公務員の一日（午前）
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nano69_264 2010年08月23日(月) 21:53:45履歴
857 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/05(金) 20:06:38 ID:a74D0S8A
858 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/05(金) 20:07:34 ID:a74D0S8A
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47 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:24:31 ID:KJmVlMtU [9/10]
私の名前はダルカ・ルーイン。１４歳、女性。
つまりは、まだギリギリの範囲で、いわゆる少女。
こう見えても魔導師で、魔法校と訓練校での専攻は一貫して、探知と、検索と、転送の魔法。
攻撃魔法は全般的に苦手で、特に射撃魔法なんかの「遠くに飛ばす」系や、砲撃魔法とかの「溜めて放つ」系は絶望的。遠距離攻撃？ナニソレ？
そのわりには広域探索や長距離転送魔法なんかは専門にする、いわゆる便利屋。
戦闘も、人並みにはできるけどね。
肩書きは、公務員。
魔導師であることと合わせてよく誤解されるけど、所属は「管理局」ではなく「行政局」ね。
まあ、何が違うのかといえば。
管理局は、いわゆる「警察」であって、捜査権や逮捕権、治安維持のための武力を持っているところ。ミッドチルダでは「消防所」の役目もこっち。
行政局は、いわゆる「役所」であって、市民の普段の生活をサポートするのが役目。具体的に言えば戸籍とか、納税とか、福祉とか、ゴミ処理とか、インフラ整備とか。
で、私のいる部署は、「生活相談窓口課」。そこ、笑わない。
そんなところに魔導師が必要なのかといえば・・・やっぱり、居たほうがいい。
もちろん、直接行政局に来る人への応対や、通信で寄せられる市民からの苦情を処理する、いわゆる内勤の仕事には、魔導師は必要ないんだけど。
あたまから説明するなら、生活相談窓口は、住民の相談を直接「解決」する部署ではなくて。
とりあえず住民から寄せられた苦情を吟味して、それが本当に問題なのか、問題ならどんな種類のものなのかを見極めて。
しかるべき行政局内の部署や、場合によっては管理局や司法局へと報告して問題の解決を依頼する、「情報の仕分け」を主な仕事とするところなのだ。
私の仕事は、寄せられた情報の中で実際に確認が必要なものを、現地に行って調査すること。
他の人もいるけど、魔導師である私は、検索魔法を使っての超効率な偽造書類のチェックや、犯罪者の関与が予想されるような、キナ臭い情報の裏を取ることが役目。
単純な住民間のトラブルとかは、それ専門の、人生経験も積んだベテランのおっちゃんやおばさんが調査に向かうし。その辺は適材適所だね。
で、本当にヤバそうなら報告書を添えて、可及的速やかに解決すべし、と担当部署や管理局にネジ込むのだ。
「生活相談の中に犯罪っぽいかもしれない情報があったよ！あとよろしく！」って感じに、それっぽいってだけで管理局に丸投げするわけにもいかないし。
管理局、というかミッド地上本部自体は、先の事件のこともあって慢性的な人手不足で、いつもバタバタしてるから。
それで、本日のお仕事の舞台は、元・臨海第８空港方面にある、都市復興作業の現場。
仕事用に行政局から貸与されている官給品の杖型デバイス「サーチャー」を携え、朝から列車に乗り込んで、直接現地へと向かう。
ちなみに行政局にも区分があって、私が所属するのは、ミッドチルダの北部地域にある、ミッドチルダ行政局・北部支部。
ベルカ自治領がある地域っていえば分かりやすいかな。
あとは、１年前の都市型テロ、いわゆる「ＪＳ事件」において、管理局の部隊と、「聖王のゆりかご」からバラ撒かれたガジェットドローンとの、主戦場になった場所。
俗に言う「災害の爪あと（この場合は人為的なテロだけど）」というやつは、癒えるまでに理不尽なまでの時間と予算と労力を必要とする。
しかも、その場で完治させなければ、後遺症となってずっと後まで尾を引くのだからタチが悪い。
今向かっている復興作業現場も、市街戦でブッ壊れた建物とかガレキを撤去して、更地にする作業をしているところ。
ついでに、その先にある、５年前から事故で閉鎖されている元・臨海第８空港とその周辺の廃棄都市区画まで更地にして、最終的には大規模に市街地を再開発する計画みたい。
そのための予算を出すのは行政だけど、仕事自体は落札した民間業者に委託しているから、その会社が行政局との契約どおりに仕事しているかを抜き打ちで調査しに行く、というわけだ。
生活相談窓口に寄せられた匿名のタレコミによれば、わりとブラックな感じで予算を浮かして、懐に入れているらしい。
その会社に対して業務を委託した、行政当局の復興対策課にも話を通し、了解も得ている。
ただ、ついでに他の契約項目もチェックしてきてほしいと余計なものを頼まれてしまった。ガッデム。
そんなわけで今日の私には、この件についての大雑把な権限が与えられている。
対象は小規模な土建会社だから、作業現場と会社の両方を見て回っても、一日かからないはず。
午前中はこうして電車で現場に向かい、契約どおりの作業環境が整えられているかを見る。
昼食は、同僚から現場近くで評判のいい店を教えてもらったので、そこを攻めてみることに決めている。
そして午後からは会社のほうに行って、適当な書類に目を通させてもらう予定だ。
その、午後からの仕事が、私の本領。この仕事が回された理由である。
こうみえても法務や経理の資格持ちで、前の職場で似たことをした経験もあるから、魔法を抜きにしても、私はこういったデータ探しには鼻が利く。
そのうえで、アタリをつけた資料の中身を検索魔法で一気に読み取って、吸い出した情報を行政局のデバイスである「サーチャー」に記録。
資料をチェックする権限はあるけど、証拠品として押収したりする権限までは無いからね。
もし、ヤバいと自覚がある帳簿なんかが隠蔽されていたとしても、探知魔法と検索魔法を駆使して不自然な痕跡をたどれば、それ自体を追跡できるし。
万が一、紙の帳簿を焼却とか、電子データを消去なんかされても、書籍やデータの修復魔法と同じ要領で、中にあった情報の再構築もできる。
さすがに時間が経ちすぎると無理だけど。
意外と難しくてプチレアな特技。そんなレアケースでない限り使い道がないとかは言うな。
で、それらがつつがなく終われば、行政局に帰って中身を分析。
何もなければよし。
悪い事が見つかれば、復興作業を一任されている復興対策課に報告書を提出、という流れで、私の仕事は終了。
あからさまに不正や犯罪があったとしても、それをどうこうするのは、行政当局の担当部署や、管理局や、司法局の仕事だからね。
そう。
今日一日は、だいたいそんな流れになる、はずだったのだけれど。
「あれ？」
最寄の駅から、さらに公共バスを乗り継いで到着した作業現場。
すでに今日の仕事は始まっていたらしく、ガレキと廃ビルだらけで住人不在の市街地には作業員が散らばり、重機が稼動している。
とりあえず現場責任者を捕まえて話をつけ、作業状況のチェックに入ろうとした、そのとき。
異変は起こった。
爆発音。
それに続く、大きなビルの倒壊。
少し遅れて・・・複数の、悲鳴。
ここからは遠い。
廃棄された市街地に阻まれて視界が通らず、目視では廃ビルが倒壊して粉塵が舞い上がったことしか確認できない。
はじめはビルの解体のために発破でもかけたのかとそちらを見たのだが、周囲の作業員に走った緊張と、それに続く悲鳴が、これが不測の事態だということを告げていた。
事故か何かが起こったことを感じつつも、どこか茫然自失として即座には動けない者。
おそらくは本社に第一報を入れている者。
そして現場を確認するために大急ぎで移動する者。
各々がてんでバラバラに動きだし、周囲は収拾がつかない・・・というより、これから収拾がつかなくなるのが分かっていながら、ソレを抑えられない状況だ。
この場に居続けても、らちがあかない。
「サーチャー」を杖状のデバイスモードへと移行させながら、、先ほど捕まえた現場責任者にすぐに管理局の災害担当課へと連絡するよう指示。
周囲にいる作業員は完全に無視して魔力を開放、バリアジャケットの装着と同時に、事故現場の方向へと、飛ぶ。
「サーチャー、広域サーチ開始」
<all right>
本来、都市部での飛行には許可が必要だが、さすがにそんなことは言ってられない。
倒壊したビルの上空に到着すると同時に周辺全域をサーチし、できる限りの情報を収集。
サーチャーは、その名の通り検索機能と探知機能に特化したストレージデバイスの本領を発揮。
周辺の熱量、風向風速から求められる爆発の起点、周囲にいる人間の配置などの膨大なデータが、デバイスの付属装備である片眼鏡型の網膜投影ディスプレイに表示。
同時に、死角になっている廃ビルの向こう側やガレキの陰が、収集されたデータで補われて、擬似的な視野として表現される。
問題の場所は・・・見つけた。ガレキの中にある、地下街への入り口。
その中から次々と走り出てくる、おそらくは中で作業に当たっていた作業員と思わしき人影。
ちょっとまて。ビルが爆発倒壊したのに、なぜに地下が起点？
そう思って、片眼鏡の表示する熱量分布に目を移すと。
地下街の入り口から少し離れたところにぽっかりと開いた、構成材の融点を越す熱量の、大きな「穴」。
なるほど。
地下からものすごい熱量の・・・おそらくは熱線みたいなのが斜め上に打ち上げられて、天井である地表部分を溶かして、ビルの根元に到達。
それがビルをなぎ倒した、と。
念のために周辺の魔力素の表示にも目をやるが、分布範囲も濃度も「通常」。
つまり、魔法が使われたわけじゃないってことだ。
「・・・」
嫌な予感がする、というレベルでは、もはやない。
現場の状況と広域サーチのデータから、すでにこの事態の原因は、ほぼひとつに絞られた。
私は、自分の中にある「確信」を「確定」にするために、地下街の奥、熱戦の発射地点と思しき周辺にサーチの範囲を絞る。
見つけた。
それはもう、あっさりと見つけてしまった。
動力反応、確認。動力波形、行動パターン共に、既存のデータと一致。
サーチによる多次元的な情報で構築された私の擬似視覚にも、片眼鏡を通して予想通りの形のものが浮かび上がった。
「うぇ、『はぐれガジェット』だ」
識別コード「ガジェットドローン�祁拭廖�
１年前の「ＪＳ事件」においてバラ撒かれた、人間よりも大柄な、球形のボディーの自律型機械兵器。
こうした復興作業現場で、ガジェットドローンが、思い出したように動き出す事態は、実はそれほど珍しいものではない。
原因がよくわからずにフリーズしてしまったデバイスでも、強制終了させて再起動すればまた何事もなく動き出すことが多いように。
一度撃墜されて機能を停止し、ガレキの中に埋まっていたガジェットが、何かのはずみで自己修復機能や再起動のスイッチが入って動き出し、当初のプログラム通り無差別に人を襲うのだ。
復興作業には常にこのリスクが伴うため、わざわざ行政局のほうも専用の予算を組んで、会社側に一定の数の武装警備員を配置するよう義務付けているんだけど。
現場に到着してから爆発が起こって今まで、それらしき姿はまったく見えない。
つまり、タレコミどおりにブラックだったここの会社は、行政局からの警備員雇用の補助金まで懐に入れていたわけだ。
ガジェットドローンに対応できる対ＡＭＦ戦闘訓練をした民間魔導師は、復興作業における需要の増大と合わせて、今や警備会社の花形。
当然、雇用費も保険もバカみたいに高いしね。省けば相当、費用が浮くはずだ。
さて。
すべての状況がクリアになったところで、自問する。
この場における、私のとるべき行動だ。
こういう場合、普通なら現場にいる民間会社の警備員が仕切り、作業員の安全確保を最優先に、可能ならばガジェットを撃退。
無理なら、管理局の武装警察隊に通報して後を任せて、作業員ともども避難する。
私もさっき、ガジェットであることが確定した時点でデータを添えて管理局の武装警察隊に通報したけど、駐留所からの距離的に考えても、到着までには時間がかかりすぎる。
戦闘には長けていたとしても武装警察隊のほとんどは陸士で、スクランブルできるわけじゃないし。
まあ、この場合は管理局に非はないけどね。
管理局の対応の遅さとかの問題ではなく、やっぱり、即座に対応できる武装警備員が現場に居なかったのが致命的なんだ。
地下街から地上に逃げた作業員の安否もサーチャーからの情報で追跡できてるけど、バラバラに逃げたり隠れたりしているのを、一人でいちいち保護するのも無理。
特に、この現場で働いている作業員のほとんどは、地元の住民のはずだ。
１年前のガジェットドローンの襲撃で、ＰＴＳＤを発症するようになった例は多いと聞いている。
まかりまちがってガジェットに遭遇すれば、それだけで恐慌状態になっている可能性も高い。
そんな精神状態の彼らを、私一人で安全な場所に誘導できる状況ではない。
無責任で冷たい判断になるけど、ガジェットから逃げていて距離を置いてくれているだけ、まだ安全度は高い。
となれば。
一番の問題は、地下街から逃げ遅れた作業員だ。
