577 名前:ギンガさんの口付けタイム [sage] 投稿日:2009/12/31(木) 16:14:48 ID:2PuKliAo
578 名前:ギンガさんの口付けタイム [sage] 投稿日:2009/12/31(木) 16:15:19 ID:2PuKliAo

ギンガさんの口付けタイム



「……はぁ」


 ふと、少女の瑞々しい唇より溜息が漏れた。
 艶やかで深みのある青の髪を揺らし、男を惹き付けて止まない熟れた肢体を茶色い管理局制服に包んだ美少女。
 ギンガ・ナカジマである。
 彼女は今、自身の職場である陸士108部隊のオフィスにいて、デスクワークの傍らで物憂げな表情をして溜息を何度も吐いていた。
 果たして何故だろうか。
 その原因は、彼女の視線の先にある。
 ギンガの澄んだ碧眼の先には、一人の男が彼女同様にデスクワークに勤しんでいた。
 年の頃は二十代半ば、オールバックに整えた黒髪に、座っていても分かる逞しい長身。
 名をラッド・カルタスという。
 入隊した当時からギンガの先輩にして上司であり、そしてつい先日身と心を結んで恋人になったばかりの愛しい想い人である。
 さて、そんな彼を見つめ、何故に少女は憂いを浮かべるのだろうか。
 ケンカでもしたのか、それとも愛想が尽きたのか。
 否、実際はそのどちらでもない。
 二人は仲睦まじく、双方共に相手を心から愛している。
 ギンガの心を苛む問題はそんな深刻なものでなく、もっとくだらなくて、かつ他愛ないもの。
 幾度目かの溜息と共に、少女はその悩みを小さな小さな声で吐露した。
 
 
「キス……してないなぁ」


 と。
 ギンガの悩みとは正にそれ。
 カルタスとの口付けに他ならない。
 かれこれもう二日以上になるだろうか、ギンガは彼との口付けを味わっていなかった。
 その程度の事で憂鬱になったのかと思うなかれ。
 ようやく悲願であった思慕が叶った恋する乙女に、愛する男へ想いを馳せるな、と言う方が酷なのだ。
 たった二日、四十八時間と少し。
 それだけの時間をカルタスと睦めぬままに過ごす事は、今のギンガにとってどうしようもなく堪らない、切なさが募る時だった。
 なまじ相手が目の前にいるだけ辛いのだ。
 こんなにも近くにいるのに、触れ合う事は叶わない。
 少女はおもむろに自分の唇を指で撫ぜると、視線をカルタスに、正確には彼の唇に向ける。
 自然と思慮を駆け抜けるのは、あの唇が自分に為す愛撫。
 魂まで触れ合うような甘く切ないキスだ。
 時に触れ合わせ、時に舌を絡め唾液を交える。
 口付けのもたらす甘美な味わい。
 思い出すだけで肌が悦びに粟立つのを感じる程だ。
 そこまで考え、ギンガは思慮を振り払うように首を横に振った。
 一体自分は何を考えているのだろうか、と。
 目の前のディスプレイに目を落せば、作成すべき資料は少しも進んでいないではないか。
 色事への欲求に為すべき仕事を蔑ろにする己を、少女は内心恥じた。


「はぁ……ちょっと気分転換に顔でも洗ってこようかな……」


 このままでは埒が明かぬと、ギンガは立ち上がり、オフィスを出て行く。
 手洗いまでの道を、彼女はやや早足に歩いた。
 冷水で顔を拭えば、少しはこの火照った身も心も鎮まってくれるだろう、と。
 と、そんな時だった。
 ふいに背後から声が掛かる。


「ああ。待ってくれギンガ」


 それは愛しく思った彼の唇が、ラッド・カルタスの紡いだ言葉だった。


「な、なんですか?」


 問う言葉と共に振り返ったギンガは、自分の顔が真っ赤になっていないか、気が気ではなかった。
 彼の声と顔に、先ほどまで自分の脳裏にあったどうしようもない欲求が思い出され、恥ずかしくて堪らなくなる。
 自然と視線が彼の唇に向かい、少女は慌てて顔を俯かせた。
 そんなギンガの様子にカルタスは首を傾げて訝しがる。


「どうした?」

「い、いえ! なんでもありません」

「そうか。なら別に良いんだが。ちょっと良いか?」


 言うや否や、彼は答えも聞かずにギンガの手を握った。
 え? と、少女の問い返す言葉を無視し、カルタスは手を引いて勝手に歩き始める。
 行き着いた先はオフィスから幾らか離れた廊下の角。
 普段から人気のない場所だった。
 一体こんな所になんの用があるのか。
 その真意を問おうと、ギンガ口を開く。


