484 名前:トラベルミステリー ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:22:05 ID:nEMcYuws
485 名前:トラベルミステリー ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:22:47 ID:nEMcYuws
486 名前:トラベルミステリー ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:23:41 ID:nEMcYuws
487 名前:トラベルミステリー ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:24:29 ID:nEMcYuws
488 名前:トラベルミステリー5/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:25:28 ID:nEMcYuws
489 名前:トラベルミステリー6/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:26:21 ID:nEMcYuws
490 名前:トラベルミステリー7/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:26:58 ID:nEMcYuws
491 名前:トラベルミステリー8/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:27:47 ID:nEMcYuws
492 名前:トラベルミステリー9/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:28:41 ID:nEMcYuws
493 名前:トラベルミステリー10/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:29:26 ID:nEMcYuws
494 名前:トラベルミステリー11/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:30:01 ID:nEMcYuws
495 名前:トラベルミステリー12/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:30:38 ID:nEMcYuws
496 名前:トラベルミステリー13/13 ◆hZy29OoBJw[sage] 投稿日:2009/03/15(日) 21:31:20 ID:nEMcYuws

 第97管理外世界にある極東の島嶼国では、例年よりも暖かかった冬も終わろうとしている。
 17時15分。首都の一大ターミナル・東京駅の10番のりばに、大きめの荷物を持った2人の姿があった。
「ちょっと、早く来すぎたかな」
「まだ列車来てないよ、ユーノくん」
「せっかくなのはと2人で旅行なんだし…… 遅れちゃまずいかなと思って」

 普段は多忙を極めるなのはとユーノの2人だが、示し合わせてまとまった休暇を取ることに珍しく
成功したことが、今回の旅行を計画するきっかけだった。
 協議の結果、海鳴で友人知人と顔を合わせた後、夜行列車で出発し、九州で温泉にでも入って
ゆっくりしよう、ということになったのである。本当はヴィヴィオも連れて行きたかったのだが、
学校のほうでも泊まりがけで行事があるということで、そちらを優先してもらった。

 そして17時21分頃、レールの軋む音を響かせながら、列車がゆっくりと駅に入ってきた。
 今回きっぷを取っている列車、寝台特急「富士」である。
「うわー、これが『ブルートレイン』というやつなんだね」
「わたしも、実際に乗るのは初めてだよ」
 しかし、ドアが開くまでにはまだ時間があるらしい。
 それまで2人は列車の前で記念撮影をすることにした。
 なのはは「大分」の文字が書かれた行先表示器の下でポーズをとる。
「はい、1たす1は?」
「に〜」
 ぱしゃり。いい感じの写真が撮れた。
「よし、次はせっかくだから、先頭車両の前で……」
 2人が準備をしていると、三脚を持った青年から声をかけられた。
「あの、お2人の写真を撮って差し上げましょうか」
「いいんですか? ありがとうございます!」
 なのはがカメラを手渡すと、彼は慣れた手つきでシャッターを切る。
 なのはとユーノは、EF66型電気機関車に誇らしげに掲げられた『富士・はやぶさ』のヘッドマーク
とともに、ファインダーに収まった。
 こうして通りすがりの鉄道ファンの青年に撮ってもらった写真は、大切な思い出の1枚となったのである。

 17時45分頃、ようやく列車のドアが開いた。同時に、2人は列車へ乗り込む。
 2人が予約していたのは、8号車のA寝台個室「シングルデラックス」である。
「あんまり広くないね」
「料金の割にはね…… まあ、古いんだし、仕方ないよ」
 18時03分、発車メロディーが終わるとともに、ドアが閉まる。
 そして列車は、はるか先の終着駅を目指し、ゆっくりと東京駅ホームを後にした。

 寝台特急「富士」は、始発駅の東京を18時03分に発車し、途中の横浜、熱海、沼津、富士、静岡、浜松、豊橋、
名古屋、岐阜、京都、大阪、広島、岩国、柳井、下松、徳山、防府、新山口、宇部、下関、門司に停車。門司で
東京から併結していた熊本行の寝台特急「はやぶさ」を切り離し、小倉、行橋、中津、宇佐、別府に停車。終点の
大分には翌日11時17分に到着する。17時間14分の旅である。