データで確認できているだけで数人、ガジェットよりも「奥」で身動きが取れていない人間がいる。
たぶん、ガジェットが再起動したときに奥に居て、ガジェットは入り口近くの作業員のほうを先に認識して追いかけたため、無事だった。
でも、入り口のほうの作業員が地上に逃げ切ったあと、ガジェットは地上に出ず入り口付近をうろうろし始めたので、出るに出られない状況なんだろう。
地下街も、サーチで確認する限りは奥のほうはガレキで埋まっていて、別の出口から出るわけにもいかないっぽいしね。
放置すれば、いずれガジェットに見付かるのは確実。見付かれば逃げ場もなく熱線に焼かれるのも確実。
彼らがガジェットに見付かる前に武装警察隊が到着する可能性は、限りなく低い、と。
「・・・やらないとダメかー」
私は痛む胃を押さえ、覚悟を決めて、地下街の入り口に降り立った。
地上に降りてまずすることは、行政局の権限で作業用の通信に介入しての、地下街の作業員へ状況の伝達。
出来るだけガジェットに見つからないよう、奥に居ること。
すでに管理局の武装警察隊に救助要請が出ていること。
管轄は違うけど、行政局所属の魔導師が、露払いとしてそちらに向かうこと。
閉所、暗闇、死の恐怖。この三重苦だと、割と簡単に精神を削り取られるからね。
この場合、錯乱でもして取り返しがつかないことが起こらないよう、気を使う必要があるんだ。
で、作業員とのやりとりを続けながらも、手早く戦いの準備を整え、さらに頭の中ではこれから成すべき段取りを確認する。
時間の余裕はないからね。まずは装備。
「サーチャー、グラスモードへ」
私の呼びかけに応えて、手の中の杖が消失。今までデバイスのディスプレイ部分だった、片眼鏡のパーツだけが残る。
この形態では、こっちが本体。
半待機状態で、デバイスとしての機能は使えなくなるけど、オートで今までと同じく周辺のデータ収集を引き継いで、表示してくれる。
サーチャーは、検索と探知の魔法に特化したストレージ。仕事用としてはこれ以上ないくらいに私にとって使いやすいものだけど。
でも、戦闘とか他の用途をばっさりと切り捨てたカスタム仕様で、戦闘に必要な最低限のプログラムすら積んでないんだ。
だから残念だけど、今は役者が不足。ここからは、データの収集と表示に専念してもらうことになる。
その代わりに、ポケットから取り出したカードをデバイス形態に。見かけはサーチャーとあんまり変わらない、シンプルな杖。
名前は、ソーサリーブルーム。前の職場での、私の相棒。
デバイス自体は、容量と処理速度を限界まで底上げしたストレージで、装填数３のカートリッジシステム以外には特別な機能があるわけじゃないんだけど。
こっちはサーチャーとは逆に、戦闘時の私の立ち位置であるフルバックに対応したデバイス。
やっぱり補助支援魔法の特化ストレージだけど、私個人のデータをもとに調整された戦闘用のプログラムも積んでいる。
程度の差はあれ、ガジェットとの戦闘は避けられそうにないから、こっからはこの子の出番。
そして、装備の変更と同時に、私が成すべき段取りの確認。
最優先は、地下街の奥に居る作業員の安全の確保。
そのためには、地下街入り繰り付近に居るガジェットを地上におびき出すか、それとも直接、作業員のほうを地上に連れ出すか。
ガジェットを地上に引っ張り出す場合は、狭い地下道で、多少なりともガジェットと戦闘する必要がある。
逃げ場のない場所で、至近距離からぶっとい熱線とかを突っ込まれちゃうリスクがあるわけだ。
ガジェットを無視して作業員を地上に連れ出す場合には、転送魔法の出番。
ガジェットが開けた穴から奥に入って、作業員をまとめて地上に転送することになるかなー。
座標は掴んでるけど、見えない所に居る対象をこっちへ転送するのは難しいからね。私がその場に行かないと確実性が薄いんだ。
まあ、リスクとリターンを考えたら、まず試すのはこっちかな。
そんな感じで準備を整え、サーチャーからのデータを睨みながらおおよその方針を決めたとき。
チチチチ、と片眼鏡が投影する映像に、黄色の警告と、アラート音が割り込んだ。
「うぇ、やっぱり間に合わないか・・・」
私は今までの試案を投げ捨て、空を飛んで全力で移動する。
目指す先は地下街ではなく、最初にガジェットが熱線で地上に開けた穴のほう。
今のアラートは、ガジェットの索敵範囲内に、作業員が入る可能性を知らせるもの。
まだ見つかってないはずだけど、獲物を探して地下街をうろつくガジェットが、作業員のいるエリアに近づいてきたってこと。
のんびりしていた気はないけど、手順確認と戦闘準備で後手に回った感は否めないかな。
私は地面スレスレを飛びながらガレキの山をすり抜け、熱線で溶解した穴に到着。
まだ熱気と焦げ臭いにおいを放つそこを潜り抜けて、地下街へと入り込む。
・・・いた。
廃墟になっている地下街に照明はないけど、広域サーチのデータをもとに片眼鏡に投影される擬似視覚が、地下街を鮮明に浮かび上がらせる。
地下街に入って早々、壁のように、地下通路そのものをふさぐようかたちでこちらに移動する、ガジェットドローン�祁燭了僂�確認できた。
私の入り込んだ位置は、ガジェットと作業員のいるエリアの間。
ここから地下街の入り口方向にいるのが、こちらに移動中のガジェット。
私の後ろにあるのが、作業員たちが隠れている奥のエリア。
今から奥に行って、作業員ごとまとめて転送して逃げるには、時間がない。
集団での転送魔法には時間がかかるしね。
最短ルートでガジェットが奥に来た場合、転送が間に合わないんだ。
だから、ここにいたっては、手段は一つ。
地下街から地上へとガジェットを出して、奥に居る作業員への危険を取り除くことしかない。
大型のガジェットドローンと、支援型魔導師の私とのタイマン、ってわけだ。
お相手は、カジェットドローン�祁拭�
大量投入された消耗兵器としての�儀燭箙匐�戦力の�況燭醗曚覆蝓△匹舛蕕�といえば、自走砲台としての拠点防衛的な役割に使われていたマイナーな機体。
攻撃手段は幅広で頑丈な２本のアームと、それよりは細い４本のアームケーブル。そして中心の砲口から放たれる熱線。
厚い装甲と大出力の砲撃は、本来Ａランク以下の魔導師はチームを組んで相手にするレベルの敵で、一人での撃破はＡＡランク以上か「必殺技」持ちでないと難しい。
対する私の魔導師ランクは、総合Ａ+。
空も飛べるけど、戦闘能力を含めた評価である「空戦」ではなく、戦闘能力は考慮されない「総合」ランクのほう。
つまり、戦闘においても攻撃ポジションには居ない、後方支援型の魔導師。
マルチスキルの獲得は柔軟性と生存性の向上で強さには無関係っていうのは、私が唯一尊敬するひとの言葉だけど。
さすがに今だけは、生存性を上げるために、中途半端でもいいから戦闘技術ももう少しほしかったかな、とは思うかな。
ってまあ、勝てないなら最初から絶対に相手はしないけどね。
ここでやるからには、勝算があるってこと。
私も一通りの対ＡＭＦ戦闘訓練は受けているし、チーム戦だけどガジェットとの戦闘経験は嫌というほどある。
それに�祁燭妨造辰刃辰任呂覆い韻鼻∪茲裡複啝�件で大量に得られた実戦データから、ガジェットの武装や思考ルーチンは完全に解析されている。
だから、打開策はそれなりに用意出来ているんだ。
「ソーサリーブルーム、Ａ-３モード移行」
デバイスの、対�祁人僂寮鐺�補助用プログラムを起動。
ここに、サーチャーから得られた目の前の�祁燭離如璽燭伴�りの情報を乗せれば、一対一であるならば完封できる戦闘パターンを構築することができる。
要するに、�祁燭了弭優襦璽船鵑魑媼蠅砲箸辰董△い錣罎襦屮魯畛Δ后廚海箸皺椎修辰討錣韻澄�
ただ、それで万全であれば苦労はしない。
一応、私の個人データは考慮されてのものだけど、プログラムが要求する攻撃・回避のパターンに、私自身が追従できるかは別問題なんだよね。
対応を誤れば、一撃で致命傷を負いかねないリスクは抱えたまま。
付け加えるなら、私の攻撃力ではガジェットの防御力を抜くことは難しいから、攻撃を通すのは、完全にカートリッジによるドーピング頼り。
その、冗談抜きの生命線であるカートリッジの手持ちも６個だけ。最初からデバイスの中に装填されている分が３、予備として専用ケースに持ち歩いていたのが３。
今朝、家を出るときは、さすがにこんなハードでバイオレンスな展開は予想してなかったから、手持ちは少ないんだ。
「さて。久しぶりに、いきますか」
控え目に気合を入れて、私は正面のガジェットへと突進する。
同時に、ディスプレイのアラートレベルが変化して、赤色の警告と耳障りなアラート音。
ガジェットに、捕捉された警告。
こちらを認識して、２本の大型アームと、複数のアームケーブルから次々繰り出される、ガジェットの攻撃。
めまぐるしくディスプレイに表示されるガジェットの攻撃パターンと、それに応じた回避軌道ルート。
密閉空間で、左右の大型アームと複数のアームケーブルを回避しきるのは、さすがに至難だけど。
プログラムの不備というよりは、私の技量と、機動力の問題。
回避しきれない左右の大型アームの攻撃に対して、デバイスを両手で構えてシールドを展開。
がつがつん、と左右のアームケーブルがシールドに叩き付けられる。
両方のケーブルがシールドとの衝突で角度をずらされたのを確認して、負荷で圧壊する寸前でシールドを消去。
左右のケーブルは私の両脇をすり抜けて、壁にぶつかり、地下街を揺らした。
続いて、更なるアラート。内部に極大の熱源反応。
ついに来た。
�祁燭隆靄楾況皀僖拭璽鵑里劼箸帖▲◆璽爛院璽屮襪任海辰舛瞭阿�を止めての熱線照射。
この連携自体は、私だけなら対応しにくいんだけど、今はデバイスがそのタイミングとルートを示してくれる。
事前に熱線が来ることが分かっていれば、それに耐える準備も出来るしね。
そう、「回避」じゃなくて「耐える」こと。
もちろん回避も出来るんだけど、今回プログラムが提示して、私も納得の上で選ぶルートは。
熱線をくぐっての、正面突破。
閃光。
至近距離の私を狙って放たれる、ガジェットの熱線。
最初の最初に地下街の天井を抜き、ビルを倒壊させた一撃。
私はソーサリーブルームのひとつ目のカートリッジをロード。
同時に、発動遅延させていた防御魔法も一気にトリガーする。
「・・・っ！！」
絶望的なほどの、灼熱感。
これを見越してあらかじめ用意していた、耐熱フィールド魔法と耐火バリア、そして虎の子のカートリッジを使ったシールドまでを重ねている。
それでも完全には防ぎきれない。
熱線が到達するのを防ぐため、最終防御手段であるバリアジャケットまでパージしてダメージを軽減しなくちゃいけないほど。
直接は触れてないけど、全身が輻射熱でくすぶるのが分かる。
閃光が去った。
最初の一撃を受けただけで、私はすでにバリアジャケットまで失い、インナー剥き出しの満身創痍。
でも・・・こらえた。そして見返りは大きい。
熱線は連続使用できず、アームケーブル類はその構造上、密着すれば死角が多い。
つまり、「ハメ殺す条件が整った」ってこと。
周囲のあらゆるデータを分析して、ガジェットのスペックと思考ルーチンを考慮して、得られた結論。
耐えられるダメージは限界まで耐えて、手出しの出来ない距離まで密着して、ハメ殺す。
それが最大効率であり、奥に居る作業員を危険に巻き込まない選択であり、結果的に最も私自身にダメージが少ない戦い方。
死ななきゃ安いってことだね。
魔力を溜められず、飛ばせず。高速移動なんかも実戦レベルでは使いこなせない私が、ＡＭＦ状況下で戦う場合。
それは必然的に、ベルカ式よりもさらに密着した間合いでの、足を止めてのガチ殴り合いという戦闘スタイルになるんだ。
バリアジャケットを再構築する余裕なんかない。あとは、攻めるだけ。
まず一撃。
熱線に突っ込んだ勢いのまま体当たりするようにガジェットに密着しつつ、２つ目のカートリッジをロード。
魔力をデバイスの先端に集中、ガジェットの装甲に押し当てる。
<Break Impulse>
デバイスが触れた瞬間、ガジェットの装甲が内側から爆ぜるように瓦解。
装甲と、そして中の機械類が一気に弾け飛んだ。
ブレイクインパルス。固有振動数をぶち当てて、対象を破壊する接触魔法。
本来はデバイスで接触した後に固有振動数を探り当てるから、発動までには少し時間が必要なんだけど。
今回はガジェットのデータが出揃っている上に、索敵専用デバイスで直接スキャンしたデータまでそろっているから、それを探る手間がいらない。
タイムラグは無しだ。
さらに追撃。３つ目のカートリッジをロード。
高密度の魔力がデバイスの周囲に展開されて、一瞬だけデバイス全体を包む。
単純、ゆえにＡＭＦ状況下でも堅牢な、近代ベルカ式に近い打撃強化魔法。
一撃目と同じ箇所めがけて、カートリッジの威力を乗せたその一撃を、バットを振るうように思い切りフルスイング。
ガジェットはさらに破片を撒き散らしながら吹き飛んで、ボールみたいに壁と床と天井にでたらめにぶつかりながら、通路の奥へと転がっていった。
まだ手は止めない。いや、止められない。
私の魔導師としての攻撃スペックでは、ここで大勢を決めないと勝機がない。
使い切ったカートリッジを排莢、新しいの３個を装填しながら、すぐさま間合いを詰めるために、ガジェットに向かって飛ぶ。
ただ、このまま破壊してはだめなんだ。
奥にはまだ作業員が居る以上、こんな密閉空間でガジェットを爆発させるわけにはいけない。
バリアジャケットがない私も、無事じゃ済まないしね。
