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「とらドラ・R!」-1-/MWM



1.
――何が一体どうなってんだ?

本日快晴。風もなし。
高校三年の始まりに相応しい絶好の始業式日和。そこまでは良かった。

「おっ、高須。今年も同じクラスになったな。よろしく。
……って、おい。大丈夫か?なにやら顔色が優れないようだが。」
「お、おう。大丈夫、だ。」

血の気が引いて、目眩で足元がふらつく感覚。
それを何とか堪えて、自分に声を掛けてきた親友、北村祐作に返事をする。

何かの間違いであってくれ――
縋るようにもう一度。クラス割りの掲示板を見る。
……もう一度。もう一回、もう一回……
竜児の思い空しく、何回見てもその内容は変わらない。

「な、なぁ、北村。今年は西暦何年だ?」
「……寝ぼけておるのか?それとも、引っ掛け問題か何かか?」
「いや、普通に答えてくれればいい。頼む。」

怪訝な顔をした後、北村は当然のごとく答える。一年前の西暦を。
止めを刺された気分だった。

「何で……」
「ほら、高須。ボサっとしてないで早く教室に行くぞ。
いざ俺たちの新しいクラス、2年C組の教室へ!」

何で一年前に戻ってるんだ……?

***

高須くん、すげえ迫力。つか、噂以上じゃないか…?
あぁ。なんか同じ教室にいるだけで息が苦しくなって……
おい、お前。話しかけてこいよ。
ムリムリ。あんなん命がいくらあっても足りないって――

「はぁ……」

いつもの2−Cの教室。
一年前と全く同じクラスメイトたちから向けられる視線にため息をつく。
何やら一年前より酷くなっている気もするが……自業自得なのかも知れない。

「なぁ、高須。本当に大丈夫か?何か悩みでもあるんじゃないか?
俺でよかったら相談に乗ってやりたいんだが……」

見るに見かねたのか、北村が声を掛けてくる。

「いや、だから大丈夫だって。何でもねーから。マジで。」
「それなら良いんだが。とりあえず、その暗いオーラを何とかしてはくれないか?
クラスの奴らが変に誤解を深めてしまう。」
「お、おう。すまねぇ……はぁ。」

そう言いながらも、竜児のため息は止まらない。
叫び狂いたい衝動を腹の底に押し込んだ代わりに腹から出てくるのは諦めのため息。
竜児がため息の一つごとに教室の重力が一段、また一段と重くなる。
北村もどう声を掛ければ良いのやら、と思い悩む。

「やっ、北村くん!」

そこに、一人の女子生徒が二人の会話に割って入ってきた。

「おぉ、櫛枝。お前も同じクラスだったのか。」
「あれ、今気付いたの?もー冷たいなぁ。」
「ははは、すまんすまん。」

重い空気もなんのその。というか、当の本人はそんなの気付いてもいなかったろう。
暗闇を照らし出すような暖かくて眩しい笑顔、その輝きは以前と全く変わりはしない。
そんな笑顔の持ち主、そしてあの日、永遠の絆を誓い合った大切な友人――

「おう、櫛枝。」
「ふぇ?」

櫛枝実乃梨は素っ頓狂な声をあげる。その反応を見て、しまったと気付く。
もしこれが一年前と同じならば、これが実乃梨との初会話のはずで。

「ありり?ユノミ?」
「は?ゆ、湯飲み?」
「You know me?私のこと知っとるんかい、と聞きたかったわけだよ。
いや、たまにニアミスしてただけだし、私のこと知らぬ存ぜぬだと思っとったからさ。」
「あ。い、いや、その……」
「あー、いやいや。別に責めてるわけじゃないよ?てゆーか……けっこう嬉しいかもだし、さ。」
「え?」
「っとと、向こうから私を呼ぶ声がっ!そいじゃ北村くんに高須くん、一年間よろしくサンサン!」

教室の外から自分を呼ぶ声に敏感に反応、嵐のごとく去っていく。

「相変わらずだな、櫛枝は。」
「おう、そうだな。」

実乃梨らしい動作に何だか安心してしまう。一方、何かが前と微妙に違う気も……
なんて考えてる途中、北村がニマニマ顔でこちらを見ているのに気付く。

「な、なんだよ。」
「いや?高須にとっては実に幸先の良いスタートだな、と思ってな。いやぁ羨ましい限りだ。」
「はぁ?どこがだよ。」

現状にあまりに似つかわしくない発言に思わず北村を睨んでしまう。
この状況が幸先の良いように見えるなら、そいつはアホか天然の超鈍感野郎のどちらかだ。

と、そこまで考えて竜児は思い出す。そうだった。
こいつは最高に良いヤツだが反面、犯罪級の鈍感・天然野郎だっ――

「どこが、って……だってお前、櫛枝のことが好きってこの前、」

予想以上だった。

「な、なな!?何を言ってんだ、お前!?」

国宝級の天然記念物がごくごく自然に、爆弾発言をぶちかますのを大慌てて遮る。

「あぁ、悪い悪い!こんな公衆の面前で公言しかけるとは俺もとんだ粗相を!」

いや、思いっきり公言してるし!しかも――!!

