607 名前:ヴィータはなのはをペットにしているようです [sage] 投稿日:2011/07/02(土) 21:32:03 ID:YBAlkfV2 [3/14]
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617 名前:ヴィータはなのはをペットにしているようです [sage] 投稿日:2011/07/02(土) 21:46:20 ID:YBAlkfV2 [13/14]

なのはは狩るべき獲物であった。
鉄鎚の騎士ヴィータが、彼女と最初に出会ったときの話だ。

ヴィータとなのはとの関係は、出会ってから時とともにその性質を変えた。
最初、加害者と被害者だった。次は、敵同士。
それから、闇の書の暴走プログラムを倒す一時の間、チームメイトの関係へと変貌した。

じゃあ、今は?

ヴィータは答える。
さあ。何だろうな。
けど、そんなことはどうだっていいじゃねえか。
え? この頃やけになのはに構うじゃないかって?
ちょこまか寄って来てうるせーから遊んでやってるだけだ。
なのはのことなんかより、今日の夕飯のデザートのほうが100倍大事だ。
今夜のデザート、アイスだといいんだけどな。





アイスは素晴らしい。冷たくて、甘いものは正義だ。
ヴィータはアイスを愛していた。
ベルカにも似たような食物はあったのかもしれない。だが、あったとしても、戦に明け暮れたあの時代、このような嗜好品を口にする機会などなかっただろう。
彼女にとって、アイスは、はやてによって与えられた穏やかな暮らしを象徴するもののひとつだった。

今、彼女は、コンビニの氷菓コーナーの前で腕を組んでいる。真剣な目で目の前の商品を吟味する。
何種類ものアイスが冷凍庫の中に鎮座している。
どれも捨てがたい。
いっそ全部買えたらよかったのだが、生憎、彼女の財布には100円玉が2枚と10円玉が数枚しかない。
彼女は鉄鎚の騎士ヴィータ。勇猛果敢なベルカの騎士だ。
お小遣いが少なくったって、泣かない。騎士は清貧を尊ぶものだ。

ヴィータが、別の棚の氷菓コーナーに視線を移すと、

「南国白熊」

という文字が目に飛び込んできた。

南国!
白熊!
てんで異なるイメージを持った2つの単語の組み合わせ。南国に白熊などいるはずがない。
白熊が生息できるような土地はもはや南国ではないし、
南国で灼熱の太陽に焼かれながら暮らす動物などもはや白熊ではない。
ありえない組み合わせ。だが、それがいい。
大きなガラス扉を開けて、ブツを取り出す。それはカキ氷の一種のようだった。

なるほど。練乳をカキ氷にぶっかけたやつか。
練乳は大好きだし、サクランボ、蜜柑、パイナップル、それに小豆が入っていて、見た目もきれいだ。

レジへ向かうとき、「ヴィータちゃーーん」と呼ぶ声が聞こえた。
コンビニの窓硝子の向こうで、2本の触角を頭部の左右に生やした子供が手を振っていた。
馬鹿。大声で呼ぶな。恥ずかしいだろうが。ヴィータは他人の振りをして会計を済ませた。

「もう。無視するなんて酷いよ、ヴィータちゃん」

高町なんとかが、後ろをピョコピョコついてくる。親鳥の後をつける雛のようだ。
うるせえ。毎回毎回、見かけた途端に大声で呼ぶな。恥ずかしいったらありゃしねえ。
ヴィータはむすっとした顔で早足で歩く。すると、後をついてきていた少女が突然こけた。何もないところで、こけた。
少女は膝をすりむいて、目に涙を浮かべている。痛いよ、痛いよ。
面倒くさい奴だ。
とっとと立てよ。そんなザマじゃ教導官(アグレッサー)にはなれないぞ。

