[242] 真夜中の遊園地〜ヴァイヒ・スツーツ誕生秘話 sage 2007/10/11(木) 00:33:11 ID:YJZZrWB5
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どこまでも深い闇の中で、其処だけが淡いひかりを放っていた。
跪き涙を流す女性と、その女性の頬を両手で包み込むようにしている車椅子の少女。
その足もとでは、3つの円環を結んだトライアングルの魔方陣が、
幻想的な白銀のひかりを放ちながら、少女を中心に、威風堂々とまわりつづけている。

『夜天の主の名に於いて、汝に新たな名を贈る。
強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール。
――――リインフォース。』

聖夜の贈り物、それはひとつの名前。




1.八神家にて


闇の書事件から3年後。5月21日 PM8:00
夕食後の八神家リビング


「はやてちゃんの嘘つき!
今度の日曜日は遊園地に連れて行ってくれるって、約束したですぅ〜!」

「ほんまにごめんなー、リイン。
急に厄介な仕事はいってもーて、どーしてもはずされへんのよ。」

「でも、でもぉ…」

「こら、いー加減にしろ、リイン」

「主はやてとてお忙しい身なのだ。そう駄々をこねて困らせるものではない」

「うぅ、ひっぐ、ぐす…」

「まあまあ、ヴィータちゃんもシグナムも、そんな風に言わなくても」

「ふえぇぇーん…」

「ああっ!こら、泣くなよ、リイン!あたしのアイスやるから!
ほら、ザフィーラも何とか言え!」

「……。(俺に、振られても、困る。)」


最後の夜天の書の主、八神はやてと、技術官マリエル・アテンザのほとんど執念じみた
情熱によって、はやてをサポートする人格型ユニゾンデバイス、『リインフォースII』
が創られてから、はや6ヶ月。

インテリジェントデバイスと同様に、高い知能を備えていたリインフォースIIは、
はやてをはじめ周りがびっくりするぐらいの速さで、耳にしたもの、目に触れるもの
すべての知識と情報を吸収していった。

とはいえ、リインフォースはまだ生まれて6ヶ月足らずであり、その知能は高くとも、
精神的にはまだまだ幼い。

例えば。ある時は、冷凍庫で見つけたヴィータのアイスをおいしいからといって断り
もなく食べつくしてしまったり(「もうお姉ちゃんなんやから、我慢せなあかんよ」と
言われて涙ぐみながら怒りを抑えるヴィータが見られたとか見られなかったとか)

ある時は、ハサミで物を切ることに夢中になって、家の中の物をハサミで切ってまわり、
挙句の果てに、寝ていたザフィーラの毛やタテガミさえ刈り取ってしまった。(その姿を
見た知り合いにことごとく爆笑され、拗ねてはやての部屋の隅で一日中丸くなっている
ザフィーラの姿が見られたとか見られなかったとか)

リインフォースは自分の欲望に忠実である。
――つまるところ、大抵の子供と同じく、ワガママなのだ。

故に、テレビで見てその様子にひどく興味をひかれた「ゆーえんち」なるものに行きたい、
とリインフォースが駄々をこねてしまうのも、当然の成り行きだった。

(リインはすごく、すごく楽しみにしていたのに……。
遊園地に行くために、一生懸命、変身魔法だって覚えたのに…。)

リインフォースIIは、主たるはやてが自分の気持ちを知っているというのに
自分の希望を叶えてくれないことが悲しく、

(はやてちゃんは連れて行ってくれるって言ったのに…。)

また、約束を交わしたにもかかわらず、それを破ったはやてに不満を募らせる。


「あっ、こらっ、リインッ!」

ヴィータが、リビングから文字通り飛び出ていくリインフォースの後を追おうとソファ
から腰を浮かせかけたが、はやてに肩をつかまれてその場に引き止められた。

「ちょお、待ち、ヴィータ。しばらく…そっとしとこ?」

「はやて、でも!」

はじめてできた妹分を心配して、ヴィータはなおもリインフォースIIを追いかけようと
するが、はやての表情を見て押し黙った。

「リインが怒るのも当然や。楽しみにしとったのに、約束、破ってもうたなぁ…」

消沈したはやての足もとに、ザフィーラが主を慰めるかのように身をすり寄せてくる。
はやてがそんなザフィーラを撫で、そのフサフサした毛ざわりを一時楽しんでいると、
いままで腕組みをしたまましばらく沈黙を保っていたシグナムが仏頂面で口を開いた。

