413 名前:ナイトクルーズ後編1/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:21:04 ID:2z1qXFXk
414 名前:ナイトクルーズ後編2/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:21:41 ID:2z1qXFXk
415 名前:ナイトクルーズ後編3/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:22:20 ID:2z1qXFXk
416 名前:ナイトクルーズ後編4/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:23:26 ID:2z1qXFXk
417 名前:ナイトクルーズ後編5/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:24:08 ID:2z1qXFXk
418 名前:ナイトクルーズ後編6/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:25:59 ID:2z1qXFXk
419 名前:ナイトクルーズ後編7/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:27:45 ID:2z1qXFXk
420 名前:ナイトクルーズ後編8/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:30:09 ID:2z1qXFXk
421 名前:ナイトクルーズ後編9/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:30:49 ID:2z1qXFXk
422 名前:ナイトクルーズ後編10/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:31:21 ID:2z1qXFXk
423 名前:ナイトクルーズ後編11/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:32:53 ID:2z1qXFXk
424 名前:ナイトクルーズ後編12/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:33:26 ID:2z1qXFXk
425 名前:ナイトクルーズ後編13/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:34:27 ID:2z1qXFXk
426 名前:ナイトクルーズ後編14/14 [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 00:35:37 ID:2z1qXFXk

「ゴホっ!!」
「!!」

2人の警ら隊員と今、まさに2人を「消滅」させようとしていた少女は後ろの声に気づき路地の奥を見る。
そして衝撃魔法の発動をキャンセルした。


少女がローブの下に隠していた右手から魔力光が消えた。


奥には30〜40代くらいの男性が、壁に寄りかかってへたり込んでいるのが見えた。
少女と同じようにローブをまとっていたが、少女以上に黒く汚れている。


さらに男のローブの下には無骨なアーマーが見えた。自分達が身に着けている防弾チョッキではない。
まぎれもなく騎士甲冑である、


しかも、その騎士はどこか具合が悪いのか吐血しているようだ。
負傷している騎士、ただ事ではない。



「おい、大丈夫か?あんた!!」
2人の警ら隊員は、男にかけよりたずねた。


「れ・・・連絡しましょう!」


若い警ら隊員はあわてて、通信端末を起動させた。
「こ、こちらサードアベニュー10!!」



『サードアベニュー10、どうしましたか?』
先ほどの若い女性のオペレーターの声が聞こえてくる。


「廃棄都市区画E37通路で“コード58・・・”」
若い警ら隊員の言葉をさえぎり、それを初老の警ら隊員が送信機を握って代わりに話す。


「おお、“コード587(路上ストリップ)”があったから、付近の陸戦魔導師の応援がどうしてもほしくてな」


「また・・・新暦始まって以来、一番ひどいジョークよ。そんなの陸士部隊に報告したらオペレーターのみんなのイイ笑いものよ」
オペレーターの若い女性はあきれたように通信を切った。

「・・・いい・・のか?」
若い警ら隊員が驚いていると、今まで吐血して気を失っていた男が気づき、警ら隊員たちに話しかける


「普通・・・俺みたいなヤツを見かけたら“コード582(違法魔導師の死傷)”で報告するはずだろ」


「なんだ?あんた知ってたのか?」
「・・・」


男はこたえなかった。もともと詮索するのもされるのも嫌いなのだろう。
初老の警ら隊員は言葉を続けた。



「・・・別に何もしてない人間を報告する理由はないだろ。それとも地上本部に報告されたかったのか?」


吐血して倒れている騎士。明らかにただ事ではない。
一般的な管理局員や陸士部隊員なら医療センターで手当てを受けさせ、同時に男と少女から詳しい事情を聞く必要がある。


しかしこの警ら隊員は違った。


「少なくとも、俺にとってはただのケガ人だ。それにこの街には、あんたみたいなワケありの人間がわんさかいるからな」
「それなら・・・俺にかまわずここから立ち去れいいだろ」



