[121] 騎士よ眠れ sage 2007/10/05(金) 16:09:59 ID:idkzXr1T
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[130] 騎士よ眠れ sage 2007/10/05(金) 16:16:56 ID:idkzXr1T

 西の空を焼く太陽によって、古代ベルカ世界の地上は燦々とした陽光に照らされていた。
 寂寞とした微風が吹き荒ぶ聖都跡地で、二名の守護騎士は宿敵との対峙を神妙な面持ちで待
ち構えている。
 一方のユーノは、深更から今まで半径五〇〇キロメートル範囲に魔力流を放出させ、各方面
の魔力反応を丹念に調べていた。
 数分後、ユーノは魔力流を止めて疲れを含んだ呼気を肩から吐き出した。
 彼が詠唱の思念を止めた瞬間、足許に展開していたミッドチルダ式の魔方陣も消滅する。
「何かわかったか?」
 ザフィーラが堪え切れないといった風にユーノへ歩み寄った。振り返った若き学者は、意味
深長な表情で小さく首肯する。
「西南の方角、約二〇〇キロメートル先に魔力反応がありました。地中深くに埋まっているけど、
それは現場に向かえば何とかなると思う」
「西南、二〇〇キロメートルか……飛行魔法で急げばそう時間は掛かるまい」
 昨日から騎士甲冑を纏ったままのシグナムも二人の間に入り、視線を西南方向へと遠く馳せる。
 他の方角とは対照的に、西南地方は鬱蒼と茂る森林が広がっている。
 更にユーノ達が目指すべき二〇〇キロメートル辺りの地帯は、この聖都跡地からでも明瞭に
白く霞む峻険な山岳を望む事が出来た。
 どうやっても、陸路による踏破は不可能に近い複雑な地形だった。一様に同じ方向へ向けら
れている三人の瞳は、それぞれの想いを秘めていた。
 シグナムが初めに視線を外し、悠々と笑みを漏らす。
「だが、我々がそちらへ向かうのは邪魔者を排除してからだな」
 述べる口調は最後に至る中で強く響き、彼女の凛然とした双眸が蒼穹の空へと引き上げられる。
 シグナムに続いてザフィーラとユーノもそれに倣い、彼女達の視界には陽光を背に受けて降
下してくる二つの影があった。
 三人の前に着陸したフェイトとティアナも、シグナム同様にバリアジャケットを装着した状態で、
期限の時間通りに現れた。
「……ユーノ、ザフィーラ、シグナム……貴方達の答えを」
 万全の戦闘体勢で言うには甚だ矛盾していたが、それでもフェイトはある筈の無い望みを込
めて三人に言った。
 フェイトの一歩後ろで、ティアナは黒と赤の胴着、白と青の上着というバリアジャケットの
姿で、ザフィーラから放たれる自分への敵愾心を感じ取った。
 一晩を経た彼女は、フェイトの様に無益な問答を続ける気は毛頭無かった。毅然と顔付きを
引き締め、ザフィーラの睥睨を負けじと受け止める。
 シグナムは逸早く腰に佩していたレヴァンティンを抜き放ち、その鋒を直立不動の金の魔導
師へ突きつける。
「最早そのような質問に意味はあるまい。……さぁ、始めるぞテスタロッサ!」
 フェイトへの宣戦布告を済ませ、シグナムは遥か上空へと飛翔していった。彼女の上昇して
いく様を見上げ、フェイトもまた彼女を追うべく飛び立つ為の推進魔力を全身から発露させる。
「ティアナ、兎に角身動きが取れない程度にまで相手をするんだ。後はシャリオが艦載の転送
魔法で三人を捕捉してくれるから」
 すぐ背後に立つティアナへ振り返ったフェイトは、後輩の健闘を祈る眼で真っ直ぐに彼女の
顔を見つめた。
「了解です」
 安心してシグナムとの一騎打ちに出れるよう、ティアナは瞭然と返答した。大きく頷き、フ
ェイトはシグナムが待つ決戦の空へと浮上していった。
「ユーノ・スクライア」
 ザフィーラが両手に装備したクロスミラージュを構えるティアナに向かって踏み出す。
「わかりました。ランスターさんの足止めをお願いします。僕は山岳地帯へ」
 ザフィーラがティアナを見据えたまま、ユーノに気位のある沈黙を返した。直後にユーノも
