69 名前:F-2改 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 23:24:55 ID:I7FDPKxU [2/6]
70 名前:F-2改 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 23:25:53 ID:I7FDPKxU [3/6]
71 名前:F-2改 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 23:26:44 ID:I7FDPKxU [4/6]
72 名前:F-2改 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 23:27:17 ID:I7FDPKxU [5/6]

「ありがとうございましたー」

喫茶店"翠屋"から、本日最後の客が出て行った。
普段ならショーウインドウの中を彩る綺麗にデコレーションされた甘いケーキは、その日に限ってはついに一つの姿も残っていない。ごく少数、クッキーなどのお菓子は残っているものの、やはり
ガランとしたガラスの中の寂しさを覆すには至らない。
とは言え、空っぽになったショーウインドウを見て、レジの傍に立つ少女はどこか安心と満足、両方が入り混じった表情を浮かべていた。
隣にいた同じ栗毛色の髪をした女性、母の高町桃子と顔を見合わせる。どうやら彼女も似たような心情らしく、ほっとしたような、それでいて今年もまたやり遂げた、満足げな笑みをしていた。
ポーン、と時計のチャイムが鳴った。閉店時間を迎えたところで、桃子の娘、高町なのはは口を開く。

「お疲れ様、お母さん」
「うん――ありがと、なのは」

静かに言葉を交わして、互いを労わるように親子は優しい抱擁を迎え入れる。
疲れたよー、でもやりきったよーとおどけた調子でありながら素直に現在の心境を話す母を、よしよし、お母さんは頑張ったねと頭を撫でてなんかやったりして。
窓の外、海鳴市街はイルミネーションで彩られていた。モミの木を象ったものもあれば、トナカイだったり、あるいはサンタクロースだったり。
街をそこまで煌かせるのは、もちろん理由がある。
なんと言っても、その日はクリスマスイヴなのだから。



プレゼントには、甘いものを



かつて本場フランスで修行したという経験を持つ桃子は、海鳴市でも評判のパティシエだ。
そんな彼女がこの時期作るのは当然クリスマスケーキで、喫茶店でありながらお菓子屋さんの側面もある翠屋には毎年、予約が殺到する。
朝の七時にはもう厨房で調理を始めて、終わるのは夜の一一時なんてのは日常茶飯事。あまりに予約が多いので年によってはお断りする場合もあるのだが、それならと押し寄せるお客さんたちはク
リスマスケーキではない、普通のケーキを買っていく。
かくして、毎年一二月にも入ると翠屋はバイト君などで戦力増強を行い、家族も可能な限り援護に回るのが高町家の毎年の行事となっていた。なのはも物心ついた時にはすでに、ちっちゃなウェイ
トレスとして活躍し、正式に管理局に入って歳も一一を迎える頃には休暇をもらい、母のケーキ作りの補佐を行っている。今年も同じく、一七歳になった彼女は母の手伝いで奮闘していた。
ところが、例年と比較して、その年は少しだけ変わったことがある。厨房の方から、去年まで見なかった顔が現れたのだ。

「桃子さん、こっちの片付けは終わりましたよ」
「あら、もうやってくれたの? ありがとねー、クロノ君」

母の感謝をいえ、このくらいはと照れた様子で受け取る黒髪の青年は、クロノ・ハラオウン。
本来なら時空管理局のエリート執務官であり、二三歳にして次元航行艦の艦長にまで登り詰めたなのはの恋人である。
もっとも、今の彼の格好は戦闘用のバリアジャケットでもなければ黒い執務官服でもなく、ジーパンにワイシャツ、さらに翠屋のエプロンと言う本来の役職からかけ離れたものだが。
この時期実家は凄く忙しいんだよねーとなのはがうっかり漏らし、クロノが「じゃあ僕も手伝おう」と言い出したのが全ての始まり。家族も人手が増えるのは願ったりかなったりなので快く承諾、
つい先ほどまで彼は皿洗いや厨房の掃除に従事していた――艦長が皿洗いとは、"アースラ"のクルーが見たらどんな顔をするだろう。ぷっ、とこっそり本人には見えないよう、なのははこっそり笑
っておいた。