「そういうワケにもいかんだろ」
「!!」

そう言って初老の警ら隊員は、男に肩を貸した。その行動に騎士は驚いた。

管理局員や陸士部隊員でないにしろ、負傷した物騒な雰囲気をかもし出す騎士の姿を見て近寄る人間はさすがにいない。

それを見ていた若い警ら隊員もあわてて手を貸して、2人で負傷した騎士をかかえて、車に向かって歩き出した。


「騎士の旦那、あんた、ここらは初めてなんだろ。だからといって、医療センターにも堂々と出入りできそうにないだろうし。
いいとこに案内してやるよ」


初老の警ら隊員がそう言うと、力なく騎士は言う。
「・・・俺のケガは医療センターで直せるモンじゃない」
「リンカーコアに絡むもんか?それだったらなおさらだ」



「おい!!」
「?」

突然呼び止められると、さっきの紫色の髪の少女が立ちふさがり、隣に小さな人形みたいな者がいた。


紫の髪の少女は相変わらず、感情を全く見せない無表情ではあったが、しかしほんのわずかだが瞳にはかすかに困惑と不安が
あるように思えた。


赤い髪の人形のほうは少女とは逆に怒りの感情をあらわにして、警ら隊員に食ってかかった。
「お前ら誰だ?旦那をどこにも連れて行かせないぞ!!」
そうして小さな炎の弾を回りにともす。


最初は驚いていたが、初老の警ら隊員は物珍しげに赤い
「これは、またずいぶん小さい使い魔だな。コウモリが素体なのか?」
「なっ!?あ・・・あたしはれっきとした融合騎だ!」



「ユウゴウキ?何スかそれ?」
「さあな?『アニマルプラネット』見てるが、初めて聞く動物の名前だな」


「だぁ〜、そんなんじゃねえあたしは・・・」
赤髪の融合騎は、このとぼけた2人のやりとりに頭を抱えて怒る。



「よお、バービー(女の子に人気の着せ替え人形)安心してくれ。別にこの旦那をどうこうするわけじゃ無い。医療センターほど
高級なトコじゃないが手当てできる場所へ案内するだけだ。それに、手負いとはいえこんな屈強な騎士さんなら、すぐに俺たち
みたいな警ら隊員をぶっ倒していつでも逃げられるだろ?」


下手したら殺されるかもしれない。若い警ら隊員はそう思った。


少女は赤い髪の融合騎と騎士に顔を向けて、アイコンタクトをとる。
おそらく魔導師や騎士同士の念話を交わしているのだろう。


自分達のようにトランシーバ無しで、できるんだから相変わらず安上がりなもんだと若い警ら隊員は思った。


赤髪の融合騎は不満そうながうなずくと、前をどいて騎士や2人の警ら隊員を見守った。

車に付くと騎士はその巨体を倒れこむように一気にシートに傾けた。

騎士の方は吐血や咳はだいぶ収まってきたようで、まぶたを閉じてシートに体を預けた。しかし依然として苦しそうだ。
運転席に初老の警ら隊員が乗り込み、エンジンをかける。


ここから先は自分のほうが道順を知っているということで、若い警ら隊員と運転を交替したのだ。


「ほら」
若い警ら隊員は助手席に座り、騎士の隣に座った少女にタオルを2枚渡す。


「・・・」




少女はローブのフードを目深に下げたまま、全く受け取ろうとしなかった。
しかし、身体は正直なもので、寒さのためか小刻みに震えているのがローブの上からでもわかる。


運転席から笑い声が聞こえる。
「嬢ちゃん、そのセクハラみたいにクドい顔が怖くてタオル受け取ないとよ」
「あんたのその真っ黒い仏頂面の間違いじゃないですか・・・」


「旦那はともかく、あたしらは、あんた達の世話にはならねえからな!」
そうして少女のために暖をとろうと、車の中で炎をともそうとした。


「おいおい!車内で炎系の魔法使うのは勘弁してくれ!それに暖をとるんだったら暖房かけてやるから」

「・・・ふん!」
そうして空中に浮かんでいた赤髪の融合騎はぶっきらぼうにタオルを掠め取り、少女に渡した。



そんな賑やかかつ、うるさいやり取りを聞いていた少女はタオルを若い警ら隊員受け取りローブを下ろした。
そして自分の紫色の髪をすくようにふくと、苦しそうな騎士の顔を健気にふき始めた。


