで違和感しかなかった
無感動すぎる
維織さんの目の前で今小さな生命が絶たれたのだ
ついさっき見つけて、名前までつけて愛着がわいていたはずの小さな子犬の生命が絶たれたのだ
それをこうまで無感動に、無感情に、ひどく冷静に、対処をすることが出来るものだろうか
それが決められたことでありわかっていたのであるならまだしも…いやまて

「維織さん」
「……………なに?」

1ページもめくられていない本に目を落としながら維織さんは答えた

「ひょっとして、拾った瞬間にもう助からないってことわかってた?」

無表情の維織さんにしては珍しい表情、いつも半開きの目を軽く見開いて

「…どうしてわかったの?」

と、一言つぶやいたのち口を開いた
あの犬はもう衰弱しきっていて今日一日と生きていられなかったであろう、と言うこと

「…だからせめて最後は生きていた証に名前をあげたの」
「それでぽとふ、ね…」
「いつも…」
「え?」
「夢にでる、小波君がいつの間にかいなくなっていて、私はまた一人すごす夢」
「維織さん?」

あぁそうか

「私はずっと一人だった、けどそこに小波君が私の隙間を埋めにきてくれた」

わかってしまった

「あなたと出会ったことで風景が毎日毎日違うことに気づくことが出来た」

俺と犬が似ているといった意味も

「そして、この愛おしい日々がいずれ失われてしまう恐怖も知った」

なぜか浮かべた表情が暗く沈んだ顔に見えた理由も

「大丈夫だよ、維織さん」
「…小波君?」
「最初に言ったよね?俺は黙って君の前から消えるようなことはしない、そして君に見えているこの世界がどんなに閉じられた世界でも俺はそこから君を救い出してあげるよ」
「……」
「だからさ、維織さん」
「………なに?」
「もうちょっと、さ、俺に感情をぶつけてきてよ」
「…小波君」
「怒った顔も、笑った顔も、泣いたときの顔も、全部おんなじ無表情じゃ苦しいだけだよ、せっかく俺みたいにずっとそばにいる人間がいるんだからもっといろんな顔を見せてよ」
「ありがとう…小波君……今だけ、今だけだから、背中を貸して」
「…そういう時って胸を貸してほしがるんじゃないの?」
「…………………ちょっと、恥ずかしい」





今日もいつもの日々が俺たちの周りを駆け抜けていく
いつか訪れる別れの予感を携えながら













「…やれやれ、こういうとき有能なメイドは影から見守ってることしか出来ないから損よね…ま、維織さんのいろんな顔が見れたから良いけど…」

…おい、そこの有能(笑)メイド、良い感じで締めたんだから追記的なあとがきを加えるのをやめろ

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