650 なれそめのはなし sage 2008/03/12(水) 17:32:45 ID:3276cm0m
651 なれそめのはなし sage 2008/03/12(水) 17:33:45 ID:3276cm0m
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「あ・ん・の……クソ親父がああぁぁっ! 喉掻き毟って死んじまええぇ!!」
「いや、ここはむしろアタシがぶっ殺す!!」

 クラナガンにあるとある居酒屋。仕事帰りの一杯を楽しむサラリーマンや合コンに勤しむ若者達の織り成す喧騒に混じって、緑髪の
男性と赤髪の女性が怨嗟の声をあげていた。
 男の名はラッド・カルタス。女の名はノーヴェ・ナカジマ。二人はもうかれこれ二時間近く、このような物騒な発言を繰り返して
いる。大声で絶叫する二人の顔は真っ赤に染まっており……いわゆる世間で言うところの"完全に出来上がっちゃってる"状態だった。

 二人の周りには空となったジョッキやグラスが山と積まれており、今もその手に持ったジョッキの液体を勢い良く喉に流し込んで
いる。液体はあっという間に飲み干され、二人は空になったジョッキを同時にテーブルに叩き付けた。

「ぬあああぁーっ! もう一杯!!」 
「アタシもっ!!」
「あの、カルタスさん、ノーヴェ姉様……周りに人も大勢いますので、もう少し過激な発言は控えめに……」

 ノーヴェの隣に座る長髪の女性―ディード・ナカジマが荒れる二人をやんわりと諫めようとしたが、

「これが控えずにいられるかあああぁぁ!!」
「カルタスの言う通りだああぁっ!!」
「ひいっ!」

 すぐに一喝されて身を竦ませる。二人が叫び始めてから、もう数え切れないくらい繰り返されたやり取りだった。

「だいたい、いくら血が繋がってないからって実の娘に手ぇ出すかぁ普通!? 絶対おかしいだろうがああぁー!!」
「『アイツと遺伝子資質が同じだから』ぁ? んなもん、アタシだって一緒だっつーんだ……よおっ!!」


 平時からイライラ気味のノーヴェはともかく、普段は真面目で実直なカルタスまでもが荒れている理由……それは"失恋"である。
ほんの数日前、二人は同年同日同時刻に秘めた想いをブレイクシュートしていた。


「結構本気だったんだぞ! 実家から来る見合いの話も仲間からの合コンも全部断って、『四捨五入したら三十歳になる男が十代に
手を出すのってロリコンじゃね?』とか言う声にも耐えて! 本気で、がんばっで……ぎだの、に……う"わ"あああぁっ!!」
「馬鹿、みっともなく泣いてんじゃねーよラッカル!! 泣いてんじゃ……ぢぐじょおおぉ……」

 二人の想い人―ギンガ・ナカジマとゲンヤ・ナカジマの関係が親子から恋人(内縁の夫婦)に変わったその日から、この二人は毎日
こんな調子である。浴びるほど酒を飲んで酔っ払い、キレて、泣いて、またキレる。二人に付き合うディードにとっては、もうウンザリ
するほどすっかり見慣れてしまった光景だ。

「オットー! 貴方も何か……」

 とはいえ、根が生真面目な彼女である、"見慣れた"からといって"見捨てる"事ができるわけではない。
 同じくこの数日二人に付き合っている双子の姉、オットー・ナカジマに助けを求めるが、

「すみません、カルアミルク一つ」
「かしこまりましたー!」

 マイペースな姉に無視されるのもまた、既にお約束と化した流れだった。

「ウェンディも……」

 ついでに、もう一人の同席者にも、

「あ、アタシはスクリュードライバー一つ! ディードも何か頼むっスか?」
「……カシス……オレンジで」

 無視されるのはもう鉄板である。

「うう……」
「あれ、ディードもしかして酔ってるっスか? ダメっスよ〜、この会は失恋した二人を慰める為のものなんだから私ら脇役が
ハシャぎ過ぎるのはよくないっス」
「そうじゃなくて……」

 いわゆる『orz』の体勢になったディードの肩を、ほんのり顔を赤らめたウェンディ・ナカジマがぽんぽんと叩く。

「だいたいそんなに心配しなくったって、他所のテーブルが何を喋ってるかなんて、この状況で注意してる奴はいないっスよ」
「だからそうじゃなくて……毎日こんな調子では体がもたないでしょう? 明日だって、みんな自分の仕事があるのに……」

 海上隔離施設での更正プログラム受講を終えたディード達四人は、施設を出所後管理局の保護観察下に置かれ、嘱託という形で局の
仕事に就いている。
 無限書庫の司書になったオットー、カルタスやギンガと同じ陸士108部隊所属のディード、そして部隊は違うが陸士隊の災害担当に
配属されたノーヴェとウェンディ。それぞれ部署は違えど慢性的な人員不足の管理局の事、彼女達は皆それなりに忙しい毎日を送って
いる。どこかの政治家みたいに勤務時間中に居眠りという訳にはいかないのだ。いかに並の人間より体力がある戦闘機人といえど、
こう毎日どんちゃん騒ぎに付き合わされてはたまったものではない。

「それにここ数日、ノーヴェ姉様がずっと家で寝泊りしているでしょう? ゲンヤ父様やギンガ姉様に毎日色々聞かれて、もう誤魔化す
のも限界で……」
「あはは……そりゃ、気の休まる暇がないっスねー……」