「はっはっは、まぁとにかく頑張れよ、高須!俺はお前のこと応援してるからな!」

ポンと竜児の肩を叩いて、笑いながら教室の外へ消えていく。
竜児は頭を抱える。北村よ。お前は何て鈍感で、間が悪くて……

「なんて空気が読めない野郎なんだ…」

第一、そんなこと一年前の段階で誰かに口走った覚えも竜児にはない。
単に一年前を繰り返してるだけじゃないのか?なんて新たな疑問に頭を抱えたのも束の間、

ちょっと今の聞いた!?高須くん、櫛枝さんのことが好きなんだって?
まるおのデマじゃないの?でも、ホントなら……ちょっと意外かも。
櫛枝さんけっこう可愛いし、まるおウソ言うキャラじゃないし、絶対マジっしょ!

噂を聞きつけ、騒ぎ立てるクラスメイトの声が竜児の思考を問答無用で中断させる。
気がつけば、クラス中の注目の的となっていた。
竜児に向けられる視線は先程までの恐怖のそれから好奇のそれに早変わり。
さすが匠、北村祐作の業はやはり一味違う。
……これならまだヤンキー高須として恐れられていた方がマシだった。
竜児は一時退散を決め込んで廊下に飛び出す。が、

「っつ……?」

そこに、ぼふんと腹に軽い衝撃。
――上も左右も見ることもなく、真っ先に見下ろす。

「大、が?」

案の定、そいつが立っていた。一年前と同じように立っていた。
全く同じ構図に思わずぷっと笑い出したくなるくらいな形でそいつが。
逢いたかった。逢って話がしたかった。逢ってこの胸で抱きしめたかった。
そいつがすぐ目の前に。

「大河、大河じゃねぇか!!おい、一体いつ戻ってきたんだ……っ!?」
「誰よ、あんた。」
「えっ……?」

思考が止まる。竜児の頭が一瞬にして氷点下にまで冷やされる。
それでやっと。やっとしまったと気付く。櫛枝に引き続き、またやっちまったと。
しかも、今度の相手は絶対にやっちまってはいけない相手だと。

何せこいつは――

「私はお前のことなんて知らない。」
「う、お……」

殺気をむき出しにした視線を全身に浴びる。
その視線は一年前よりも力が込められていて、

「鬱陶しい、馴れ馴れしい。今度、近づいてきたらぶっ殺すよ。」

なす術もなく。尻餅をついて、へたれ込む。
手乗りタイガー逢坂大河はやはり獰猛で圧倒的だった。

「ふん。」

侮蔑の視線でこちらを一瞥して、大河はズンズンと教室に入っていく。
動くことも言葉を発することもできないまま呆然とそれを見届ける。

周囲が騒がしい。やれ手乗りタイガーの先勝だのと盛り上がってる。
が、竜児はそんな喧騒に意識を回すことすら出来ない。
ただただ絶望に打ちのめされたまま教室の入り口を眺めて、

「そっか、そうだよな。大河、やっぱりお前も……」

何も覚えてねぇんだな。
それだけ。しゃがみこんだまま何とかそれだけポツリと呟く。

その後、教室へ戻ってきた北村に手を差し伸べられるまで、その場から立ち上がれなかった。


2.
「……はぁ。」
盛大にため息を一つ。
「はぁ……」
もう一つ。また一つ……ここ数日、竜児のため息が止まらない。

本来ならば三年生として慌しいながらもそれなりに充実した日々を送るものと思っていた。
会いたい人との再会を待ち焦がれながらの毎日を過ごすことになると思っていた。
が、蓋を開けてみればどうだ。
一年前と全く同じクラスでこれまた変わらないクラスメイトと担任と顔を合わせ。
帰宅後、新聞の日付を見て現実を拒絶しようにも、やっぱり一年前の日付になっていて。
そして、一年前に葬り去ったはずのカビと感動の再会を果たし、高須棒で再びオサラバして。
そして何より。大河と再会を果たしたと思ったら、実はこれが初対面だった?

