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nano69_264 2011年09月29日(木) 22:14:49履歴
45 名前:砲手と観測手の徒然なる日々 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 00:10:08 ID:lck/6ViY [2/5]
46 名前:砲手と観測手の徒然なる日々 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 00:11:36 ID:lck/6ViY [3/5]
47 名前:砲手と観測手の徒然なる日々 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 00:12:08 ID:lck/6ViY [4/5]
砲手と観測手の徒然なる日々4
他世界間における類似性。
という言葉をご存知だろうか。
例として、地球こと九十七管理外世界と管理世界の人類の類似が挙げられる。
まったく関係ない世界で発生した生物であるのに、両世界の人類はほとんど同じ遺伝子の塩基配列をしているのだ。
人種や個人差というものは存在するが、両世界の人類は同じ人間であり、交配における混血児の出産も可能である。
何故このような事が発生するのか。
一説によると、環境的に類似した惑星で発展した生物は、高度に進化するに当たって同じ形へと至る、と唱える者が学会にはいる。
つまり、地球と似たような惑星で進化した哺乳類は最終的に人類と同じ形になるというのだ。
さらに驚くべき事に、それは種としての形だけに留まらない。
文化にすら類似性があるのだ。
高町なのはが初対面のユーノ・スクライアと会話が可能であったという言語の類似性。
地球においてキリスト教などの宗教で十字架が聖なるモチーフになっているように、管理世界において聖王教会のモチーフは剣十字であるという類似性。
他にも食文化や文学に至るまで、探せばもっと存在するという。
これらの共時性、すなわちシンクロニシティとも言える現象には、未だにあらゆる学者が答えを出せずにいる。
もしかすると、人類がその悠久の歴史に終止符を打つ時まで分からないのかもしれない。
一時ミッドチルダを騒がせたJS事件の首謀者ジェイル・スカリエッティは、獄中において書き記した論文でこのように述べている。
きっと神の気まぐれなのだろう、と。
さて、話が長くなったところで本題に入ろう。
これらの他世界間に発生する生物的・文化的な類似性の果て、今日は十二月二十四日である。
地球在住の者ならば一度は体験したであろう、そう、クリスマスの事だ。
前述の類似性の通り、なんとミッドチルダにおいてもクリスマスは存在する。
正確には聖クリストスの日、と呼ぶらしいが、文化的な混濁で今ではすっかりクリスマスという名称が固定されていた。
寒き冬の日、人々は富める者も貧しき者も、皆が家々で家族や恋人と共にその聖なる日を祝うのだ。
ただ、中には不幸にも例外がいる。
「……はぁ」
ため息と共に、少女の口からは白い息が漏れた。
舞い散る雪、肌を刺す寒さ、切れかけた街灯の寂しい光。
そして寝そべったコンクリートの床の固さと、スコープ越しに見える寂れたコンビナート。
工事中のビルの一室、壁すら作りかけの粗末なその場所で固有武装イノーメスカノンを構えた、ディエチ・ナカジマの姿だった。
本当なら家族と共に過ごす筈だった聖なる日、ディエチにはまったく酷い悲劇が訪れた。
いたずらか真実かわからないが、コンビナートにおけるテロリストの武器取引の情報。
法執行機関として、いかなる時も有事に備えるべき体制は、少女に狙撃砲手としての出動を命じた。
少女に任務を言い渡す時、指示を出さざるをえなかった現場指揮官は本当にすまなそうな顔をしていた。
責任感と優しさを持つ砲手の少女は、気にしないで欲しい、と優しげな微笑を浮かべて粛々と命に従った。
そして今に至る。
身を刺す冷気と孤独に耐え、ディエチは一人静かに照星から見える景色を俯瞰した。
街に灯る明かりの数々、虚しく人影の絶えたコンビナート。
既に時刻は十二時に近い。
おそらくは、この情報は何かしらの間違いだろう。
それを心のどこかで感じつつも、ディエチには命令を反故にするという選択肢はなかった。