 施設を出た四人の姉妹は戸籍上は全員ナカジマ家の養子になっているが、実際にゲンヤやギンガと同じ家に暮らしているのはノーヴェ
だけで、他の三人は一つの部屋を借りてそこで共同生活を行っていた。しかしゲンヤ達の交際が発覚して以降はそこにノーヴェが転がり
込む形になっている。当然娘が"家出"の原因を知らない二人はディードにあれこれと質問してくるわけだが、本当の理由を言う訳に
いかないディードは両者の間で板挟みの状態なのである。

「ところでギン姉達はノーヴェが家を出てった理由とかどんな風に考えてるんスか?」
「これまでの事を含めての自分達の態度に問題があったか、あるいは"夫婦水入らず"を邪魔しないように自分達に気を遣ったか、その
どちらかだと考えているみたい。私はそれとなく後者が理由であるように話を合わせているから、二人ともノーヴェ姉様がゲンヤ父様へ
抱いている感情までは気づいていないと思う」
「まあ、気づいてるなら呼び戻すような事はできないっスよねえ……となるとしばらくは現状維持で、『ノーヴェの気持ちに整理が
つくのを待つ』みたいな感じっスかね」
「おそらくは……」

 ディードががっくりと肩を落とす。

「ウェンディはどうなの? その……疲れたりとかしていない?」
「んー、ディードに比べたら全然っスけど……まあ確かにこう続くと結構クるものはあるっスけどねー」

 空のグラスに残っていた氷を齧りながらウェンディが苦笑いを浮かべる。

「でも二人とも頑張ってたっスからねー。こういう形にはなっちゃったっスけど、最後はキチンと立ち直るまで面倒を見てあげたいな
っていう気もするんスよね。ディードもそう思わねえっスか?」
「それは、私だってそう思うけど……」

 ディード・ウェンディを含むノーヴェ以外の更正組は、まだ全員が施設にいる頃から姉妹であるノーヴェと"頼れるお兄さん"の
カルタスの恋を実らせるべく、一致団結して彼女達の恋をサポートしていた。だが『特に率先して意見を出すウェンディ(とセイン)は、
実は娯楽の少ない施設内で暇潰し感覚で二人を見て楽しんでいただけなのではないか』などと心の中でこっそり思っていたディードに
とって、今のウェンディの発言はかなり意外だった。

「ウェンディ……姉さ」

 少し、私は姉様の事を誤解していたのかもしれません……久々にこの姉に対して敬語で話しかけようとする。


「それにこのままどこまで堕ちていくのか見届けたいってのもあるっスね。こんなノーヴェの姿は滅多にお目にかかれないし♪」
「……まあ……ええ……うん……」


 でも二秒で撤回。口に出さなくてよかった、そういえばこの姉は大概S寄りな気質であったと改めて実感する。


「お前みたいなガサツで凶暴でツンデレのツンしかない女と純正ミッド撫子のギンガを一緒にするなっ! この赤スバル!!」
「なんでそこでアイツが出てくんだよ! つーかそっちこそ美声でちょい悪を地で行くナイスミドルのゲンヤさんと名前があるだけで
実質モブキャラの自分を同列で扱うなよな! ゲンヤさんに失礼なんだよ!!」

 そんな現在絶賛急降下中の二人はまた泣きモードからキレモードへと移行したらしく、互いの想い人(そして互いの恋泥棒であり
憎むべき敵でもある)がどれほど魅力的で素晴らしいかについて激論を交わしている。しかしどちらも終わった恋だけに、二人が熱く
なればなるほどその姿にディードは哀愁を感じずにはいられなかった。 

「……もういっそ、二人で付き合えばいいんじゃない?」

 焦点のずれた目で二人の言い争いを眺めていたオットーがぼそりと呟く。

「だが断る、誰がこんな2Pカラーと。たとえ遺伝子資質が同じでもこいつとギンガとはカレーと肉じゃがぐらい違うわ!!」
「テメーだってゲンヤさんとの共通点は男ってだけだ! ガンダムとガンガルぐらい違げーよ!!」

 しかし同時に言い返され、無言で首をすくめた。

「そう……違うんだよおおぉ! 他の女とはああぁぁー!! だから恋に落ちた!! この気持ち、お前ならわかるだろパチスバル!!」
「パチモン言うなラッカル! けどお前の意見にだけは同意してやる! ゲンヤさんは他の男とは違う!!」

 絶叫しながらガッシリと握手を交わす姉と兄貴分。騒いだり泣いたりいがみ合ったり理解り合ったり、まったく忙しい二人である。

「……私も、結構好相性だと思うのだけど」
「いやー、アレはむしろ傷の舐めあいじゃないっスかねー。負け犬同士の」
「うわああああぁああぁー!!」
「言うなあぁあああぁああ!!」
「お、遠吠えしたっス♪」
「鬼ですか、貴方は……」

 お待たせいたしましたー!
 店員がテーブルに色とりどりの液体が入ったグラスを置き、代わりに空いたグラスやジョッキを盆に山と載せ去ってゆく。
ディードが注文したカシスオレンジに手を伸ばそうとした瞬間、別の手がグラスを掴んで奪い去った。

「ほらほら、お酒の追加っスよ〜! 嫌な事はアルコールの力でぜーんぶ洗い流すっス!!」
「あ……」
「んぐっ、むぐっ、ぷはあ〜! 何だこりゃ、ただのジュースじゃねえかああぁ!! もっと度数の高いやつ持ってこぉい! テキーラ
だろうがウォッカだろうが何でもこいじゃああぁっ!!」
「ラッカル、じゃあこの"スターライト☆ホワイトデビル"とかいうやつ頼もうぜ! 『当店オリジナル・破壊力はロストロギア級!』
だってよ!!」
「……」

