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マヨラー ◆HU7XfvOYA2



見えないけれど、確かに存在するものがある。



愛とか

恋とか

怒りとか

意地とか

淋しさとか

君の気持ちとか

私の気持ちとか


分からない事だらけだけれど。


きっとそれは、確かに存在するんだ。





『恋に恋い焦がれ恋に泣く』





12月24日…

今にも空から、サンタのソリの鈴の音が聞こえてきそうな夜…。

生まれて始めて体験する、ホワイトクリスマスだった。


《お前と一緒に過ごしたいから!!》


《UFOも幽霊も…やっぱり私には見えなくてもいいって思うんだ…。…見えない方がいいみたい…。》


頭の中で繰り返し再生される、彼の声、私の声。

心に突き刺さるは、想いの欠片。

忘れると決めた、捨てると決めた想いの欠片。

忘れたと思っていた、捨てたと思っていた想いの欠片。


でも、忘れられなかった。
捨てられなかった。


今も私の胸の中にある、確かな想い。


ひび割れていて、傷だらけで、トゲトゲした想い。


その輝く想いをなんとかして壊そうと、今まで何度も試みてみた。


でも、その想いに傷を入れれば入れるほど、その輝きは傷で乱反射して、輝きを増していく。



もう、どうしていいのか……



分からないや…。



分からない…ッ。



分からない…よ…。



初恋の切なさが

哀しさが

寂しさが


色んな想いが交差して…

冬空の下、世界の中心で独り涙を流した。




「アハハ、おいおい見てみろよ実乃梨ぃ〜、こんなとこで泣いてるお馬鹿ちゃんがいるぜ〜…。」




わざとお茶らけた口調で独り呟いてみても、心は一向に晴れそうに無い。


もうすぐ家に着くのに、そのあと少しの距離がとても遠く感じられた。



「…………ぅぅ。」



溢れる涙が激しくなると同時に、膝の力がガクッと抜ける。

我ながら情けないが、立っているのも辛くなってきた。


誰もいない道ではあったが、さすがに道の真ん中で座り込むのはマズイと思い、ヨロヨロとした足取りで電柱の下まで行き、そのまま電柱に体重を預けた。


無機質な電柱の冷たさが、上気した頬を冷やす。




「ホント……馬鹿…。」




冷えた手に息を吹き掛けながら呟いた、そんな時だった。

ふと背後から聞こえた声は、私のよく知る人物のものだった。




「そんな事…ねぇと思うぞ?」



「………え…ッ?」




凶悪な顔…と一般人ならば思うらしい顔、それと相反するような可愛い熊の着ぐるみ。

先程学校前で別れたばかりの高須 竜児その人だった。


そう、先程学校前で決別の言葉を投げ掛けた相手…


この涙の元凶…。


今一番逢ってはいけない筈の人間だ。



幸い、彼に背中を向けているので涙は見られていない。


さりげない、自然な動作で目尻に溜まった心の雫を拭き取り、慌てて返事する。


「ゆ、勇者高須!!?何故ここにいるのじゃ???」


「……櫛枝…。」



いつになく、彼の声が低く聞こえた。



「泣いて…たのか?」



ゆっくり、慎重に言葉を選んでいるような…
そんな感じだった。

会ってすぐ、泣いていた事を見抜かれた事に驚きを隠せなかった。



「あ、アハハ、何の事だい高須君?私は泣いたりしないぜ〜?」


「でも、声震えてるぞ?」


「…………ッ!」



何で?
何でなの?

別れを告げた筈だ。

止めを差した筈だ。

なのに何で、目の前に君がいる?


私の心を読んだかのように、高須君が口を開く。



「勇者高須は、あの程度じゃ死なねぇ。だって、俺はまだ…何も言ってねぇ…言わなきゃいけねぇ事が残ってる。それを言うまでは…死んでも死にきれねぇ。」





「いいよ、無理に言わなくても…。」


「いや、言わなきゃ駄目なんだ。伝えなきゃ…駄目なんだ。聞いてくれ、櫛枝。」


「駄目だよ…私は……聞きたくない。」


「じゃあ、言い方を変える。聞け、櫛枝。」


「嫌だ、私は聞かない!!!」



これ以上は、この場にいられない。

逃げるように踵を返してその場から走り去ろうとした。



「待て!!!櫛枝!!!」


高須君が私の腕を掴む。



「…………ッ!」



掴まれた腕。

繋がった彼の腕から伝わってきたのは、震えだった。

高須君の腕は、震えていた。



「………高須…君?」


「…ハハ、みっともねぇよな…。震えが止まらねぇ。」



俯きながら呟く彼。

震えながらもしっかり掴まれた腕。

私はただ、動けないでいた。




「自分がしてる事が正しいのかも分からねぇ、仮に正しかったとしても…結果が付いてくるとは限らねぇ。その先で、俺とお前の関係が壊れちまうんじゃねぇかって…お前がどっか遠くに行っちまうんじゃねぇかって…壊れた関係は、元には戻せねぇんじゃないかって…。それを考えると、先に進むのが怖くて怖くてたまらねぇ。」