聖都跡地を離れ、西南の峻嶺へと移動を開始した。
 雲の無い上空で対峙したシグナムとフェイトは、互いにデバイスをその手に構える。限界寸
前まで張り詰めた両者の無言が、激突の予感をいよいよ高めていく。
「レヴァンティン、リンカーコアコネクト!」
『Jawohl.』
 使い手の声に呼応し、炎の魔剣は鍔元から細く鋭い発光を閃かせる。直後にシグナムの胸部
から小さな輝きの粒が顕現し、それは彼女の眼前で無数の粒子となって増殖した。
 リンカーコアコネクトの起動をを完了し、膨れ上がる莫大な魔力がシグナムの身体から放射される。
 その余波に金の髪を乱すフェイトは、シャリオが語った古代ベルカ人のリンカーコアとシス
テムの相性をまざまざと思い知らされる。
 大気を激しく掻き乱す魔力の激流は、縦横無尽に逆巻いて古代ベルカ世界の天空に守護騎士
の威容を顕現させた。
「──行くよ、バルディッシュ!」
『Yes, sir!』
 威勢良く声を発した長年の愛機を両手に携え、フェイトは魔力の渦を纏う烈火の将へと先制を取った。
 前傾姿勢で疾風と化したフェイトは、その最中でバルディッシュへ形態の命令を下す。
『Haken Form.Addition 105 KB.』
 フェイトはゲマトリアサポートシステムを起動させ、内蔵された記述化魔力の端末から魔力
を抽出する。その補強を受け、バルディッシュの先端から計三本の鋭利な鉤が突出した。
 大気の壁を解き放ったシグナムが、高速で間合いを詰めてくるフェイトへレヴァンティンを
翻す。リンカーコアを魔力として転化させた彼女は、その身に無数のリンカーコア粒子を上下
左右に循環させていた。
 袈裟に振り下ろされたバルディッシュをレヴァンティンの刀身で受け止め、フェイトの突撃
を軽々と打ち払った。フェイトは予想以上の騎士の膂力に息を呑み、頬に警戒の色を強める。
 僅かに狼狽を見せたフェイトへ、今度はシグナムが至近に迫った。一瞬の接近でフェイトと
の間合い無くしたシグナムは、勇猛な叫び声を上げながら横薙ぎに魔剣を叩き付ける。
 余りの速さで回避運動に遅れたフェイトは、自身を水平に両断せんと肉迫するレヴァンティ
ンにバルディッシュを宛がう。柄でシグナムの一撃を迎え撃ったバルディッシュは、フェイト
の鼓膜に耳障りな軋む音を届けた。
「バルディッシュ──!」
 シグナムの死角からフォトンランサーを連射して相手の注意を逸らし、フェイトは即時にレ
ヴァンティンの射程から退避する。
『Don't worry,trust me.』
「うん……。シグナム、凄い強さだ。それに向こうも非殺傷設定を解除している。一瞬でも油
断したら首を持っていかれる……!」
 通常形態の打撃だけでデバイスの機体に恐ろしい衝撃を与えてきたシグナムへ、フェイトは
未だ嘗て無い過酷な戦力差を濃厚に気取った。
 更にフェイトが驚愕すべきだったのは、シグナムへと殺到した数十発のフォトンランサーの悉くが、
騎士甲冑に傷一つ負わせられずに消滅した事だった。
「テスタロッサ。よもや貴様、リンカーコアコネクトを渋ったと言うのか?」
 魔弾の牽制を取るに足らない小細工として容易に打ち消したシグナムは、苛立ちさえ含んだ
啖呵を飛ばした。フェイトが強張らせた顔で答えを示す。
「私のリンカーコアでは、システムを受けても精々一.五ランクの向上しか見込めない……余
計な機能を追加するよりは正しい選択です」
「成る程な。承知した──では続きを始めるぞ!」
 リンカーコア粒子に光り輝くシグナムがフェイト目掛けて突進する。彼女の残影を揺らめか
せるその軌跡は、大質量の推進魔力の衝撃波で大きく歪んでいた。
 フェイトはレヴァンティンの間合いから逃れる為、後退しつつ再び直射弾を撃ち出した。シ
グナムは視界を埋める光の弾丸をレヴァンティンで斬り飛ばし、大気を陵辱する加速でフェイ
トを斬撃の射程内へと収めた。
 フェイトは咄嗟にバルディッシュを振り被り、ハーケンフォームの鉤でレヴァンティンの猛
進を喰い止める。
「それだけの強度で受け切れるか!」
