770 名前:JUST COMMUNICATION 前編 [sage] 投稿日:2010/01/19(火) 13:34:49 ID:okfm6DIA
771 名前:JUST COMMUNICATION 前編 [sage] 投稿日:2010/01/19(火) 13:35:46 ID:okfm6DIA
772 名前:JUST COMMUNICATION 前編 [sage] 投稿日:2010/01/19(火) 13:36:58 ID:okfm6DIA
773 名前:JUST COMMUNICATION 前編 [sage] 投稿日:2010/01/19(火) 13:42:22 ID:okfm6DIA
774 名前:JUST COMMUNICATION 前編 [sage] 投稿日:2010/01/19(火) 13:44:09 ID:okfm6DIA
775 名前:JUST COMMUNICATION 前編 [sage] 投稿日:2010/01/19(火) 13:45:19 ID:okfm6DIA
776 名前:JUST COMMUNICATION 前編 [sage] 投稿日:2010/01/19(火) 13:46:40 ID:okfm6DIA
777 名前:JUST COMMUNICATION 前編 [sage] 投稿日:2010/01/19(火) 13:48:05 ID:okfm6DIA

その日、ゼストはずらり並んだパーツを吟味していた。デバイスのパーツである。
クラナガンの一角、組み上がったインテリジェントデバイスからストレージデバイスのOSまで何でもそろったデバイスの専門店。ゼストはそこにいた。
17階建てのそのビルは各階ごとに販売、宣伝するデバイスの種類を分け、家庭から戦場まであらゆるニーズにあったサービスを実現する大型店舗である。10階以上からが戦闘用や軍用に適用できるデバイスを扱う事になり、入店に許可が必要となるが無論の事ゼストはそれだけの資格を有している。

とはいえ、10階以上に置いてある物全部が危険というわけではなく、訓練用のデバイスを組むためのパーツも多々あった。
ゼストの目的は、それだ。
しかし、ゼスト本人が必要としているわけではない。
古代ベルカ式の魔導を修め、無骨なアームドデバイスを振り回す彼である。手に負えないデバイスの不都合があればもっぱらミッドチルダ北部、ベルカ自治領に住まう職人の世話になっていた。

必要としているのは彼の部下とその娘。
クイントとギンガである。
保護してからおよそ1年。ギンガとスバルも、クイントとゲンヤにすっかり慣れてきた頃合いだった。
そこでより親子の絆を強くしようと、クイントがシューティングアーツをふたりに教え始めている。
スバルはどうも嫌がるので無理強いをしていないが、7歳相当のギンガは熱心だった。
そんなギンガに、クイントがローラーブーツをプレゼントすると約束したのがつい先週。
約束を結んだ時のギンガのはしゃぎようったらもうしんぼうたまらん、とクイントがニヤニヤしながら話していたのを覚えている。

そして、問題が起こった。
首都に潜伏していた凶悪な魔導師の取り締まり中、クイントが大怪我を負ったのだ。
実に強力な上、厄介なレアスキルを有するその魔導師の検挙にゼスト隊は結局失敗してクイントが病院送りとなる。
ゼストもほんの数秒だけやりあったが、相手の操るデバイスを16本破壊しつくしただけで仕留めきれていない。禍々しい強さであった。

クイントの容態自体は、悲観的なものではない。
包帯ぐるぐる巻きでベッドに固定されているが、べらぼうに食欲があって元気だ。
見舞いに来るゲンヤや同僚に、やれ病院食じゃ足りないやらもっと美味いもの買ってきてやら文句を垂れていろいろな食べ物をデリバリーしてもらっている。
無論、病院側からすれば止めて欲しい事だがクイントは聞かない。食べれば治る、の一点張りだった。

今日、ゼストが見舞いに行けば医者や看護士から食べ物を隠し持っていないかボディチェックされた。
背中にピザを隠してクイントに持ってきた者がいたらしい。
多分、次の手としてメガーヌの召喚魔法を利用して食べ物を病室に運び込むだろう―――と予想がついたので、医者には召喚魔法に気をつけろ、とアドバイスしておいた。

