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◆99y1UMsgoc



――大学を辞めようと思う

電話の向こうの彼は、真剣な声で確かにそう言った。
一瞬言葉を失うけれど、すぐに気を持ち直して聞き返す。

「それはまた、どういうことだい?」
「悪い、これからちょっと泰子と話をしなければいけないんだ。
そうだな……明日会えないか?
その時にはある程度は、話せるといいんだが……」
「うん、わかった。
場所は……うん、わかった。
明日、高須くんの家で、ね。」

電話の向こうの慌ただしい雰囲気を察知して、急かされるように電話を切る。
そんな大事(おおごと)になっているのだろうか。
高須くんが進路を決めたときのいきさつを知っているだけに、彼の覚悟は相当なものなのだろう、と想像する。

本当に大変だったのだ。
高校二年生の冬、「就職する」と言った高須くんを説得するのに、泰子さんやゆりちゃん先生まで巻き込んだ大騒動になった。
その時の私は、

「高須くんの人生なんだからやりたいようにやればいいじゃない。
(なんなら、私のところにおムコに来るかね?)」

というスタンスで居たのだけれど、後々になって高須くん曰く、

「特にやりたいこともなかったから、大学に行っても意味ねぇと思ったんだ。
家に金がないのも知ってたし、それなら就職した方がマシかと思ってな」

だそうで、婿入りが延期になったのは、非常に遺憾な出来事であったのだ。
その後の高須くんはすごく勉強を頑張って、「とりあえず行く」ような大学じゃないところに見事に合格して、今に至る、というわけだ。
私自身が自分の進路については自分の「好き」を貫いているもんだから、どうこう言うつもりはないのだけれど、
世間的に見ると「せっかくいい大学に入ったのに!」ということになってしまうのだろう。
正直に言って、私自身に全くそういう気持ちがないというと嘘になる。
勿体ない、とほんの少し思ってしまう。

大学がつまらないという話は少なくとも高須くんの口からは聞いたことがない。
もっとも、高須くんのする話のほとんどは最近始めたというレストランのバイトのことなのだが。


泰子さんは反対するような気がする。
高須くんもああ見えて頑固な人だ。
あの時は高須くんが折れて事無きを得たけれど、今回はどうなってしまうのだろう。
どうなるにせよ、私の考えは決まっている。

私は、高須くんの味方だよ。

今の高須くんが出す結論ならば、それはきっと悩みぬいた末の結論だろう。
でも、それを支えたいと願うだけじゃ難しいのだ。
私の立ち位置はどうあるべきなんだろう?
ベッドの中に入っても、悶々とした思いは止まらない。
あと数時間もすれば夜が明けるというのに――


 * * *

「やあ、高須くん。おはよう」

ドアの向こうに現れた高須くんは、意外とすっきりとした顔をしていた。
「意外と」といっても、疲労困憊な顔を期待していたわけじゃない。
ただ、ちょっと予想と違った方向に物事が動いたときというのはそう思ってしまうもので、
高須くんを慰めてあげよう、といった変な下心があったわけではないとも、ええないとも。

とりあえず入ってくれ、という高須くんに促されるように、家に上がる。
けっこうな回数来ているから、この家での振る舞い方もある程度はわかってきたようだ。
とりあえずはちゃぶ台に肘をつき、いつものように高須くんがお茶を淹れる風景を眺める。

「えーと、まずは結論から、話しておくが」

彼の態度から、彼にとっていい結果だということは何となく推察はできるのだけど、思わず緊張して身構えてしまう。

「大学は辞めることにした」

無言で高須くんの言葉に頷き、なんとなく目を伏せる。
茶柱なんか立っていないかなぁ、と思いながら湯呑みの水面を眺めていると

「驚かないんだな」

その言葉にはっと反応し、顔をあげて高須くんに目線を投げかける。

「昨日話した時は少し驚いたけど、心の準備はしてきたんだ。
どうなっても、高須くんの味方でいよう、って。
きっと私には、それしかできないだろうし」

そうか、と高須くんは少し嬉しそうに一言。

「ねぇ、詳しい話、聞かせてくれる?」



「おぅ、あまり長くはならないと思うんだが……」
「大学を辞めて、何をするの?
(私にムコ入りする決心はついた?)」

高須くんは私の心の声を軽く無視して、

「シェフになろうと思う」

と、視線をはっきりと定めて言い切る。

「俺のバイト先のレストラン、わかるだろ?
なんというか、そこで料理の世界の奥深さに触れちまってな。
俺も少しは料理に対しては自信があったんだが……」

高須くんの料理スキルについては私もよく知っている。
私も料理には少し自信があったのだけれど、その自信を打ち砕いてくれた人からそんな言葉が出るとは、なんと奥が深いのだろう。

