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「いやー、今日は冷えるな」
朝の通学路、珍しく大河から離れて1人で登校する竜二。
理由は簡単。
大河が風邪を引いたからだ。
「ここのところ寒暖の差が酷かったからな。あれだけ、気をつけろって言ったのに」
今日は、竜の隣に小さな虎はいない。
帰ったらお粥でも作ってやるか、そんな事を考えながら無人の空間が広がる隣に目をやる。
「おっはよう、高須くんっ!」
「おっ、と、きゅし、えだっ!?」
無人であると思った場所には誰であろう、元気印・櫛枝実乃梨。
竜二の想い人が満面の笑みで立っていた。
「わぁぉ。そこまで驚くかい?なんだいなんだい、朝からヤラしいことでも考えてたのかい、たかすきゅん」
「ちちちち違う!別に弱ってるところを襲おうなんて思ってねぇ!」
実乃梨に探るような眼を向けられ大慌てで否定するが、その否定でも自爆をかます。
「なんと!大河を襲うってのかい!?ヤらせはせん、ヤらせはせんぞ〜」
「ちょ、声がでかいって…」
「どうしてもというなら、俺の屍をこえてゆけ!」
会話の内容を周りの人に聞かれていないか大慌ての竜二に対して、実乃梨はニヤニヤ笑いを崩さない。
「ちょ、話を聞けって。そんなんじゃねぇから、見舞いに行くだけだから」
「おーみーまーいー。アレですなー。食欲のない大河の為に高須印のお粥を作るのですな?」
「あ、あぁ。それくらいしかできねーけど。だから、それくらいはしてやりてぇ」
ぽんっ、と小気味いい音を鳴らして実乃梨は手を打ち、あろうことかこうのたまった。
「食べれないって言う大河に口うつしでお粥を食べさせてー」
「んなワケねーだろ。なんでそんな話になるんだよ?」
「年頃の乙女は妄想少女なんだぜ?高須くん知らなかった?」
常識だぜ、とでも言い出しそうな実乃梨はどこまで冗談で言ってるのか、竜二は少し不安を募らせながらも、おう、と返すのがいっぱいだった。


「ええのう大河は。高須くんにこんな心配されて」
暫く歩いてから思い出したかのように実乃梨が呟いた。
偶然とはいえ、実乃梨とツーショット登校を決めることとなった竜二は内心ドキドキで、実乃梨の呟きもやっとのことで聞き取った。
「………あ、当たり前だろ。友達、なんだからよ」
竜二は少し照れながら、呟いた。目線が右下にぶれる。
そんな竜二を見て実乃梨はほぅ、とため息をついた。本当に、仲がいいんだね。実乃梨はフッと微笑むと
吐き出された息は白く拡散する。
「うらやましい限りだぜー」
ほんとうに、ほんとうにうらやましい限りだ。
「く、櫛枝が風邪ひいたときは、俺が看病に行ってやるよ」
「おっと、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。照れるぜ」
まいったまいった、なんて言いながら頭をかく実乃梨を見て、竜二は自分が言った事を振り返った。
ひょっとしたら自分はとんでもないことを言ったのではないか。
「ちょ、スマン!変な事を言っちまった」
「いやいや、照れなさんなよ旦那。旦那が風邪ひいたときゃぁ、この不肖・櫛枝めが馳せ参ずると約束しますぜ」
実乃梨はそう言いながら竜二の肩をポンポンと叩く。
「約束だぜ!」
その上、目の前でぐっとサムズアップ。
拒否するなんて………できるわけがない。
「お、おう」
その夜、妙に嬉しそうな竜二は大河に洗いざらい話をさせられることになるのはお約束だ。


「しまった。俺としたことが、油断した」
体温計が差すのは38.5。微熱では済まなさそうだ。
大河に『風邪ひいたから休む』と、メールだけ入れ、汗をかいた服を脱ぎ洗濯機に投げ入れる。
フラフラしながらも手早く着替えを済ませてシーツを変える。
「参った。まさか、窓全開のまま寝落ちするとは…」
泰子を送り出した後、換気目的で窓を開けて、すこしゴロゴロとしていたのだが、睡魔に襲われ…。
「学校にも、電話しなきゃな」
のぼせた頭で電話を手に取り手短に連絡事項を伝える。
家には誰もいない。泰子も仕事の研修やらなにやらで明日まで帰ってこない。
こんな日に限って、一人とは。ツイてねぇな。
いるのか分からない神様を少し恨みながら竜二は布団に戻った。
「食欲もわかねぇ、ダルい。………寝るか」
再び眠りの世界に落ちた。


実乃梨はエプロン姿でキッチンに立っていて、トントンと包丁でネギを切っている。
俺はそんな実乃梨の後姿を眺めながらコーヒーを啜り新聞を開く。
絵にかいたような新婚生活。まるで夢だぜ。
新聞の一面に踊る活字さえ愛おしく思える。
『ウイルス性の風邪が大流行』

