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チョコレート篇




『よし! ソープに行け!』
『……ソー? ……え? 北村くん?』
『深く考えるでない逢坂。みなさんこんにちは。生徒会長の北村佑作です。二月に入ってから
 風は冷たく、空気は乾燥しています。いやですね、インフルエンザにうっかり火災。そんな
 いやなものを吹き飛ばす、本日から始まるランチタイムの新番組。『クイズ香椎奈々子』の
 時間です。アシスタントを務めてくれるのは生徒会庶務のご存知……』
『みなさま、ゴキッ……御機嫌よう。アシスタントの、逢坂です』
『いいぞっ逢坂……そして、本日のゲスト。香椎奈々子さんです。香椎さん本日はお忙しい中、
 お越し頂き誠に有り難うございます。よろしくお願いします!』
『うふふ。みなさんこんにちは、香椎です。……まるおくん、お手柔らかにね』

 週末の金曜日。午前中の授業を終え、昼休みの大橋高校2−Cの教室に設置されているスピ
ーカーからただ漏れされているのは北村祐作率いる生徒会の自主的校内放送。番組紹介が終わ
り、テーマ曲らしき陳腐なインストロメンタルが流れるそんな中、教室の窓際の席を陣取り、
今日も自作の弁当を開けるのは高校生主夫、高須竜児その人である。
「新番組だと? ……『クイズ香椎奈々子』っていったいなんだよそれは。北村はクラスメー
 トに何をやらすつもりなんだよ」
 そのブーイングの矛先である北村祐作は、生徒会長に就任以来、ランチライムにラジオ番組
風の校内放送『大明神の失恋レストラン』を、演劇部のラジオドラマ共々、絶賛放送していた
わけなのだが、遂にネタが尽き果たようで、今日から新番組と表して、クイズ番組を放送しよ
うとしているのであった。しかしなぜ香椎のクイズを……。ローカルネタにもほどがある。な
んて竜児が苦言をポツリと呟くと、真正面から少し鼻にかかるチャーミングな声が聞こえるの
だ。

「北村くんさぁ、先週くらいから、奈々子ちゃんにすっげーお願いしてたもんよ。伝家の宝刀、
 土下寝までしてさ。生徒会長として学校を盛り上げよ〜! って、一生懸命なんだよ。奈々
 子ちゃんもゲストで出てるし、竜児くんここはひとつ、だまって聴いてやろーではないか!」
 そういって強く箸を握り締め、その拳を竜児に突きつける少女は櫛枝実乃梨。突き出した拍
子に実乃梨の箸先にこびり付いていたご飯ツブがテイクオフし、竜児のおデコにビシッ、っと
ディープインパクト。大仏のように白毫を作ってしまう竜児であったが、竜児の衷心は非常に
穏やかになっていく。
 なぜなら竜児と同じ机を囲み、ヘルシー弁当を広げている実乃梨は、竜児のいわゆる彼女だ
からである。そう、恋をしたのは一年生の頃。二年になって、同じクラスで友達になり、春が
終わる頃には、恋人になれた。夏には一緒に旅行に行き、結ばれた。秋には文化祭。冬には修
学旅行などのイベントがあって、駆け抜けた季節の中で二人は恋心を順調に育くみ、そして彼
女は今、竜児の目の前でスピーカーから流れる軽快な音楽に乗り、指揮者のようにお箸を振り
回しながら、楽しそうに笑ってくれている。
 そんな実乃梨を見つめているだけで竜児は堪らなく嬉しく、楽しく、幸せになる。そんな感
じで竜児がニヤニヤ述懐していると、スピーカーから北村のハキハキした音声が鼓膜を揺らし
た。

『えー、それではクイズの前に一曲お聞きください。We love Marines!』
 D.J.北村が曲紹介して流れてきたアップテンポな曲は、「アタック」だの「熱気」だの「王
者」だのと、学校のお昼に流すにしては少々勇ましすぎる内容。不自然に感じた竜児が首をひ
ねっていると実乃梨が竜児に解説してくれた。
「これ千葉ロッテマリーンズの応援歌だよ。あさっての日曜日バレンタインデーだしね。ほら、
 千葉ロッテの元監督、ボビー・バレンタインにかけてるんだよ、きっと。北村くんもトンチ
 が利いてらぁな」
 はたして大橋高校の一般生徒でそんなトンチが利く生徒が一体何人いるのであろう……竜児
はローマにある真実の口のように呆然と開口し、石化してしまうのだが、そんなレリーフ状態
の竜児の肩をポンッと叩く手があるのだった。