空中戦ではあんなに動くのに、とヴィータは思った。地に足をつけるとまるで駄目だな。
第一、最初に出会ったとき、ラケーテンハンマーでぶっ飛ばしてやっても泣きはしなかったのに。
あの冬の日、揺らめき立ち昇る炎の中から現われ、「悪魔でいい」と啖呵をきった人間とはまるで別人だ。

ヴィータは少女が立ち上がるまで、ただ突っ立って眺めていた。
彼女は鉄鎚の騎士ヴィータ。勇猛果敢なベルカの騎士だ。
ちょっと転んだくらいで他人の心配などしないのだ。

少女が立つと、ヴィータは手を引いて近くの公園の水道で傷を洗わせた。
傷は大したことがなかった。子供らしい瑞々しい皮膚にちょろっとついた擦過傷。ものの数日で治るはずだ。
しみるよ、と少女が泣き言を言うのに構わず、水流を強くする。
少女が声にならない悲鳴をあげ、恨みがましい目で見てくるが、気にしない。
それから、木陰のベンチに座らせる。白熊を1個無造作に押し付ける。2つの触角がピョコンと跳ねる。
これ、くれるの?
ああ。2個買ったけど、よく考えてみりゃ、こんなクソ暑い天気じゃすぐに解けるしな。やるよ。
たちまち少女は笑顔を見せた。現金な生き物だ。

カップを外す。雪原のような氷粒の表面に平べったい木製スプーンを突き立てる。
シャリシャリとした純白のカキ氷、そしてキンキンに凍ったフルーツを口中に放り込む。
濃厚な練乳の甘みと、爽やかなオレンジの酸味が舌の上で溶けて広がった。

「うまいか?」
「うん。冷たくて、おいひい……」

彼女は鉄鎚の騎士ヴィータ。勇猛果敢なベルカの騎士だ。
最初から少女と食べようと思ってアイスを買ったわけでは決してない。
ちなみに、騎士たる身にはまったくどうでもいいことだが、彼女の財布の中身はすっからかんだ。
財布が軽くたって、泣かない。誇り高きベルカの騎士はホコリを喰って生きるのだ。




曇天から雪が霏々と降りしきり、灼けた大地を白く覆っていた。
ここは、大昔、大きな神殿があった場所だ。現在は、その神殿を構成する天井、壁、石柱は全部崩落している。
遺跡にはあちらこちらに機関銃で穿たれたかのような穴や陥没があった。
大気には、煙、灰、濃厚な魔力残滓の熱が満ちている。
地上には、古代神殿の遺物の他、真新しい残骸が散らばっている。
何の残骸だろうか。

歪んだ金属片、火花を出しているコード、歯車、螺子、黒々としたオイル。これらは機械兵器の残骸だ。
捩じれた四肢、焦げた布の切れ端、肉片、骨片、黒々と流れる血潮。これらは魔法少女の残骸だ。
雲より高く飛び上がった人が地面に叩きつけられた成れの果てだ。
空から見ると、白い雪の中に黒と橙の小片が散らばり、真ん中に赤い大きな粒が埋もれているように見える。

少女の残骸は仰向けに倒れている。死にむかう激痛で顔を歪ませている。
頭部から、顔面から、色を失った皮膚の上を伝って幾すじもの血が流れ落ちる。
防護服はほとんど全体が赤黒くなっていた。

変わり果てた少女の傍らに、真紅の服を纏った騎士が膝をつく。
騎士は震えている。
怖がっている訳ではない。
彼女は鉄鎚の騎士ヴィータ。勇猛果敢なベルカの騎士だ。
体を震わせているのは、寒さのせいだ。
雪が降っていた。そこはひどく寒い地だった。

「おい……。おいっ!」

ヴィータが呼びかける。呼びかけながら、怪我の具合を確認した。
脇腹から右脚の大腿部の側面には、酷い損傷があった。肉が抉れていた。グチャグチャに抉れていた。
傷口の周りの皮膚は黒焦げだった。
剥きだしになった赤黒い肉の中に、奇妙な形をした金属片が楔のように食い込んでいるのが見えた。