もちろん、爆発せずに動力だけ停止させる方法もあるけど、今の状況と私の戦闘技量ではそれは狙えないし。
だから、無理やりにでも場所を移動させなきゃいけない。
もう、ガジェットを誘導するような余裕は無いから、完全な力技になるけど。
ガジェットに到達するわずかな時間のあいだに、装填したばかりのカートリッジのうちの２個を、一度にロード。
チャージするのは・・・転送魔法。
だけど、�祁燭澆燭い並膽僧未里發里蓮△い�らカートリッジで魔力を底上げしても即興じゃ数メートルしか転送できない。
おまけに、一方的に放り出すのはムリで、自分も一緒に飛ばないと制御できないレベル。
そのガジェットも、体勢を立て直しつつある。
転がった先で左右の太い腕を通路の天井と床に突っ張って体制を保持しつつ、４本の細いアームケーブルを伸ばしてこちらを攻撃。
でも、その動き自体はこちらの把握している思考ルーチンを逸脱したものじゃない。
私は片眼鏡のディスプレイに表示された回避パターンをなぞって飛行。
インナーのあちこちを削られながらも転送魔法を維持しつつそれらをかいくぐり、もう一度懐に飛び込んだ。
ガジェットにデバイスが触れる。
その感覚を確認すると同時に、チャージを終えていた転送魔法を発動。
転送座標指定。
x軸＝０。y軸＝０。z軸のみ正方向に。
つまりは、真上へ。
一瞬の、意識の暗転。
ガジェットが「地面」に落ちる轟音で、意識と、上下感覚が引き戻される。
暗所からの急な明度の変化で、目を刺す陽光。頬に感じる、廃墟の埃まみれの風。
まぎれもなく「外」。
地下街から地上への、転送成功だ。
それを確認した瞬間、我知らず、ぷはっ、と大きく深呼吸。
地下街という閉塞空間から出たという精神的なものもあるけれど。
なにより大きいのは、ギリギリ残ったフィールド魔法で保護されていたとはいえ、熱線で気化した有毒蒸気や、気管支を灼く熱気そのものを吸い込む危険が無くなったこと。
気が緩んだせいか疲労と体中の痛みも一気に噴き出したけど、まだ戦える。
カートリッジの残りは正真正銘あと１個だけどね。
と、最後の気力を振り絞って地上にあがったガジェットを睨みつけると。
当のガジェットは、その球形のボディーが真ん中からバックリと割れて、動かなくなっていた。
「・・・」
とりあえず気は抜かず、デバイスを両手で構えながら、サーチャーを介してガジェットをスキャン。
動力反応、極めて微弱。駆動部分に自立的な動きはなし。内部での、これ以上のエネルギーの発生も認められず。
―――結論。ガジェットドローン�祁燭粒萋按篁漾Ｇ�発の可能性も、なし。
私とガジェットがワープアウトしたのは、地上ギリギリではなく、地面よりわずかに上。人間の身長より少し高いくらいの位置だった。
いちいち地表きっちりの座標にする必要も、余裕も無かったからね。
ガジェット�祁燭砲鷲睛掲塾呂�あるから、そのまま試合続行かと思っていたんだけど。
私からのダメージで自重を支えることが出来なくなっていて、そこに加わった落下の衝撃が、トドメになったみたい。
爆発しなかったのは、まあ、単純な幸運かな。
「終わった〜」
と、結論まで達したところで、気力も体力も限界だった私は、だらしなく足を前に投げ出して、べったりと地面に座り込んだ。
いや、マジでダメージきついって。
熱線を防ぎきれなくて前髪とか縮れちゃったし。輻射熱にあぶられて肌とか目とかチリチリするし。
バリアジャケット全壊、その下のインナーも破損。ストリップまではいかないけど、寝間着で外に居る程度には恥ずかしい格好。
魔力もカラッポで再構成する余裕もないから、むしろバリアジャケットを解いて、私はここに来たときの行政局の制服姿に戻った。
ああ、そう。行政局の仕事で工事現場の視察に来たんだったよね、と今更ながらに思い出す。
よく考えたら、まだ日も昇りきってない。お腹もすいてないし。
出勤の時間の遅い人たちなら、むしろこれから今日一日が始まるような時間帯。
私としては、もう今日の仕事は終わった気分だけど。
でも、とりあえずまだやることは山積みなんだよねー。
ガレキに背を預けた、だらだらした姿勢のまま、とりあえず行政局や管理局の関係各所にガジェット沈黙を連絡して。
それから、出動要請してる武装警察隊がきたら、状況の説明もしなきゃいけないし。
行政局に帰ってからは今回の件の報告書の作成と、無許可飛行の事後申請と、都市内での戦闘用デバイス及びカートリッジ使用の始末書と。
いい加減考えるだけで滅入ってきたので、いっそこのまま疲労に任せて居眠りしつつ、負傷者のフリをして病院に運ばれようかということまで考え始めたとき。
私の意識に、ふと、引っかかるものがあった。
いまだ起動を続けているサーチャーの示すデータに、変化は無い。
つまり、何かが起きたわけじゃない。
私が気になったのは、一度だけ確認した、ガジェット�祁燭了蝶次�
破壊されてむき出しになった内部の、パーツの一部。
なぜ、センサーにも引っかからないそれが気になったのかは、正直よくわからない。
強いて言うなら、経験と勘かな。
前の職場でよく扱った、「遺失物」によく似た匂いがするもの。
基盤にアクセサリのようにはめ込まれていた、「正八面体の青い石」。
――― どん！
と、何の前触れも無く、至近で乾いた爆発音。
天を突く青い光の柱。
遅れて、一気に片眼鏡のディスプレイに表示される、各種アラート。
高エネルギー反応、高レベル魔導師反応、次元震反応、etc、etc。
正直、いっぺんに物事が重なりすぎて、周囲を観測してたサーチャーの機能と表示がスタックするほどの、莫大な情報量の変化。
ついでに私も激変した状況に思考がスタックして、ただただ、ぽかんとしていた。
そんな私の前には。
ガジェットの残骸のなかにたたずむ、小柄な・・・8〜9歳くらいかな、女の子がひとり。
片手にデバイスらしい杖。もう片方の手にも、これまたデバイスっぽい分厚い本。
「フン・・・300と、88夜の遅延だな。あの男め、王たる我に不遜な態度を見せたわりには使えんな。やはり塵芥か」
なんというか。
その印象は、一言で言うなら「白黒まだらの子鴉」、かな。
とりあえず「まだらさん」とか、「こがらすさん」とでも呼ぼうか、なんてことを、思考が麻痺した頭の中で適当に考えてみた。
今、私の視線の先にいるのは、壊れたガジェット�祁燭涼罎�ら突然現れた少女、「まだらの子鴉さん（仮）」。
現れていきなり悪態をついた後は、すぐに手に持った『本』型のデバイスらしきものを広げて、何かを探すように辺りを見回している。
少し離れた場所にいる私には、目もくれずに。
無視されて特に癪に障るとかはないけれど、なんとなく手持ち無沙汰な感じ。
こっちから声をかけれるような雰囲気じゃあないし。
かといって、このまま何も見なかったフリをしてこの子から目を離すのも、さすがにまずい。
いろんな意味でね。
私に意識が向いていないみたいなんで、せっかくだからちょっと不躾に、じっくりと「まだらさん」を観察してみる。
外見は、８〜９歳くらいの、白い髪と青い瞳の女の子。
自分のことを「王」と呼ぶ不思議ちゃん。
女の子なのに、「姫」や「王女」じゃないのね。
でも実際、「王」と名乗っても相応しいくらいに、凛とした強い存在感があるのは事実。
逆に言えば、どこか浮世離れしたというか、地に足が着いていない感じの、垢抜けない印象の子だ。
片手に『杖』、もう片方の手に『本』型のデバイス。
身に着けているのは、黒と濃紺を主体とした、バリアジャケット。
現れた瞬間に観測された魔力素とかの数値からして、最低でもニアＳ、下手するとオーバーＳランクの魔力をもつ、魔導師。
それに、同じく計測値からの推測だけど、たぶん人間じゃなくて、プログラムの実体化かなんかの魔法的な生命体。
まあ、ほかにもいろいろと、引っかかるところはあるんだけれど。
・・・でも、目下、私にとって一番気になるのは。
この子があまりにも、私が以前、個人的にお世話になった人にそっくりなこと。
いや、冷静に見れば、とりたてて外見とか雰囲気とか似てるわけじゃないんだけどね。
髪や目の色も、年齢も、明らかに違うし。
でも、不思議と彼女を見た瞬間、直感的に「あの人に似ている」子供としか思わなかったんだ。
「おい、そこな小娘っ！」
と。
周囲を観察し終えたのか、それとも単にガレキだけの廃棄された市街地を眺めるのに飽きたのか。
「まだらさん」・・・いや、自分で言ってるから「王様」かな。
とにかく王様は、唐突にこっちに向き直って、私に声をかけてきた。
このタイミングで声をかけられると思ってなかったから、とりあえずびっくりした。
ガン見してたから、思いっきり目が合っちゃったし。
でも、王様は、そこらへんについては特に気にした様子もないみたい。
まあ、かけられた声自体、張り上げるような大きい声だったから、驚いたってのもあるんだけど。
王様が立っている場所から私のところまでは、会話するにはちょっと離れているからね。
お互いがその場で会話するなら、声を張り上げないとうまく聞こえない、不便な距離。
だからといって、その距離を自分から詰める気は無いみたい。
むしろ私の方から歩み寄って当然、という感じの上から目線の雰囲気が、ありありと放たれている。
年齢相応のこましゃくれた感じとういよりも、あきらかに大人の傲慢さが伺える態度だね。
女の子は、いつだってお姫様。
そんなふうに、人によっては受け入れられる、微笑ましい子供らしさなのかもしれない。
でも、この子の場合、度を越せば即座にブン殴られる憎たらしさと紙一重だ。
大抵の人間は、Ｓランク相当のこの子に、拳骨を振り下ろすことなんて出来ないけだろうどね。
かくいう私も、この状況でこの子に逆らうとか、苦言を呈するなんてことは、絶対に無理。
「あ、はい。何でしょうか、王様？」
だから卑屈に、仕事用の口調と笑顔で、愛想よく対応する私。
ついでに、ガジェットとの戦闘によるケガと疲労と心労とで雑巾のように重い体を立ち上がらせて、王様の近くに歩み寄る。
正直、「王様」に対する言葉遣いや態度なんてわからない。
ミッドは民主制だし、ベルカ自治区も聖王を祀っているけど、別に王政を敷いてるわけじゃないからね。
だから、無難に。
理不尽な上司や市民の方々に仕事で対応するときのように、否定的な意見は直接言わず、相手の傲慢は聞き流して、丁寧に言葉を返す。
「・・・フン。王の前で跪かぬ不遜と、みすぼらしい格好を晒す不敬は、まあ無知として許してやるとしよう」
私の言葉に、なぜか満足げなしたり顔でうなずくと、急に鷹揚な感じになる王様。
あれ、なんかいきなり機嫌良くなったかも？
言われてみれば、王を名乗るこの子を相手に、事を荒立てないようにするなら、同じ目線で歩いて近寄っちゃだめだよね。
ついでに、いくら精神的に余裕が無かったといっても、自分の格好が本気で汚いのは、ちょっと自覚すべきだった。
なんせ、さっきガジェットと戦ったときに付いたキズや軽い火傷の跡が、あちこちにあるし。
行政局の制服は、地面に尻餅ついたときや、王様自身が現れたときに巻き上がった土埃で薄汚れてるし。
髪の毛は、熱線をくぐったときの影響で、先っぽが縮れちゃってる。
でも、それなら、なおさらの疑問。
なんで、私が一言話しかけただけで、かえって機嫌が良くなったのか。
・・・単純に「王様」と呼ばれたのが、うれしかったのかな？
ひょっとしたら、その実力のわりに、「王様」と呼ばれたり敬われたりする機会は、案外少なかったりするのかもしれない。
「では小娘、改めて王たる我がうぬに問う。・・・『今この場所』の一般的地名、及び空間座標を、我に告げよ」
なるほど、ここが本題ね。
王様が知りたかったのは、ここの地名と、データベース上で示される座標か。
・・・ん？
でもそれって、「今、自分のいる位置が全くわからない」てことだよね？
普通、どんなデバイスからでも、地図情報のデータベースにアクセスすれば周りの地図は表示できるし、そのとき一緒に座標も表示されるはず。
王様が現れて最初に『本』型デバイスを開いたは、その辺りの確認も含めてのことだと思っていたんだけど。
と思って、ちらりと横目で、王様が開いている『本』のデバイスを覗いてみる。
そこに記されていたのは、目的地の座標とおぼしき、何通りかの数字の羅列と。
「あなたの認証では、現在データベースへのアクセスはできません。行政局へ、アクセス権の申請をお願いします」のシステム表示。
あ、そうか。
王様のデバイス、データベースへのアクセス権の更新をしてないんだ。
たぶん、１年くらいはガジェットの中で眠ってたんだろうな。
さっき自分で「300と88夜の遅延」って言ってたし。
つまり、状況はこんな感じ。
王様のデバイスには、目的地の座標がメモってあっただけで、地図の情報は入ってなくて。
必要なときには一般のデータベースにアクセスして、地図を確認する予定だったんだろうけれど。
でも今は、１年前のＪＳ事件でシステムをクラッキングされた教訓から、セキュリティが変更されてるんだ。
だから、それまでの認証じゃあ、どこのデータベースにもアクセスできなくなってるんだよね。
個人がアクセス権を申請したら、行政局から仕事を委託された調査機構が身元を調べたうえで、新型の認証システムが交付されるって仕組み。
普通に生活してる真っ当な人なら、一般市民でも２〜３日でたいした手間もなく獲得できるんだけど。
これをしてない王様のデバイスだと、行政局へ新しくアクセス権の申請をして認証を獲得しなきゃ、どんなデータベースにも接続できないってわけ。
