153 名前:むげんのループ No_1[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:37:00 ID:/gbc7iFH
154 名前:むげんのループ No_2[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:37:52 ID:/gbc7iFH
155 名前:むげんのループ No_3[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:38:47 ID:/gbc7iFH
156 名前:むげんのループ No_4[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:40:41 ID:/gbc7iFH
157 名前:むげんのループ No_5[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:41:39 ID:/gbc7iFH
158 名前:むげんのループ No_6[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:42:28 ID:/gbc7iFH
159 名前:むげんのループ No_7[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:43:28 ID:/gbc7iFH
160 名前:むげんのループ No_8[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:44:15 ID:/gbc7iFH
161 名前:むげんのループ No_9[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:45:14 ID:/gbc7iFH
162 名前:むげんのループ No_10[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:46:24 ID:/gbc7iFH
163 名前:むげんのループ おまけ No_1[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:47:46 ID:/gbc7iFH
164 名前:むげんのループ おまけ No_2[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:48:47 ID:/gbc7iFH
165 名前:むげんのループ おまけ No_3[sage] 投稿日:2008/06/22(日) 03:49:46 ID:/gbc7iFH

降りしきる水滴の弾幕を切り裂いて、槍騎士は疾走する。
雨と水煙のせいで視界はかなり悪い。ついでに足場もかなり悪い。
それでも”立ち止まる”という選択肢は存在しない。
それは槍を掲げた騎士にも、騎士に掲げられた槍にもだ。立ち止まる気などさらさらない。
そもそも立ち止まれるはずなど、ありはしない。

何しろ下手に立ち止まったらその瞬間にズドン、即座にゲームセットなのだ。

天からこぼれた雫の中に、紛れ込んだ4つの異物があった。
その異物ときたら、重力を無視し、慣性を無視し、こちらの都合も無視してひたすら襲ってくる。
この世を創った創造主に喧嘩を売るようなそのオレンジ色の猟犬たちは、しかし今は一心不乱に少年を追い回していた。
お互いの距離はつかず離れずを繰り返し、湿気を限界まで含んだ大気を切り裂いてゆく。

でもそれでいい。今はこの追いかけっこが、自分の役目。
ストラーダの出力を細かく調整しながら、エリオはただ、待っていた。
内に魔力を蓄えながら、ただ、待っていた。
パートナーの合図を。愛する者の声を。
女神の、祝福を。

『準備できたよ、エリオくん!!』

繋がる念話。そして神託は下される。待ち焦がれたその瞬間。
『わかった!!』と返した時にはすでに体は動いていて、その進行方向を180°変更させる。
即座に襲いかかってくる誘導弾に対してエリオは目もくれず、地に手をついて、溜めに溜めこんだ魔力を一気に解放した。

「サンダーレイジ!!」

エリオを中心に伸びた雷の茨が、あと3メートルまで迫っていた4つの誘導弾を雨粒ごと全て霧散させる。その水蒸気と雨煙によって、
訓練場には白く立ち込めるドームが現れた。
周囲5メートルほど霧の煙で囲まれたエリオは即座に立ち上がると、全方位を警戒しながらキャロに念話をつないだ。

『ここまでは…』
『うん、計画通りだね』
『そうだね。だからキャロ、あとは合図を出したら』
『わかってるよ。でもエリオくんも、無理だけはしないでね』

そういって短かったやり取りを終える。しかしエリオの中には、それでもなお消えない熱があった。
キャロからいつももらう熱さ。心のまんなかにまっすぐ届く想い。
思い出すだけで、想い返すだけで、じんわり広がる心の熱。
だから今も全身が熱い。神経と体と、周りさえ溶かし尽くしそうな熱さが体を巡ってる。

そんな時周りの空気が、ほんの少し動いた。

『来たっ!!』
『うんっ!!ツインブースト!!スピードアンドスラッシュ!!』

間髪入れずにすでに詠唱および構築を終えていたブースト魔法の輝きがエリオを包み、さっきまでの染み入るような熱は、
血液が沸騰したかのような熱さと陶酔にとって代わられる。
若干身を震わせながら、再び動き出すエリオ。そしてその数瞬の後、先ほどまでエリオが立っていた位置には、黒い無骨な拳が突き立っていた。

