758 名前:最後の模擬戦[sage] 投稿日:2008/06/18(水) 20:50:31 ID:+eX6kzPX
759 名前:最後の模擬戦[sage] 投稿日:2008/06/18(水) 20:51:46 ID:+eX6kzPX
760 名前:最後の模擬戦[sage] 投稿日:2008/06/18(水) 20:53:32 ID:+eX6kzPX
761 名前:最後の模擬戦[sage] 投稿日:2008/06/18(水) 20:54:28 ID:+eX6kzPX
762 名前:最後の模擬戦[sage] 投稿日:2008/06/18(水) 20:55:03 ID:+eX6kzPX

「あの、なのはさん。本当に本気でやってくれるんですよね?」
最後の模擬戦を前にして、唐突にティアナがそんな言葉を師に投げかけた。
なのはが「全力全開、手加減なし!機動六課最後の模擬戦!」と宣言した直後のことだった。
目を軽く見開いて、なのははティアナを見つめた。その顔には困惑が浮かんでいた。
先ほど「全力全開で」と言ったばかりなのに、一体どうしてそんな事を言うのか。
ティアナはなのはを見つめたまま目を逸らさない。
ティアナの後ろでは、スバル、エリオ、そしてキャロがティアナを
援護するかのように、熱い視線を一斉に彼らの教導官に注いでいた。
なのはの後ろでは、ヴィータとシグナムがそれぞれの
獲物を手にしたまま、「若いな」「そうだな」と老人のような会話を交わしていた。
実際、彼女らはこの場にいる誰よりも年を重ねているのだが。
さらにその後方では、フェイトが目を泳がせながら、心配げに事の成り行きを見守っている。
少々、挙動不審だが、慣れているのか誰もそのことを気にする者はその場にはいなかった。
「なのはさんは強いです」
「まあ、そこそこは」
なのははティアナの言葉を否定はしなかった。
しかし完全に頷きもしなかった。
主力としている砲撃魔法は一見、派手で強力な印象を人に与えるが、
なのはとてひとりの人間。その莫大な魔力量にも限りはある。
強いとはいっても、それはスーパーマンのような絶対的な強さではないのだ。
かつて、初代リインフォースに傷一つ付けられなかったように、或いは
フェイトと2人がかりでAAランクのコラード教官に完敗してしまったように。
自らの力に溺れず、決して驕らぬその姿勢は、幾多の激戦を経て
なのはがここまで生き残ってきた大きな理由のひとつであった。
だが、まだ戦闘魔導師としての入口に足をかけたばかりである
ティアナにはその一言の深みまでは理解できない。
「どこが"そこそこ"なんですか」、と叫びたい衝動を堪えつつ、
ティアナは表面上は冷静を保って、淡々と話し始めた。
「ええ、そうですね。そんなことは、六課に来る前からわかっていた。けど」
「けど?」
「接近戦に持ち込めば、簡単に貴方を倒せるって思っていた時がありました」
あれは六課に配属されて2ヶ月ほどたった時のことだったか。
当時のティアナは早く強くならなければと焦燥に駆られていた。
さらに実戦の場で誤射をしてしまい、期待を裏切ってしまった失点を取り返そうとした。
ティアナは模擬戦で師に一撃入れられば、自分の強さを実感でき、認めてもらえると考えた。
そのために、なのはが教えた教科書通りの射撃型の基本戦法を無視して、
にわか仕込みの肉弾戦に持ち込もうと、ダガー片手に突っ込んでいった。
本来はなのはに突っ込んでいくのは前衛であるスバルの役目で、
ティアナは基本的に後方からの援護射撃に徹するべきだった。
だが、それでは例えなのはに一撃入れられたとしても、ティアナ・ランスター個人が
高町なのはに勝ったということにはならないと彼女は考えた。


また、奇襲を仕掛ければ、ミッド式の砲撃魔導師であるなのはは、
接近戦は不得手であろうから、対応できないだろうという思い込みもあった。
「知っての通り、スバルともども盛大に頭を冷やされちゃいましたけど」
ティアナはそう言って、気まずそうに笑いながら肩をすくめた。