 なんかもう、いいや……追加注文する気力もなく、それでもとりあえず飲み干される前にカルアミルクだけは戦場から離脱させ、
待ち人の元へ送り届ける。

「オットー、カルアミルク来たよ」 
「……」
「……オットー?」
「……スー……」


 手にしたカルアミルクに無言で口をつける。
 疲れた心と体に、甘さが心地良かった。


 スターライトお待たせしましたー!!
 いよっしゃあ、ゴク……ゴ……ぐわぁあああぁあぁああぁぁ、俺のレリックがああぁあああぁーっ!?   
 ラッカル!? ラッカルーーーーッ!!
 あわわ、こりゃヤバイっス! 店員さん、水持ってきてくださいっスー!! ちょ、ディード! 何一人で和んでんスかー!?

「知らない……」


    ◆


 ……数時間後。

「おぅえ……」
「大丈夫っスか〜カルタス? ほら、これ飲んで酔いを醒ますっス」
「ぐえ……なんだこれ……?」
「ただのミネラルウォーターっスよ……味覚がイカれるまで飲むなんて、ちょっとはしゃぎすぎっスよ……」

 お前がはしゃがせたのではないか、という代理ツッコミは心の中で済ませ声には出さない。あれからも散々騒いで店を出た五人だが、
重度の酔っ払いを三人も抱えた状態ではなかなか一直線に帰宅という訳にはいかず、やむなく帰路の途中にあるコンビニの駐車場で
小休止中であった。もはや打ち上げ後の大学生辺りと変わらない、真っ当な組織に属する社会人としてはかなりダメダメな状態である。

「オットー、一人で動いちゃダメ」
「大丈夫。一人で帰れる……」

 肩を貸しているノーヴェを引き摺りながら、ディードは看板と会話しているオットーに近寄り首根っこを引っ掴む。ていうか彼女は
酔うほど飲んでいただろうか。もしかすると壊滅的な下戸なのかもしれない。

「大丈夫だってば」
「ダメ」

 暴れるのでそのままヘッドロックへ移行し強引に看板から引き剥がす。こういう時に人間以上の怪力を持つ自分達の体は便利である。
 
「離してよ……」
「……カルアミルクを飲んだ事、まだ怒ってるの? だってあの時貴方は寝ていたじゃない?」
「起きてたよ」
「寝ていました」
「起きてた」
「……はいはい」

 酔うと若干反抗的になる姉に溜息をつきながら、もう一人の介抱する側の姉に声をかける。

「オットーもノーヴェ姉様も、すっかり出来上がっているみたい」
「みたいっスねー。ノーヴェは今日もアタシ達ん家で寝かせた方がよさそうっス」
「そうね……それで構いませんか? ノーヴェ姉様?」
「……んー」
「了解しました。でも明日は向こうの家にお帰りになってくださいね。ゲンヤ父様もギンガ姉様も、ノーヴェ姉様の事を心配して
らっしゃいますから」
「……んー」

 ノーヴェは俯いたまま生返事を繰り返すばかりである。覗き込んで前髪に隠れた表情を伺うと、閉じられた目にはうっすらと涙を
浮かべていた。まるで泣き疲れて眠る子供といった風情である。

「……もう。仕方がないノーヴェ姉様」
「ホーント、一線を越えたノーヴェはいつもの刺々しさが欠片も感じられなくなるっスからねー」
「ええ……」

 手間のかかる姉にディードとウェンディが優しげな微笑を浮かべた時、二人の背後で男の叫び声が聞こえた。

「うおっ、何事っスか!?」
「きゃあ! ウェンディ、カルタスさんが上着を脱ぎ始めてる!!」
「ああっ!? ちょ、何やってんスかー!!」

 体が熱いんだああぁ、と言いながら上衣をはだけさせるカルタスをウェンディが蹴り飛ばす。顎にピンポイントで一撃を食らった
カルタスは「ぐはぁ!」と叫びながらアスファルトに倒れ込んだ。

「カルタスさん……まさか露出癖があったなんて……」
「いや、たぶんこれはあの店で飲んだスターライトナントカの効果っスね……ディード、先に二人を連れて帰っててくれっス。アタシは
カルタスを部屋まで送り届けてから帰るっスよ」
「ええっ?」
「いや、だってさすがにこれはほっとけないでしょ? 『管理局員、猥褻物陳列罪で逮捕』なんて事になったらシャレにならんっス」
「うーん……まあ……」

 この状態のカルタスをウェンディ一人に任すのも若干心配だが、自分の抱えている姉二人も酔いの程度で言えばカルタスとさほど
変わらない。少し悩んだ後、ディードはウェンディに彼を任せる事にした。

「わかった……じゃあお願い」
「オッケー、カルタスを送り届けたらアタシもすぐ戻るっスよ」

 二人を残し、ディードと(生ける屍×2)は家への道を歩き始める。その背後からまたカルタスの叫びが木霊していた。



     ○なれそめのはなし



「あー、頭が熱い……」
「水でも被って冷やすっスか?」

 この数ヶ月ですっかり聞き慣れた軽口と共に、カルタスは渡されたコップを受け取った。

 頭というか体全体が熱かった。特に顎がじんじんする。
 この数時間の記憶のうち、あちこちが抜け落ちて飛び飛びになっている。今も気がついたら居酒屋から自分の部屋まで送り届けられて
おり、いつの間にか寝室のベッドの上に寝かされていた。おそらく、記憶が飛んでいるのはホワイトデビルとか何とかいうのを飲んで
からだ。


