[329]pure monster(下)(1/8)<sage>2007/10/20(土) 16:00:31 ID:L/HQAgq/
[330]pure monster(下)(2/8)<sage>2007/10/20(土) 16:01:15 ID:L/HQAgq/
[331]pure monster(下)(3/8)<sage>2007/10/20(土) 16:01:52 ID:L/HQAgq/
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[335]pure monster(下)(7/8)<sage>2007/10/20(土) 16:05:11 ID:L/HQAgq/
[336]pure monster(下)(8/9)<sage>2007/10/20(土) 16:06:36 ID:L/HQAgq/
[337]pure monster(下)(9/9)<sage>2007/10/20(土) 16:07:27 ID:L/HQAgq/

〜あらすじ〜
ルーテシアとの楽しい再会のはずが、ど派手に修羅場までやっちゃった挙句、
交わったことまでフェイトにバレてしまったエリオとキャロ。
エリオはどちらを選ぶのか?2人の恋の行方は?
そして、狂った歯車と純粋な魔物の正体とは――
2人の長い旅もやっと終着駅です。
[エリキャロ][ちょい重、エロなし][リリちゃクロス]


 すっかり陽の落ちたコテージの一室でごく普通の蛍光灯の下、小さい椅子に座らされているのは窓際から順に、エリオ、キャロ、ルーテシア。
まさに尋問前の犯人よろしく、俯きがちに黙ったまま、誰も一言も喋ろうとはしない。
記録係ではないが、机の隣りに座ってフリードと一緒に成り行きを見守っているティアナ。
久遠に至っては、怯えてどこかに隠れてしまっている。
そして――本職よろしく、険しい表情のままゆっくりと3人の前で往復を繰り返す、フェイト執務官。
ある所で、ふぅ、と立ち止まって小さく息を吐くと重く口を開いた。
「――でー、なんでこんなことになったかはー、さっきので大体分かったから聞かないけど…なんで怒られるかはわかるよね?」
「はい……」
エリオが小さく答えたが、擦り傷だらけの2人は黙秘であった。
「まず、エリオとキャロ…。繋がったって言うのはSEXしたってことでいいかな?」
SEX、の部分を出来る限り無感情に無機質に発音するように努めつつ、淡々とした口調を心がけてはいたが、
実は、若干歯が浮くような抵抗があったことは彼女の名誉の為に、ここでは語るまい。
「はい……」
「ごめんなさい……」
エリオに続けて、小さくキャロも謝るが――流石のフェイトもお叱りが若干感情的になる。
「あのね、よくないことってわかってるでしょ?ふたりとも」
「……」
「……」
「それに、黙ってたことも、相談もなかったことも、私にとっては――それが凄く悲しいんだ。いってること…わかるよね?」
「はい……」
「はい……」
「まあ私に相談してたら、絶対止められるってわかってたから言わなかったんだろうけど……もういいや、それは。
で…いつの話なのかな?やっぱり、一昨日のホテルのダブルベッドかな…?」
そうであれば余りにも不用意であった自分のせいでもある。怒ったとはいえ、そうだった場合は自身の非を認めるつもりだった。
「い、いえ」
「初めては…一年前ぐらいです」
キャロの言葉に、尋問側は目を丸くする。
「い、一年前って……一体どうやって……キャロはともかくエリオは……?」
「その……シャマルさんにお薬をもらって……」
「え、ちょっとまって。そんな過激な薬、誰が許可を出したの?」
「あの……八神部隊長が……」
「あの京都風お好み焼きめが……!」
意味の分からない台詞と共に、ちりちりと体に電流を纏わせるフェイトに、その場にいた全員がびくっとしたのは言うまでもない。
ちなみに実在する料理である。いや、全くもってどうでもいいことだが。
あとで小一時間といわず問い詰めてやる――、とぶつぶつ言いながら、しばらくしてようやく怒りが収まったのか、
はー、はーと大怪獣の如き息を落ち着けてから、ダークモードでお説教を再開する。
「それで……理由はなんて?」
「あの…………胸が大きくなるんだったら、なんでもばんばん――て」
ピキッ、と音がするはずはないのであるが、その場に居た全員は確かにそれを聞いたとしか思えないほど、フェイトの表情が強張る。
もう今すぐにでも速攻転送で地上本部のはやてのところまでぶっ飛んでいってしまいそうな勢いであった。
「わかった――、あとでちょっとお話しとく」
ミッドチルダの方言でちょっとお話、とは肉体言語で語ろうか、という意味である。嘘だが。
しかし、この場合残念ながら嘘にならない。某誰かさんと親友であるが故の仕様である。