 おなじ個室に入った2人。ユーノは、さっそく東京駅で買った駅弁を出した。
「列車の中で食べる夕食というのも、いいよね」
 彼は包みを広げようとするのだが、
「ストップ!」
 なのはから制止が入った。
「えーっ…… なんで?」
「『いいか。弁当を広げるのは多摩川を渡ってからだぞ。それが夜汽車の掟なんだ!』
 ……って、お父さんが言ってた」
「へぇー…… そういうもの、なのかな」
 いまいち釈然としないものを感じながらも、彼は「掟」に従い、しばし車窓を楽しむことにした。
 高層ビルの立ち並ぶオフィス街、人家が敷き詰められた住宅地。街の明かりがどんどん後ろへ飛んでいく。
「ここの首都は本当に大都市だね。これだけずっと都市景観が続く場所って、ミッドチルダにもなかなか
 ないよね」
「そう言われるとそうかもね。わたしはこういうものなのかなって思ってたけど…… あの明かりのひとつひとつ、
 みんな人が暮らしてるってことだもんね」
「この列車は、外から見るとどう見えるのかな? 同じように見えるのかな?」
「そうだね。この列車も、いろんな人のいろんな思いを乗せて走ってるんだよ、きっと」
 その思いを、守りたいと思う。だから、今の仕事を選んだ。それは2人とも同じだった。

 多摩川を渡って川崎を過ぎたあたりで、2人は駅弁を広げ、会話を弾ませながら夕食を済ませた。
「よし、車内探検に出かけよう」
「あ、考古学者の血だね〜! わたしも同行させてください、先生」
「考古学は特に関係ないと思うよ……」
 ユーノの提案で、2人はとりあえず前につながれている「はやぶさ」の車両へ向かった。
「中身は『富士』と同じなんだね」
「下りは東京側が『富士』だけど、上りは東京側が『はやぶさ』になるから、共通で使えるように
 同じ編成にしてるんだって」
「ふーん、詳しいねユーノくん」
「まあ、多少予習をしたから……」
 先頭まで行ったところで、後ろへ戻る。
 6両編成の「富士」には、2人が予約したA寝台個室「シングルデラックス」のほか、B寝台個室「ソロ」、
開放式2段B寝台の設備がある。見たところ開放寝台は空きが多いようすであった。
 最後尾のデッキの窓からは、後方の景色が展望できる。しばらく2人は流れていく光を追っていた。

 2人がもとの8号車に戻ろうとしたところ、B個室「ソロ」のある9号車で、何やら男3人が言い争っていた。
「これではダメだ。やり直しだな」
「待ってください三嶋さん、この企画は練りに練った案で……」
「いや、なんというかこう…… インパクトがさ、足りないんだよ」
「そう言われましても…… 草川さんからも何か言ってくださいよ」
「この企画は都築さんが中心ですからね。土台がちゃんとできれば、私は役目を果たしますよ」
「うーん……」
 何の話をしているのかわからないが、3人がどいてくれなければ8号車へは戻れない。
「あのー、すみませんが」
 ユーノが笑顔でたたみかける。
「ちょっと通していただけませんか」
 男たちはは言い争っているのを見られて気まずいのか、おずおずと2人に通路を譲った。
「どうも」
 なのはとユーノが通り過ぎると、三嶋は、
「じゃあそういうことだから。直しといてね」
と言って1階の個室に入る。都築と草川と呼ばれていた2人も、顔を見合せてため息をつくと、2階の個室に
それぞれ入って行った。

