最終更新: nano69_264 2009年06月21日(日) 11:29:52履歴
160 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:31:49 ID:DoBYCzfY
161 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:33:45 ID:DoBYCzfY
162 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:35:15 ID:DoBYCzfY
163 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:37:15 ID:DoBYCzfY
164 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:40:06 ID:DoBYCzfY
165 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:41:24 ID:DoBYCzfY
166 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:43:22 ID:DoBYCzfY
鉄拳の老拳士 拳の系譜5
それは圧迫感を感じるような大きな建物だった。
経年化により全体的にくすんだ白色を纏い、周囲には内からは脱出を外からは侵入を阻むように立てられた高い二重の塀を持つ。
かつては数多の犯罪者から、法の名の元に自由を奪ってきた場所、名を“フランクモリス収容所”。今は閉鎖と看板を掲げられた旧時代の遺物である。
そこに一台の車が辿り着いた。
濃いモスグリーンに塗装された風を裂く流線型、施設と同じく今では世代遅れとなった内燃機関エンジンを唸らせるスポーツカー。
淀みないステアリング捌きで操られたそれは、収容所脇の駐車場の一角に停車する。
そして、中から現れたのは老人と少女だった。
かつて鉄拳の二つ名を冠した老兵アルベルト・ゴードンと彼の孫娘ギンガ・ナカジマの二人である。
車から降りたギンガは、その場で青い髪をふわりと揺らして祖父に振り返り、告げた。
「到着、ここが108の今の仕事場だよお爺ちゃん」
「ああ、みたいだな」
柔らかな慈母の笑み、どんな男でも虜にしそうな孫娘の微笑だったが、今のゴードンはどこか素っ気無い程の返答を返した。
彼の中には今、一つの火種が生まれていた。
この塀の中に、ともすれば娘、クイントの仇がいるかもしれない。
その思慮が老いた男の中に黒い、闇より深い黒色の炎を産み、静かにだが確かに滾らせているのだ。
自然、空気は彼の内の灼熱が伝播したかのように微かな熱気を孕み、鋭く張り詰める。
ギンガは祖父のその様に、小首を傾げて疑問符を浮かべた。
「どうかした?」
「いや、なんでもねえさ。それより、俺はもうお暇するぜ。お前もお届けた事だしな」
言うや、ゴードンは再び運転席に戻ろうと運転席のドアに手を掛けた。
正直なところ、彼としてはこれ以上この場に止まりたくなかったのだろう。
だが、そんな祖父を孫娘が呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って。そんなに急がなくても良いでしょ? お父さんに顔くらい見せて行こうよ」
家族の時間を少しでも長く取りたいという純粋な想いを胸に、哀願するようにそう囁く。
男なら誰しも断る事を躊躇うような、どこか切なげで愛らしいギンガの言葉。
ましてやゴードンにとっては目にいれても痛くないような可愛い孫娘の頼みである。
しばしの逡巡を見せると、老兵は顎先のヒゲを指で弄りながら困ったように答えた。
「ああ……まあ、お前が言うんなら、な」
□
かつては無数の悪漢を檻の内に拘束した収容所、今は数人の少女を収める分厚いコンクリートと強化合金製の白き建造物。
その中、昔は看守棟として用いられてきた一角で老兵は亡き娘の夫、詰まるところ義理の息子に久しぶりの再開を果たした。
「よぉ、ゲンヤ。元気してっか」
「はい。義親父(オヤジ)さんも元気そうで」
狭いながらもテーブルと椅子の揃った部屋、看守の控え室、今は来客用などの場合において使われる一室でゲンヤは義父を迎えた。
本来ならばナンバーズの収容されているこの施設に外部の人間が足を踏み入れる際、それ相応の手続きが必要である。
だがゴードンはスカリエッティの逮捕への協力者、つまりは一応部外者でも事件関係者だった。
そこを陸士108部隊の隊長であり、義理の親子関係にあるゲンヤの許可があればその限りではない。
亡き妻の父、義父ゴードンに部屋のテーブルで自身の対面に座るように促しつつゲンヤは紙コップにコーヒーを注いで差し出した。
「まあ、どうぞ」
「おう、ありがとな」
短いやり取りを済ませ、老兵は湯気の立つコーヒーを一息に飲み干した。
地獄のように熱く苦いコーヒーは一瞬で喉を通り、屈強な胃の腑へと落ちる。
ふう、と先ほど喉を流れた熱の余韻を吐きつつ、ゴードンは紙コップをテーブルの上にかつんと音を立てて置いた。
そして、その小さな残響と同時に低く小さな、されど確かに対面のゲンヤに届く声量で言葉を掛けた。
「ところでゲンヤ、一つ良いか」
小さな、本当に小さな声だった。
だがそこには、有無を言わさず相手に返答を強いるような迫力がある。
思わずゲンヤの背筋がゾクリと震えた。
元より彼の問いならば答える気ではあるが、この老兵の鋭い気迫を前にすれば自然と身が縮まるような思いを感じる。
ええ、と返事を返しつつ、ゲンヤは姿勢を正した。
そして一拍の間を置き、言葉は投げ掛けられる。
「この施設で、お前らの部隊が収監と監視、そして更正プログラムをするんだってな。件の戦闘機人の……ナンバーズだったか」
「ええ、確かにうちが担当する事になりましたよ」
「てめえ、良いのか? ってかよ、割り切れるのか?」
言葉を紡ぎながら老兵は手元に出したシガレットケースから葉巻を一本取り出し、流れるようにマッチで火を点ける。
独特の甘ったるい濃密な紫煙を燻らせる中、ゴードンはその眼を抜き身の刀身のように鋭く光らせ問うた。
まるで腹の底から搾り出すように。
「そいつらぁ、クイントの死に関わってんだぞ」