だが、なんとか怒りを抑えつつ、とりあえずはこの場であった。
「その一回だけ?」
「いえ、この間……なのはさんのご実家に泊めて頂いた時にも…」
「あー……全く……この子達は……」
額を押さえながら、軽い眩暈を覚えつつ、尋問を止めるわけにもいかない。
「……その、2回だけ……?」
「はい……」
「まあ……過ぎたことはしょうがないんだけど、避妊もしないで……。自分の体のことも、ちゃんと考えないとだめだよ?」
「はい……」
「エリオも……キャロから誘われたら断れないだろうけど……ちゃんと相手のこと、考えてたら……わかるよね?」
「はい……」
「うん、はい。とりあえずこの話は、またあとで。で…こっちはそこまで悪いとは言わないんだけど」
今度のお叱りの対象は、勿論、超低レベル魔法戦を繰り広げた2人である。
「まだ隔離中だとか喧嘩に魔法を使ったとかは、目をつぶるにしても……。
ルーテシアちゃんも、もうちょっとキャロのこと、考えてあげないとだめだよ?」
「はい……ごめんなさい」
「それからキャロも、いきなり魔力弾とか撃っちゃ駄目。まあ魔力スフィアなんて使い慣れてないから、危なくないのはわかるけど――」
「ごめんなさい……」
「うん、でもね、それはとりあえず、いいんだ。大事なのは――ここから」
そう、当然この話の行き着く先は、窓際で悲しそうに床を見つめている諸悪の根源の赤い髪の少年、エリオしかいない。
全員の視線が集まる中、フェイトは問いかける。
「あのね、エリオ。言いにくいとは思うんだ……けど、聞いていいかな」
「はい……」
「ルーテシアちゃんと、キャロ、どっちが大事?……両方でもいいけど」
「僕は――」
視線は床の上であったが、彼も元六課メンバーのはしくれである。
「勿論、シアも大事ですけど……キャロのことだけは、何があっても守りたいと思ってます」
「そっか……」
だん、と椅子を倒しながら立ち上がったルーテシアは、そのまま奥の廊下へと走り去った。
「……ごめん、ティアナ。あとお願い」
「……はい」
フェイトが後を追って部屋から消えると、ティアナは仕方なさそうに机に頬杖をついたままため息をつく。
「まったく、やるのは勝手だけどさ、フェイトさんにばれないようにやんなさいよ」
「はい……」
エリオは、未だに床をじっと見続けている。
その横顔が心配になったのか、そっとキャロが立ち上がって静かに肩に手を乗せたのだが――
かなり優しく、しかし、確かに手を持って外された。
「ごめん、ちょっと考えさせて……」
「うん……ごめん。おやすみ……」
そのまま、とぼとぼとでていくキャロとフリードにティアナもおやすみを言ったが、返って来た声はひどく小さかった。
耳が痛くなるほどの静謐な部屋で、沈黙だけが通り過ぎるが、しばらくしてようやくエリオは呟く。
「なんで……こんなことに……」
一度だけ深く想いふけるように瞼を閉じたティアナはゆっくり目を開くと、彼女なりの言葉で教えていく。
「……あのね、女の子にとって優しさってのは、最高の薬になりうるけど、最高の毒にもなるのよ?
誰でも彼でも優しくすればいいってもんじゃないってこと。今回のでわかったでしょ」
「はい……」
「全く、2人とも傷つけて、自分も苦しんで。なにやってんだか……」
「……」
「まあ、さ。ルーテシアさんを楽しく遊ばせてあげたかったのもわかるし、キャロが大事なのも結構だけど、
ちょっとは考えなさい、女の子の気持ち。無神経過ぎるのも罪なんだから」
「はい……」
「なんにせよ、正直私の居ないときやって欲しかったわ……もうぐったり」
机に突っ伏してくれたティアナのおかげで、さすがに雰囲気が多少は緩む。