それにより、いくばくか苦しそうな騎士の顔が落ち着きを取り戻した。


紫の豊かな髪、整った顔立ち、赤みを帯びたぱっちりした瞳。そして透き通るような肌。
路地裏の暗がりで見るより、なかなかの美少女だとわかった。


そして少女はドレス調のバリアジャケットを着ていた。

黒と紫を基調としたそれは、警ら隊員が着込む防弾チョッキや陸戦魔導師や首都防空隊の無骨なバリアジャケットと違い
どうにも外見から実用性を感じさせなかった。


しかし、何ともいえない幻想的な雰囲気を感じさせた。

タオルで身体を拭き終わった少女に向かって、初老の警ら隊員はダッシュボードを開けた。
中には

「ダッシュボードに入ってるドーナッツとエスプレッソ、これ飲んでてもいいからよ」
「ちょ!?それ俺のっスよ!?」


「どうせ、ダンキン・コーヒーで警らの銀バッジちらつかせて、無料でもらったもんだろ?」


「・・・」
赤髪の融合騎はまだ警戒してるのか、タオルと同様受け取ろうとしなかった。しかし・・・
『ぐぅぅぅぅぅ〜ぎゅるるるる〜』


黒人の警ら隊員は大声で笑った。
「ぷっ、あっはっはっは。小さい体でも、なる音だけは大したもんだ!」
「う、うるせぇ!」


「すまない。でも我慢するのはカラダに毒だ」
すると、紫の髪の少女が手を伸ばしてドーナッツの箱を受け取りちぎって赤髪の融合騎に渡した。
先ほどと変わらず、表情が少なかったが融合騎を見つめる眼は、どことなく優しさを感じさせた。


融合騎はドーナッツを見たことが無いらしく警戒するように口に運んだ。
「う、うまい。うまいぜ!ルールーも食べなって」


そうして少女も促されて食べる。少女も融合騎と同じように、相当に空腹だったのかパクパクドーナッツを食べ始めた。
そして融合騎は差し出されたコーヒーの蓋を器用に取り、カップの中に顔を突っ込んで一気にすすった。


しかし、苦かったのか苦い顔をして「ぐぇ〜〜〜何だこれ?」と言って舌を出す。

「お前、いつものシナモン・ローストじゃないのか!?」
「ちょっと眠かったんで、きつめのモカを・・・ドーナッツを食った後にコーヒーを飲む、こいつがうまいやり方なんだぜ」

若い警ら隊員はそう言うと、融合騎はコーヒーを飲みながら、ドーナッツを食べた。


そうして食べ終えると、車の窓から外を少女は黙ってぼんやりとみつめていた。

車はサイレンこそ鳴らさないものの、回転灯をつけて夜の廃棄都市区画を駆けて行く。
しかし廃棄都市区画のとある場所に入った途端、車のスピードを落とし回転灯の明かりを消した。


「もしかしてここって・・・あそこっスか?」
「コンプトンハイツだ。ここを通らないと遠回りに迂回しなきゃいけなくなるからな」


車両銃窃盗、強盗、B,C級違法ロストロギアの売買。クラナガンの廃棄都市区画のスラムでも5本の指に入るくらい治安の悪い区画
である。


しかも、2年前にリトル・ジョン(名称不明)という廃棄都市区画出身の非魔導師の少年やミッドチルダ市民が、管理局魔導師と違法
魔導師との戦闘に巻き込まれて死傷する事件が起きた。しかし重体で生きていたにも関わらず災害担当部の救助隊員は軽症のミッド
チルダ市民の救助を優先した為に死亡した。


また、本局の査察官は被害者は戸籍の無い、違法移民な黒人系犯罪者(=ストリートチルドレン)であるとの理由で、戦闘を行った
空戦魔導師を甘い口頭注意処分としたことから暴動が発生し、その中心地となった場所でもある。


