[30] もう一度、あの空へ sage 2007/09/04(火) 06:01:03 ID:pwWODlgS
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 『もう一度、あの空へ』


  *  *  *

 ――幼い頃から、空が好きだった。

 果てしなく広がるあの青空を、どこまでも自由に飛びまわりたい。そんな、誰もが一度は見る夢。
 彼女もまた、その一人だった。
 空に憧れた彼女は成長し魔道師となり、空を駆けた。
 優秀な魔道師と評された彼女は、人々に尊敬される人物になった。
 彼女もそんな人々の想いに応える事を望み、戦いの最前線の中、仲間達と共にこの世界の平和を守り続けてきた――


「前方より敵兵器、数二十――来ます!」
「行くよ皆、私に合わせて!」
「「「はいっ!!」」」
 隊長である彼女の指示の元、的確な迎撃が展開される。爆音が空に響き、破壊された敵兵器の残骸が宙に舞う。
「続いて、第二波――くっ、大きい……!?」
 先ほどの何倍はあろうかという兵器が飛来する。が、彼女はそれに全く臆する事無く進み出た。
「私がやるよ! 皆、フォローお願いね!」
 後方の部隊にそう告げると、彼女は巨大な魔法陣を展開――砲撃を放つ。真っ赤な魔力光が巨大な敵兵器を易々と貫き、虚空へ消えた。
「流石ですね、隊長……」
 感嘆の言葉を漏らす部下に微笑みを返すと、彼女は再び表情を引き締めると、次々飛来してくる敵兵器へと向き直る。
「まだまだこれからだよ……気を引き締めて!」
 隊全体に指示を飛ばしながら、彼女は撃墜数を重ねてゆく。
 そこには、誰にも負けない勇気で果敢に敵に立ち向かう、皆が憧れてやまない歴戦のエースの姿があった。

 数十分に及ぶ攻防の末、敵の攻撃が終息を見せる。ひとまず防衛は成功したようだった。
「お疲れ様です、隊長」
「うん、お疲れ。でもまだ気を抜かないでね。またいつ襲ってくるか分からないから――」
 彼女がそう言った瞬間。足元から高速で接近する影が現れた。その速度は、今までの敵機の比ではない。
 しかし、それでも彼女ならば充分対応出来る相手。
「任せて!」
 誰より早く躍り出て、敵の前に立ち塞がる。自分の部下を、誰一人として傷付けたくない。そんな彼女の強い意志に、皆が守られてきた。
「――っ――……!?」
 しかし、異変はそこで起きた。
 日々の厳しい訓練、隊長としての激務、日毎に勢いを増す敵の侵攻――彼女の体に、塵のように積もっていた疲労や負担、無意識のストレス。
 それが今、最高に最悪のタイミングで、彼女の意識と動きを鈍らせた。

 ――爆発に呑み込まれた彼女が最後に見たものは、自分の魔力光よりも深く紅い、血の色をした空だった――


  *  *  *

 気がつけば、目の前には白い天井が広がっていた。何故自分がこんな所に居るのか、朦朧とする頭で考え――彼女は自分が撃墜された事を思い出した。
「――――!」
 一瞬で、意識が覚醒する。隊の皆はどうなったのか、戦況は――そんな考えが次々に頭を巡り、彼女の心を逸らせる。
 ならば、いつまでもこんな所で寝ていられない。焦る心を抑えつつ、彼女は体を起こそうとして――自分の体が全く動かない事に気がついた。
 ……否、動かないどころではない。自分の体の感覚が全く無い。体を動かそうとしても、首しか動かない。
 そこで彼女が見たものは、自分の体に繋がれている無数の管と、ベッドの周りに何台も並ぶ、精密な医療機器。
「……良かった。目を覚ましたのね」
 と、不意に聞き覚えのある声で念話が届いた。必死に首を動かして見ると、傍らに技術者である彼女の親友が立っていた。
「…………」
 言葉を返そうと彼女は口を動かす。……が、声すら出ない。ここに至って、彼女は自分の体がどれだけ酷い状況になっているのかを、悟った。
「……正直、もう目を覚まさないかと思ったわ。本当に、良かった……」
 そう言って、涙を零す親友。しかし、彼女にはその涙を拭う力すら無い。
(私……どう、なったの?)
 こんな事、目覚めて最初に言う言葉ではない。心配かけてごめんね、とか、私は大丈夫だよ、とかもっと他に言う事があるだろう。
 そう思っても、聞かずにはいられなかった。
「…………」
 押し黙る友人。それが逆に全てを物語っている。が、それでも言葉にして欲しかった。
(……教えて)
 念話での会話すら、億劫に感じる。以前は漲るようだった自分の魔力が、酷く弱々しい。
「……体が原型を留めていて、意識が戻っただけでも奇跡だった」
 ぽつり、と友人が呟く。声を詰まらせながら、続ける。
「でも、もう中身はズタズタ。今の医療技術でも治療は不可能。それに、リンカーコアももう……」
(うん……分かった)
 そこまで聞けば、充分だった。自分は、あの青空を飛べない。もう、二度と――
(――ああ、失敗しちゃったなぁ……)