「ハハ……」
その後ろでスバルが頬を掻きつつ、相方と同じような苦笑いを浮かべていた。
「あれは怖かったなぁ……」と小さく呟く。
あの事件はティアナだけでなくスバルにとっても忘れられない出来事だ。
自慢の拳が素手で止められた時の、なのはの感情を押し殺したような低い声は
今でも背筋をはいあがった震えとともにまざまざと思い出すことが出来る。
「ええ、ちょっとびっくりしちゃいましたね…」
キャロが隣で、やはりささやき声でスバルの呟きに相槌をうった。
エリオも無言でコクコクと首を縦に振る。
「でもその後も、私はなのはさんに勝とうって、追いつきたいってそう思って戦ってました。
 それは、きっと……他のみんなも同じだと思います」
スバルが当然だとばかりに大きく頷いた。
最初から負ける気でやるのは熱意をもって教えてくれている教官たちに失礼というものだ。
エリオやキャロもまた同意をしめすようにうなずく。
「結局、一度も勝てませんでしたけど。でも、いつも、もう少し頑張れば届きそうな気がして」
ティアナの言うことを、なのははじっと黙って聞いていた。
(そりゃ、そうだ。なのはがやってるのは、単なるケンカじゃなくて、
 戦闘技術の教育・指導のためのもの、つまり『教導』なんだからな)
ヴィータもまた腕組みをしながら、教え子の言うことに耳を傾けていた。
(碁で言えば、いわゆる「指導碁」のようなものだな。
 圧倒的な力で完璧に打ちのめしては、指導にならん)
シグナムは抜き身のままのレヴァンティンをさすりながら相槌をうつ。
レヴァンティンは彼の主と同じく、戦いの中で充実感を得るタイプのデバイスだ。
どうやら折角の出番だと思ったら、お預けをくらって拗ねてしまったらしい。
(あはは、シグナムの趣味は相変わらず渋いなぁ)
はやても突然のことで話に割り込むこともできず、ヴィータ達の念話に加わる。
周囲がやや遠巻きに見つめるなか、ティアナは苦しげともとれる表情でなのはに言う。
「本当はずっとずっと強くて、本当なら一瞬で勝負がつくんですよね?
 でも、なのはさんはいつも本気は出さずに、わざわざ私達の
 レベルに合わせて戦ってくれていた。そうですよね?」
それは疑問形だったが、確かな確信が込められていた。
ティアナが一端、言葉を切った後も、なのはは微妙な表情のまま口を結んでいた。
(ティアナの奴……)
ため息をついたシグナムがすかさず横から、突き放すように言った。
「そうしなければ、お前などは実力差のあまりに真っ先に潰れていたと思うがな」
以前の事件で少し苦手意識をもっている上官の言葉にもティアナは怯まなかった。
「はい。わかっています。私達のためにしてくれたことですし」
ティアナはひとつ息を吸って、なのはに一歩近づいた。そして頭をさげた。

「最後まで、生意気なことばかり言ってすみません。
 でも、最後ぐらいは『教導官』でなく、一介の魔導師として本気を見せてください」
ティアナに続いて、フォワード陣も頭をさげる。
「僕たちからもお願いします!」

彼ら4人が熱っぽく自らの思いを語り、師に対して頭を下げている間も
ヴィータとシグナム、はやては念話でひっそりと会話を続けていた。
(まさかとは思うが、あいつら、なのはがここにきてまで手を抜くとでも思ってるのか?)
(まあ、タカマチはずっと奴らの良き『教導官』として振舞ってきたからな……)
(なのはちゃんに限って、それはありえへんよなぁー。うん、ありえへんわー)
そこに、ずっと置いてけぼりを食らっていたギンガが遠慮がちに割り込んできた。
(……あの、話がよく見えないんですが)
(そうか、ギンガも知らねーか。あいつの本性を……)
(隊長陣以外じゃ、武装隊あがりのヴァイス君くらいやね。分かってたのは)
(ええと……?)
(そのうちお前にも分かる)

愛弟子達が頭をさげて、手加減抜きでやってほしいと訴える。
師ならば当然、それに応えるべきだろう。
「もちろん全力で――」
そこまで言いかけて、なのはは逡巡した。
もともと、なのはは言われずともティアナの希望通りに
最初から全力全開でやるつもりだった。宣言に嘘はなかった。
だが、ここにきて急に気が変わった。
そろそろ師としての、教導官としての仮面を脱いでみてはどうか?
そう思うと同時に、なのはの内側で少々の悪戯心が頭をもたげる。
なのはは続く言葉を断固とした口調で言った。
「――お断りします」
一瞬でその場の空気が凍りついた。
「え?」
なのはの言葉の前半部分に反応して、
頭をあげかけていたティアナが呆ける。
桜の花びらすら場の空気を読んだかのように舞い散るのをやめた。
フォワード陣は絶句していた。どの顔も信じられないといった表情をしていた。
フェイトのオロオロ具合がますます激しくなるのと対照的に、
ヴィータとシグナム、はやてと年長者らしく静観の構えを見せている。
ギンガは興味津々といった面持ちで傍観している。
「なのはさん、どうして……どうしてなんですか!!」
スバルが肩を怒らせながら真っ先に叫んだ。
スバルはなのはを睨みつけたが、なのはは視線を合わそうとしなかった。
「まだちょっと早いかなぁ」
「そんな!」
無慈悲にスバルの叫びを切り捨てる師に向かって、
今度はティアナがすがるように声をあげる。
「私達は――!」
が、なのははティアナに最後まで言わせなかった。