「主はやてがそう気に病まれる必要はありません。
あれにはもう少し、ヴォルケンリッターの一員としての自覚をもってもらわねば。」

(うはぁ〜、ウチのリーダーは相っ変わらず、くそ真面目だな)
生まれて半年。見た目も幼いリインフォースに対して、騎士としての振る舞いを要求する
シグナムにヴィータは内心すこしばかり呆れてしまった。

(まあ、シグナムはコチコチの騎士だものね。しかも古風の)
それに対してシャマルが念話で返事を返しつつ、物憂い顔で言う。

「私やシグナムが連れて行ってあげられればいいんだけど…」

「あー、そっか。私が行かれへんくても、誰か連れてってくれる人がおったら頼めば
ええなぁ。けどシャマルはいつ急患が入ってくるか分からんし、そうおいそれとは休め
へんわなぁ。シグナムも…」

はやての逡巡に、シグナムも頷く。

「ええ。私も、今の部隊は異動したばかりですので、あまり私用で欠勤するというのは…」

「はやて、はやて!あたし行けるぞ!シフト少し変えてもらえば大丈夫だ」

手を挙げてアピールするヴィータに、一同は微妙な顔で押し黙る。
リビングに流れる何ともいえない空気のなか、ためらいがちにはやてが口を開いた。

「ううーん。ヴィータ、とリインだけやと、なんや、あれやしなぁ…?」

「?あれって?」

訝しげに尋ねるヴィータに、再び一同が押し黙り、リビングに沈黙が降りる。
それからたっぷり10秒はたってから、

「ほら、ヴィータちゃんって、見た目、7歳くらいでこっちで言うと、ええと
小学校1年生くらいじゃない?
あんまり小さい子同士だと、遊園地の人も不審に思うかもしれないじゃない?」

勇気を振り絞ったシャマルが、ヴィータをなるべく怒らせないように恐々と説明をした。

「あ、あたしがガキだって言いてーのか!?」

(喚くな。シャマルは外見上の事実を言ったまでだろう)

「なんだよ、ザッフィーなんか犬っころじゃねーか」

ヴィータの言葉にザフィーラは耳をピクリと動かした。

「…犬ではない。」

誇り高き守護獣は憮然として否定し、

「狼だ。」

と、己が種をはっきりと言明する。
しかし、この『狼』たることへのこだわりが、却ってヴィータの攻撃の的となるのであった。

「やーい、犬、犬、犬っころー」

はやし立てるヴィータに背を向け、ムスッとした風情で黙って床に伏せるザフィーラの
哀愁漂う背中を横目に、はやてはまあまあ、となだめ、先ほど思いついた考えを口にする。

「んでな、話戻すけど、なのはちゃんに頼んだらどうやろ?」

「えっ、でもなのはは…」

はやての口から出てきた思いがけない提案に、真っ先に反応したのは、やはりヴィータ
だった。その口調からは僅かに動揺と困惑が感じられた。

「なんや?不満あるんか?」

間髪入れず返されるはやての突っ込みに

「いや、そーじゃねーけど」

ヴィータは一瞬たじろくが、すぐに慌てて手を振って違うと言う。

「そーじゃねーけど、さ、大丈夫なのか?あいつ、まだ本調子じゃねーんじゃ…」

そう言って、はやてとシャマルの顔をうかがう。

5ヶ月ほど前、ちょうどリインフォースIIが誕生してまもない頃、
高町なのはは、ヴィータと共に受けたとある任務の最中に、多数のアンノウンの機械兵器
による襲撃を受け、生死の境をさまようほどの大怪我を負った。