「ウェンディが……送ってきてくれたのか?」
「アタシ以外に誰がいるんスか」
「だよな……すまない」

 さほど広くない部屋を見回しても、自分の他に居るのは目の前の少女だけである。
 コップの水を飲み干しウェンディに渡す。そのまま再びベッドに寝転がると、自分を見下ろす彼女の顔が視界に入ってきた。

「どうかしたか?」
「ううん、別に何もないっスよ」

 そう言いながら、全く動こうとしない。

(……あ)

 目が合う。
 整った顔立ち。間違いなく世間一般の基準で言うところの"美少女"にカテゴライズされる相貌だ。思わず心臓が高鳴る。

(おいおい、どうしたんだ俺は……)

「ウェンディ、せっかく送ってきてもらったのに悪いけど……今日は遅いしもう」
「へえー、意外と綺麗に片付いてるんスね、カルタスの部屋って」

 かなり直球気味に早く帰るようにと言葉をかけるが、こちらが言い終わる前に彼女は立ち上がり部屋を物色し始める。どうやら初めて
見た男の部屋というものに興味津々のようだ。まあ人に見られてよろしくないものもあるにはあるが、念入りに探索を始めたりでも
しない限り、放置しておいても大丈夫だろう。
 そう思いつつもどうしてもその挙動が気になって、自然とカルタスは彼女の姿を目で追っていた。

(……)

 見事に均整の取れたプロポーションだ。
 凄まじい巨乳という訳ではないが着衣の上からでも膨らみが分かるほどにはある胸。
 腰のくびれと引き締まったヒップのコントラスト。さらにその先、ショートパンツからすらりと伸びた脚は絶品である。他の
姉妹達とは違う、バランス感覚が要求されるボードを巧みに乗りこなしての独特の戦闘スタイルが、下半身に健康的な張りを与えて
いるのだろうか……などと思わず考えてしまう。

「何で人の体をジロジロ見てるっスか。嫌らしいっスよー」
「違うよ、君が変な事して部屋にある物を壊さないか警戒してるんだ」
「むー、失礼っスねー」

 口を開けば、耳に入るのは他愛もないいつもの会話。
 だがなぜか今日はその声が妙に耳に残る。もっと聞きたいと思ってしまう。

(……いかん、こりゃマジでおかしいぞ、俺)

 カルタスはベッドから起き上がると、ウェンディの側まで歩み寄る。 

(多少強引にでも彼女を帰して、さっさと寝てしまおう)

「ウェンディ」

 背後から近づき肩に手をかける。触れた彼女の肩は予想していたよりずっと小さくて、その感触は柔らかかった。

(……また……何を考えてるんだ? 落ち着けラッド・カルタス)

「カルタス?」
「……すまん。今日はもう帰ってくれないか」

 髪の色と同じ濃いピンクの瞳がこちらを見つめ、また心拍のギアが一段上がった。
 酔いの苦しさと、或いはそれ以外の何かで―言葉を繕う余裕は無く、最低限彼女に伝えるべき内容だけを言葉にして絞り出す。

「……」
「……あー、そうっスねー。じゃあ今日はこれで帰るっス」


 しばしの沈黙の後、ウェンディはアッサリと申し出を受けた。
 部屋を出ようとするウェンディの姿を見て、カルタスはほっと胸を撫で下ろす。

「じゃあまた明日……っスかね?」
「どう……だろうな……はは」

 だが――


「ねー……カルタス……その、ギン姉の事は気の毒だったっスけど、もうキッパリ忘れちゃった方がいいっスよ。女なんて他にも
いっぱいいるわけだし……何ならアタシが彼女になってあげてもいーっスよー」


 去り際に振り向いたウェンディが放ったその言葉を聞いた瞬間、カルタスの中で何かが弾けた。


    ◆


「……けるな」
「へっ? ふ、ふええぇっ!?」

 聞き返そうとしたウェンディの腕をカルタスが掴み、強引に引き寄せる。
 きっと普段の彼女なら、簡単に振り解けただろう。見た目はただの女性であっても人間を遥かに越える力を持つ戦闘機人だ。男女の
筋力の差など、彼女達にとっては無いに等しい。
 それでもウェンディがされるがままだったのは、目の前の男性が見せた突然の豹変に思考が麻痺していたからか。

 そのまま腕を引っ張って、投げ飛ばすようにベッドに押し倒す。

「ちょ、いきなり何するっスか!?」
「……ふざけるな、って言ったんだ」

 カルタスの中に、怒りと……形容できない何かが綯い交ぜになったドス黒い感情が燃え広がってゆく。

「え? ふむ、むううぅーっ!?」

 そのままウェンディの上に馬乗りになり、何か言いかけるウェンディの唇を己の唇で強引に塞ぐ。

 初めての口付け(ファースト・キス)、というやつなのだろうか……と灼熱に犯された脳の片隅でぼんやりと考えた。稼動を始めて
数年、管理局に確保されるまではスカリエッティの道具として生きてきた彼女達だ、きっとそうなのだろう。だが別に構わない。
向こうの事情など、今の彼に考えている余裕はなかった。でなければこのような無茶苦茶な行動を取る事などまず有り得なかった。