「はあ〜 何だったんだろうね」
 自室へ戻ったなのはは、ベッドに腰かけた。
「さあ…… ビジネス客の人かな?」
 そう言いつつ、ユーノは部屋の鍵をロックする。
「さて、なのは。わざわざ個室をとったんだし……」
「……」
「2人になったら、やることは…… ゴホン、ひとつだよね」
「あの…… 本当にするの? こんなところで」
 なのはは顔を赤くする。
「こんなところだから…… いつもと違うシチュエーションも、良くはないかい?」
 そうしてユーノは、彼女の隣に腰かけると、その手をそっと握った。
「なのは……」
 彼の手はなのはの胸のふくらみへと伸びる。
「ゆ、ユーノくん…… 聞こえちゃうよ」
「大きな声を出さなければ…… 大丈夫」
 なのはは彼の眼を見つめる。彼もじっとこちらを見ていて、その眼には自分の姿が映り込んでいた。
 ……この気持ちは、一方通行じゃないよね。ちゃんと、双方向なんだ。
 彼女はそっと目を閉じた。
 ふたりの唇が徐々に近づいていく。

 トントン。
「失礼しまーす」
 個室のドアがノックされた。
「は、はーい」
 ユーノは慌てて彼女から離れる。
 ドアを開けると、黒い制服を着た車掌が立っていた。
「どうも。きっぷを拝見いたします」
 車内改札であった。
「お2人とも、終点の大分までですね」
「はい、そうです」
「えーと、改札に来られるの、遅かったですね」
 車掌は笑顔で言った。
「申し訳ありません。さきほどもお邪魔したのですが、いらっしゃいませんでしたので……」
 ちょうど車内探検をしていたときらしい。
「ああ、すみませんでした」
「いえ。では、ごゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
「ああ、それから……」
 車掌は思い出したように言った。
「個室は1人用ですので、お休みの際は、自室でお願いいたします」
「あ、はい。きっぷは持っていますので……」
「失礼します」
 車掌はドアを閉めて去っていった。

「ねえユーノくん」
「……なに?」
「やっぱり、やめたほうがいいと思うの」
「……うん」
「ここ、ドアも壁もそんなに厚くないし……」
「そうだね」
「今日は…… これだけね」
 なのはは彼の唇に口づけた。
「じゃあ、また明日」
「うん。おやすみ」
 ユーノは若干残念な気持ちのまま自分の個室へ入っていった。
 列車の心地よい揺れと、車輪が刻むリズムは、彼らを速やかに眠りの世界へ送り届けるには十分だった。

 翌朝、列車は定刻通り走っていた。
 なのはとユーノの2人は、朝の車内販売で買った弁当を一緒に食べる。
 7時45分頃。新山口と宇部の間を走っている時のこと。ユーノは用を足すため、9号車側の便所へ向かった。
 すると洗面台のところで、帽子とサングラスを着用した男とすれ違った。
(車内なのに、珍しいな)
 その後も2人は、下関での機関車付け替え作業を一緒に見たりして過ごす。
 そして11時過ぎ、別府湾を左手に見ながら、予定どおりに終点の大分へと到着した。
「はあー、長かったね」
「でも、ぼくは景色とかを眺めてたら、そんなに飽きなかったよ」
「そうだね。たまにはこういうゆっくりしたのも、いいよね」
 2人は列車を降りようとしたが、何やら隣の9号車のほうが騒がしいことに気づいた。

「三嶋さーん、終点ですよ! 降りましょう」
「返事してくださーい」
 昨日言い争っていた男たちが、個室のドアを叩いていた。
「どうかしましたか?」
「連れの人が出てこなくて……」
 駆け付けた車掌に彼らが事情を説明する。個室のドアはテンキーでロックされているが、道具を
持ってきた車掌がドアを開ける。
 すると。
「うわ……あ」
「これは……」
「三嶋さん……!」
 車掌と男2人は、その場に固まっていた。
「どうかしたんですか」
 なのはとユーノが駆けつけて中を確認すると……
 ベッドから床へ、おびただしい量の血が滴り、その上に男が倒れていた。
 それを見たユーノは言った。
「車掌さん、救急車を呼んでください。それと、警察も」
「あ、はい」
 車掌は駅務室へ走って行く。
「なのは!」
 脈拍を確認したなのはは、首を横に振った。
 ユーノは唇をかむ。
「そんな……」
「三嶋さん!」
 都築と草川の2人は、狼狽したようすで後ずさりした。そこへ、男がもう一人駆けつける。
「どうしたんですか」
「ああ、新房さん」
「三嶋さんが……」
「ああ、これは……」
 新房と呼ばれた男も、惨状に絶句していた。