「ちょっとちょっと高須〜、なに黙っちゃってんのよ。みんなで大先生のありがたい放送、盛
 り上げてやろうじゃないのよ。放送委員から聞いたんたけど、今から出題されるクイズの解
 答をメールで送るんだってさ。で、これがメアド。答えが分かったら送信っ! みたいな」
 手の主に振り返ると、そこにはケータイとカワウソのような瞑らな瞳(かわいくない)を竜
児に向ける能登久光がウインクをしていた。派手なセルの眼鏡がチャームポイントの能登は、
竜児が1年生の頃からの友人だ。さらに、
「そ〜だよ高っちゃ〜ん! 俺なんてこれからゆりちゃんに職員室呼ばれちゃって、北村を応
 援したくても出来ないんだからさ〜☆てことでヨロシコ〜」
 と言って、もう一人の友人、春田浩次は焼そばパンを頬張りながら、アホっぽいロン毛を振
り乱し、慌しく登場したと思ったら忙しく教室を出て行ってしまった。竜児はそんな残念な友
人、春田を見送ってから、
「春田あいつ恋ケ窪から呼び出しって、まさか留年すんじゃねえだろうな……おうっ、それは
 そうとクイズだよなっ……。あのな能登。クイズの問題って、香椎に関する問題だろ? 俺
 が解答するより、いつも香椎と一緒にツルんでいる、川嶋か木原が答えたのほうがいいだろ」
 すると能登は、目一杯小さな眼を見開き、軽やかにターンを決める。
「そっか。そういえばそうだよね。ナイス高須。ナイスだよ! おーい、木原〜! 解答して
 よクイズ、解答してよ〜!!」
 名指しされた木原麻耶はガタッと立ち上がり、綺麗にカラーリングされた長い髪をプンプン
振り、全力で断るのだった。
「はー、あたし? いいっ、いいってば、そんなの、超緊張しちゃうもんねえ? こういう
 のはさ、男子のほうががいいよねえ? そうだよね亜美ちゃん! ねー!」
 そこであたしに振る? と首だけちょっと捻って、スラリとした八頭身を誇るモデル、宝石
のようなオーラを振りまく完璧美少女、川嶋亜美は華麗に立ち上がり、とりあえず無難に適当
に切り返すのだ。

「そーよね麻耶。あたしたちじゃあ、奈々子と親しすぎるし、フェアーじゃないわよね……っ
 てことで高須く〜ん? お願いね?」
 ほんの少し頬にかかったサラサラの髪をかき上げ、トンボを捉まえる時のように、クルクル
回した指先を竜児に向ける亜美。フェアーとかではなく、亜美は単純に面倒くさいだけだろう
……そのアンフェアーな美しさが故に、竜児の中で亜美への憎たらしさが増殖するのだが、
「へいへい竜児く〜ん。あーみんからそんなふうに頼まれたら漢としてイヤとは言えないじゃ
 んねえっ。及ばずながら私も竜児くんとクイズの答え考えっからよ……あ、もう曲が終わり
 そうだし……一緒にガンバローぜ!」

 亜美は置いといて、実乃梨からそんなふうに言われたら彼氏として竜児はイヤと言えない。
だいたいクイズといっても賞品も景品も無いなんてどうなんだこの企画は……という言葉を飲
み込んで、竜児はケータイと睨めっこしてスタンバイする。するとなんだかいい匂いがするな、
と思ったら、実乃梨が至近距離で竜児のケータイを覗き込んでいた。

『……はい! 景気づけに軽快な曲をお送りしました! ではさっそくクイズを始めましょう!
 皆さんケータイの準備はいいですか? ではアシスタントの逢坂さん! 一問目!』

 ジャカジャン! ジングルが鳴る。

『えっと……第一問。香椎さんのチャームポイントのホクロは、一体何処にあるでしょうか?』
『これはかなりのサービス問題、ものすごく簡単ですねっ。みなさんの解答をメールしてくだ
 さい。早い者勝ちです! ……おっと早い! もう解答が着たようです! やはり簡単すぎ
 たでしょうか?ではアシスタントの逢坂さん、クラス名と答えを読み上げてください!!』
『一番早かったのは、一年B組です。っと……答え、はっ! ……おっ……おおっ、おおおっ』
『おお? ……逢坂、どうした?』
 もともと大河は緊張すると滑舌が悪く、よく舌がもつれてしまうのだが、原因はそれだけで
はないように、竜児には思える……そして大河の震える声。

『おっ……ぱい』


 ザワッ……と、低いどよめきが2ーC中に沸き上がる。ランチをパクつく生徒たちの手が止
まる、あまりに微妙すぎる展開であった。竜児もケータイで変換途中の指先がフリーズしてし
まい、そのまま何秒経過したろうか……本物のラジオなら五秒以上で放送事故だが、

『おっぱ! ……いやあ違います! 残念! 一年B組のみなさん。解答は早かったのですが、
 不正解ですねっ、では次に届いた解答は……』
しかし北村の進行を遮る甘い音声がスピーカーから流れる。
『ねえまるおくん待って? ……それ、正解かもしれない。私、胸にホクロあったかも』
『ほほう! これは意外ですね……。あ、逢坂、確認できるか?』
『え、私が? 確認?……いったいどこにあんのよ。ホクロ』
『ここら辺かなあ……タイガーちゃん見える?』
『ふおおっ……くっ……たっ、谷間にっ……手が埋まるっ!』
『やだあ、タイガーちゃんくすぐった〜いっ!』