これは誰かがやらなければいけない仕事で、そして自分はその使命を受けた者である。
科せられた義務と、だがそれ以上に強い使命感が彼女を支えていた。
だが、少しも寂しくないかと言われればそれは嘘だった。
「みんな……今頃何してるかな」
誰にでもなく、ディエチはそう呟いた。
家族の皆々は、果たして今頃どうしているだろうか。
自分の事は気にしないで楽しんで欲しいと告げたが、もしかしたらそんな発言そのものが枷になってはいないだろうか。
普通ならまず自身の不幸を嘆こうものだが。
己の事より他人の事をとことん気にしてしまう、とことん損な性格の娘だった。
少女の白い頬に、なお白い粉雪が舞い落ちる。
溶けた水が流れれば、まるで涙のようだった。
募る寂しさ。
まるで自分だけが世界から切り離され、いらない、と宣告されたようだった。
イノーメスカノンのグリップを握る手に、ギュッと力が込められる。
まるでそんな寂しさを掻き消すように。
一体、いつまでこうして一人でいれば良いのだろうか。
解散の指示はこない。
夜明けまで、まだ何時間もある。
圧し掛かる夜は冷たく、重く、ディエチの顔はいつの間には捨てられた子犬のような表情になっていた。
「……会いたい、な」
心の奥底の願望が、唇から漏れた。
あの人に会いたい、と。
こんな時はいつも観測手として、砲手の自分の傍にいてくれる人。
尊敬する上司であり先輩であり、そして……最愛の恋人。
今日は非常時の召集で、彼のサポートはない。
だから、彼女は一晩、この孤独に耐え続けなければいけなかった。
少女の綺麗な金色の瞳に、穢れなき涙の雫が溜まっていく。
冷徹に任務を遂げようという意思とは逆に、乙女たる彼女の心は募る切なさの前に瓦解し始めていた。
そんな時だった。
「一人で精が出るな。寒くないか?」
足音もなく背後に近づいた人影が、そう気さくに声を掛けた。
狙撃手の本分も忘れ、ディエチは振り返る。
そして涙に濡れた彼女の瞳は、見た。
彼女の元に現れた男を。
白髪交じりの金髪、口ひげを生やした渋い伊達男、手に持った大きなバッグ。
ディエチがこの世の誰より愛している、この世の誰より会いたい人が、現れた。
一瞬彼の姿に見蕩れていたディエチだが、生来の頑張り屋だからだろう、すぐに視線を前に戻し任務の遂行を続ける。
「あ、あの……どうしたんですか? 今日は私一人のスタンドアローンじゃ……」
声に滲み出る、隠し切れない喜び。
使命を全うすべき意思が、恋人への愛しさで溶けつつあった。
そんな少女の内心を知ってか知らずか……いや、男は十分それを知っていたのだろう。
まるで命じられた待てにずっと従い続けていた愛犬を褒める主人のように、彼はディエチの頭を撫でてやる。
「ああ、それなんだがな。年末警備で駆り出されてた連中もこっちに回させた。つまり、俺も今からお前のパートナーに復帰ってわけだ」
「……そ、そうなんですか」
怜悧に答えようとしたディエチだが、もうその声は半分くらいから尻すぼみになっていた。
彼の温かく大きな手が髪を優しく撫でるその心地よさ、大好きな人が傍にいてくれる安心感が、彼女を戦闘機人からただの女の子にしてしまう。
ディエチの隣に腰を下ろした彼は、バッグの中から物を取り出しつつ、言葉を続ける。
「だから、一時休めだ。監視任務は何チームかでの割り振りになったからな、ここは今から俺が監視する、お前はしばらくゆっくりしろ」
「は、はい……えっと、それは何ですか?」
「ん? ああ、これか。こういう任務の時の必需品だよ」
言いながら、彼はそれを広げた。
濃いグレーの色をした、大きな繊維の生地。
まるで大きな封筒のような形をしたその端には、ファスナーで開閉できる機能を持っている。
シュラフ、いわゆる寝袋だった。
「俺がいつも使ってるやつだ。今日はお前も使うと良い」
「い、いつも使ってるんですか?」
「ああ、やっぱり気になるか? 嫌なら他の連中から毛布でも……」
「いえ! べべ、別に構いません!」
「そうか、じゃあ入ると良い」
「……はい」
頷き、ディエチは身を起こすと、彼の指示通りに寝袋に入る。
その瞬間、少女を未曾有の幸福が包み込んだ。
少し汗の混じった彼の体臭が鼻腔を駆け抜け、脳細胞にこれでもかと刺激を加える。
ディエチはまるで犬のように、すんすん、と鼻を鳴らしてその匂いを嗅ぎ取った。
そして、これがご主人様の匂いだと、しっかり頭に刻み込んでおく。
