[434] タピオカ sage 2008/01/19(土) 05:11:00 ID:S+i2hEhE
[435] タピオカ sage 2008/01/19(土) 05:12:30 ID:S+i2hEhE
[436] タピオカ sage 2008/01/19(土) 05:13:12 ID:S+i2hEhE
[437] タピオカ sage 2008/01/19(土) 05:14:28 ID:S+i2hEhE

「外の世界を、見たいと思うか?」 回答編

バサリと、空気を叩く音。
放り投げられたそれをゼストが受け取れば、身の丈に合ったコートだ。
懐かしさを誘う色とデザイン。生前に纏っていたものとかなり似ている。

「これは…?」
「餞別だ」

出立の日。ルーテシアとの探し物の旅へ往くゼストへと、チンクのプレゼントだった。
感慨深げな様子でそのコートを眺めていれば、小さく頷き、袖を通す。
ぴたりと馴染む。

「……すまん」
「いや、お前を一目見た時から、その姿の印象が離れんのだ」
「良く俺のサイズがあったな」
「あれだけまぐわったのだ。サイズぐらい分かる」
「……お前が作ったのか?」
「そうだ」

しげしげと、自分の姿を見下ろし、ゼストが感心した様子。それを見ながら、なんともチンクは満足げだ。

「大切にしよう」
「ああ」

左のガントレットをコートの上から装着し、ゼストが薄く微笑んだ。

「そろそろ、出発だ」
「ああ」
「それではな」

優しく、チンクの肩に触れて言葉身近にゼストが退室しようとする。
ずいぶんと、心身共に取り戻しているのだ。もう外での旅も大丈夫だろう。この男ならばルーテシアを見守りながら探しものもできる。
だから、そんな事が問題ではない。

「待て」

肩に触れるゼストの手をチンクが掴んだ。床を踏みそこなった足のせいでゼストが少し傾く。

「どうした?」
「行ってきます、はどうした」

きちんとチンクへ向き直れば、真顔で幼いナンバーズが言った。
騎士は、難しい顔。

「……………………言わねば、ならんのか?」

苦しそうに、ゼストがそう声を絞り出した。
照れてるのだ。行ってきます、などと言うのを。

「ああ」
「……なぜだ?」
「行ってらっしゃいと、私が言いたい。そして、未来にお前をお帰りと迎えたい」
「…………この基地は、俺たちが出発してから破棄すると聞いている」
「だから、私の処に帰って来い」
「………」

恥ずかしげもなく堂々と、無表情で語るチンクに、逆にゼストが恥ずかしそうだった。それが、最後の最後で厳しい眼をした。
戻ってこれるかなど、分らない。そんな時間と体があるのか、という自問に精神が沈む。

「………行ってくる」
「ああ、行ってらっしゃい。きっと、帰って来て欲しい」
「……」

『ただいま』と言う約束は、したくなかった。きっと、言えないだろうから。
どうにか、行ってきますと言うだけでチンクに満足してもらおうとしているのが態度に出ていた。
チンクの隻眼は、淋しそうな色。

「少し、かがんでくれ」
「ああ」

ゼストが膝を、折る。チンクの目線と高さが同じになった。
チンクが己の唇を、ゼストへと押しつけた。
軽い触れ合い。すぐに二人の重なりはほどける。

「私の処に、帰って来てくれ」
「………約束は、できない」
「約束だけで、いいんだ」
「意味がなかろう」
「ある」
「………」

心が重かった。ここでそんな約束をさせて、もう少しでも現世に執着させようとしているチンクの気持ちを、ゼストは理解している。
もうあまり、自分の心に他人を、他人の心に自分を刻みたくなかった。きっと辛くなるだけだろう。
だけど、

「分かった」

それでも、ゼストは頷いた。いつも、そばにいた人だから。こんな絆も、良いのかもしれない。

「帰って来る。お前の処へ」
「……うん」
「……期待は、するな」
「それは無理だ」

ゆるく、チンクが頭を振った。その表情は、とても穏やかで、美しかった。
ゼストが悲しげに目をそらす。今のチンクに、魅入ってしまいそうだから。

「それではな」
「ああ」

今度こそ、ゼストが身を翻す。
その背を、しっかりとチンクは見送った。



さぁっと、吹く風にチンクが目を覚ました。
葉の間から降る細い日差しに、自分が木にもたれてるのを理解する。眠っていた、ようだ。

「起きた」

その隣では、同じように木にもたれかかったルーテシア。
遠くに、妹たちが見えた。中空にいる赤は、アギトだろう。

海上隔離施設は、穏やかだった。

「いい夢を、見てたの?」
「……どうして、そう思いますか?」
「とっても、優しい顔で眠ってた」
「………約束を守らない、嘘つきの夢を見ていました」
「ゼスト?」
「! どうして……?」

道中、ルーテシアともあまり約束を守らなかったのだろうかと、チンクが驚いた顔。
クスと、ルーテシアがおかしげそうに笑う。

「チンクがゼストの事を話す時、いつも右目が優しいもの」
「右…」

思わず、指先で触れた。眼帯は、ある。毀れた眼は、隠れたままだ。

「分かるよ、右目。ゼストの事を話している時は、きっと優しい目だって、分るの」
「そうですか……」

なぜだか自分でも、納得できた。
理屈じゃない。想い。

「ゼスト、どんな約束を破ったの?」
「帰ってくると、約束しました」
「……そっか」
「はい」
「また会った時に、怒らなきゃ」
「フフ……そうですね」

遠くでルールーと呼ぶ声。ルーテシアがその呼びかけに駆けていく。行き先には、大小の赤い髪が並んでいる。
アギトとノーヴェだ。二人ともケンカや衝突が絶えないが、一緒に笑う時は底抜けに楽しそうだった。
仲が良いのだ。
そんな慕ってくれる妹も、何百年も前の人格と仲良くできるのだから、外に出てもきっと大丈夫だろう。
遠くにいるそんな姉妹たちを眺めて、そっと目をつむる。
そして、微笑んだ。ゼストの心さえ射止めた微笑みは、静かで、優しくて、あたたかい。

「なぁゼスト、妹たちはとても、良い子たちばかりなんだ。だから、そんな妹たちにな」

とても、穏やかな日。
とても、穏やかな声で誰もない傍らへと語る。いつも、自分の傍らにいた人だったのだから。

「外の世界を、見せたいと思うよ」



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目次:「外の世界を、見たいと思うか?」
著者:タピオカ

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