628 名前:居酒屋奇譚 [sage] 投稿日:2012/01/21(土) 15:40:01 ID:6muutJEM [2/5]
629 名前:居酒屋奇譚 [sage] 投稿日:2012/01/21(土) 15:41:48 ID:6muutJEM [3/5]
630 名前:居酒屋奇譚 [sage] 投稿日:2012/01/21(土) 15:46:10 ID:6muutJEM [4/5]

 「上司がいたらうまい酒にならねえよ」

 この日はそう言って、一緒に飲みに行きましょうと誘ってくれた部下たちを見送った。

 (まあ、独りで飲みたい時もあらぁな)

 自分だけしか知らない穴場で、焼酎をちびちびと飲みながら、焼き鳥を食べる。別にこうしなければならないというわけではないが、いつのまにか妻の命日にはこんな風に飲むのが習慣となっていた。

 「親父ー。焼酎もう一本くれ。それじゃねえよ。そうそう、そっちのやつ。なに?さっきのよりも度が高え?気にすんなよ、そんなん。客が飲みたいってんだからよ」

 少々からみ酒になっているのは自覚しているが、止められないものは止められない。しゃべり方も、話していることも完全に酔っぱらいである。自分でも何を話したのか覚えていないことを、焼酎なめなめつぶやき続ける。別に誰かに聞かれたとしても問題はない。どうせ意味のあることを話しているのではないのだから。





 いつのまにか、自分の隣に誰かが座っていることに気がついた。

 (へっ、物好きな奴もいたもんだ)

 わざわざからみ酒の隣に座った野郎はどんなやつだと顔を上げた時、ゲンヤは自分の酔いが一気に消えうせた気がした。もちろん気がしただけである。酔っぱらっている自覚は十分にある。それでも、さっきまでとは自分自身も、自分の周りの空気も違っていた。

 「あんたみたいなお偉いさんが、こんな場末に飲みにくるとはな」

 その男は、そんな嫌味にも顔色一つ変えようとはしなかった。

 「君に言われる筋合いはないな、ナカジマ三佐」

 「話しかけて来るんじゃねえよ」

 けっ、と話しかけてきた男の顔も見ずに吐き捨てる。最初に話しかけたのは自分であることは気にしない。酔っ払いに常識を求める方が悪い。
 それからは、前だけ向いて、さっきまでのように酒を飲み続ける。
 実際の所、この男に何を言えば良いのか見当もつかなかった。

いいかげん空けたビンの数が10を超えようかとした時に、男がまた話しかけてきた。

「君になんと言うべきか、ずっと悩んできた」

「……なんだよ」

正直、無視してしまおうかとも思ったが、なぜだかそれができなかった。それだけ隣の男が真剣であると感じたからだろうか。

「『許してくれ』ではない。わたしが行ったことは、許されるようなことではない。それは私自身が一番よく知っている。『悪かった』でもない。私が悪かったと認めるということは、私の大義を信じ、付いてきてくれた者たちへの侮辱となる」

「…………」

それだけ言うと、男はまた言葉を切った
今度は何も言わない。それでも無視しているのではないと気づいているのだろう。
しばらく無言でいる時間が続いた。





こちらを向きはしなかった。だが、それは礼を失しているのではなく、自分に顔向けができないと暗に言っているのだと感じた。

「すまなかった」

その男が言ったのは、わずかにその一言だけだった。だがその一言は、たとえ千言を尽くしたとしても成しえなかったであろう重さを持っていた。

「……あの後よ、やっぱり地上の戦力は少ないんじゃねーかって話になった。今では新人も、多いってわけじゃないがないが、前よりは入ってくるようになった」

話を変えたわけじゃない。あの話は、あの一言で終わった。だから、この男が最も気にかけているであろうことを話してやる。

「そうか」

口に出したのは、また一言だけだった。そして、やはり重い、重い一言だった。

それからはもう、お互い話すことは何もなかった。
まるで何もなかったかのように、酒を飲み続けていた。

 「行くのか」

 隣が立ち上がった気配を感じて、声をかける。

 「ああ、あまり長居もできない。自分の行ったことへの償いをしなければならん」

 やはりこの男は生真面目なのだと、そう思う。生真面目過ぎたのだ。

 「いつか…よ。いつか、あのことへ踏ん切りをつけられたら、あんたんとこへ行って、減刑の嘆願でもしに行ってやるさ」

 そう言ってやると、男は一瞬驚いたような表情を見せ、笑って言った。

 「あそこは君が来るような場所ではない」
 そう言って、その男は去っていった。
 後に残ったのは、焼酎を入れたコップを持つ自分だけだった。





 (何だったんだろうな、今のは)

 酒のせいで自分の頭が生み出した幻だったのか、それとも……。
 店主に聞けばわかるのかもしれない。さっきまで自分の隣に男が座っていたのかどうか。だがそんな気にはなれなかった。

 (野暮ってもんだ、なあ?)

 あの男は、本当にここまで来たのだ。それが正しい気がする。自分が今まで見てきた姿、妻が話していた姿、それが間違っていないのなら、あの男はそういう人間なのだ。

 (そっちに行ったら、俺が嘆願してやるなんて言ったけどよ。やっぱ無しだ)

 なぜなら、そんな必要はないのだから。妻は、クイントは優しい女性だった。かつての上司への嘆願など、とっくの昔にしているだろう。

 (だからよ、きっとあんたの償いも、もう終わるだろうさ)





 「親父、勘定してくれ」

 もうそろそろ帰ろうと思う。死者には死者のやることがあるように、生きてるやつにはそれなりのやることがあるのだ。

 (ギンガのお説教は覚悟しねえとな)

 ベロベロに酔っぱらって帰って来た父親の姿を見た時の愛娘の顔を想像すると、とたんに帰る気が失せる。
 それでも憂鬱にはならなかった。それはもしかしたらあの男のおかげだったのかもしれない。あの男の、不器用な、それでいてこの上なく誠実なあの謝罪の言葉の。


 (まっ、むこうもてめえのやったことへの責任は取ってんだ。俺も酒を飲んだ責任は取らねえとな)

 そして、あの、この上なく不器用な、そして生真面目な男へと心の中で問いかける。

 (なあ、レジアス中将)


著者:111スレ614

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