単刀直入としか言えない、少しの躊躇もない問いだった。
残酷な、されど曲げられない真実、変わらない事実の疑念。
その言葉を耳にした瞬間、ゲンヤの身体が僅かに振るえて強張る。
彼の返答を待ち、ゴードンはただ言葉もなく静かに黙々と紫煙を吐いた。
僅かな沈黙だったが、それは一秒を一時間にも感じるような重圧に満ちた時間。
葉巻の先端で灰が小指の先ほど溜まった時、ゲンヤはその静かに口を開いた。
「確かに、それはそうですね。あいつらは……正確に言やぁ、あん中の五番はあいつの死に関わってるのは確かです。でも……」
「でも、なんだ?」
娘の死に関わる話題、自然とゴードンの声が低く威圧感に満ちた険を帯びる。
もし彼と初見の、肝の小さい者ならば失禁すらしていたかもしれない、それほどの気迫。
だがゲンヤは老兵から少しも目を反らさず、先ほどと同じく静かな言葉で返した。
「でも、もしかしたらそれはギンガやスバルだったかもしれない。もし運命が違ったら、ゼスト隊と戦ったのはあの二人かもしれない……そう思うとね、怨めないんですよ、あいつらの事が」
それは、どこかやり切れないような、ともすれば泣き出してしまいそうな顔だった。
ゲンヤの表情が悲痛さを孕み、声が僅かに震えだす。
それは決して部下や娘の前では見せないだろう、目上の、義父であるゴードンの前だからこそ見せるゲンヤの一面。
ゲンヤは白髪交じりの頭を力なく俯けながら、震える声で言葉を続ける。
「俺ぁ、意気地なしなんですかね……女房の仇を憎めず、あまつさえ救いの手まで差し伸るなんて……」
ナンバーズの全てとは言わないが、彼女らの一部は妻の死に加担した相手だった。
しかし、ゲンヤはその相手を自身の娘達の境遇と重ね合わせてしまった。
ギンガとスバルも彼女らナンバーズと同じく戦闘機人である、もし状況が違えばゼスト隊の全滅した戦いで手を血で濡らしたのはあの子達かもしれない。
そんな想いがゲンヤから憎悪を奪った、憎い筈の仇に憐憫の情を抱かせた。
彼はもう、戦闘機人という存在を憎み切る事などできなかった。
ゲンヤの吐き出した言葉に、老兵は顔を歪ませながら返す。
「んな事……俺にも分からねえよ」
顔に刻まれたシワを歪ませるゴードンの表情は、怒りに燃えるようであり、そしてまた悲しみに沈むようでもあった。
□
「ああ、さっきの角を右だったかな……」
老兵は収容施設内部の廊下を歩きながら、幾度目か分からないそんな言葉を漏らした。
初めて来た場所でもかつて若かりし頃ならば瞬く間に構造を記憶し順路を間違えることなどなかったのだが、今日は違う。
年のせいなのか、それともゲンヤとの話のせいなのか、先ほどの会話を終えた後ゴードンは一人施設を去ろうとしたのだが、完全に道に迷ってしまった。
顎先に蓄えたヒゲを指で撫でつつ、老兵は目の前の曲がり角でまた思案する。
右に曲がるか左に曲がるか、数秒の巡回の末にゴードンは本能と勘に任せて左を選択。
曲がり角を左方向に折れる。
その瞬間、彼の大柄な体躯に僅かな衝撃が生まれた。
原因は視線を下に向ければ見つかった、それは小さな少女だった。
長く伸ばされた美しい髪、艶やかな銀髪をさらりと揺らした眼帯の少女。
小さな体躯の女の子は顔を上げると、片方しかない左目、澄んだ金色のそれをぶつかったゴードンに向ける。
そしてペコリと頭を下げて謝罪した。
「あ、その……すいません」
「いやいや、嬢ちゃんこそ怪我はないか?」
行儀良い少女の姿に、老人は破顔して優しくその子の頭を撫でた。
ゴツゴツとした大きな手が艶やかな銀色の髪を撫でて梳き、柔らかな愛撫をする。
彼の手の感触に、少女は、ん、と小さな声を漏らし、まるで子犬のように目を細めた。
と、そこでゴードンは一つの事実に気付く。
少女の纏っている簡素極まる白い服、それは囚人などが着るようなものである。
この収容所の現状と少女の姿、それらを考慮すれば彼女の正体など明らかだ。
滑らかな銀髪からそっと手を離し、老兵は小さな、囁くような声で問うた。
胸の内に宿る憎悪の火を抑制しながら。
「嬢ちゃん、おめえもしかして……機人か?」
「ああ、そうですが。というか、あなたはこの施設の人間ではないのですか?」
「まあな。俺ぁ、ちょっとゲンヤに会いに寄っただけの民間人だよ……」
「そうですか。しかし民間人とこんなところで接触してしまったら後で問題なってしまいそうだなぁ……ううむ」
少女はそう言うと困ったように苦笑する。
その柔らかな笑みに、ゴードンの巨体の内で滾るどす黒い炎が一瞬弱まる。
こんな少女が果たして娘の死に関わったのだろうか、そんな疑念が僅かに燻り始めた。
少女の背丈は随分と小さい、それこそまだ十代前半くらいの年頃に見える。
もしかしたら娘の死、八年前のゼスト隊全滅には関わっていないのかもしれない。
知りたいという気持ちがある反面、これ以上の事実を拒むような気持ちもある。
だがその二つの拮抗、思考の巡回は一瞬だった。
「なあ、一つ良いか」
「ん? なんだ?」
一拍の間、一息の停滞、ゴードンの目が細められその鋭さを増して少女に向けられる。
そして、彼の口からまるで地の底から響くような声が響いた。
「お前さん……ゼスト隊の事は知ってるか?」
瞬間、小さな体躯をビクンと震わせ、女の隻眼が大きく見開かれる。
困惑と絶望と恐怖の、数多の記憶と感情が金色の瞳に混濁した色を見せた。
彼女は理解したのだろう、老兵の吐いた言葉に込められた憎悪とその意味を。
それはどんな事があっても決して消えぬ自身の罪、一生背負い続けるだろう咎の十字架だった。
震える手をギュッと握り締め、隻眼・銀髪の少女は意を決して口を開いた。
「……あなたは……関係者なのですか……ゼスト隊の……」
震える声で絞り出すように吐いた問いに、老兵は言葉を噛み締めるように答える。
「クイント・ナカジマ、旧姓はクイント・ゴードンっつってな……俺の娘だった」
「クイント……ではあなたはギンガ達の」
「祖父だ」
「そう、ですか……」
彼の言葉を聞き、少女の声が震える。
だが薄桃色の唇を血が出そうなほどに噛み締めながらも、次なる言葉を紡ぐ。
己が罪から逃げぬ為に。
「私の名前はチンク……ナンバーズの5番です……ゼスト隊の全滅には……直接参加していました」
真っ直ぐにゴードンの目を見つめながら、隻眼の機人、チンクは己の罪を曝け出した。
