街から小一時間ほど歩いた荒野には、人の気配はほとんどなかった。
彼女がこの場所に指定したのは、そう悪くないと言えるだろう。
決闘には最適――なおかつ、シルバーの趣味にもあっていた。
「久しぶりね」
 微笑みながら彼女に挨拶をしても、その童顔がほころぶことはない。
シルバーはそう思っていたし、それは正しかった。
「そう、ですね」
だが、聞こえてきた彼女――エリの声は、驚くほど柔らかいものだった。
笑っていると、錯覚するほどに。
「一区切りついたときは、すぐにでも来るっておもってたけど」
「・・・修行をしていたんです。あなたを倒すために」
 朗らかな声で喋りながら、エリが腰から忍者刀を抜く。
細かい傷はたくさんついているが、刃の輝きは鋭い。
「まあ、たった一年程度修行したところで、ゴミはゴミのままでしょうけどね〜」
 笑いながら挑発する。彼女の性格から考えて、
すぐにかっとなって襲いかかって来るだろうと思っていたのだが。
シルバーのもくろみは外れることになる。
「・・・えと、どこだっけ」
 キョトンとした顔になったエリは、胸元に手をつっこみ、何かを探し始めた。
数秒かけてまさぐって、取り出したものは小さなノートだった。
それをぺらぺらとめくって、彼女は言う。
「えっと・・・あ、あった。そんなゴミに倒されるあなたは、ゴミ以下です!」
「いや、カンぺ見ながらそんなこと言われても」
「う・・・」
 自身でもそれは自覚していたのだろう。
彼女は無念そうに口を尖らせて、ノートを胸元にしまいこんだ。
「口喧嘩も修行したんですけど・・・覚えきれなくて」
「・・・修行するほどのものなの?それ」
 思わずつぶやくが、エリは返事をする気がないようだった。
右手で柄を握り締めて、左手を後ろ手に回し、こちらを睨みつけてくる。
一年前に比べたら、少しはましになっている構え。
どれぐらい楽しませてくれるかしら?とシルバーはほほを緩ませる。
「・・・行きます」
「別に宣言しなくてもいいわよ、いつでもどーぞ」
 わざわざ挑戦状を送りつけてきたところあたり、エリは正々堂々と勝負する気でいるらしい。
不意打ちをしかけてきたあのころと、何かが変わったのか、何も変わってないのか。
それが今から分かるのだろう。
 一陣の風が、二人の間を通り過ぎて。
 そして。
 ちゃらちゃらら〜ら〜らら〜ん
『らぶ!らぶ!びっくばーん!』

『あなたの〜こと〜が〜ま・ち・き・れないよる〜ど・き・ど・きしてるは・ぁ・と♪』
「・・・」
「・・・」
 ふらふらと、後ろに下がるシルバー。
全身にひどい虚脱感。さっぱり理由はわからないのだが。
「あのぅ・・・」
「・・・ああ、出ていいわよ、むしろさっさとでなさい」
 右手をひらひらと振って、シルバーは数歩後ろに下がる。
それを確認して、エリが再び胸元に手をつっこんで、携帯端末を取り出す。
『お・つきさーまぁとび』
「はいもしもし、エリです。・・・え?トウコさん?今この星に・・・あ、そうなんですか。はい」
「・・・」
 どうやら、知り合いらしい。死にたくなるほどの倦怠感をこらえながら、シルバーは待つ。
「え? はい。実は今はシルバーと決闘中で・・・あ、でも大丈夫です。
 えっと、ほら、なんとか島の、なんとかさんとなんとかさんみたいに。
 待たせておいて相手を怒らせて隙を・・・え?・・・も、もちろん私がむさしさんです!」
「あたしに聞こえるように言っちゃ意味ないでしょうが、それ」
 有名な故事を電話の相手に話しているエリに向かって小さく突っ込む。
電話に集中しているようで、その声は届く様子はなかったが。
「あ、はい・・・え!?ホントですか?あ、ちょっと待ってください。
メモを・・・あ、大丈夫です。ルナリングの、りょうていゆきえににじゅういちにち。
・・・はい、大丈夫です。朝から行きます!」
「・・・」
「はい・・・はい、ではトウコさんもお元気で・・・ふぅ」
 携帯端末をしまいこみ、エリは真面目な目つきでこちらを見つめ。
「・・・お待たせしました」
 真剣な声色で鋭く叫んできた。
「・・・あのさ、急に真面目なムードになられても雰囲気ぶち壊してるから」
「そんなこと言われても・・・」
「まあ、いいわ。さっさとかかってきなさい」
「・・・」
 困惑した顔も長くは続かず、再び緊張した面持ちになるエリ。
一秒が経過、二秒、三秒、四
『カッキーン! ガッツだぁーキミとボクとの正義のファイトぉー』
「・・・」
「・・・」
恐ろしいほど軽快な、なおかつ妙に虚脱感を味あわせる音楽が流れ始める。
音源はエリの胸元――ではなく。シルバーのポケットだ。
「あ、あの。でていいですよ?」
 電話を待ってもらった負い目だろうか、そんなことをエリが口走る。
「・・・そうさせてもらうわ」