さて、そんな状態に陥ってしまったので、ギンガとの約束が宙ぶらりんになってしまった事をクイントは嘆いてきたのである。
いつにローラーブーツをプレゼントする、と確約したわけではないがこれでは買い物に行けない。
ゲンヤに頼もうともしたのだが、一からパーツを組み立てた物をギンガに使わせたいというのがクイントの希望だ。
少々ゲンヤはデバイスに疎く、出来合いの物を買ってくるならまだしも、パーツの吟味からは難しい。

そこでクイントは4度ほど病院を抜け出そうと試みている。右足が効かず、首も固定されて左目に眼帯して左手吊った状態だ。
無論、全部失敗してる。
しかし医者が言うには「徐々に動きが良くなってきている。次、もしタクシーを拾われたら取り逃がすかもしれない」らしい。
よって、クイントの病室には厳戒態勢が敷かれているが、それでも突破されるかもしれない迫力がこの怪我人にはあった。

ただ泣きながら見舞いにきたギンガとスバルのおかげで、もう無茶はしないと言っている。
そして、

「お母さんがこんなになるなら私もうシューティングアーツしたくない」

とギンガが泣き喚いたらしい。

「お母さんがこの程度で済んだのはシューティングアーツをしていたからだよ」

となだめたが幼いギンガになかなか通じなかったようだ。
最終的には泣きやんだギンガはローラーブーツの約束は我慢する、と言ったようだ。

健気なギンガのその様子にクイントは鼻血出しながらええ子や、と恍惚な表情でご満悦だったという。
そして、そんなギンガにどうして我慢させようものか、という思考に至ったクイントのため、ゼストが一連のパーツを買い揃える役を引き受けた。
その時のクイントの感謝の深みと言えば、おそらくゼスト隊結成から初めての深淵さだっただろう。
それだけ、娘を想っているという事。
ゼストに羨望のような、郷愁のような、何とも言えない気持がよぎる。

天涯孤独のゼストには、家族の本当のぬくもりが分からない。
レジアスから妻帯しろ、と散々に進められているがどうしても踏み込めないのは、きっと恐いからだろう。
家族に関する愛について、見て触れた事はあっても掴んだ事、身に置いた事は一度もない。
だからきっと、誰かと結ばれても上手くいかない。何かが歪む。どこかが壊れる。そんな恐怖。

家庭という営みに対する、そんな心構えをうすらぼんやり自覚しながらゼストはふと思い出す。
ずいぶんと昔。
騎士としてそばにいようと決めた少女がいた事。
結局、護れなかったその少女。
綺麗な銀髪。儚んだ双眸は、黄。
彼女は、親を恨んでいた。持って生まれたレアスキルのせいだ。
触れた金属を爆発物に変える能力。その力のせいで、少女は迫害という迫害を受けて、一切の許容を誰からもされなかった。
だから言った。

「産まれたくなかった」

ゼストは何も言えなかった。きっと少女の生涯に何か言えるほどの重みは自分にない。
たが生きていれば幸福である事はきっとあると伝えたかった。そのための支えになりたかった。
結局ゼストが少女の支えになる前に彼女は死んだ。自分の能力で死に至ったらしい。人伝の話だ。
不思議な事に、少女の遺体は引き取り手がいないはずなのにどこかへ消えている。
墓は見つかったが骨はそこにないのだろう。生臭さを感じて調べてみたが、遺体は闇に消えたとしか言いようがないほど行き先が途中で途切れて墓が建てられている。