「あ、あの……一体どうしたんですか? こんなところ、で……」


 が、それ以上の言葉は紡げなかった。
 次なる刹那、カルタスの顔が近づいたかと思えば、彼の唇がギンガの言葉を塞いだのだから。


「んぅ……!?」


 唐突に言葉を塞がれ、口付けを成され、ギンガは思わず身を強張らせた。
 だがそれも一瞬だ。
 身も心も、全ては次の瞬間に彼を受け入れていた。
 求め続けた口付けを彼が与えてくれる。
 それが、ひたすらに心を悦びで満たしていった。
 

「ん……ちゅぷ……あんぅ……ぴちゃ……」


 最初は触れ合うだけだった口付けも、次第に舌を絡ませた情熱的なものへ変わっていく。
 カルタスの舌が少女の口の中へと侵入し、舌同士を絡ませ、歯の裏側まで舐め、届く範囲の全てを愛でる。
 ギンガもまたそれに応え、自分からも懸命に舌を絡め合わせていった。
 何の味もしない筈の唾液が、注がれる度に甘味を増す気さえした。
 いつしかカルタスの手は彼女の艶やかな髪を撫で、その細くくびれた腰を強く抱き寄せる。
 ギンガもそんな彼に身を寄せ、豊満な乳房を押し付け、瑞々しい太股で脚を浅く絡めて応える。
 甘美な、ただただ甘美な口付けの時。
 彼は彼女を求め、彼女もまた彼を求めた。
 そうした時間がどれだけ過ぎただろうか。
 唇を求め合うあまり息苦しさを感じ、カルタスがふいに顔を離す。


「あっ……」


 甘美な口付けを唐突に打ち切られ、少女は寂しげな声を漏らした。
 舌を浅く突き出し、まるで物欲しそうな雌犬のような顔で彼を見る。
 もっと欲しい、と。
 ギンガは、切なげに潤んだ瞳で言外にそう訴えた。
 だが彼はそんな少女に、どこか底意地の悪い笑みを浮かべて告げる。


「おっと。これ以上はお預けだよギンガ」


 言いながら、彼はそっとギンガの唇に人差し指を触れた。
 そしてどこか底意地の悪そうな笑みを浮かべ、朗々と言葉を紡ぎ始める。
 

「さっきから、ずっと見てたよな? 俺の唇ばっかり。そんなに俺とキスしたかったのか?」


 と。
 微笑と共に語られたのは、彼がギンガの欲求を見透かしていた事を示す言葉だった。
 少女は羞恥にぱっと頬を染め、思わず顔を俯かせる。


「し、知ってたんですか?」

「もちろん。俺の顔ばかり、物欲しそうに見てたからな。君が何を欲してるか、想像するのは簡単だ」

「あうぅ……」
 

 彼の言葉に、ギンガは恥ずかしくてさらに顔を真っ赤に染めていった。
 まさか自分が昼間っから恥ずかしい欲求に駆られていた事が見透かされていたとは。
 想像するだけで恥ずかしくて堪らない。
 あうあうと言葉にならない声を漏らし、ただ身を縮ませる。
 そんな少女の様が愛らしいのか、カルタスはにやにやと意地悪そうな笑みをしていた。


「そ、そんなに笑わなくても良いじゃないですか」

「いやすまん。なにせ君があんまり可愛いもんだからね」

「うう……カルタスさんのいぢわる……」


 上目遣いに恨めしげな眼差しを向けるギンガに、彼は、すまんすまん、と言いながら頭を撫でてやる。 
 弄られて少しへそを曲げた少女だが、カルタスの指に髪を撫で梳かれると、その心地良さについつい眼を細めてしまう。
 その様はほとんど飼い主に愛でられる子犬そのままだ。
 だが、彼はそんな愛撫すらもすぐに止めてしまった。


「じゃあ、続きはまた今度って事で」


 もう少しだけして欲しい、と、ギンガは瞳を潤ませて視線で請う。
 しかし、それもほとんど効果はなく、カルタスは早々にオフォスへと歩み行くばかり。
 身も心も火照らされ、これではギンガにとって酷い生殺しである。
 が、そんな時だった。
 一度歩みを止め、カルタスは振り向いて告げた。


「ああ、でもな、仕事を早ーく切り上げたら、後はたっぷり時間できるよな?」


 と、彼は笑みと共に告げた。

 その後、オフィスで鬼神か羅刹でも乗り移ったような勢いで猛烈に仕事を処理するギンガの姿があったとかなかったとか。



終幕。


目次:ギンガの恋路
著者:ザ・シガー

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