彼には知る権利がある、と。
そしてチンクの吐いた震える声の残響が届いた刹那、その場の空気が変質した。
今まで大気は過ごしやすい適温だった筈なのに、肌が強烈な寒気を感じて鳥肌が立つ。
それだけじゃない、呼吸が上手く行かなくなっていた。
まるで大気中に鉛を流し込まれたように重く感じて、吸う事も吐く事もままならない。
物理的には先ほどと何も変わっていない、なのにチンクは自分の中の全細胞が悲鳴を上げているのを感じた。
半世紀以上の永きに渡る時を、濃密な闘争に生きた老兵の正真正銘本気の殺意と憎悪である。
気の弱いものならそれだけで絶命するのではないかと思えるほどの気迫。
冷や汗で背をびっしょりと濡らし、細い肢体を震わせ、それでもチンクは彼から目をそらさなかった。
自分の犯した罪、消えない咎から逃げぬように、まっすぐに彼の目を見つめる。
極限まで研ぎ澄まされた刃のような老兵の眼差しと、少女の隻眼が中空で絡み合う。
一瞬にも感じられる時、だが永遠にすら感じる時を殺気と沈黙が支配する。
そして、それを破ったのはチンクだった。
「ゴードン、さん……私は……」
刹那、風が吹いた。
ごう、と、巨大な何かが大気を切り裂き、銀髪を宙に舞わせて少女の顔を掠めた。
振り抜かれてから気付く。
それは拳、数え切れぬ敵を倒してきた老兵の鉄拳。
戦闘機人のチンクをして動作が終わってから知覚出来ない、予備動作のほとんどない神速の域に達した左の拳打。
もしこれがあと拳一つ分横にずれていれば、少女の顔は砕け散っていた事だろう。
絶対的な死が頬を掠めた感触に、思わず唾を飲み込む。
「あの……」
そして再び口を開こうとした瞬間、しわがれた声がそれを遮った。
「黙れ」
低い、地の底から響くような残響。
聞いた者に逆らう事を許さぬ、圧倒的な上位者の言葉。
逆らえば死ぬ、少女は本能でそう理解した。
顔の横の拳から空気の軋むような音、強く握り締められる音がする。
そしてゆっくりと、その手がゴードンの元に引かれた。
「消えろ……俺が自分を抑えられる内に」
まるで内臓を搾り出すように、ゴードンはそう言葉を吐いた。
そこには先ほどと同じ猛々しい怒りと、どす黒い憎悪と、そしてそれ以上の悲しみが溶けていた。
彼に何か言葉をかけようと、チンクは口を開きかける。
だが言葉は出てこなかった。
なんと言えば良いのか分からない。
許してくれと言えば良いのか、殺してくれと言えば良いのか。
罪人の自分からは何も言えない。
罰を与える権利があるのか被害者だけだから。
僅かな逡巡の後、少女は静かに振り返り、その場を後にした。
残された老兵は、小さな機人の背中を見つめながら血が出るほど拳を握り締めた。
ただただ強く、自身の中で猛る殺意の炎を抑える為に。
□
管理世界の中心地ミッドチルダ、その首都クラナガンの一角でその狂的な悲喜劇は繰り広げられていた。
立ち並ぶ高層ビルディングの合間、人の立ち入らぬ路地裏の奥底で女性の声、悲痛な叫び声が木霊する。
無数のゴミが散乱する路地裏で一人の男が女性を組み伏せ、性交を強要、詰まるところレイプに及んでいた。
両手足を拘束用魔法術式、バインドで縛られた女性は強制的に股を開かされ、男の陵辱の前に無残に辱められている。
既に何度か膣内射精をされたのか瑞々しい太股の間からは白い精が垂れており、その中に混じる赤から彼女がこの場で純潔を散らされた事が分かるだろう。
ただ買い物に出かけただけなのに、突然路地裏に引きずり込まれたかと思えばバインドで身動きを封じられ、守り続けた処女を奪われた。
力ない女性にできる事といえば、ひたすらに助けを求めて泣き叫ぶ事だけ。
「いやぁ……やめて! もう、い、やめてぇ! ひぎぃっ!!」
だがそれすらも、次の瞬間顔面を襲った激痛に止められる。
口の中で折れた歯が頬に刺さり、自分が殴られたと気付いた。
痛い、痛い、痛い、苦しい。
もう止めてくれと叫ぼうとしたが、それすらもまた加えられた打撃の前に強制的に黙らされた。
男は殴りながら犯しながら、心の底から嬉しそうに笑っていた。
そしてまるで獣のように、一片の理性も躊躇もなくひたすら暴力と快楽を喰らう。
遠慮なんて欠片もしないで力任せに膣を抉り抜き、射精を求めて強姦。
何度目かの強烈な突き上げの後、男は、ああクソ出すぞ、と吐き捨てて欲望を解き放った。
ビュクビュクと音を立てて汚らわしい白い精が結合部から溢れ出る。
最後の一滴まで射精を楽しむと、男はようやく女性から己の肉棒を引きずり出した。
終わった、ようやくこの地獄から解放される。
苦痛と恥辱による辱めが終わりを告げる予感に、女性は朦朧とする意識の中で希望を見出した。
だが次の瞬間、彼女の目の前の“何か”が突きつけられた。
それは銃。
より正確に言うならば、炸薬を用いた実弾型ではなく、魔力によって術式を行使する銃型のデバイスである。
その魔力銃の銃口が今、女性の目の前に突きつけられた。
暗い銃口の内部に魔力が収束し、赤い、血よりも濃い濃密な赤の魔力光が輝く。
そして男は呟いた。
「出所して初めてのレイプ最高だったぜ、じゃあなお嬢ちゃん」
言うが早いか、赤い魔力弾が放たれ、同じ色を成す鮮血を撒き散らしながら女性の脳天をぶち抜いた。
路地裏のゴミ溜めの上に脳髄と血潮の凄絶なアートを刻み、女性、ジェーン・スミスの24年に渡る短い生涯は終わりを告げる。
それはあまりにも呆気なく、凄惨で救いようのない死だった。
だがそれを行った男は、今自分の起こした残虐極まる様に少しの罪悪感も抱く事無くその場を後にした。
彼の心には少しも、それこそ針の一刺しほどの痛みもない。
良心の欠片もない、人の命をそこいらに落ちているゴミ屑程度にしか見れない外道。
中肉中背の体躯に金髪の髪を揺らした男、裏の世界で“魔銃”と呼ばれた、名をテッド・バンディという。
数年前にクラナガン首都航空隊との大立ち回りの末に逮捕され、先日刑務所を脱獄した筋金入りの凶悪犯罪者である。
バンディは脱獄後最初の強姦殺人を終えると、そのまま何事もなかったかのような軽い足取りで目的地を目指して歩き出した。
脱獄してから彼が求めたものは実に単純な二つのものだ。
一つは女、もう一つは金。
前者は先ほど満たした、刹那的な衝動に従い、いつものようにレイプして満足したら気紛れに殺す。