頬が熱くなり、目がとろんと潤む。
陶酔に溺れる中、このまま眠ればきっととんでもなく幸せな夢が見られるのだろうという無意味な空想が思い描かれる。
そこで、傍らの恋人が少女に声を掛けた。
「なあディエチ」
「は、はい! な、なんでしょうか……」
もしかして自分が彼の残り香を懸命に嗅いでいたのがばれたのだろうか。
そんな馬鹿げた不安に駆られて、ディエチは問い返す。
だが、返って来たのは予想もしていなかった言葉だった。
「その、すまんな」
「えっと……何が、ですか?」
「こんな日にまでお前を駆り出しちまって、って事についてだ。幾ら人員不足とはいえ、本来休日予定だったお前をこんな目に合わせるのは間違ってるしな」
「いえ、気にしないでください……私は別に、気にしていませんから」
「そう言ってくれると助かる。なあ、もし何か欲しいものがあったら言ってくれないか? クリスマスプレゼントってわけじゃないが、俺に出来るものならなんでもするぞ」
「……」
彼の言葉に、ディエチはしばらく思案した。
何か欲しいもの。
そう言われても、何も頭の中に思い浮かばなかった。
もう彼女の欲しいものは、そこにあったから。
「あの、じゃあ一つだけお願いがあります……」
「ああ、なんだ?」
「えっと……」
寝袋の入り口からちょこんと顔を半分だけ出し、ディエチは潤んだ瞳で彼を見つめて、しばらく口ごもって。
そして、告げた。
「今日は……ずっと一緒にいてください」
「……それは、つまりいつも通りで、任務通りなだけじゃないか?」
「それで構いません……それが、その……一番嬉しいです」
そう言うと、ディエチは恥ずかしそうに顔をすっぽり寝袋に隠してしまった。
まだ少し覗いているおでこが、真っ赤に染まっている。
そのいじらしさの、なんと愛らしい事か。
彼は目の前の愛すべき恋人の姿に、思わずため息を漏らした。
「まったく、欲のない子だな。相変わらず」
苦笑と共に、今まで寒気と孤独に満ちていた空間が、温かさと幸福に包まれた。
それから朝まで、二人は一緒の時間を過ごした。
事件など結局起きず。
退屈な監視任務に、他愛ないおしゃべりを交えて。
こうして、本来なら孤独で寂しい筈だった任務は、忘れられない思い出の一ページになった。
続く。
前へ 次へ?
目次:砲手と観測手の徒然なる日々
著者:ザ・シガー
46 名前:砲手と観測手の徒然なる日々 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 00:11:36 ID:lck/6ViY [3/5]
47 名前:砲手と観測手の徒然なる日々 [sage] 投稿日:2010/12/25(土) 00:12:08 ID:lck/6ViY [4/5]
砲手と観測手の徒然なる日々4
他世界間における類似性。
という言葉をご存知だろうか。
例として、地球こと九十七管理外世界と管理世界の人類の類似が挙げられる。
まったく関係ない世界で発生した生物であるのに、両世界の人類はほとんど同じ遺伝子の塩基配列をしているのだ。
人種や個人差というものは存在するが、両世界の人類は同じ人間であり、交配における混血児の出産も可能である。
何故このような事が発生するのか。
一説によると、環境的に類似した惑星で発展した生物は、高度に進化するに当たって同じ形へと至る、と唱える者が学会にはいる。
つまり、地球と似たような惑星で進化した哺乳類は最終的に人類と同じ形になるというのだ。
さらに驚くべき事に、それは種としての形だけに留まらない。
文化にすら類似性があるのだ。
高町なのはが初対面のユーノ・スクライアと会話が可能であったという言語の類似性。
地球においてキリスト教などの宗教で十字架が聖なるモチーフになっているように、管理世界において聖王教会のモチーフは剣十字であるという類似性。
他にも食文化や文学に至るまで、探せばもっと存在するという。
これらの共時性、すなわちシンクロニシティとも言える現象には、未だにあらゆる学者が答えを出せずにいる。
もしかすると、人類がその悠久の歴史に終止符を打つ時まで分からないのかもしれない。
一時ミッドチルダを騒がせたJS事件の首謀者ジェイル・スカリエッティは、獄中において書き記した論文でこのように述べている。
きっと神の気まぐれなのだろう、と。
さて、話が長くなったところで本題に入ろう。