シャマルも医務官としてなのはの治療にあたったが、失血量も多く、
シャマルの腕をもってしても際どい状態だった。

シャマルたち医療チームの奮闘のおかげで、幸運にも一命はとりとめた。しかし
なのはの受けたダメージは深く、一生車椅子の生活になってもおかしくはないほどだった。

だが、ヴィータやユーノ、フェイトをはじめ周囲の人間の献身的な世話と、本人の努力の
甲斐あって、今では、ほとんど後遺症もなく全快した。


しかし、その事件以来、ヴィータのなのはに対する態度は、以前とは変わってしまった。


彼女が重傷を負ったミスの直接の原因は、肉体的そして精神的疲労であった。
事故の直前、周囲から見たなのはは明るく元気そうに見えた――おそらく無理にそう
振舞っていたのだろう――が、ヴィータが今にして思えば前兆は確かにあった。
出勤時刻の遅延。デスクワークでの凡ミス。食事量の減少。共にいながら、笑顔の裏
の真実に気づけなかった、否、気づこうとすらしなかったという負い目。
それがヴィータの心を未だにさいなむ。

さらに、事故の際、目の当たりにした、なのはの姿――白いバリアジャケットを真紅に
染め上げていくおびただしい量の血。ありえない方向に捻じ曲がり痙攣を起こす手足。
吐血しながら「大丈夫だから」と伝える掠れ声。そして、すぐに糸の切れた人形みたいに
ぐったりして、血の海のなか抱きかかえた体が冷たくなっていく感触――思い出すだけで
足がすくむような、光景が、今なおヴィータの脳裏に焼きついて離れない。

それ故、なのはに対してだけはヴィータの憎まれ口は鳴りをひそめ、
しきりに心配するようになったのだ。

「まあ、激しい運動をするわけでもなし。
遊園地で遊ぶくらいやったら、なのはちゃんにとってもええ気分転換になるやろ。」

はやての答えにも、ヴィータの顔はくもったままだった。
その様子を見て、はやてや他のヴォルケンリッターは心中で嘆息した。

(う〜ん。重傷やな)

念話でため息混じりにはやてがぼやくと、


(ヴィータちゃん、なのはちゃんのことで凄い責任感じてましたし…)

ヴィータの心中を思いやってシャマルが返す。

(高町の怪我はもうおおかた治っているのだろう?)

横から、シグナムがそう問うと、

(ええ、はやてちゃんの言う通り、激しい運動をしなければ問題ないわ)

シャマルも是とかえす。

(リインのこともあるけど、なのはちゃんが行くんやったら、
ヴィータにも良い機会なんよなぁ。)

「まあ、ちょおしんどい感じやったら、ヴィータが様子見てうまく休ませてたって」

もう決定事項となりつつある提案に、それでも答えかねて、ヴィータはシャマルの方を見た。

「大丈夫よ」

ヴィータの視線を受けて、シャマルがにっこりと笑って返す。

「ま、まぁ、それなら、いーか。
ヤバそうなら、あたしがアイツの首根っこ引っ張ってでも休ませりゃいーし」

渋っていたヴィータだったが、シャマルの言葉でやっと安心したのか、
なのはの同行に同意した。

話が一段落ついたところで、はやては冷蔵庫のなかのアイスを取り出し、
器に盛り付けてゆく。デザートが好物のアイスクリームだとわかって、
ヴィータは目を輝かせた。

「そういや、なのはが行くんならテスタロッサなんかは?」

「いや、テスタロッサは今、第59観測指定世界で長期任務にあたっているそうだ。
んむこれは中々…」

ヴィータの問いに、抹茶アイスに舌鼓を打ちつつ、シグナムが答えた。

「へー。もうすぐ、また執務官試験があんのにテスタロッサも大変だなー」

パクパクと幸せそうにアイスクリームをパクつきながらつぶやくヴィータの後ろで、
はやてが獲物を見つけた猫のような表情でシグナムを一瞥する。

「ほぉー、流石やなシグナム。
フェイトちゃんのスケジュールはいつもバッチリ把握しとるんか。
やっぱ、愛やねぇ」

「なっ、あ、主はやて。
妙な誤解をされては困ります!わ、私は、テスタロッサとはその、手合わせの機会を
つくるためであって、むしろ好敵手であって…」

狼狽してスプーンを振り上げつつ、真っ赤な顔で必死に言い訳をはじめる将を尻目に、
シャマルは手際よく高町邸に電話をかけていた。

「うん、うん、そう?よかったわ!はやてちゃーん、なのはちゃん行けるって!
ヴィータちゃん良かったわねー。
え、うん、ヴィータちゃん、なのはちゃんと一緒に行けて嬉しいって」