……
………
…………
「夢か……」
そういえば、風邪で寝込んでいたんだったな。
寝ぼけた頭をフルスロットルで回転させ、むくりと起き上った。
「うぉ、もうこんな時間か!?」
時刻はとっくに下校時間を過ぎていた。
夕日が窓から入ってくる。
竜二が布団起き上がろうとすると部屋のドアが開く。
「あれ?目、覚めた?」
「きゅ、きゅしえだ!?」
実乃梨はにっこりと微笑むと竜二の部屋に入ってくる。
「約束通り、看病しに来たぜ!家に勝手に入ったのは許してくれたまえ。鍵空いてたから、つい、ね」
「……櫛枝が、俺の家にいる」
「おう!この櫛枝、約束はしっかり守りましたぜ、旦那」
「いや、おかしい。夢だ」
パタン。
再び竜二は布団をかぶると、目を閉じる。
「待て待て待て!!そりゃねーだろ、高須っ」
ぼす。
正拳一閃。
竜二の腹あたりにしっかりと決まる。
布団がプルプルと震え、竜二が跳ね起きた。
「っっいってぇっ!な、何しやがる!?………って、櫛枝!?」
「あらあらまぁ、寝ぼけてたのかい。私が来てるのは夢じゃねえんだぜ?」
竜二はようやく現実を理解する。
確かに櫛枝実乃梨が来ているのだった。
「うぇ、夢、じゃねぇな。こんなけ痛かったんだ」
「わかったら暴れてないで大人しく布団に入ってなよ?」
実乃梨はにっこり笑顔で竜二に話しかけると、足元に置いたお盆の上でなにやらかき混ぜている。
「お、おう。と、何をしてるんだ……櫛枝?」
竜二は大人しく布団の上で半身を起こした状態になる。
「お粥だよー。高須印とまでは言わねぇが、結構自信作だぜ?しっかり食べてくんな」
鍋からお椀に移されたそれは、卵がキレイに混ざったおいしそうなお粥だった。
「ほれ、口あけな、ボウズ!」
実乃梨は小さな蓮華でそれを取ると竜二の口元に運ぶ。
「え、え、えええっ!?」


「おっといけねぇ、流石にアツアツじゃぁ火傷するね。よしっ、ふぅ〜」
ふぅふぅ。
竜二は一生懸命にお粥を冷まそうとする実乃梨を見ながら、そこじゃねぇ、と内心で思いながらも、自分の置かれた状況に震えていた。
お、おいしすぎる。
色んな意味でおいしい。
風邪を引くのも悪くないとまで、思ってしまうほどだ。
だが、だがしかし、さっきの流れからいって、実乃梨がやろうとしてる事はアレだ。恋人同士とかがやる『あ〜ん』ってやつだ。
想像する。
無理だ。
萌え死ぬ。
悶え死ぬ。
少なくとも耐えられない。
体の温度が高く感じるのは恐らく熱のせいだけではない。
「しょしょしょ、食欲がねぇっ!」
緊張するやら後悔やらいろんな感情を入り混ぜながら竜二は目を瞑ってごろんと横になった。
実乃梨が来ているだけで恐ろしく緊張しているんだ。
そして、自分の為にお粥まで作ってくれた。
それを『ふぅふぅ』と冷ましてくれた上に『あ〜ん』と来たものだ。
これでは風邪どころじゃない。頭の中がどうにかなってしまう。
少なくとも、学校で顔を合わせるのも恥ずかしくなる。
それならばいっそのこと寝てしまおう。夢だと思えばいい。
竜二はそう思ったのだった。
「高須くん、食べないともたないよ?」
実乃梨の心配そうな声が耳に届く。
今にも起き上がってお粥を頂きたいところだが、理性でなんとか踏みとどまる。
眼を開けたら、負けだ!!
「しょうがない」
溜息と共に実乃梨が呟く。
勝った!!煩悩との戦いに勝ったのだ!
脳内では現在進行形で優勝パレードだ。
しかし、そんな優勝気分も一瞬のみだった。
「ん……ぅんん!?」
唇が熱い。
口の中も熱い。
卵とお米の味。少し甘い気もするが……
いくら体が熱いからとはいえこれはおかしい。
たまらずに眼を開けた竜二の視界には超絶至近距離の実乃梨の顔。
「ふぅっ!ごちそうさま!」
実乃梨は顔をゆでダコのようにしながらそう言った。
回転の悪い風邪ひきの頭でも何があったかはわかる口うつしだ
「……そ、それは俺のセリフだ」
竜二の顔も真っ赤である。
「ははは、そうだね。ありがとう、だね」
「いや、それも……俺のセリフだ」
「あれま、そうかい。そうだね、うん」
ゆでダコ2人の見つめあいは暫く続いた。


沈黙に耐えきれず実乃梨が口を開く。
「どうだった……お粥」
「………あ、うまかった。もっと食いてぇぐらいだ」
鍋の中のお粥はすっかりなくなり、竜二の顔にも生気が戻ってきていた。
「お褒めに預かり光栄ですぞ」
にんまりと笑いながらも実乃梨の顔は真っ赤なままだ。
再び沈黙。
お互いに体が熱い。
空気が重い。
「なぁ、櫛枝、変なこと、言っていいか?」
「なななななんだい?」
ちらちらと目線があっては逸らしあっては逸らしを続けながら竜二が呟いた。
「ききききキスって……お粥の味がするんだな」
「…………ななな何こっ恥ずかしい事言ってんじゃこのやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
高須邸に実乃梨の叫びが響いた。







翌日。
「ほら、口開けろ」
「むぅ。いや!」
「開けろって」
「昨日のお返しもらってないもん!」
「んなっ、アレをやれってのかっ」
実乃梨が高須印の卵粥で看病されたのはまた別のお話。

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