[512] タピオカ sage 2008/01/20(日) 01:39:01 ID:kA3HrIVb
[513] タピオカ sage 2008/01/20(日) 01:39:40 ID:kA3HrIVb

「外の世界を、見たいと思うか?」 解凍編

「解凍完了しました」
「御苦労さま。ああ、特に問題はないようだね。それじゃあ早速チンクに移植しようか。もう休みたまえ、ウーノ」
「いえ、手伝います」
「他のナンバーズも君がつきっきりだっただろう」
「やらせてください」
「……分かった」
「有難う御座います……しかし、どうしてこんな事を?」
「うん? そろそろ孫の顔が見たくてね」
「ドクター」
「ポットの中で眠って動けないチンクに、私のクローンを植える意味はあるまい」
「それは分かります。分りますが、ではどうしてこのタイミングでと言う事です」
「そりゃあ、次の作戦で私たちが全滅してしまっては、今以外にチンクに還してあげる事ができないだろう?」
「それでは、次の作戦は失敗するかもしれないとお考えなのですか?」
「いつも、どんな事にも失敗は有り得ると考えてるよ。今回は特にね。そうじゃなきゃ、ドゥーエと待ち合わせてまでチンク以外の全員に私のクローンを仕込まないさ」
「……」
「とは言え、敗けるつもりもないよ。全員、ゆりかごに集合だ」
「はい」
「クックックッ、チンクとゼストに事実を告げた時の顔を、見たいと思わないかい?」
「……そうですね。二人ともあまり表情を変えない。どんな顔になるのか」
「もちろん、ゼストの逃げ場も塞いでいる。あー……この音声データだったかな?」
『この精でできたら、どうする』
『…………………………………………………………………………………………………責任は、とる』
『産んでも、構わないのか?』
『…………………………………………………………………………………………………責任は、とる』
「録音? ドクター、あの二人の最初の夜を覗いていたのですか?」
「いや、プライベートなのでね、音声を聞いていただけだよ。映像はアウトしていた」
「悪趣味です」
「そう言う君はなぜ知っている?」
「あの時、起きていましたので共有動作データをチンクが消去する前に抽出しました」
「悪趣味な事だ」
「あなたの因子を一番濃く受けていますので」
「なんて素敵な女性だろうな、君は」



さぁっと、吹く風にチンクが目を覚ました。
葉の間から降る細い日差しに、自分が木にもたれてるのを理解する。眠っていた、ようだ。

「起きた」

その隣では、同じように木にもたれかかったルーテシア。
遠くに、妹たちが見えた。中空にいる赤は、アギトだろう。

海上隔離施設は、穏やかだった。

「夢を、見てたの?」
「……はい」
「赤ちゃんの夢?」
「いえ……でも、その原因の夢、でしょうか」

また微かに風が吹く。隻眼が細った。チンクが無意識に髪と、大きくなったお腹を押さえる。
ルーテシアは、身を通り過ぎてゆく空気を一杯に吸い込んで晴れやかな顔だ。

「あとどのくらいで産まれるの?」
「3か月以内だったかな……」
「きちんと覚えておかなきゃ、ダメ」
「ええ」

微苦笑。多分、この施設内でもチンクの次に赤ちゃんの誕生を楽しみにしているのはルーテシアだ。
最後まで、今でも怒っているのはノーヴェだ。ゼスト殺すから生き返って責任を取れと、間違った事を叫んでいた。
身重なチンクが己のお腹をさするのを、ルーテシアが嬉しげで楽しげにじっと眺めていた。

「チンクが、一番お姉さんだよね?」
「はい。この中では、一番上です」
「他のナンバーズの妹を眺めてる時の左目と、赤ちゃんを撫でている時の左目、おんなじ。とっても優しい」
「……」
「私のお母さんも……そんな目で、私を撫でてくれるかな……」
「絶対に、してくれます。だって、お母さんですから」
「……そうかな?」
「はい」
「……」

得心しきれていないが、しかし心のどこかはチンクの言う事を疑いもしないと言う変な気持ち。
不思議そうな顔で、そんな気持ちを持て余すルーテシアの頭をチンクが撫でてやった。
甘えるように、ルーテシアがチンクの太ももを枕にして寝転ぶ。風も、陽も、柔らかな日だった。

すぐにルーテシアの寝息が聞こえてくる。
風に乗って、妹たちとアギトの声も耳に届く。セインやウェンディと一緒に、新しい花火を考案中だ。
いつも静かなオットーやディードも、その話には好奇心を持っているように聞き入っている。

「なぁゼスト、妹たちはな、何も変わらないんだ。外の人間とも、何も違わない。楽しむし、悲しむ。ただ、知らないだけ」

そんな、みんなの声に耳を傾けながら、そっと目をつむる。
自然と頬が緩んだ。生きていると、思えるから。
ルーテシアのぬくもりと、妹たちの声と、自分の中に宿る命に、心から生きていると思える。

「だから、そんな妹や、これから生まれてくるお前との子に」

その日、応えられなかった回答。
あの日、伝えられなかった回答。

「外の世界を、見せたいと思うよ」



目次:「外の世界を、見たいと思うか?」
著者:タピオカ

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