そんな、肉親を憎しみ抜いていた少女を知っている。
クイントたちのような家族も知っている。

―――分からんものだ

心の中で呟きながら、カートリッジシステムを司るパーツに手を伸ばす。
ゼストの手に硬い感触ではなく、柔らかな感触が伝わった。
誰かの手を、握ってしまった。



機材が足りない。
プレシアはリニスの目も見ずそう言った。

「どんな物が足りないのですか?」

尋ねるリニスに対して返事はなかった。ただプレシアが杖を少しだけ持ちあげるとリニスの脳裏にどのような物が足りないか一方的に流れ込む。
思念通話の応用だろう。何とも冷たいやりとりだった。
しかし具体的に型番号がいくつの、どの機材であるという指定がない。
店に足を運んで選んで買ってこい…という事だろう。

「金銭に上限はありますか?」
「ないわ」
「分かりました。しかし全部そろえるのに少し遠出しなければいけません」
「クラナガンで集めなさい」
「時間がかかりますね。その間、フェイトには宿題を出しておきましょう」
「そうね」

わざとらしく話題にフェイトを織り交ぜてみるがプレシアの反応は無味乾燥したもの。
いつも通りだ。
リニスが嘆息を零す。どうすればプレシアとフェイトの関係を軟化できたものか。

分かり切っている所で言えば、プレシアが研究を終え親子としての時間をたっぷり作る事だろう。
だがしかし、研究がある事を差し引いてもリニスにはプレシアがフェイトを避けているようにしか見えない。
異常だった。
これが親子というには冷たすぎる。

「ねぇプレシア、私も研究を手伝いますよ。フェイトは優秀ですから、ある程度自主的でもきっと……」
「行きなさい」
「……分かりました」

一度、二度、何か反論しようと唇をわななかせたリニスだが何も言えずに頷いた。
研究に対しても、プレシアは頑なに立ち入れないように構えている。だからリニスは何の研究をしているかさえ知らされていないのだ。
今回そろえるよう言われた機材からも特に推察できない。
使い魔と主人という関係であるのにリニスとプレシアの間には厚く高い壁がある。

むしろフェイトとの関係の方がよっぽど密である。家庭教師として造られたが、機械的に物を教えるだけで留まるわけがない。
山猫が素体である事も無関係ではあるまいが、フェイトを我が子のようにかわいく想えて仕方がないのだ。
そして、プレシアにもフェイトをかわいく想うそんな気持ちがあるからこそリニスを造った。
リニスはそう、信じている。
心は読めない。だから行動を読むしかない。
リニスが造られたという一事。それがプレシアのフェイトへの愛情だと、信じる他ないのだ。

こうして複雑な心境を奥底にしまいこみ、フェイトとアルフに5つの課題を与えてからリニスはクラナガンまで足を運んだのだった。
はっきり言えばアルトセイム地方は田舎を通り超えて未開の土地だ。
それと比べればクラナガンのきらびやかさは天と地ほどの違いがある。

リニスとしてはこんな都会に来ることは初めてだが、プレシアの常識と知識を備えている手前、特に不安もなかった。
ただ、野性に身を置いていた生来、人混みがうっとうしい。

滞在するホテルを決めてからリニスは即座、プレシアの買い物を済ませてしまう。
そして、即刻帰るという事はせず、腰を据えた。
デバイスに関して、いろいろと見て回りたかったからである。

教育を任されて面倒を見ているフェイトだが、彼女は天賦だ。
3年もしないうちに、まちがいなく一流の魔導を修めるのは目に見えた。
プレシアが望むだけの力量を得るのに挫折するわけがない。
つまり、デバイスが必要になるのがすぐという事だ。

プレシアから得た知識も多々あるが、どうしても住んでいる場所柄、情報が古い。
実際に流通している物品を見たり、ハンドメイドを請け負うデバイスマスターの話を聞いてみたいのだ。