電話口でなのはと話すシャマルに

「な、何言ってんだ、シャマル!べ、別にあたしはそんな嬉しくなんか…」

こちらもやはり、あたあたと真っ赤になって否定する。

「まぁ、ヴィータちゃん、かわいー。うふふふ」

「あはは、嫌よ嫌よも好きのうちってよう言うしな」

「そう言えば、この世界では、逢引きの場所の定番は遊園地なのだそうだ。
ふっ、まあ、楽しんでくるといい」

はやてのおふざけの矛先が自分からヴィータにそれたのを、これ幸いとばかりに
シグナムも一緒になってヴィータの慌てぶりに口を入れる。


(……。)

喧騒のなか、静かに立ち上がったザフィーラは、リインフォースのもとへ吉報を届けに、
ひっそりとリビングを出て行ったが、誰も気づくものはおらず、その背中にはやはり哀愁
が漂っていた。


兎も角、こうして、リインフォースIIとヴィータ、なのはの3人はそろって日曜に
遊園地に行くこととなった。

このちょっとしたイベントは、ヴィータにとっての悲劇であり、なのはにとってのいらぬ
艱難の原因であり、リインにとっての師との出会い、となるのであった。



2.リインのやきもち

海鳴市郊外にある海鳴スカイパークは、日曜日ということもあって、人ごみでごった返し
ていた。色鮮やかな遊具やアトラクション、そこかしこから歓声があがり、楽しげなメロ
ディが間断なく流れ、クレープやポップコーン、ソフトクリームなどを売る屋台からは甘
い匂いが漂ってくる。

「ふわあぁー」

施設に入場するなり、数々のアトラクションを見上げて目をキラキラと輝かせている
リインフォースのはしゃぎように、ヴィータとなのはは揃って顔をほころばせた。

「すごいです…!あ、クマさん!」

入り口近くで風船を子供達に配っている熊(着ぐるみ)を見つけると、リインは一目散に
走って行ってしまった。いつもは、30cm程度の身長しかないリインだが、今日は変身
魔法を使っているため、普通の子供と変わらない大きさになっている。薄い水色のワンピ
ースに藍色のスカート、肩に林檎のアップリケが特徴的なポシェットをさげたリインの姿
は、どこからどう見ても可愛らしい普通の子供である。

「にゃはは、リインちゃん嬉しそう」

対してなのはは、ジーンズズボンをはき、Tシャツの上からデニム生地のジャケットを
着ており、珍しくカジュアルな格好で来ていた。

「まー、リインは外に出る機会、あんまねーかからなー」

腕を頭の後ろで組みながら答えるヴィータは、骸骨がプリントされたいつものTシャツ
に赤いスカート姿である。

「ヴィータちゃん!なのはさーん!クマさんに風船もらったですっ!!」

赤い風船を手にリインが二人のところに戻ってくる。
そうして並んで歩き始めたなのは達であったが、先ほど風船を配っていた着ぐるみの熊
が彼女達三人の後姿を、じっと見つめていたことには、誰も気がつかなかった。