 車内で警察の実況見分が行われた。
「被害者は東京都の三嶋章雄さん。七生自動車の社員か……」
 刑事が被害者の持ち物を見ながら言う。
「背後からナイフで一突きね。相当返り血を浴びたんじゃないか」
「しかし、凶器が見当たりませんね、佐伯警部」
「ああ、犯人が持ち去ったんだろうな。車内をくまなく調べるんだ」
「場合によっては、沿線も調べなきゃなりませんね」
「骨が折れそうだな…… 財布は盗られていないな。金目当ての犯行ではなさそうだ」
「遺体の発見者たちには、駅の事務所に集まってもらっています」
「よし、話を聞こうじゃないか。行くぞ竹田」
「はい!」
 2人の刑事は、現場を鑑識に任せ、車両を後にした。

 駅事務所には、遺体発見の場に居合わせた5人が集められていた。
「大変なことになっちゃったね、ユーノくん」
「うん…… まあ、たまにはこんなこともあるよ。仕方ないさ」
 2人はため息をついた。
「大分県警の佐伯です。お集まりいただいているのは…… お分かりかと思いますが……
 殺害されたと思われる三島章雄さんの件に関してお話をうかがいたいからです」
 まず、被害者の連れの2人から話し始める。
「三嶋さんと同じ七生自動車の、都築正紀です。大分には、出張のため、3人で『富士』に乗りました」
「同じく七生自動車の草川啓蔵です。駅に着いても鍵が掛ったたまま三嶋さんが出てこないので、
 車掌さんに開けてもらったんです。まさかこんなことになるとは……」
「鍵が掛っていたということは、もしかして…… 密室殺人!?」
 竹田刑事は拳を握り締めるが、乗客から反論される。
「いえ、個室の鍵はテンキーですから、閉める時に任意の番号を指定できます」
「はあ、そうなんですね……」
 彼は心なしかがっかりしたように見えた。
 ここでユーノが指摘する。
「お2人は確か昨日、何やら車内で言い争っておられましたよね?」
「そうなのですか?」
 佐伯警部が尋ねる。
「ええ…… ちょっと会社のプロジェクトに関して、もめてしまいまして……」
「そのときに、ちょうどそちらのお2人が通りかかられたのです」
「なるほど」
「確かに言い争いはしましたが、だからって殺したりはしませんよ」
 佐伯警部はうなずいた。
「おっしゃることはわかりました。ただ、状況からして、顔見知りの犯行である可能性が高いのですよ。
 あとでゆっくりお話を聞かせてください。あと、持ち物も見せていただきたいと思います」
「私たちを疑っているのですか?」
「申し訳ありません。こういう仕事なもので……」
 苦笑する佐伯警部を見て、なのはもうんうんとうなずいた。仕事柄、思い当たるところがあるようだ。