実験事故を起こした―――という経歴を持つプレシアだが、その全ての資格や称号を取り下げられたわけではない。
そんな残り物の資格でさえプレシア・テスタロッサの持つものは特級であるらしく、あらゆる場所に通用してリニスの行動を制限する事はなかった。
流石に大魔導師と称されるだけの事はある。
もっとも、当のリニスはプレシアの傷ついた経歴なぞ知らぬままではあるのだが。
ただ現役にとってプレシア・テスタロッサは忘れられた名前らしい。知っているかもしれないなぁと首をかしげるか、名前を聞いた事があるかもしれない、といった程度の者ばかりだ。

予約を必要としない窓口相談ができるデバイスマスターの話を聞けるだけ聞くのに1日目のほとんどが使われた。
より専門的な話をするための数名に明日、明後日のアポイントメントをできるだけ取ればもう黄昏。
残った時間を流通しているパーツの目利きで潰そうと、ふらりとデバイス専門店らしいビルへと踏み入れる。
大型店舗である。17階建てのそのビルは、ない物なんてないと思わせるような商品の完備ぶりだ。
10階以上に入店するには規定があるが、これもプレシアの資格とその使い魔である事で簡単に入る事が出来た。
そう、10階以上には置かれたデバイスやパーツは戦闘用、軍用に適用できる物である。

どうもプレシアはフェイトに戦闘技術を叩きこみたいらしい。
フェイトの教育の完成は一級の戦闘魔導師としか考えられなかった。これがリニスに課せられている。
教育途中、不思議に思った。戦闘魔導師でなくてはならない理由が分からないのだ。

とりあえず魔導師にしたいというのは、よく分かる。テスタロッサが名門というわけではないが大魔導師の娘だ。魔法技術を習得させたい思いがあるのだろう。
だが別に戦闘魔導師ではなくとも、技術者、開発者としての道は多くある。それこそ、プレシアのように。
プレシアはこの事について明確にリニスに応答していない。

確かに、戦闘技術として魔法を学べば五感を通して体得する事になる。つまり、机に向かって術式を演算するよりもより実感できるという事だ。
アカデミーのカリキュラムにも、ある程度魔法での戦闘が組み込まれているのは知っている。
少なくとも魔法を覚える者は、魔法での戦い方は知っておかねばならない。
だが何故フェイトを戦闘に特化した魔導師にしたいのか。分からない。
いろいろ悩みもしたが、プレシアが答えてくれないのだから確実な理由は不明だ。

あるいは、魔法の危険についてこれ以上ないほど教えたいのかもしれない。リニスはふとそう考える。
魔法で人間一人の命を奪うのはたやすい。
愛おしい者を、ミスひとつで簡単に奪う―――それを、言外に教えたいのか?

もしそうならば、是非もない。いの一番に教え込んだ事だ。
フェイトならば、大丈夫。そして戦闘魔導師として一流になれる才覚だ。
いかなる魔導師を相手にしても凌げる実力をきっちり叩きこむ。

そう、いかなる魔導師を相手にしても、だ。

では、騎士。

ベルカ式を扱う魔導師を相手にした時、自分が教る事だけでフェイトは大丈夫だろうか?
カートリッジシステムを備えた破格の攻撃力を、フェイトは切り抜けられるか?

未来のフェイトがベルカ式の術者に苦戦する姿が脳裏にちらつく。
気づけばアームドデバイスを扱う階層にリニスはいた。
騎士。
古代ベルカ式を扱うような「本物」が相手だったと想定して、どこまで何ができるか。

思考に陥ったリニスは無意識のまま、カートリッジシステムを司るパーツに手を伸ばす。
リニスの手にパーツの硬い感触ではない、無骨な感触が伝わった。
誰かに手を、握られた。



「失礼した」
「すみません」

同じようにパーツに手を伸ばしたふたりは、同じように手を引いた。
ゼストとリニス。
気まずそうに、視線交われば、次いでふたりそろって品を見る。
残りひとつ。

「私は興味本位で手に取ろうとしただけですのでどうぞ」
「む…有難い。身内がこれに急ぎの用でな……しかし先に、検分するのならば待つが?」
「いえいえ、本当に興味だけでしたから構いませんよ」
「そうか」