「うふふっ、面白かったですっ」

「うんうん!自分で飛ぶのもいいけど、ああいうのも結構気持ち良いね」

リインとなのはが楽しそうにアトラクション『ループコースター』の乗り心地について
語り合っている後ろで、ヴィータは独りげっそりとした顔をしていた。

「おめーら、あんな、ぎゅんぎゅんぐるぐる…よくへーきだな…」

そんなヴィータにリインは悪戯っぽい笑みを浮かべて言い放った。

「ヴィータちゃんがあんなに怖がりだなんてリイン知らなかったですよ」

「バ、バーカ。誰が怖がってるって?」

「だってヴィータちゃん、悲鳴あげてたです!」

「悲鳴なんてあげてねーよ!他のやつの声と聞き間違えたんだろ」

「えー!?あれは絶対ヴィータちゃんだったです!リインはちゃんと聞いたです!」

「ちげーよ!」

「違わなくないです!」

「ちげーって言ってんだろ!」

水掛け論の言い合いから、次第に睨み合いをはじめ、一触即発の雰囲気を醸しだした
リインとヴィータを見て、なのはが慌てて仲裁に入った。

「まあまあ、ヴィータちゃんも、リインも、そのへんにして。
えーっと。少しお腹すかない?ちょっとあそこで何か食べていこう?」

なのはは、何とか二人の注意を逸らそうと、屋外に設置された軽食レストランのほうを
指差し、そう提案した。食べ物で釣ろうという魂胆がみえみえにならないように、なる
べく自然に。

その声に、はっとヴィータはなのはのほうを振り返った。
しかし、すぐこちらに向けられるなのはの笑顔に気まずそうに目をそらした。

(何てこった。病み上がりのなのはに気ぃ遣わせちまって、何やってんだ、あたしはっ!)

「ねぇ、どうかな?」

プイッとそっぽを向いて黙り込んでしまったヴィータに気持ちがめげそうになるのを
こらえて、なのはは笑顔で尚も食い下がる。言い出した以上、ここで引いてはエース
の名がすたる。過去、何度も無視され、拒絶されながらも執拗にフェイトに「お話」
を求め続けたなのはの諦めの悪さは今なお健在であった。

リインはどうしていいのか分からずになのはとヴィータを交互にチラチラ見ている。
まだ活動時間が短く、家族以外の人間とは――但し生みの親の一人であり、何かと世話を
焼いてくれた技術官のマリエルを除いては――あまり接触を持たないリインは、どう対応
してよいのか分からない。まして、なのはについては、名前はよくはやてから聞いて知
ってはいたが、重傷を負っていたために、直接きちんと会話する機会はこれまでなかった。

「ええっとぉ…。」

間をもたせようと、リインはモゴモゴと言いよどみながら、ヴィータのほうを盗み見た。

(何か、ヴィータちゃん変です…)

ばつの悪い顔でそっぽを向いているヴィータは、いつものヴィータとは違った風に見え、
リインは、先ほどの自分の言動を少し後悔した。
なのはのほうを見やれば、笑ってはいるものの困ったような様子であり、このまま何も
返事を返さずにいれば、彼女がますます困ってしまうだろうことは明白だった。

「リ、リイン、お腹すいたです!」

その場の空気にいたたまれず、リインは勇気を振り絞って切り出した。

「ん、あ、ああ。そーだな。何か食うか」

ようやく再起動しだしたヴィータをともなって、一行はレストランの中に入っていった。



――あっ!クマさんだぁ!
――ふうせん、頂戴!
――ああっ!コウちゃんだけ、ズルい!わたしにも!

いつの間にか、あの着ぐるみの熊が入り口付近から、なのは達のいるレストラン区画
近くまで移動していることに三人は気づかない。





屋外に設置されたパラソルの下。丸テーブルを囲んで、なのは達は軽食を取っていた。
食事がはじまってからは、先ほどの気まずいムードは去り、ヴォルケンリッターの面々
の性格や、ヴィータが町内会のゲートボール大会で活躍していることや、テレビ番組に
ついての話題で話が弾んだ。リインも、なのはに対する気後れは薄らいできて、あれこ
れと自分から話を振るようになった。

「そういえば」

と、幸せそうにピザ風トーストを食べていたリインが言った。

「なのはさんは、もう怪我は大丈夫なんですか?」

ハンバーガーにかぶりついていたヴィータが瞬間、身をこわばらせる。
リインとなのははそれに気づいたが、それについては何も言わなかった。

「うん。大丈夫。もう全然平気だよ!」

にっこり笑って拳を握り、全快をアピールするなのは。

「……。」

まただ、とヴィータは思った。また、笑顔。
あの時も笑顔だった。事故の直前、疲労がたまって不調だったはずの時。
そして血まみれになっても、やっぱりアイツは笑っていた。
コイツの笑顔ほど、信用ならねぇモンはねぇ…。