後者は前者ほど単純には行かない。
行き当たりばったりの強盗では思ったように大金にありつけはしないのだ。
だから金を、それも目の眩むような大金を拝むには相応の労働が必要だった。
組織、犯罪者共の結成したコミュニティ、社会の裏に潜むそれらとコンタクトを取り仕事を引き受ける。
それがバンディにとっての計画的かつ現実的な金銭の稼ぎ方。
彼はその性格と技能から、専ら『殺し』を請け負う事が多い。
今日の仕事もその手の話らしい。
初めて組む相手であるから油断ならないが、それでも脱獄したててで懐の寒いバンディは断る気などさらさらなかった。
先ほどの気紛れな強姦殺人から十分ほど、人気のない路地裏を歩き、彼は廃棄された旧市街の付近まで近づいていた。
ちょうど依頼者との待ち合わせ場所はここいらか、と周囲を見渡す。
バンディは凶悪で残虐な犯罪者である反面、非情に優れた魔道師でもある。
彼は周辺の地形と生命体の反応を一瞬で組んだサーチ術式で読み取り、周辺状況を把握しにかかった。
組織を介しての依頼、まさかとは思うが管理局の囮捜査という可能性も否定できない。
官憲の狗はどこにでもいる、注意するに越した事はないだろう。
その瞬間、バンディは己が背後に巧妙に気配を消している生命体の反応がある事に気付いた。
背筋を冷たいものが駆け抜けた刹那、彼はデバイスを起動、身体能力強化の術式を同時並行で行いつつ背後に振り返り銃口を向ける。
銃口が背後にいた者に狙いを定めると同時、背後にいた者、長髪の男が手にした得物もまた彼を捉えた。
剣、ブレードの両サイドにエッジを持つ長大な諸刃剣がバンディの首筋を皮一枚裂き、止る。
だがバンディもまた負けてはいない。
発射寸前、あと僅かに指先に力を入れてトリガーに触れれば目の前の男を殺せる状態である。
互いに互いの命を握った拮抗状態、額に冷たい嫌な汗をかきながらバンディは男を観察した。
長身痩躯の体躯に、手入れのあまりされていないボサボサの黒い長髪、だが目だけはまるで血に餓えた野獣のようにギラついていて鋭い。
そしてよく見れば、その男の腕は一つしかなかった。
上着の左袖が風に揺れており、中に本来あるべき腕が存在しない事を伝えている。
男は右手一つで、その得物を、長大な剣を構えているのだ。
刀身から感じる魔力、恐らくはベルカ式のアームドデバイスだろう。
ここまで数瞬で判断したバンディは、相手を刺激せぬようにゆっくりと口を開いた。
「おいおい物騒だなぁ、俺になんか怨みでもあんのか? あ?」
「それはこっちのセリフですよ。先に抜いたのはあなたでしょう?」
思いのほか相手の返答は冷静で理知的なものだった。
少なくとも問答無用でこちらと殺し合う気はないようだ。
だがそのギラついた目は明らかに異常者のそれ、猟奇殺人鬼の持つ狂的な輝きに満ちている。
油断など少しもできない。
慎重に思慮をめぐらせつつ、バンディはさらに問うた。
「俺はここに“お仕事”の話しに来ただけなんだけどよ。てめえはなんだ? もしかして依頼者さん、って訳じゃねえよなぁ」
「奇遇ですね。私もあなたと同じで仕事の依頼を受けて来ました」
「はっ、じゃあ何か? てめえは俺の仕事仲間ってか?」
「その通りだよ」
隻腕の剣士にバンディがそう言った瞬間、横合いから別の声が響いた。
まったく気付かない内に接近された事実に、両者の緊張は最高潮に高まる。
その刹那、二人の注意の対象はシフトし、得物、銃と剣がそちらに向けられた。
そこには一人の男が立っていた。
大柄な、190センチは超えるであろう長身に、服を纏った上からも分かるくらい筋肉を発達させた男。
鋭い眼光はさながら抜き身の刀身のようで、視線が交錯しただけで数多の修羅場を潜り抜けた殺人鬼をすら背筋が寒くなる。
男は二人を一瞥すると、静かに口を開いた。
「まだ何も頼んじゃいねえのにもう殺し合いか? 随分と血の気が多いじゃねえか」
「ああ、ちょっとした見解の相違でね」
言葉と共に、男に敵意や殺意がない事を悟り、バンディは銃を下ろした。
隣りの剣士もまた己の剣、長大なアームドデバイスを待機状態に戻すと、男に問うた。
「ところで、あなたが私たちを呼んだ方なのですか?」
「ああ、そうだよ。“魔銃”に“魔剣”、てめえらロクデナシの人殺しに、ちょいと用があってな」
魔剣という呼び名に、バンディは視線を隻腕の剣士に向けた。
ああ、そうだ、魔剣という呼び名だったか。
裏の世界で有名な、最強最悪と呼ばれている隻腕の剣鬼。
それがこの、魔剣の二つ名を持つ狂った殺人気、ジャック・スパーダという男である。
「魔剣? なんだぁ、てめえあの殺人鬼かぁ?」
「ええ、まあ」
問いにジャックは涼しい顔で頷く。
その一見すると理知的にすら見える顔の男が、今までに管理局の魔道師、Sランク級を含む人間を100人以上斬り伏せた怪物と誰が想像できようか。
自分とジャック、世に鬼よ悪魔よと蔑まれた人でなしの並んだ絵図に、バンディは苦笑する。
「は! 魔銃に魔剣、随分とまあ素敵なチョイスだなぁ、雇い主さんよ。俺らみたいなイカレ野郎共を呼びつけて何させようってんだ?」
「ああ、大した事じゃねえよ……」
バンディの問いに、男は言葉を続けながら懐から出した紙巻煙草を口に咥えて紫煙を燻らせる。
そして、ポツリと返した。
「戦闘機人を狩る。それだけだ」
戦闘機人、その言葉にバンディとジャックは顔を合わせて首を傾げた。
「あ? 戦闘機人?」
「前にミッドのテロ事件で騒ぎになったあの、ですか?」
「ああ、金はたんまり払う。てめえらの仕事はそいつらを血と鉄屑に変える事だ」
「別に金貰えりゃ良いけどよ。なんでまた、んな事させんだあんた?」
理由を問われ、男は一瞬顔をしかめた。
そして紫煙を燻らせてその苦味を味わいながら、痛みに耐えるかのように言葉を返す。
「ああ、大した理由じゃねえさ。ただまあ……身内の恨みみてえなもんだ」
「左様で……ええっと」
ジャックが言葉に詰まる。
そういえばまだこの男の名を聞いていなかった。
彼が言い淀む様に、男は煙草を一気に根本まで吸い上げるとその場に投げ捨て、最後の煙を味わう。
そして、二人に己が名を告げた。
「ゴードン、それが俺の名だ」
続く。
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目次:鉄拳の老拳士 拳の系譜