「ごめんティア!!逃がしちゃった!!」
「何やってんのよアンタは!!てゆーか念話使いなさい!!」

もう遅いです、ティアさん。


そうこうしている内に今の会話で魔弾の射手の居所を知った騎士は自身のソニックムーブも上乗せして、
先程を遥かに上回る速度で戦場を駆け抜けてゆく。
耳元を通り過ぎる風がごうごうと低く唸り、その音は脳を直に叩いてゆさぶってくる。妙に気持ち悪い音だ。
普段聴く感じとはちょっと違う、響く音。響きすぎる音。
まあ、だけど無視。無視だ。そんなことでせっかくの策を無駄にできるもんか。

あのコンビを倒すには各個撃破しかない、というのが、僕とキャロの共通見解。
でも、フルバックのキャロは、どちらを相手にしても厳しいことが目に見えてる。
ちょっとくやしいけど、それも僕らの共通見解。
今の僕らの、コンビの実力。
だからこそ。

僕がやらなきゃいけないんだ。

魔力弾と同じ、オレンジ色の髪を視認。そしてそれと同時に槍を振りかぶれば、もう目の前には射手の姿が。
後は振り抜く。ただそれだけ。

振り抜いて─射手はその場で、掻き消えた。

幻影。まあ。予想はしてた。
だって時間を充分稼げたのは、むこうだって同じだったんだから。
でも、後は振り抜くだけなんだ。ここからやる事なんて、一つしかない。
動いて、振るっ。ひたすら振るっ!本物に当たるまで!スバルさんが戻ってくる前にっ!!

決意を固めて、魔力も込めて、勘で左に振り向いて。
そこには、ちゃんと射手がいた。いたことはいた。

ただし、3人。しかも、重なるようにして。

あれ?これも幻影?でもなんか近すぎない?もっとお互いを遠くに配置しないと意味がないんじゃ…
あれ?しかもなんかぐるぐる回りだしたよ。ティアさんは何がしたいんだろう…
それにしてもさっきから周りがごーごーうるさいな。
ああ、そんなことしてるからスバルさんも3人来ちゃったじゃないか。
もう、熱いなぁ…

そうして、動きだそうとした、その時。
シャボン玉が割れるように、すべての感覚は反転した。
高揚によって軽やかに動いた体は、足元の泥のように。
あれだけ熱かった体温は、一気に寒気へ。
でもごうごううるさいのは、そのまま。

─あれ?

そして。

「ていっ!!」

視界は、真っ暗に。

戻ってきたスバルの放った延髄へのチョップによって、エリオはあっけなく意識を失った。

こうして『天候不良なんか気合と魔力砲で吹っ飛ばせ!!梅雨限定豪雨間デスマッチ』(命名:部隊長)こと、悪天候下で始まった
分隊対抗模擬戦は、1戦目を終えた時点で強制的に中止となった。



〜むげんのループ〜




「風邪ですね」

雨の模擬戦中にいきなりフリーズし撃墜されたエリオが、分隊長に音速の壁を超える勢いで医務室に搬送されてから約5分。
部屋の主であるシャマルは、目の前にいる患者の家族たちに対して至極あっけらかんと告げた。

「ただの?」
「ええ?」
「本当に?」
「嘘言ってどうするんですか」
「…はあああぁぁぁぁ〜」

盛大なため息をつかれる執務官殿。よっぽど気を張っていたようだ。
だが、浅めの呼吸、少し弛緩した筋肉、汗ばんだ顔、高めの体温。おまけに少し鼻水まで出ている。
全世界の誰がどう見ようとも「風邪」だったと思うのだが…。

「まあ少し熱も出てますけど、ちょっと寝てればすぐよくなるでしょう。
 子どもは風邪の子、ですからね。これ位の風邪は、むしろたまにひいた方が免疫のためにもいいくらいですよ」
「ええっ!?エリオにこんな辛そうな思いを何度もさせろっていうんですかっ?!!」
「いえ、だからたまにって…」
「だってこんなに苦しそうじゃないですかっ?!!」
「ごく普通の風邪のレベルですけど…」
「ああこんなに顔を真っ赤にして…
 …!!すごい熱ですよ先生!!」
「いやそれ微熱…」

ちなみに37.3℃。

「ねえ先生注射の一つでも打ってやってください!!」
「そんな大げさな…」
「はっ……!!!そういえばっ!!!」
「…今度はなんです?」
「昔熱を出して寝込んだとき、プレシア母さんが薬草を煎じて飲ませてくれた覚えが……!!
 あれは確か………裏の山で採ってきたって言ってたはず…!
 ちょっと出てきますっ!!何があっても通信は取り次がないようにってシャーリーに伝えといてくださいっ!!!」
「へ?ちょっと…」

(待っててねエリオ!!今楽にしてあげるからっ!!)