「バルディッシュ!」
『Addition 250 KB.』
 更なるゲマトリアサポートを受けてハーケンフォームの出力強度が増加し、レヴァンティン
の刀身へ超高熱の反撃を与える。一時的な攻撃力の互角にシグナムが一歩退き、フェイトが先
に踏み込んだ。
「シュベルトフォルム、紫電一閃!」
『Jawohl,Hinzu 120 KB.』
 レヴァンティンの刀身から火炎の竜巻が巻き上がり、周囲の大気を一瞬にして熱崩壊させる。
フェイトは前身に純粋な魔力を破裂させ、その反動で命からがら熱波の嵐から飛び退いた。
 最早近接魔法と呼ぶもおこがましき炎の螺旋は、大気圏をも突き抜けて鮮やかな深紅の柱を
形成する。
「燃え尽きるがいい!」
 シグナムが火炎竜巻に包まれたレヴァンティンを深く振り被り、熱波の巨剣を繰り出した。
猛る炎の竜が激しく旋回しつつフェイトの身を捕える。
 ディフェンサープラスを展開して凄絶な高熱地獄を乗り切ったフェイトは移動し、高度を増
した軌道を鋭角に折り曲げ、直下のシグナムへと急速に迫った。
「シグナム!」
 全身に風圧を浴びながら襲撃してくるフェイトへ、シグナムが激情の瞳を叩きつけた。
「この期に及んで本局に戻れと戯言をほざくか!」
「貴方が死ねば一体どれだけの人が悲しむ! 貴方の身勝手な自己犠牲で苦しむ人を忘れては
いけません! ヴィータの快復には私達も協力を惜しまない!」
 激突するデバイスの上で、二人の強固な意志を孕んだ瞳が交錯する。間近でフェイトを睨み
つける騎士の双眸が、憤激の荒波を漲らせた。
「貴様に騎士の絆に口出しする資格等無い! それ以上知った風な言葉を利いてみろ! その口、
我が一太刀で粉々に砕いてくれる!」
 思いがけないシグナムの拒絶の叫びに、デバイスを軋ませ合っているフェイトが僅かに押された。
「貴様に何がわかる! 貴様に私の何がわかると言うのだ!」
「わかろうと努力出来ます! シグナム! 一時の感情に惑わされないで、よく周りを見て!」
「必要無い! もう我々騎士の絆に踏み込むな!」
 拮抗する力は互いの身体を弾き飛ばした。シグナムは己の心の領域を侵され、深い敵意と不
快感を麗しい形相の上で露にした。
「そうさ、初めから無理な話だったのだ! 何が人間になる、だ! 何が生身の身体を手に入
れられる、だ……! ハハ、よく考えなくても簡単な話だったではないか、このような事はッ!」
「シグナム……?」
 自分に対するものではないシグナムの感情の倒壊に、フェイトは困惑してその場で体勢を維持する。
「所詮は愚かな夢想だ! 所詮はっ……所詮、私達ヴォルケンリッターは闇の書のプログラム
に過ぎんのだ!」
 シグナムの喚きは、まるでその手に与えられると思っていた自由を得られずに嘆く子供の様
に純粋無垢だった。だからこそ、現実に裏切られた時の傷心は想像を絶する苦しみとなって彼
女に逆流した。
「あ──が──」
 突如としてシグナムの身に起こった不可解な現象に、フェイトは我が目を疑った。
 騎士の肉体が映像処理の様に歪み、ジジジと静電気の様な現象を伴って荒く波打つ。
「シグナム、その身体は……!」
 烈火の将は何時しか顔を伏せ、奥歯を噛み砕きそうな程に歯を食い縛っていた。一度起きた
肉体の歪曲は、幾度か連続して発生した。
 生身の人間へとプログラムが更新されていた──だけ、という虚しい守護騎士プログラムの
欠陥症状は、着実にシグナムをこの世からの永久の消滅へと運命の針を刻ませていた。
「ヴィータ、お前一人で逝かせはせん。私も、きっとザフィーラとシャマルもすぐに後を追う
よ……。だが、一つだけ成すべき事を果たすまで時間をくれ。ふふ、お前は昔から寂しがり屋
だったからな。あの家に住んでいた時からそうだ……余り待たせるとまた悲しませてしまうだろう」
 蘇った無窮に達する昔日の記憶は、シグナムの唇を懐旧の述懐に誘った。
 フェイトを前に勇ましく顔を持ち上げたシグナムの瞳から、一筋の透明な雫が零れ落ちた。