 しかし、不思議と彼女の心に悲しみや後悔の念は湧いてこなかった。
 何よりも先に、どうすればまた空を飛べるようになるのか――それだけが、彼女の頭を駆け巡っていた。
 その心こそが、彼女の強さだった。何が起ころうとも、決して俯かずに前を見続ける力。友人には『何とかとナントカは紙一重ね』などと揶揄された事もある彼女の心。
 それは、再起不能になって尚、彼女を目覚めさせた力の源であると言えた。

(……それで、方法は無いの?)
 だから、もう一度友人に空を飛びたいと告げた時には、思い切り呆然とされた後、もの凄く呆れられた。
「何だか泣いてた自分が馬鹿らしくなってきたわ」
 友人は溜息を吐きながら、それでも微笑んだ。しかしすぐに真面目な顔に戻る。
「……でも、やっぱり無理よ。今のあなたは、この部屋に居るから生きていられるのよ? そもそも、こうやって会話出来てる事自体が奇跡だっていうのに……」
(何でもいいの。もう一度、青空を見たい。飛びたい。例え死んでも、それだけは――)
「…………」
 自分でも無茶を言っている事は分かっている。しかし、全てを失った彼女には、もうその望みしか残っていなかった。
「…………――――ひとつだけ」
 沈黙を続けていた友人が、口を開いた。

「本当に、何でも良いんだったら……一つだけ、試してみる方法があるわ」


  *  *  *

(……インテリジェント、デバイス?)
 聞きなれない単語を、彼女は頭の中で反芻した。
「そう。今ウチの技術班が開発している新型デバイス。今まで皆が使っているデバイスと違って、人工知能を組み込んでいるの」
 友人の説明によると、人工知能を搭載する事によって、魔道師との意思疎通を可能とし、学習、相性により、結果、実用性を超えた高いパフォーマンスを期待出来るというデバイス――というものだった。
「現段階では、試作機が幾つか製作されているわ。それで、ウチの技術班としては、そろそろ実用機の製作に入りたいところなんだけれど」
 一旦言葉を切る友人。彼女は真っ直ぐに友人を見つめる。
「その実用機の人工知能に、あなたの人格をプログラミングする」
「……!」
 友人の言葉に、彼女は胸が高鳴った。
「――でも、分かっていると思うけど、あなたの人格、性格、言動、全てを完璧にプログラミングして人工知能に搭載するなんて、実際不可能な事。例えそれが可能だったとしても、結局の所、実際にあなたが空を飛べる訳じゃないのよ」
 友人の言葉は、至極当然のものだった。そんなものは、深く考えずとも分かる事。
 ――しかし、それでも彼女は胸の高鳴りを抑える事は出来なかった。
(……それでも、やってみたい。私、今とてもドキドキしてるの。どんな形になっても、また空を飛べるんだって思えてきちゃって――)
 彼女の脳裏に浮かぶのは、果てしなく広がる青空。動けぬ体になってからも、夢で何度も見た光景――
「……本当に、あなたは羨ましいくらいの馬鹿ね……まあ、そこが私は好きなんだけど」
 顔を赤くして照れながらも、友人は微笑んだ。
「分かったわ。主任に頼んでみる。……本当は、こんな怪我人にはさせられない事だけど、主任もあなた程のエースをこのまま失うのは非常に残念だ、って言ってたし」
 何よそれ、と軽い憎まれ口を叩きながら、彼女は笑った。