「本当に大丈夫だよ?」

ヴィータの心中を見透かしたようになのははヴィータに声をかけた。
リインは目をパチクリさせてヴィータとなのはのやり取りを眺めている。

「わーってるよっ!」

真っ赤になって乱暴な口調で言うと、ヴィータはハンバーガーを一気に口に詰め込んだ。

その様子にリインは首をかしげるばかりであった。しかし、それと同時に、なのはを
何かと気にかけるヴィータと、家族と同等かあるいはそれ以上に通じ合っている風な
二人の様子に、リインの心のなかに燻るものが生まれた。

(ヴィータちゃん、今日はなのはさんばっかり…。)

もともと、年齢(設定)の近いヴィータはリインにとって、主であるはやてとは別に、
最も身近な家族であった。遊園地に行く道中からずっとヴィータがなのはの方に視線を
ちょくちょく向けていたことをリインは知っていた。リインはヴィータとなのはとの間
にある事情についてよく知らない。リインにとって、ヴィータの態度は、まるでヴィー
タが自分よりも、なのはの方を大切にしているように感じられてしまうのだった。

「あ、ヴィータちゃん、テントウムシが頭についてる」

「んだぁ?てんとーむしぃ?」

「にゃはは、ちょっとじっとして…。はいっ!とれたよ」

なのはは、ヴィータの頭に張り付いていたテントウムシを優しくつまむと、近くの
植物の葉っぱの上にそうっと逃がしてやった。

春のうららかな陽気に誘われて、海鳴スカイパークには様々な虫も湧いてきていた。


レストランの敷地の外から、彼女達を見つめる何者かの視線は、いつの間にか、増えていた。



3.ホーンテッド・ハウス

五月の春の陽気のなか、海鳴スカイパークで、なのは達は様々な遊戯施設をまわって
楽しんだ。お猿電車に、コーヒーカップ。モグラ叩きに、メリーゴーラウンド。
そして、時刻はまわり、日が少しずつ傾き始めた頃、

「こ、ここ入るの…?」

「リイン、おめー、ここがどんなとこか知ってんのか?」

「お化けさんがいるところです!リインちゃんと調べてきたですよっ!」

三人は、不気味な青いライトで照らし出されたお化け屋敷の前で佇んでいた。
若干腰が引け気味ななのはや、呆れ顔のヴィータに対して、やる気満々といった風情の
リインはパンフレットを片手に握り締め、さあっ!っと勢い込む。

(おいっ、おいっ!)

お化け屋敷を前に、戦々恐々としているところに、突然、ヴィータから念話で話しかけ
られて、なのはは思わず飛び上がった。

(な、何?)

(おめー、こういうの苦手なのか?)

正直に言うと、なのははこういった類のものは苦手な性質であった。

しかし、リインはお化け屋敷に入るのをとても楽しみにしているようだ。
なのはにも、覚えがある。遊園地や旅行に行くときはあれこれとパンフレットを見ながら、
何処何処に行こう、あれをしよう、とワクワクしながら計画をたてたものだ。自分のワ
ガママでリインの気持ちを台無しにしたくはなかった。

なのはは少し考えて念話を返した。

(ん…。少しね。でも大丈夫)

(別にリインに無理してあわせなくったっていーんだぞ?)

(にゃはは…。まあ、危険があるわけじゃないし、大丈夫だよ)

ヴィータとなのはの念話の内容は当然、リインには聞こえていない。
しかし、最も近しい身内であるがゆえに、ヴィータの感情の変化に敏感なリインは、
二人の間でなにやら会話が交わされていることを察知していた。
そして、ヴィータがなのはのことを心配していることも同時に悟った。

リインはぷうっと頬をふくらませた。

(何か、おもしろくないです…)

リインは、ふとちょっとした悪戯を思いついた。

(ええっと、確か、蒼天の書のデータベースに…)