『なぁれぇる ヒ』
 ため息をついて、シルバーはポケットから携帯を取り出した。
馬鹿みたいな歌が一番盛り上がっているところで、電話に出る。
「もしもし?」
「今どこにいる?」
 電話に出てすぐ、むやみやたらに高圧的な口調で相手が聞いてきた。
知り合いではない男の声に、シルバーの眉が傾く。
「はぁ?・・・あんた誰よ」
「いや、いい。すでに座標は割りだした。三分で行く、待ってろ」
「は?ちょ、ちょっと?」
 一方的に用件を告げられて、男の声が電子音に変わる。
「・・・間違い電話ですか?」
「いや、誰かが三分でこっちに来るとかなんとか」
「はぁ・・・」
 問いかけてきたエリに、事実を告げる。彼女は数秒思案して。
「じゃあ、それまで待っててあげます」
「は?」
 シルバーが思ってもいないことを口に出してきた。
困惑してるうちに、さらにエリは言葉を紡ぐ。
「来た人が血まみれで地面に倒れてるシルバーを見るのは可哀そうですし」
「・・・ま、いっか。じゃあその後ってことで」
「はい!」
 プライドは、今すぐ彼女と戦うべきだと叫んでいたのだが。
先ほどの妙な音楽によって、シルバーの気力はほとんどなくなっていた。
「・・・」
「・・・」
 気まずい空気。もちろん無理に良くする必要もない・・・のだが、
沈黙を嫌ってシルバーは口を開いた。
「そういえばさ、さっきの音楽・・・なに?」
「え?知らないんですか?今宇宙でものすごくはやってるんですよぉ?」
「・・・マジで?」
 やや表情を柔らかいものにしたエリの口から飛び出した言葉に、シルバーは驚愕する。
あの腐りきって甘ったるそうな音楽がははやっている?
「時代遅れですね、シルバー!あのヒヨリンを知らないなんて」
「いや、知らなくて良かったと心底思うわ」
 誇らしげな顔で無い胸を張るエリに、シルバーは小さくつぶやいた。
「・・・あの、さっきのあなたの音楽は・・・」
 シルバーとしては、ここで会話が終わっても良かったのだが、今度はエリが質問してきた。
苦虫をかみつぶしたような顔で、シルバーは口を開く。
「言っとくけどあたしの趣味じゃないわよ。たぶんブラックがいたずらしたんでしょ。・・・ったく」
「・・・そう、なんですか」
「?」
 シルバーの答えに、やや悲しげな表情でエリがこちらから眼を逸らす。
それに何の意味があるのか、シルバーが考え始めた瞬間。
「・・・ん?」
 ごぅ。
 轟音とともに衝撃が襲いかかった。

地面が揺れ、空気のかたまりがシルバーにぶつかり、エリの身体があさっての方向へ飛んで行って。
「・・・・・・?」
 十数秒の後、シルバーは耐える態勢を解く。
眼を開くと、銀色に輝く飛行艇が、彼女の目の前にあった。
 ハッチが開き、軽やかに飛び降りてくる操縦者・・・どこかで見たような、男。
一瞬で戦闘態勢を取ったシルバーに、彼は無造作に近づいてくる。
「・・・お前がシルバーだな?」
「ええ」
 問い掛けに、鋭い視線と冷たい言葉を返す。
だが、威嚇を込めたそれらに動じることなく、男は小さな箱を差し出してきた。
「お届けものだ、さっさとサインをよこせ」
「・・・はぁ?」
 そして吐き出されるわけのわからない言葉。
何と答えていいかわからないシルバーの視界に、ピンク色が映る。
そちらに注意を向けると――あちこちに擦り傷を作ったエリが、こちらに近づいてくるところだった。
「うぅ・・・あれ?エドさんじゃないですか」
「エドゥアルド、だ。・・・なんだ、忍者の小娘か」
 シルバーの方には目もくれず、エリが男に話しかける。
(・・・エドゥアルド?)
「お久しぶりです!」
「うむ」
 名前を胸の内で繰り返して、シルバーは男の正体を思い出した。
連邦のエースからルナリングのエースに、そして今はシルバーと同業者となった男。エドゥアルド。
「・・・む?ああ、サインをまだもらっていなかったな、さっさとよこせ」
 それからエリの二言三言会話して、
エドゥアルドは小さな箱をシルバーの胸元に押し付けて、伝票を差し出してきた。
「・・・?『うちゅうせんしひらやま、しょかいげんていばん』?」
 小包に書いてあった文字をエリがが口に出す。
熱くなる頬、それをごまかすかのように、シルバーは伝票にサインをさっと書いていく。
「うむ。確かに『宇宙戦士ヒラヤマ初回限定版』を届けだぞ」
「ヒラヤマ・・・さん?」
 カエルとカブトムシとムカデが混じった生物でも見つけたかのように、
驚きと困惑を混ぜた顔でエリが首をかしげる。
 さすがに誤解されたくはなく、シルバーは顔をしかめながらエリに話しかけた。
「いや、だからブラックだって。ヒーローものが好きみたいなのよ、あの子。今度製造・・・じゃなくて、誕生日だし、プレゼントよ」
 なんでこんなこと話してるのかしらね。そんなことを思わないでもない。
「・・・そう、なんですか・・・あ、じゃあこれを・・・えと、どこにしまったっけ」
「?」
 一瞬だけ暗い声色になった後、エリが三度胸元に手をつっこんだ。
エドゥアルドがそれとなく視線を逸らしているうちに、彼女は白い正方形の紙を取り出す。
 ミミズが這いまわったような文字が、奇麗な白を汚している紙。
「ヒラヤマさんのサイン色紙です!ブラックさんに、どうぞ!」
 しかめっ面で、エリがそれをこちらに投げつけてくる。反射的に受け取ってしまうシルバー。
「・・・いや、もらう義理がないんだけど」
 すぐに突っ返そうとしたのだが、エリがエドゥアルドの後ろに回ったため、それもできない。