「ところで、そちらのお2人は……」
 竹田刑事はなのはたちを見て問う。
「ユーノ・スクライアです」
「……高町なのはです。大分には旅行で来ました」
 本名を名乗ってしまったユーノに、なのはは念話で話しかける。
(ちょっとユーノくん、あんまり目立たないほうがいいよ。ユーノくんはこの世界の人じゃないんだし、
 身元を詳しく聞かれたら困るよ)
(確かに、不法滞在以上にやっかいかもね…… 気をつけるよ)
 そしてもう1人。
「私は新房明之、七生自動車大分支社の勤務です。三嶋さんたちを迎えに来たのですが、到着時刻を過ぎても
 駅から出てこられないので、入場券を買って入ったら、こんなことに……」
「あれ?」
 ユーノは思わず声を上げた。
「新房さんには、どこかでお会いしたことがありませんか?」
「いいえ…… 初めてだと思いますが」
「そうですか…… 確か車内でお見かけしたような」
「私は列車が大分駅に到着してから、初めて車内に入ったんですよ。気のせいではありませんか?」
 そのやり取りを聞いた佐伯警部が尋ねる。
「確かですか、新房さん。『富士』には乗っていないんですね?」
「間違いありません」
「証明できる人は?」
「うーん…… 昨日、会社の同僚と日付が変わるくらいまで駅前の居酒屋で飲んでいまして…… 
 その後駅からタクシーで20分ほどの宿舎に一緒に帰りました。今日の朝は、11時頃に駅前のコンビニで
 買い物をしました」
「そうですか。……一応その『同僚』と、コンビニのカメラ映像の確認を」
 すると、刑事が1人駆け込んできた。
「警部!」
「どうした」
 刑事は佐伯警部に耳打ちする。
「そうか…… 都築さんに草川さん、署まで御同行願えますか」
「な、なぜです?」
「そうです! 私たちは何も……」
「あなた方の荷物から、血のついた所持品が見つかったそうです。動機もありそうですし……
 詳しくお話を聞きたいのですが」
「そんなばかな!」
「何かの間違いですよ!」

(おかしいよね)
 ユーノが念話でなのはに話しかける。
(何が?)
(犯行を済ませた犯人が、いつまでも証拠になるようなものを持っているだろうか?)
(より確実に処分できる場所に捨てるってこともあるんじゃないのかな?)
(うーん……)
 ユーノは、どうも何か引っかかるらしい。
「新房さん、本当に『富士』には乗っていないのですか? ぼくはあなたを車内でお見かけしたと思いますが」
「しつこいですね。私は乗っていないと言っているんです」
 新房は怒った口調で答えた。
「それにこの2人が凶器を持っていたのではありませんか? なぜ私を疑うんです」
 佐伯警部は確認する。
「新房さんの言うアリバイは、本当なのか?」
「はい。昨日飲んでいたという会社の同僚の話、コンビニの店員の話とカメラ映像を確認させたところ、
 まちがいないようです」
 竹田刑事がメモを見ながら答えた。
「鑑識によると死亡推定時刻は今日の午前7時から8時頃だそうです。彼の部屋には車内販売の弁当の箱が
 ありましたが、販売が行われるのは6時53分に徳山を出てからだとのことです」
「ああそうだ。私は下関で機関車付け替えがあるのを一緒に見ようと思い、到着前の8時30分頃に三嶋さんの
 個室を訪ねたのですが、鍵は掛っていて、返事はありませんでした」
 都築が付け加えた。
「なるほど、ではその時にはすでに三嶋さんは……」
「ほら。私が関わるのは無理じゃないですか」
 佐伯警部は首をひねった。
「そうだ。車掌に確認してみたらどうだ? 車内改札で乗客全員と顔を合わせるだろ」
「それが…… 下関でJR西日本からJR九州の車掌に交代するので、乗客全員は把握していないということです」
「困ったな」

 ユーノは、一か八かの賭けに出ることにした。
(なのは、お願いがあるんだけど。調べてほしいんだ)
 彼は念話でなのはに内容を伝える。
(わかった。見てみるよ)
 なのはは荷物から時刻表を取り出すと、ぱらぱらとページをめくりはじめた。
「ぼくは確かに見ました。この人と車内の洗面所の前ですれ違いましたよ」
 ユーノは新房を指さして断言した。当然、新房は反発する。
「なぜそう言い切れるんです? あなたは顔をはっきり見たんですか?」
「見ました」
「顔が見えたはずはない! だって……」
 そこまで言って、新房は絶句した。
「だって、サングラスをかけて、帽子を深くかぶっていましたもんね」
 ユーノが止まった言葉を続ける。
「ほう。これは興味深いですね。新房さん、あなたこそどうして断言できるんです? 彼が顔を見ていないと」
「それは…… そうなんじゃないかと、思っただけです」
「なるほど」
 今度は佐伯警部がたたみかける。
「そういえばあなたはさっき、都築さんと草川さんが『凶器』を持っていた、とおっしゃいましたね」
「ええ、言いましたが」
「確かに凶器のナイフと、血のついたテープがお2人の荷物からそれぞれ見つかりました。おそらくテープを
 柄に巻いて滑り止めにしたんでしょう。しかし私は『血のついた所持品』とは言いましたが、『凶器』とは
 一言も言っていないのですよ」
 新房の顔色が、どんどん悪くなっていく。
「それは…… そう言われたら、誰だって凶器なんじゃないかと思いますよ!」

