689 中将と教導官の日々 sage 2008/04/05(土) 00:03:00 ID:M8lsiHCo
690 中将と教導官の日々 sage 2008/04/05(土) 00:04:18 ID:OAUZoouv
691 中将と教導官の日々 sage 2008/04/05(土) 00:04:47 ID:OAUZoouv


ある中将と教導官の日々


その日なのはは地上本部に足を運んだ。
理由は無論彼女の職務、教導官の仕事である若手武装局員への教導訓練である。
そして教導を終えたなのはは久しぶりに外で日本食を食べようと、とある和食メインのレストランへと入った。
レストランに入れば中は以外に込み合っており、この店の評判の良さを伺い知れた。
入店したなのはにすかさず店員が声をかけてくる。


「お客様、本日は込み合っておりまして、合い席になりますがよろしいでしょうか?」
「はい、良いですよ」
「ではお席はこちらになります」


店員に案内されてテーブルに向かったなのはを待ち受けていたのは恰幅の良い中年の男だった。
がっしりとした体格はいささか太り気味だが、強い眼光と蓄えた髭が決してだらしなさを感じさせない、そして何より身に纏う空気は男にひどく鋭い印象をもたらしている。
男の名はレジアス・ゲイズ、時空管理局に所属する中将にして地上本部の古株局員だ。

対するなのはも高ランクの魔道師で優秀な教導官としてそれなりに有名な局員である。
二人は目が合って一瞬で互いを認識した。


「む、君は確か‥」
「あ‥‥えっと‥どうもはじめまして」
「ああ、そうだな。はじめまして、レジアス・ゲイズだ」
「は、はい。はじめまして、高町なのはです」


レジアスの流暢な挨拶になのはも慌てて頭を下げて挨拶する。
そんななのはにレジアスはひどく落ち着いた口調で話しかけた。


「そう畏まらないでくれ、とにかく席にでもついたらどうかね?」
「そ‥そうですね」


レジアスに促されてなのはも席に着く、彼の正面に座れば自然と互いの顔を見つめ合う事となる。
間近で見るレジアスの顔は血気盛んな印象に反して以外にシワだらけで、彼が相応の年を生きている事をなのはに感じさせた。
まじまじと自分の顔に見入っている教導官の少女にレジアスはいささか照れくさそうに口を開いた。


「そんなに見ないでくれ、それほど面白いものではあるまい」
「あっ! そ、その‥‥すいません‥」
「ふっ、せっかくの食事の席なんだもう少し気楽にしてくれ。私も君も今はただの客だ」


レジアスの言葉と苦笑した表情になのはもやっと緊張が解けた。
今の彼はいつも演説で見せているような武闘派の中将ではなく、ただの一人の男としてここの食事を楽しみに来ているのだ。
ならば自分もそうしようと、彼にならってただの高町なのはになる事にした。


「そうですね、じゃあ一緒にここのお食事を楽しみましょう♪」


なのはは花が開くような輝く笑みを浮かべてレジアスに微笑む。
レジアスもそのなのはの笑顔につられて、思わず微笑を零した。

二人が注文をすると、程なくして美味しそうな湯気を立てた美食が姿を現した。
なのはは目の前に置かれた盆の上に並ぶ料理に、すかさず箸を伸ばしてその豊かな味わいを楽しんだ。

人気店なだけあって味は確かなものだった、なのはは口に広がる美味に思わず表情を綻ばせる。
そしてふと顔を上げてレジアスを見るとそこには随分と妙な光景が広がっていた。


「むぅぅ‥‥」


レジアスは箸を握りながら顔をしかめて盆の上の料理を睨んでいる。
なのははその様子に思わず“もしかして意外に好き嫌いあるのかな?”なんて考えてしまう。


「あの‥‥ゲイズ中将、どうかしたんですか?」
「いや、実を言うと箸を使うのは初めてでな、どうやったら良いものか」
「え? 本当ですか?」
「ああ、実はこの店に来たのも和食のテーブルマナーの練習なのだ。今度の会食の予行演習と行きたかったのだが‥‥むぅ、難しいな‥」


レジアスはそう言いながら不器用に箸を使って皿の上の料理達と格闘を始めた。
奮闘虚しくレジアスの箸が上手く料理を捉える事は叶わず悪戦苦闘の呈を晒してしまう。
なのははその様子をしばらく眺めると、ふと思い立って席をレジアスの隣に移った。


「こうですよ、こうやって人差し指と中指の間に挟んで‥‥」


あろう事か、なのははレジアスの隣にそっと寄り添って彼の手に自分の手を重ねて箸使いの講義を始めた。
これにはさしものレジアスも驚いた。
なんせ今が旬の瑞々しい若いなのはの肢体がなんとも言えない素晴らしい柔らかさと温かさで接してくるのだ。
さらに髪から香る甘い芳香は脳の奥まで溶かしてしまいそうだった。


「た、高町空尉?」
「ほら、こうですよ」


狼狽するレジアスをよそになのはは彼の手にその白魚のようなしなやかで美しい指を絡める。
その心地良い感触にレジアスの心臓の鼓動が高鳴った。
だがなのははレジアスの心労など露知らず、そのまま彼に箸の使い方を教えていく。

その食事の席で、結局最後までなのははレジアスにくっ付いたままだった。





「今日はありがとう。君のお陰で少しは使えるようになったよ」
「いえ、お気になさらず」


夕暮れの赤の中、機動六課宿舎の手前でなのはとレジアスの二人はそんな会話をしている。
食事を終えたレジアスは“夕闇に年頃の娘を一人では歩かせられない”と言って彼女を宿舎まで送った。最初はその申し出を断ろうとしたなのはだが、レジアスの熱意に押されて結局彼の好意を受け取ることにしたのだ。


「こちらこそすいません、わざわざお送りさせてしまって」
「いやなに、今日は私も町を散策しようと思っていてな。そのついでだよ」
「そういえばゲイズ中将は足に車は使わないんですか?」


なのはの何気ない質問にレジアスは苦い顔をする。
彼女の疑問も無理は無いだろう、レジアス程の局員ともなれば自分の足で部下に運転させるなど日常茶飯事なのだから。


「いや、オフの日まで部下や秘書に負担はかけられん。それに地上本部の局員にはそんな余裕は無いさ」
「そ、そうなんですか? すいません‥‥なんだか悪い事聞いてしまって」
「気にしないでくれ。それより今日は本当に世話になった、今度埋め合わせでもしよう」
「え?」


なのはが聞き返す間もなくレジアスは踵を返して歩き去って行く。
夕暮れに染まる中に消える哀愁に満ちた男の背中をただ少女は見つめる、そして何故かその胸の内には寂しいような締め付けられる想いが宿っていた。


「“埋め合わせって”‥‥‥何かな?」


どこか甘い期待を込めて、なのはは静かに呟いた。


続く(?)



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目次:ある中将と教導官の日々
著者:ザ・シガー

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