「敵に塩を送る、と言うではないか。素直にもらっておけ」
 大人の男の貫録を見せるかのように、エドゥアルドが言う。
「うーん・・・あ、もしかして」
「?」
「『もらったはいいけど処分に困ってたからちょうどいいからあげちゃえ』ってことだったりする?」
「・・・そ、そんなことないですわよ?」
「なにその口調。・・・まあ、いいわ、もらっとく」
 視線を逸らすエリを睨みながら、色紙を小包の蓋に挟み込む。
彼女の思い通りになるのはしゃくだったが、これをブラックに渡した時の反応を見てみたかったのだ。
「・・・ところでエドさん、この船かっこいいですね」
「む?あたり前だ。この俺が乗る船なのだからな」
 逸らした視線の先にあった飛行艇に、エリがふらふらと近づく。
流線形のフォルムは鮫を思わせる形で、無理な着地をしたにもかかわらず傷一つない装甲。
 シルバーの眼から見ても、なかなかの船だ。
「わあ・・・」
「えぇい、触るな。指紋が付くだろう」
「カッコイイなぁ・・・」
 忠告を無視して、ぺたぺたとエリは妙に素早い動きで飛行艇のあちこちを撫でていく。
それを止めるためか、エドゥアルドがつぶやいた。
「・・・なんなら乗せてやろうか?」
「え?いいんですか?」
「宇宙港までの帰り道だがな」
「ぜひお願いします!・・・よいしょっと」
「いやちょっと」
「?」
 即答して飛行艇に乗り込んだエリに向かって、シルバーは叫んだ。
「あたしはどうするのよ?」
「の、のせませんよ?」
「違う!」
 ずれた返事をするエリを見限って、エドゥアルドに視線を向ける。
 彼は困った顔で、口を開いた。
「・・・すまん、この船は二人乗りなんだ」
「それも違う!」
 ボケ二人の相手は疲れる。
そんなことを思いながらシルバーはもう一度エリに視線を向けて、口を開いた。
「あのさ、一応あんたとあたしは一騎打ち中だったと思うんだけど」
「・・・ああ!」
 助手席に乗り込んでいたエリが、すたっと地面に着地する。

「先輩の仇!勝負!」
 そのまま威勢よく啖呵を切ってくるエリ。
「・・・悪いが、俺はもう行くぞ」
 だがエドゥアルドがつぶやいた言葉が、彼女の動きを止めた。
「えぇ!?」
「次の配達があるからな、待っている暇はない」
 含み笑いをしながら、機体に手を置くエドゥアルド。
頼りない呻き声を上げながら、エリがこちらを向いた。
「そんなぁ・・・あの、シルバーさん。また今度ってことで・・・駄目ですか?」
「・・・まあ、いいわよ」
 困り切った顔になったエリに向けて、小さく同意するシルバー。
シルバーとしても、早く愛しのペリュトン号(二号機)に帰りたい。
できればゴールドに代わってしばらく眠りたい。そんな感じだったのだ。
「そうですか、礼は絶対に言いませんけど、ありがとうございます」
「言ってるじゃない」
「さあ!いきましょうエドさん!」
 こちらを無視して助手席に乗り込んで、エリは叫ぶ。
その目線は、どこまでも広がる宇宙に向けられているようだった。
「・・・エドゥアルドだ」
 つぶやいて、エドゥアルドもさっと乗り込む。
彼がシートベルトを締めて、操縦桿を握ってすぐに、機体は浮上し始めた。
 踵を返し、少し離れるシルバーに、聞こえてくる会話。
「そういえばエドさん、今度のパーティ楽しみですね!」
「・・・パーティ?」
「二十一日にある、『連邦弱体化一周年記念パーティ』ですよ。
デスパレスを破壊するのを手伝った人間すべて参加するって言う、あの!」
 会話の中身が気になって振り返った途端、飛行艇は轟音とともに空の彼方へと消えていった。
聞こえたような気がしないでもないエリの悲鳴――それに気を良くしながら、シルバーは携帯を取り出した。
 短縮一番を押して、相棒を呼び出す。
「・・・あ、ブラック?今度の二十一日ってなんか予定あったっけ?
いやさ、なんか面白いパーティがルナリングで・・・」

 どっとはらい。

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