「第一、わたしは『富士』に乗っていないんだから、三嶋さんを今日7時から8時の間に殺すなんて
 無理じゃありませんか」
 佐伯警部は腕を組んだ。そこが一番の問題である。
「できると思いますよ」
 今度はなのはが声を上げる。彼女が示したのは、数字が羅列された時刻表のページだった。
「新房さんは午前0時頃まで駅前にいたんですよね。そのあとタクシーで帰ると、ご自宅に着くのは0時20分頃。
 午前3時54分までに、大分駅に戻ってくるのは、十分可能ですよね」
「その3時54分というのは、なんですか?」
 竹田刑事が尋ねる。
「博多行の特急『ドリームにちりん』が大分駅を発車する時刻です。この列車に乗れば、小倉には朝5時24分に
 着きますから、小倉を6時47分に発車する東京行新幹線『のぞみ4号』に乗れます。この電車は新山口駅に
 7時05分頃に着くので……」
「なるほど。新山口で『富士』に乗り換えできるわけだ」
「はい。『富士』は新山口を7時33分に出ます」
 竹田刑事は首をかしげる。
「でも、新房さんは朝の11時に大分駅前で買い物をしているんですよ。『富士』が大分に着いたのは11時17分
 ですよね?」
「わかったぞ」
 佐伯警部は手をポンと叩いた。
「聞いたことがある。『富士』は確か、途中で別の特急に追い抜かれるんじゃなかったか? それに乗れば
 『富士』より先に大分に着けるだろ」
「『ソニック9号』ですよね。『富士』が中津駅を出るのは10時01分ですが、『ソニック9号』は10時18分に
 中津駅を出ます。そして大分には『富士』より先に着きますから、中津駅を出るまでに乗り換えれば、
 『富士』に先行できます」
 なのはが説明した。
「しかし『ソニック9号』が大分に着くのは11時06分ですよ。コンビニで買い物をした時刻と合いませんよね?」
 新房が反論した。
「詳しいですね」
「……今日駅で案内をしていたので、それで知ったんですよ」
「だそうだが……」
「ええ、その点もクリアできます」
 なのはは説明を続ける。
「新山口で『富士』に乗った後、次の宇部には7時55分に着きますが、ここで列車を降り、次の下関行普通列車に
 乗り換えます。宇部を8時02分に出て、厚狭に8時12分に着きます。ここで博多行新幹線『こだま623号』に
 乗り換えるんです」
「なるほど、新幹線なら先行できそうだな」
「『こだま623号』は厚狭を8時34分に出て、小倉に9時00分に着きますから、9時17分に小倉を出る『ソニック
 7号』に乗れます。この列車が大分に着くのは10時46分です」
「ああ、それなら大分駅前で11時に買い物をすることも可能ですね!」
 竹田刑事は感心したようすだった。

