[543]『永遠に消えぬもの、その名は』<sage>2007/08/10(金) 01:15:16 ID:lXYQYchY
[544]『永遠に消えぬもの、その名は』<sage>2007/08/10(金) 01:16:57 ID:lXYQYchY
[545]『永遠に消えぬもの、その名は』<sage>2007/08/10(金) 01:18:38 ID:lXYQYchY

指先から血がにじんでいた。
とはいえ、大した事はない。微かな、本当に微かな傷だった。
一体、いつできたものだろう――。
痛みより、そんな思いが先によぎる、その程度の傷だった。
僅かな彼の疑念は、思考の対象ごと直ぐに消え失せる。
そのはずだった。いや、そうあるべきだった。

――彼女の傷は。

それを忘れて生きる事など有り得ないから。
そして忘れる事などできない事を思い出したから。
だから彼は。
その微かな傷を、忘れる事が出来なくなってしまった。


『永遠に消えぬもの、その名は』


響く鈴の音が、涼しさを伝えてきた。
本来は無機質な金属音が、これほど心地良く響くのは、
訪れた場所、海鳴市で高町一家が営む、喫茶翠屋のおかげである。
この翠屋を初めて訪れた人でも直ぐに気づくのは、
店内には女性客しか目に付かないことだ。
翠屋は喫茶店だが、同時に洋菓子店でもある。そして肝心のその味の方だが、
これは、もはや溢れんばかりの女性客で賑わう様子をみれば、語るまでも無い事である。
もっとも、お客の女性達は、大いにその味の素晴らしさを語っている。
そして、今日も今日とて、学校帰りの女学生達と、買い物途中の女性達とで翠屋は多いに賑わっていた。

この為、男の自分は随分と浮いた存在として見られる、と最後に思ったのはいつだったろうか。
ユーノ・スクライアは実に取り留めの無い事を考えながら翠屋を訪れた。

「いらっしゃいませ!」
店内の、汲めども尽きぬ話題と、華やかで賑やかな声に負けない彼女の声とともに、
高町なのはが出迎えてくれた。
それに応えて、ユーノはひょい、と手を挙げた。
訪れたのがユーノと分かると、なのはは華のような笑顔を、更に大輪に咲かせて近寄った。
「こんにちは、ユーノくん」
「こんにちは、なのは。今日も忙しいみたいだね」
「ううん、ぜーんぜん平気だよ。だって私は」

未来の二代目翠屋店長さんだもん!

 その声の響きは、未来へ夢と希望を持ち、そして、
それを叶えるための不屈の意思をもった人だけが出せるものだった。
「……そうだよね、二代目店長だもんね、さっすがなのは!」
「そうそう。任せてよ!それではこちらへどうぞ、お客様!」
ユーノが来てくれた事に、嬉しさを隠しとおせない様子でおどける彼女をみて思い出す。

昔、なのはは自分と出会う前、将来は翠屋を継ぐものと、『ぼんやり』考えていた。
今はもう、その『ぼんやり』は、どこか遠くに消え去ったのだ。

彼女の魔力と一緒に。

だからユーノは思う。どうしても思う。無為で無駄な事を。
出会わなければ良かったという、本当に本当に無意味な事を。

其処はとても寒い場所だったという。
その色は、あらゆる時空で謳われる白ではなく、
忘却された記憶の残り滓の様な、怖気を呼ぶ白だっという。
降り続ける雪は、幻想を呼び起こす事も、詩情を沸き立たせる事もない、
唯々寒い場所だったという。

誰も居ない。何も無い。命を感じない。
想い出さえも閉ざして埋めて、二度と芽吹かせないような、雪。

その雪に、多分初めて色が付いた。

「何やってんだよ!医療班!!」
絶望的に赤黒い色だった。
「早くしてくれよ!」
誰かが居る。何かが有る。命を感じる。
「早くしないと!」
その誰かに、何かが起きて、命は消えようとしていた。
「こいつ死んじまうよ!!!」

誰かは、強く優しく可憐な少女だった。
本当に、年端もいかない少女。

高町なのはだった。

そしてユーノに、この場所の、行ったことのないその空から降る雪が、積もり始めた。

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目次:『永遠に消えぬもの、その名は』
著者:kogane

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