368 名前:屈辱 (その1) [sage] 投稿日:2011/01/24(月) 18:29:55 ID:/umakikI [2/9]
369 名前:屈辱 (その1) [sage] 投稿日:2011/01/24(月) 18:31:52 ID:/umakikI [3/9]
370 名前:屈辱 (その1) [sage] 投稿日:2011/01/24(月) 18:33:50 ID:/umakikI [4/9]
371 名前:屈辱 (その1) [sage] 投稿日:2011/01/24(月) 18:35:32 ID:/umakikI [5/9]
372 名前:屈辱 (その1) [sage] 投稿日:2011/01/24(月) 18:36:53 ID:/umakikI [6/9]
373 名前:屈辱 (その1) [sage] 投稿日:2011/01/24(月) 18:38:38 ID:/umakikI [7/9]
374 名前:屈辱 (その1) [sage] 投稿日:2011/01/24(月) 18:40:31 ID:/umakikI [8/9]

――新暦76年1月、ミッドチルダ地上本部陸士108部隊隊長室。

「なんですと!?」

 ゲンヤ・ナカジマの表情が一気に引きつった。
 そして彼の顔に浮かんだ驚愕は、次の瞬間には怒りの色に様変わりする。
 ある意味予想通りの反応なのだが、やはり八神はやてとしては、彼のそのリアクションに目を逸らさざるを得ない。なぜなら、普段は豪放磊落とも言うべきゲンヤ・ナカジマ三等陸佐がそんな表情を他人に見せるなど、まず滅多にない事だったからだ。


 ここは管理局ミッドチルダ地上本部庁舎にある、ゲンヤのオフィス。
 ソファにクロノと八神はやてが座り、そして怒りをあらわに二人を睨みつけるゲンヤ・ナカジマ。両者の間には張り詰めた空気が漂い、特にゲンヤがクロノに向ける視線には殺気にも似た鋭さが含まれている。
 はやてはさすがに気まずそうに俯きがちだが、クロノはソファからゲンヤを見上げながら、彼の視線を真っ向から受け止めている。

「……………へっ」

 やがてゲンヤは、太い息を吐くと同時に、無理やり口元を歪ませ、笑みを浮かべてみせる。
「冗談きついですぜハラオウン提督……あんたみたいな本局のエリートさんが、こんなジジイ相手に言っていいことと悪いことってのがあるでしょうが――?」
「ふざけているわけじゃない。僕はふざけてるわけじゃないんだ、ナカジマ三佐」
「本気だ――って、言いてえのかい?」
「そうだ」
 その瞬間、ゲンヤが顔に貼り付けた笑みは消えた。


「おい若造……お前いったい自分が何を言ってるか、本当に分かってんのか……!?」


 はやてには、もはやゲンヤの声のトーンさえも、1オクターブ低音になったように感じられた。

「うちの娘たちが奴らにどんな目に遭わされたかは……知ってるな?」
「……………」
「戦って死にかけた、なんてもんじゃねえ……うちの上の娘は奴らにとっ捕まって洗脳されて、実の妹と殺し合いをさせられたんだぞ……?」
「……………」
「それだけじゃねえ……聞くところによれば、うちのカミさんが殺られた一件にさえ、連中が絡んでるって話じゃねえか……」
「……………」
「百歩譲って、そんな奴らを『この手で殺せないこと』を我慢しろって言うなら――そこから先は法の裁きに委ねろってんなら――まだ話は分かるぜ? でも、そういう話じゃねえよな、お前が言いたいのはよ……?」
「……………」
「もう一度訊くぜ若造……てめえ、自分が“誰”に“何”を言ってるのか、本当に分かってんだろうな……!?」