著者:ザ・シガー
161 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:33:45 ID:DoBYCzfY
162 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:35:15 ID:DoBYCzfY
163 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:37:15 ID:DoBYCzfY
164 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:40:06 ID:DoBYCzfY
165 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:41:24 ID:DoBYCzfY
166 名前:鉄拳の老拳士[sage] 投稿日:2009/04/14(火) 12:43:22 ID:DoBYCzfY
鉄拳の老拳士 拳の系譜5
それは圧迫感を感じるような大きな建物だった。
経年化により全体的にくすんだ白色を纏い、周囲には内からは脱出を外からは侵入を阻むように立てられた高い二重の塀を持つ。
かつては数多の犯罪者から、法の名の元に自由を奪ってきた場所、名を“フランクモリス収容所”。今は閉鎖と看板を掲げられた旧時代の遺物である。
そこに一台の車が辿り着いた。
濃いモスグリーンに塗装された風を裂く流線型、施設と同じく今では世代遅れとなった内燃機関エンジンを唸らせるスポーツカー。
淀みないステアリング捌きで操られたそれは、収容所脇の駐車場の一角に停車する。
そして、中から現れたのは老人と少女だった。
かつて鉄拳の二つ名を冠した老兵アルベルト・ゴードンと彼の孫娘ギンガ・ナカジマの二人である。
車から降りたギンガは、その場で青い髪をふわりと揺らして祖父に振り返り、告げた。
「到着、ここが108の今の仕事場だよお爺ちゃん」
「ああ、みたいだな」
柔らかな慈母の笑み、どんな男でも虜にしそうな孫娘の微笑だったが、今のゴードンはどこか素っ気無い程の返答を返した。
彼の中には今、一つの火種が生まれていた。
この塀の中に、ともすれば娘、クイントの仇がいるかもしれない。
その思慮が老いた男の中に黒い、闇より深い黒色の炎を産み、静かにだが確かに滾らせているのだ。
自然、空気は彼の内の灼熱が伝播したかのように微かな熱気を孕み、鋭く張り詰める。
ギンガは祖父のその様に、小首を傾げて疑問符を浮かべた。
「どうかした?」
「いや、なんでもねえさ。それより、俺はもうお暇するぜ。お前もお届けた事だしな」
言うや、ゴードンは再び運転席に戻ろうと運転席のドアに手を掛けた。
正直なところ、彼としてはこれ以上この場に止まりたくなかったのだろう。
だが、そんな祖父を孫娘が呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って。そんなに急がなくても良いでしょ? お父さんに顔くらい見せて行こうよ」
家族の時間を少しでも長く取りたいという純粋な想いを胸に、哀願するようにそう囁く。
男なら誰しも断る事を躊躇うような、どこか切なげで愛らしいギンガの言葉。
ましてやゴードンにとっては目にいれても痛くないような可愛い孫娘の頼みである。
しばしの逡巡を見せると、老兵は顎先のヒゲを指で弄りながら困ったように答えた。
「ああ……まあ、お前が言うんなら、な」
□
かつては無数の悪漢を檻の内に拘束した収容所、今は数人の少女を収める分厚いコンクリートと強化合金製の白き建造物。
その中、昔は看守棟として用いられてきた一角で老兵は亡き娘の夫、詰まるところ義理の息子に久しぶりの再開を果たした。
「よぉ、ゲンヤ。元気してっか」
「はい。義親父(オヤジ)さんも元気そうで」
狭いながらもテーブルと椅子の揃った部屋、看守の控え室、今は来客用などの場合において使われる一室でゲンヤは義父を迎えた。
本来ならばナンバーズの収容されているこの施設に外部の人間が足を踏み入れる際、それ相応の手続きが必要である。
だがゴードンはスカリエッティの逮捕への協力者、つまりは一応部外者でも事件関係者だった。
そこを陸士108部隊の隊長であり、義理の親子関係にあるゲンヤの許可があればその限りではない。
亡き妻の父、義父ゴードンに部屋のテーブルで自身の対面に座るように促しつつゲンヤは紙コップにコーヒーを注いで差し出した。
「まあ、どうぞ」
「おう、ありがとな」
短いやり取りを済ませ、老兵は湯気の立つコーヒーを一息に飲み干した。
地獄のように熱く苦いコーヒーは一瞬で喉を通り、屈強な胃の腑へと落ちる。
ふう、と先ほど喉を流れた熱の余韻を吐きつつ、ゴードンは紙コップをテーブルの上にかつんと音を立てて置いた。
そして、その小さな残響と同時に低く小さな、されど確かに対面のゲンヤに届く声量で言葉を掛けた。
「ところでゲンヤ、一つ良いか」
小さな、本当に小さな声だった。
だがそこには、有無を言わさず相手に返答を強いるような迫力がある。
思わずゲンヤの背筋がゾクリと震えた。
元より彼の問いならば答える気ではあるが、この老兵の鋭い気迫を前にすれば自然と身が縮まるような思いを感じる。
ええ、と返事を返しつつ、ゲンヤは姿勢を正した。
そして一拍の間を置き、言葉は投げ掛けられる。
「この施設で、お前らの部隊が収監と監視、そして更正プログラムをするんだってな。件の戦闘機人の……ナンバーズだったか」
「ええ、確かにうちが担当する事になりましたよ」
「てめえ、良いのか? ってかよ、割り切れるのか?」
言葉を紡ぎながら老兵は手元に出したシガレットケースから葉巻を一本取り出し、流れるようにマッチで火を点ける。
独特の甘ったるい濃密な紫煙を燻らせる中、ゴードンはその眼を抜き身の刀身のように鋭く光らせ問うた。
まるで腹の底から搾り出すように。
「そいつらぁ、クイントの死に関わってんだぞ」
単刀直入としか言えない、少しの躊躇もない問いだった。
残酷な、されど曲げられない真実、変わらない事実の疑念。
その言葉を耳にした瞬間、ゲンヤの身体が僅かに振るえて強張る。