よって住民の多くは管理局員や警ら隊員に恨みを持つ。
「普段は真昼間でも空戦魔導師の上空援護と、陸戦魔導師や重武装の警らが装甲車で乗り付けなきゃいけないところっスよ!」


赤髪の融合騎は回転灯を消した事にあわてた。
「おい、何で赤い光を消すんだよ!?旦那が持たないかもしれないだろ!?早くそいつを付けろよ!」
「あっ!バカ!?」


赤い融合騎は警ら隊員が制止するのを聞かずに回転灯をつけた。
そうすると、回転灯の光に気づき、警ら隊の眼の前に黒人の若者達が集まり始める。


黒人の若者らはニット帽やバンダナにピアス、タンクトップやパーカー、ボロボロのジーンズにカーゴパンツと服装はバラバラだが、首筋に
タトゥーを入れており、ホルスターもつけずにズボンのベルトに各々実弾型デバイスを抜き身のまま無造作に突っ込んでいる。


「見ろよ、警らの連中だぜ。俺達のシマに乗り込んできやがった」
「首都防空隊の白ブタ共はいねえ!ヤッちまえ!」


一人の黒人がそう言うと車にむけて実弾型デバイスを発砲した。

「ちっ、みんな伏せろ!」
そう言って、初老の警ら隊員は伏せながら車を急発進させた。


「あわわわわ!」
赤髪の融合騎は車のシートを回転しながら眼を回して転げた。


「逃がすんじゃねえ!」
かけ超と共に、目の前を大きなトラックがとまり前方をふさぎ、急ブレーキをかけた。
途端に追い込まれ、車に容赦ない実弾型デバイスの発砲が加えられた。

しかし、車に鉛弾が穴を開ける金属音はまるで聞こえなかった。
すると鉛玉は黒紫の魔力光に覆われ空中に静止している。


警ら隊員2人が後ろを振り向くと、紫の髪の少女が目の前に手をかざしている。
グローブ型のブーストデバイスのクリスタルには“Protection”という行使魔法の文字が浮かび上がっている。


そして、魔力光を失った弾は豆みたいにパラパラと地面に落ちた。
「(これが、魔導師の力・・・!?でも、無数の実弾型デバイスを瞬時に防御するなんてこいつは一体?)」
少女の魔導師としての力を間近で見て若い警ら隊員は、驚いた。


実弾型デバイスが効かずにあわてていた者達をのけるように、黒人中年の男が現れた。
しかし、若者らと雰囲気が大きく違う。

BMGが買えるくらいの高級ブランドスーツに、夜にもかかわらずレイバンをつけていた。
周りの反応から、若者らと一線を画す凄みがあった。


しかも手には質量兵器の中でも違法ギリギリといわれるRPG型スティンガーを持っている。


「お嬢ちゃん、あんたが強いのはわかるが手出さないでくれ。俺に何か合ったら、俺達が行こうとしていたところへ転送魔法で逃げる
んだ。わかったな」



初老の警ら隊員はそういって転送先の座標を少女に教えると観念したかのように、車を降りた。
若者達は初老の警ら隊員に発砲しようとするが、中年の黒人はそれを制した。


「レイモンドすまねえ。アンタのシマで騒ぎを起こしちまった」

「アンタの?ここはオレのシマじゃねえ。オレ達のシマだ。デバイスぶっ放して“お話”する魔導師連中と違って、警らは、特にあんた
はもう少し賢いと思ってたんだがな」
「ケガ人を乗せててな。医療センターには連れて行けない。あんたらも世話になっただろうが、婆さんのところに行こうとしてあせっち
まったんだ」


「・・・理由はわかった。ケガ人ならしょうがねえと思うが、オレ達にもメンツってものがある。何かを要求する場合はパーターが
必要なんだよ」
そう言って中年の黒人はスーツから実弾型デバイスを抜いて初老の警ら隊員の頭に当てた。



