55 名前:ユーノくんとはやてさん1 [sage] 投稿日:2012/02/26(日) 14:31:26 ID:jICOjmGU [2/6]
56 名前:ユーノくんとはやてさん1 [sage] 投稿日:2012/02/26(日) 14:33:06 ID:jICOjmGU [3/6]
57 名前:ユーノくんとはやてさん1 [sage] 投稿日:2012/02/26(日) 14:34:17 ID:jICOjmGU [4/6]
58 名前:ユーノくんとはやてさん1 [sage] 投稿日:2012/02/26(日) 14:35:04 ID:jICOjmGU [5/6]

「おお、めっちゃ綺麗やんかー」

車椅子に座りながらパソコンに向かう。カチカチと無意味なクリックを続けながら関心を寄せる。
何処の山で撮影したのか知らないが絶景であった。へーほーと感嘆の息を漏らしながら掲載されている画像を次々と開いていく。
全部で四枚。どれも綺麗だった。「先ほど撮りました」というささやかな呟きと共に。
朝からいいものが見れたと重いながら、車椅子の背もたれに深く寄りかかる。投稿者のアカウント名はB@@Kと言い、時折呟きや
いろんな画像が落とされる。山だったり、海だったり。場所に偏りはない。ただ、どの画像も絶景であったり美しいものが多かった。
連日、B@@Kには多くのコメントが寄せられている。批判であったり、場所の予想であったり、賛美のコメントであったりと多種多様。

はやてもB@@Kをフォローしている一人だが本人とやり取りをしている訳ではない。ROMをして、B@@Kが画像を載せた時のみ覗く。そんな関係だった。
日本ではありえない絶景の数々に、B@@Kは日本人じゃないとヅイッター上で噂されているが、B@@K本人はコメントを寄せない為、真相は定かでない。
尤もはやてはB@@Kが誰であっても良かったのだが。

指先はAlt+F4のショートカットキーを叩いてウィンドウを消し、再度Alt+F4を押してpcを落とした。
閉ざされた世界で生きる八神はやてにとって、B@@Kが掲載する画像はカンフル剤に近いものがある。
綺麗なものを見て満足する。食欲は睡眠欲を満たすのに少し似ている。ある種の気持ちの入れ替えでもあり、お気に入りでもあった。


翌日の朝は寝坊することなく目覚めた。午前中は病院。午後は図書館に行く予定だったので幸先がいい。
ご飯に味噌汁、干物に新若布をゆでてポン酢につけたものを食べてから支度を済ませると病院へと向かった。
しかし、そこで想定外の報せを受ける事になる。いつもどおり大掛かりな機械で検査を済ませ、石田先生の診察室で待っても待っても
石田先生は姿を見せなかった。看護婦が途中顔を覗かせ、少し待ってほしいという旨を告げてまたいなくなってしまう。
途中、はやては不安になった。

「うわー……死期がはやまったとかやったら洒落にならんわー……」

一人空笑いを浮かべる。
そうなったらそうなっただ。仕方があるまいと達観した少女は腹をくくって石田先生を待っていたのだが、
数十分が経過した頃、ようやく石田医師が姿を見せた。
かなり難しい顔をしている。はやての緊張もピークに達しようとしていた。

「またせてごめんなさいね、はやてちゃん」

「いいえ、石田先生も忙しいでしょうから」

そんなやり取りをしながらも、胸の奥は答えを渇望していた。石田の答えを。
体に何かあったのか?
それとももっと別の事なのか?
質問攻めにしたい気持ちをぐっと堪えて待つ。ただ、笑顔。

椅子に腰を落とした石田は真剣な眼差しを向けられる。
ただ忙しかったわけではないという事を如実に表していた。

「それでねはやてちゃん」

来た。
胸の奥で叫びたい気持ちをぐっと堪える。

「原因不明だった神経細胞の侵食がね、止まっているの」

「……………」

はやては虚を突かれた。
自分の体は原因不明の病気に冒され、少しずつ体が停止していると聞かされていた。
癌や白血病でもなく、原因は不明。体は少しずつ動かなくなりいずれは全身が動かなくなって死ぬ――という症状と聞いているが。
はてさて。首を傾げてみる。