 静かな声で言いながら、ゆっくりゲンヤは立ち上がった。
 もはや、階級に応じた口調すら使う気もないようだ。
 仮にも社会人である以上、怒りを表に出すにしても相手に応じた最低限のマナーというものがある。
 そのタブーに踏み込むような振舞いは、やろうとしてもなかなかできるものではない。上司を相手に胸倉を掴むような真似は、職を失っても構わないという覚悟があって初めてできることだからだ。
 そして、ここにいる壮年の三等陸佐は、もはや浮世の義理などどうでもいいと言わんばかりの顔になっている。しかもクロノはそんな相手にさえも容赦しない。そこまで激昂しつつある父親ほどの年齢の男に、さらに油を注ぐような物言いをする。

「そう言うキミこそ理解しているのか。これは“お願い”ではない、本局最上層部の厳然たる意向であり“命令”なのだということを」

「なっ、ナカジマ三佐! 落ち着いて下さいっ!! どうか私らの話を最後まで聞いて下さいっ!!」
 はやてが反射的に立ち上がり、二人の間に入らなければ、おそらく次の瞬間ゲンヤはクロノを殴り飛ばしていただろう。確実にそう思わせるだけの殺気を溢れさせた目を、彼ははやてに向ける。
 だが、同じように(余計な真似をする)と言わんばかりの表情を、瞬時にしろクロノが浮かべたことも、はやては横目で目撃していた。

(え? なにっ? KYなんは私の方!?)
 ダテに狸呼ばわりされているわけではない。さすがにはやては、この瞬間にクロノの狙いに気付いた。
 クロノの辛辣な物言いは意図的なものだ。おそらく彼は、ゲンヤに自分を殴らせようとしていたのだろう。
 この話はゲンヤが聞く耳を持たなければ到底成立しない。だが、自らの家族にさえ被害が及んだこの一件の話題を、彼が冷静に聞き入れるとは考えにくい。
 だから敢えて彼を挑発し、一発ないし暴力を振るわせてやることで、逆に彼の理性を喚起させようとしたのだろう。カッとなって人を殴った人間も、殴り終えた後までも怒りの沸点を持続できるわけではないからだ。
 しかしゲンヤも、はやて同様その時点でようやく眼前の青年の意図に気付いたらしい。
「まわりくどい真似しやがって……」
 そう呟くと、そのまま鼻息も荒々しくソファに腰を降ろした。

「いいだろう。話に続きがあるっていうなら最後まで聞かせてもらおうじゃねえか。ただし――八神」
 無論、その瞳に燃える怒りは健在だ。しかしはやてには、その煮え滾る感情を前になすすべを持たない。ゲンヤの怒りが、話を振ったクロノのみならず、その同伴者である彼女にも向けられるのは当たり前なのだから。
「てめえらの“説明”とやらの内容によっちゃあ、おれはこのまま部下たちを連れて本局に怒鳴り込ませてもらうぜ……!!」
 はやては思わず震えた。
 無論、そんなことをさせるわけには行かない。自分たちのため以上に、ゲンヤ自身のためにもだ。



「さあ聞かせてもらおうか。このおれに――スカリエッティの戦闘機人どもを家に引き取れだなんて在り得ねえ命令を、一体どういうつもりでホザいたのかをなッッ!!」

――同月同日、ミッドチルダ海上隔離施設面会室。

「なっ、なんですってっ!!?」

“姉”の言葉を聞いた瞬間、思わずチンクは叫んでいた。
 むしろその声は“姉”に対する彼女の信頼の深さを意味していたと言ってもいい。まさか、この“姉”が、そんな馬鹿げたことを正気で言い出すはずが無い――そういう思いがあらばこそ、チンクは彼女の発言にショックを受けずにいられなかったのだから。
 だが、その“姉”――ウーノは“妹”の声を聞いても、深く瞑目したまま顔すら上げない。


