宵闇を切り裂きながら、人影が走っていた。
細く袖詰めされたスーツに、使い込まれた古風な槍。シャツに皮手袋、ブーツ。全てが黒い。
俯き、短く切った髪を前に垂らした姿はビルの陰に完全に溶け込んでいた。
錆びた血臭。槍を軽く振り、血糊を拭う。
影は面を上げた。切れ長の目が細まり、月を見つめた。
月光が相貌を照らす。ボブカットに切りそろえられた髪。
色素の抜けた浅黄色の瞳。長い睫毛を伏し、床を見つめる。
人影は女だった。

薄汚れたビルの屋上。
30階建てのマンションの屋上に吹く夜の風は、地上より遥かに強く、冷たい。
大江和那はコンクリートの床に転がる潰れた死体を見下ろしながら、思わず体を震わせた。
それは夜風の冷たさからでなく、自分が成した行為に対してだ。
「おーい、朱里、こっちは片付いたで」
「了解、こちらも全滅させたからそっちと合流するわ」
――何度やっても、慣れへんもんやなあ。
和那は組織に追われる身だ。
床に転がっている死体もジャッジメントから放たれた刺客の一人。
「この連中、サイボーグじゃなくて肉体強化タイプやな。CCRくずれの兵器人間かなぁ?」
「どっちにしても、そんな連中に生身で勝てるアンタにはあきれるわ。そろそろサイボーグ化してみたら?」
伊達眼鏡を掛けた栗色の髪の少女。
ジャジメント製の強化人造人間にしてガイノイド。旧式のサイボーグにして古強者。
浜野朱里とは高校時代からの親友で、戦友。
かつてジャッジメントに所属していた猛者である。


「必要ないやろ?ウチらファーレンガールズは地球最強のコンビやからな!」
「・・・ちょっと待ちなさいよ。アンタ、それ英語の意味判って言ってる?」
凛とした面持ちの朱里が何か言いかけて口を閉じた。
ハンドサインで和那に敵の数を知らせる。
「あれま・・・」
――10?12?やってもやってもまだまだ来るやん。
息を潜め、影へ溶け込む。
直接視認できてないから、耳をそばだて動きを探る。
明確な意思を持った迷いのない動き、通路を通るたび死角をクリアする手際のよさ。軍人崩れらしい。
「ふーん、まだいたのね」
「運の悪い連中やなあ」
手にした槍を握りなおし、固い感触を確かめる。
ただの人間相手なら負けるつもりはない。
手に力が入る、来るのはジャッジメントの工作員だ。
和那から日常を奪った敵である。

ジャッジメントカンパニーは世界を飲み込むツナミだ。
強大な財力で国家を取り込むどころか
大手のWEB検索エンジンをすべて傘下に収め、
有利になるように情報操作を行うことすらできる。

ジャッジメントは彼女達を実験台にし、日常を奪い、薬と人質で殺人を強要した。
脱走した彼女達を待っていたのは逃亡の日々だった。
彼らは粛清とばかりに、彼女達の友人達を抹消した。
家も戸籍も、かつての名残すらなかったことにされ、友人達は消された。
友人達はばらばらになった。
腹を引き裂かれ、腸をさらけ出し、焼かれ、生きたまま眼をくり貫かれたものもあった。
手足が千切られ、死体で胸が悪くなるようなオブジェがあった。
造った奴は楽しんでいたに違いない。

当然、抗った。
だが二人では何もできるはずもなく、
金と権力に飽かせたジャッジメントの前では彼女達の異能も塵芥に過ぎなかった。
彼女達は敗れ、組織というツナミに押し流されたのだ。

抗っているのは彼女らの意地だ。
――希望を捨てなければいつか報われる日が来る。
和那が信じたあの男の言葉だ。
いつかそのときまで抗い続けてやろう。
今夜の襲撃はそのための糸口だった。
彼女達の元に情報が入った。
ジャッジメントがとある重要な機密が入ったチップを追っていると。
機密は組織を揺るがす重大なものであると。
彼女達はそれに賭けた。
情報が何かは知らない。
しかし、あのジャッジメントが勢力を挙げて追っている機密を手に入れられれば状況は変わるだろう。

「じゃあもうひと暴れと・・・」
「いきますか!」
和那は重力の向きを変え、空に墜ちる。
相手には、体のバネ無しに飛び上がったように見えたはずだ。
中空で更に向きを変え、重力の加速を使い、手にした小石を投げる。
敵に向かって墜ちた小石は重力で加速し、ビルの壁ごと目標を砕く。
重力ベクトルの変化、これがジャッジメントの実験で付与された彼女の異能だ。
水気を帯びた生肉が潰れるくぐもった音。
鉄火場に不釣合いな女性の悲鳴。周囲では銃を構えなおす気配。
状況を確認しつつ和那は悲鳴の元へ距離を詰める。
和那は槍でとどめを刺そうとして、手を止めた。