「バカヤロー! しっかりしろよ!」

左足の膝が曲がってはいけない方向に曲がっていた。左の足首はとても酷い。落下時に最初に接地したのだろう。
出来の悪い粘土細工のような醜悪な形に捩じれ潰されている。
常人なら目を背けたくなるような光景であった。だが、ヴィータは目を逸らさない。
彼女は本物の戦場を駆け抜けた勇猛果敢な騎士だ。こんな惨状は見慣れている。
だから歯の根が合わずにカチカチ音を鳴らしているとしてもそれは寒さのせいだ。

「……だ……じょ……ぶ……から」

ヴィータの耳に掠れ声が届く。吹雪に掻き消されそうなほど小さな声だった。
ぐっと耳を近づける。
大丈夫だから、大丈夫だから、と目の前の少女は繰り返し呟いた。
繰り返すうちに、咳き込んだ。口から音を立てて血が溢れ出た。
ヴィータは目をむく。
どこが大丈夫なんだ。馬鹿野郎。

ヴィータは雪の中から少女を抱き起こした。細い、小さな躰だった。冷たい、死体のような感触がした。
ガクリと少女の頭部が垂れ下がる。触角のような二対の髪束が風にはためいて揺れる。
そのうち、少女の四肢が痙攣を起こしはじめる。
医療班はまだ来ない。
ヴィータは言った。何やってんだよ医療班。コイツ死んじまうぞ。
しばらく待った。だが医療班はやっぱり来ない。
相変わらず風が切りつけるように吹きつけ、雪が耳元で音を立てて舞っている。
そのうち、腕の中の躰は動かなくなった。あらん限りの大声で呼び掛けてもウンともスンとも言わなくなった。
悪魔のようにしぶとい、と昔感じた面影は残っていなかった。目の前にいるのは、殆ど死に掛けているただの少女だ。

ヴィータは勇猛果敢なベルカの騎士だ。ベルカの騎士は勇敢だ。死を恐れない。戦友が死に掛けていても、戦場では冷静でいられる。
だから鉄鎚の騎士たる彼女の顔がすっかり青褪めていたとしても、それは厳寒の冬の寒さのせいである。




ヴィータは夢から覚めた。
またあのときの夢か、と彼女は嘆息した。
彼女の寝巻きは汗でぐしょぐしょに濡れていた。
時刻は午前十時を回っていた。昨夜おそくに緊急の呼び出しをうけたせいか、起床が遅くなってしまった。
季節は春。陽光が窓から斜めに射しこんでいる。だが、部屋はかなり肌寒かった。
昨夜、季節はずれの雪が降ったのだ。
窓から庭を見ると、雪がまだ残っている。庭の芝生の上に斑状に雪の固まりがしがみついている。
すぐにカーテンを引いた。彼女は雪が好きではなかった。

ヴィータは日課に取り掛かる。
彼女が目覚めて最初にやること。それは、ペットの顔を見ることだ。
なのは。それが彼女のペットの名前だった。

ここ数日、彼女の部屋がなのはの部屋であった。
なのはの世話をしていたのは彼女であった。
食事に睡眠に排泄。なのはの生態行動すべてを見守ってきた。
手ずからエサを与え、眠りにつくまで撫ぜてやり、
起きたらたっぷり遊んでやり、
排泄場所に行けなくて漏らしてしまったら汚物を処理する。
ヴィータは献身的になのはの面倒をみた。

なのはのベッドを覗き込む。フカフカの寝床で、なのははスヤスヤと寝息をたてていた。
今日もなのはは元気に生きている。
ヴィータはその事実に安堵し、笑みを浮かべる。
お前、本当にタフな奴だな、なのは。ヴィータは嬉しそうに呟いた。
呟きは小さなものだったが、なのはが目を冷ましてしまった。モゾモゾと寝床から這い出てくる。