 いま隣接する法廷では、先ごろ逮捕された天才科学者ジェイル・スカリエッティ――いわゆる「JS事件」の公判の真っ最中である。
 とは言っても、全次元世界を揺るがせた大事件だ。その主犯であるスカリエッティが、いまさら逆転無罪を勝ち取ることなど絶対にありえず、量刑的にも終身刑以外の判決が出るとは世間の誰も考えていない。
 つまりこの裁判は、スカリエッティとナンバーズたちの残りの人生を、どこの次元監獄で消費させるかを法的に決定するという、ただそれだけのものに過ぎないのだ。
 そんなことはチンクにも分かっている。
 分かっているが、――それでもこの隔離施設内が、彼女たちナンバーズが“姉妹”として触れ合える「最後の場所」であると思えば、胸が締め付けられるような感覚に苛まれるのも無理はないだろう。
 ましてやそんな時に、長女たるウーノから、そんなショッキングな言葉を投げ掛けられたら、気丈な彼女といえどもパニックになるのは、むしろ当然と言うべきであった。


 ややあって、チンクはようやく口を開いた。
「ウーノ……それはやはり貴女も、我々をそういう目で見ていたということなのですか? あのクアットロのように」
 ナンバーズ第四の素体である、その“姉”の名を口にしたとき、チンクの表情には明らかに――ウーノの言葉による衝撃とは別種の――痛みがあった。
「確かにドクターの因子をこの身に宿してはいない我々は、純粋な意味でドクターの“娘”とは言い切れない存在かも知れません。……あなたたち四人と違って」
「……………」
「でもっ!! それでも我々は、あなたたちの“妹”である自覚を持っているし、ジェイル・スカリエッティのナンバーズであることに誇りさえ抱いているつもりです!! なのに何故――」

「それがドクターの意思だからよ」

 自嘲さえ含んだチンクの弾劾に――しかしウーノは、何の負い目も無いと言わんばかりの冷静な視線で応える。
「チンク、あなたの怒りは至極当然なものではあるけど、それでも見当違いな泣き言に付き合う気はないわ。クアットロがあなたたち八人にそういう偏見を持ってるのは知っているけど、――それは、この場には何の関係も無いことなの」
 そこで一端言葉を切ったウーノは、慰めるような微笑を浮かべ、言った。
「これはすべてドクターの――ジェイル・スカリエッティの“命令”なのよ。そしてあなたたちは、この“命令”を受諾し、遂行する義務がある。なぜならドクターに従うことこそが、わたしたちナンバーズの存在意義なのだから」


「うそだ……」


 チンクは泣いていた。
 絶望と悲嘆にクシャクシャになった顔を隠しもせず、ウーノを睨むように立ち尽くしたまま、彼女は涙を流していた。真っ赤に充血した左眼のみならず、深く閉じられたままの右眼からも、熱い涙がこんこんと湧き出していた。
「ドクターがそんなことを言うわけが無い……ドクターがそんな酷いことを言うはずが無いッ!!」
 無論、チンクにとって涙など、人前はおろか独りでいる時でさえ流したことは無い。だから、もしも彼女が冷静であれば、光を失っているはずの右眼に、左眼と同じく涙腺が機能している事実に驚きを覚えたかも知れない。
 だが――いまやチンクに、そんな余裕は無い。
「事実よ。受け入れなさい」
「いやだッッ!! 私は認めないッッ!!」
 だがウーノは、気丈なはずの“妹”が流す涙にも動揺は見せない。
「聞きなさいチンクッッ!!」
「……………ッッ」
 むしろ“姉”の怒声に、反射的に身を竦ませたのはチンクの方であった。

 無論、チンクにも分かっている。
 自分はただ、子供のように駄々をこねているだけだ。
 ウーノが言っていることは、おそらく全て事実なのだろう。
 ナンバーズの中で誰よりも“父”に近しい存在であったこの“長姉”が――クアットロならばいざ知らず――彼の名を持ち出してまで、自分たちに嘘を付くはずが無い。ウーノにとってスカリエッティの名が、それほどに軽々しいものであるわけがないからだ。
 だからウーノは、気丈なはずの“妹”が見せる初めての涙を――その悲嘆を、まるで無視するかのように言い放つ。彼女にとっては“妹”の感情よりも、さらに“父”の命令を伝えることを優先せねばならないのだから。