彼の返答を待ち、ゴードンはただ言葉もなく静かに黙々と紫煙を吐いた。
僅かな沈黙だったが、それは一秒を一時間にも感じるような重圧に満ちた時間。
葉巻の先端で灰が小指の先ほど溜まった時、ゲンヤはその静かに口を開いた。
「確かに、それはそうですね。あいつらは……正確に言やぁ、あん中の五番はあいつの死に関わってるのは確かです。でも……」
「でも、なんだ?」
娘の死に関わる話題、自然とゴードンの声が低く威圧感に満ちた険を帯びる。
もし彼と初見の、肝の小さい者ならば失禁すらしていたかもしれない、それほどの気迫。
だがゲンヤは老兵から少しも目を反らさず、先ほどと同じく静かな言葉で返した。
「でも、もしかしたらそれはギンガやスバルだったかもしれない。もし運命が違ったら、ゼスト隊と戦ったのはあの二人かもしれない……そう思うとね、怨めないんですよ、あいつらの事が」
それは、どこかやり切れないような、ともすれば泣き出してしまいそうな顔だった。
ゲンヤの表情が悲痛さを孕み、声が僅かに震えだす。
それは決して部下や娘の前では見せないだろう、目上の、義父であるゴードンの前だからこそ見せるゲンヤの一面。
ゲンヤは白髪交じりの頭を力なく俯けながら、震える声で言葉を続ける。
「俺ぁ、意気地なしなんですかね……女房の仇を憎めず、あまつさえ救いの手まで差し伸るなんて……」
ナンバーズの全てとは言わないが、彼女らの一部は妻の死に加担した相手だった。
しかし、ゲンヤはその相手を自身の娘達の境遇と重ね合わせてしまった。
ギンガとスバルも彼女らナンバーズと同じく戦闘機人である、もし状況が違えばゼスト隊の全滅した戦いで手を血で濡らしたのはあの子達かもしれない。
そんな想いがゲンヤから憎悪を奪った、憎い筈の仇に憐憫の情を抱かせた。
彼はもう、戦闘機人という存在を憎み切る事などできなかった。
ゲンヤの吐き出した言葉に、老兵は顔を歪ませながら返す。
「んな事……俺にも分からねえよ」
顔に刻まれたシワを歪ませるゴードンの表情は、怒りに燃えるようであり、そしてまた悲しみに沈むようでもあった。
□
「ああ、さっきの角を右だったかな……」
老兵は収容施設内部の廊下を歩きながら、幾度目か分からないそんな言葉を漏らした。
初めて来た場所でもかつて若かりし頃ならば瞬く間に構造を記憶し順路を間違えることなどなかったのだが、今日は違う。
年のせいなのか、それともゲンヤとの話のせいなのか、先ほどの会話を終えた後ゴードンは一人施設を去ろうとしたのだが、完全に道に迷ってしまった。
顎先に蓄えたヒゲを指で撫でつつ、老兵は目の前の曲がり角でまた思案する。
右に曲がるか左に曲がるか、数秒の巡回の末にゴードンは本能と勘に任せて左を選択。
曲がり角を左方向に折れる。
その瞬間、彼の大柄な体躯に僅かな衝撃が生まれた。
原因は視線を下に向ければ見つかった、それは小さな少女だった。
長く伸ばされた美しい髪、艶やかな銀髪をさらりと揺らした眼帯の少女。
小さな体躯の女の子は顔を上げると、片方しかない左目、澄んだ金色のそれをぶつかったゴードンに向ける。
そしてペコリと頭を下げて謝罪した。
「あ、その……すいません」
「いやいや、嬢ちゃんこそ怪我はないか?」
行儀良い少女の姿に、老人は破顔して優しくその子の頭を撫でた。
ゴツゴツとした大きな手が艶やかな銀色の髪を撫でて梳き、柔らかな愛撫をする。
彼の手の感触に、少女は、ん、と小さな声を漏らし、まるで子犬のように目を細めた。
と、そこでゴードンは一つの事実に気付く。
少女の纏っている簡素極まる白い服、それは囚人などが着るようなものである。
この収容所の現状と少女の姿、それらを考慮すれば彼女の正体など明らかだ。
滑らかな銀髪からそっと手を離し、老兵は小さな、囁くような声で問うた。
胸の内に宿る憎悪の火を抑制しながら。
「嬢ちゃん、おめえもしかして……機人か?」
「ああ、そうですが。というか、あなたはこの施設の人間ではないのですか?」
「まあな。俺ぁ、ちょっとゲンヤに会いに寄っただけの民間人だよ……」
「そうですか。しかし民間人とこんなところで接触してしまったら後で問題なってしまいそうだなぁ……ううむ」
少女はそう言うと困ったように苦笑する。
その柔らかな笑みに、ゴードンの巨体の内で滾るどす黒い炎が一瞬弱まる。
こんな少女が果たして娘の死に関わったのだろうか、そんな疑念が僅かに燻り始めた。
少女の背丈は随分と小さい、それこそまだ十代前半くらいの年頃に見える。
もしかしたら娘の死、八年前のゼスト隊全滅には関わっていないのかもしれない。
知りたいという気持ちがある反面、これ以上の事実を拒むような気持ちもある。
だがその二つの拮抗、思考の巡回は一瞬だった。
「なあ、一つ良いか」
「ん? なんだ?」
一拍の間、一息の停滞、ゴードンの目が細められその鋭さを増して少女に向けられる。
そして、彼の口からまるで地の底から響くような声が響いた。
「お前さん……ゼスト隊の事は知ってるか?」
瞬間、小さな体躯をビクンと震わせ、女の隻眼が大きく見開かれる。
困惑と絶望と恐怖の、数多の記憶と感情が金色の瞳に混濁した色を見せた。
彼女は理解したのだろう、老兵の吐いた言葉に込められた憎悪とその意味を。
それはどんな事があっても決して消えぬ自身の罪、一生背負い続けるだろう咎の十字架だった。
震える手をギュッと握り締め、隻眼・銀髪の少女は意を決して口を開いた。
「……あなたは……関係者なのですか……ゼスト隊の……」
震える声で絞り出すように吐いた問いに、老兵は言葉を噛み締めるように答える。
「クイント・ナカジマ、旧姓はクイント・ゴードンっつってな……俺の娘だった」
「クイント……ではあなたはギンガ達の」
「祖父だ」
「そう、ですか……」
彼の言葉を聞き、少女の声が震える。
だが薄桃色の唇を血が出そうなほどに噛み締めながらも、次なる言葉を紡ぐ。
己が罪から逃げぬ為に。
「私の名前はチンク……ナンバーズの5番です……ゼスト隊の全滅には……直接参加していました」
真っ直ぐにゴードンの目を見つめながら、隻眼の機人、チンクは己の罪を曝け出した。
彼には知る権利がある、と。
そしてチンクの吐いた震える声の残響が届いた刹那、その場の空気が変質した。
今まで大気は過ごしやすい適温だった筈なのに、肌が強烈な寒気を感じて鳥肌が立つ。