「アリバイは崩れたようですね、新房さん」
 新房は唇をかむ。
「証拠はあるんですか? あなた方が想像しているだけじゃないですか!」
 そう言われると、刑事たちも困ってしまう。
「きっぷが、あるんじゃないですか?」
 ユーノが助け船を出した。
「そうか。今の話が本当なら、『新山口→大分』の乗車券がここの駅に残っているかもしれないな。
 新幹線に乗ると、改札の出入りをするときに時刻と駅名が印字されるから、そのきっぷに『厚狭』と
 『小倉』の印字があるはずだ」
「普通は使わないルートですね。そこに新房さんの指紋が残っていれば…… でも、きっぷを分けて
 買っていたら?」
「一応駅に確認するんだ」
「残っていると思いますよ。私の指紋がしっかりと。列車が遅れやしないかと、手に汗握ってきっぷをつかんで
 いましたからね」
 新房は観念した。
「新房さん……」
「なぜこんなことを」
 都築、草川の2人が聞く。
「私が都築さんの企画したプロジェクトを任されたものの、昨今の不景気で鳴かず飛ばず…… 私だけが責任を
 問われ、大分に左遷されたのに、都築さんはおとがめなし。そして草川さんはちゃっかり私の後釜に座って……
 こんなはずではなかったのに」
「それで、お2人に罪を着せようとしたんですか」
「ええ。私がとった経路は、高町さんがおっしゃった通りです。新山口から『富士』に乗り込み、宇部に着くまでの間に
 三嶋さんの個室を訪ねました。番号は、事前に本人から聞いていました。彼は私に驚いていましたが、びっくり
 させようとこっそり来たのだと説明すると、個室に入れてくれました。せまい部屋ですから、彼はこちらに背を向けて
 移動します。そのときに背後からナイフで彼を刺しました。そのあとドアをロックし、別の車両にうつりました。
 そのときにスクライアさんとすれ違ったかもしれませんが、正直よく覚えていません。私も焦っていましたから。
 宇部で『富士』を降りました。凶器とテープは『富士』が大分に着いてから2人の荷物を運んだ時に、私が入れたのです」
「なるほど。しかし、何も殺すことはなかったのでは」
 佐伯警部が問いかけた。
「三嶋さんには、私たちの企画を自分の都合のいいように変えてしまうところがあった。それだけでもプライドを
 傷つけられるところがあるのに、失敗したときだけ責任を私に押し付けて…… しかもひどい言葉でののしられた
 のです。どうしても許すことができませんでした。大分のような場所で人生をだめにするなんて…… どうにも
 耐えられなかったんです」

「何を言っているんだ、新房さん」
 声を上げたのは、草川だった。
「あなたは大分で手腕をふるって、かなり活躍していたそうじゃありませんか」
「そうですよ」
 都築も言う。
「評判は東京まで届いていましたよ。独創的だって…… まだまだ力を発揮できたのに」
「新房さん、あなたならやり直せます。ちゃんと罪を償って、戻ってきてください」
「ええ、また3人で飲みませんか。前みたいに」
「うう…… すみません、2人とも……」
 新房は涙ぐんだ。
「行きましょうか」
 新房は、竹田刑事に付き添われ、パトカーへと連れていかれた。

「あなた方のおかげでいろいろと助かりましたよ。ご協力に感謝します」
 佐伯警部は、ユーノとなのはに礼を言った。
「いえいえ。大したことはしていませんよ」
「ところで…… 私たちも事情聴取を受けるんでしょうか?」
 警部は少し考えたが、
「スクライアさん、あなたは新房さんを『富士』の車内で見たと断言していましたが、あれは確かですか?」
「いいえ、顔を隠していましたので、断言できないんです、本当は」
「そうだと思いましたよ」
 警部はほほ笑む。
「新房さんは罪を認めていますし、今ある証拠で立件できそうです。今のところは特段お話をうかがう必要は
 ありませんよ。一応連絡先はお聞きしておきますが……」
 どうやら、ユーノの身元を突っ込んで聞かれる心配はなさそうである。
「新房さんはああ言っていましたが、大分もいいところですよ。どうぞ旅行を楽しんでいってください」
「ありがとうございます」
 2人は頭を下げた。
「ところでお2人は、ご結婚が近いのですかね?」
 警部のこの質問に、2人は大いに赤面した。