「……ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
再び起き上がって、睨まれる。
「だいだいさぁ、なんであんた達が修羅場ってんのよ?元六課メンバー最年少よ最年少。
私らに浮いた話もないってのに、どうなってるのよ?こんなのが知れ渡ったらあんた達、歩くのも恥ずかしいわよ?勿論喋るけど」
「あ、いえ……それはまあ、仕方ないですし」
「あのねえ、そもそも――」
延々と愚痴りモードに突入する。よほど巻き込まれたことが腹に据えかねていた様子である。
普段の話はともかく、いつの間にかスバルやら六課やら昔の話にまで遡り、何故か時々ヴァイスとか言う名前も混じるが、
だがしかし延々とキャロの相手をしている彼であったから軽く聞き流すのは割と慣れていて、愚痴る側も少しずつ軽くなっていく。
そのうちに、少しだけ落ち着いた表情でフェイトが戻ってきた。
勿論、エリオが真っ先に気になるのは部屋を飛び出していった彼女のことである。
「あの、フェイトさん、シアは」
「ん、大丈夫。私の部屋で眠ってる」
「そう、ですか……」
「少し……ううん、かなり泣いてたけど」
「はい……」
確かにフェイトの制服の腹部の辺りに見て取れるほど、涙に濡れた跡がある。
その人も黙り込んでしまう彼の隣りのキャロが居た席に、長い脚を投げ出しながら座った。
ようやく怒りも収まったのか、少しだけ悪戯っけも戻る。
「しかしエリオも、隅に置けないね」
「あんまりからわかないでください……もうこういうのは二度と嫌です……」
「うん、今度からは気をつけよっか」
「はい……」
「でも……エリオももうちゃんと男の子なんだね」
「フェイトさん!」
「あはは、ごめんごめん。エリオももう、部屋に行っていいよ」
「はい……少し、考えます」
「うん」
子供達の去った部屋で、保護者達だけが残される。
「大人になるのって、早いんだね……」
「いえ、ちょっと……というか、かなり例外だと思いますけど……」
「そう、かなあ?」
「そうですよ」
今回の件に関して、ようやく客観的に語り始める2人。
ここまでであれば、よくある、とまでは言わないが、少なくとも日常の一風景でしかなかったのだが――
それは凄い勢いでエリオがフリードと共に戻ってくるまでであった。
「フェイトさん!キャロが!」
「えっ?」
「早く!」
慌てて駆けつけた3人が廊下からの光に浮かびあがったのは、虚ろな瞳のままベッドに腕を投げ出したキャロ。
そしてそのベッドは――

幾筋もの赤い線が走る両腕から流れ出る血で真っ赤に染まっていた

「きゃ、キャロ!?」
足元に落ちている果物ナイフ。
顔色を失ったフェイトが、血にも構わず慌ててキャロを抱えあげる。
「エリオ!着替えもって!ここからだと本局が近い!転送いくよ!」
「は、はい!」
「ティアナ、あとおねがい!」
「はい!」
「いくよ、転送!」