「なのはもお疲れ様。さぁ、もう閉店の時間なんだろう? さっさと片付けよう」
「あ――うん、そうだね」

いきなり声をかけられて、ハッと恋する乙女は我に返る。ひょっとして気付かれたかな、と思ったが、どうやらそんなことはないらしい。閉店時間を迎え、ガランとした店内を恋人はテキパキ動い
て掃除と片付けを始めていた。
クロノくん凄いなー、働き者だなーなどと感心していると、ちょんちょんと肩を突かれ、振り返る。見れば、桃子がニヤニヤ笑って顔を間近に近付けていた。

「いい子じゃないの、彼。どうやってオトしたの?」
「オトすって……お母さんっ」
「冗談よ、冗談」

しかし楽しげに笑う母である。からかわれたなのははむぅー、とちょっぴり頬を膨らませながら、今度は小声で耳打ちしてきた桃子の言葉を聞く。

「実はね、冷蔵庫の奥にケーキを隠してるの。そんなにおっきくないけど、片付けが終わったら彼と二人で食べて頂戴」
「……お母さん、それって」
「私たちは先に帰るからね」

なんという嬉しいサプライズ。グッと親指を突き立ててみせる母親に、彼女は恥ずかしそうな嬉しそうな、頬をほんのり赤く染めた笑みを見せた。

「あぁ、言っとくけど。盛り上がってムラムラしてきたなら続きは家に戻って自分の部屋でね? お店を汚す訳にはいかないし」
「そ、そんなことしないもん!」

とは言え、やっぱりからかうのは続けるのであった。
何も知らないクロノはカウンターの奥でイチャつく高町親子に「?」と首を傾げつつ、掃除と片付けを続けていた。




そうしてこうして、何十分か経過して。
全ての片付けを終えて、後は店内の電気を消して戸締りして、と言う頃になって、なのはがクロノに声をかけた。

「クロノくん、あのね」
「ん?」

掃除道具を片付け終えたクロノは振り返り、愛しい少女を見る。頬を赤くして、どこか身体をモジモジさせながら。
こういう時、彼は素直になのはが自分の口で言うのを待つことにしている。状況を見ればおおむね察することも出来たりするのだが、それでもあえてこの青年は「こういうこと?」とは言わない。
何故かって、理由は単純明快である。モジモジするなのはが可愛いから――なんてこと、バレたらやっぱり怒るんだろうなぁなのは。いやでも、怒るなのはも捨てがたいって言うか。
脳裏はしっかり惚気を全力全開。どうも彼女と愛を交わしてから、自分は性格が意地悪になってきたような気がする。それもなのはにだけ。好きな子ほど苛めたいなんて、以前はまったく理解でき
なかったがなるほど、今なら分かる。
それでも思考を決して表に出さず、穏やかな表情でクロノは彼女の言葉を待ち続けた。あー、うー、と悩み悩んだ挙句、ようやくなのはは口を開く。ケーキ、一緒に食べない?

「ケーキ? でも、売れ残りは一つもないはずじゃあ……」
「お母さんが一つ、取ってくれてたんだ――どう?」

もちろんクロノに拒否する理由など無かった。それじゃあ是非、と微笑みと共に了承を言葉を返すと、恋人は嬉しそうに頬を緩めて厨房に向けて駆け込んでいった。
待っている間、一度テーブルの上に上げた椅子を下ろして席を作る。こっちがなのは、こっちが僕と。二人用のテーブルが近くにあったのは幸いだ。これなら片付けも時間を食わなくて済む。
そうしているうちに、なのはが「お待たせー」とケーキを両手で持って帰ってきた。生クリームとイチゴが載った、シンプルなケーキ。それでもしっかりクリスマス仕様であり、生クリームの白く
て甘い雪原の上ではサンタクロースとトナカイの人形が並んでいる。可愛いよねこれ、となのはの言うとおり、クロノも素直な気持ちで頷いた。

「……待った。なのは、それって」
「これ?」

ふと、クロノは彼女がケーキの次に持ってきた瓶を指差して言う。アルコールには詳しくないが、パッと見た感じ、なのはが持ち出したのはワインの瓶ではなかろうか。
ところが、少女は笑ってだいじょーぶ、と返す。ちゃんとノンアルコールだよ、とも付け加えた。グラスに注がれる朱色の液体は確かに一見、芳醇な味と香りを持つワインのようだったが、ラベル
を見ればノンアルコールの文字がある。
ミッドチルダ、クロノの故郷とこの国の成人年齢は違うが、どちらも同様に飲酒と喫煙は制限があった。もっとも、ノンアルコールならそんな心配は要らないが。