それ以上、特に問答する事もなくゼストが商品を手にすれば身を翻す。止まった。
視界の隅。目が合う。女。
暗い双眸。桜色の長い髪。
笑った。
人に紛れてすぐに、見えなくなる。

「馬鹿な…」

あの女だ。クイントに重傷を負わせた魔導師。
一寸だけ、ゼストが愕然と呟く。それからは、速かった。即座、商品を元に戻せば、愛用の槍をその手に顕現。
周囲の客がぎょっと驚き固まって注視する中、説明するように良く通る声で通信を開く。

「こちらゼスト・グランガイツ一等陸尉。指名手配中の次元犯罪者を見つけた。レアスキル持ちだ。市街地でいくらか魔法を使う。後で許可を取っておいてくれ」

それからの魔法陣を展開。
得意でもない探知魔法だ。不得手だから、すぐにスタートダッシュを切らずに探知の軸を自分に設定するために立ち止まっている。
しかし、先日実際に戦った相手だ。このビル内にいるのならば十分ゼストでも捉え切れるだろう。

―――そう高をくくっていたゼストに緊張が走る。

いない。このビルに、あの魔導師が見つからない。古代ベルカが戦闘に特化しているとはいえ、探知魔法を失敗するほどおろそかなわけではない。
やみくもに探しても見つけずらい程度に離れた距離ではあったが、流石に魔法の網から外れるほど時間を置いたわけではないのだ。
デバイスの助けがあれば学生でもできる事のはずである。

「その手配犯の魔力波長を教えてください?」

そんなゼストの傍らにリニス。横から槍を握ってミッドチルダの魔法陣を敷いた。

「君は…」
「こう言う事はミッド式の分野でしょう?」
「……いや、しかし」

しかし、ビル内にいないのだ。先程見たのは幻か?
いや、そんなわけはない。だが不可解といえば不可解だ。なぜ面貌をさらす?
明らかにゼストだと分かって笑んだのだ。管理局にわざわざ隠した身をさらして得になるとは思えない。

「いました」
「なに」
「北西2キロ先……速いですね。車に乗っています」
「馬鹿な…」
「進路は北…でしょうか?」

ついさっきまで、そこにいた。このフロアにいたはずだ。
それがどうして車で逃走している。転移魔法が使われて気づかぬはずもない。
一瞬、リニスが嘘を言っているとゼストが勘ぐるが探知の結果を共有すれば間違いなかった。

では先程見かけたのは誰だ?
よもや犯罪者のマスクをかぶって誰かが自分を偽ったのではあるまい。

混乱しかけている頭のまま、それでもゼストが足を動かす。
窓。自分が通れるだけ開けば、そのまま外に―――

「何をしている?」

飛翔しようとして、止まった。背後。リニスがついてきている。

「手伝いますよ」
「結構だ」
「お一人では危険でしょう」
「危険だから、君はついてくるな。探知を手伝ってもらった事は、感謝する」
「いえ、私も戦えるくらいの事は……」
「危険だと、言っている」

リニスに強く言ってからゼストは空へ身を放る。流石の迫力にたじろぐ隙に、ゼストがみるみる遠くへ翔けていった。
流石、騎士なだけある飛翔速度だ。リニス以上のスピードである。
開かれた窓から高度の寒い風が舞い入ってきた。頭が冷えればリニスの胸中に少しの憤慨。
甘く見られたものだと、いささかプライドに触ったのだ。

とはいえ、これからリニスがゼストを追うのはそんなささいな理由でもない。
強い力は正しく使う。それを教育する者として、この事態を静観するつもりはさらさらなかった。
それでフェイトに教鞭振るうなど、自分の矜持が許さない。
リニスは義を見てせざる、勇無き者ではないのである。