それだけじゃない、呼吸が上手く行かなくなっていた。
まるで大気中に鉛を流し込まれたように重く感じて、吸う事も吐く事もままならない。
物理的には先ほどと何も変わっていない、なのにチンクは自分の中の全細胞が悲鳴を上げているのを感じた。
半世紀以上の永きに渡る時を、濃密な闘争に生きた老兵の正真正銘本気の殺意と憎悪である。
気の弱いものならそれだけで絶命するのではないかと思えるほどの気迫。
冷や汗で背をびっしょりと濡らし、細い肢体を震わせ、それでもチンクは彼から目をそらさなかった。
自分の犯した罪、消えない咎から逃げぬように、まっすぐに彼の目を見つめる。
極限まで研ぎ澄まされた刃のような老兵の眼差しと、少女の隻眼が中空で絡み合う。
一瞬にも感じられる時、だが永遠にすら感じる時を殺気と沈黙が支配する。
そして、それを破ったのはチンクだった。
「ゴードン、さん……私は……」
刹那、風が吹いた。
ごう、と、巨大な何かが大気を切り裂き、銀髪を宙に舞わせて少女の顔を掠めた。
振り抜かれてから気付く。
それは拳、数え切れぬ敵を倒してきた老兵の鉄拳。
戦闘機人のチンクをして動作が終わってから知覚出来ない、予備動作のほとんどない神速の域に達した左の拳打。
もしこれがあと拳一つ分横にずれていれば、少女の顔は砕け散っていた事だろう。
絶対的な死が頬を掠めた感触に、思わず唾を飲み込む。
「あの……」
そして再び口を開こうとした瞬間、しわがれた声がそれを遮った。
「黙れ」
低い、地の底から響くような残響。
聞いた者に逆らう事を許さぬ、圧倒的な上位者の言葉。
逆らえば死ぬ、少女は本能でそう理解した。
顔の横の拳から空気の軋むような音、強く握り締められる音がする。
そしてゆっくりと、その手がゴードンの元に引かれた。
「消えろ……俺が自分を抑えられる内に」
まるで内臓を搾り出すように、ゴードンはそう言葉を吐いた。
そこには先ほどと同じ猛々しい怒りと、どす黒い憎悪と、そしてそれ以上の悲しみが溶けていた。
彼に何か言葉をかけようと、チンクは口を開きかける。
だが言葉は出てこなかった。
なんと言えば良いのか分からない。
許してくれと言えば良いのか、殺してくれと言えば良いのか。
罪人の自分からは何も言えない。
罰を与える権利があるのか被害者だけだから。
僅かな逡巡の後、少女は静かに振り返り、その場を後にした。
残された老兵は、小さな機人の背中を見つめながら血が出るほど拳を握り締めた。
ただただ強く、自身の中で猛る殺意の炎を抑える為に。
□
管理世界の中心地ミッドチルダ、その首都クラナガンの一角でその狂的な悲喜劇は繰り広げられていた。
立ち並ぶ高層ビルディングの合間、人の立ち入らぬ路地裏の奥底で女性の声、悲痛な叫び声が木霊する。
無数のゴミが散乱する路地裏で一人の男が女性を組み伏せ、性交を強要、詰まるところレイプに及んでいた。
両手足を拘束用魔法術式、バインドで縛られた女性は強制的に股を開かされ、男の陵辱の前に無残に辱められている。
既に何度か膣内射精をされたのか瑞々しい太股の間からは白い精が垂れており、その中に混じる赤から彼女がこの場で純潔を散らされた事が分かるだろう。
ただ買い物に出かけただけなのに、突然路地裏に引きずり込まれたかと思えばバインドで身動きを封じられ、守り続けた処女を奪われた。
力ない女性にできる事といえば、ひたすらに助けを求めて泣き叫ぶ事だけ。
「いやぁ……やめて! もう、い、やめてぇ! ひぎぃっ!!」
だがそれすらも、次の瞬間顔面を襲った激痛に止められる。
口の中で折れた歯が頬に刺さり、自分が殴られたと気付いた。
痛い、痛い、痛い、苦しい。
もう止めてくれと叫ぼうとしたが、それすらもまた加えられた打撃の前に強制的に黙らされた。
男は殴りながら犯しながら、心の底から嬉しそうに笑っていた。
そしてまるで獣のように、一片の理性も躊躇もなくひたすら暴力と快楽を喰らう。
遠慮なんて欠片もしないで力任せに膣を抉り抜き、射精を求めて強姦。
何度目かの強烈な突き上げの後、男は、ああクソ出すぞ、と吐き捨てて欲望を解き放った。
ビュクビュクと音を立てて汚らわしい白い精が結合部から溢れ出る。
最後の一滴まで射精を楽しむと、男はようやく女性から己の肉棒を引きずり出した。
終わった、ようやくこの地獄から解放される。
苦痛と恥辱による辱めが終わりを告げる予感に、女性は朦朧とする意識の中で希望を見出した。
だが次の瞬間、彼女の目の前の“何か”が突きつけられた。
それは銃。
より正確に言うならば、炸薬を用いた実弾型ではなく、魔力によって術式を行使する銃型のデバイスである。
その魔力銃の銃口が今、女性の目の前に突きつけられた。
暗い銃口の内部に魔力が収束し、赤い、血よりも濃い濃密な赤の魔力光が輝く。
そして男は呟いた。
「出所して初めてのレイプ最高だったぜ、じゃあなお嬢ちゃん」
言うが早いか、赤い魔力弾が放たれ、同じ色を成す鮮血を撒き散らしながら女性の脳天をぶち抜いた。
路地裏のゴミ溜めの上に脳髄と血潮の凄絶なアートを刻み、女性、ジェーン・スミスの24年に渡る短い生涯は終わりを告げる。
それはあまりにも呆気なく、凄惨で救いようのない死だった。
だがそれを行った男は、今自分の起こした残虐極まる様に少しの罪悪感も抱く事無くその場を後にした。
彼の心には少しも、それこそ針の一刺しほどの痛みもない。
良心の欠片もない、人の命をそこいらに落ちているゴミ屑程度にしか見れない外道。
中肉中背の体躯に金髪の髪を揺らした男、裏の世界で“魔銃”と呼ばれた、名をテッド・バンディという。
数年前にクラナガン首都航空隊との大立ち回りの末に逮捕され、先日刑務所を脱獄した筋金入りの凶悪犯罪者である。
バンディは脱獄後最初の強姦殺人を終えると、そのまま何事もなかったかのような軽い足取りで目的地を目指して歩き出した。
脱獄してから彼が求めたものは実に単純な二つのものだ。
一つは女、もう一つは金。
前者は先ほど満たした、刹那的な衝動に従い、いつものようにレイプして満足したら気紛れに殺す。
後者は前者ほど単純には行かない。
行き当たりばったりの強盗では思ったように大金にありつけはしないのだ。
だから金を、それも目の眩むような大金を拝むには相応の労働が必要だった。
