127 名前:軌道上に幻影は疾(はし)る [sage] 投稿日:2010/02/02(火) 07:13:42 ID:moZAq.kQ
128 名前:軌道上に幻影は疾(はし)る [sage] 投稿日:2010/02/02(火) 07:14:26 ID:moZAq.kQ
129 名前:軌道上に幻影は疾(はし)る [sage] 投稿日:2010/02/02(火) 07:15:09 ID:moZAq.kQ
130 名前:軌道上に幻影は疾(はし)る [sage] 投稿日:2010/02/02(火) 07:15:53 ID:moZAq.kQ

「今までが嘘みたいに順調な回復ね」

唸るように言ったのは石田だ。海鳴大学病院での事である。
闇の書事件も終わり、闇の欠片事件も処理しきった年の明け。
すでに自分で脚を動かせる未来を約束されたはやてだが、一応病院に顔を出している。
原因不明だったはやての病魔の快癒に、医学で制したわけではない事に釈然としていないが石田も安堵していた。

「それじゃあ今日の検診はおしまい。シャマルさんたちにもよろしくね」
「ありがとうございました。それじゃ、また来週お願いします。行こっか、リインフィース」
「はい」

車椅子を押すのはリインフォース。はやての誕生日以降、ヴォルケンリッターはおよそ交替で車椅子を押していたが現在ほとんどリインフォースがその役目を負っている。
先が短いという事を、全員が分かっているからだ。
だから、少しでもはやてといる時間を増やそうと自然、リインフォースが車椅子に張り付いている。張り付けている。

「そうや、帰りに翠屋でシュークリーム買ってこか。まだ食べた事なかったやろ?」
「はい、シャマルから聞いたことしか」
「あれはおいしいで」
「楽しみです、とても」
「そしたら翠屋で食べて帰ろう。みんなのお土産にシュークリームや」

正午という事もあり冬にしては暖かい日だった。澄み切った空の下、病院の中庭を抜ける。
穏やかな風景だった。散歩したりタバコをふかす患者がちらほら。

「おや」

ベンチに腰掛け、こっくりこっくり舟を漕いでいたおばあちゃんがふと顔を上げる。
眠っているようなので声をかけずに通りかかったはやては車椅子の上でお辞儀した。

「おはようございます」
「おやおや、こんにちは、はやてちゃん。それと…」
「はじめまして。リインフォースと申します」
「はじめまして、空見 昼子です」

まろやかに微笑む昼子に、つられてリインフォースも頬が緩んだ。
入院患者である。通院しているはやても、12月に入院する以前から顔見知りの老婆だ。
病院の内外で有名な名物おばあちゃんなのだがその理由が、

「はやてちゃん、本当にはやてちゃんだねぇ、見違えたよ」
「そうですか? ここ最近、いろいろありまして」
「前まで言えなかった事だがねぇ、はやてちゃんに死相が見えていたんだよ…あたしゃ気の毒で気の毒で……だけどもう、消えてるよぉ」

視えるのだ。
若い頃は教師をやっていたという。病院、学校と「いわく」がつく事の多い場所でその能力は何かと噂になるらしい。
病院でも昼子が患者の死期をほのめかし、ぴたり的中させたという例は尾ひれがついてささやかれている。

「もう大丈夫です。原因がもうなくなっちゃいましたんで。それどころか家族が増えたんです」
「リインフォースさんだったねぇ、あなたが増えた家族かい?」
「はい、その通りです」
「そうかい、そうかい。よかったねぇ、よかったねぇ」

何度も何度も頷く昼子の目じりにはうっすら涙も滲んでいる。
散々、死ぬのを視てきたがそれが外れるのは希有だ。そして、こんなものは外れた方が良いに決まっている。
はやてが生き残る事をこれだけ喜ばれリインフォースも感謝と感動で胸が満ちる。
幸せな気持ちで、病院を出る事になった。
帰り際に寄った翠屋でも、美由希が歓迎してくれた。
席に着けば、水が三つ出される。

「ひとつ多いですよ」
「あれ? 三人…じゃないっけ?」
「ふたりですけど…?」
「あはは、見間違えちゃったみたい、ごめんね」
「いえ、別にいいですけど…」

リインフォースがシュークリーム。はやてがショートケーキ。
それぞれ口にしてからみんなのお土産にシュークリームをひとつずつ。
とりとめもない話をしながら家に帰ればもう3時を回っていた。
今家にいるのは昼寝をしているヴィータだけである。起きているならばシュークリームに飛びつく事だろう。
玄関の鍵を閉めれば、ノックされた。
はて、とリインフォースと顔を見合わせる。
特に家の周辺に誰かいた見覚えはない。それに、ノックせずともインターホンするのが普通だ。

