Call my name!

[684]549 ◆51nyTkmf/g <sage> 05/03/16 23:08:48 ID:TljDmblL
[685]549 ◆51nyTkmf/g <sage> 05/03/16 23:09:46 ID:TljDmblL
[686]549 ◆51nyTkmf/g <sage> 05/03/16 23:10:46 ID:TljDmblL
[687]549 ◆51nyTkmf/g <sage> 05/03/16 23:11:54 ID:TljDmblL

 思いっきり泣いて少し落ち着いた少女は、母に連れられて
翠屋に戻った。店内は支払いをしている客がいるだけで閑散
としている。入り口の扉には閉店の札がかけられ、姉や他の
バイトの少女達が少し早目の店じまいを始めていた。
「はい、どうぞ」
 母が少女の前にカップを置く。カップには湯気を立てた白
い液体がなみなみと注がれている。
「……ごめんなさい」
 前におかれたカップを手に、少女は母に頭を下げた。少女
のただならぬ様子に片手までは対応出来ないと、両親は閉店
を早めたのだった。店や客に迷惑をかけてしまったことにな
り、少女は自責の念で一杯になる。
「いいのよ、あなたの方が大切だもの」
 母はトレイをテーブルに置き、前の席ではなく少女の横に
座る。
「ほら、冷めないうちに飲んじゃいなさい。お菓子もあるん
だけど、もうすぐ夕ごはんだからその後でね」
 両手で支えたカップに口をつけると、甘いミルクの味が口
の中に広がる。横から少女を抱く母の体と温かいミルクが、
少女を中と外から暖める。
(わたしは、お母さんの子だよね?)
 子供好きの優しい母。たとえ少女が本当に母の子じゃなく
ても、母は同じように優しく接してくれるだろう。それは誇
れることであるが、今の少女には自信がもてなくてかえって
辛く、また少女の目尻に涙がにじむ。
(わたし、こんなに泣き虫だったんだ)
 少女はあまり泣かない。寂しかったころの影響で、特に自
分のことでは我慢してしまう癖がついてしまっていた。独り
の時は泣いても誰もいないし、誰かいる時は泣いて迷惑をか
けることを良しと出来なかった。
 最近泣いた時は、嬉しさ半分寂しさ半分でどうしても我慢
出来ず、抱き着いて泣いてしまった。
(……あれ、誰に?)
 そもそも、それは何時のことだったか。とても大切なはず
なのに思い出せない。決して忘れてはいけないことなのに、
漠然と少女の心に残り香のようにあるだけで、手を伸ばして
も何もつかむことが出来ない。
(いや、いやだよ)
 カップを手にしたまま固まった少女を、母が心配そうにの
ぞき込む。
「大丈夫?」
「ぁっ……はい」
 少女はカップに残ったミルクを飲み干し、目尻にたまった
涙をふき取る。その様子を見て母は少女の頭を軽くなで、慎
重に言葉を選ぶように口を開く。
「さて、と……。わたしの名前は高町桃子。桃子さんでも何
でも好きなように呼んでいいわよ。でも、小母さんはちょっ
と嫌かなぁ」
 それでも少女をリラックスさせようと軽口をたたく。少女
は顔をあげ、すがるような目で母を見上げる。優しい目で少
女の視線を受け止め、見つめかえしてくれる母。少女にとっ
てその母の呼び方は一つしかない。
「お母さん……お母さんって、呼んでいい?」
 もし、駄目だと言われたら。そのような母じゃないと少女
は信じている。いや、信じたいと思っている。だが、このお
かしな状況では何があるか分からない。少女はかたずを呑ん
で母を見る。
「もちろん。なら、あっちの小父さんがお父さんね」
 母がおどけるように父を指さすと、カウンターを片付けて
いる父は陽気に手を振る。少女はほっとして体の力を抜く。
が、すぐに母の腕を取ってまくし立てた。
「わたし、本当にお母さんの子供なの。お父さんが高町士郎
さんでお母さんが桃子さん、恭也お兄ちゃんに美由希お姉ちゃ
んの五人家族で、わたしが末っ子で。ウソじゃないの。みん
ながわたしのこと分からなくても、本当にそうなの」
「うん、うん」
 母は少女の話すことを聞き漏らさないよう真剣に耳を傾け、
言葉一つ一つにうなづいて全てを吐き出させようと少女を促
す。
 優しい父、少し意地悪な兄、仲良しな姉、翠屋、家の道場、
誕生日、家族旅行、学校のこと、友達のこと、そして大好き
な母のこと。大切な思い出、日常、家族、思いの丈を母にぶ
つける。
「……なの。信じて、お母さん!」
 すべてを吐き出して少女は審判を待つ。これで悪夢から覚
めるように自分のことを思い出してもらえるとは思っていな
い。ただ、どんなにみんなのことが好きで、分からないこと
が悲しくて、思い出せないのが辛くて、それだけを分かって
欲しかった。
「うん、信じるよ。私は難しいことは分からないけど、ウソ
や出任せだなんて思わないわ。私はあなたのお母さんよ」
 少女の両頬を母の手がつつむ。そっと頬をなで、目尻の涙
を拭い、そして、頬を軽くつねった。
「ほら、笑って。可愛い顔が台無しよ」
「……うん、お母さん」
 まだ満面の笑顔では笑えない。ぎこちなく歪めるような笑
みしか出来ない。まだ問題は何も解決していないから。それ
でも少女は思う。
(わたし、お母さんの子供でよかった)

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目次:Call my name!
著者:549

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