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『それぞれの今』【1】/ラミリア


「・・・」
薄手のカーテンから差し込む光は淡く、ゆっくりと微睡みを与えながら、静かに静かに、開いた目蓋に彩りを映し込ませる。
「・・・」
まだ完全に覚めきっていない思考の中、ゆっくりと左手を天井に向かって持ち上げる。
ポスン。
そのまま真横へと落としてみたら、予想どおり枕に沈んだ。
案の定、温もり皆無の。
「・・・」
実乃梨は、面白くもなさそうに半身を起こすと、一つ大きく伸びをした。


『それぞれの今』


トントンと螺旋状になった階段を降りていくと、ちょうど中程で、微かなコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。
実乃梨はそのまま立ち止まると、顔をあげてキッチンを見た。
「・・・」
久し振りに見る情景に、実乃梨の顔が思わず綻んだ。小さなダイニングキッチン。
その約中央で、こちらに背を向けている一人の男を見つめて。
そこで視線を感じたのか、キッチンに居た主・・・高須竜児が軽く振り返った。

驚いて実乃梨が思わず声を出す。
「あ・・・お、おはよ」
「おう、はよ。なんだもう起きたのか?」
「う、うん」
「もう少し寝てて良かったんだぞ?昨日は遅かったんだから」
朝飯出来たらちゃんと起こしてやるし。
てきぱきと料理の準備をしながら竜児が階段を降りてきた実乃梨に笑いかけた。
笑顔を返しながら、実乃梨が首を軽く振る。
「いやいやぁ。久しぶりに奥さんと過ごせるオフなんだよ?のんびり寝てるなんて勿体無くて、とてもとても」
「誰が奥さんだ?」
コポコポ音を立ててるコーヒーメーカーを手に取ると、竜児は手際よく実乃梨のカップに注ぐ。
ぺたぺたとフローリングの床を裸足で歩いて、キッチンのテーブルに実乃梨が座ると同時に、コーヒーが目の前に置かれた。
「ん・・・」
そのまま軽いキス。
「あらためておはよう」
「おはよ」
ニッコリと笑いあって、竜児はかけたままのフライパンへ戻る。
その背を嬉しそうに見送りながら、実乃梨がコーヒーを一口飲んだ。
「ぐへっ!」
いきなり聞こえた奇声に、思わず竜児が振り返る。
「おいおいなにやってんだ?」
「ブ、ブラックで飲んじゃった・・・」
げへげへと咽ている実乃梨を見ながら、竜児ぷっと吹き出した。
「帰ってきて早々、飽きさせない奴だな」
フライパンを電気調理器からおろすと、グラスに水を注ぐ。
くっくっと笑いながら、実乃梨にそれを差し出した。
「やっぱいいな。お前がいる朝ってのは」
「・・・こうやって笑いを提供するからかい?」
「それもある」
うっわ、ひっどー!!と、大げさに声をあげる実乃梨に、また笑いが零れる。
結婚して3年目。
オリンピックソフト日本代表の久々のオフ、はこうして朝を迎えた。

「てゆーか、起きたとき隣に居ないとかってどーなのさ?」
ガツガツとポテトサラダを口に運びながら、実乃梨は愚痴を並びたてる。
「し・か・も、布団に竜児君の体温絶対零度って、どんだけ前に起きてんだ?前略夜明け前か?」
「・・・いや、絶対零度は摂氏−273.15って決まってるから、その表現はおか・・・」
「なにか文句でも?」
「・・・ありません」
じろりと見られて即座に否定。
誤魔化すようにコーヒーを一口。
なら良しと言いながら、実乃梨は食事を続ける。
それを、起き抜けなのに良く食べるなー・・・と内心感心しながら、竜児が微笑む。
「大体さ、竜児君は女心がわかってないよ」
実乃梨のために、わざわざ大笹牧場から取り寄せたソーセージをぱくつきながら、実乃梨の口はますます止まらない。
「起きたときに、『おはよ』『あ、おはよ』『おはようのチュウ』『んー』、なーんて流れがあっても良くない?それをさ、1人でさっさと起きだして、こんなおいしい朝ご飯作って・・・んむ」
そこで、差し出されたオレンジジュースをコクコクと飲む。
「・・・ぷぁ。たまに帰ってきて久々で過ごす朝なんだから、もーちょっと余韻とかなんとか・・・」
「実乃梨。口の横ついてる」
ぺろ。
竜児が軽く腰を上げてそれを舐めとる。
「ありがと」
軽く礼を言って、トーストの4枚目に手を伸ばす。
既に竜児によってたっぷりバターとマーマレードは塗られている。
「あむ・・・。しょれであひゃひがなにをひいひゃいひゃってひゅうと・・・」
「まず飲み込め」
「ふぁい」
むぐむぐ、ごくん。
「あむ・・・。ひょれで・・・」
「また食ったら同じだろーが」
苦笑しながら、竜児がもう一口コーヒーを傾けた。
「聞いてやるから、まずは俺渾身の朝飯を堪能しろ。お前のために張り切って作ったんだからな?」
「あい」
パクパクと食べる手を休めぬままに、実乃梨がシュタッと敬礼した。
そのまま食事に没頭する実乃梨に、竜児が嬉しそうに微笑んだ。

「ぷあー食った食ったぁ」
満足そうにお腹を撫でながら、実乃梨はソファーへボフッとダイブした。
「こーら。食べてすぐ寝たら牛になるぞ?」
カチャカチャと食べおわった食器を集めながら、竜児が渋い顔をする。
その顔に向かい、実乃梨が「大丈夫なのさ」と人差し指をチッチッと振るう。
「知らないのかい?バッファローマンは1000万パワーなんだよ?」
「何の話だ?」
思わず軽くツッコミながら、竜児が紅茶を載せたトレイをガラス製のテーブルに置いた。
そのまま自分は床に座ると、ポットからお互いのカップへ紅茶を注ぐ。
シロン産の茶葉の香りが、部屋の中にほのかに香る。
実乃梨のカップに砂糖3個、ミルク二つを入れてかき混ぜた。
「ほら」
「ありがと」
それを寝転がったまま受け取ると、実乃梨がにんまりと微笑んだ。
「なんだよ?」
その顔を少し照れたように見返しながら、竜児はお手製のスコーンを中央に置いた。
早速それに手を付けながら、実乃梨が、それはもう嬉しそうに言った。
「いやー。ほんっと、いーい嫁をもらったもんだなーとしみじみ思ってね」
「・・・俺、嫁か?」
「そりゃ嫁さ」
当たり前のように断言する実乃梨。
そうして二人同時に吹き出した。

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