「はい」

リインフォースがドアを開けるが、特に誰もいなかった。

「?」

不思議そうに周囲を見渡すが、やはり誰もいない。
ふたりとも怪訝な顔になるが、階段からヴィータが降りてくる音がしてそちらに気が行く。
目をこすり、半分あくびしながら手を上げる。

「あー、ふたりともお帰り」
「うん、ただいまヴィータ」
「ただいま、ヴィータ」
「シュークリーム買ってきたで、ヴィータ」
「ほんと! 翠屋だよね?」
「うん。お茶淹れよう」

ふたりをほほえましく見やりながら、リインフォースは再び鍵を閉めた。

それからシグナムが帰ってきて、シャマルとザフィーラが帰ってくるともう夕方。
全員が帰ってくるまでにヴィータがもうひと眠りするために二階に上がった。

晩御飯の準備は三人でした。シャマルとリインフォースが実践、はやてが監督である。
難航したお料理教室だったがはやての的確な指示のもと、体裁は整った。
さてお皿を並べようとしたところ、階段を下りる音がした。他全員がリビングにいるのだから、ヴィータが起きたのだろう。
そう思っていたのだが、料理を並べ終えても顔を出さない。
結局、2階まで行けばまだヴィータがまだ寝ていた。
誰かが降りてきた音は聞き違い…だったのだろうか?

何かおかしい。
はやてが薄くそう思いながらも、いつもと変わらぬ振る舞いをする。
いただきますをし、ごちそうさまをし、食器を片づければお風呂だ。
ヴィータと入る事が多かったが、やはり最近はリインフォースと一緒だ。
長いリインフォースの髪をはやてが洗うのだが、それが楽しみのひとつになっている。
代わりにリインフォースがはやての髪を洗ってくれるのだ。
わしわしとはやての髪を世界が嫉妬する髪にすれば、シャワーの温度をリインフォースが確かめる。

「さぁ、流しますよ。目を閉じてください」
「いやぁ、リインも髪洗うの上手になったなぁ」
「そんな…まだヴィータの方が上手ですよ」

はにかむリインへ鏡越しに微笑めば目を閉じた。ちょうどいいシャワーがはやての頭上から降ってくる。
丁寧に髪を梳かれれば、少しだけはやてが目を空ける。
鏡越し。誰かが立っている。ように見えた。気がした。

「え」

まだしたたるお湯が目に入る。思わず、目を瞑った。すぐに目を開けて振り向くが勿論リインフォースしかいない。
鏡越しにも、きょとんとしたリインフォースしか映っていない。

「どうかなさいましたか?」
「ん…いや、なんでもないよ」

変だ。
徐々に、猜疑心が確信になっていく。それが決定的になったのは、深夜だった。
冬の夜だ。寒さは厳しいものである。
しかしそれも右にヴィータ、左にリインフォースを伴った川の字になれば心も体も暖かい。
しっかり布団をかぶり、三人仲良く眠っていたがふとはやてが目を覚ます。
風が頬をなでてる感じがする。
ちょっとした寒気に目が覚めたのだ。身を起こさず部屋を見渡せば、ドアが少しだけ開いている。
きちんと閉じたはずだと思ったはやてが総毛立つ。

覗いている。誰か。眼がはやてを見詰めてくる。
悲鳴を上げた。ヴィータとリインフォースが飛び起きる。

「はやて?」
「どうなさいました?」
「だ、誰かおる! ドア!」

震えるはやてをリインフォースが抱きしめ、ヴィータが入口に駆け寄る。
誰もいない。
すぐにシグナムたちも上がってきた。

「どうなさいました?」
「はやてが誰かがいるって言ったんだけど」
「誰かが覗いてた!」
「…まさか」

はやての寝室に来るまでに、シグナムはなにも感じなかった。誰かいたとして、気づかぬほどなまっているつもりはない。
シャマルも首を振っている。八神家には依然として結界を施してある。セキュリティ代わりだ。
そして、特に怪しい反応はない。

「確かにいたのですか?」
「目が…目があってん」

ザフィーラも疑うわけではないが確認をする。達人たちがこれほどひしめく家である。
ただの不審者では侵入しただけで気取られてしかるべきだ。
それが主人の部屋にまでたどり着かれるとは。