「この剣に身を捧げてきた全ての時間が虚構だったとしても……! 私は冥土の土産に貴様の
首を持って行く! それがこの世界にヴォルケンリッターが烈火の将・シグナムが存在してい
たという、確固たる墓標となるのだからな!」
 狂おしいまでに宿敵との決着を渇望するシグナムは、決然と愛機を構えてゲマトリアサポー
トを大量に消費した。
 シグナムの中に充満した膨大な魔力量は、余りの凄まじさで肉体に蓄え切れずに荒れ狂う。
 行き場を求めて体外へと発散された余剰魔力が彼女の周囲で瀑布を起こし、烈々とした気迫
と共に暴風の渦を巻き上げる。
 騎士の体躯を取り囲むリンカーコア粒子が一際その輝きを強め、宛らシグナムを神話の戦女
神の如き神秘的な風貌に装飾した。
「シグナム! 刺し違えてでも貴方達を救ってみせる!」
 フェイトもゲマトリアサポートでバルディッシュを強化し、ザンバーフォームへと移行させ
た。出力口から逞しい幅広な両刃の刀身を射出する。
「我が生涯最期の戦場……心行くまで愉しませてくれ! テスタロッサァァァァァ!」
 金と紫の閃光が古の世界の上で熾烈な激闘を繰り返し、天空を激甚に駆け巡る。
 フェイトが全力で放つバルディッシュの一撃を、レヴァンティンが弾き返す。対する炎熱の
猛威を、フェイトが砲撃魔法で相殺させる。
 フェイトの懐に滑り込んだシグナムが、柄を握るその手を強引に腹部へ抉り込ませた。腹か
ら背中へと突き抜けた激痛に、フェイトの細い体躯が弾丸と化す。唾液を吐き散らせたフェイ
トは、数本の肋骨下部と胃の破裂を直感するが、その意識も廃墟の区画へと突入した時点で途
切れ途切れに明滅した。
 シグナムの恐るべき打撲に飛ばされたフェイトは、崩壊して積み重なっている廃墟の建造物
の数々に身体を強打し、多量の噴煙の中へ埋没した。
 すぐさま体勢を立て直したフェイトへ、頭上からシグナムが急襲する。防御魔法の魔方陣を
発生させ、レヴァンティンの渾身の太刀がミッドチルダ式の鉄壁に直撃されるが、それから先
へは攻撃を貫かせなかった。
「がはっ──」
 しかし魔方陣を維持するフェイトは、肉体への甚大な負担によって体内の血流を壊され、餌
付く様に喘いで鮮血を吐き出した。端麗な彼女の容貌が、痛ましい血の色に汚される。腹部の
損壊からくる激痛で、痛覚を処理する脳が呻吟に揺れる。
 その惨憺たる美貌を、しかしフェイトは不屈の気力で頭上の魔方陣越しに対峙するシグナム
へと仰け反らせた。
「どんなに──どんなに辛く苦しい試練が襲い掛かろうとも……! 私達は何時だって、掛け
替えの無い仲間と共に乗り越えてきた筈です! そうでしょうシグナム! これがその解答で
すか! 今まで培ってきた絆を全て擲ってまで、免れ得ないかもしれない宿命に屈してしまう
程、貴方は弱い人じゃない筈だ! レヴァンティン! 貴方もこんな戦いを本当に望んでいる
のですか! どうして、マスターの苦悩を貴方の勇敢な刃で斬り裂いてあげられなかったのですか!」
『……』
 尚も懸命に対話の糸口に拘るフェイトに、シグナムは魔方陣を斬り裂こうとレヴァンティン
を光の紋様に食い込ませ、酷烈なまでに悩ましい呼気を吐いた。デバイスと魔方陣の接触によ
る反発する力が、二人の間に目まぐるしい光の乱舞を描く。
「砕け──散れぇぇぇぇ!」
『──Hinzu 380 KB!』
「シ……グナムゥゥゥゥゥ!」
 フェイトの防御魔法の魔方陣に多数の皹が走る。そしてやがて、その光の壁は魔剣の斬圧で
無力な粒子へと破壊させられる。
 フェイトは辛うじて体勢を崩すとレヴァンティンの牙を掻い潜り、瞬時に空へと羽ばたいた。
『Addition 555 KB.』
 地面に深い亀裂を刻んだ状態のシグナムへ、フェイトはSS+級の砲撃魔法を無二無三に放
射する。大地を震撼させる強力な砲撃の数々が、廃墟の街に爆音を轟かせて次々に降り注ぐ。
砲撃が陸地に直撃する影響で、地上が広域に渡って絶え間なく激震した。
 容赦の無いフェイトの猛攻が止み、廃墟一帯は石粒一つ残さない焦土と化した。バルディッ