「……えっと、石田せんせ。どういうことなんでしょうか……?」

「私にも解らないのよ。前にも言ってるけど、はやてちゃんの病気は原因がわからないの。
でも……」

そこからべらべらと専門用語を並べられて馬の耳に念仏。
解ってはいながらも、シュールさを感じたはやてはやんわりと石田医師の言葉を切った。

「あの、石田先生。
結論を教えてくれませんか?」

「話がそれちゃってごめんなさい。
貴女の体は今ね。病気の進行が止まってるみたいなの」

もう一度呆ける。両親がいない生活も慣れに慣れたが、思わずガッツポーズをとりそうになるのを堪える。
感情を殺し、9歳という小さな年齢で生きてきた子供も死はやはり恐ろしかった。それが一時的にでも逃れられるかもしれない、
という希望を与えられるのは好意に値する。

「確定っていうわけじゃないから検査入院なんだけど……」

「ええですよ。あはは、なんで止まったんでしょうねー」

はやては笑う。
石田医師も笑った。それしかなかった。
原因は不明。病名も不明。とまったのも不明。もう良かったねというしかない。
予定もなかったのでその日の午後から検査入院となった。そこから五ヶ月。はやては病院で過ごした
冬が終わり、蕾も開き始める春が来ていた。五ヶ月の検査の間病の進行は見られず終り、無事検査は終了した。

ではもう一度。

春。はやては無事退院した。
ただし相変わらず車椅子で。

「なおっったーーーー!」

久方ぶりの我が家に帰ると、嬉しさのあまり吼えた。無論、今後も検査は続けていかなければならないが、
ひとまずは帰宅だ。しかし家の中から返事はない。家の中は静まり返っている。
その上五ヶ月も放置していたので玄関に入っただけでも埃臭い。

「〜♪」

それでもはやての気分は上々だった。
車椅子も世話になっている人から貰った電動式ではなく、病院から借りた手押し式だ。
家まで手で漕いで帰ってきてしまった。二の腕が両腕共にパンパンだ。乳酸が沢山できている事だろう。
でも、生の実感を強く感じられる今は、何もかもが好ましかった。埃まみれの家に対しても、野心を抱くように
怪しく笑ってみせる。

「ふっふっふ……待っとれよ。ピッカピカにしたるからな!」

体を前に倒し車椅子のハンドルを掴み、両腕をすばやく回転させると車椅子は前へと動く。
この五ヶ月の間ただ寝ていたわけでもない。体力の低下を防ぐ為リハビリと称して運動もしてきたのだ。ぬかりはない。
荷物をおくとすぐに掃除が開始された。作業は昼少し前に始められ満遍なく行われる。一時間、二時間があっという間に過ぎていき
高々と昇っていた太陽も暖かな橙色に変わり、それも消える頃にはあたりは真っ暗になっていた。掃除は完璧とは言いがたかったが、
満足なレベルにまでいけたので、適当なところで妥協した。

―――こんなとこやろか。

疲労感が滲む身体で吐息を落とす。割り方綺麗になった。残りは明日やれば十分だろうと区切っておく。
風呂を入れている間に湯を沸かしてカップ麺を作る。退院初日の食事にしては随分簡素だが仕方がない。

「いただきますっ」

ノーボーダーの有名どころを啜りながら、ひとまずの食欲を満たす。

今日はもう料理を作る気にならなかった。そもそも、冷蔵庫は検査入院の前に片してしまったので何もない。
仕方がない。

はふはふと熱い麺を啜りながら、口がいっぱいになったところで手を止めて部屋を見渡す。
照明はつけられているがリビングは寂し気だ。明るさは静けを抱いている。ラジオもなければテレビもつけていない。
そして一人。

ただ、カップ麺から立ち上る湯気と咀嚼する顎だけが動いていた。
ただ一言。はやては思った。

――慣れとるしなぁ。

また、箸を動かし始める。孤独も、八神はやてを冒す者にはなれなかった。
仮に絶望が現われようとも。結末はよくとも絶望に相応しくない不名誉な過程を迎える事だろう。


ずびずばー


麺を啜る音とが静かに聞こえた。
その日はさっさと風呂に入って圧縮袋から布団を引きずり出してさっさと寝た。
病が何故身体を犯さなくなったのかは解らないが、五ヶ月間経過を観察してもなんらはやての身体に変わりはなくなっていたから、
彼女は退院できた。現代医学において一片の理解も及ばぬ病ゆえに眺める事しかできないのだ。石田医師が如何に歯痒いかがよく解る。