現状で住所不定無職っぽい王様は、アクセス権の申請しても審査は通らないだろうし。
まあ、それ以前に、正規の方法でアクセスしてたかも疑問だけどねー。
だから、今の王様の手元には、目的地の座標を示す数字があるだけで。
自分が居る場所もわからなければ、周りの地図もなくて。
それどころか、目的地の地名さえ分からない状態。
端的に言えば、完全な迷子。
遠まわしに言えば、ノーマネーかつ社会的な一般常識さえも怪しい、ホームレスな子鴉。
「・・・王さｍ」
「質問は許さぬ」
最後まで言う前に即答された。
全部分かってるけど認めたくない、ってところかな？
それだけ状況が理解できているなら、「地図」そのものが無い限り、現在地だけ知っても意味無いってことも分かるだろうに。
「地図くれ」とまで言えないあたりは、プライドが邪魔してるのかなー。
・・・まあ、例え「地図くれ」と言われても、私の立場的には、渡せないんだけどね。
王様の目的が、気になるから。
さっきも言ったけど。
はじめに会ったときの、「300と88夜の遅延」という王様の独白。
本当なら、今から１年ちょっと前に、王様は現れるはずだった。
さっき、こっそりとデバイスのカレンダーで確認してみた。
388日前の「その日」って、ちょうどジュエル・スカリエッティが都市型テロをかました、「ミッドチルダの一番長い日」の当日なんだよね。
ＪＳ事件で放たれたガジェットの中に居て、ＪＳ事件当日に現れる予定だった、Ｓランク相当の魔法生命体。
偶然の一言で片付けるのは、かなり無理がある。
どんな経緯であれ、ジュエル・スカリエッティ側の存在じゃないかっていう疑惑が、消えない。
「・・・答えよ」
王様の声が低くなって、ドスが利いた感じになる。
ついでに、目も据わった。
一気に場の空気が凍る。
これ以上この子のプライドを刺激するのは危険、と私の生存本能が叫んでいる。
口調や表情で、私を脅している気は無いだろう。
そういう、駆け引きの類をする子じゃない。
今はただ、言う通りにならない私への不機嫌が、表に出ているだけだ。
逆に言えば、脅しのための演技じゃない、純度100％の「嘘偽りの無い危険」。
・・・単純に考えれば。
王様が何を狙っていたとしても、この場の座標と地名だけなら、教えても問題は無い。
プライドが邪魔をして地図まで要求できないのは、幸運と受け止めるべき。
下手にはぐらかすと、間違いなく私の命が消し飛ぶ。
「あ、はい。教えますね。口頭で伝えても大丈夫ですか？」
とりあえず、状況に流されるしかないなら、その中で出来ることをしていくだけ。
まず、手にしていたデバイス「ソーサリーブルーム」から現在地の座標を呼び出す。
片眼鏡型のサーチャーの方は、目の前の王様が現れたときの膨大なデータの整理中で、別の処理は任せられないから。
あと、ソーサリーブルームのほうには、ちょっとした特別機能があるからね。
私は座標を読み上げながら、さりげなくデバイス自体を動かして、王様の持つ『本』に近付けて。
さりげなくデバイスに仕込まれた映像機能を使って、『本』の上の数字の羅列・・・たぶん、王様の目的地の座標を記録する。
ぶっちゃければ、盗撮。
この手なら、データのコピーや抜き出しじゃないから、王様のデバイスのセキュリティ機能にも無関係でいけるはず。
問題は、王様本人が気付くかどうかだけど。
座標を読み上げながら、冷や汗だらだらで王様の様子を伺う。
・・・大丈夫みたい。
王様が疎いとかいう以前に、デバイスに仕込まれてるのは音やフラッシュや魔力を出さない盗撮用そのものの機能だし。
それに私自身にも、素人にバレない程度の盗撮スキルはあるんだ。
自慢できることじゃないけどね。
「うむ。大儀であったな、小娘」
地名と座標を教えてあげた後は、先ほどの不穏な殺気はどこへやら。
一転して「王様」って初めて呼んであげた時みたいに上機嫌になり、お褒めの言葉までいただいた。
ここまで感情がくるくる変わる子も珍しいから、これはこれで見ていて飽きないけど。
その中には、さっきみたいに選択肢誤ると即デットエンドなルートもあるから、好意的に「ずっと見ていたい子」っていうものでもないのがね。
この子とのコミュニケーションは、日常会話のレベルですら、ひどく神経を使う。
「・・・王様。これからどこへ行かれるのですか？」
とまあ、関係ない話は措いて。
ジュエル・スカリエッティの関係者である可能性が極めて高いこの子の目的。
多少なりとも掴めないものかと、何気ない素振りで話しかけてみる。
「・・・成さねばならぬ、我と臣下の望みがある。そのために、今から成すべきことがある」
あれ、急にシリアス。
こんな顔も出来たのかってくらい、決意と強い意志を込めた・・・そう、「王」の表情。
なるほど。
これは、「姫」や「王女」じゃあ出せない、「王」の風格。
何が何でも目的を果たそうとするのは、個人にも出来る姿勢だけど。
この子の場合、それは自分だけでなく、他の誰かのためでもあるということが、強く伝わってくる。
自分が体を張るに足りる「臣下」なんだね。
この子の中では「臣下」にされている人たちが、本当に臣下なのかは、また別として。
そういう意味で、この子が「王」を名乗るのは、ちょっと納得した。
この顔を傍から見ていても、思わず惹き込まれそうな魅力がある。
浮世離れし過ぎていて空気読めない性格が、ちょっとアレだけどね。
「我らが闇は終わらぬ。我はそのために、遠き黎明の空より、この地に返り咲いた。・・・多少の誤算はあったがな」
そこでなぜか怖い顔で私を睨む王様。
いや、予定外のアクセス認証変更の怒りを、思い出したように私にぶつけられても困りますって。
恨むなら私ではなく・・・あれ、誰だろう？
えーっと。
ま、強いて言うなら、ジュエル・スカリエッティあたりかな。そっちにお願いします。
新型認証システムの実装は、管理局・司法局・行政局が合同で行う、ミッドの治安向上プロジェクトの一環。
プロジェクトの提唱者は、当時から管理局地上本部の防衛長官だった、故レジアス・ゲイズ中将。
10年も前からプロジェクト自体は実行されていたんだけど、予算が取れなくてなかなか進んでなかったんだよね。
だから本来、新型認証システムの実装は、さらに何年も先のはずだったんだけど。
ＪＳ事件で管理局地上本部のサーバがクラッキングされちゃったんで、あせった管理局が特別予算組んで、前倒しで実装させたんだ。
だから、王様の苦難の引き金は、たぶんスカリエッティ。
おおもとは、レジアス・ゲイズ中将だけどね。
「では、世話になったな小娘。私は、私の成すべきことをする」
最後に残った不満をぶちまけて、気を取り直したのか。
王様はくるりときびすを返すと、背中にあるバリアジャケットの黒い羽（？）を大きく広げて、飛行魔法の準備に入った。
さて。
また、状況が動いてしまう。
目の前にいるのは、一年前のＪＳ事件の関係者・・・の、可能性が極めて濃厚な人物。
しかも本人は、「成すべきことがある」と言っている。
それがもし、ＪＳ事件の延長にある作戦行動だったりしたら、このまま見送るのは猛獣を市街地に放すのと同じ。
では、王様を引き止めて、どこか管理局の施設にでも騙して連れて行く？
それは無理。
この手の「必ずばれる嘘」は、騙して時間を稼ぐ間に、決定的な対抗策を用意しないとだめだ。
この場合、王様以上の戦力で包囲するとか、超強力なＡＭＦなんかで無力化できる場所に誘導するとかね。
でも、王様くらい力のある魔導師を無力化できるだけの戦力や設備なんて、今からすぐには用意できない。
途中で、絶対に不信感を持たれてしまう。
それに、もうすぐこの場には、私のガジェット�祁慎�動の通報を受けた、管理局の武装警察隊が到着する。
ガジェット撃破の報告はすでに送っているから、ここに来るのは、その現場検証をする鑑識班とかその護衛戦力だろうけど。
その人たちが王様と鉢合わせした場合、間違いなく揉め事になる。
王様自体、さっきも痛感したように、感情がころころ変わるうえに駆け引きの出来ない性格だからね。
最悪、管理局員との戦闘になったりしたら、目も当てられない。
王様は、Ｓランク相当の魔導師。
対して武装警察隊は、私の報告からガジェット�祁燭料蠎蠅鯀枋蠅靴討い襪�ら、Ｂ〜Ｃランク４人程度の陸戦魔導師チームのはず。
その編成じゃあ王様には歯が立たないし。
なにより、ここが廃棄市街地とはいえ、その向こうには一般市民の生活圏が隣接している。
王様が広域攻撃魔法とか、遠距離まで貫通する砲撃とかぶっぱしたら、それだけで大惨事になる可能性がある。
だから、私がこの場でとるべきベストの行動は、立ち去る王様の邪魔をしないこと。
武装警察隊が来る前に、早々と王様に立ち去ってもらって、その後ですぐに、事の次第を警察隊や関係各所に通達することかな。
後でお咎めがあるかもしれないけど、さすがにこれ以上は、私の能力と精神力の限界を超えている。
・・・でも。
公僕としては、それが一番いい選択だとしても。
私個人としては、どうしてもそのままにしておけない引っ掛かりが心に残る。
「・・・王様！」
気がつけば。
飛び立とうとする寸前の王様に、思わず声をかけてしまった。
「どうした、小娘。うぬがいくら望もうとも、王の道程には連れてゆけんぞ？」
飛び立とうと広げていた羽はそのままに、私のほうを振り向く王様。
セリフとはうらはらに、まんざらでもなさそうな表情なのが、この子らしい。
幼くて、凛々しくて、気分屋で。
孤高が様になるけど、案外に寂しがりや。
今から私が言おうとしていることは、絶対にこの子の心を波立てる、余計な一言だ。
自分の身を案じる意味でも、単なるヤブヘビなのは、わかっている。
その確信がありながら、自分の言葉が止められない。
「王様。・・・『八神はやて』の名前に、心当たりはありますか？」
反応は、劇的だった。
その一言を聞いただけで、王様の雰囲気が一変するくらいに。
「知らぬ、とは言えんな。闇統べる王の座を棄て、朽ち果てるしかない残骸を拾い上げた・・・忌々しい、塵芥だ」
口調は穏やかだけど。
王様の顔に浮かんだのは、さっきまで見せた「不機嫌」どころではない、「激情」。
それだけで、２人の間にあるものが伝わるくらいに濃密な、感情の昂り。
２人の間には、まぎれもなく何かしらの事情がある。
そしてそのことで、本気でぶつかり合った経験があるのは確実だ。
・・・でも。
王様がその名前を聞いて呼び起こした感情は、たぶん、「殺気」や「殺意」じゃない。
強いて言えば、「戦意」とでもいうのかな。
どうやっても殺したい、復讐したい、といったネガティブなものではなくて。
決着をつける、宿命の相手、みたいな感じ。
この子は、感情や思考をを隠さないからね。
下手をしたら言葉で話す以上に、いろんなことが読み取れる。
むしろこうやって、自分の意思や思考を積極的に相手に受け取らせることが、この子なりのコミュニケーションの手段なのかもしれない。
そして。
根拠の無い、単なる直感だけど。
さっき王様が言ってた「成すべきこと」は、少なくとも「八神はやて」がらみのことじゃあない。
「八神はやて」がらみのそれは、言ってしまえば王様個人の感情であって。
「王」として臣下のために成すべき望みとは、全く別物のはずだから。
「・・・話は、それだけか？」
王様は、遠くを見ている。
噛み締めるような声で、つぶやいた。
湧き上がる膨大な感情は一瞬だけだったみたいで、それを乗り越えた王様は、少なくとも、表面上は落ち着いたみたいだった。
正直、自分から地雷を踏み抜いた以上、いろいろと覚悟した。
でも、王様はそれを短絡的に私にぶつけようとは、しなかった。
「はい。・・・申しわけありませんでした」
これだけは、心から謝罪した。
いくら自分が抑えきれなかったとはいえ、相手の心を乱すことを承知で言葉に出したのだから。
「非礼は、今までの礼に免じて１度だけ許す。だが２度と、我の前で・・・その名を口にするな」
そういい残すと。
もう一度、王様はくるりときびすを返して。
大空へと、飛び立っていった。
次へ
著者：くしき
858 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/05(金) 20:07:34 ID:a74D0S8A
859 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/05(金) 20:09:25 ID:a74D0S8A
860 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/05(金) 20:10:18 ID:a74D0S8A
138 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/17(水) 13:29:27 ID:pGPgaZXo
139 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/17(水) 13:30:02 ID:pGPgaZXo
140 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/17(水) 13:30:40 ID:pGPgaZXo
141 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/17(水) 13:31:17 ID:pGPgaZXo
142 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/17(水) 13:31:55 ID:pGPgaZXo