「はぁ。」
数日でこのザマだ。それでもって、

今日も高須くん。恋するセンチメンタルなんだね……
センチメンタルなヤンキー、略してセンキー。うーん、何か絵になるよなぁ。

ため息の止まぬ竜児をクラスメイトはセンチメンタル症候群たる病気と解釈しているようで。
櫛枝実乃梨への言葉にならぬ想いが溢れ出たもの、それがため息……だとか。
そんなステキ解釈がクラス内では通説となっているらしく、

「はぁ……」
それが竜児のため息をまた一つ増やす。
いっそのこと窓からノーロープバンジーでもぶちかましたい。
なんて考えながら、ぼうっと外を眺める。

「や、高須くん。大丈夫?なんか元気ないよ?」
ひょっこり竜児の前に顔を出して、声をかけてきたのは、
「お、おう。櫛枝、さん。大丈夫、だと思うぞ。うん。」
センチメンタル症候群の源泉と噂される少女、櫛枝実乃梨その人であった。
何はともあれ、馴れ馴れしく呼び捨て、なんてヘマをまた繰り返すわけにはいかない。
そう考え、竜児は邪悪な笑みを不気味に……いや、愛想笑いを精一杯に浮かべて答える。
「ホントにぃ?なんか『アイキャンフラーイ!!』とか叫びながらグラウンドにダイブしそうに見えたけど。」
「うっ」
「『うっ』って、あんた図星かい。むむ〜〜、こいつぁ一体どうしたもんですかねぇー…」
あごに手を当て、顔をしかめ、実乃梨はムダに深刻そうに悩んでみせる。そして、

「うし、そんな高須くんには……じゃんっ。」
数枚の写真を竜児に手渡す。
「こいつを見てくれ。どう思う?」
それは、竜児にとっては物凄ーく見覚えがある写真。
「何つーか、すごくバケツプリン…だな。」
「そのトゥーリオだぜ、田中くんや。」
「誰だよ、田中くんって。」
「さぁ?誰でしょう。」
素っ頓狂な発言をしたかと思えば、すっ呆ける。
相変わらずの実乃梨ワールドに引き込まれかけるが、竜児は本題がそこにないことに気付く。

「……で、この写真はバケツプリンなわけだが。」
「ふむ。こいつを見たら大方の悩みなんてアホらしくなると思うわけですよ。」
女の欲望番外地……それがバケツプリン、てなわけで。
と、竜児の持つ手から写真をひょいと抜き取る。
「その写真、受け取って下さいまし。」
残った一枚の写真を指差して、そう告げる。
「……は?え?」
「高須くんに進呈します。似るなり焼くなり。」
「え、や、でも……」
「――っとぉ、大河発見!HEY,HEY大河!」
竜児の返事を聞かぬまま、行ってしまう。まさしく風のごとき勢いで。
そして、大河に絡み付く実乃梨を遠目から眺めて、やっぱり仲良いんだな。
と少し微笑ましい気分になる。何だかさっきよりは気分が紛れたような気がする、が。

自分の右手に残された一枚の写真に視線を移して、竜児はどうしたもんかと思う。
……まぁ、くれると言ったものをわざわざ返すのもなんだ。
というわけで、実乃梨の写ったバケツプリンたるシュールな写真をもらっておくことに決めたのだが。

高須のやつ、櫛枝の写真を鞄に入れたな。ナニに使うかは自明なわけだが。
まぁ……明らかだよね。てか、アイツらマジで仲よさげじゃん?ゴールイン近いかも?
まじ?クラス替えしていきなりカップル誕生?うほっ、ザクザクホレホレしてきたよ、俺!
……それ、ワクワクテカテカじゃね?

クラスの連中のニマニマした視線とヒソヒソ声が全身にまとわりついてくる。
実乃梨との会話で多少は紛れた、ような気がした気分も一瞬にして元通り。
「はぁ……」
こうなっては居心地が悪いと判断、竜児は廊下へと足を向けたのだが。

「相変わらず注目の的ね、高須くん。」
その矢先。一人の女子が竜児を呼び止める。
「お、おう?ま、まぁ、決して良い意味の注目じゃあなさそうだがな。」
無難に返事をしながら竜児の頭に疑問符が浮かぶ。
「ふふ、確かに。注目されすぎて居心地悪いってのも考え物よね。」
あまり接点のないこいつが自分に話しかけてくるなんて珍しい。
長い髪をなびかせ、物柔らかに相槌を打つ彼女の真意が竜児には全く予想もつかない。
「ところで、私のことは呼び捨てで構わないよ?つい先日までそうだったんだし。」
「おう……っ、な!?」
「ふふ。詳しいことは場所を変えて話しましょう?」
そう言って、香椎奈々子は穏やかに、そして不敵に笑った。


続く

このページへのコメント

おもしろいです!
逆行物のss少ないんで期待してます!
更新楽しみです!

0
Posted by ぐわあー 2011年07月29日(金) 11:06:45 返信

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