シュが排熱処理を開始し、勢い良く白煙を吹き上げる。
 地上を覆い尽くす砂塵が風に流され、リンカーコア粒子を纏うシグナムの姿をフェイトの眼
下に見せる。流石に負傷していると疑わなかったフェイトは、怒涛のSS+級砲撃魔法を幾度
と無く繰り出されても平然としているシグナムへ、古代ベルカ人が持つリンカーコアのコネク
ト適合性の優秀さに驚愕を禁じ得なかった。
「未だ……戦いは始まったばかりだぞ。テスタロッサ……!」
 不気味に透徹としたシグナムの瞳は、死を覚悟した決死の人間から感じられる悪寒をフェイ
トの背中に戦慄かせた。
/ 
 色鮮やかな赤い口腔が橙髪の魔導師の目前に迫る。ティアナは反射的に右手のクロスミラー
ジュを顔に持ち上げ、ザフィーラの牙を防いだ。
 腕を食い千切らんとする勢いでザフィーラはティアナの身体をそのまま振り回し、頚部の力
だけで投げ飛ばした。思わず悲鳴を上げたティアナは、もんどり打って地面を転げ回る。
 即座に起き上がったティアナ等意に介していないかの様に、ザフィーラは余裕綽々と佇んでいた。
 ティアナの全身にも、シグナムと同様のリンカーコア粒子が淡く発光しながら取り巻いている。
 先程までの戦闘で受けた傷が、じくじくとティアナに膿んだ痛みを与えていた。バリアジャ
ケットの上着の裾に、小さな裂け目が生じている。
 バリアジャケット自体にも破損を起こさせるザフィーラの重い攻撃は、確然とティアナを劣
勢に追い込んでいた。
(流石にぶっつけ本番の付け焼刃じゃ、シャリオさんが言っていたS+ランクまで向上出来な
い……どうすれば……)
 率直に、ティアナはザフィーラを侮っていた。機動六課在籍中も余り交流が無かったのもあ
るが、どうにもこの守護獣に戦闘能力の畏怖を感じられなかった。
 しかし、それが多大な誤算である事はこの苦戦を経て痛感する。なのはやフェイトの様に
奇抜な戦法は持たないものの、堅実に戦闘を有利にしていく百戦錬磨の実力がザフィーラにはあった。
 ティアナは一分の隙も無く自分を睨み据えているザフィーラを隈なく視察し、頬を伝ってき
た冷たい汗を掌でそっと拭った。
「どうしたティアナ、そのシステムを得てもその程度か。余り私を失望させてくれるな」
「好き勝手言ってくれて……!」
 挑発の嘲弄だと知りつつも、ティアナは歯を剥いて橙光の魔力銃弾を放った。瞬速でザフィ
ーラへと届いたそれは、不可視の防壁魔法に当たって呆気なく空気中に消える。
「このまま負けを認めて帰るのを止めはせん。言っておくが元同僚という下らん情を期待する
な。僅かな隙が、貴様がこの地で息絶えるその時だと心得るがいい」
 ザフィーラは守護騎士として数多の修羅場を潜ってきたこそ持ち得る冷酷さで、ティアナに
絶望的な状況を通告した。
 しかしそんなザフィーラの威圧感に臆した風も無く、ティアナは不敵な笑みで唇を曲げる。
「ご忠告痛み入りますよ。でも、あたしだって譲れない。シグナム副隊長も、ユーノ先生も、
そしてザフィーラさん、貴方も……あの日々の中で絆を深める事が出来た大切な人を、絶対に
調査隊の餌食になんてさせないんだから!」
 改めて両手のクロスミラージュに決意の握力を込め、ティアナは内蔵カートリッジを装填する。
デバイスの作動を介し、彼女の周辺に数十発の弾丸が出現した。
「ファイアッ!」
 術者の合図を受け、クロスファイアシュートは蒼き狼の血を求めて間断なく襲い掛かる。単
体への発動によって敵の退路を埋め尽くした魔力弾は、泰然と大地を踏みしめたままのザフィ
ーラへと急速に殺到する。
「無駄だ」
 ザフィーラは視界を覆う魔力弾の雨を容易く弾き返していく。正面にあったティアナの気配
が左へ逸れる。ザフィーラは未だ弾丸の一斉射撃が続く中、その場から左方へと駆け出した。
 橙光の猛襲を抜けた先に待つティアナの姿へ、ザフィーラは獰猛な牙を開いて突撃した。彼
女の頚部が、ザフィーラの顎で今度こそ肉と骨を破壊される。
 致命傷を負ったティアナの姿が、その瞬間に跡形もなく消滅した。
「貰った!」