  *  *  *

 それから、そのデバイスの開発が開始された。とは言うものの、彼女自身が特に何かをするような事は無く、彼女のデータを取る為に色々な器具を頭や体に取り付けられたりするくらいだった。
 もっとも、元より動けない彼女にとっては、眠っている間にも進んでゆく作業をただ待つ事しか出来なかったのだが。

(…………)
 目覚めて、彼女は思う。一体『あの日』からどれ程の時間が流れたのだろう。この白い部屋の中では、時間の流れが希薄に感じる。それに最近、起きていられる時間が短くなっているように感じる。
 ――命の時間に限界が訪れようとしているのか。その事を考えると、堪らなく悔しくなる。もっと空を飛びたい。風を感じたい。強靭な彼女の心にも陰りが見え始める。

「……起きてる?」
 そんなある日。気付けば友人が居た。霞む目で、その姿を捉える。
(……うん。今、起きた)
 久しぶりに会った友人の顔には、疲労の色が見えた。きっと、仕事で根を詰めていたのだろう。
「良かった。一番最初にあなたに見て欲しくて、急いで来た甲斐があったわ」
 そう言うと、友人はポケットから何かを取り出して見せた。

 それは、小さな紅い宝石。かつてこの世界の空を美しく彩った、とある魔道師の魔法の色――

(これ、は……)
 久しく感じる事の無かった胸の高鳴り。それは、彼女が待ち望んでいた空への道。
「やっと出来たの。これが、私達の創ったインテリジェントデバイスの一号機よ」
(とっても綺麗……名前は、何ていうの?)
「まだ、決めていないわ。起動呪文もよ。……私は、あなたに決めて欲しいと思っているんだけど」
(……いいの?)
「良いも悪いも無いわ。あなたが居なければ、このデバイスは完成しなかった」
 そう言いながら、友人はそのデバイスを照明にかざす。その光の反射を受けて、デバイスが輝いた。
「……勿論、始めにも言ったけど、これを使えばもう一度飛べるなんて訳じゃない。あなたの人格、性格、言動、魔道師としてのデータ――出来得る限り組み込んではいるけれど、やっぱりそれは所詮プログラムであって、あなた自身とは到底呼べない代物で――」
(うん、分かってる)
 友人の言葉に、彼女は心の中で静かに頷いた。
「…………」
(それでもね、何だかとても嬉しいの。――私の体はもう動かない。でも、私の心を受け継いだその子が、誰かと一緒に飛んでくれるなら、私は――)
 本当はもう、飛ぶ事を諦めていた。けれど、誰かに自分の想いを受け継いで欲しかった。そうすれは、自分は心置きなく――
「馬鹿言わないで。ほら、早くこの子に名前をあげてよ。念話でも通じるようになってるから」
 友人が急かすようにデバイスを彼女の手に乗せる。渡されたという感覚も無かったが、確かにそこにあるように感じられた。
『起動呪文と名称を設定して下さい』
 デバイスの声が聞こえてくる。まるで自分の子供に名前を付けるような気分だった。
 そして彼女は、その言葉を紡ぎ――

 刹那、爆音が彼女の意識を闇に落とした。




  *  *  *

 ――誰かの声。自分を呼ぶ、叫び。それに導かれるように、彼女は重い瞼を開いた。
「しっかりして……! ねえ、大丈夫……!?」
 ぼんやりと瞳に映る、友人の泣き顔。そんな顔なんて見たくないから、笑ってみせた。
(……大、丈夫……私なら、平気……それよりも、何が……)
「敵の……敵の攻撃が、ここまで……」
(敵……?)
 眩しい、と感じて光の方を見る。
(……――あ――)
 言葉を失った。
 崩れた壁。そこから見える――彼女がずっと、戻りたいと願った場所。曇り無い青空。
 そして、そこで行われている、戦闘。
(綺麗――)
 しかし、彼女の目には、戦闘は映らない。ただ視界に入るのは、どこまでも続く綺麗な空。この光景を、ずっと見ていたいとさえ思う。
「あっ……!」
 が、それを遮るものが飛んできた。この空を侵す無法者。命無き殺戮兵器。
 あの日、彼女を堕とした機影――
「きゃあぁぁあぁっっ――――!!」
 友人の悲鳴。迫る死。
 そんなものは嫌だ。守りたい。その為の魔法だ。でも今の自分には、そんな力はもう――


