153 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2008/08/08(金) 18:15:42 ID:LYbldOux
154 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2008/08/08(金) 18:16:15 ID:LYbldOux
155 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2008/08/08(金) 18:17:06 ID:LYbldOux
156 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2008/08/08(金) 18:17:59 ID:LYbldOux
157 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2008/08/08(金) 18:18:23 ID:LYbldOux

ある中将と教導官の日々5


大勢の人でごった返した大型ショッピングモール、休日という事もあり見ているだけで思わず熱気を感じそうな程の人だかりが形成されている。
そんな中をひどく不釣合いな二人の男女、なのはとレジアスが連れ立って歩いていた。
ヒゲを蓄えた恰幅の良い中年の男と美しい年頃の少女、あまりに対照的かつ似つかわしくない二人が並んでいる姿はある意味シュールな光景である。
自然と周囲の人間の目を僅かに引くが、当の二人はあまり気にかけていない様子だ。

どうやら、既に何度も二人きりで外出しているなのはとレジアスはこういう好奇の視線に慣れてしまったようだった。
振り返って視線をこちらに向ける人々など構わず、二人はモールの様々な店を見て回る。
その姿は普通に考えれば親子にしか見えないが、二人の距離感はもっと近しい何かを感じさせた。
あえて言うなら年の離れた恋人か……本人達が聞けばそれこそ顔を真っ赤にして否定するだろう。

多くの店で溢れるモール内を散策する中、なのはが一つの店舗の前で足を止める。
乙女を魅了する甘い香りが漂う、そこは美味しそうなクレープの店だった。


「あ! ゲイズ中将、あれ美味しそうですよ♪」


鼻腔を蕩かす甘い香りになのはが目を輝かせながらレジアスの手を引っ張ってそう言う。
その姿は普段の凛々しい教導官でも、優秀な管理局員でも、ヴィヴィオの母親でもなく、どこにでもいるただの一人の女の子だった。
エースと呼ばれたSランク魔道師のその可愛らしい姿にレジアスは思わず苦笑する。


「ああ、そうだな。では一つ買ってみるか」


なのはの言葉にレジアスは自分から進み出てなのはの好きそうなものを注文、程なくして美味しそうなクレープを一つ手にする。
そして、そっとなのはに差し出した。


「えっと……悪いですよ、自分の分は自分で買いますから」
「まあそう言わないでくれ、私は年上なんだから」
「うう…分かりました」


レジアスの言葉になのはは渋々と頷いて了承する。
頑固な彼女は本来ならば自分の分を自分で買いたいと思っているのだろう、いくら年上の男性が相手でもそういう面はしっかりしたいようだ。
幾らか不満を感じるなのはだったが、一度口の中に甘いクレープを頬張ればたちどころにその不満も霧散する。
舌の上に溶ける甘味と鼻腔を駆け抜ける香ばしい香りになのはの顔が思わず緩む。


「とっても美味しいです♪」
「そうか、それは良かった」


なのはの満面の笑みにレジアスもつい表情を綻ばせる。爛漫と咲き誇る花のような彼女の明るさは厳格な中将の心をいとも簡単に和ませてしまうようだ。

二人はとりあえず手頃なベンチに腰掛け、なのははクレープを美味しそうに頬張りレジアスは近くの自販機で買った缶コーヒーを傾ける。
心底嬉しそうにクレープを食べるなのはの様子をレジアスはただ静かに見つめていた。
彼のその視線に気付いたなのははふと手にした甘いお菓子から口を離して顔を上げる。


「えっと…私の顔に何か?」
「いや、本当に美味しそうに食べるのだと思ってね」

「本当に美味しいですよ。中将もどうです?」


なのははそう言いながら食べかけのクレープをレジアスの前に差し出す。
彼女のその提案にコワモテで知られる中将は面白いくらい動揺した。


「な、な、な、何を言っているんだ君は!?」
「だって…中将に買ってもらった物ですし、私だけ食べるのは少し悪いです」
「私の事など気にしないで良い! というか、いくらなんでも恥ずかしいだろう!?」


なのはの提案にレジアスは顔を赤くして、普段なら絶対に見せない姿で狼狽する。
まあ、目の前に差し出された食べかけのクレープに口をつけるなんて、普通なら気恥ずかしくって出来ることではない。
だが、なのははそんなレジアスの羞恥心など気にもせず引き下がろうとはしなかった。