「甘いな」
 幻影魔法を看過していたザフィーラは、一撃必殺の魔力弾丸を銃口に湛える別方向のティア
ナ本体に、結界魔法を張り巡らす。
 僅かな合間ザフィーラの行動を怪訝に思ったティアナだが、脳を鈍器で痛打された様な衝撃
と共にその罠を見破る。
 結界内に閉じ込められたティアナのクロスミラージュは、既に解除不可能な発射段階に達していた。
「駄目、クロスミラージュ──止めてぇぇぇぇぇっ!」
 必死の制止も意味を成さず、ティアナはザフィーラの結界魔法の中で自滅の爆発を発生させた。
狭く隔離された空間に、発射魔力と結界魔力の衝突による爆煙が立ち込める。
 ザフィーラは一手が足りなかったティアナの方へと、冷静な動きで振り返った。
 黒煙が視界から消え去った時、ボロボロのバリアジャケット姿で身体の節々から血を滲ませ
て呼吸を乱し、だがしっかりと足腰を踏ん張っているティアナの姿があった。
 ザフィーラは「ほう」と見上げた感想を漏らした。
「お前は四人の若造の中で最も根性があった。訓練中に高町なのはへ全力の一撃を見舞おうと
した程にな。ふっ……結局は奴に返り討ちに遭っていたが」
 ザフィーラの当時の若気の至りを揶揄する楽しげな口調に、頬を引き攣らせたティアナは満
身創痍の状態で渇いた笑い声を喉で奏でた。
「い……嫌な事思い出させないでくださいよ。結構トラウマなんですから」
 頬の小さく捲れた皮膚を手の甲で拭い取り、神経が空気に触れる刺激に少し涙を滲ませる。
露にしている両腕は、深い裂傷や熱に焼かれた細胞の苦痛に染まって感覚が稀薄になっていた。
 ティアナは身体の消耗に似合わず静かな思考で、現在の戦況を分析した。しかし、どの点か
らしても絶体絶命だった。
 唯でさえ実力に差が開いている上に、これだけの負傷を抱えたままでは如何なる戦術もまと
もに遂行出来ない。
(考えろ、考えろ……絶対に活路はある筈。絶対に……!)
『So』
 ティアナはクロスミラージュの発言に、間の抜けた顔を浮かべた。あの病的に寡黙な己のデ
バイスが、何より自分から言葉を発したのだ。
「クロスミラージュ?」
 少々気後れしながらも、ティアナは一年来の付き合いを重ねてきたデバイスへその真意を伺う。
 クロスミラージュは、声量を抑えてティアナへ無感情に一つの打開策を提案した。それを傾
聴するティアナの顔が、愕然と正気を疑う風に緊張を走らせた。
「本気なの、クロスミラージュっ……でも……」
『Believe oneself.Believe me please.』
 マスターを心の底から信頼しているという宣言に、ティアナは目頭の熱を感じずにはいられ
なかった。
 身近な仲間達と比べるとどうしても頭一つ才能に劣り、未だ突出した技能にも恵まれず、途
方も無い血の滲む努力を重ねても、やっとの思いでここまで駆け抜けてきた程度のティアナを
……このデバイスは如何なる時も全てを委ねる覚悟でマスターとして選んだのだ。
 クロスミラージュへの信頼に胸を打たれたティアナは、やがて呆然としたその瞳に、遥かな
夢を追いかけ続ける日々の希望に満ちた活力を漲らせていった。
「何が何でも応えなくちゃね、貴方の気持ちに……!」
「むっ……」
 ザフィーラは唐突に精悍な覇気を放ち始めたティアナへ、今までの余裕のある表情を消して
厳然と対峙する。
 ティアナは一度静かに瞼を伏せると、苦痛にぶれる精神を明鏡止水の如く清らかに鎮めてい
く。彼女のリンカーコア粒子の全身を循環する閃光が、幾らか強まったかに見えた。
 ゆっくりと胸の辺りまで持ち上げられた傷だらけの両腕は、寸分の違いも無く互いに触れ合
わされる。何処か厳粛な様相を呈し始めた戦場で、ザフィーラはティアナの最後の一大作戦を
見届けるべく体躯に気力を撓めた。
「クロスミラージュ──リンカーコアバスター、スタンバイ!」
『Yes, sir!』
 ティアナの詠唱で、クロスミラージュの内部へと彼女の周りを漂流しているリンカーコア粒
子が取り込まれていく。その濃密な魔力結晶を帯びたカートリッジが、残る全てを装填する。