しかし、病は治ったという確信もなかった。
正確には止まったと言う認識が正しくもあり、はやての足は一生動かず仕舞いだ。
彼女は障害者として生きていく事になる。身体を蝕むものが止まった理由も解らぬ現代人には答えも知りえぬ。
翌日、残りの掃除を済ませると買い物にでかけた食料品が何もないのだ。足長おじさんから振り込まれる口座から少しお金を下ろして、
生活用品も合わせて買う。

あれも、これも……と求めて帰宅したら15時を過ぎていた。



「疲れた……」



膝の上と片腕で荷物を抱え込むようにしながら、空いた手で電動車いすを制御する。
流石に、買い物まで気合を出す余裕は無かったらしい。早く休もうと思いながらポストの中を確認すると、

「……?」

つい昨日までは水道代だ電気代だ広告が鬼のように入っていたポストの中身は今や伽藍としている。
その中に一つの手紙。指先でたぐりよせる。

裏、表と見やり送り主に気がついた。

「あ、グレアムおじさんや」

足長おじさんでもある。一人暮らしをしているはやてに毎月お金を振り込んでくれる人でもある。
荷物の上において、ひとまず家の中へ。整理も他所に手紙を読む事にした。

「何々ー……?」

「ふんふん」

「え?」

「…………」

「……………………………………………………………………………………」

「まじかいな」

手紙を手にしたまま、はやては愕然とした。
もうお金を送金できない。
今後は連絡をすることもできない旨が書かれている。
しかも理由は書いていないときている。
理不尽に蝕まれた。しかし、鼻で笑う。

「孤児院でも行ったろか」

ハッと笑いながら手紙をテーブルの上に放る。
やるせなさが広がった。驚いたり強がったり、感情の起伏が激しい。

「どないせぇっちゅーねん……」

唐突に現金収入が途絶えた。数年は貯金を切り崩していけばなんとかなるが、先のことを考えると施設に入らなければ生きていく事は難しい。
はやては未成年であり保護者がいないのだ。現状もおかしいといえばおかしい暮らしをしているが、文句も言わずにコツコツやってきた結果がこれだ。
死ななかっただけよしと思いながらも、つまらない終わりに落胆もあった。

一つ、大きなため息を落としながら気持ちを切り替える。

「いっそなぁ」

――この家で死んでしまおうか? 思っても無い事が脳裏をよぎる。
この家は大切だが仕方があるまい。何より自分(はやて)一人が死んだところで世界が何一つとして変わらないのが悔しくてならなかった。
はやてがいなくとも世界は動く。
日本は動く。
鳴海は動く。

それが少し悔しかった。親戚も誰もおらず、仮にはやてが死んでも誰も悲しまないし死体にも気づかないだろう。
運がよければ白骨死体になって発見されるレベルだ。悔しくて悔しくて、胸の中にモヤがかかった。手を強く握り締める。
一人は嫌だった。

幼い頃夢見た事がある。父親のお嫁さんになるというありきたりなものだ。
今はそれが羨ましくてならない。普通でないことも悔しかった。でも現状は変わらない。

「……………」

買ってきた荷物を整理しなければならない。
でもやる気がおきなかった。
でもやらねばならない。
のろのろと手を動かしてゆっくりゆっくり買ってきたものを整理したり冷蔵庫にいれていく。
全部片し終えると机の上の手紙に目がいく。なんだかんだで捨てはせず、ノートにはさんで保管しておく事にした。

適当な料理を作り、一人で食べて、片づけをして、風呂の支度をして風呂に入り、そして寝た。

「…………」

ベッドで横になると今まで堪えてきた涙がでた。
寂しくもあり人肌が恋しくてならなかった。

「…………っ」

寂しいなぁ。

誰か

誰か構って

私を

抱きしめたってや。

そんな言葉が胸で弾ける。両腕は自らを抱えるように抱きしめていた。
夜の闇の中で、啜り泣きが静かに聞こえた。


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著者:サンポール

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