若干物騒な香りのする台詞を心の中で呟きつつ、部屋から駆け出してゆく執務官。
でも確かアルトセイムって言えば、どう急いでもクラナガンから車で3時間くらいはかかるはずじゃなかったかしら?
そんな事を考えながら、ため息と共に医務官は椅子から立ち上がった。
この様子だとフェイトはしばらく戻ってこないだろうから着替えとかもこっちで用意しなくちゃいけないし、先程のシャーリーへの
伝言の件もある。どちらにせよ分隊長の不在は、部隊長の耳にも入れておかなければならないだろう。

と、その前に。

「ちゃんと髪、拭いておきなさいな。あなたまで風邪ひいちゃまずいでしょ?」

棚から出した真新しいタオルで、俯き気味の桃色を優しく拭ってやる。
その白を頭にかぶせたままでキャロは小さく、落ちない様にうなずいた。






─じゃあ、ちょっとエリオの様子見ててね。何かあったら念話で知らせてちょうだい。

髪を拭いてもらったあと、シャマル先生はそう言って部屋を出て行った。
だから部屋には今、私とエリオくんのふたりきり。
いつもだったらすごくうれしいけど、今日は素直に喜べないよ。

エリオくんが辛そうなのを、わたしは感じられなかった。
体調が悪いのを、ちゃんと気付いてあげられなかった。
いつもいっしょにいたのに。隣にいたのに、見えてなかった。

思えば、今回の模擬戦だってそう。
あの作戦を提案してきたのは、エリオくんだった。
エリオくんが時間を稼いで、エリオくんが引きつけて、エリオくんが追いかけて、エリオくんがとどめを刺す。
ぜんぶ、エリオくんががんばる作戦。エリオくんが、わたしにがんばらせないための作戦。

エリオくんは、ちゃんと気付いてた。
わたしがまだ、スバルさんやティアさんと1対1で戦う力がないこと。
ひとりでは、戦えないこと。
だからこその、あの作戦。
エリオくんだけが、がんばる作戦。

わたしはあのとき、ただ見ているだけだった。
それだけしか、できなかった。
もちろん、ブースト魔法の使用後だった、ってのもある。あるけども。
なにもできなかった?なにかできなかったの?

たとえば、スバルさんのあし止め。
エリオくんの槍がティアさんに届くまでの、時間をかせぐこと。
エリオくんに、その時間をあげること。

フリードといっしょなら、出来たかもしれない。雨だったから、ブラストレイの効果は薄かったはずだけど、でも。
できたかもしれない。勝てたかもしれない。
あげられたかもしれない。

ねえ?エリオくん。
わたしは、ちゃんとあげられてるのかなぁ?
わたしは、あなたにむりさせてない?
あなたのまっすぐを、ねじまげてない?
あなたがはやくはしるための、かせになってない?

あなたのまっすぐの、しょうがいになってないですか?

こんなこと聞けば、エリオくんは悲しむだけだろう。
エリオくんはやさしいから。いつだってまっすぐ、見てくれるから。
でも、だからこわいときもある。
まっすぐやさしくて、まっすぐかなしんでくれるなら。

まっすぐきらいにも、なっちゃうんじゃないのかな。

わたしはそのまっすぐがすきで、でもそのまっすぐがこわくて。
どうしたらいいのかわからなくて、でもはなれることなんて、ぜったいにいやで。
けっきょくわたしは、エリオくんのみちをふさいじゃう。
いやでも、かなしくても。


わたしは、いていい?
エリオくんのそばにいても。
こたえはわかってて、だめだってわかってて、それでもきいちゃう。
かなしませるだけの、そんなしつもんをしちゃう。

そんなわたしが、いてもいいの?