「リンカーコアを弾丸にするか……その心意気や良し! 全身全霊を賭して、その一撃を放つ
がいい!」
 ザフィーラが吼え、最高強度を誇る結界魔法をその身に纏わせる。
 クロスミラージュが機体から眩い光を放ち、この戦場を照らし尽くしていく。
 ティアナは伏せていた瞼を従容に持ち上げると、デバイスから四方へ放射される光の筋で瞬
く瞳をザフィーラへと固定する。
「あたしは──あたしは負けない! こんな所で立ち止まるわけにはいかないんだ! だから
っ……リンカーコアバスター、シュ────ト!」
 喉が張り裂けんばかりに叫んだティアナは、何の躊躇いも無い動作でクロスミラージュの引
き金を引き、身体中のあらゆる力を収束させた必殺の一撃を射撃した。クロスミラージュから
撃ち出される二つの弾丸は、それに立ち向かうザフィーラにSS−級の砲撃魔法の威力を彷彿
とさせた。
「うおおおおおおおおっ!」
 結界魔法を展開した状態で、ザフィーラは自らその橙光の奔流の中へ挑んでいった。
 ザフィーラの結界魔法とティアナのリンカーコアバスターがぶつかり合い、鼓膜が破裂しそ
うな爆発音と衝撃波を拡散させる。
「あぁぁぁっ!」
 発砲の反動を殺し切れず、ティアナも後方へと細い身体を吹き飛ばされる。微かに開かれた
ままの瞳は、自身の魔力光一色に染まる光景を映していた。
 後方にあった朽ちた建造物の壁に背中を打ちつけたティアナは、限界を超えた心身の消耗に
耐え切れずに昏倒の闇へと落ちていった。

 ユーノは全速力で目的地へと急行していた。聖都跡地の趨勢が懸念されるが、今は自分の成
すべき事に専念しようと、努めて前方だけに意識を注ぐ。
 大陸の中央部に位置する広大で凶悪的に険しい大山脈は、もう若き学者の眼と鼻の先に迫っていた。
 正体不明の魔導が眠る地を目前に控えたユーノは、打ち付ける風圧に長髪を乱しながら、眼
鏡の奥の双眸を神妙に引き締めた。
「魔力反応は全く違う系統で二種類感知された……一体あの地中に何が……」
 一方はまるであの空へと到達せんばかりの山脈が、そっくりそのまま地下へも形成されてい
るのかと思える巨大な物量が伝達されてきた。残るもう一方は、その巨大質量の魔力反応の中
で数多くの魔力反応が『独自に動いている』ものだった。
「使い魔? そんな筈は無い。おかしいな……思い出せそうなんだけど……」
 ユーノは朧に霞んだ想像を何とか具象化しようと考え込むが、肝心の詳細が霧の中で見え隠
れしているだけだった。
 ユーノが度忘れしてしまった事の特徴と言えば、術者本人の所在地如何を問わず、使い魔に
類似する自律性能を持った魔力を安全に行使出来る能力だ。
 空の移動を続けながら記憶の発掘を行っていたユーノは、ようやくその失念の穴を埋める事
が出来た。だがしかし、それが推測の域を超えないのも確かだった。
「まさか、もう一つの魔力反応は無限の猟──」
 最後の一言を言いかけたユーノに向けて、彼の更に上空から放たれた桃色の砲撃魔法が雲を貫いた。
彼はその攻撃を待っていたかの様に軽く回避し、移動を停止する。
 眼鏡越しに上に向けられたユーノの視線の先に、純白のバリアジャケットを装着した一人の
若き女性魔導師が超然と滞空していた。
 盛んな日光を背に受けるエース・オブ・エースの表情は、逆光でユーノからは判然としなかった。
「……ようやく来たね、なのは」
 なのははその位置で停止したまま眼下に浮遊するユーノを見下ろし、ぞっとする程の無感情
な容貌で晴れ晴れとした空中に佇んでいた。
 一連の経緯は、艦船で顔を合わせたシャリオから聞かせてもらった。ザフィーラの想いも、
それに手を差し伸べたユーノの決心も、シグナムのフェイトとの因縁も。
 そして、近々編成が完了するであろう調査隊の真の目的も。
 破滅の先にある安穏を選んだ、時空管理局に対する失望は無くも無い。だがそれ以上に、調
査隊の作戦を知悉した上で、この様な危険極まり無い旅に出た彼等に、怒りさえ突破した熱狂