143 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/17(水) 13:32:33 ID:pGPgaZXo
144 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/17(水) 13:33:17 ID:pGPgaZXo
145 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/03/17(水) 13:34:03 ID:pGPgaZXo
40 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:20:12 ID:KJmVlMtU [2/10]
41 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:20:42 ID:KJmVlMtU [3/10]
42 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:21:21 ID:KJmVlMtU [4/10]
43 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:21:55 ID:KJmVlMtU [5/10]
44 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:22:36 ID:KJmVlMtU [6/10]
45 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:23:20 ID:KJmVlMtU [7/10]
46 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:23:53 ID:KJmVlMtU [8/10]
47 名前：公務員の一日（午前） [sage] 投稿日：2010/06/09(水) 14:24:31 ID:KJmVlMtU [9/10]
私の名前はダルカ・ルーイン。１４歳、女性。
つまりは、まだギリギリの範囲で、いわゆる少女。
こう見えても魔導師で、魔法校と訓練校での専攻は一貫して、探知と、検索と、転送の魔法。
攻撃魔法は全般的に苦手で、特に射撃魔法なんかの「遠くに飛ばす」系や、砲撃魔法とかの「溜めて放つ」系は絶望的。遠距離攻撃？ナニソレ？
そのわりには広域探索や長距離転送魔法なんかは専門にする、いわゆる便利屋。
戦闘も、人並みにはできるけどね。
肩書きは、公務員。
魔導師であることと合わせてよく誤解されるけど、所属は「管理局」ではなく「行政局」ね。
まあ、何が違うのかといえば。
管理局は、いわゆる「警察」であって、捜査権や逮捕権、治安維持のための武力を持っているところ。ミッドチルダでは「消防所」の役目もこっち。
行政局は、いわゆる「役所」であって、市民の普段の生活をサポートするのが役目。具体的に言えば戸籍とか、納税とか、福祉とか、ゴミ処理とか、インフラ整備とか。
で、私のいる部署は、「生活相談窓口課」。そこ、笑わない。
そんなところに魔導師が必要なのかといえば・・・やっぱり、居たほうがいい。
もちろん、直接行政局に来る人への応対や、通信で寄せられる市民からの苦情を処理する、いわゆる内勤の仕事には、魔導師は必要ないんだけど。
あたまから説明するなら、生活相談窓口は、住民の相談を直接「解決」する部署ではなくて。
とりあえず住民から寄せられた苦情を吟味して、それが本当に問題なのか、問題ならどんな種類のものなのかを見極めて。
しかるべき行政局内の部署や、場合によっては管理局や司法局へと報告して問題の解決を依頼する、「情報の仕分け」を主な仕事とするところなのだ。
私の仕事は、寄せられた情報の中で実際に確認が必要なものを、現地に行って調査すること。
他の人もいるけど、魔導師である私は、検索魔法を使っての超効率な偽造書類のチェックや、犯罪者の関与が予想されるような、キナ臭い情報の裏を取ることが役目。
単純な住民間のトラブルとかは、それ専門の、人生経験も積んだベテランのおっちゃんやおばさんが調査に向かうし。その辺は適材適所だね。
で、本当にヤバそうなら報告書を添えて、可及的速やかに解決すべし、と担当部署や管理局にネジ込むのだ。
「生活相談の中に犯罪っぽいかもしれない情報があったよ！あとよろしく！」って感じに、それっぽいってだけで管理局に丸投げするわけにもいかないし。
管理局、というかミッド地上本部自体は、先の事件のこともあって慢性的な人手不足で、いつもバタバタしてるから。
それで、本日のお仕事の舞台は、元・臨海第８空港方面にある、都市復興作業の現場。
仕事用に行政局から貸与されている官給品の杖型デバイス「サーチャー」を携え、朝から列車に乗り込んで、直接現地へと向かう。
ちなみに行政局にも区分があって、私が所属するのは、ミッドチルダの北部地域にある、ミッドチルダ行政局・北部支部。
ベルカ自治領がある地域っていえば分かりやすいかな。
あとは、１年前の都市型テロ、いわゆる「ＪＳ事件」において、管理局の部隊と、「聖王のゆりかご」からバラ撒かれたガジェットドローンとの、主戦場になった場所。
俗に言う「災害の爪あと（この場合は人為的なテロだけど）」というやつは、癒えるまでに理不尽なまでの時間と予算と労力を必要とする。
しかも、その場で完治させなければ、後遺症となってずっと後まで尾を引くのだからタチが悪い。
今向かっている復興作業現場も、市街戦でブッ壊れた建物とかガレキを撤去して、更地にする作業をしているところ。
ついでに、その先にある、５年前から事故で閉鎖されている元・臨海第８空港とその周辺の廃棄都市区画まで更地にして、最終的には大規模に市街地を再開発する計画みたい。
そのための予算を出すのは行政だけど、仕事自体は落札した民間業者に委託しているから、その会社が行政局との契約どおりに仕事しているかを抜き打ちで調査しに行く、というわけだ。
生活相談窓口に寄せられた匿名のタレコミによれば、わりとブラックな感じで予算を浮かして、懐に入れているらしい。
その会社に対して業務を委託した、行政当局の復興対策課にも話を通し、了解も得ている。
ただ、ついでに他の契約項目もチェックしてきてほしいと余計なものを頼まれてしまった。ガッデム。
そんなわけで今日の私には、この件についての大雑把な権限が与えられている。
対象は小規模な土建会社だから、作業現場と会社の両方を見て回っても、一日かからないはず。
午前中はこうして電車で現場に向かい、契約どおりの作業環境が整えられているかを見る。
昼食は、同僚から現場近くで評判のいい店を教えてもらったので、そこを攻めてみることに決めている。
そして午後からは会社のほうに行って、適当な書類に目を通させてもらう予定だ。
その、午後からの仕事が、私の本領。この仕事が回された理由である。
こうみえても法務や経理の資格持ちで、前の職場で似たことをした経験もあるから、魔法を抜きにしても、私はこういったデータ探しには鼻が利く。
そのうえで、アタリをつけた資料の中身を検索魔法で一気に読み取って、吸い出した情報を行政局のデバイスである「サーチャー」に記録。
資料をチェックする権限はあるけど、証拠品として押収したりする権限までは無いからね。
もし、ヤバいと自覚がある帳簿なんかが隠蔽されていたとしても、探知魔法と検索魔法を駆使して不自然な痕跡をたどれば、それ自体を追跡できるし。
万が一、紙の帳簿を焼却とか、電子データを消去なんかされても、書籍やデータの修復魔法と同じ要領で、中にあった情報の再構築もできる。
さすがに時間が経ちすぎると無理だけど。
意外と難しくてプチレアな特技。そんなレアケースでない限り使い道がないとかは言うな。
で、それらがつつがなく終われば、行政局に帰って中身を分析。
何もなければよし。
悪い事が見つかれば、復興作業を一任されている復興対策課に報告書を提出、という流れで、私の仕事は終了。
あからさまに不正や犯罪があったとしても、それをどうこうするのは、行政当局の担当部署や、管理局や、司法局の仕事だからね。
そう。
今日一日は、だいたいそんな流れになる、はずだったのだけれど。
「あれ？」
最寄の駅から、さらに公共バスを乗り継いで到着した作業現場。
すでに今日の仕事は始まっていたらしく、ガレキと廃ビルだらけで住人不在の市街地には作業員が散らばり、重機が稼動している。
とりあえず現場責任者を捕まえて話をつけ、作業状況のチェックに入ろうとした、そのとき。
異変は起こった。
爆発音。
それに続く、大きなビルの倒壊。
少し遅れて・・・複数の、悲鳴。
ここからは遠い。
廃棄された市街地に阻まれて視界が通らず、目視では廃ビルが倒壊して粉塵が舞い上がったことしか確認できない。
はじめはビルの解体のために発破でもかけたのかとそちらを見たのだが、周囲の作業員に走った緊張と、それに続く悲鳴が、これが不測の事態だということを告げていた。
事故か何かが起こったことを感じつつも、どこか茫然自失として即座には動けない者。
おそらくは本社に第一報を入れている者。
そして現場を確認するために大急ぎで移動する者。
各々がてんでバラバラに動きだし、周囲は収拾がつかない・・・というより、これから収拾がつかなくなるのが分かっていながら、ソレを抑えられない状況だ。
この場に居続けても、らちがあかない。
「サーチャー」を杖状のデバイスモードへと移行させながら、、先ほど捕まえた現場責任者にすぐに管理局の災害担当課へと連絡するよう指示。
周囲にいる作業員は完全に無視して魔力を開放、バリアジャケットの装着と同時に、事故現場の方向へと、飛ぶ。
「サーチャー、広域サーチ開始」
<all right>
本来、都市部での飛行には許可が必要だが、さすがにそんなことは言ってられない。
倒壊したビルの上空に到着すると同時に周辺全域をサーチし、できる限りの情報を収集。
サーチャーは、その名の通り検索機能と探知機能に特化したストレージデバイスの本領を発揮。
周辺の熱量、風向風速から求められる爆発の起点、周囲にいる人間の配置などの膨大なデータが、デバイスの付属装備である片眼鏡型の網膜投影ディスプレイに表示。
同時に、死角になっている廃ビルの向こう側やガレキの陰が、収集されたデータで補われて、擬似的な視野として表現される。
問題の場所は・・・見つけた。ガレキの中にある、地下街への入り口。
その中から次々と走り出てくる、おそらくは中で作業に当たっていた作業員と思わしき人影。
ちょっとまて。ビルが爆発倒壊したのに、なぜに地下が起点？
そう思って、片眼鏡の表示する熱量分布に目を移すと。
地下街の入り口から少し離れたところにぽっかりと開いた、構成材の融点を越す熱量の、大きな「穴」。
なるほど。
地下からものすごい熱量の・・・おそらくは熱線みたいなのが斜め上に打ち上げられて、天井である地表部分を溶かして、ビルの根元に到達。
それがビルをなぎ倒した、と。
念のために周辺の魔力素の表示にも目をやるが、分布範囲も濃度も「通常」。
つまり、魔法が使われたわけじゃないってことだ。
「・・・」
嫌な予感がする、というレベルでは、もはやない。
現場の状況と広域サーチのデータから、すでにこの事態の原因は、ほぼひとつに絞られた。
私は、自分の中にある「確信」を「確定」にするために、地下街の奥、熱戦の発射地点と思しき周辺にサーチの範囲を絞る。
見つけた。
それはもう、あっさりと見つけてしまった。
動力反応、確認。動力波形、行動パターン共に、既存のデータと一致。
サーチによる多次元的な情報で構築された私の擬似視覚にも、片眼鏡を通して予想通りの形のものが浮かび上がった。
「うぇ、『はぐれガジェット』だ」
識別コード「ガジェットドローン�祁拭廖�
１年前の「ＪＳ事件」においてバラ撒かれた、人間よりも大柄な、球形のボディーの自律型機械兵器。
こうした復興作業現場で、ガジェットドローンが、思い出したように動き出す事態は、実はそれほど珍しいものではない。
原因がよくわからずにフリーズしてしまったデバイスでも、強制終了させて再起動すればまた何事もなく動き出すことが多いように。
一度撃墜されて機能を停止し、ガレキの中に埋まっていたガジェットが、何かのはずみで自己修復機能や再起動のスイッチが入って動き出し、当初のプログラム通り無差別に人を襲うのだ。
復興作業には常にこのリスクが伴うため、わざわざ行政局のほうも専用の予算を組んで、会社側に一定の数の武装警備員を配置するよう義務付けているんだけど。
現場に到着してから爆発が起こって今まで、それらしき姿はまったく見えない。
つまり、タレコミどおりにブラックだったここの会社は、行政局からの警備員雇用の補助金まで懐に入れていたわけだ。
ガジェットドローンに対応できる対ＡＭＦ戦闘訓練をした民間魔導師は、復興作業における需要の増大と合わせて、今や警備会社の花形。
当然、雇用費も保険もバカみたいに高いしね。省けば相当、費用が浮くはずだ。
さて。
すべての状況がクリアになったところで、自問する。
この場における、私のとるべき行動だ。
こういう場合、普通なら現場にいる民間会社の警備員が仕切り、作業員の安全確保を最優先に、可能ならばガジェットを撃退。