ヴィータは、なのはをそっと抱きあげて部屋から出た。
お散歩の時間である。

なのはの体長は約40mmだ。焦げ茶色の扁平な体躯をしている。膚は艶々としていて、硬い。
2つの触角をもった生き物。それが、なのはだ。

この愛くるしい生き物は、古代ベルカでは豊穣のシンボルであった。
繁栄を極めた古代都市アル・ハザードでも、上流階級はこの生き物「ラ・クカラチャ」をこぞって求め、飼っていたとされている。
ヴィータがこのラ・クカラチャを部屋で発見したのは数日前だ。
つついたら、後ろの脚を引きずるようにして歩いた。良く見ると、片方の翅もやや曲がっていた。
脚と翅が怪我をしているので、うまく動けないようだ。2本の触覚だけが絶えず揺らめいていた。

彼女はこの虫を、怪我が治るまで世話してやることに決めた。家族には内緒で。
勇猛果敢なベルカの騎士が小動物を世話しているなど、らしからぬのだ。

ヴィータはそのラ・クカラチャを、なのは、と命名した。
理由は簡単だ。高町なのはに似ていたからだ。
まず、2本の触角。茶色。怪我のせいで飛べないこと。怪我をしている脚。それに、タフで中々死なない特性。
それらが、高町なのはを連想させた。
ヴィータは知らない。ラ・クカラチャがこの国では、台所の黒い悪魔、と呼ばれて嫌われていることを。

彼女は廊下を歩きながら、なのはの背を指の腹で撫ぜた。
なのはは嬉しそうに茶色い翅を振るわせ、そして、飛んだ。
お、スゲーな。ヴィータは感心した。いい飛びっぷりじゃんか。
廊下を、ぶうううううううん。滑空する茶色い生き物。
1m、2m、3m、どんどんなのはがヴィータから離れていく。
その行く手を遮るモノは、ない。

いや、あった。

別の部屋から、長い金髪をツインテールにした少女が出てきた。
ラ・クカラチャの飛ぶ先に現われた。
彼女の名前は、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
ミッドチルダで生まれはしたが、多感な時期のほとんどをここ地球の海鳴市ですごし、これからも過ごすことになる少女。
彼女が持っている日常に関する「常識」は、幼年時代に家庭教師リニスから教えられたものをのぞけば、
地球文化――特に日本の文化――におけるそれの影響を非常に色濃く受けていた。
したがって、飛来するモノを見た瞬間、

「えっ、ゴキ……」

絶句し、そして次の瞬間に盛大な悲鳴をあげた。

八神邸に響きわたる絶叫。
ヴィータは目をまん丸にした。何だ? どうしたんだよ、テスタロッサ。
ヴィータは知らない。ラ・クカラチャが、この国において忌避されていることを。

フェイトがすばやく片足のスリッパを脱ぎ、両手で構える。振りかぶる。標的はフェイトから見て、左手を飛行中だ。
大きく踏み込んで、スリッパを横薙ぎに振る。敵を叩きのめさんと振る。

――疾風、迅雷!

凶器と化したスリッパが、ラ・クカラチャに迫る。

そこに、

「フェイトちゃん、どうしたの?」

松葉杖をついた少女が廊下にひょっこり現われる。
ラ・クカラチャの進行方向に。スリッパの振るわれる先に出現する。



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〔位置図〕
左から N=なのは(人) G=なのは(虫) F=フェイト V=ヴィータ



スリッパが轟音を立てながら、2匹のなのはに迫る。
一方のなのはは空中で飛ぶ方向を曲げて攻撃を逃れる。その体は癒えている。
だから充分な飛行能力を備えていた。
もう一方のなのははといえば、怪我はまだ癒えていなかった。ゆえに、動けず。飛べず。避けられない。

高町なのはは、目の前で茶色い生命体が華麗なターンをきめるのを見た。
それに惹きつけられる。虫は、翅を思いっきり羽ばたかせて飛んでいた。
茶色い翅の一枚一枚が柔らかな陽光を反射して輝いていた。