の胸中が滾々と沸き上がっていた。
 矢も楯も堪らずに飛び出したい程の衝動が、彼等にはあったのだろう。しかし死に直結する
無理や無茶には潔癖な戒律を抱くなのはは、今回の三名の行動は情状を酌量出来る余地が皆無だった。
 無論、出動してユーノやザフィーラ、シグナムと対立してしまうだろう事は承知の上だ。そ
こに個人的な抵抗もあったが、今こうしてユーノ本人を前にした時、そんな心の優しさは露一
つ残さずに消えた。
 この世界全土が焼き尽くされる瞬間が刻一刻と迫っているのに、その絶対的な危機を歯牙に
もかけないユーノの姿に、黒々とした感情が活性化していくのを嫌でも自覚する。
 なのはの中で、様々な良識的な観念が崩れ去っていく。今の彼女にあるのは、如何なる手段
を用いてもユーノ達をこの世界から脱出させるという確固不動な情念だけだった。
 更に西にある熱の恒星が雲の奥に隠れ、ユーノの瞳の中のなのはの容姿が平常の色彩へと戻る。
 突き刺さるなのはの視線は、それだけで神経を麻痺させかねない程の冷徹な光を放っていた。
そして左手に装備したレイジングハートと共に、その姿はリンカーコア粒子の瞬く光に包まれていた。
 未だ嘗て自分に向けられた事の無かった彼女の純粋な激怒に、ユーノも端正な容貌を引き締
めて彼女の気持ちを受け止める。
「どうして……? どうしてこんな危険な事をするの? わからないよ、ユーノ君……わたし、
ユーノ君の気持ち、何一つわからないよ。ヴィータちゃんが心配なのはわたしも同じだよ。だけど、
その為にユーノ君達まで死んじゃうかもしれないなんて可笑しいよ。ねぇ、わたしの言ってる
事、間違ってる? わたしの気持ち、そんなに間違ってる?」
 なのはが小声で何事かを囁いているのを、ユーノは凝然と直視していた。彼女の魔導師形態
に相応の態度で応える為に、彼はバリアジャケットの装着を完了する。
 ユーノの身体にも、即座にリンカーコア粒子の無数の光が続々と鏤められていく。
「ユーノ君……」
 微かに伏せられたなのはの顔が栗色の前髪で隠れる。
「少し、頭冷やそうか」
 無感情な声色が、何よりなのはの内心を詳らかに象徴していた。鈍重な仕草でレイジングハ
ートの先端を差し向けてきたなのはへ、ユーノは彼女の言い分を否定する強い視線を向けた。
「頭を冷やすのはなのはの方だよ。僕は止まれない。たとえなのはが、僕の敵として立ちはだ
かるのだとしてもね」
 ユーノの対抗の宣告を耳にして、なのはは厳かに顔を上げる。上空からユーノへ突き刺さる
彼女の瞳が威圧的に見開き、怒り狂った女神の如き身の毛もよだつ迫力を発揮した。ユーノとて、
ここまで激越な怒りを露にしているなのはと対面するのはこの場が初めてだった。
「片腕をもぎ取ってでも、抵抗出来ないくらい徹底的に痛めつけてでも、連れて帰るから」
 ユーノへの親愛も暴力を嫌う道徳心も何から何まで金繰り捨て、なのはは我が身に溢れる無
尽蔵の魔力で、彼を完膚なきまでに叩きのめす事だけを脳裏に想定する。
 後にどれだけ汚辱に満ちた所業と蔑まれても、どんなに冷血な悪行に身を染めても、なのは
はユーノをこの世界から脱出させる為にやって来たのだ。
 互いに交わす言葉を無くした一瞬の静寂は、リンカーコアコネクトによる狂気じみたなのは
の推進魔力の噴射によって吹き飛ぶ。
 加速も無い条件でさえも時速一八〇キロメートル超過を叩き出したなのはの突進は、瞬く間
にユーノとの距離を消失させた。
 なのはのアクセルフィンが発現した地点には、超高密度の魔力による小規模の次元震が空間
を歪め、そしてそれもすぐに霧散した。
 破滅の終局を迎える世界の中で、なのはとユーノの激しく、そしてどこか切ない決戦の火蓋
は今切って落とされた。



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目次:騎士よ眠れ
著者:31スレ503

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