無理なら、管理局の武装警察隊に通報して後を任せて、作業員ともども避難する。
私もさっき、ガジェットであることが確定した時点でデータを添えて管理局の武装警察隊に通報したけど、駐留所からの距離的に考えても、到着までには時間がかかりすぎる。
戦闘には長けていたとしても武装警察隊のほとんどは陸士で、スクランブルできるわけじゃないし。
まあ、この場合は管理局に非はないけどね。
管理局の対応の遅さとかの問題ではなく、やっぱり、即座に対応できる武装警備員が現場に居なかったのが致命的なんだ。
地下街から地上に逃げた作業員の安否もサーチャーからの情報で追跡できてるけど、バラバラに逃げたり隠れたりしているのを、一人でいちいち保護するのも無理。
特に、この現場で働いている作業員のほとんどは、地元の住民のはずだ。
１年前のガジェットドローンの襲撃で、ＰＴＳＤを発症するようになった例は多いと聞いている。
まかりまちがってガジェットに遭遇すれば、それだけで恐慌状態になっている可能性も高い。
そんな精神状態の彼らを、私一人で安全な場所に誘導できる状況ではない。
無責任で冷たい判断になるけど、ガジェットから逃げていて距離を置いてくれているだけ、まだ安全度は高い。
となれば。
一番の問題は、地下街から逃げ遅れた作業員だ。
データで確認できているだけで数人、ガジェットよりも「奥」で身動きが取れていない人間がいる。
たぶん、ガジェットが再起動したときに奥に居て、ガジェットは入り口近くの作業員のほうを先に認識して追いかけたため、無事だった。
でも、入り口のほうの作業員が地上に逃げ切ったあと、ガジェットは地上に出ず入り口付近をうろうろし始めたので、出るに出られない状況なんだろう。
地下街も、サーチで確認する限りは奥のほうはガレキで埋まっていて、別の出口から出るわけにもいかないっぽいしね。
放置すれば、いずれガジェットに見付かるのは確実。見付かれば逃げ場もなく熱線に焼かれるのも確実。
彼らがガジェットに見付かる前に武装警察隊が到着する可能性は、限りなく低い、と。
「・・・やらないとダメかー」
私は痛む胃を押さえ、覚悟を決めて、地下街の入り口に降り立った。
地上に降りてまずすることは、行政局の権限で作業用の通信に介入しての、地下街の作業員へ状況の伝達。
出来るだけガジェットに見つからないよう、奥に居ること。
すでに管理局の武装警察隊に救助要請が出ていること。
管轄は違うけど、行政局所属の魔導師が、露払いとしてそちらに向かうこと。
閉所、暗闇、死の恐怖。この三重苦だと、割と簡単に精神を削り取られるからね。
この場合、錯乱でもして取り返しがつかないことが起こらないよう、気を使う必要があるんだ。
で、作業員とのやりとりを続けながらも、手早く戦いの準備を整え、さらに頭の中ではこれから成すべき段取りを確認する。
時間の余裕はないからね。まずは装備。
「サーチャー、グラスモードへ」
私の呼びかけに応えて、手の中の杖が消失。今までデバイスのディスプレイ部分だった、片眼鏡のパーツだけが残る。
この形態では、こっちが本体。
半待機状態で、デバイスとしての機能は使えなくなるけど、オートで今までと同じく周辺のデータ収集を引き継いで、表示してくれる。
サーチャーは、検索と探知の魔法に特化したストレージ。仕事用としてはこれ以上ないくらいに私にとって使いやすいものだけど。
でも、戦闘とか他の用途をばっさりと切り捨てたカスタム仕様で、戦闘に必要な最低限のプログラムすら積んでないんだ。
だから残念だけど、今は役者が不足。ここからは、データの収集と表示に専念してもらうことになる。
その代わりに、ポケットから取り出したカードをデバイス形態に。見かけはサーチャーとあんまり変わらない、シンプルな杖。
名前は、ソーサリーブルーム。前の職場での、私の相棒。
デバイス自体は、容量と処理速度を限界まで底上げしたストレージで、装填数３のカートリッジシステム以外には特別な機能があるわけじゃないんだけど。
こっちはサーチャーとは逆に、戦闘時の私の立ち位置であるフルバックに対応したデバイス。
やっぱり補助支援魔法の特化ストレージだけど、私個人のデータをもとに調整された戦闘用のプログラムも積んでいる。
程度の差はあれ、ガジェットとの戦闘は避けられそうにないから、こっからはこの子の出番。
そして、装備の変更と同時に、私が成すべき段取りの確認。
最優先は、地下街の奥に居る作業員の安全の確保。
そのためには、地下街入り繰り付近に居るガジェットを地上におびき出すか、それとも直接、作業員のほうを地上に連れ出すか。
ガジェットを地上に引っ張り出す場合は、狭い地下道で、多少なりともガジェットと戦闘する必要がある。
逃げ場のない場所で、至近距離からぶっとい熱線とかを突っ込まれちゃうリスクがあるわけだ。
ガジェットを無視して作業員を地上に連れ出す場合には、転送魔法の出番。
ガジェットが開けた穴から奥に入って、作業員をまとめて地上に転送することになるかなー。
座標は掴んでるけど、見えない所に居る対象をこっちへ転送するのは難しいからね。私がその場に行かないと確実性が薄いんだ。
まあ、リスクとリターンを考えたら、まず試すのはこっちかな。
そんな感じで準備を整え、サーチャーからのデータを睨みながらおおよその方針を決めたとき。
チチチチ、と片眼鏡が投影する映像に、黄色の警告と、アラート音が割り込んだ。
「うぇ、やっぱり間に合わないか・・・」
私は今までの試案を投げ捨て、空を飛んで全力で移動する。
目指す先は地下街ではなく、最初にガジェットが熱線で地上に開けた穴のほう。
今のアラートは、ガジェットの索敵範囲内に、作業員が入る可能性を知らせるもの。
まだ見つかってないはずだけど、獲物を探して地下街をうろつくガジェットが、作業員のいるエリアに近づいてきたってこと。
のんびりしていた気はないけど、手順確認と戦闘準備で後手に回った感は否めないかな。
私は地面スレスレを飛びながらガレキの山をすり抜け、熱線で溶解した穴に到着。
まだ熱気と焦げ臭いにおいを放つそこを潜り抜けて、地下街へと入り込む。
・・・いた。
廃墟になっている地下街に照明はないけど、広域サーチのデータをもとに片眼鏡に投影される擬似視覚が、地下街を鮮明に浮かび上がらせる。
地下街に入って早々、壁のように、地下通路そのものをふさぐようかたちでこちらに移動する、ガジェットドローン�祁燭了僂�確認できた。
私の入り込んだ位置は、ガジェットと作業員のいるエリアの間。
ここから地下街の入り口方向にいるのが、こちらに移動中のガジェット。
私の後ろにあるのが、作業員たちが隠れている奥のエリア。
今から奥に行って、作業員ごとまとめて転送して逃げるには、時間がない。
集団での転送魔法には時間がかかるしね。
最短ルートでガジェットが奥に来た場合、転送が間に合わないんだ。
だから、ここにいたっては、手段は一つ。
地下街から地上へとガジェットを出して、奥に居る作業員への危険を取り除くことしかない。
大型のガジェットドローンと、支援型魔導師の私とのタイマン、ってわけだ。
お相手は、カジェットドローン�祁拭�
大量投入された消耗兵器としての�儀燭箙匐�戦力の�況燭醗曚覆蝓△匹舛蕕�といえば、自走砲台としての拠点防衛的な役割に使われていたマイナーな機体。
攻撃手段は幅広で頑丈な２本のアームと、それよりは細い４本のアームケーブル。そして中心の砲口から放たれる熱線。
厚い装甲と大出力の砲撃は、本来Ａランク以下の魔導師はチームを組んで相手にするレベルの敵で、一人での撃破はＡＡランク以上か「必殺技」持ちでないと難しい。
対する私の魔導師ランクは、総合Ａ+。
空も飛べるけど、戦闘能力を含めた評価である「空戦」ではなく、戦闘能力は考慮されない「総合」ランクのほう。
つまり、戦闘においても攻撃ポジションには居ない、後方支援型の魔導師。
マルチスキルの獲得は柔軟性と生存性の向上で強さには無関係っていうのは、私が唯一尊敬するひとの言葉だけど。
さすがに今だけは、生存性を上げるために、中途半端でもいいから戦闘技術ももう少しほしかったかな、とは思うかな。
ってまあ、勝てないなら最初から絶対に相手はしないけどね。
ここでやるからには、勝算があるってこと。
私も一通りの対ＡＭＦ戦闘訓練は受けているし、チーム戦だけどガジェットとの戦闘経験は嫌というほどある。
それに�祁燭妨造辰刃辰任呂覆い韻鼻∪茲裡複啝�件で大量に得られた実戦データから、ガジェットの武装や思考ルーチンは完全に解析されている。
だから、打開策はそれなりに用意出来ているんだ。
「ソーサリーブルーム、Ａ-３モード移行」
デバイスの、対�祁人僂寮鐺�補助用プログラムを起動。
ここに、サーチャーから得られた目の前の�祁燭離如璽燭伴�りの情報を乗せれば、一対一であるならば完封できる戦闘パターンを構築することができる。
要するに、�祁燭了弭優襦璽船鵑魑媼蠅砲箸辰董△い錣罎襦屮魯畛Δ后廚海箸皺椎修辰討錣韻澄�
ただ、それで万全であれば苦労はしない。
一応、私の個人データは考慮されてのものだけど、プログラムが要求する攻撃・回避のパターンに、私自身が追従できるかは別問題なんだよね。
対応を誤れば、一撃で致命傷を負いかねないリスクは抱えたまま。
付け加えるなら、私の攻撃力ではガジェットの防御力を抜くことは難しいから、攻撃を通すのは、完全にカートリッジによるドーピング頼り。
その、冗談抜きの生命線であるカートリッジの手持ちも６個だけ。最初からデバイスの中に装填されている分が３、予備として専用ケースに持ち歩いていたのが３。
今朝、家を出るときは、さすがにこんなハードでバイオレンスな展開は予想してなかったから、手持ちは少ないんだ。
「さて。久しぶりに、いきますか」
控え目に気合を入れて、私は正面のガジェットへと突進する。
同時に、ディスプレイのアラートレベルが変化して、赤色の警告と耳障りなアラート音。
ガジェットに、捕捉された警告。
こちらを認識して、２本の大型アームと、複数のアームケーブルから次々繰り出される、ガジェットの攻撃。
めまぐるしくディスプレイに表示されるガジェットの攻撃パターンと、それに応じた回避軌道ルート。
密閉空間で、左右の大型アームと複数のアームケーブルを回避しきるのは、さすがに至難だけど。
プログラムの不備というよりは、私の技量と、機動力の問題。
回避しきれない左右の大型アームの攻撃に対して、デバイスを両手で構えてシールドを展開。
がつがつん、と左右のアームケーブルがシールドに叩き付けられる。
両方のケーブルがシールドとの衝突で角度をずらされたのを確認して、負荷で圧壊する寸前でシールドを消去。
左右のケーブルは私の両脇をすり抜けて、壁にぶつかり、地下街を揺らした。
続いて、更なるアラート。内部に極大の熱源反応。
ついに来た。
�祁燭隆靄楾況皀僖拭璽鵑里劼箸帖▲◆璽爛院璽屮襪任海辰舛瞭阿�を止めての熱線照射。
この連携自体は、私だけなら対応しにくいんだけど、今はデバイスがそのタイミングとルートを示してくれる。
事前に熱線が来ることが分かっていれば、それに耐える準備も出来るしね。
そう、「回避」じゃなくて「耐える」こと。
もちろん回避も出来るんだけど、今回プログラムが提示して、私も納得の上で選ぶルートは。
熱線をくぐっての、正面突破。
閃光。
至近距離の私を狙って放たれる、ガジェットの熱線。
最初の最初に地下街の天井を抜き、ビルを倒壊させた一撃。
私はソーサリーブルームのひとつ目のカートリッジをロード。
同時に、発動遅延させていた防御魔法も一気にトリガーする。
「・・・っ！！」
絶望的なほどの、灼熱感。
これを見越してあらかじめ用意していた、耐熱フィールド魔法と耐火バリア、そして虎の子のカートリッジを使ったシールドまでを重ねている。
それでも完全には防ぎきれない。
熱線が到達するのを防ぐため、最終防御手段であるバリアジャケットまでパージしてダメージを軽減しなくちゃいけないほど。
直接は触れてないけど、全身が輻射熱でくすぶるのが分かる。
閃光が去った。
最初の一撃を受けただけで、私はすでにバリアジャケットまで失い、インナー剥き出しの満身創痍。
でも・・・こらえた。そして見返りは大きい。
熱線は連続使用できず、アームケーブル類はその構造上、密着すれば死角が多い。
つまり、「ハメ殺す条件が整った」ってこと。
周囲のあらゆるデータを分析して、ガジェットのスペックと思考ルーチンを考慮して、得られた結論。
耐えられるダメージは限界まで耐えて、手出しの出来ない距離まで密着して、ハメ殺す。
それが最大効率であり、奥に居る作業員を危険に巻き込まない選択であり、結果的に最も私自身にダメージが少ない戦い方。
死ななきゃ安いってことだね。
魔力を溜められず、飛ばせず。高速移動なんかも実戦レベルでは使いこなせない私が、ＡＭＦ状況下で戦う場合。
それは必然的に、ベルカ式よりもさらに密着した間合いでの、足を止めてのガチ殴り合いという戦闘スタイルになるんだ。
バリアジャケットを再構築する余裕なんかない。あとは、攻めるだけ。
まず一撃。
熱線に突っ込んだ勢いのまま体当たりするようにガジェットに密着しつつ、２つ目のカートリッジをロード。
魔力をデバイスの先端に集中、ガジェットの装甲に押し当てる。
<Break Impulse>
デバイスが触れた瞬間、ガジェットの装甲が内側から爆ぜるように瓦解。
装甲と、そして中の機械類が一気に弾け飛んだ。
ブレイクインパルス。固有振動数をぶち当てて、対象を破壊する接触魔法。