それは、悪意に満ちたものではなく、ほんのちょっとした悪戯心に過ぎなかった。
大好きな家族が自分をさしおいて仲良くしている人物に対しての、ささやかな復讐。



お化け屋敷のなかは薄暗く、不気味な水温が響いていた。

先頭をヴィータが気だるそうにしてドスドスと歩いていき、その後ろを企みごとを
秘めたリインが進む。最後尾に、なのはが表面上は冷静に、内心ビクビクしながら
前を行く二人についてゆく。

突然、道の脇の扉が開き、全身を包帯で巻かれた男が這いずり出てきた。

『オオオォーオオオォー』

くぐもった声でうなり声をあげるミイラ男を、ヴィータはひょいっとまたいで先へ
と進んでいく。リインは、と言えばもの珍しそうにミイラ男を見た、がそれだけだった。
なのはは、すんでのところで悲鳴を抑えることに成功していたが、心臓がバクバク脈打
っているのを自覚していた。なるべくミイラ男のほうを見ないようにして、そそくさとその場を後にする。
後には、ミイラ男の中の人の悔しげなうめき声がこだましていた。

どうやらこのお化け屋敷は廃墟になった病院を舞台として設定しているようだった。
動く人体模型や、ガラス窓を叩く真っ赤な手、突然ベッドから起き上がる死体。

つまらなさそうなヴィータと、面白そうにしているリインに対して、なのはは恐怖の
さなかにあった。こわごわとヴィータとリインの後をついていったなのはであったが、
ふとした瞬間に、二人の姿を見失ってしまった。

「ううっ…。」

おそらく自分がモタモタしている間に二人は先に行ってしまったのだろう。
早く追いつかなくてはならない。
なのはは歩みを速めた。
時折、ひびく奇怪な声や物音に脅えながら。

廊下を抜け、前進。
右折。前進。
突き当たりに木製のドア発見。
ドアのノブを捻る。

もしかしたら、また何か――ミイラ男か、ゾンビか、血まみれの女か――が出てくるかも。

そう思ったとたん手が止まる。
一旦捻ったドアノブを元に戻し、なのははひとつ深呼吸した。
そして、恐る恐るドアをゆっくりと開けていくと…。






そこには何故か、父と兄がいた。

何故か、全裸で。腕組みをして。なのはを待ち構えるように、仁王立ちで。

「はぁ……?」

あまりの展開に理解が追いつかない。

(ここはお化け屋敷で、お化けがいるところで。
お父さんとお兄ちゃんがそこにいる。えっ、なんで?)

なのはが混乱していると、いつの間にか目の前に、たくましい体躯の父が立っていた。

「お父さ…わっ、きゃああああ」

そして後ろには何故か兄、高町恭也がいて、なのはを羽交い絞めにした。
なのはは兄の腕から逃れようと必死にもがくが、兄の腕はビクともせず
固くなのはを押さえつけてくる。
その間、父、士郎はなのはのジーンズを手荒く脱がしにかかる。

「お父さ…お兄ちゃ…やめ、て」

なのはの懇願をまるっきり無視して、父、士郎はなのはのジーンズとパンティを一気に
引き摺り下ろして取り去ってしまった。そして、太ももの裏側から手を入れて、なのは
の両足を自分の腰上まで持ち上げ、恐るべき腕力でそのままがっちりとホールドする。
そうしてなのはの股間を見つめる士郎の顔には何の感情も浮かんでおらず、それが余計
になのはの恐怖心を煽る。冷たい空気が肌を冷やし、なのはの脚はガクガクと震えだした。

「やだ…、お父さん」

士郎は無言でなのはの腰を持ち上げ、自らの股間に黒々とそそり立つ巨根のちょうど真上
にくるように引き寄せた。そして、ゆっくりとなのはの腰を自分の剣の上におろし始めた。

「あっ、あ、あ…」

ズン、となのはの中に荒っぽく侵入した士郎の固く熱い切っ先は、なのはの中をまるで
えぐるかのようにズブズブと力強く突き進んでいった。

「うっ、やあぁああぁ!中に入って、やめて!」

なのはが股間の異物感に身をよじると、突如、後ろでなのはを羽交い絞めにして支えて
いた兄、恭也がその腕を離した。途端に引力の法則に従ってなのはの体が急降下する。

支えを失ったため、結合部分になのは自身の全体重がかかり、士郎の熱剣が一気になのは
の最奥を深々と貫いた。瞬間、なのはの肢体が激しく跳ねる。それを皮切りに、士郎は
激しく自らの腰の剣を振るいはじめた。熱剣がなのはの奥深くまで穿ち、突き上げる。