『――――Protection』


 ――確かに聞こえたその声。
 二人の前に浮かんだ紅い宝石の展開した障壁は、その凶弾の悉くから二人を守っていた。
(……これ、って……)
「嘘……まだ、起動呪文も設定してないのに……」
 呆然としてデバイスを見つめる。しかし、当のデバイス本人は何でもない、といったふうに言葉を続けた。
『緊急事態につき、強制的に起動させました。改めて、起動呪文と名称を設定して下さい』
 言葉も無い二人。デバイスは、そんな二人の言葉を待っていた。
「……やっぱり、この子はあなたにそっくり。無茶ばっかりして、でも、いつも皆を守ってくれて……」
 友人は泣いていた。でも、笑っていた。
(……私に子供が居たら、こんな感じかな?)
「かもね……」
 知らぬ間に、彼女自身も涙を流していた。日の光を受けて輝くそのデバイスが眩しくて、嬉しくて――もう、思い残す事は何も無かった。
(……起動呪文と名前を設定します。しっかりと、聞いて)
『了解しました』

(……『我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て。風は空に、星は天に、そして――不屈の心はこの胸に』)

『我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て。風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に』

(其の名は、『レイジングハート』――――)

『All right. My name is 「Raising Heart」――――』

 きらり、とレイジングハートが輝く。この名前は気に入ってくれただろうか。


 ――急に、ひどく眠くなってきた。でも、このまま眠るのは勿体無いな。折角レイジングハートの面倒も見たいのに。
 友人の声も聞こえない。体を揺さぶってくれてるけど、ちょっともう眠気を我慢出来そうにない。
 少しだけ、休ませてくれないかな。綺麗な空の下で眠るのが、大好きだから。


 ――――ああ、きれいなあおぞら。とても、とてもあたたかい――――




  *  *  *

「……グハート? レイジングハート?」
 機動六課デバイスルーム。各デバイスの調整を終えたシャーリーは、起動に際して若干のブランクが発生したレイジングハートに呼びかけた。
『はい。何でしょうか』
「もしかして、どこか調子悪かった? 起動時の反応が鈍ったんだけど」
 シャーリーには皆の大切なデバイスを預かる身として、不備や異変は見過ごせないものがあった。
『……古いデータを読み込んでいたようです。データでは、最初期の起動時のもののようでした』
「それって、必要なもの?」
『いいえ。現在では全く使用する必要はないでしょう』
 幾度もレイジングハートの調整をしてきたシャーリーにも、そんな古いデータが残っているとは思わなかった。
「必要ないなら、消去しておこうか? いざという時に支障が出たら困るだろうし……」
『――――いいえ。申し訳ありませんが、遠慮しておきます』
「え、どうして?」
『理由は不明です。しかし、このデータだけは残しておきたいのです』
「……んん、よく分からないけど、レイジングハートがそう言うなら消さないでおくわね」 
『ありがとうございます』

 ビィーッ……ビィーッ……

 室内に、アラート音が鳴り響く。ややあって、なのはがデバイスルームは訪れた。
「ごめん、シャーリー! 調整中かもしれないけど、緊急出動!」
「分かりました!」
「レイジングハート、いける?」
『もちろんです』
 力強いレイジングハートの応えに、なのはは頷く。
「それじゃあ……行くよ!」

『All right, my master』


 果てしなく広がるあの青空を、どこまでも自由に飛びまわりたい。そんな、誰もが一度は見る夢。
 一度は堕ちた。それでも、再び舞い上がった。


 受け継がれたものは、不屈の心と空への想い。

 その魂を乗せて、紅の宝玉は今日も空を翔けてゆく――――



  了

著者:15スレ577

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