本来はデバイスで接触した後に固有振動数を探り当てるから、発動までには少し時間が必要なんだけど。
今回はガジェットのデータが出揃っている上に、索敵専用デバイスで直接スキャンしたデータまでそろっているから、それを探る手間がいらない。
タイムラグは無しだ。
さらに追撃。３つ目のカートリッジをロード。
高密度の魔力がデバイスの周囲に展開されて、一瞬だけデバイス全体を包む。
単純、ゆえにＡＭＦ状況下でも堅牢な、近代ベルカ式に近い打撃強化魔法。
一撃目と同じ箇所めがけて、カートリッジの威力を乗せたその一撃を、バットを振るうように思い切りフルスイング。
ガジェットはさらに破片を撒き散らしながら吹き飛んで、ボールみたいに壁と床と天井にでたらめにぶつかりながら、通路の奥へと転がっていった。
まだ手は止めない。いや、止められない。
私の魔導師としての攻撃スペックでは、ここで大勢を決めないと勝機がない。
使い切ったカートリッジを排莢、新しいの３個を装填しながら、すぐさま間合いを詰めるために、ガジェットに向かって飛ぶ。
ただ、このまま破壊してはだめなんだ。
奥にはまだ作業員が居る以上、こんな密閉空間でガジェットを爆発させるわけにはいけない。
バリアジャケットがない私も、無事じゃ済まないしね。
もちろん、爆発せずに動力だけ停止させる方法もあるけど、今の状況と私の戦闘技量ではそれは狙えないし。
だから、無理やりにでも場所を移動させなきゃいけない。
もう、ガジェットを誘導するような余裕は無いから、完全な力技になるけど。
ガジェットに到達するわずかな時間のあいだに、装填したばかりのカートリッジのうちの２個を、一度にロード。
チャージするのは・・・転送魔法。
だけど、�祁燭澆燭い並膽僧未里發里蓮△い�らカートリッジで魔力を底上げしても即興じゃ数メートルしか転送できない。
おまけに、一方的に放り出すのはムリで、自分も一緒に飛ばないと制御できないレベル。
そのガジェットも、体勢を立て直しつつある。
転がった先で左右の太い腕を通路の天井と床に突っ張って体制を保持しつつ、４本の細いアームケーブルを伸ばしてこちらを攻撃。
でも、その動き自体はこちらの把握している思考ルーチンを逸脱したものじゃない。
私は片眼鏡のディスプレイに表示された回避パターンをなぞって飛行。
インナーのあちこちを削られながらも転送魔法を維持しつつそれらをかいくぐり、もう一度懐に飛び込んだ。
ガジェットにデバイスが触れる。
その感覚を確認すると同時に、チャージを終えていた転送魔法を発動。
転送座標指定。
x軸＝０。y軸＝０。z軸のみ正方向に。
つまりは、真上へ。
一瞬の、意識の暗転。
ガジェットが「地面」に落ちる轟音で、意識と、上下感覚が引き戻される。
暗所からの急な明度の変化で、目を刺す陽光。頬に感じる、廃墟の埃まみれの風。
まぎれもなく「外」。
地下街から地上への、転送成功だ。
それを確認した瞬間、我知らず、ぷはっ、と大きく深呼吸。
地下街という閉塞空間から出たという精神的なものもあるけれど。
なにより大きいのは、ギリギリ残ったフィールド魔法で保護されていたとはいえ、熱線で気化した有毒蒸気や、気管支を灼く熱気そのものを吸い込む危険が無くなったこと。
気が緩んだせいか疲労と体中の痛みも一気に噴き出したけど、まだ戦える。
カートリッジの残りは正真正銘あと１個だけどね。
と、最後の気力を振り絞って地上にあがったガジェットを睨みつけると。
当のガジェットは、その球形のボディーが真ん中からバックリと割れて、動かなくなっていた。
「・・・」
とりあえず気は抜かず、デバイスを両手で構えながら、サーチャーを介してガジェットをスキャン。
動力反応、極めて微弱。駆動部分に自立的な動きはなし。内部での、これ以上のエネルギーの発生も認められず。
―――結論。ガジェットドローン�祁燭粒萋按篁漾Ｇ�発の可能性も、なし。
私とガジェットがワープアウトしたのは、地上ギリギリではなく、地面よりわずかに上。人間の身長より少し高いくらいの位置だった。
いちいち地表きっちりの座標にする必要も、余裕も無かったからね。
ガジェット�祁燭砲鷲睛掲塾呂�あるから、そのまま試合続行かと思っていたんだけど。
私からのダメージで自重を支えることが出来なくなっていて、そこに加わった落下の衝撃が、トドメになったみたい。
爆発しなかったのは、まあ、単純な幸運かな。
「終わった〜」
と、結論まで達したところで、気力も体力も限界だった私は、だらしなく足を前に投げ出して、べったりと地面に座り込んだ。
いや、マジでダメージきついって。
熱線を防ぎきれなくて前髪とか縮れちゃったし。輻射熱にあぶられて肌とか目とかチリチリするし。
バリアジャケット全壊、その下のインナーも破損。ストリップまではいかないけど、寝間着で外に居る程度には恥ずかしい格好。
魔力もカラッポで再構成する余裕もないから、むしろバリアジャケットを解いて、私はここに来たときの行政局の制服姿に戻った。
ああ、そう。行政局の仕事で工事現場の視察に来たんだったよね、と今更ながらに思い出す。
よく考えたら、まだ日も昇りきってない。お腹もすいてないし。
出勤の時間の遅い人たちなら、むしろこれから今日一日が始まるような時間帯。
私としては、もう今日の仕事は終わった気分だけど。
でも、とりあえずまだやることは山積みなんだよねー。
ガレキに背を預けた、だらだらした姿勢のまま、とりあえず行政局や管理局の関係各所にガジェット沈黙を連絡して。
それから、出動要請してる武装警察隊がきたら、状況の説明もしなきゃいけないし。
行政局に帰ってからは今回の件の報告書の作成と、無許可飛行の事後申請と、都市内での戦闘用デバイス及びカートリッジ使用の始末書と。
いい加減考えるだけで滅入ってきたので、いっそこのまま疲労に任せて居眠りしつつ、負傷者のフリをして病院に運ばれようかということまで考え始めたとき。
私の意識に、ふと、引っかかるものがあった。
いまだ起動を続けているサーチャーの示すデータに、変化は無い。
つまり、何かが起きたわけじゃない。
私が気になったのは、一度だけ確認した、ガジェット�祁燭了蝶次�
破壊されてむき出しになった内部の、パーツの一部。
なぜ、センサーにも引っかからないそれが気になったのかは、正直よくわからない。
強いて言うなら、経験と勘かな。
前の職場でよく扱った、「遺失物」によく似た匂いがするもの。
基盤にアクセサリのようにはめ込まれていた、「正八面体の青い石」。
――― どん！
と、何の前触れも無く、至近で乾いた爆発音。
天を突く青い光の柱。
遅れて、一気に片眼鏡のディスプレイに表示される、各種アラート。
高エネルギー反応、高レベル魔導師反応、次元震反応、etc、etc。
正直、いっぺんに物事が重なりすぎて、周囲を観測してたサーチャーの機能と表示がスタックするほどの、莫大な情報量の変化。
ついでに私も激変した状況に思考がスタックして、ただただ、ぽかんとしていた。
そんな私の前には。
ガジェットの残骸のなかにたたずむ、小柄な・・・8〜9歳くらいかな、女の子がひとり。
片手にデバイスらしい杖。もう片方の手にも、これまたデバイスっぽい分厚い本。
「フン・・・300と、88夜の遅延だな。あの男め、王たる我に不遜な態度を見せたわりには使えんな。やはり塵芥か」
なんというか。
その印象は、一言で言うなら「白黒まだらの子鴉」、かな。
とりあえず「まだらさん」とか、「こがらすさん」とでも呼ぼうか、なんてことを、思考が麻痺した頭の中で適当に考えてみた。
今、私の視線の先にいるのは、壊れたガジェット�祁燭涼罎�ら突然現れた少女、「まだらの子鴉さん（仮）」。
現れていきなり悪態をついた後は、すぐに手に持った『本』型のデバイスらしきものを広げて、何かを探すように辺りを見回している。
少し離れた場所にいる私には、目もくれずに。
無視されて特に癪に障るとかはないけれど、なんとなく手持ち無沙汰な感じ。
こっちから声をかけれるような雰囲気じゃあないし。
かといって、このまま何も見なかったフリをしてこの子から目を離すのも、さすがにまずい。
いろんな意味でね。
私に意識が向いていないみたいなんで、せっかくだからちょっと不躾に、じっくりと「まだらさん」を観察してみる。
外見は、８〜９歳くらいの、白い髪と青い瞳の女の子。
自分のことを「王」と呼ぶ不思議ちゃん。
女の子なのに、「姫」や「王女」じゃないのね。
でも実際、「王」と名乗っても相応しいくらいに、凛とした強い存在感があるのは事実。
逆に言えば、どこか浮世離れしたというか、地に足が着いていない感じの、垢抜けない印象の子だ。
片手に『杖』、もう片方の手に『本』型のデバイス。
身に着けているのは、黒と濃紺を主体とした、バリアジャケット。
現れた瞬間に観測された魔力素とかの数値からして、最低でもニアＳ、下手するとオーバーＳランクの魔力をもつ、魔導師。
それに、同じく計測値からの推測だけど、たぶん人間じゃなくて、プログラムの実体化かなんかの魔法的な生命体。
まあ、ほかにもいろいろと、引っかかるところはあるんだけれど。
・・・でも、目下、私にとって一番気になるのは。
この子があまりにも、私が以前、個人的にお世話になった人にそっくりなこと。
いや、冷静に見れば、とりたてて外見とか雰囲気とか似てるわけじゃないんだけどね。
髪や目の色も、年齢も、明らかに違うし。
でも、不思議と彼女を見た瞬間、直感的に「あの人に似ている」子供としか思わなかったんだ。
「おい、そこな小娘っ！」
と。
周囲を観察し終えたのか、それとも単にガレキだけの廃棄された市街地を眺めるのに飽きたのか。
「まだらさん」・・・いや、自分で言ってるから「王様」かな。
とにかく王様は、唐突にこっちに向き直って、私に声をかけてきた。
このタイミングで声をかけられると思ってなかったから、とりあえずびっくりした。
ガン見してたから、思いっきり目が合っちゃったし。
でも、王様は、そこらへんについては特に気にした様子もないみたい。
まあ、かけられた声自体、張り上げるような大きい声だったから、驚いたってのもあるんだけど。
王様が立っている場所から私のところまでは、会話するにはちょっと離れているからね。
お互いがその場で会話するなら、声を張り上げないとうまく聞こえない、不便な距離。
だからといって、その距離を自分から詰める気は無いみたい。
むしろ私の方から歩み寄って当然、という感じの上から目線の雰囲気が、ありありと放たれている。
年齢相応のこましゃくれた感じとういよりも、あきらかに大人の傲慢さが伺える態度だね。
女の子は、いつだってお姫様。
そんなふうに、人によっては受け入れられる、微笑ましい子供らしさなのかもしれない。
でも、この子の場合、度を越せば即座にブン殴られる憎たらしさと紙一重だ。
大抵の人間は、Ｓランク相当のこの子に、拳骨を振り下ろすことなんて出来ないけだろうどね。
かくいう私も、この状況でこの子に逆らうとか、苦言を呈するなんてことは、絶対に無理。
「あ、はい。何でしょうか、王様？」
だから卑屈に、仕事用の口調と笑顔で、愛想よく対応する私。
ついでに、ガジェットとの戦闘によるケガと疲労と心労とで雑巾のように重い体を立ち上がらせて、王様の近くに歩み寄る。
正直、「王様」に対する言葉遣いや態度なんてわからない。
ミッドは民主制だし、ベルカ自治区も聖王を祀っているけど、別に王政を敷いてるわけじゃないからね。
だから、無難に。
理不尽な上司や市民の方々に仕事で対応するときのように、否定的な意見は直接言わず、相手の傲慢は聞き流して、丁寧に言葉を返す。
「・・・フン。王の前で跪かぬ不遜と、みすぼらしい格好を晒す不敬は、まあ無知として許してやるとしよう」
私の言葉に、なぜか満足げなしたり顔でうなずくと、急に鷹揚な感じになる王様。
あれ、なんかいきなり機嫌良くなったかも？
言われてみれば、王を名乗るこの子を相手に、事を荒立てないようにするなら、同じ目線で歩いて近寄っちゃだめだよね。
ついでに、いくら精神的に余裕が無かったといっても、自分の格好が本気で汚いのは、ちょっと自覚すべきだった。
なんせ、さっきガジェットと戦ったときに付いたキズや軽い火傷の跡が、あちこちにあるし。
行政局の制服は、地面に尻餅ついたときや、王様自身が現れたときに巻き上がった土埃で薄汚れてるし。
髪の毛は、熱線をくぐったときの影響で、先っぽが縮れちゃってる。
でも、それなら、なおさらの疑問。
なんで、私が一言話しかけただけで、かえって機嫌が良くなったのか。
・・・単純に「王様」と呼ばれたのが、うれしかったのかな？
ひょっとしたら、その実力のわりに、「王様」と呼ばれたり敬われたりする機会は、案外少なかったりするのかもしれない。
「では小娘、改めて王たる我がうぬに問う。・・・『今この場所』の一般的地名、及び空間座標を、我に告げよ」
なるほど、ここが本題ね。
王様が知りたかったのは、ここの地名と、データベース上で示される座標か。
・・・ん？
でもそれって、「今、自分のいる位置が全くわからない」てことだよね？
普通、どんなデバイスからでも、地図情報のデータベースにアクセスすれば周りの地図は表示できるし、そのとき一緒に座標も表示されるはず。
王様が現れて最初に『本』型デバイスを開いたは、その辺りの確認も含めてのことだと思っていたんだけど。
と思って、ちらりと横目で、王様が開いている『本』のデバイスを覗いてみる。
そこに記されていたのは、目的地の座標とおぼしき、何通りかの数字の羅列と。