雨はあいかわらず降り続き、空気をめいっぱい湿らせる。
そんな空気に励まされるようにして、キャロの思考も湿り気を増していく。
でもだからこそ、気付いた。

─ちいさな、ほんとうにちいさな、空気の流れの変化。

それをきっかけにキャロが少し顔を上げると、薄く目を開いたばかりのエリオと目があった。
電灯の灯りをまぶしそうにしながら、彼は呟く。

「…あれ?」

目の前の空気すら震えないような、弱くて小さな声。
でも、キャロには届いた。届いたから。

「えっ、エリオくんっ!だいじょうぶ?!」

少し慌ててしまった。なぜだろうね。さっきまで考えてたことのせいかな。

「だるい…」

先程よりも少し目を見開いて、でも普段の彼からすればまだまだ半開きの目でキャロを見てくる。
まだ少し寝起きでボーっとしてるらしい。

「風邪だって。無理しなくていいからね」

とりあえず原因を伝える。
でもこれからどうしよう。なんていえばいいんだろう。
さっきまでの考えが未だに頭の中で渦巻いているキャロには、次の句が次げない。
だから、言葉を発したのはエリオ。

「…模擬戦は?」

まだ横になったままなのでだるさはあるのだろうが、頭は少しはっきりしてきたらしいのが口調でもわかった。

「…負けちゃった」

結局事実をそのまま言うしかなかった。

「そっか…」

落胆したのがわかった。

「ごめん…」

なぜあやまるのかが、わからなかった。


「……え?」

どうしてエリオくんが謝るの?

「…なんで?」

だって負けちゃったのは、わたしの力不足で。

「え?」

わたしのサポートがちゃんとできてれば、勝てたはずで。

「なんでエリオくんが謝るの?」

わたしは、エリオくんの足を引っ張っただけで。

「…だって」

エリオくんの邪魔になるだけで─

「負けちゃったのは、僕のせいだから」

え?

「キャロのブーストのタイミングは完璧で、それでも負けちゃって」

違うよ。そうじゃない。

「結局原因は、僕の体調管理のせいだし」

そうじゃなくて。

「キャロにもそんな顔させちゃった」

え…?

「だから、ごめん」

エリオくんが謝ることじゃないよ。

「違うよ」
「え?」
「エリオくんが謝ることじゃない。悪いのは、わたしだから」
「…え?」
「ちゃんとサポートできなかったから。もしかしたら、スバルさんの足止めくらいは出来たかもしれないのに」

そう。全部わたしが力不足だから。エリオくんの枷になっちゃうから。

「そうじゃないよ」
「え?」
「だってその作戦立てたのも僕だし、それに」

…え?


「キャロがいるから、前だけ向けるんだし」



心になにかが、おちるおと。

「でも、ごめんね?」
「…え?」
「キャロの事、信じきれなくて。歪な作戦立てちゃって。
 そのせいで勝てなくて。
 それと、キャロを悩ませちゃって」
「……」
「本当に、ごめん」

ぽとりと、ひとしずくの言葉。
外の雨に比べたら、ひどくささやかな音だけど。
でも言うんだ。その音が。

「……いいの?」
「え?何?」
「わたし、いてもいいの?」

聞いてみようよ、言ってみようよって。
だから、言っちゃった。

「…いて欲しいな」

またおちる、しずくのかたちをしたことば。


「キャロがいると、背中があったかいから」


たまったしずくは、心のふるえでたやすくこぼれて。

目じりから、あふれ出た。

エリオはただ、体のだるさを言い訳にして、そっと目を閉じた。
そのあいだ、雨の音のそうではない水の落ちる音が、絶えず耳をくすぐり続けていた。





「落ち着いた?」
「うん…」

まだ少しだけ、はながぐじゅぐじゅする。
だからお互い、ちょっと鼻声。そんなのもうれしい。
今日はやっと、うれしくなれた。

「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」

そんな事を言って、お互いにちょっと赤くなって、でもふたりとも笑ってて。
でもよく考えたら、エリオくんはこれ以上体温が上がったら辛いんじゃないだろうか。
そういったことにようやく気が回るようになったから、気がついた。
気がついてしまった。

汗ばんで、赤みをおびた肌。薄く開いたまぶたの奥に見える、熱で少し焦点のぼやけた瞳。
少し半開きの口元。体温のせいか、少しだけ肌蹴られた胸元。そこから感じる、エリオくんのにおい。

そして、わらうエリオくん。

しんぞうが、おもいっきしはねた。
もう、ダメだった。気がついたらもう心臓の音がうるさくて、がまんできなかった。
ああそういえば模擬戦のあとだったっけ、とか、口内粘膜を介した感染、とか、いろんな事が頭でぐるぐる回ってるけど、
そんなことお構い無しに体は動いてて。