高須君が顔を上げる。

彼の眼が私の眼を捉えた。


「でも、ビビっても無駄だろ?だから…」

「……ッ!」

「弱気はかっ飛ばす!!」


ハッキリと、覚えている。

弱気など全て吹き飛ばして、ただただ前に進んでいた、あの頃の私。

今の私は…弱気に負け、ただただ後ろに下がるだけ。


…逃げているだけだった。


「それを教えてくれたのは…櫛枝だろ。」


でも、やはり逃げるより道は無いんだ。

それが一番、正しい道なのだ。


「でも……やっぱ駄目だよ。前には進めない…。だって…怖いから…っ。きっと、私が前に進むのは間違いだって…進んじゃいけないんだって…そう思うから。」

「………。」

「犠牲バントだよ…。勿論、私だってホームランとか狙ってみたいって、思った事もあった…。でもチームが勝って皆が幸せになる為には、私は犠牲バントをするべきなの。私は四番じゃ無い…ホームランは四番の選手が…、私よりもっと相応しい選手が打つべきなんだよ…。」


自分の手を開いて、その手の平を見詰めた。
そして力無く苦笑いし、また手を閉じる。


「アハハ、いきなり変な話してゴメンね…訳、分かんないよね…。」

「…いや、大丈夫。多分、ちゃんと伝わってると思う。でもな…。」


高須君の眼が、私の眼を見据える。


「間違ってるだろ、そんなの!…俺だって、最初は前に進むのが怖かった。でも、支えてくれる奴がいたから…応援してくれる奴がいたから…大河がいてくれたから、俺は前に進もうと思えた!」


彼の口から彼女の名前が出た瞬間、冬空の下泣き崩れていた大河の姿が脳に浮かび上がる。
気付けば、大声を張り上げていた。


「でも、その大河は泣いてたッ!!高須君、君の名前をずっと呼んでたんだよ!!?ずっとずっと、竜児竜児竜児って君の事を呼んでた!!大河にはあんたが必要なんだよ、高須君!!私なんかじゃなくて、大河の所に居てやるべきなんだよ…ッッ!!!!」

「女一人泣かせてんだ!!!!!!!」


私の声を掻き消す様に、高須君が怒鳴った。

そのあまりの気迫に、私の肩がビクッと跳ねる。


「それがアイツの"覚悟"だ!!!全て分かってて…ッ正面から向き合って、小せえ頭で必死に考えて、辛くて辛くて……それでも、アイツは逃げなかった!!全て受け止めた上で、俺を送り出してくれたッ!!!」

「………ッ。」


激しく言い合って、息遣いが激しくなった私達の口から白い吐息が漏れ、上空に登っていく。

高須君のあまりの迫力に、私は何も言い返す事ができなかった。


「別れ際のあの顔見たら、いくら俺でも分かるぞ…泣くって。でも、だからこそ、俺は伝えなきゃなんねぇ。アイツの想いを無駄にしない為にも……逃げるなんて、絶対に出来ねぇ。」


高須君は私の腕を掴んでいた腕を離し、代わりに私の両肩を掴んだ。


「…俺と櫛枝の試合だろ?他の誰でもねぇ、俺達の試合だ。9回裏・0対0・フルカウントランナーなし。ピッチャー…高須竜児。バッターは1番、櫛枝実乃梨だ。」

「………っ。」

「俺が今、マウンドに立ててるのは、大河がいてくれたから…。今も観客席で応援してくれてるアイツの為にも、俺は全力で球を投げる!…だから櫛枝、お前も…全力のフルスイングで応えてくれよ…ッ!!」