「・・・」
夜の廃墟ビル街に不気味な沈黙がながれた。



「あんたはリトル・ジョン、いや俺たちにとってはロドニーっていう立派な名前があったんだ。廃棄都市区画のビル裏に放り去られ
てたあいつの遺体をちゃんと埋葬してくれた」
「・・・」
「誰にも気づかれずに忘れ去られて死んじまったあいつを、おれ達の心の中で生き返らせてくれた」



黒人の中年男性は実弾型デバイスのハンマーをゆっくりと外して、デバイスで車を指差した。
「行けよ。オレ達の気の変わらないうちに」

車はコンプトンハイツを通り抜け、車はどんどん北へと進んでいった。
「さっきは、その、ゴメン・・・あたしのせいで死ぬところで」

赤髪の融合騎は申し訳なさそうに泣いて言った。
初老の警ら隊員はそれをなだめる。

「あんまり気にするな。ここじゃ日常茶飯事だ。それに騎士の旦那のことが本当に心配だったんだろ?」
「あ、ああ。旦那はあたしの命の恩人だから」


そうしているとススだらけのビルに囲まれた通りが一気に開け、森に囲まれた小さな街が現れた。
さっきまでの空を覆い隠していた廃墟のコンクリートジャングルや汚い路地裏と大違いである。


粗末な作りだが、がっしりしており年代を感じさせた。
そして奥に、木造の古い建物が建っている。


車は森の手前で止まった。
初老の警ら隊員が、振り返って言った。

「着いたぜ。クラナガンのアルハザードへ・・・」



若者の警ら隊員は先に降りて、木造の建物の前のドラム缶で暖をとっていたホームレス達に自分達の車を指差して話しかける。
そうしていると、包帯を巻いた仲間が建物の中から現れ、ドラム缶で暖をとっていたホームレス達は担架にのせ始めた。


その様子をみて若い警ら隊員は自分の財布から何枚か、紙幣をぬいてホームレスに渡した。
しかし、ホームレスはそれを受け取らずに、丁寧に謝辞をのべて暗闇の中に消えていった。


若い警ら隊員は何ともいえない顔で戻ってきた。
「あいつら・・・薄給の公務員がせっかく出してやるって言ったのに」
「奴さん達にも“地上本部”の世話になってないっていう自負心があるんだろ」


初老の警ら隊員は説明する。
「ああやって話して仁義きっとかないと、警らの車だろうが、陸士のヘリだろうが関係なく片っ端から持って行って、ナット一本まで
きっちり売られちまうんだ」


初老の警ら隊員は車から降りて後部座席のドアを開けた。
「付いて来な。いくらお嬢ちゃんがとんでもなく強い魔導師だとしても、こんな場所に小さい子供を一人にはできんしな」

そうして戻ってきた若い警ら隊員と2人で騎士をまた抱きかかえると、古い建物に向かって歩いていった。


「ここは・・・いったいどこだ?」
騎士はあたりをみわたした。
「廃棄都市区画の端っぽ、まさにクラナガンのアルハザードさ」



扉を開けると、老朽化で破損したステンドグラス、そして雨漏りが座席に水溜りをつくっている。
どうやら破棄された聖王教会跡らしい。


「4年前に近くの臨海空港を中心にして大火災になっちまってな。そのとばっちりを、ここら辺は見事にうけちまったのさ」

クラナガンの旧市街、かつてそう呼ばれた場所であった。
古代ベルカの戦乱からミッドチルダの住民文化を連綿と受け継ぎ、旧暦の頃から低所得者層が静かに暮らしてきた場所であった。


街の上にも聖王教会の礼拝堂があり、人々はそこを中心に生活していた。
しかし、次元世界の政治・経済の中心地になるにつれ、それに伴い港湾区沿いの平野部をクラナガンの中央区画として開発・拡大
するにつれて新たな問題が発生した。