「………………どうせ追いかけるんですし、これ買ってってあげましょう」

そしてゼストが手にしていた商品を購入してからリニスも飛び立つ。飛翔してる間、紙袋がっさがっさいってやかましかった。



人を殺す仕事を終えてからすぐに管理局が来た。
騎士を相手にきわどいところだったが逃げる事に成功。
数日の潜伏の後、逃がし屋の所に車で転がり込む。

それで今回の仕事は終わりだとセプテムは思っていた。
もうすっかり宵の闇。ステアリングを握りながらクラナガンの街並みに少しだけ視線をやる。
あと1時間もしないうちにこの街とはおさらばできる算段だ。
流石にミッドチルダは油断できない場所であった。一歩間違えれば捕まっていた事を思い、自然をホッとなる。

セプテムは代々人殺しを輩出してきた家系の生れであった。
遡れば聖王協会が隆盛を誇っていたころ、異教徒を虐殺する役割をこなしていたらしい。
それも血統に刻まれたレアスキルのおかげのようだ。
歴代最強の能力者は一夜にしてひとつの国を滅ぼしたというのだから箔がつく。
伝説半分に聞いていた事だが、同じ殺人鬼としてセプテムもそんな能力者がいたのならばと尊敬はしている。

そう、セプテムという女は人殺しだった。
果たして受け継いだレアスキルのせいで殺人者になったのか、それとも生来の性根か。それは分からない。
ただ戦乱があった頃と違い、泰平のこの世に虐殺しかできないレアスキル持ちなど迫害の対象にしかならなかった。
あらゆる場所で憎悪の的となり、鬼だ悪魔だと散々に一族は疎外されてきた。

曽祖母はそれに抗い攻撃してくる者たちを虐殺し、最終的に殺された。
祖父はそんなレアスキルでも人の役に立てるはずだと尽力し、気味悪がられて殺された。
父はまだ残る戦争地帯で活躍の場を得て、結局味方に裏切られて殺された。

笑えるほど、意味のない人生を約束するレアスキルだった。
最初にセプテムは絶望した。こんな恐ろしい力を持ってるくらいなら産まれなければよかった。
次にセプテムは喜んだ。人殺しを仕事にした時、なかなか便利な能力だ。
そしてもう、何も感じない。どうでもいい。何もかもが、どうでもいい。

殺し、殺し、殺す人生。金は入るが、セプテムの心も凍えて死んだ。
価値ある人生とは、思えたためしがない。
やはりこのレアスキルは呪われているのだろう。意味のない人生しか、約束をしない。

ただ、だからと言って自殺する気も起きなかった。
先祖の誰もが、そんな風にずるずると子を残して自分に至っているのだろう。
そして、セプテムも―――

アクセルを踏み込んだ。
もうクラナガン郊外。人通りもないような道路である。
人が立ちふさがっていた。
先日、セプテムを逮捕に来た騎士。
ゼスト。
躊躇なく轢き殺すつもりでさらに加速。
接触するまでの、刹那の瞬間。

「!?」

縦一閃。鋼のきらめきがセプテムの網膜に焼きついた。
槍。
車を真っ二つに切り裂く荒技をやってのけるゼストに、間一髪セプテムも寸前で脱出した。
左右に別れて暴走する車だった二つが派手に道路から転げ落ちて煙を上げた。

「セプテム…と言ったな」
「もうちょっとで、逃げられるのに……嫌な男」
「なぜ俺に姿をさらした?」
「?」
「………やはり、あれは…」

いったい誰だったのか。
考えそうになるのをこらえ、槍を持ちあげる。

「大人しく同行願おう」

断る。という言葉はなかった。ただセプテムの足元に桜色の魔法陣。
そしてスゥとまるで空気が凝り固まったかのように槍が現れた。
簡素な転移魔法だが、これはまだ彼女のレアスキルの一角。
ゼストが踏み込んだ。
瞬間、彼の視界を矛先が占領する。
槍、槍、槍、槍、槍、槍、槍、槍、槍、槍、槍、槍、槍……
セプテムの周囲に展開された槍の数々―――かすかな溜めをはさみ一斉に、ゼストにほとばしる。
その数、16本。全て、デバイスだ。