紅く染まった彼の頬。

決意の眼差し。

その視線から逃れる事は最早出来ず、ただただ私の眼からは涙が溢れた。


「高須……君…ッ」

「櫛枝…」


天から降り注いだ粉雪が私の頬に落ちて溶けた。

初恋の味は、オレンジの味がした。


「櫛枝……お前の事が…好きだ。」




「高須……君…ッ」


膝の力が抜けた。

体制が崩れ、倒れそうになる。


「櫛枝ッ!!?」


とっさに高須君の腕が飛んできて、私の体を、心を捕まえる。


「高須君……高須君…ッ」

「おう。」


彼の温もりの中で、ひたすらその名を呼んだ。
恋い焦がれた彼の胸の中は、意外に広くて、暖かかった。


「高須君……高須…君…ッ…」

「聞いてるよ。」

「高須君……」

「いるよ。」


冬の寒さが、彼の存在を際立たせた。

冷たさの中で、彼だけが暖かかった。


「ごめん……もうちょっと…もうちょっとだけ…このまま…。」

「おう。」


ギュッと、苦しいくらいに抱き締められている。

その暖かさは、きっとUFOや幽霊なんかじゃなくて、本物だったんだ。


人生初めてのホワイトクリスマス…

それは愛しい人の胸の暖かさを覚えた夜だった…





畳の香り。

質素なテーブル。

そのテーブルの上に、作りたてのチャーハンが置かれた。


「ほら、食べろよ?暖まるぞ…?」


そう言いながら高須君は、テーブルを挟んで私と向かいの位置に座った。


風邪引いたら困るから、とりあえず暖かい部屋でゆっくり話そう。

そう言って、彼は私をここ高須家に招き入れた。


「…………。」


部屋に沈黙が走る。

気まずくなって高須君の顔を見ると、丁度向こうもこちらの様子を伺おうとしたのか、目線がぶつかる。

でも、先程の事を思い出すと、恥ずかしくて目を合わせられなかった。


自分の頬が熱を持っているのが分かった。


「……どうしたんだ?食べないのか…?」


二人だけの部屋に、高須君の声が響いた。


「……やっぱり…私は…。」


想いは、揺らいでいた。


恋をするという事を初めて知った。

その恋が、叶わないものだと知った。

叶えてはいけないものだと知った。

高須君の気持ちを知った。

大河の覚悟も知った。


でも、それでも、気持ちは揺らぐ。

いつも高須君の横で笑っていた大河の姿が…

冬空の下、泣いていた大河の姿が頭に浮かぶ。


「…このチャーハン……大河が初めてここに来たときに食べさせてやったんだ。」

「……え?」


ふと開かれた高須君の口。


「ちょっとした勘違いでアイツが…その…俺の記憶を飛ばそうとしてだな…。誤解を解いたとたん、空腹でぶっ倒れやがってさ、チャーハン作ってやったら一瞬で平らげて…そんで、次の日から毎日のように飯食いに来るようになって……。」