「昔ね、新人相手に全力全開でやるなって上司に散々怒られたんだ」
「……?」
「潰れちゃうからって。そのとき初めて自分が異常だって気づいた」
そう言ってなのはは自嘲した。
ティアナにはなのはが笑っていると同時に泣いているように見えた。
天才には凡人の気持ちがわからない。
しかし同様に凡人にも天才の苦悩はわからないのかもしれない。
そこにある悲哀に気づきながらも、ティアナはなのはを真直ぐに見返した。
「もう六課に入ったばかりの頃とは違います。私は……いえ、私達は潰れません」
「そうかもしれないね。でもそうじゃないかもしれない」
「……ッ!」
苛立つ。ティアナの顔が憤りに歪んだ。
この人は自分達をまだ完全には認めてくれてはいないのだ。
それが悔しくて、ティアナは思わず奥歯をギリッと噛みしめた。
しばらく誰も何も言わなかった。
張り詰めた空気の中、フェイトがたまらずなのはに念話を送る。
(なのは……)
(大丈夫だよ、フェイトちゃん。でも、ちょっと…意地悪しすぎた?)
*1
(よ、よくないよ! ああ、キャロなんか泣きそうになっちゃって……)
(あー、うん。ちょっと、キツかったかな)
(もう…なのははやっぱり厳しすぎるよ。まだ年端もいかない子たちに、あんな――)
(フェイトちゃんが甘すぎるからちょうど釣り合いが取れていいじゃない)
チクチクウジウジと文句を言ってくる心配症な親友からの念話を強制カットすると、
なのははひとつ息を吐いた。そして、ティアナ達に向かってゆっくりと声をかけた。
「自信、あるの?」
「え……は、はい!」
なのはの突然問いかけに、フォワード陣は一瞬、意味をはかりそこねたが、
すぐに全員が力強く頷いてみせた。
「じゃあさ、証明して見せて」なのはは続ける。
「私の本気が見たいなら」ティアナ達ひとりひとりに向かって
「自力で」一語一語叩きつけるように言う。
「私を本気にさせてみせてよ」
そして愛弟子達に向かって挑戦的な笑みを見せた。
それは今までスバルたちが見たことの無い種類の笑みだった。
妙な圧力がのしかかってきて、それに飲み込まれそうになる。
その魔導師の目は語っていた。できるものならやってみせろ、と。
自分達の師はこんなに好戦的な目つきをしていただろうか?
まるで限界まで引き絞られた弓。
そこから放たれる寸前の矢を前にしているかのような錯覚を抱いた。
「同じ一介の魔導師としてね」
続けて発せられたその言葉にフォワード陣は揃ってはっとした。
「は、はいッ!!」





話がついたところで、隊長陣は集まって陣形や大まかな戦略についての方針を立て始めた。
戦闘前であるというのに、その顔つきはどの顔も嬉々としていた。
「フォーメーションはどうする?」
「定石なら1・2・1型で、シグナムが先陣で切り込むことになるね」
「いっそのこと、思い切って3トップでいこうよ。私は後ろで様子見で」
「なのは……おめー、最近、何気に性格悪くなってねーか? 」
「え、どこが? それはともかくフェイトちゃん、久々にアレやろうか?」
「いいよ、じゃあタイミングを見て。アレは久々だね」
「何だよ…。結局、テスタロッサもなのはもやる気なんじゃねーかよ」
「ふっ、中々面白い戦いになりそうだ。血が踊る。お前もそうだろう?レヴァンティン?」
<< Jawohl !!!!!! >>

不気味に笑う隊長たちを遠目に見て、フォワード陣は
内心、少々怯えながらもティアナを中心に作戦を練った。
テキパキと他の3人に作戦上の役割を振り分けながらも、
ティアナは今更ながらに、不安を抱えていた。
本当にあのなのは相手に本気を出させることができるのか。
「大丈夫、大丈夫だよ!ティア!」
スバルが力強くティアナの背を叩いた。
バチンと大きな音が響く。
「痛ッ…! あんた…何すんのよ、この馬鹿力娘!」
「あはは、ごめーん。ほら、そろそろ行かないと」
我先へとフィールドに向かって進んでいくスバルの背中が、なぜかティアナの目には頼もしく見えた。
ティアナはスバルの背に誰にも聞こえないよう小さく声をかけた。
「ありがと」
その瞬間、スバルがにこりと微笑んだのを後ろにいたティアナは知るよしもなかった。
「行くよ、みんな!」
スバルが檄をとばせばそれにこたえて、応、とフォワードチームが気勢をあげた。


今、機動六課最後の模擬戦が始まる。



END



著者:鬼火 ◆RAM/mCfEUE

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