「それじゃ、クロノくん」

グラスを掲げて、なのはは乾杯しようと彼に促す。言われるがまま、クロノもグラスを持った。

「ええと……メリー、クリスマス」
「はい、メリークリスマース!」

片や、慣れない異世界の習慣にぎこちなく。片や、もはや毎年のことだが今年は違う、恋人と初めて過ごすクリスマスに嬉しそうに。
カチンッとグラスが鳴って、二人は一口、ワインもどきのジュースを飲んだ。
そこから先は、楽しい時間だった。アルコールなど無くても、恋人との会話はそれだけで胸が高鳴り、何気ない一言が凄く嬉しい。
ケーキの味も、文句無し。さすがお母さん、などとなのはは母のケーキ作りの腕前を絶賛し、クロノも切り分けてもらった部分を口にして眼を丸くして驚いた。なるほど、これは確かに美味しい。
ただ、いかんせんイチゴ以外にも生クリームがたっぷり載ったケーキである。スポンジの大きさこそそこまでではないが、クリームの量は多い。半分ほど食べ終えたところで、あっ、となのはが声
を上げて気付く。

「クロノくん、口の周りクリームついてるよ?」
「え? あぁ、ホントだ――って、そういうなのはも」

え、嘘。指摘したつもりが、自分も指摘を受けるとは。慌てて口周りに指をやると、確かに白い生クリームがついていた。クロノも同じく、指で白くて甘いものを掬い取って、笑っている。

「サンタさんみたいだね。ほら、真っ白なおヒゲ」
「サンタって、これ? 子供たちにプレゼントをあげるって言う」

まだケーキの上に載ったままのサンタクロース人形を指差しながら、クロノは言う。そうそう、となのはは楽しそうに頷いた。確かに、人形のサンタは口周りをたっぷり白いおヒゲで囲んでいた。
それじゃあ、とここで突然、クロノが一つ提案する。僕からなのはに、プレゼントをあげよう。
プレゼント? それって――怪訝な表情を浮かべた少女の口が、疑問を漏らす前に塞がれる。退避する間もなく、彼の顔がそっと近付き、唇を重ね合わせてきた。

「……!?」

眼を見開いて驚くなのはだったが、重なった唇の隙間から、何故だか甘みを持ったクロノの舌が割り込んできた時には、彼の考えに気付き、素直に受け入れていた。
もう、しょうがないなぁ。内心困ったような、それでいてどこか嬉しい気分。要するに、彼は互いの口周りについた生クリームを、キスして取ろうと言うのだ。ただのキスではなくて、深くて濃い
大人のキスで。クロノくんのエッチ、と胸のうちで呟きながら、しっかり少女の腕は彼の背中に回される。
舌と舌が、絡み合う。複雑なダンスを踊るように。それ自体が一つの生き物のように。時折感じる甘さは、果たして本当に舐め取った生クリームだけによるものなのだろうか。

「ん……ふ、んぅ、ぷはっ……クロノくん」
「っはぁ……なのは」

わずかに吐息を漏らして、合間にお互いの名を呼び合い、すぐに深い深いキスへと二人は再び潜り込む。口周りについた生クリームが無くなっても、それは続いた。
ピチャピチャと、空気が入り混じって唾液が淫らな音を鳴らし始める。頭がとろけそうな甘さ。快感に溺れそうになる。
――そこで一旦、互いに唇を離す。あまり行き過ぎたら、閉店したとは言え、ここがまだ人目に触れる店内であることを忘れてしまいそうだった。
とは言え、唇が離れてもなお二人を繋ぐのは唾液、照明で輝く銀の糸。最後にもう一度だけ、啄ばむように顔を寄せ合って短いキスを交わす。生クリームはもう全部舐め取ったはずなのに、キスは
やっぱり、甘かった。

「――これが、クリスマスプレゼント?」
「あぁ……駄目?」

なのはは、少し物足りない様子。クロノの確認するような問いかけにも、はっきり頷いた。
ギュッと、愛する人の手を握って、彼女は言う。

「続き、お家に帰ったらしてくれる?」

クロノの答えは、もう決まっていた。


著者:F-2改

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