これらの他世界間に発生する生物的・文化的な類似性の果て、今日は十二月二十四日である。
地球在住の者ならば一度は体験したであろう、そう、クリスマスの事だ。
前述の類似性の通り、なんとミッドチルダにおいてもクリスマスは存在する。
正確には聖クリストスの日、と呼ぶらしいが、文化的な混濁で今ではすっかりクリスマスという名称が固定されていた。
寒き冬の日、人々は富める者も貧しき者も、皆が家々で家族や恋人と共にその聖なる日を祝うのだ。
ただ、中には不幸にも例外がいる。
「……はぁ」
ため息と共に、少女の口からは白い息が漏れた。
舞い散る雪、肌を刺す寒さ、切れかけた街灯の寂しい光。
そして寝そべったコンクリートの床の固さと、スコープ越しに見える寂れたコンビナート。
工事中のビルの一室、壁すら作りかけの粗末なその場所で固有武装イノーメスカノンを構えた、ディエチ・ナカジマの姿だった。
本当なら家族と共に過ごす筈だった聖なる日、ディエチにはまったく酷い悲劇が訪れた。
いたずらか真実かわからないが、コンビナートにおけるテロリストの武器取引の情報。
法執行機関として、いかなる時も有事に備えるべき体制は、少女に狙撃砲手としての出動を命じた。
少女に任務を言い渡す時、指示を出さざるをえなかった現場指揮官は本当にすまなそうな顔をしていた。
責任感と優しさを持つ砲手の少女は、気にしないで欲しい、と優しげな微笑を浮かべて粛々と命に従った。
そして今に至る。
身を刺す冷気と孤独に耐え、ディエチは一人静かに照星から見える景色を俯瞰した。
街に灯る明かりの数々、虚しく人影の絶えたコンビナート。
既に時刻は十二時に近い。
おそらくは、この情報は何かしらの間違いだろう。
それを心のどこかで感じつつも、ディエチには命令を反故にするという選択肢はなかった。
これは誰かがやらなければいけない仕事で、そして自分はその使命を受けた者である。
科せられた義務と、だがそれ以上に強い使命感が彼女を支えていた。
だが、少しも寂しくないかと言われればそれは嘘だった。
「みんな……今頃何してるかな」
誰にでもなく、ディエチはそう呟いた。
家族の皆々は、果たして今頃どうしているだろうか。
自分の事は気にしないで楽しんで欲しいと告げたが、もしかしたらそんな発言そのものが枷になってはいないだろうか。
普通ならまず自身の不幸を嘆こうものだが。
己の事より他人の事をとことん気にしてしまう、とことん損な性格の娘だった。
少女の白い頬に、なお白い粉雪が舞い落ちる。
溶けた水が流れれば、まるで涙のようだった。
募る寂しさ。
まるで自分だけが世界から切り離され、いらない、と宣告されたようだった。
イノーメスカノンのグリップを握る手に、ギュッと力が込められる。
まるでそんな寂しさを掻き消すように。
一体、いつまでこうして一人でいれば良いのだろうか。
解散の指示はこない。
夜明けまで、まだ何時間もある。
圧し掛かる夜は冷たく、重く、ディエチの顔はいつの間には捨てられた子犬のような表情になっていた。
「……会いたい、な」
心の奥底の願望が、唇から漏れた。
あの人に会いたい、と。
こんな時はいつも観測手として、砲手の自分の傍にいてくれる人。
尊敬する上司であり先輩であり、そして……最愛の恋人。
今日は非常時の召集で、彼のサポートはない。
だから、彼女は一晩、この孤独に耐え続けなければいけなかった。
少女の綺麗な金色の瞳に、穢れなき涙の雫が溜まっていく。
冷徹に任務を遂げようという意思とは逆に、乙女たる彼女の心は募る切なさの前に瓦解し始めていた。
そんな時だった。
「一人で精が出るな。寒くないか?」
足音もなく背後に近づいた人影が、そう気さくに声を掛けた。
狙撃手の本分も忘れ、ディエチは振り返る。
そして涙に濡れた彼女の瞳は、見た。
彼女の元に現れた男を。
白髪交じりの金髪、口ひげを生やした渋い伊達男、手に持った大きなバッグ。
ディエチがこの世の誰より愛している、この世の誰より会いたい人が、現れた。
一瞬彼の姿に見蕩れていたディエチだが、生来の頑張り屋だからだろう、すぐに視線を前に戻し任務の遂行を続ける。
「あ、あの……どうしたんですか? 今日は私一人のスタンドアローンじゃ……」
声に滲み出る、隠し切れない喜び。
使命を全うすべき意思が、恋人への愛しさで溶けつつあった。
そんな少女の内心を知ってか知らずか……いや、男は十分それを知っていたのだろう。