「もう本当に、すごいんだ。
本当に俺の知らなかったことばっかりで、本当にびっくりした
そうこうしているうちにな、もっと知りてぇって思うようになってな。
一生の仕事はこれだ、っていうのが見つかったと思えるようになったんだ。
そう考えてると、大学行っている時間すら惜しいって思ってな」
「考えていたのは、いつからなの?」
「夏休みが終わったころ、からかな。
今回ばかりは少し慎重になった。
思いついたばかりなのに言うと、高校の時みたいに迷惑や心配かけるからな。
自分の考えが固まってから、話したいと」

そういえば夏休みの頃の高須くんは、何か考えたような顔をすることが多かったような気がする。
「浮気か? 浮気なのか!?」と私が茶化しても、「そんなんじゃねぇよ」とか返さずに、「おぅ」と気の抜けた返事しか返ってこないこともあった。
それじゃ浮気を認めてるのか認めてないのかはっきりしてないじゃないか! と一瞬思ったけど、これは相当重症だな、と思った記憶がある。

「もー。私にも少しは話してほしかったな。
気付けなかった私も悪いけどさー」
「いや、櫛枝には高校の時にもかなり迷惑かけたしな……
今回ばかりは巻き込めねぇ、って思ってな」
「イーンダヨ、私になら迷惑どんどんかけても。」
「いや、でも、だな……」

ここでこの話を続けると堂々巡りになりそう、話題を元に戻さないとマズいなと思っていると、

「俺が全面的に悪かった。すまん。
説教なら後で聞くから、先を話してもいいか?」
「おぅ、お主心を読んだのか!?」
「おぅ!?」
「いや、気にしないでくれ。続けてくれたまえ。」

私のこういうリアクションにも慣れた、という感じで高須くんは口を開く。

「櫛枝も知っての通り、泰子には昨日話した。
高校の時のことがあったりしたから、ちょっと時間がかかると思ったが、すんなり認めてくれた。」
「高校の時はすっごい反対されたよね?」
「あの頃の俺は危なっかしかった、だとさ」
「ちゃんと見ていてくれたんだよ、泰子さん」
「おぅ、泰子もちゃんと母親なんだな、って実感した。
あの頃はやりたいこともなくて喚いてただけだったけど、今では目標も見つかっみたいだね、ってな」

そっか、と一言返し、湯呑みに再び視線を移す。
ふと気付くと、お茶がかなり少なくなっていた。
少し緊張していたのだろう、喉が渇きがいつもより早かったようだ。
底に残ったお茶をぐい、っと一気に飲み干して、

「よかったね、高須くんにもやりたいことが見つかって。
ところで、そのお店に就職するの?
あ、お茶もう一服もらえるかな?」

高須くんに湯呑みを差し出す。高須くんはそれを受け取りながら、

「その辺は色々と泰子の方から条件付けられてな。
もっともなことしか言われなかったから、こっちは無条件で従うしかなかった。
半分勝利、半分やられたってとこだな」

淀みない動きで、てきぱきとお茶を淹れて私に渡すのだった。
ちなみにその条件とは、まずはじめに、大学には今年度いっぱいしっかりと通うこと。
全部Aを取りなさい、とまでは言わないけどそれなりの成績を出せるようにちゃんと勉強すること。

「そうしないと学費を援助してくれたおじいちゃん、おばあちゃんに示しがつかないだろう、ってことでな」

もうひとつが、専門学校を出て調理師の資格を取ること、だそうだ。


「私良く知らないんだけど、実務経験とかじゃ取れないの?」
「一応2年の勤務経験あれば取れるらしいんだが、ちゃんと知識の部分も教えてもらいなさい、って言われてな。
もっともなこと言うな、と思ったしそれは飲むことにした」
「わーお、また新しい勉強の日々が始まるのね。
オラ、ワクワクしてきたぞ!」
「お前がワクワクしてどうする!」