「……っは」
「……はぁっ」

 カルタスは唇を離しウェンディの顔を見下ろす。瞳がうっすらと涙で滲んでいた。それを見たカルタスの理性が身を焦がす感情を
僅かばかり押し戻し、次の行動を抑制する。

 そのまま数十秒間、二人はたっぷりと見つめ合った。




「……嫌だろ」
 沈黙を破りカルタスが呟く。
 
「……何がスか」
「好きでもない野郎にキスされて」
「……別に」
「嘘つけ」

 口にすれば、カルタスの心の中で渦巻いていた想いが捌け口を求めて次々と噴き出し感情がまた理性を侵食する。

「嫌だっただろ!? そういうものなんだよ、誰かを好きになるっていうのは!! 誰でもいいってわけじゃない……! 簡単に開いた
穴が埋まる訳じゃない! 気軽に『付き合ってもいい』だなんて口にしないでくれ……きっと君もこの先、誰かを好きになればわかる。
わかるようになる……」

 ウェンディは何も言わなかった。ただ無言でカルタスを見つめるだけ。再び沈黙が降りる。

 
 何を言っているんだろう……とカルタスは思った。
 自分は今、どれだけ情けない顔をしているだろう。願わくばうまく逆光になって、彼女に見えていなければ嬉しいのだが。



「……もう、わかってるっスよ」



「……え?」


「もう十分わかってるっスよ! 誰かを好きになるのがどういう事かなんて! 誰でもいいわけじゃない事なんて!! ……そっちこそ
わかってるんスか? 目の前で自分の恋に勝ち目がないって事を思い知らされて、それでもそれを隠して笑い続けなきゃいけない奴の
気持ちを!! わかんないっスよね!? 毎日ぴーぴー泣いてみんなの同情引いて、残念だったね、つらいよね、でも頑張ろうねー、
なんて言ってもらって悲劇のヒーロー気取ってる奴なんかにはきっとわかんないっスよね!?」

 ウェンディがカルタスの背中に手を回し強引に彼の体を抱き寄せ、そのまま先ほどのお返しとばかりに唇を奪い返す。

「むぐ……!?」

 舌を絡めてくるわけでもない、ただ唇に唇を重ね合わせただけの稚拙なキス。けれどその稚拙さが、かえって想いをストレートに
伝えてくる。彼女の髪から香る少女特有の芳香が、カルタスの脳髄をつんと刺激した。

 ウェンディが唇を離す。

「……ウェンディ」

「アタシは……嫌じゃないっスよ。カルタスとなら、何度だってキスできるっス。その……それ以上の事だって……」

 唇に残る感触が、熱に浮かされたカルタスの脳に残った一片の理性を溶かしていく。

「やめろ、ウェンディ……」

 カルタスの表情が歪む。既に感情は結界寸前の堤防のように理性の皹から漏れ出していた。

「怖いんスか……アタシに手を出して、ギン姉に嫌われるのが」

 そして、その名前が最後の引き金になった。


「んむっ!」

 三度目の口付けは再びカルタスから。ただしこの口付けは言葉にならない感情を伝えた最初のそれとも、言葉にできなかった想いを
伝えた二度目のそれとも違う。言葉の代わりではなく、それ自体がダイレクトな感情を伝える。

「んんっ……!!」

 カルタスがウェンディの口内に強引に舌を捻じ込んでいく。
 性的な経験どころか恋愛経験すらほぼ皆無といっていいウェンディの肉体は、想いを寄せる男の一部を受け入れる快感よりも体内に
異物が侵入する不快感の方に強く反応し、彼女は彼の舌を押し返そうと無意識の内に自身の舌を動かしていた。
 だが、その抵抗すらも今のカルタスにとっては情欲を掻き立てるスパイスに過ぎない。彼我の舌を巧みに絡ませて抵抗を殺し、さらに
彼女の奥へと侵入する。それでもまだ抵抗しようとしたウェンディの体が、別の場所で発生した刺激に反応した。

「……んっ!?」

 いつの間にかウェンディの上衣をはだけさせたカルタスの右手が、ブラジャーの上からウェンディの胸に触れていた。

「む、むー(い、いつの間に)……んぅっ!!」

 動揺するウェンディにさらに追い討ちをかけるかのように、カルタスの手が柔らかな動きでウェンディの胸を揉みしだく。
 最近はギンガ一筋だったカルタスだが、ギンガと出会うまでに全く恋をした事がないのかと言われればもちろんそんな事はないし、
それなりに女性との行為は経験している。対してウェンディはこの手の事にはまったく未経験。いざ始まってしまえば、ウェンディが
カルタスにイニシアチブを奪われるのは当然の事だった。

「ん、む、むぅっ、んんっ!?」

 胸部への接触でできた隙をつき、カルタスの舌が完全にウェンディの中に侵入する。舌はそのまま舐め、しゃぶり、彼女の口内の
あらゆる箇所を蹂躙していく。先ほどまでとは違う"大人のキス"にウェンディは完全に翻弄され、彼女もまた僅かに残った理性を
失ってゆく。そして――



「ん、ん……んんーーっ!!」



 一際強い胸への刺激と同時に唇を強く吸い上げられ、ウェンディは人生で初めての絶頂を迎えた。


「……ぷはっ」
 カルタスが唇を離す。
 
「……っは、っ……っ……」
 唇を開放されたウェンディだが、彼女の体を駆け巡る強烈な快感の余韻が彼女の口から言葉を奪う。ただひたすら興奮に打ち震える
中、彼女の機械の瞳が獲物にさらなる追撃を加えようとする肉食獣を捉えた。 