「そんな事ないですよ? 気にせずどうぞ」
「いや…その、だな……」
「どうぞ」


言い淀むレジアスの前に突き出される食べかけのクレープ。なのはの目からは後退の二文字が消えていた。
どうやら何が何でもレジアスにコレを食べさせたいらしい。
彼女のその静かな迫力にさしもの厳格な中将もとうとう観念した。


「ああ、分かったよ……では一口だけ」


レジアスは不承不承にそう言うと、周囲にチラリと視線を巡らせる。
周りの目を少しばかり気にすると、なのはの手にしたクレープをほんの少しだけかじった。
今までブラックコーヒーの苦味に支配されていた口の中に、ソレを覆す甘味が溶けていく。
味覚を支配する甘さに思わず手ジアスの口から言葉が漏れる。


「甘いな」
「それはクレープですから。どうです? 美味しいですか?」


正直レジアスは甘いものをそれほど好む男ではない、だが目の前の少女にそう尋ねられて“不味い”などと言える訳がない。
口の中に残る甘い残留をコーヒーで飲み込むとレジアスはポツリと答えた。


「その…悪くはないよ」
「本当ですか?」
「ああ」
「良かった♪」


レジアスの言葉になのはは心の底から嬉しそうに微笑んだ。
一点の曇りも無い笑顔、彼女のその屈託の無さに壮年の中将の胸はまた一つ高鳴る。
仕事に明け暮れ、何年も枯れた生活を送ってきた彼になのはの見せる華やかさはあまりに眩しい。
彼は思わず顔を僅かに逸らして缶コーヒーを傾けると、その苦味で味覚以外の甘さも紛らわせた。
そんなレジアスの様子になのはが不思議そうに首を傾げるがそんな仕草もまた彼の心を波立たせる。
とにかくこの形容し難い甘酸っぱい空気を脱したくて、レジアスは早々にコーヒーを飲み干すと空になった缶をゴミ箱に放りながら立ち上がった。


「そ、そろそろ行こうか」


「はい」


クレープを食べ終わったなのはは元気良く返事をすると、彼の隣に寄り添って歩き出した。
親子のような年の差の二人はモールの人ごみの中に消えて行く。





そしてそんな彼らを人ごみに紛れて監視する者達がいた。


「こちらコードネーム“キョン”、チームリーダーチビ狸どうぞ」
『こちらチームリーダー、どうしたんやクロノ君?』
「いや……なんか、もうユーノが死にそうな顔してるんだが…」


キョンことクロノはそう言いながら隣にいる青年に目をやる。
そこにはまるでミイラのようにげっそりとしたメガネの青年、ユーノ・スクライアがいた。
彼の目はまるで死後数時間は経過した絶賛腐敗中の魚のように濁りきっており、まるで生気というものを感じない。
まあ、初恋の相手が目の前で中年のオッサンと甘酸っぱいデートを繰り広げていたらこうなっても仕方がないだろう。
ユーノは上手く聞き取れないような小さな声で気が触れたように何かブツブツと呟いていた。


「んせつ…ス……かん…ィス」
「おい…どうした?」


彼のただらぬ様子にクロノが心配そうな顔になるが、ユーノは彼の言葉などまるで聞こえていないようだ。
クロノはそっと耳を近づけて彼の言葉を拾ってみる。


「間接キス間接キス間接キスなのはがレジアス中将と間接キス間接キス間接キス僕とはまだ手も繋いでないのにあのオッサンと間接キス」


無限書庫司書長ユーノ・スクライア、なんかもう廃人寸前だった。
もはや口からは呪詛の如く同じような言葉を繰り返し、意思疎通は完全に不可能な状態である。
十年来の友人のあまりに無残な姿に、流石のクロノも哀れみを感じずにはいれない。


「はやて……僕はユーノを送っていくよ。流石にこれ以上見せると本格的に発狂しかねない」
『え…ああ…うん……よろしく』


力なく立つ事すら叶わないユーノに肩を貸しクロノはその場を後にした。
“今夜はとことん酒に付き合おう”恋に破れた哀れな友を思い、クロノはそう決めた。
その日、ミッドチルダのとある居酒屋で二人は壮絶なまでに酒に溺れたとかそうでないとか。