人口の増加による犯罪率の上昇が問題となったのだ。
そのため犯罪率を低下させて市民の支持を上げようと考えた地上本部は“分母を減らす”作戦に出た。


廃棄都市区画化である。


犯罪の高い地域を違法居住地として、電気、水道、道路整備のインフラや災害担当課、警ら隊員の巡回や陸士部隊の保護をさせない
ことでミッドチルダから“消した”のだ。



中央区画から離れているため地価の安い旧市街は貧困層が多く住み、犯罪は多い方だったが、車両窃盗やケンカといった軽犯罪が
ほとんどであり、魔導師や機械兵器によるテロ・大量殺傷、ロストロギアによる都市崩壊など重犯罪とは無縁の場所であった。


更に、昔ながらの建物もおおく、長い歴史を感じさせる古き良き街並みを残す建造物も多いため地上本部としてはなかなか『廃棄都市
区画化』できなかったのだ。


しかし、近隣の臨海空港が謎の火災に見舞われたことで状況が一変した。



『ミッドチルダの市民の安全と地上の防衛強化のために、災害により多大な被害を受けたのを期に旧市街を廃棄都市区画として
隔離し、住民を強制退去とする』


管理局の災害担当課は臨海空港の被害エリアを拡大させ、隣接する旧市街も対象としてしまったのだ。


最初はここの住民も地上本部のこの方針に反発した。


しかし、旧市街とは無縁の中央区画に住む大半の市民は犯罪地区の排除を支持し、地上本部による強制執行により追い立てられ、次第に
この旧市街は忘れ去られていった。
「おおかたゲイズ防衛長官に犯罪率低下を報告して、ポイントを稼ごうとした人間の入れ知恵だろ」

「すまんな。あんたらには関係の無い話だったか」

騎士は驚いているようだった。
「ミッドチルダにこんな場所があったとは・・・」


「あんた、本局か首都防空隊の人間か?」
「・・・」
「ここを知らないってことは、管轄にしてないってことだからな・・・この旧市街はたまにこうやって巡回に来てるのさ」
「毎度毎度巡回してもミッドチルダの防衛向上や犯罪率低下の役にはたたないですけどね」

「・・・それなら、犯罪が低下しないのに何故クルーズ(巡回)を続ける?」



「場所がスラムだろうと、犯罪者であろうとクラナガンに住んでるヤツがいれば俺はそいつらを守る義務がある。確かに防空隊や
陸士部隊ほど大した事ができるわけでもないがな」


「・・・」
そうして初老の警ら隊員は奥の扉をノックした。



「ばあさん!!いるんだろ?」
しかし、返事は無い。


「俺だ。クラナガンの愛と平和を守る“偽善者”だ!」
「・・・」

そうすると音もなく、扉が開く。
すると、出あったばかりの少女と同じようにローブですっぽりかぶった老婆が出てきた。


「夜遅くすまないな。こいつを手当てしてやってくれないか?」

「さっきここから出て行くもの達を見たじゃろ?ずっと起きてたわ。でも“偽善者”の頼みなら断れまいて・・・」
老婆は干からびた手で、騎士の甲冑にさわっていく。


その間に若い警ら隊員は少女に説明した。

「さっきも言ったとおり、ここらに住む連中は低所得すぎて社会保障番号や保険証がなくてな、医療センターに行く代わりに、ここの
教会跡に住んでる婆さんの世話になってるんだよな」


少女は教会の周辺に出てきたホームレス達がケガをしていた仲間を連れて、帰っていく様を思い出した。


「もともとは、聖王さんの御殿医が先祖だって噂だが、そんなのどうでも良くなるくらいに、かなりのブラックジャック
なんだぜ。基本、安いだけが取り柄の後発ドラッグや野草で作った怪しい薬湯を使うんだけどな」