特定武装を複数個制御するというレアスキル。対人であれ対軍であれ脅威となる能力である。
槍をあるいは打ち砕き、あるいはすり抜けてゼストがセプテムにたどり着けば、さらに16本の槍が林のように立ちふさがる。
突破は考えずに飛翔した。
すり抜けた槍が全て方向を転換してゼストを狙ってくるのを知っているからだ。
真下から昇ってくる滝のように、槍の波がゼストを追ってくる。

先日やりあった時、制御していた槍は16本。それが今展開されている数はその倍だ。
実力を隠していたらしい。

「変な能力だろう? 武器しか扱えないんだ」

ゼストと同じ高度まで浮き上がり、セプテムが自嘲気味に言った。槍を凌ぐ鉄の音に紛れるが、ゼストの耳にきちんと届く。
逃げる、避ける、叩く、いなす。槍一本で、32本の槍を叩き伏せている様は壮観だ。
だが、防戦一方。槍で受け流しても槍はまたしつこく追ってくるのだ。叩き潰すしかないが、数が多すぎる。

「父はナイフ、祖父は鞭、曽祖母は剣だったかな……この能力のせいで、一族みんな人を殺してしまう」
「血のせいにするな」
「血のせいさ」
「甘えだな」

ゼストの気合が膨れた。ある程度槍による斬撃を無視してゼストが吶喊。受けても浅手だ。
いくつかの切っ先が立ちふさがるが弾幕が薄い。行ける.。届く。ゼストが流星じみて闇夜をひた走り、

「甘えてんのかなぁ…」

さらに32本の槍の出現に防がれた。もはや360°全周囲から矛先を向けられゼストは再度防衛に回る。
叩き潰した槍を差し引いても60を超える制御を成している圧巻にゼストも驚く。
魔力による誘導弾などではなく、全て実体を持つデバイスだ。天才という他ない。

「クッ…!」
「ほら、64本。これがあたしの本気さ。これ全部凌げば、逮捕できるよ」
「―――カッ!」

鬼気が空に満ち満ちた。槍を薙ぐ。魔力衝撃。全周囲にほとばしる。
まるで槍たちが意思持っておののいたように退いた。
隙。そこをゼストが縫う。
怖気するほど強い迫力がセプテムを叩くが、まるでそよ風受けてるように無感動に言った。

「……まぁ、嘘だけど」

さらに64本の槍が、天と地から顎の様にゼストを噛み砕かんと現れる。
総合すれば128本。もはや人の業とは思えない。ゼストの肩に脚にあちこちに深い傷がみるみるできる。

「これが本気」
「なんという…才能だ」
「こんな化物、産まれてこなけりゃよかったと思わないか?」
「産まれてこなければよかった命はない」
「人殺しだよ?」
「最初から人殺しだったわけではあるまい」
「いいや、人殺しの家系さ」
「血のせいにするなと言った。犯した罪の責任を転嫁するな」
「……死ねよ」

徹頭徹尾無気力にセプテムは言葉を紡ぐ。しかし無数の槍ごしに伝わる殺気は本物だ。
ゼストが叩き潰した数を差し引いても、まだ100本を超える槍の群。それが全て一斉に、何かを噛む。
カートリッジ。ロード。
ここで初めてゼストの背筋が凍える。
フルドライブ。切り抜けられるか?
切り抜けねば。

ゼストの覚悟とその瞬間は重なった。飛来する光の槍。それはまるで雨のように槍の群に降り注ぐ。
毎秒7発の斉射を4秒継続。合計1064発。

「「!?」」
「うわ、半分も壊せてないですね…」

だが勢いを削がれた槍の大多数がゼストを逸れている。
ふたりが見上げる先。買い物袋ひっさげたリニス。


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著者:タピオカ

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