「エリオくん」
「ん?キャむううぅぅっ!!」

ああ、エリオくんのくちびる、やわらかいなぁ…。
もうそんなことしか、かんがえられなくなっちゃった。


その後ふたりは、シャマルの戻ってくる足音を聞きつけたエリオが離れるまで、ずっとキスを繰り返していた。








で、当然といえば当然の事ながら。


「ごほんごほんっ!!」

数日後、ベッドの上で咳をしつつ、患者にして部屋の主であるキャロは、ひたすら熱による倦怠感と戦っていた。

まさかここまで辛い風邪だとは思わなかった。
ちなみに現在38.8℃。エリオの病状を見る限りたいした風邪ではないと思っていたのだが、まったく見当違いだった。

そんな病状なので、フリードには部屋の外に出てもらっている。
完全に自業自得でひいた風邪だ。うつすことなど、できるわけがない。
かといって部屋の中に一人きりというわけでもない。
部屋の中のもう一人の人間─エリオ─は、彼女のおでこに手をのせる。人並みの体温ですら今のキャロにはひんやりと感じられて、
とても気持ちよかった。

「大丈夫?辛くない?」
「うん…」

普段なら少しでも強がって大丈夫、というところだが、今はもうそんな元気も起こってこなかった。
そのへんを正確に読み取るのは、目の前の最愛の人。

「コレはかなりつらそうだね」
「…ううううぅぅ………」

ゴホゴホと咳混じりにうなるキャロ。ふたりっきりだろうがなんだろうが、この状況ではどうしようもない。


─エリオの風邪は、あの後一晩寝たらケロッと回復した。
 念のため2・3日は様子見で寝ていたが、本人が退屈そうにしていたこと以外は特に何事もなく全快となった。
 まあ、病人食である粥を土鍋3杯分も食べられる体力と食欲があるならばむしろ当然の結果、とも言えるが。

「じゃあなのはさんには今日の訓練休むって伝えとくね。
 それからシャマル先生にも連絡しとくから、後で診てもらうこと。いい?」
「うん、ごめんね…」

本当に迷惑かけっぱなしだ。思えば寝起きの随分とみっともない姿をさらしている気がする。
最後くらいはきちんと見送ろうとして、少し上体を起こそうとしたら即座にエリオに止められた。

「もう、人に無理しないでっていっと、いて…」

ここでエリオは気づいた。気づいてしまった。

汗ばんで、いつもよりしっとりとした肌。薄く開いたまぶたの奥に見える、少しとろんとした瞳。
浅い呼吸を続ける口。体温のせいか、ちょっとだけ肌蹴られた胸元。そこから感じる、キャロのにおい。

(うっっ!!)

いつも以上に艶やかなキャロの表情を至近距離で見たエリオはそのとき、自分の心が、理性が、ぐらりと揺らぐ音を、確かに聞いた。





回りまわって戻ってくる。まっすぐとカーブが組み合わさって、いつのまにか元居た場所へ。
まっすぐ進んだつもりでも、いつも前に進んでいるとは限らない。


これはそんなふたりの、∞のループのお話。






おわり








おまけ


「風邪ですねー」

医務官は往診先のベッドに向かって、のほほんと宣言した。
医務官の後ろには患者のパートナーと、教導官の姿。前者は心配そうに、後者は心配2割、ほほえましさ8割といったところで
ライトニングの年少コンビをみていた。

ちなみにこの場にいない分隊長は、前回しでかした無茶によって部隊のトップにばっちり目をつけられたため、ニュースが入ってきた瞬間に
ルームメイトの全面協力の下で捕縛され、現在は執務室の椅子に拘束されているらしい。
もちろん物理的に、である。

「まあ、エリオの風邪がうつったんでしょうね」
「やっぱり…ですか…」

当の本人達は感染経路までバッチリわかってるのでやっぱりもへったくれもないのだが、もちろんこの場で「キスしたらうつりました」
なんてことがおおっぴらに言えるわけもなく、キャロは布団で顔を少し隠し、エリオは少し顔を俯かせた。
まあでも、そのアクションだけでもこの場の大人二人にはわかってしまったのか、

「じゃあ、エリオにはちょっと私からお話があるから」

ということで、シャマルに半ば強引に連れて行かれてしまった。
まああちらはそこそこのお説教になるのだろう、と思いながら、なのははなのはでベッドからドアを心配そうに見つめるキャロに向き合った。