「お主・・・まさか・・・」
騎士を見ていた老婆は、少し驚き。声をこわばらせた。
そして2人の警ら隊員に言う。



「この方を奥のベッドへ運んだら、皆は出ておくれ」
狼狽する老婆の様子を珍しいと思いながら、警ら隊員は騎士を寝かせて少女を伴って部屋を後にした。



「お主・・・“生きて”いるのか?」
老婆は驚いて聞いた。


騎士は看破した老婆に驚きながらも、静かにこたえた。
「レリック・・・そう言えばわかるだろ?」
「・・・う〜む」

老婆は納得したようだが、うめいた。
「聖王の血族ではない、そなたが使うのはかなりの代償。死以上の苦痛しか伴わないものじゃ・・・」


「よくわかっている。しかし、自分で選び受け入れた道だ」

オーバードライブをすると、身体中に走る激痛。
しかし、それによって手に入れた力も生前の自分に比べたらとんでもないものであった。


そして老婆は静かに薬湯を作り始める。
「これを飲めば一時的だが、痛みがやわらぐはずじゃ。すまないが寿命のほうはどうにもならん」



騎士は何も言わずに薬湯を飲み干した。さっきまでの激痛が若干収まり、ベッドから立ち上がった。
「レリックを使いし者に会えたのも何かの縁。また、具合が悪くなれば薬湯を作ってやろう」
「感謝する」

「礼なら、そなたをつれてきた者に言うが良い」


「俺がこれないときは、そこに隠れてる融合騎をよこす。薬湯の材料をそいつにわたしてほしい」
薬ビンの陰に隠れてた赤髪の融合騎がおずおずと出てきた。
「さっき一緒に出て行くよう言ったはずだ」



「大丈夫だよ。それより・・・旦那がどうしても心配で」
「俺のことはいい。あいつの事を心配してやってくれ。今のあいつにはお前と召喚虫しかいないんだ」


赤髪の融合騎はそんなこと言うなよ!とでも言いたそうな非常に悲しい眼をしたが、小さな声でつぶやいた。
「・・・わかった」
そうして二人して扉へ向かおうとする背中に老婆は問いかけた。


「“死者”よ・・・そこまでして何故生きる?」
「俺には、まだやるべきことがある」

そう言って振り返った。騎士の眼には、力強い信念が宿っていた。

少女は廃教会から少し離れた丘に立っていた。
丘陵地帯である旧市街の廃棄都市区画のため、ここからクラナガンの中央市街、地上本部、港湾地区まで一望できた。


雨雲は完全に晴れており空に輝く2つの月や星、そして地上からの高層ビル群の照明やスポットライトでライトグリーンに輝いていた。


「きれいだろ?ここには電気が来ないから月明かりが頼りなのさ。余計にクラナガンが栄えて見える」
初老の警ら隊員は、少女の横に並んで話しかけた。
「大丈夫だ。あんな立派な騎士の旦那だ。すぐに良くなる」



「・・・どうして」
「んっ?」


「どうして、私達を助けてくれるの?」
少女がしゃべったことに初老の警ら隊員は驚いた。今までずっと行動していながら初めて声を聞いたからだ。



「騎士の旦那が負傷していたって事もあったが・・・」


初老の警ら隊員は少し考えてから答えた。
「さっき言ったよな。廃棄都市区画は中央区画から忘れさられた街だって。お嬢ちゃんの眼がどうにもこの街とダブっちまってな。
何も感じさせないこの世に存在しているのかわからなくなるくらい儚い眼がな・・・」


「私は、この街みたいに忘れ去られてしまうってこと?」
「俺は忘れないぜ」

「こんな廃棄都市区画だって生きているヤツらがいる。そんなヤツら俺は簡単には忘れたくない。暗闇みたいに汚い部分もあるが、
クラナガンを俺は気に入ってるのさ。だからお嬢ちゃんのためにも何かしてやりたかった」