結局その場は見間違いという事で収まった。
しかし次の日も、その次の日も何かしらおかしい事がはやてに起こり続けた。
そうしてまた病院に診察してもらう日が来る。
石田の診察もそこそこに、はやては昼子を探した。リインフォースと、念のための護衛にヴィータとザフィーラもついてきている。

「空見のばーちゃん」
「おやおや、ヴィータちゃん久しぶりだねぇ」

昼子は今日も中庭のベンチ出日向ぼっこであった。
リインフォースに車椅子を押されるはやてを遠目に認めれば昼子の顔が曇った。

「こんにちは、昼子さん」
「こんにちは、はやてちゃん。それにリインフォースちゃんにザフィーラだったねぇ。それと…」

昼子がはやてのとなりを見詰める。誰もいない。
はやてがゾッとしながら昼子の視線を倣う。誰もいない。

「…や、やっぱりおるんですか…?」
「……いるねぇ」
「前に来た日から、ずっとなんです…ずっと不思議な事が起こって…誰もいないのに、誰かいるんです…」
「落ち着いてはやてちゃん、大丈夫。まだ大丈夫だよ」
「でも、ずっとわたしに付きまとって来るんです。窓から覗いてきたり、携帯から変な着信があったり…」
「落ち着くんだよ、大丈夫、大丈夫だから」

昼子がなだめてもはやてが震えて止まらない。
今回ばかりはヴォルケンリッター誰もが頼りにならなかった。
誰も見えない。誰も感じない。はやてにずっとまとわりついてくるのだ。

「はやてちゃん以前死相があったけどねぇ、本当に不吉な死相だったんだ」
「はい…わたしが生き残ったのも奇跡だったって分かってます」
「それが妬ましいんだよ。死ねばよかったのにと思って付きまとってるんだ」
「…わたし…わたし…」
「大丈夫、お祓いしてもらえばまだ大丈夫な程度だよ」

すぐにはやてが従った。病院から出た足で山の方にある神社へ四人で赴いたのだった。
すっかり憔悴したはやてに、誰も気のせいだとは言えない。真剣に「何かある」と確信してはいるのだ。
しかし誰も何かできなかった。結界を強くしても、探知魔法を鋭くしても、はやてにつきまとう何かの正体を暴けないのだ。

踏切を渡れば後少しで神社という所。
リインフォースが押していた車椅子が線路の真ん中で動かなくなった。

「なにやってんだ」
「あれ?」

押しても引いても車椅子が動かない。はやてが不安そうに見上げてくる。

「おい!」
「動かないんだ! 車椅子が!」

はやての顔が蒼白になった。カンカンカンカン。遮断が降りてくる。
真っ赤になってリインフォースが精いっぱい力を込めるが駄目だった。
ヴィータと背筋を凍らせながら手伝うが、動かない。
車椅子からはやてを下ろそうとザフィーラが抱き上げるが、

「痛ッ・・・!」

まるで固定されているようにはやてが動けない。誰かが腰に抱ついているような感触がある。
電車が見えた。逆に車掌もはやてたちを見えているはずなのに減速する気配はない。

「やばいって! おい!」

魔力を込めてヴィータとリインフォースが車椅子を押すが動かない。
電車が近づいてくる。止まる気配がない。
ザフィーラが電車を止めるか、車椅子を押すか一瞬だけ判断に迷う。
車椅子を押す側に回った。
力いっぱい押す。電車が通過した。
間一髪で、車椅子を線路から押し出せた。はやての耳に、しっかりと舌打ちが聞こえた。
線路の真ん中に誰かを見た気がしたが、確認しようにも電車で見えない。

「な、なんだったんだよ…」
「ひっ…!」

少しだけはやてが衣服をまくると、腰にびったりと腕が巻きついてた痕がついていた。
急いで神社まで転がりこめば、お祓いをしてもらう。

「これでもう大丈夫です。憑いていた一人は祓いましたよ」

神主の言葉にはやては思わず涙を零しそうなほど安堵した。
もうこれで恐くない。
次の日、昼子の所に報告へ行った。
やはり中庭のベンチに座ってこっくりこっくり、船を漕いでいた。
眠っていればやはり後日また来ようと思ったが、はやてが近づくと顔を上げた。

「おはよございます」
「おやおや、はやてちゃん、こんにちは」
「昨日はありがとうございました。おかげで憑いていた一人をお祓いしてもらえました」

昼子が強張った。

「視えてるだけでもまだ五人いるよ…」

はやての耳に、しっかりと舌打ちが聞こえた。


著者:タピオカ

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