 物凄い剣幕で本局の医療施設に飛び込んだフェイトの話が、書類仕事を片付けていたクロノの所へ届いたのはほぼ必然のことであろう。
診察室にいつものアンダースーツ姿で彼が入ると、制服に派手に血をつけた妹が駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、キャロが、キャロが!」
「まあ、落ち着け。今診て貰ってるのか?」
「うん…」
不安そうな瞳を彷徨わせていると、初老の白髪と銀縁メガネの医師が、エリオと共に入ってきた。
「先生、キャロは!?」
「ああ、処置が早かったので大丈夫ですよ。念のため、少しだけ輸血しておきましたが」
「は………よかった」
へなへなと床に座り込む。
「まあ、お座り下さい」
フェイトがクロノに引っ張りあげられながら椅子に座ると、男性陣2人は脇にあったベッドに座った。
「割と血がでていてびっくりされたでしょうが……」
「はい……それはもう……」
「発見もかなり早かったようですし、大丈夫ですよ」
「はい……」
「傷はそんなでもないので、入院も必要ないんですが……
問題はそれよりも、あれはあの子が自分で切ったんですか?」
「はい……多分そうだと思います」
ふむ、と銀縁の中の目が少しだけ歪んだ。
「まあ傷を見ればすぐに分るんですがね……何か思い当たる節は?」
「ええと……実は直前にかなり叱ってしまってて……」
「ふむ、原因は何で?」
「エリオ――この子を巡って、仲の良い女の子がいるんですが、喧嘩したんです。取り合いみたいになっちゃって」
とエリオに視線を向けると、当人も割と青ざめたままであったが、しっかりと顔は上げていた。
「それだけ?」
「いえ、それであの子とエリオがSEXしてたっていうから、それも」
思わずクロノが隣の赤い髪をぐりぐりと小突く。
「おまえ……そんなことしてたのか」
「す、すいません…」
「まあ……するなとはいわんが……しかしお前らまだ11歳だろう。少しは考えろ」
「11歳?君がその相手をしたのかな?」
医師が話を戻すと、はい、とちゃんと頷く。
「それは、いつの話かな」
「1年ぐらい前――JS事件が終わったすぐ後ぐらいです」
「ん?その頃は10歳か。よくできたね?」
「あの、薬をもらって……」
「ああ、あれか。全く、局内であれを野放しにしているのはどうにも信じがたいものがあるんだが……
半ば軍隊組織に近いから致し方ないとはいえ……と、すまない。少し脱線してしまった。
10歳で性交、で今回はリストカットですか」
そこで一息入れると、あっさりと結論を告げられる。
「ボーダーかもしれませんね」
「はい?」
聞きなれない言葉に、全員が耳を疑う。
「境界例……とこの呼び方は良くないですが。境界性人格障害、と呼ばれる、まあ心の病気です。簡単にいうと見捨てられ不安、といいますか…」
「え?境界例?それって赤ちゃんの育て方のお話じゃ……」
「病気の原因は乳幼児期の過保護もありますが、その他にも両親の死別や、死の恐怖によるトラウマなども原因になりますから。
確かあの子は孤児で、昨年は機動六課のフォワード部隊に所属してましたよね」
「はい……確かに何度か危険な目にもあってます。ついこの間も、テロに巻き込まれてますし……」
「まあちゃんと診断してみないとなんともいえません。精神分析は時間もかかりますし、このお話はまた後ででよろしいですか?」
「はい……」

 ありがとうございました、と礼を言って診療室を出た3人だったが、呆然と立ち尽くす。
特にフェイトは、ショックが大きかったのか壁に背を預けて天井を見上げたまま、動けなかった。
しばらくしてようやく背を離したが、まだ信じられないようで、少し首を振る。
「なんで……?信じられない……私達が10歳の頃にはもう普通に……」
「お前らと一緒にするな」
「だ、だって!」
「ルシエ嬢は、飛行も放出系も苦手だろう?確かに召喚の能力はすでに完成していて凄まじいが、所持ランクは陸戦Cだ。
気楽に飛んだり跳ねたり撃ったり避けたり出来るほど、融通が利くわけじゃない。そんな中であの事件だ」
「あう……」
「無理や無茶、してなかったって言い切れるか?」
「うう……」
「まあ、少し落ち着け。飲み物でも買ってくる」
「うん……」
クロノの姿が通路の角に消える。
「……はあ、やっぱり駄目だね、こういうことは男の人がいないと……」
「はい……」
「……どうして、気づいてあげられなかったのかな」
「フェイトさん……」
「保護者失格だね、私」
「違います!フェイトさんはいつもしっかり優しくしてくれてます!」
「……ごめん、エリオちょっと肩貸して」
「はい?」
返事を待たずに、しゃがみこんで額を静かにエリオの肩に押し付けた。
「フェイトさん……?」
「結局、私は、いつも一緒にいてあげられないし、やっぱり母親じゃないし、キャロの心に負荷がかかってるのにも全然気づかないし」
金色の髪の下からくぐもった声が聞こえてくるが、反応のしようがない。
「私なんて自分勝手で、結局エリオとキャロに助けられて、私はそれに甘えてて」
「フェイトさん」
そこで肩から離された頬には、ぽろぽろと雫が零れ落ちていた。
「手首切るまで気づかなくて、あの子が1人で悩んでたのに何もできなくて、それでも笑顔でいてくれたのに」
「フェイトさん!」
「ひどい母親だよね、私。2人の側に居る資格なんて――」
自虐の止まらない唇が目の前にあった為か、何も考えずにエリオは唇を重ねて塞いだ。
「ん…」
勿論、母親を慰める心からの静止を篭めた、子供としての立場のキスであったのだが――
経験のないフェイトにもはっきりと分かるほど、悪い意味で上手だった。
幼い側の方がしっかりプラトニックを貫いているのに、されている方は半ば本気で気持ち良さに浸りかける。
金色の髪を優しく梳く指が、涙が止まったのを感じて止まると、顔を離してふっと歳相応の少年らしく全く照れずに微笑んだ。
「フェイトさんは、笑顔の方が可愛いですよ」
「はううう……」
そのまま真摯な表情で語りかける。
「キャロのことは、僕に任せてもらえませんか。どんな病気でも必ず、治してみせますから」
「エリオ……」
「女性だから仕方ないかもしれませんけど、フェイトさんはすぐ感情的になってあまり役に立ちそうもありませんし」
「うぐあっ!?」
「大丈夫です。これは僕達の問題でもあるんですから。お願いします」
「分かった……エリオに任せるよ」
「はい……あの、キャロの側にいってあげてもいいですか?」
「……うん。お願い、するね」
「はい。では」
たっと2、3歩走りかけたエリオだったが、一度だけ立ち止まって悪戯っぽい笑顔で振り返る。
「フェイトさんも、まだまだ子供ですね」
「も、もう!この子は!」
走り去る少年の後姿を見送ってから、はぁ、としゃがみこんだまま、改めて落ち込んでいると――
「全く、どっちが小学生だかわかったもんじゃないな」
後ろの角から兄の声が遠慮がちに届く。
「おおおおおお、お兄ちゃん!いつからそこに」
「お前が生まれる前からだ」