「ちょ、ま……ダメっス……まだ……ひゃんっ!!」
 
 最後の一枚を強引にずり下ろされ、露になった乳房にカルタスがむしゃぶりつく。

「ひゃっ、ふあっ、あ、あっ……!」


 つい先ほど味った人生最大の快感を、さらに凌駕する限外の衝撃。


 正直、ウェンディは胸という箇所がここまで敏感だとは全く思っていなかった。知識としてそこが性感帯である事は勿論知っている。
だが自分で触れる分にはそこまで気持ちよくは無かったし、彼女が時々セクハラしていたディードは自分に胸を揉まれても表情を変える
事はなかった。それもまあ今はどうかわからないが。

「あぁっ、ぅあ――!!」

 カルタスが舌の上でウェンディの乳首を転がす。外気に露出したもう一方の乳首も指先で弄ばれ、痛いほどにぴんと立っていた。

「はぁっ……! ひぁぅ……!!」

 微弱な電流と身を焦がすような稲妻が不規則にウェンディの体を穿つ。
 興奮してまた酔いが回ったのか、引き返せない段階に来た事で毒を食らわばの心境になったのか。それとも少女の肉体に潜む女性と
しての魅力が覚醒させたのか。
 最初に胸に触れた時はまだどこか相手を思いやる意志のあったカルタスの愛撫は、今はもう完全な暴力に変わっていた。


「くあぁあっ!!」

 胸の味を楽しんでいたカルタスが歯を立てて乳首を噛む。常態であれば快感を通り越して『痛い』と認識するほどの刺激だった、
だが強すぎる快楽に翻弄されるウェンディはそれすらも心地良く受け入れひたすらに嬌声をあげる。苦痛と快楽は紙一重、受容できる
限度を越えれば両者は同義だ。彼女の視界は真っ白に染め上げられていく。


「……ぁ……?」

 不意に胸を襲う刺激が止まった。

 ウェンディは首だけを傾け、カルタスの様子を窺う。ウェンディに被さっていた体を起こした彼は、両手でウェンディのショート
パンツを脱がそうとしていた。

「……んっ」
「……っ?」

 ウェンディは力の入らない体を必死に動かして腰を浮かせる。
 その動きに気づいたカルタスが短く声をあげ、ウェンディを見やった。

「……いいっスよ……来て……」


 上手く笑顔を作れたか自信はない。それでも精一杯表情筋に力を込め、彼に自分の意思を示した。
 
 その意思はおそらくきっと伝わったはずだ。カルタスがゆっくりと頷き、ショートパンツと下着を一気にずり下ろす。外気に
晒された彼女の秘所は、もうぐっしょりと濡れそぼり、カルタスのモノを受け入れる準備を完了していた。

「……いいのか」
「……うん……」

 カルタスの眼が、一瞬だけ普段の"頼れるお兄さん"に戻り、また獣のそれへと変貌する。
 短い最終確認を終え、カルタスがズボンから取り出した自身をゆっくりとウェンディの秘所にあてがった。

「く、う、うぁっ、あっ……!!」

 カルタスの先端が触れただけで、ウェンディの脳内で快感がスパークする。

「くっ……あまり動かれると……!!」
「ご、ごめん……っスっ……!!」


 ここまで一方的にウェンディを攻めていたように見えるカルタスもまた、まだ行為が始まって一度も滾った精を放出していない為
限界を迎えつつあった。ベッドに染みを創るほど滴っている愛液を潤滑油に、半ば強引に自身を突き込んでゆく。


「……っあ……ひゃ……あ、ぁっ……ふぁああっ!!」


 膣内の粘膜を擦り上げられ、ウェンディは蕩けるような悲鳴を上げる。普段の能天気な彼女からは想像も出来ないほど艶を帯びた
その声に、カルタスの劣情が爆発する。

「……くっ!」
「……はっ……はあっああぁっん!!」

 絶え間なく嬌声を上げていたウェンディが、一際大きくなった―激しく突き入れられたカルタスの自身がウェンディの純潔を貫いた
のだ。だが破瓜の痛みを感じたのは一瞬で、次の瞬間には嵐のような快感が彼女を飲み込む。

「はっあ、ひっ……く、あ……ああっ!」

 ウェンディの最奥まで自身を到達させたカルタスが、今度は差し込んだそれを引き抜くためにゆっくりと腰を動かし始める。再び
膣内を刺激され、ウェンディは全身を震わせながらカルタスの身体に抱きつく。

「……っ……くうっ」
「あっ、あぁっ……ふあ、あぁん!」

 カルタスの腰の動きが激しくなる。彼の絶頂は近い、そしてウェンディも。




「……ウェン……ディっ!!」
「はぁ、あ、あ、あぁ……ラ……ラッドおおおぉっ!!」

 
 達したのは、二人がこの行為を通じて初めて互いの名前を呼んだ瞬間だった。



 勢いよく放出されたカルタスの精が、白い奔流となってウェンディの秘所に注がれる。交じり合った二人の分身が溢れ出し、ベッドに
新たな染みを創った。
 

「……はっ……はぁっ……」
「……ぁ……はっ……は……」

 カルタスがウェンディの中から自身を引き抜く。膣内全てを白く染め上げようかという勢いで精を放出したというのに、その硬さには
些かの陰りも見られない。

 何かを訴えかけるように自分を見るカルタスに、ウェンディは呼吸を整えながら言葉を吐き出す。


「……はぁっ……だい……じょ、ぶ……っスよ……はっ……もっ……と、ぉっ……きて……」


 カルタスは頷く代わりにそそり立った自身で己の意思を示す。

 獣と化した男とその身を餌と差し出す少女。極上の餌を前にした男の食事は、男が食欲を満たし意識を手放すまで続いた。


    ◆


 朝の光がカーテンの隙間から部屋に差し込む。
 光線を目で追いながら、カルタスは溜息をつき―傍らに眠る少女の寝顔を見やった。


 ―カルタスさんも更正プログラムを手伝ってくださるんですか? それは凄く嬉しいですし、ありがたいですけど……でも、あの子
達に手を出したら……ギュイイィィンですよ?