「キャロも、程ほどにしとかないとダメだよ?」
「…はい………」

まあ、こちらはこれ位でいいか。巷では魔王だの冥王だの血も涙もないだの色々言われているが、こちらには目の前の病人にまで
鞭打つような気はさらさらない。その手の趣味など持っての他だ。
ああ、そういえば。

「そういえば、この前の模擬戦だけどね」
「?」
「ほら、雨の中の」
「ああ…」

あれ以来、なぜかキャロたちと都合がかみ合わなかったので言いそびれていたのだ。
床に臥せった人にする話かどうかは少し疑問だけれど。

「あの作戦、まずまずのところまではいけるだろうけど、ちょっと詰めが甘いかな。
 最終的に全部エリオ頼みって感じになっちゃうしね。例えば最後にスバルが詰め寄ってきた段階でエリオは離脱して
 ブラストレイとか…」
「はい。それはエリオくんとも話しました」
「…ふ〜ん」

そっかそっか。
なんか見てる限りエリオが無理してる感じがしたんだけど、これはもう言うまでもないかな。


「あの…」
「ん?どうしたの?」
「結局、どうしてエリオくんは…」
「あんな無茶っぽい真似したか?」
「はい…」

まあ、そのへん悟るのはいくら何でもまだ難しいか、と思うなのは。

「う〜ん、まあ、そこはエリオも『男の子』だってことだよ」
「え?」
「つまりは守りたい誰かさんがいるってこと。
 そのためだったらどんなことだってできちゃうし、どんな無茶だって通しちゃう。
 そういう考え方ができちゃうんだよね、男の子って」

思えば昔の自分もそんな感じだったかなぁ。守りたい物のためならどんな無茶だって通してきたし、頑固だったし。

「…でも、それってすごいけど」
「そうだね、すっごく独りよがりだよね」

誰かを守ろうと思って、実際に守れて、時には守れなくて。
それは貴いとは思うけど、でもそこにいるだけじゃ見えてこないものもあるんだ。
ただ守っているだけじゃわからないもの。
誰かに守られるその裏で、自分の無力を嘆く人。自分を守ったその強さを妬み、羨む人。
まっすぐな道なんかほとんどないこの世界で、様々な人を守るということ。
それは同時に、さまざまな守られる人を考えるってことなんだと思う。

そして、守ることが守りたいものを傷つけることだってある。
守るための無茶が、自分の選択が、守りたい人を傷つけるってことを、昔の私は知らなかったから。
そしてそのことを、あの事故で理解したから。
文字通り、この身をもって。痛いくらいに。

そのあたりをちゃんと教えていかなきゃいけないんだけど、コレが難しいんだよねえ。
結局言葉でいくら伝えても効果は薄いし、かといって実戦で負けろとも言えないし…

「まあ、難しいところだよねぇ」
「はい…。でも…」
「うん?」
「エリオくん、言ってくれましたから。側に居てほしいって」

あらら、プロポーズ?

「わたしがいると、背中があったかいって」

その言葉に、なのはが動きを止めた。
それは、かつての自分の言葉。
魔法の師にして大切な友人である、彼に送った言葉。

「…そっか。で?」
「はい?」
「そう言われて、どう思った?」

「はい、こんなわたしでも、できることがあるんだなって。
 してあげられることがあるんだなって、それがなんだかうれしくって」




そっか、と短く呟いたあと、その後キャロに別れを告げて、部屋を出た。
そのまま角まで歩いて、おもむろに背を預けた。

聞いたのは、なぜだったのだろう。
自分はどうして欲しかったのだろう。
もしかしたら、もしかしたらだけど。
私は、昔の自分を許して欲しかったのかもしれない。
昔の自分のわがままを。誰かを傷つけたかもしれない行為を。
キャロの言葉でもって、あの時の彼が同じことを思ったのだと、そう思いたいのかもしれない。

だから今、こんなにもほっとしているのかも知れない。
あれはキャロの言葉で、決して彼の言葉ではないのだけれども。
少しだけ許されたような気になっている自分も確かにいて、それがひどく不思議だった。

…少しだけ、センチメンタルな気分になっちゃった。
フェイトちゃんのところで、お茶でも飲もうか。
ヴィヴィオも交えて、昔の話でもしようか。

壁から背を離し、再びなのはは歩き出す。
その背は何故かいつもよりも、少しだけ幼げに見えた。



おわり




著者:蒼青

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