そういって歩み寄るとぴたっと、アイスコーヒーの缶をフェイトの頬に当てる。
「あうっ」
壁に背をもたれかけさせるクロノに倣って、やっと立ち上がると、隣で缶の蓋を開けた。
一口飲んでから一息つくと、もう一度問いかける。
「……どこから、聞いてた?」
「可愛いですよ、のあたりだったかな」
「はううう」
今頃になって激しく真っ赤になる。
「全く、息子に慰められててどうするんだ」
「うん……だめだね、私」
「まあ、兄としては少し寂しくもあるのだが」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いや、気にするな。詮無きことだ。しかしまあ……任せていいんじゃないか」
「うん……そうだね……」
「あと、あまり思いつめるな。ルシエ嬢が追いつめられてしまったのは、お前だけのせいじゃない。俺達全員の責任なんだから」
「うん……ありがとう。お兄ちゃん」
やっと少しだけフェイトは微笑んだのだが、ここまで連射されていたお兄ちゃん、の威力がまとめて今頃届いたのか、激しく照れる。
「まままま、まぁ、ででで、できるかぎりのことは、し、してやらないと、いけないけどな」
「うん、そうだね」
くすくすと笑われる兄と、仲の良い妹は、やっとここでいつも通りに戻ったのであった。

 翌日の診断結果は、やはり境界性人格障害で間違いないという結果になった。精神分析もだが、状況があまりにも症例通りだった為である。
原因は、幼児期から孤独で実験動物の様に扱われていたことや、六課での戦闘、先日のテロにおける死に直面してしまったトラウマ、PTSD。
症状としては、性的欲求、それから自殺願望、隷属性、輪姦趣味――また頑張りすぎてしまう性格等、該当する部分はかなり多かった。
そして腕を切った、リストカットの直接的な原因は、エリオの拒絶もあったが、「大好きなフェイトさん」に頭ごなしに怒られたことが
大きかったらしく、自分のなかで自身の全否定に繋がったらしい、と言われフェイトは改めて落ち込む羽目になる。
本人にも病気のことは伝えるのだが、全く納得せず入院も薬もいらない、海鳴に帰ると言って聞かない。
エリオが一応心構えと対処の仕方と薬を受け取るが、何があってもルーテシアの見送りだけはすると言うので、仕方なく連れて行くことにした。
いつもの民族衣装のローブ姿のキャロと一緒に、フェイトとエリオもヘリの隣で待っていると、
これもまたいつも通りの長めの紫色を纏ったルーテシアがティアナに連れられてやってくる。
それなりに話を聞いていたルーテシアは、キャロを見つけると心配そうに駆け寄った。
「キャロ……ごめんね」
「ううん、大丈夫。気にしないで」
両の手を差し出し合うと、キャロの腕に巻かれている白い包帯が露になった。
ぎゅっと強く手を握り合って、じっと見つめあう。
「また……遊びに来るね」
「うん!」
「エリオも」
「うん」
少しの沈黙の後、エリオの唇を一瞬だけ奪って身を翻した。
「ばいばい」
ちょっと照れたエリオにキャロが少しだけ不満そうにするが、そこで何か騒動を起こすということはなく、
ヘリの中に乗っていくルーテシアを笑顔で手を振って見送る。
「では、フェイトさん、私も彼女を送ってから本局に戻ります」
「うん、お願いね。ティアナ」
「はい……キャロ、エリオ」
「はい」
「はい」
「よくわかんないけどさ……頑張んなさいよ」
「はい」
「ありがとうございます!」
「じゃあね」
ぴっ、と軽く指先を額に当ててそれに倣った3人に見送られながら、彼女もヘリに乗り込むとすぐに羽が回転を始めて、飛び立って行った。