 笑顔で左手に螺旋力を込めるギンガの姿を思い出し、カルタスの体がびくりと震える。決して裸で半身を起こしているからではない。
間違いなく震えの原因は恐怖だ。ただ……昨日までは脳裏に彼女の姿を浮かべる度(あるいは彼女の姿を視界に映すだけで)に襲って
きた、締め付けられるような苦痛が今は全く感じられなかった。何故だろうか、今ならばとても自然な心で彼女とも話せるような
気がする。

(いや、それは無理だ。第一彼女が俺が何をしたかを知れば、冷静でいるはずがない)

 カルタスは再度溜息をつくと、ベッドに倒れこむように体を預けた。

(……俺って、こんなに最悪な人間だったか?)

 視界を天井から隣に移せば、こちらの苦悩を知る由もない眠り姫。
 彼女が自分に好意を持ってくれていたという事については素直に嬉しかった。だが、その返答が昨晩のアレというのはあまりにも
酷すぎる。最低でも場を改めて、酔いも何もかも冷めた状態で自分の気持ちを整理した上で彼女に返答すべきだった。

 しかし実際にやった事といえば少女の色香に当てられ、酔った勢いに任せて半ば強姦に近い形で彼女と性交。誘ったのは彼女の方から
だが、応えたのは自分の意思。しかも最後の方はむしろ自分の方から積極的に行為に及んでいた。


 幾度少女を喘がせ、その肢体に白濁を放ったか。


 二日酔いに苦しむ頭でも、自分がやった事の重大さは身に染みて感じられた。


(責任、取らないとな……ギンガのギュイイィィンが非殺傷設定であればの話だけど)

 
「ん……」

 眠っていた少女が、もぞもぞとベッドの上で動き出す。どうやら目を覚ましたらしい。

「……おはよう、ウェンディ」
「……あ、おはようっス……?」

 カルタスと目が合ったウェンディはニッコリと笑みを浮かべるが、すぐに自分が何も着ていない事に気がつき布団の中に潜り込む。

「……!!」
「あ、す、すまない!」

 今さら何に謝るのかわからないが視線を逸らし……とりあえず謝る。

「……いや、いいっスよ……ていうか、いつの間に裸になったんスか、アタシたち……」
「……たぶん、二回目が終わった時に『服が邪魔だ』って言って……脱がせたような気がする」
「……カルタスが、っスか?」
「……俺がだ。酔った上での記憶だから、確証は持てないが……」

 言いかけて、自分の発言に慌てて修正を加える。

「あ、いやたぶん間違いない! 酔っててもしっかり記憶は残ってる! 昨日の事もしっかり!! 俺がウェンディにとんでもない事を
してしまったって事も!!」
「……だったっス」

 布団から頭を半分だけ出してウェンディがボソリと呟く。

「……へ?」



「……初めて……だったっス」



「すまないっ! 本当に……俺は、君に取り返しのつかない事をしてしまったっ……本当に……!!」

 そんな事俺にだってわかってるさ、なぜなら君の処女膜を貫いたのは俺のドリル(ry などとは絶対に口に出さない。彼に出来る
のはひたすら謝罪するだけである。

「ちょ、な、なんで謝るっスか!? 誘ったのはこっちっスよ!?」
「それでもだ! こんな形で、その、君の大事なものを……」
「いや、だから全然気にしてないっスよ!! 今のはアタシの初めてを、カルタスにあげられたのが……嬉しくて……それで……」

 最後の方は言葉にならず、顔を赤らめたウェンディが完全に布団の中に潜り込んだ。



「ウェンディ……」






 カルタスは少しだけ考え、彼女の後を追って布団の中に潜る。

「ウェンディ」 
「ふわわっ!?」

 急に目の前に現れた顔に驚き、ウェンディが布団から飛び出そうとする。その腕を強引に掴み、カルタスは彼女の身体を抱き寄せた。

「えぇっ、ちょ、カルタス!?」
「ウェンディ。君は昨日俺にこんな風に言ったよな……『ギンガの事はキッパリ忘れた方がいい』って……その通りだと思う。彼女が
愛しているのはナカジマ部隊長であって俺じゃない……部隊長もギンガの事を愛してる、俺の割り込む余地はそこにはない。たとえ
想い続けても、二人に迷惑をかけるだけだ」
「カルタス……」
「だから俺は彼女の事を吹っ切って、前に進んで行かなきゃならない……ウェンディ。もし君が許してくれるなら、これから俺が進んで
行く道……君と二人で歩いて行きたい」
「そんなこと……!」