警ら隊員がそう言って少女を見下ろした。
「ハハ、余計なおせっかいだったかな?」


2人がいなくなったら私はもう一人になるだから、誰にも知られなくていいと思ってた。
空っぽの心は誰からも忘れ去られても痛まないと思ってた。


少女はそう思い、初老の警ら隊員を見上げた。
「・・・でも、そんな私にも忘れないってあなたは言ってくれた」


儚げな雰囲気は変わらずであったが、少女は優しい眼差しであった。

若い警ら隊員が、騎士と融合騎を伴って二人の側に来た。


「婆さんの薬湯、たまには効果あるみたいっスね。騎士の旦那の具合も良くなったみたいっス!」
「そうか!良かった。お嬢ちゃん騎士の旦那の具合が・・・」


初老の警ら隊員はそう言いかけたが、自分達の周りに黄金色の蝶がチラチラ飛んでいるのが眼に止まった。
それも1羽ではない。丘の周囲をたくさんの蝶が舞った。


黒人の初老の警ら隊員は少女の周りに正方形の魔法陣が展開されているのを見た。
彼女が召喚魔法を行使していた。


少女に話しかけようとしたが、何故か蝶を追わずにいられなかった。
若い警ら隊員が、草原の上に倒れた。


「き、きれい・・・だ・・・」
夜空に舞う蝶を見て、初老の警ら隊員はうつろな眼でそう言って倒れてしまった。



赤髪の融合騎は少女に話しかけた。
「こいつら殺しちゃったのか?」

少女はかぶりを振った。
「殺してない。記憶の忘却効果を持った虫を召喚しただけ」

それに対して融合騎はほっとした。
目的を達成する必要があったが、召喚師の少女にはできるだけ人を殺めたり傷つけるという行為を、あまりしてほしくなかったからだ。
「そうか、しょうがないとしてもせめてドーナッツとコーヒーのお礼言えなかったな」

騎士は融合騎に向かって言った。
「“忘れてしまった者”に対して礼を言っても意味が無い」



「2人とも心配かけてすまなかった。あとはスカリエッティやウーノに処理をまかせよう」
少女はうなずくとそのまま振り返らず、騎士や融合騎と一緒に再び暗闇の中へと消えていった。


覚えてもらえなくていい、忘れられる存在だというのも理解している。
母さんのためにも・・・私はまたこの暗闇の道をひたすら進んでいく。

翌日、機動6課のもとに、重要事案が1件報告された。


クラナガンの北部郊外でレリックを密輸していた違法魔導師達が襲撃を受けたというものだ。

あたりには襲撃により死傷した違法魔導師達やカートリッジが散乱しており、双方ともにオーバードライブの激しい魔法戦が
展開されたとのことであった。


生存者の話では金髪の巨漢の騎士と不気味な黒衣の召喚師であり、陸戦オーバーAで更正される違法魔導師を殲滅させてレリックを
奪うと即座に逃走したという。


ドクター・スカリエッティが率いるガジェットドローンの機械兵器以外にもレリックを狙うもの達がいる。
近々行われるホテルアグスタでのロストロギア・オークションを目の前にして、敵の影が徐々に鮮明になってきた。




そして機動6課に報告されない、大したことない事案が1件あった。


ナイトクルーズ(夜間巡回)に出たまま行方不明になっていたアーノルド・ベイカー警ら隊員とサルバトーレ・ルッソ警ら隊員の2名
が乗車するサードアベニュー警ら隊の10号パトロール車が翌朝、ホームレスからの通報で廃棄都市区画の北部旧市街地で発見された
というものだ。


中では警ら隊員の2名が気絶していたが命に別状は無かったという。
両警ら隊員は何故、廃棄都市区画の旧市街地域にいたのか、また何故途中で自分達が寝ていたのか、上着を脱いでいたのか
『全く覚えていない』とのことだった。


端末も昨晩の巡回記録に異常は無く、一言短いメッセージが残されていたという。



警ら隊員2名はその言葉が何か引っかかるようだったが、結局は気にする事はなく、管轄する陸士部隊は警ら隊員が無傷であった
ことや巡回記録も残っていた事から地上防衛に係る事件性は薄いと判断し、半日職務放棄を行ったことによる5ヶ月間の減給処分
と内勤への異動処分が下されたという。



巡回記録には記されていた言葉はこうであった。



−ありがとう−


著者:44-256

このページへのコメント

やはり貴方か・・貴方の書くのは硝煙の香りが漂ってくるみたいで相変わらずで・・!これからも良い作品を!

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Posted by drguun 2010年03月24日(水) 17:45:56 返信

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