居間の横扉に貼られた小さなピンク色の紙を見ながら、懐かしそうな口調で話す彼。

再びこちらに顔を戻すと、前髪を弄りながら言った。



「って、俺は何でこんな話してんだ…?あ、んなことよりチャーハン、早くしないと冷めるぞ?食わないなら俺が食っちまうぞ、勿体無いからな。」



そう言って私の目の前のチャーハンとスプーンを自分の元に引き寄せると、"頂きます"と静かに言って本当に口に一口目を運んだ。



「うむ、我ながら完璧な出来だ…!!」



嬉しそうに言う高須君。

そんな彼の顔を見ていた私の心の中で何かが外れる音がした。


さっきまでごちゃごちゃしていた私の心だったが、今は違った。

まるで引越し前の部屋の様に空っぽな心。

その心の部屋に唯一置かれた家具は、彼が好きだという感情だけだった。



《ぐぅぅ〜〜…ッ》



心の重りが外れた途端、急に空腹が襲ってきた。


「おっ、どうした腹減ってきたか?」


「アハハ、なんだか私も高須シェフのチャーハンが食べたくなっちゃったみたいだね…」


「おう、じゃあ今持ってくるから待ってろ。」


そう言って彼が立ち上がって台所に向かおうとした時だった。


「…頂きます。」


「……え?」



無意識に、彼が使った…

彼が口付けたスプーンを手に取り、食べかけのチャーハンを口に運んだ。



「ちょっ……櫛枝!?何やって…それ俺が……ッ!!」


顔を真っ赤にして驚く高須君の顔が見えたが、自分自身が一番驚いていた。


口の中に徐々に広がるチャーハンの味。

驚く程美味しくて、目を見開いた。


ゆっくりそれを飲み込む。

お腹の中に、確かな暖かさを感じた。



「…美味しい……。」


声が震えていた。


「美味しくて……美味しくて…暖かくて……高須君の味がする……。」



「なッ……俺の…味ッ?」



何度も何度もチャーハンを口に運ぶ、その度に…
チャーハンの味以外に塩っからい味が混じっていく。

その事実が、私が泣いている事を裏付けた。


泣かないと誓った筈なのに…

涙腺崩壊中なのです。



「高須……君…。」


「おう…ッ!?」



この……想いを…。

ずっと胸に秘めた…この想いを…。

伝えさせてくれて、ありがとう。


ありがとう…。



「好き……だよぉ…ッ。」




「………ッ!!」


「好き……。高須君が……好き…なの…ッ!!」



恋に恋い焦がれ、幽霊を探した日々…。

見つけてはいけないと、探すのを止めた日々…。

もう見ることは出来ないと、恋に泣いた日々…。


そして今日、愛しい人の味を知った日…。



「……櫛枝…。」



背中に手が回された。


さっきと同じくらい暖かい彼の胸と…。

さっきよりも熱い私の顔が、そこにはあった。



「…好きだ。」



重ねられた唇。

もう二度と離れない様にと…

お互いの味をお互いに刻み合う。


…初めてのキスは、チャーハンの味がした。


なんて思った後、チャーハンの味のキスってなんか変だなって思って、笑いそうになったのは内緒のお話。




時計は11時を指していた。


「ごちそうさまでしたぁ。」


「お粗末さまでした…っと。」



私の食器と自分の食器を重ねて、台所に運ぶ高須君。

食器洗いなら手伝うと言ったのだが、フライパンとまな板と二人分の皿だけしかないから大丈夫、と言われ、私は相変わらず座ったままだった。


二人しかいない高須家に、水道から水が流れる音だけが響いていた。


そんな彼の背中に、ふと話しかけてみる。



「ねぇ、高須君…?」


「おう?」



振り向かずに返事をする彼。



「私……大丈夫かな?」


「何がだ?」


「あのね…また前みたいに戻っちゃわないかな…って。今は高須君の事…その……好き…なんだけど、家に帰って…一人になって、寝て……起きたら、高須君に告白した自分に罪悪感感じちゃったりとか…。せっかく知ることができた、高須君の温もりを忘れてたりとか…。」


「大丈夫だろ?少なくとも、俺は絶対に櫛枝の温もり…忘れたりなんかしないから。」


「………うん。」



キュッ、と高須君が水道の蛇口を閉める音がした。

タオルで手を拭き、こっちにまっすぐ歩いてきた彼は、今度はテーブルの向かいではなく私の隣に座った。



「不安……か?」


「…うん、ちょっと…ね。」


「そう…か………。」



そう言ったあと、しばらく自分の手を眺めながら黙ってしまった高須君。


しばらくして、高須君は決意を固めたように拳を握り、顔を上げると不意に私を押し倒してきた。



「…く、櫛枝!」


「きゃ…ッ!?えっ、ちょっと…高須君?」


丁度私に馬乗りなった高須君が、大きく息を吸った。


「…大丈夫だから。きっと、大丈夫。お前が不安なら…その…お、お前の不安なんか吹っ飛ぶぐらい、愛をやるから…。」


前髪から手を離しながら、彼が言う。


「櫛枝…この気持ち、お前の身体に刻んでやる…。」

「つ、つ、つまり、高須君が…プレイボーイに変身する訳で御座いますか……!?」

「ま、まぁそういう事なんだが……」


彼が何を言いたいのか、直ぐに理解した私の顔が、カァーッと熱くなる。



「あっ、いや!!やっぱり俺、変な事言ってるよな…ッ!スマン、忘れて…」


「いや、あの……高須君!!!」



彼の手を、握った。



「私…忘れたくないから……その…高須君を…刻み付けて欲しい…かも。」


「……櫛枝…。」


「その……高須君となら…私……。」



お互い、これ以上言葉を交わすことは無かった。


ただ、数秒見つめあって、気付いたら唇が重なってて、気付いたら…夜に堕ちていて…。



この夜、君の気持ちを、いっぱい…いっぱい感じた事は、きっと一生忘れることは無いだろう。

この身体に、たくさんの愛を刻んでもらったのだから。


愛しい人に抱かれた夜。

初めて誰かと肌を重ねた夜。

そんな、冬の日の夜が、確かにあった――…。


★★★★★★★★★★★★



気付いたら、自分の部屋だった。


朝日が高く昇っていて、携帯のカレンダーは25日を示していた。



「あれ…私…?」



まるで、何事も無かったかのように輝く朝日を見て、一瞬不安になった。

あれは夢だったのか、と。


しかし、すぐに安心した。
身体に刻まれた愛の証が、昨日の出来事を肯定していた。

行為の後特有の、身体に走るこの痛みさえも愛しく感じられた。



大丈夫、きっと、ずっと君の事が好き。

そう心の中で呟いた。



「高須君………」



窓を開けると、冷たい風が部屋の中に吹き込んだ。



「…好きだよ。」



やらなければならない事が、沢山ある。


二人で、大河に会って、話をしよう。


彼女がいたから、私達は一つになれた。


だから、彼女を独りにするわけにはいかない。


きっと、これから色々な事があると思う。

でも、きっと大丈夫。


独りじゃないから。


弱気は…かっ飛ばす。


きっと、大丈夫。


きっと、大丈夫。



初めての恋は…まだ始まったばかりだ。





……fin.

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