 ウェンディの手がやんわりとカルタスの身体を引き離す。

「アタシは、そりゃ嬉しいっスけど……でも、カルタスはそれでいいんスか? フラれて何日も泣くほど好きだった人の事、忘れる事
なんてできるんスか?」

 その身体を、再びカルタスが抱き寄せる。

「難しいかもしれない。だけど、断ち切らなきゃいけない」
「アタシとエッチしちゃったから責任を取って付き合うとか、そういうのだったらお断りっスよ? アタシはそこまで……安い女じゃ
ないっス」
「わかってる。だけど、信じてもらえないだろうけど……今俺が好きなのは、君だ。君がいるなら俺は前に進める」

 カルタスの眼が、真っ直ぐにウェンディを見つめる。見つめられた少女は――


「なんっスか、それ……」

 口調だけは不機嫌そうに。

「でも……信じてあげるっス」

 けれどニッコリと微笑むと、愛しい人にゆっくりと口付けた。


    ◆


 それから一年後。海上隔離施設。

「そういえばウェンディの結婚式、日取りが決まったんだって?」
「ああ、ちょうど一ヵ月後だそうだ。私達も特別に参加が許可された」
「久しぶりだよね〜外に出るの……まあ行動制限はかかるんだろうけどさ」

 芝生の上で、未だ隔離中のナンバーズ更正組―チンク・ナカジマとセイン・ナカジマが妹達の話題に花を咲かせていた。

「けど最初はビックリしたよね〜、あんなにギンガさんギンガさん言ってたカル兄があっさりウェンディに乗り換えるなんて」
「こらセイン、そういう言い方はよくないぞ」
「あは、ごめんチンク姉」

 歯に衣着せなぬ物言いをする妹をたしなめるチンクだが、実はそういうチンクも当時は相当驚いたものだった。
 もちろん妹の幸せは喜んで祝福したし、彼女はウェンディのカルタスへの想いも知っていたのでなおさら嬉しくもあった……だが、
どうしても唐突な感は否めなかったのもまた事実である。

「……なあセイン。お前は二人が付き合うようになったきっかけを覚えているか」
「え? えーと……確か酔った勢いで口喧嘩になって、その時に売り言葉に買い言葉みたいな感じでウェンディがカル兄に告白した……
みたいな感じだったっけ?」
「うむ……」

 セインの語る"きっかけ"は彼女達の間では概ね"正解"である。ウェンディもカルタスも、あの晩に性行為があった事は他の姉妹に
話してはいなかった。まあ当然と言えば当然の話ではある。

「それがどうかしたの?」
「いや、別に……」
「うっそだー、絶対何か隠してるよその感じはー」
「いや……うむ……」

 チンクは少し考え込む仕草を見せる。が、やがてぽつり、ぽつりと自身の頭の中に浮かんでいる仮説について語り始める。

「実際の所、その"きっかけ"とやらはそれだけなのだろうか?」
「それだけって?」
「例えば……あの日カルタス二尉はひどく酔っていたと聞く。理性もかなり弱まっていたはずだ……ただでさえ傷心の身、その状態で
泥酔すれば普段はどれだけ実直な人間でも崩れやすくなる。そこで既成事実を作ってしまえば……」
「ウェンディが自分をカル兄に襲わせたって事? いやーないない、あのアホの子がそんな作戦立てたりしないって」

 セインはそう言って笑うが、チンクはなおも納得がいかないという表情で続ける。

「そうか? だが、あの子はあれで中々頭の切れる子だ。性格上深く考えるのが苦手というだけで、けして考える事ができない訳では
ない……違うか?」
「んー、まあそれは認めない事もないけどさ……」
「あくまで仮説に過ぎんがな。それに幾ら酔っていたと言っても本当に理性を失う段階までいく事は滅多に無いだろう、それこそ一服
盛られでもせん限り」
「そうだよー。チンク姉は考え過ぎだって」
「ふむ……」

 どうやら目の前の妹はどうしても姉の説を支持してはくれないようだ。

 だがな、セイン。

 チンクは言葉には出さず続けた。
 男という生き物は、一度抱いた女には情を移してしまうものなのだ。逆に言えば、抱かせてしまえばもうこちらの勝ちも同然。

 かつて外面的に女としての魅力に乏しい自分(一部にはそれがいいという男もいるが)に、男を堕とす極意を色々と伝授してくれた
今は亡き姉の言葉である。ちなみにチンクがこの金言を実行に移した事があるかについては読者の想像にお任せする。

(まあ、それを知ったところで何の意味もないといえばそうなのだが……やはり気になる……)


「やっほーー!! チンク姉、セイン、ディエチ、面会に来たっスよー!!」
 
 ちょうどその瞬間、噂をすれば何とやら。声のした方を振り向けば件の人物がこちらに手を振りながら走ってくるところだった。

「おー、ウェンディ!!」

 ウェンディの姿を確認したセインが、真っ先にウェンディの元へと駆け寄る。

「チッチッチッ……セイン、今の私の事はミス・カルタスと呼ぶっす」
「あーごめんごめん、ごきげんようミス・カルタス」
「ごきげんようっス、ミス・ナカジーマ!!」


 ご機嫌なところを悪いが、それをいうならミス(Miss)ではなくミズ(Ms.)かミセス(Mrs.)ではなかろうか。それともミッド語
ならこれでいいのか?


(……やはり単に、カルタス二尉も男だったというだけの話なのか。彼は少しは違うと思っていたのだが……)

 なんだか小難しい事を考えていたのが馬鹿らしくなって、チンクはとりあえず妹達の輪に加わるべく立ち上がった。



著者:ておあー

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