高須くんの突っ込みを受けて、アイター、と額を押さえる。

「他にやられた、って思ったのはな。
バイトのことを正直に言ったんだが……」
「ええ、あれって内緒だったの?
私、てっきり泰子さん知ってると思って何回か話しちゃったことあるよ……」
「マジかよ!?」
「もしかして昨日話がすんなり行ったのって、全部知ってた上でなのかな……?」
「わかんねぇ。でも、やけに調理師のこととか詳しくてあれっ、って思ったりもしたんだが……」
「高須くん、それきっと泰子さんに見透かされてる……よね?」
「おぅ、間違いねぇ……」

私が情報源であることは棚上げして、少しだけ呆然とする。
やはり子供というのは、親の掌の上で踊らされているだけにすぎないのだろうか。

「とりあえず、バイトは今月のもうシフト組まれてる日は仕方ないけれど、来月からは自粛、だと。
バイト先にも一緒に謝りに行ってあげるとか言われちまってな」
「わーお、親同伴だ」
「恥ずかしいったらありゃしないぜ……」
「ひょっとしてお店もグルだったりして……?」
「いや、それはさすがにないだろう……」

ちなみに、私のちょっとした思いつきでしたこの発言は当たっているのだが、これが高須くんの知るところとなるのはもう少し後のことである。

「でもよかった、高須くんもやりたいこと見つかったんだね」
「おぅ、これでやっと櫛枝と並び立てるような気がする」
「いやいやいやいや、私はそんな大したことナイデスヨー?
ところで……」



と続けようとしたところで、隣の部屋から声がかかる。

「竜ちゃぁん。
そろそろお店に行くよぉ?」

お母様、てっきりご不在かと思ってました。
少し甘い雰囲気になろうだなんてこれっぽちも考えていませんでしたよ、ええカンガエテイマセンデシタトモ。
襖の向こうから現れた泰子さんはメイクも服もばっちりで完全に戦闘モード。
それでいて、屈託のない笑顔を私に向けるのだ。

「あら、実乃梨ちゃん。来てたんだぁ。
何もお構いできなくて、ごめんねぇ」
「いえいえ、とんでもないです」

胡坐で居るのが何となくいたたまれなくなって、足をきちんと組みかえる。

「竜ちゃんから話はもう聞いたかな?
これからお店にご挨拶行ってご飯食べてくるんだぁ。
あ、もしよかったら実乃梨ちゃんも来る?」
「いいんですか? 私も高須くんのバイト先見てみたいです!」

そう言って期待のまなざしを高須くんに向ける。

「ちょっ、まっ……母親同伴ってだけでも恥ずかしいのに彼女まで同伴だなんて……」
「高須くんは私のことが嫌いなんだ、シクシク」
「竜ちゃん、それは実乃梨ちゃんに酷いよぉ〜」
「だぁー、もうわかった。二人で来いよ!」

高須くんは観念したような、まんざらでもなさそうな顔。

「あのお店のランチ美味しいんだよ〜。
店長さんもいい人でねぇ〜。」
「お前、うちの店来るの初めてじゃないのかよ?
というか、店長も一枚噛んでるのかよ!?」
「わぉ、私、大正解?」
「あっれぇ〜?
秘密のつもりだったんだけど、もういいかぁ〜。
竜ちゃんの居ないとき狙ってお店に行くの大変だったんだよぉ〜。
店長さんが親切な人でね〜。
竜ちゃんの進路のこととか色々アドバイスもらっちゃった、てへっ☆」
「た、高須くーん……? 魂抜けてますよ……?」

そしてふと、さっき高須くんに言いかけた質問を心の中で反芻する。

『ところで、高須くんの将来の中に私は居てもいいんだよね?』

心の奥では高須くんがどう答えるかはわかっている、と思いたい。
おぅ、もちろんだ、とまっすぐに答えを返してくれるだろう。
今はまだその答えは聞かないでおこう。
高須くんだって自分の夢に向かって走り始めたばっかりなのだ。
軌道に乗り始めて、余裕が出てきたときにはきっと答えを出してくれるだろう。

「ほら、高須くん、行こうぜー」

そう言うと私は、高須くんに魂を吹き込むべく高須くんの背中にバシンと気合を入れた。

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