 回転翼の音が静かに響いてくるヘリの中で、遠ざかっていく3人と地上を眺めてティアナだったが、
隣のルーテシアの位置からは見えないことに気づく。
「あ、見えるように場所かわ――」
振り向くと、ルーテシアのぎゅっと握り締めた白い手の甲に大きな雫が落ちていた。
「……大丈夫?」
「大丈夫……です」
そっと差し出されたティアナの手を押し返して、声もなく唇をかみ締めたままぽろぽろと涙を落としていく。
「薬にも毒にも……か」
感情を貰ってしまったティアナが、ごまかす様に少しだけ濡れた瞳を窓の外に向けると、
彼女の頭にもまた、昔六課に居た頃、優しくしてくれた誰かさんのことが思い浮かんだ。

 転送で直接送ってもらった2人と一匹は、海鳴の海岸公園で自信喪失中の保護者と別れて、
高町家に辿り着く頃には玄関に差し込む光もかなり黄色くなっていた。
静かに玄関をあけると、いつも通り気配に気づいた青いジーンズと白い長袖姿の美沙斗が出迎えていてくれていた。
「美沙斗さん、ただいま帰りました」
「……おかえり……エリオ、キャロ」
「ただいまです」
「ん……この……怪我は……?」
荷物を持っていた腕に白い包帯が巻かれているのにすぐに気づくのは、生業のせいもあろうが、
低い玄関のおかげで目線に入りやすかったこともあろう。
「……美沙斗、さん……」
「……うん?」
「み……さ……」
一筋、涙が流れると、そのまま彼女の体に抱きつく。
「……キャロ……ちゃん?」
「はう……うっ……うっ……」
ぎゅーっと抱きつきながら、静かだが激しく泣き始める。
その泣きようは10年分の涙全部と言わんばかりであった。
静かに頭を撫でられると、余計に顔を押し付けて感情を吐露していく。
「……みさとさん……みさとさん……」
何度も息を吸い込みながら、嗚咽を繰り返す。
そしてその度にぎゅっと腕に力が篭った。
優しく甘えさせている美沙斗ではあったが、事情がわかろうはずもない。
「……エリオ……これは……一体……?」
「ええと、なんていうか……」

 リビングでエリオが所在無く待っていると、ぱたり、と扉を閉めて美沙斗が帰ってくる。
「……眠ったよ」
「あ、はい……すいません」
彼女が隣に座ると、ぽつり、ぽつり、とエリオが事情を説明していく。
以前ひどく怖い目に何度も会っていること、その中で出会った友達と喧嘩してしまったこと、
その夜に腕を自傷したこと、そして病気のこと――勿論、交わったこともである。
静かに聞いていた美沙斗であったが、専門的な知識があるわけでもない。
「……よくわからない……けれど」
だが、結局行き着く問いは一つだけである。
「……エリオは……どうするんだい……?」
「僕は……」
一番近しく一番彼女のことをわかっているのは結局エリオ以外にはいない。
治すも治さないも、拾うも捨てるも彼次第である。
「僕は、何があっても治してみせます!」
「……うん……」
はっきりとした答えに頷く美沙斗だが、闇の中で生きてきた過去のある彼女からすれば、
理不尽な問いも必要であることはよく知っていて、厳しいことではあるが当然ありうる仮定を持ち出す。
「……もし……治らなかったら……どうする……?」

「そのときは……」
じっと自分の掌を見つめるエリオ。
「キャロが苦しんで苦しんで、どうにもならなくなったら……そのときは……僕の手で……」
「……そうか」
破りようのない沈黙が支配するが、先にそれを突破したのは、やはり年長者であった。
「……エリオなら……大丈夫さ」
「はい」
僅かな微笑みに、大きな勇気を貰いながら、しっかりと答えた。