『しゃあない、ではクロノ君とユーノ君は抜けたから、後はロッサ頼むで〜』
『了解、任せてくれ』
『他のみんなもよろしゅうなぁ〜♪』


はやては陽気にそう言って、今回のバカ騒ぎに駆り出された機動六課や局や教会の面々に念話を飛ばした。






モール内の店を散策しながら雑踏の中を歩くなのはとレジアス、活気ある様々な店を眺めているとふとレジアスが立ち止まる。
彼は軽く振り返り、僅かに警戒するような視線を背後に向けた。


「むぅ」
「どうしました中将?」
「いや、どうも妙な気配を感じてね。まるで誰かに見られているような…」


レジアスの言葉になのはも周囲に視線を向けるが、多くの人の行き交うこの中で誰もこちらを見ている者など見当たらない。
視線をレジアスの顔に戻したなのはは、はにかむように苦笑する。


「そんなまさか、気のせいですよ」
「そうなら良いのだが、まあ私はこれでもそれなりに顔が知られているからな」
「確かに、中将テレビで演説とかしてましたからね」


彼女のその言葉に、レジアスは少しばかり眉を寄せた。
そして豊かな顎ヒゲを軽く手で撫でながら、歯切れの悪い言葉を漏らす。


「その、だな……あまり、そういう風に呼ばないでくれないか? どうも仕事の時のようで…」
「そうですね、確かに今日は休日ですから。えっと……それじゃあ何て呼べば良いですか?」
「そうだな、まあ君の好きなように呼んでくれ」
「はい、分かりました…きゃ!」


そう言いかけたところで、人ごみの中で肩を押されたなのはがよろめく。とっさにレジアスが彼女の手を掴み自分の方に引き寄せて助ける。
そうすれば、自然となのはは逞しいレジアスの胸板に吸い込まれた。


「大丈夫かね?」
「は、はい…」
「しかし、今日は本当に人が多いな」
「ちゅ、中将……あの…」
「ん? どうした?」
「…近いです」


なのはは彼の間近、手を掴まれ屈強な胸板の中、それこそ吐息がかかるような距離で上目遣いに見上げながらそう言った。
絡み合う二人の視線、刹那の時、二人は互いの瞳に魅入られる。
雑踏の中でしばしの沈黙、それを先に破ったのはレジアスだった。


「いや! すまない!! 軽率だった」


レジアスは慌ててなのはから二・三歩下がって距離を取ろうとする。
だが、それはできなかった。
なのはがそのしなやかな指を絡め、彼の手をギュッと握り返していたから。


「た、高町空尉?」

「えっと…人が多いですし……はぐれたら大変ですから…その……手、つなぎませんか?」


あろう事か“手をつないで歩く”等という提案、さしものレジアスもこれには目を丸くした。
その行為は中年の中将の羞恥心を崩壊寸前までさせかねない、いくらなんでも恥ずかしすぎる。
レジアスは思わず口ごもりながら慌てた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! そ、それは、その…流石に恥ずかしくないかね!?」


一緒に食事をするとか買い物をするならまだしも、手をつないで歩くなんてまるで恋人同士だ。
しかしそんなレジアスの様子になのはに僅かに影が落ちる。
彼のその言葉になのははシュンと元気をなくしたように俯いて、寂しそうに答えた。


「恥ずかしいなんて、そんな事ないです。でも……中将が嫌なら別に…」
「い、嫌なんて事はない」
「それじゃあ、良いですか?」
「ああ……その…分かったよ」


レジアスはなのはの要望にやっと折れて、首を縦に振った。
その途端に彼女の瞳は嬉しそうに輝き、顔には満面の笑みが零れる。
なのははしっかりと指を絡めてレジアスの手を握り歩き出す。


「それじゃ早く行きましょう、まだまだ見たいお店がたくさんあるんです♪」
「おいおい、そんなに引っ張らないでくれ」


自分の手を引く少女の爛漫さに、彼は困ったようなだけど嬉しそうな顔で苦笑した。


続く。



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目次:ある中将と教導官の日々
著者:ザ・シガー

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