いいなあ、となのはは思った。
脳裡に、雲海と青い空を抜けていくときの視界が浮かんだ。
ああ、空を飛ぶ。その雄々しさよ。自由さよ。

想像の中で飛翔をおたのしみ中である高町なのはをよそに、
恐慌に駆られたフェイト・テスタロッサは凶行を強行する。母親譲りの形相で。
スピードを出しすぎた車は急停止できない。それと同じで、まずい、と認識しながらも
踏み込んだ足は、スリッパを振り切ろうとしている腕は、止まらない。
スリッパが、清清しい音を立てて、なのはという少女を顔面から叩き飛ばす。
虫けらのように叩き飛ばす。

なのはが、飛ぶ/飛ばされる。

2匹のなのはが同時に宙を舞った。
重力は虫にも人にもひとしなみに作用する。
一方のなのはは、スタリと華麗に着地する。もう一方のなのはは、どちゃりと床に墜ちる。
後れて松葉杖が、ゴトリと音を立てて沈んだ。

ラ・クカラチャは戦略的撤退を敢行する。カサカサと廊下の隅へと消えていく。
少女は叩かれた痛みと落下時に床に叩きつけられた痛みとの二重苦で呻き声をあげる。
突然の凶行に及んだ友人を涙目で見あげる。
治りかけていた怪我に衝撃が加えられ、あちこちの骨肉が悲鳴をあげる。まともに言葉が出てこない。
フェイトはスリッパを振りぬいた姿のまま呆然としている。
ご。ご。ご。ごめん。なのは。私、そういうつもりじゃ――

桃色の髪を揺らし、シグナムが駆けつける。
何事だ?
床で苦痛に悶絶しているなのはを見る。なのはの顔面は、赤く腫れ上がっている。
どう見ても被害者だ。ならば加害者は?
シグナムは厳しい目で残りの二者を睨む。
ヴィータが肩を竦める。フェイトががっくりとうなだれる。
世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりである。

ジャッジ・シグナムが、フェイトの首根っこを引っ掴んだ。
哀れなフェイトが、悪戯が見つかった子猫のように引き摺られていく。
それを見て、床に転がっているなのはが声をあげる。

ダ、ダイジョウブだから、私はダイジョウブ――

ふいに言葉が途切れる。誰かが、なのはを抱え上げたのだ。
なのはを抱えているのはヴィータだ。
お前の「大丈夫」はちっともあてにならねえ。
シグナムがフェイトを脇に抱えたまま振り返って、面白そうなものを見る目をした。
あんだよ? ヴィータが睨む。
将が含み笑いをして言った。アイスが冷蔵庫にあるぞ。お前達で食べるといい。

ヴィータはなのはを運ぶ。癒し手たるシャマルのもとへと。
面倒くさそうな顔をして運ぶ。
まったく何でアタシがこんなことやらなきゃならないんだ、と悪態をつく。
腕の中にいる柔らかい生き物が、表情をゆるめた。
茶色い触角に似た髪がヴィータの頬をくすぐる。

にゃはは。ありがとう。心配してくれて。

ヴィータはつっけんどんに言う。アタシは別に心配なんてしてねえ。
心配性なのは軟弱者のテスタロッサだけで充分だ。
お前、動けねーんだから。うちの床に座り込まれたら邪魔だ。馬鹿。
彼女は鉄鎚の騎士ヴィータ。勇猛果敢なベルカの騎士だ。
顔が赤らんでいるのはきっと怒りのせいだろう。

ヴィータちゃん、やさしいね。

馬鹿か。ベルカの騎士にむかって、やさしいだと。見当外れにもほどがある。
ヴィータは舌打ちをして、顔をしかめた。
彼女は鉄鎚の騎士ヴィータ。勇猛果敢なベルカの騎士だ。
だから転んだぐらいで人の心配などするわけないのである。


END


著者:鬼火 ◆RAM/mCfEUE

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