「あなたの認証では、現在データベースへのアクセスはできません。行政局へ、アクセス権の申請をお願いします」のシステム表示。
あ、そうか。
王様のデバイス、データベースへのアクセス権の更新をしてないんだ。
たぶん、１年くらいはガジェットの中で眠ってたんだろうな。
さっき自分で「300と88夜の遅延」って言ってたし。
つまり、状況はこんな感じ。
王様のデバイスには、目的地の座標がメモってあっただけで、地図の情報は入ってなくて。
必要なときには一般のデータベースにアクセスして、地図を確認する予定だったんだろうけれど。
でも今は、１年前のＪＳ事件でシステムをクラッキングされた教訓から、セキュリティが変更されてるんだ。
だから、それまでの認証じゃあ、どこのデータベースにもアクセスできなくなってるんだよね。
個人がアクセス権を申請したら、行政局から仕事を委託された調査機構が身元を調べたうえで、新型の認証システムが交付されるって仕組み。
普通に生活してる真っ当な人なら、一般市民でも２〜３日でたいした手間もなく獲得できるんだけど。
これをしてない王様のデバイスだと、行政局へ新しくアクセス権の申請をして認証を獲得しなきゃ、どんなデータベースにも接続できないってわけ。
現状で住所不定無職っぽい王様は、アクセス権の申請しても審査は通らないだろうし。
まあ、それ以前に、正規の方法でアクセスしてたかも疑問だけどねー。
だから、今の王様の手元には、目的地の座標を示す数字があるだけで。
自分が居る場所もわからなければ、周りの地図もなくて。
それどころか、目的地の地名さえ分からない状態。
端的に言えば、完全な迷子。
遠まわしに言えば、ノーマネーかつ社会的な一般常識さえも怪しい、ホームレスな子鴉。
「・・・王さｍ」
「質問は許さぬ」
最後まで言う前に即答された。
全部分かってるけど認めたくない、ってところかな？
それだけ状況が理解できているなら、「地図」そのものが無い限り、現在地だけ知っても意味無いってことも分かるだろうに。
「地図くれ」とまで言えないあたりは、プライドが邪魔してるのかなー。
・・・まあ、例え「地図くれ」と言われても、私の立場的には、渡せないんだけどね。
王様の目的が、気になるから。
さっきも言ったけど。
はじめに会ったときの、「300と88夜の遅延」という王様の独白。
本当なら、今から１年ちょっと前に、王様は現れるはずだった。
さっき、こっそりとデバイスのカレンダーで確認してみた。
388日前の「その日」って、ちょうどジュエル・スカリエッティが都市型テロをかました、「ミッドチルダの一番長い日」の当日なんだよね。
ＪＳ事件で放たれたガジェットの中に居て、ＪＳ事件当日に現れる予定だった、Ｓランク相当の魔法生命体。
偶然の一言で片付けるのは、かなり無理がある。
どんな経緯であれ、ジュエル・スカリエッティ側の存在じゃないかっていう疑惑が、消えない。
「・・・答えよ」
王様の声が低くなって、ドスが利いた感じになる。
ついでに、目も据わった。
一気に場の空気が凍る。
これ以上この子のプライドを刺激するのは危険、と私の生存本能が叫んでいる。
口調や表情で、私を脅している気は無いだろう。
そういう、駆け引きの類をする子じゃない。
今はただ、言う通りにならない私への不機嫌が、表に出ているだけだ。
逆に言えば、脅しのための演技じゃない、純度100％の「嘘偽りの無い危険」。
・・・単純に考えれば。
王様が何を狙っていたとしても、この場の座標と地名だけなら、教えても問題は無い。
プライドが邪魔をして地図まで要求できないのは、幸運と受け止めるべき。
下手にはぐらかすと、間違いなく私の命が消し飛ぶ。
「あ、はい。教えますね。口頭で伝えても大丈夫ですか？」
とりあえず、状況に流されるしかないなら、その中で出来ることをしていくだけ。
まず、手にしていたデバイス「ソーサリーブルーム」から現在地の座標を呼び出す。
片眼鏡型のサーチャーの方は、目の前の王様が現れたときの膨大なデータの整理中で、別の処理は任せられないから。
あと、ソーサリーブルームのほうには、ちょっとした特別機能があるからね。
私は座標を読み上げながら、さりげなくデバイス自体を動かして、王様の持つ『本』に近付けて。
さりげなくデバイスに仕込まれた映像機能を使って、『本』の上の数字の羅列・・・たぶん、王様の目的地の座標を記録する。
ぶっちゃければ、盗撮。
この手なら、データのコピーや抜き出しじゃないから、王様のデバイスのセキュリティ機能にも無関係でいけるはず。
問題は、王様本人が気付くかどうかだけど。
座標を読み上げながら、冷や汗だらだらで王様の様子を伺う。
・・・大丈夫みたい。
王様が疎いとかいう以前に、デバイスに仕込まれてるのは音やフラッシュや魔力を出さない盗撮用そのものの機能だし。
それに私自身にも、素人にバレない程度の盗撮スキルはあるんだ。
自慢できることじゃないけどね。
「うむ。大儀であったな、小娘」
地名と座標を教えてあげた後は、先ほどの不穏な殺気はどこへやら。
一転して「王様」って初めて呼んであげた時みたいに上機嫌になり、お褒めの言葉までいただいた。
ここまで感情がくるくる変わる子も珍しいから、これはこれで見ていて飽きないけど。
その中には、さっきみたいに選択肢誤ると即デットエンドなルートもあるから、好意的に「ずっと見ていたい子」っていうものでもないのがね。
この子とのコミュニケーションは、日常会話のレベルですら、ひどく神経を使う。
「・・・王様。これからどこへ行かれるのですか？」
とまあ、関係ない話は措いて。
ジュエル・スカリエッティの関係者である可能性が極めて高いこの子の目的。
多少なりとも掴めないものかと、何気ない素振りで話しかけてみる。
「・・・成さねばならぬ、我と臣下の望みがある。そのために、今から成すべきことがある」
あれ、急にシリアス。
こんな顔も出来たのかってくらい、決意と強い意志を込めた・・・そう、「王」の表情。
なるほど。
これは、「姫」や「王女」じゃあ出せない、「王」の風格。
何が何でも目的を果たそうとするのは、個人にも出来る姿勢だけど。
この子の場合、それは自分だけでなく、他の誰かのためでもあるということが、強く伝わってくる。
自分が体を張るに足りる「臣下」なんだね。
この子の中では「臣下」にされている人たちが、本当に臣下なのかは、また別として。
そういう意味で、この子が「王」を名乗るのは、ちょっと納得した。
この顔を傍から見ていても、思わず惹き込まれそうな魅力がある。
浮世離れし過ぎていて空気読めない性格が、ちょっとアレだけどね。
「我らが闇は終わらぬ。我はそのために、遠き黎明の空より、この地に返り咲いた。・・・多少の誤算はあったがな」
そこでなぜか怖い顔で私を睨む王様。
いや、予定外のアクセス認証変更の怒りを、思い出したように私にぶつけられても困りますって。
恨むなら私ではなく・・・あれ、誰だろう？
えーっと。
ま、強いて言うなら、ジュエル・スカリエッティあたりかな。そっちにお願いします。
新型認証システムの実装は、管理局・司法局・行政局が合同で行う、ミッドの治安向上プロジェクトの一環。
プロジェクトの提唱者は、当時から管理局地上本部の防衛長官だった、故レジアス・ゲイズ中将。
10年も前からプロジェクト自体は実行されていたんだけど、予算が取れなくてなかなか進んでなかったんだよね。
だから本来、新型認証システムの実装は、さらに何年も先のはずだったんだけど。
ＪＳ事件で管理局地上本部のサーバがクラッキングされちゃったんで、あせった管理局が特別予算組んで、前倒しで実装させたんだ。
だから、王様の苦難の引き金は、たぶんスカリエッティ。
おおもとは、レジアス・ゲイズ中将だけどね。
「では、世話になったな小娘。私は、私の成すべきことをする」
最後に残った不満をぶちまけて、気を取り直したのか。
王様はくるりときびすを返すと、背中にあるバリアジャケットの黒い羽（？）を大きく広げて、飛行魔法の準備に入った。
さて。
また、状況が動いてしまう。
目の前にいるのは、一年前のＪＳ事件の関係者・・・の、可能性が極めて濃厚な人物。
しかも本人は、「成すべきことがある」と言っている。
それがもし、ＪＳ事件の延長にある作戦行動だったりしたら、このまま見送るのは猛獣を市街地に放すのと同じ。
では、王様を引き止めて、どこか管理局の施設にでも騙して連れて行く？
それは無理。
この手の「必ずばれる嘘」は、騙して時間を稼ぐ間に、決定的な対抗策を用意しないとだめだ。
この場合、王様以上の戦力で包囲するとか、超強力なＡＭＦなんかで無力化できる場所に誘導するとかね。
でも、王様くらい力のある魔導師を無力化できるだけの戦力や設備なんて、今からすぐには用意できない。
途中で、絶対に不信感を持たれてしまう。
それに、もうすぐこの場には、私のガジェット�祁慎�動の通報を受けた、管理局の武装警察隊が到着する。
ガジェット撃破の報告はすでに送っているから、ここに来るのは、その現場検証をする鑑識班とかその護衛戦力だろうけど。
その人たちが王様と鉢合わせした場合、間違いなく揉め事になる。
王様自体、さっきも痛感したように、感情がころころ変わるうえに駆け引きの出来ない性格だからね。
最悪、管理局員との戦闘になったりしたら、目も当てられない。
王様は、Ｓランク相当の魔導師。
対して武装警察隊は、私の報告からガジェット�祁燭料蠎蠅鯀枋蠅靴討い襪�ら、Ｂ〜Ｃランク４人程度の陸戦魔導師チームのはず。
その編成じゃあ王様には歯が立たないし。
なにより、ここが廃棄市街地とはいえ、その向こうには一般市民の生活圏が隣接している。
王様が広域攻撃魔法とか、遠距離まで貫通する砲撃とかぶっぱしたら、それだけで大惨事になる可能性がある。
だから、私がこの場でとるべきベストの行動は、立ち去る王様の邪魔をしないこと。
武装警察隊が来る前に、早々と王様に立ち去ってもらって、その後ですぐに、事の次第を警察隊や関係各所に通達することかな。
後でお咎めがあるかもしれないけど、さすがにこれ以上は、私の能力と精神力の限界を超えている。
・・・でも。
公僕としては、それが一番いい選択だとしても。
私個人としては、どうしてもそのままにしておけない引っ掛かりが心に残る。
「・・・王様！」
気がつけば。
飛び立とうとする寸前の王様に、思わず声をかけてしまった。
「どうした、小娘。うぬがいくら望もうとも、王の道程には連れてゆけんぞ？」
飛び立とうと広げていた羽はそのままに、私のほうを振り向く王様。
セリフとはうらはらに、まんざらでもなさそうな表情なのが、この子らしい。
幼くて、凛々しくて、気分屋で。
孤高が様になるけど、案外に寂しがりや。
今から私が言おうとしていることは、絶対にこの子の心を波立てる、余計な一言だ。
自分の身を案じる意味でも、単なるヤブヘビなのは、わかっている。
その確信がありながら、自分の言葉が止められない。
「王様。・・・『八神はやて』の名前に、心当たりはありますか？」
反応は、劇的だった。
その一言を聞いただけで、王様の雰囲気が一変するくらいに。
「知らぬ、とは言えんな。闇統べる王の座を棄て、朽ち果てるしかない残骸を拾い上げた・・・忌々しい、塵芥だ」
口調は穏やかだけど。
王様の顔に浮かんだのは、さっきまで見せた「不機嫌」どころではない、「激情」。
それだけで、２人の間にあるものが伝わるくらいに濃密な、感情の昂り。
２人の間には、まぎれもなく何かしらの事情がある。
そしてそのことで、本気でぶつかり合った経験があるのは確実だ。
・・・でも。
王様がその名前を聞いて呼び起こした感情は、たぶん、「殺気」や「殺意」じゃない。
強いて言えば、「戦意」とでもいうのかな。
どうやっても殺したい、復讐したい、といったネガティブなものではなくて。
決着をつける、宿命の相手、みたいな感じ。
この子は、感情や思考をを隠さないからね。
下手をしたら言葉で話す以上に、いろんなことが読み取れる。
むしろこうやって、自分の意思や思考を積極的に相手に受け取らせることが、この子なりのコミュニケーションの手段なのかもしれない。
そして。
根拠の無い、単なる直感だけど。
さっき王様が言ってた「成すべきこと」は、少なくとも「八神はやて」がらみのことじゃあない。
「八神はやて」がらみのそれは、言ってしまえば王様個人の感情であって。
「王」として臣下のために成すべき望みとは、全く別物のはずだから。
「・・・話は、それだけか？」
王様は、遠くを見ている。
噛み締めるような声で、つぶやいた。
湧き上がる膨大な感情は一瞬だけだったみたいで、それを乗り越えた王様は、少なくとも、表面上は落ち着いたみたいだった。
正直、自分から地雷を踏み抜いた以上、いろいろと覚悟した。
でも、王様はそれを短絡的に私にぶつけようとは、しなかった。
「はい。・・・申しわけありませんでした」
これだけは、心から謝罪した。
いくら自分が抑えきれなかったとはいえ、相手の心を乱すことを承知で言葉に出したのだから。
「非礼は、今までの礼に免じて１度だけ許す。だが２度と、我の前で・・・その名を口にするな」
そういい残すと。
もう一度、王様はくるりときびすを返して。
大空へと、飛び立っていった。
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著者：くしき
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