「ぐっ…ああぁ…いっ!あっ、あぁっ…!」

もはやなのはの喉から発せられる音は意味をなした言葉にならない。

「父さん、後ろは俺がもらうぞ」

そう言う兄の声を耳にしたのを最後に、なのはの意識はブラックアウトした。





「……!……!!」

誰かの叫び声がする。
なのははボンヤリとした意識の中でそれだけを認識できた。

段々と。意識と思考が戻ってくる中ではっきりと耳にした第一声は、

「…カヤローッ!!!」

ヴィータの怒声だった。

ヴィータは文字通り目の色を変えて、あらん限りの声でリインを怒鳴りつけていた。

「バッカヤローッ!!お前、自分が何やったのかわかってんのかっ?!」

これまで見たこともないヴィータの凄まじい剣幕と怒気にあてられて、リインは肩を
振るわせた。今までさんざんヴィータとはケンカして怒鳴られたことはあったが、ヴ
ィータを今ほど怖いと思ったことはなかった。

「リ、リインは…ちょっとした悪戯のつもりで…」

必死に弁明をするリインを遮って、ヴィータは吐き捨てるように言い放った。

「ふざっけんなっ!」

リインは瞳を涙でにじませ、しゃっくりあげた。
「うっ…ひっく…」

「『インクブス』だと!――それも!古代ベルカ術式の!」

ギリッと歯軋りをたてて、ヴィータは瞳孔が収縮した真っ青な瞳でリインを見据えた。

「そ、蒼天の書のデータベースはまだベルカ式が殆どで…」

「あれがどんなもんか知ってんのかッ?!」

「…イ、インクブスは"夢魔"だから、悪い夢を、見せる、って思って…」

「その'悪い夢'がどんなもんかは!?」

「う…よく、は、知らないです……」

なのはの意識はいまや完全に覚醒していた。
すぐそばでこんな大音声の怒号を聞かされていれば、嫌でも目が覚めざるをえない。

「ヴィータちゃ…ちょっと……声さげて…キーンって、くる…」

壁にもたれかかりながら、なのはは何とか言葉を発することに成功した。
どういうわけか、マラソンをした直後のように息が切れていて、全身に倦怠感があった。

「なのはっ!」

声量を落とすよう頼んだというのに、一際大きな声で叫ぶヴィータの様子になのはは
苦笑を漏らした。だが、リインの姿を視界におさめると、その様子に困惑した。
先ほどまで元気満々だったはずのリインが、うつむいたまま肩を震わせ、しゃっくり
あげながら泣いているのだ。状況がつかめず、なのははリインに優しく声をかけた。

「リインちゃん…どうしたの…?」

「ほっとけ。おめーは気にする必要ねぇ。んな事よか、おめー大丈夫か…?」

ヴィータがなのはの方に身を屈めてそう言うと、リインの様子が急変した。

「ヴィータちゃんなんか!」

瞳を涙でにじませ、リインは叫んだ。

「ヴィータちゃんなんか、嫌いですっ!っ…なのはさんも、だいっ嫌いです!!」

リインは駆け出した。
後ろから聞こえるヴィータとなのはの声を振り切って、お化け屋敷の外へと。
外に出た瞬間、リインの瞳に、茜色に染まった空がとびこんできた。


さて、夕暮れの「たそがれ時」は、またの名を「逢魔が時」とも言う。
陽が沈み、闇がその色を濃くする世界では、招かれざる客も跋扈しだす。

ちらほらと点きだした遊園地のイルミネーションの灯りに照らされて、着ぐるみのクマ
は、いまだに風船を持ったまま、遊園地の一角で佇んでいた。




〔『4.後ろの正面だぁれ?』に続くかも〕



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目次:真夜中の遊園地〜ヴァイヒ・スツーツ誕生秘話
著者:鬼火 ◆RAM/mCfEUE

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