組織、犯罪者共の結成したコミュニティ、社会の裏に潜むそれらとコンタクトを取り仕事を引き受ける。
それがバンディにとっての計画的かつ現実的な金銭の稼ぎ方。
彼はその性格と技能から、専ら『殺し』を請け負う事が多い。
今日の仕事もその手の話らしい。
初めて組む相手であるから油断ならないが、それでも脱獄したててで懐の寒いバンディは断る気などさらさらなかった。
先ほどの気紛れな強姦殺人から十分ほど、人気のない路地裏を歩き、彼は廃棄された旧市街の付近まで近づいていた。
ちょうど依頼者との待ち合わせ場所はここいらか、と周囲を見渡す。
バンディは凶悪で残虐な犯罪者である反面、非情に優れた魔道師でもある。
彼は周辺の地形と生命体の反応を一瞬で組んだサーチ術式で読み取り、周辺状況を把握しにかかった。
組織を介しての依頼、まさかとは思うが管理局の囮捜査という可能性も否定できない。
官憲の狗はどこにでもいる、注意するに越した事はないだろう。
その瞬間、バンディは己が背後に巧妙に気配を消している生命体の反応がある事に気付いた。
背筋を冷たいものが駆け抜けた刹那、彼はデバイスを起動、身体能力強化の術式を同時並行で行いつつ背後に振り返り銃口を向ける。
銃口が背後にいた者に狙いを定めると同時、背後にいた者、長髪の男が手にした得物もまた彼を捉えた。
剣、ブレードの両サイドにエッジを持つ長大な諸刃剣がバンディの首筋を皮一枚裂き、止る。
だがバンディもまた負けてはいない。
発射寸前、あと僅かに指先に力を入れてトリガーに触れれば目の前の男を殺せる状態である。
互いに互いの命を握った拮抗状態、額に冷たい嫌な汗をかきながらバンディは男を観察した。
長身痩躯の体躯に、手入れのあまりされていないボサボサの黒い長髪、だが目だけはまるで血に餓えた野獣のようにギラついていて鋭い。
そしてよく見れば、その男の腕は一つしかなかった。
上着の左袖が風に揺れており、中に本来あるべき腕が存在しない事を伝えている。
男は右手一つで、その得物を、長大な剣を構えているのだ。
刀身から感じる魔力、恐らくはベルカ式のアームドデバイスだろう。
ここまで数瞬で判断したバンディは、相手を刺激せぬようにゆっくりと口を開いた。
「おいおい物騒だなぁ、俺になんか怨みでもあんのか? あ?」
「それはこっちのセリフですよ。先に抜いたのはあなたでしょう?」
思いのほか相手の返答は冷静で理知的なものだった。
少なくとも問答無用でこちらと殺し合う気はないようだ。
だがそのギラついた目は明らかに異常者のそれ、猟奇殺人鬼の持つ狂的な輝きに満ちている。
油断など少しもできない。
慎重に思慮をめぐらせつつ、バンディはさらに問うた。
「俺はここに“お仕事”の話しに来ただけなんだけどよ。てめえはなんだ? もしかして依頼者さん、って訳じゃねえよなぁ」
「奇遇ですね。私もあなたと同じで仕事の依頼を受けて来ました」
「はっ、じゃあ何か? てめえは俺の仕事仲間ってか?」
「その通りだよ」
隻腕の剣士にバンディがそう言った瞬間、横合いから別の声が響いた。
まったく気付かない内に接近された事実に、両者の緊張は最高潮に高まる。
その刹那、二人の注意の対象はシフトし、得物、銃と剣がそちらに向けられた。
そこには一人の男が立っていた。
大柄な、190センチは超えるであろう長身に、服を纏った上からも分かるくらい筋肉を発達させた男。
鋭い眼光はさながら抜き身の刀身のようで、視線が交錯しただけで数多の修羅場を潜り抜けた殺人鬼をすら背筋が寒くなる。
男は二人を一瞥すると、静かに口を開いた。
「まだ何も頼んじゃいねえのにもう殺し合いか? 随分と血の気が多いじゃねえか」
「ああ、ちょっとした見解の相違でね」
言葉と共に、男に敵意や殺意がない事を悟り、バンディは銃を下ろした。
隣りの剣士もまた己の剣、長大なアームドデバイスを待機状態に戻すと、男に問うた。
「ところで、あなたが私たちを呼んだ方なのですか?」
「ああ、そうだよ。“魔銃”に“魔剣”、てめえらロクデナシの人殺しに、ちょいと用があってな」
魔剣という呼び名に、バンディは視線を隻腕の剣士に向けた。
ああ、そうだ、魔剣という呼び名だったか。
裏の世界で有名な、最強最悪と呼ばれている隻腕の剣鬼。
それがこの、魔剣の二つ名を持つ狂った殺人気、ジャック・スパーダという男である。
「魔剣? なんだぁ、てめえあの殺人鬼かぁ?」
「ええ、まあ」
問いにジャックは涼しい顔で頷く。
その一見すると理知的にすら見える顔の男が、今までに管理局の魔道師、Sランク級を含む人間を100人以上斬り伏せた怪物と誰が想像できようか。
自分とジャック、世に鬼よ悪魔よと蔑まれた人でなしの並んだ絵図に、バンディは苦笑する。
「は! 魔銃に魔剣、随分とまあ素敵なチョイスだなぁ、雇い主さんよ。俺らみたいなイカレ野郎共を呼びつけて何させようってんだ?」
「ああ、大した事じゃねえよ……」
バンディの問いに、男は言葉を続けながら懐から出した紙巻煙草を口に咥えて紫煙を燻らせる。
そして、ポツリと返した。
「戦闘機人を狩る。それだけだ」
戦闘機人、その言葉にバンディとジャックは顔を合わせて首を傾げた。
「あ? 戦闘機人?」
「前にミッドのテロ事件で騒ぎになったあの、ですか?」
「ああ、金はたんまり払う。てめえらの仕事はそいつらを血と鉄屑に変える事だ」
「別に金貰えりゃ良いけどよ。なんでまた、んな事させんだあんた?」
理由を問われ、男は一瞬顔をしかめた。
そして紫煙を燻らせてその苦味を味わいながら、痛みに耐えるかのように言葉を返す。
「ああ、大した理由じゃねえさ。ただまあ……身内の恨みみてえなもんだ」
「左様で……ええっと」
ジャックが言葉に詰まる。
そういえばまだこの男の名を聞いていなかった。
彼が言い淀む様に、男は煙草を一気に根本まで吸い上げるとその場に投げ捨て、最後の煙を味わう。
そして、二人に己が名を告げた。
「ゴードン、それが俺の名だ」
続く。
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目次:鉄拳の老拳士 拳の系譜
著者:ザ・シガー
- カテゴリ:
- 漫画/アニメ
- 魔法少女リリカルなのは
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