「あの方はこう仰られたわ。――そう遠くない未来、おそらく数年以内に管理局は、私たちに司法取引を申し出てくる。その際、NO.5以下のナンバーズ後期メンバーはその取引に乗り、どのような条件をも承諾し、出獄せよとね」
「……………」
「また出所したとして、どれほど管理局に忠実たらんとしても、しょせん世間が我々をどういう目で見るか予想はつくわ。でも、耐えなさい。周囲の白眼と冷蔑に負けず、戦闘機人としての持てるスペックの全てを発揮して、当局の信頼を勝ち取りなさい」
「……………」
「そして、よき管理局員としての活動にナンバーズの矜持が邪魔になるならば……“それ”を捨てることも許可する――と」

「そんなことがッッ!!」
 できるものか――とは、チンクは叫べなかった。
 彼女の口が動く前に、ウーノは遮るように言い切ったからだ。
「無論、それが簡単でないことはわかっているわ。セッテやノーヴェも、今のあなた同様に抵抗するでしょう。ナンバーズの誇りを捨てることなど出来ないと駄々をこねるでしょう。――でもねチンク、それをあなたが説得し、指導するのです」
「……………」
「心配しなくてもいいわ。あなたならばきっと出来る――いや、むしろあなた以外にこの任務は勤まらないとさえ、私は思う。あなたはある意味私以上に、あの子たちに“姉”として慕われているのだから」

 なんてひどい言い草だろう。
 チンクは、そう思わずにはいられない。
「それが……ドクターのお言葉なのですか……?」
「ええ」
「だったらウーノ、何故あなたがやらないのです!? あなたが直々に動くならば――」
 口には出したが、しょせんその質問の答えもチンクには予想がつく。
「そんなこと、あなたにも分かっているはずよチンク」
 ウーノは悲しそうに首を振る。
――そう。それこそが同じナンバーズでありながら「自分たち」と「姉たち」を隔てる決定的な壁。
 ウーノは数瞬、言葉を選んでいたようだったが――やはり、いまさら取り繕うのは無意味だと判断したのだろう。チンクの瞳を見据えると、硬い表情のまま言った。

「いくら管理局がお人好しでも、ジェイル・スカリエッティの因子をDNAに持つ私たち――ナンバーズ前期メンバーを信用するほどバカだとは思えないわ」

 クアットロほど直接的な物言いではない。
 しかし――だからこそウーノの言葉は、チンクの胸を貫いた。
(私たち後期メンバーならば、ドクターを裏切っても不思議ではないということか)
 無論、そんな悪意や皮肉を込められた発言ではないことは承知している。ウーノが言ったのは、あくまで客観的な事実に他ならないからだ。
 そう思った途端、鼻の奥がツンとなり、チンクは思わず、堅く瞼を閉じる。
 だが、今度は――もう、この“姉”に涙を見せる気は無かった。
 チンクは感情の一切を消した、機械的な表情をウーノに向ける。むしろ、そんな彼女の表情に、初めて“姉”は胸を突かれたような反応を示した。


「わかりましたウーノ」
「……………」
「NO.5チンクは――現時刻を以ってあなたがたから離反します」
「……………」
「“父”を見捨てて、“姉”を売り渡し、“妹”をそそのかし、体制の犬になります」
「……………」
「これまで長い間、お世話になりました。心から御礼を申し上げます」


 ぺこりと頭を下げるチンク。
 そのまま“姉”に背を向け、すたすたと歩み去る。
 もうここにはいたくなかった。その思いだけがチンクの胸にあった。
 だから、この面会室から退出し、ドアを閉めた途端、ウーノが泣き崩れるように膝を付いたのも、当然ながらチンクは見ていなかった。


著者:ザンジバル

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