 翌日、いつも通りに朝の鍛錬をこなし、ゆっくりと起き出してきてくれたキャロと一緒に朝食を取るまではよかったのだが、
朝食後一段落してもう一振り、と出て行こうとした美沙斗にキャロが抱きついて離れようとしない。
美由紀に呼ばれたエリオがキッチンに戻ってくると、まるで3歳児のように美沙斗にしがみついて離れない小さな手があった。
「……エリオ」
ほとほと困り果てたのか、説得も策も尽き果てた様子が表情でもはっきりと分かるほどである。
その隣の小さい桜色の髪に、優しくエリオは語りかけた。
「キャロ、美沙斗さんとちょっと練習してくるね」
「やーだー!」
幼い拒絶に女性2人は戸惑ってしまうが、彼は全く動じない。
「わがままはよくないよ?」
「私の好きなエリオ君はそんなこといわないもん」
「僕の好きなキャロもそんなこといわないよ?」
「うー……いいの?居ない間に手首とか切っちゃうかもしれないよ?死んじゃうかもしれないよ?」
大人2人がびくっとするのも無理はない。
「そんなことしたら、美味しいお昼も食べられなくなるし、美沙斗さんにも会えなくなるよ?それでもいい?」
「うー……やだ……」
「じゃ、ちょっと待ってようか」
「うううう」
優しく説得されて、続かなくなったキャロは最後の切り札と言わんばかりに否定を持ち出すが――
「エリオ君は私のこと嫌いにな」
「好きだよ」
持ち出し切る前に否定を否定されてしまう。
「はう……」
さすがに手を離すと、ようやくそれなりに現実的な回答に辿り着く。
「じゃ、じゃあ練習見ててもいい?」
「……それなら、まあ」
しょうがないね、となんとか苦笑いで落ち着いた美沙斗と共に、やっと道場に移動を開始する。

 昼食を終えると、いつか見つけた墓地の裏手にある広く静かな野原に2人で遊びに行く。
繋いでいた手を離して、たったったと走っていってしまう白いワンピースのキャロに呼びかける。
「転ばないように気をつけてー」
「うんー!」
とはいっても柔らかい草の上、軽い少女の体が転がった所でたいしたことにはならないのだが。
振り回す手に肘の近くまで巻かれた真っ白い包帯が緑に映えて、痛々しさが微塵も無く、何故かそれがとても綺麗だった。
やっとエリオが追いつくと、すっと腕を降ろして両の手を組む。
「エリオ君……」
「ん?」
素直な笑顔であったが、続く台詞は似ても似つかないものであった。
「私さ、壊れちゃってるみたいだから、いらなくなったら捨ててね」
「……キャロ」
「あー、できればー、殺してくれると嬉しいかも。ばらばらにして」
「……しないよ、そんなこと」
「ふふっ、嘘つかなくてもいいよ。こんな使えない体の女の子なんていらないでしょ」
「もう……」
「あ、ほら。今ちょっと呆れたでしょ?引いたでしょ?やっぱりいらないよね。ルーちゃんとかフェイトさんの方がいいもんね」
「きゃーろ」
「うん?」
言い放つ言葉と裏腹に、寂しさの宿る瞳の奥をそっと見つめてから、小さくキスをした。
「どこにもいかないし、見捨てたりなんてしないよ」
「えー……」
少しだけ、どうしようかな、と悩んだようであったが、思考は好転しなかったらしい。
「だめだよ、私、きっとエリオ君のこと不幸にしちゃうもん、いっぱいよくないこというもん」
「大丈夫だよ。キャロと一緒に居られないほうがずっと不幸だから」
「ぶー……」
なんでそこでむくれるのか素直に理解できず、苦笑いで答えたが、意外と意味はあったようで、そっと側に近寄ってくる。
「……ほんとに?ほんとにどこにも行かない?」
「行かないよ」
「うん、もしさ、邪魔になったら本当に殺してね。私、エリオ君がいなくなったら、死んじゃうから」
「キャロ……」
「一緒に居て、守りきれなくて、私が死んでしまってもそれでいいから。連れていって」
「うん……」
瞳の奥を見つめると、そこに明らかに狂気の宿った高揚感があって、エリオはわずかに逡巡したが刹那、それを消し去る。
女の子一人幸せに出来なくて、何が騎士か――。
そのまま、彼は目の前の純粋な瞳の魔物を、強く強くぎゅっと抱きしめた。

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目次:pure monster
著者:どっかのゲリラ兵

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