――驚いたわ、こんな場所に民間人がいるなんてなあ。
水色のセーターを着た女性が、アスファルトの路面に倒れていた。
頭を砕かれたCCRくずれの傭兵だったモノを見て、眼に涙を浮かべている。
必至に逃げようとしているのか、足が路面を掻いている。
恐怖に腰が抜けて立てないようだ。
――そりゃあ怖いわ。ウチらも一般の人から見たらこんなんなんやなあ。
「巻き込んですまへんな。逃がしたるから堪忍してや」
彼女は、赤い髪留めの付いたサイドテールをゆらし、頭を振った。
「私からもあやまっておくわ。
 私は、命を狙われたままで生きるのはもう、辛いの・・・
 だれも私を知らない所で静かに暮らしたいの・・・」
「えっ!?」
和那は怖気を感じて反射的に離れた。
「ごめんね」
彼女は眼を閉じた。
意識の混濁。和那の頭に走る痛み。
「わ!な、なにするんや・・・!」
「・・・私との記憶を消してるの・・・」
――あかん、ちくしょう。
和那の意識は闇に溶けていった。


「う・・・あれ・・・ここは私の部屋・・・?」
朱里は目覚めるとベッドに寝かされていた。
癖っ毛の頭を撫でて、外されていた伊達眼鏡を掛けなおす。
「どうしたの?部屋の前で倒れてたけど」
ベッドの隣には真っ白な肌に深い翡翠色の瞳をした小柄な少女が座っていた。
ストレートな髪に、黒に近い銀髪、なかなかの美形である。
「そう・・・どうしたのかなブラック・・・・・・私・・・あ、あれ?あれ?」
「・・・どうしたの?涙なんか流して・・・何かあったの?」
何か大切なものを奪われた気がした。
「な、なんなんだろうね・・・私、どうしちゃったんだろう・・・
 涙が止まらないよ・・・すごく、大事なものを忘れてしまった気がする」
大切なものが抜けてしまった罪悪感と不安感。
「そう・・・ところで和那は?」


和那が目覚めた先は牢屋だった。
無骨なコンクリートと鉄格子、窓はない。
部屋には硬いベッドとトイレがあるだけだ。
所々に赤黒い染みが付いている。
生臭いような甘ったるい臭いが漂っていた。
どうやって逃げようかと思っていると、女の悲鳴が聞こえてきた。
鉄格子に顔を押し付けて声を確認する。
見えた。鉄格子の向こう、二人の男と一人の女が一糸まとわぬ姿で絡み合っている。
悲鳴は喘ぎだ。

和那は赤面しながらも行為から目が放せなかった。
女は生まれたままの無防備な姿で、手足を縛られ、手を上に吊られて居たのだ。
裏から突かれる度、曝け出された胸が震える。
練れ光る肌、艶やかな双乳、しこり立つ乳首。
火照った体を、男達がしつこくいやらしい手つきで撫で回している。
ぬちゃぬちゃと粘ついた音が、此処まで聞こえてきそうだ。
生唾を飲み込んだ。
「ああっ・・・いいっ・・・・・・イクっ・・・・・・」
惚けた声音、気丈に抵抗しようとするも溶けてしまった姿。


「”絶対にイッて下さい”」
「どうして!?イケないの・・・やめてぇ・・・イかせてよ」
金髪の外国人が答えた。
「”だからいつでもイっていい”と言っているじゃないですか」
「イッ・・・!?、ああぁぁぁ、はぁぁぁ、イッ・・・!ひぃぃぃ」
股下から響く、濡れたモノ同士がぶつかり合う音。
歓喜に咽ぶ嗚咽が牢にこだまする。
「イけるよう協力してあげましょうか、”普通にしてていいですよ”」

女の指が中を掻き毟り、全身が痙攣する。
「はっ・・・・・・はひぃ・・・・・ひぃ・・・・・・はぁ・・・・・・」
全身から汗が噴出し、ヌメ光る。
瞳は淀み、白く濁った涎を垂らしている。
視線の先は此処ではない世界にイってしまっている。
「3日間焦らされた後、イキっぱなしになる気分はどうですか?」
女は答えない。答えられなかった。

「嫌だ、嫌、いや、いい、嫌、いい、イヤいい、イイ、イィィィィ」
女の中で壮絶な葛藤がせめぎあっていた。
答えてしまえば二度と戻れない。
そこまで彼女は追い詰められていた。
「・・・・・・ひぃぃぃぃぃっ」
絶叫と共に崩壊が始まる。
「いいですねえ、生命の高ぶりと崩壊。最高のショーですよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・」
女は悶絶していた。危うくぎりぎりの均衡を保ったのだ。
「あと一押しですか」
金髪の男は、汗と唾液でどろどろになった女を検分した後、言った。
「”嘘でいいですから答えてください。イきたいですか?”」
「・・・・・・イキたい!イキたいのぉぉっ!」
言葉にしてしまった、言霊にしてしまった。
僅かな均衡が乱れ崩壊が始まった。
クンッと尻が跳ね上がる、縛られた体がくの字に折れ、愛液をしぶかせる。
淫らに綻んだ花弁には、剛直が突き刺さっている。
がっしりとした硬い手が尻肉を掻き分け、菊花は豪快に穿られている。
「突いて・・・・・・ほじるのは駄目ぇぇっ」
手足を縛られ吊り下げられ、蓑虫にされた体を揺らされる。
右に左に女泣かせの振り子が揺れた。
「尻を突かれるのは嫌なのですか?では自分で動きなさい」
ぐちゅぐちゅと粘液を掻き混ぜる音。
プライドから開放された女の矯声が響く。
「あーっ、あーっ・・・・・・あひぃ・・・・・・あーっ、あーっ」
前から突かれ、後ろから押され、疼きに耐えられず腰を揺する。
「イクうぅぅっ」
女は一際大きく跳ねて、意識を失った。
その表情は安らかで、満ち足りていて、憑き物が落ちた顔をしていた。

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