まるで命じられた待てにずっと従い続けていた愛犬を褒める主人のように、彼はディエチの頭を撫でてやる。
「ああ、それなんだがな。年末警備で駆り出されてた連中もこっちに回させた。つまり、俺も今からお前のパートナーに復帰ってわけだ」
「……そ、そうなんですか」
怜悧に答えようとしたディエチだが、もうその声は半分くらいから尻すぼみになっていた。
彼の温かく大きな手が髪を優しく撫でるその心地よさ、大好きな人が傍にいてくれる安心感が、彼女を戦闘機人からただの女の子にしてしまう。
ディエチの隣に腰を下ろした彼は、バッグの中から物を取り出しつつ、言葉を続ける。
「だから、一時休めだ。監視任務は何チームかでの割り振りになったからな、ここは今から俺が監視する、お前はしばらくゆっくりしろ」
「は、はい……えっと、それは何ですか?」
「ん? ああ、これか。こういう任務の時の必需品だよ」
言いながら、彼はそれを広げた。
濃いグレーの色をした、大きな繊維の生地。
まるで大きな封筒のような形をしたその端には、ファスナーで開閉できる機能を持っている。
シュラフ、いわゆる寝袋だった。
「俺がいつも使ってるやつだ。今日はお前も使うと良い」
「い、いつも使ってるんですか?」
「ああ、やっぱり気になるか? 嫌なら他の連中から毛布でも……」
「いえ! べべ、別に構いません!」
「そうか、じゃあ入ると良い」
「……はい」
頷き、ディエチは身を起こすと、彼の指示通りに寝袋に入る。
その瞬間、少女を未曾有の幸福が包み込んだ。
少し汗の混じった彼の体臭が鼻腔を駆け抜け、脳細胞にこれでもかと刺激を加える。
ディエチはまるで犬のように、すんすん、と鼻を鳴らしてその匂いを嗅ぎ取った。
そして、これがご主人様の匂いだと、しっかり頭に刻み込んでおく。
頬が熱くなり、目がとろんと潤む。
陶酔に溺れる中、このまま眠ればきっととんでもなく幸せな夢が見られるのだろうという無意味な空想が思い描かれる。
そこで、傍らの恋人が少女に声を掛けた。
「なあディエチ」
「は、はい! な、なんでしょうか……」
もしかして自分が彼の残り香を懸命に嗅いでいたのがばれたのだろうか。
そんな馬鹿げた不安に駆られて、ディエチは問い返す。
だが、返って来たのは予想もしていなかった言葉だった。
「その、すまんな」
「えっと……何が、ですか?」
「こんな日にまでお前を駆り出しちまって、って事についてだ。幾ら人員不足とはいえ、本来休日予定だったお前をこんな目に合わせるのは間違ってるしな」
「いえ、気にしないでください……私は別に、気にしていませんから」
「そう言ってくれると助かる。なあ、もし何か欲しいものがあったら言ってくれないか? クリスマスプレゼントってわけじゃないが、俺に出来るものならなんでもするぞ」
「……」
彼の言葉に、ディエチはしばらく思案した。
何か欲しいもの。
そう言われても、何も頭の中に思い浮かばなかった。
もう彼女の欲しいものは、そこにあったから。
「あの、じゃあ一つだけお願いがあります……」
「ああ、なんだ?」
「えっと……」
寝袋の入り口からちょこんと顔を半分だけ出し、ディエチは潤んだ瞳で彼を見つめて、しばらく口ごもって。
そして、告げた。
「今日は……ずっと一緒にいてください」
「……それは、つまりいつも通りで、任務通りなだけじゃないか?」
「それで構いません……それが、その……一番嬉しいです」
そう言うと、ディエチは恥ずかしそうに顔をすっぽり寝袋に隠してしまった。
まだ少し覗いているおでこが、真っ赤に染まっている。
そのいじらしさの、なんと愛らしい事か。
彼は目の前の愛すべき恋人の姿に、思わずため息を漏らした。
「まったく、欲のない子だな。相変わらず」
苦笑と共に、今まで寒気と孤独に満ちていた空間が、温かさと幸福に包まれた。
それから朝まで、二人は一緒の時間を過ごした。
事件など結局起きず。
退屈な監視任務に、他愛ないおしゃべりを交えて。
こうして、本来なら孤独で寂しい筈だった任務は、忘れられない思い出の一ページになった。
続く。
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著者:ザ・シガー
- カテゴリ:
- 漫画/アニメ
- 魔法少女リリカルなのは
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