「こんなはずではなかった、か……」
 ユーノは、新房が言った言葉を思い出していた。世界はこんなはずじゃなかったことばかりだと言ったのは、
誰だったか……
「人の思いを乗せて走る列車、か……」
 なのはも、『富士』の中での話を思い出した。人々を運ぶ列車は、それぞれの人生、思い出と大きく関わっている。
自分たちの旅行も、思い出として残るのだろうが…… その列車が殺意をも運んでいたのは、悲しいことだった。
「まあ、でも…… せっかく旅行に来たんだし、佐伯さんが言っていた通り、ぼくたちは楽しむしかないんじゃ
 ないかな」
「そうだね!」

 2人は市内や高崎山を回った後、別府の温泉宿に到着。湯船につかった後、関さば・関あじを使った料理と
地酒に舌鼓を打った。
 そして、布団2枚をくっつけて敷いた。
「じゃあ、そういうことで……」
「まったくユーノくんはえっちなんだから〜」
 なのはは、うまい具合にお酒が回っていた。
 浴衣の胸元を緩めると、うなじにかけての首のラインがそそる。
 たまには浴衣もいいよね…… と、ユーノは思った。
「昨日は、おあずけにしちゃったけど…… 今日は好きなだけ、していいからね!」
「それでは遠慮なく…… あ、でもあんまり大きな声を出しちゃダメだよ」
 2人は長い口づけを交わした。
「はぁ、今日の事件も、ユーノくんのおかげで解決したんだよ。ユーノくんはすごいよね…… もっと
 大好きになっちゃうよ」
「いやいや…… なのはが時刻表を見てくれたおかげだよ」
 なのはを横たえて、浴衣をはだけさせると、白い肌が露わになる。
 ユーノは彼女の胸をゆっくりと愛撫しながら、今度は唇を強く吸い、舌を突き合わせてじっくりと味わった。
「んっ…… ユーノくん……っ」
 なのはは、膝をすり合わせて悶えた。
「ああ…… なんだかもう、だいぶ濡れているみたいだけど」
「お酒のせいかなぁ? 何か感じちゃって…… いま、すごく…… ほしいの」
 そう言うなのはの目は、潤んでいた。
「そう? じゃあ……」
 ユーノは彼女の要望に応えて、自らのものをあてがう。
「いくよ」
「うん……」
 そのまま一気に進んでいった。

「あっ…… ああ」
 身体が火照って、熱くなる。お酒のせいだけではない。
「ユーノくん……っ」
「なのは……」
「はぁ、はぁ」
「好きだよ。すごく…… 大好きだよ」
「うん…… うれしい」
 腰を動かすたび、ぐちゅっと水音がする。
 なのはに強く抱きしめられて、彼には限界が迫っていた。
「ああ…… もうダメだ」
「えっ」
「ううっ!」
 彼女の中にすべて吐き出してから、ユーノは謝った。
「ゴメン」
「うーん…… ちょっと早くない…?」
「浴衣とお酒でなんだかいつもより興奮しちゃって……」
「しょうがないなあ…… まだまだだよ」
「はい」
 夜は長いので、2人はそれからも互いを求めあった。

 翌朝。
「なのは。朝だよ」
「うーん……」
 なのははユーノに起こされて、ゆっくり起き上った。
「このまま寝かせてあげてもいいけど…… 帰りの『富士』は16時54分発だからね。観光したかったら、
 早めに回ったほうがいいよ」
「うん、そうだね……」
「あと…… 服もちゃんと着てね」
「む…… 見ちゃやだよ」
 ユーノは苦笑した。
 帰りの列車では、何事も起きなければいいな…… そう思う、2人であった。


著者:◆hZy29OoBJw

このページへのコメント

 執筆者は西村京太郎のファンに違いない。鉄道ファンとして、廃止された『富士・はやぶさ』が出てきたのも高得点。燃える!!

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Posted by レスキューライナー 2009年05月24日(日) 20:09:46 返信

コレは新しい・・・修正が必要か?(ネタです)
ユーなの物なら幾らでも頂けます故頑張ってくだされwww

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Posted by drguun 2009年04月29日(水) 21:16:25 返信

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