 なんとも艶かしい嬌声が、物音一つしない教室にただ響きわたる。竜児が確認出来る範囲の
生徒たちの顔は皆揃って、風呂上がりのように真っ赤になっていた。
『……えー。いま確認していますので……皆さんしばらくお待ちください。ちなみに私は眼鏡
 を外しましましたので、決して何も見えていません……逢坂どうだ?』
『どうって言われてもっ……ムニュムニュしてて……ああっ! 見つかんないっ!』
『ああんっ、そっちじゃないよ。もっと奥っ』
『ったく、こんな凶悪なものぶら下げて恥ずかしくないのかしら……あっ、あった! これで
 しょ? ムニッ!』
『いやあんっ! タイガーちゃん、違〜うっ! そこは黒くないでしょ〜?』

『……手に汗握る展開ですね。ぼんやり見えるのが逆効果です……』
『もう、わかんないっ! あんた面倒だから脱ぎなさいよ! おりゃああっ!』
『きゃあっ! いやあ〜っんっ』
『しっ、しばらくお待ちください! 止めるんだ逢坂! ガガッ!』

 ……そしてスピーカーの網目から再びマリナーズの応援歌が流れ出るのだった。そこで竜児。

「……これ、マズイんじゃねえか? 放送事故レベルだろ」
「そうだね竜児くん。まだ一問目だし大変だのお。大河のやつ大丈夫かいな」
「いや、そうじゃなくて……」
 こんな状態では興奮する魑魅魍魎が湧いて出るのはとっても自然な事。わずかな白眼部分を
血走らせ、粗い息に鼻を膨らませる能登の眼鏡が真っ白に曇る。
「どうしよう高須っ! 奈々子様がっ、タイガーに襲われてる!」
「どうしようかと俺に聞かれてもどうしようもねえよ! あーもう、川嶋! お前がなんとか
 してくれ!」
「だからなんであたしが……てか、これネタなんじゃいのかな? もしかしたら台本読んでる
 だけとか……そうであってほしい気もするけど、もしマジなら奈々子の胸って、柔らかくて、
 面積大きいから、確認するの結構大変よねえ……」

 亜美が奈々子の乳に対しての余計な解説してしまったおかげで、男子生徒たちそれぞれの脳
内では、過激なお色気シーンが上映されてしまい2ーCの教室の気温がわずかに上昇するのだ
が、しばらくしてマリナーズの応援歌がプツリと止まる。

『……お待たせいたしました。いやあ〜、アシスタントの逢坂さんに、ゲストの胸を細部ま
 で確認してもらいましたが、結局不正解でした。番組途中、お聞き苦しい点がありました
 ことをお詫びいたします。それでは仕切り直して、二番目に解答をくださった方の答えっ!
 逢坂さんっ! どうぞ!』
『ふぁいっ! 2年A組からの解答で、はうっ! ……おおおっ! お尻ぃ? ……またぁ?』
『残念! 不正解です! みなさんお願いします! 真面目にお答えくださーい!』
『ねえまるおくん? ……今度こそ、正解かもしれない』
『何? 本当か、香椎っ! ……これは……またもやきましたね……。逢坂……頼んだぞ』

『ええーっ! 北村くん、私も〜やだ〜! さっきからヘンな答えばっかじゃない! だい
 たいあんたも余計なこと言うんじゃないわよ、このエロボディ! もう不正解でいいっ』

『落ち着くんだ逢坂! し、しばらくお待ちくださ〜い!』

 またもや放送は中断、曲が流れてきた。今度はさっきと違い、テクノでポップな曲が流れ、
チョコレイトディスコと、連呼している辺り、どうやらちゃんとしたバレンタインソングのよ
うだ。
「もう無茶苦茶だな。新番組はいきなり初回で打ち切りだろ。エロすぎる」
「ん〜、北村くん着眼点は良かったんだけどね。内容がちょっと深夜向きだよね。お色気
 大賞」
そうこうダベっているうちに、曲が終わる。
『クイズ香椎奈々子、お別れの時間になりました。残念ながら今回が最終回になります。
 来週、月曜日からはクイズ川嶋亜美をお送りします! こう御期待!』
 北村には珍しく、若干粗暴な口ぶり。しかもさりげなく幼馴染みを餌食にする。当然のよう
に猛反対する亜美がスピーカーに向かって怒鳴り散らす。
「ちょっとー、佑作! 勝手に決めんな! やんならクイズ高須竜児にしろっつーの!」
 竜児の名前が飛び出たら、実乃梨も超反応するのだ。
「ダメだって、あーみん! 竜児くんはジルベールみたいな繊細な男の子なんだからっ」
 やいのやいのと次回ゲストのなすり付けあいを繰り広げていると、エンディングの音楽がフ
ェードアウトし、北村が再登場する。
『……みなさん、来週の放送ですが、クイズ川嶋亜美を無期延期にします。代わりにご本人か
 らの強い要望メールが届きまして……クイズ黒マッスルをお送りいたします』
『うえっ……本当? ……ゴメン北村くん、それ私無理かも……』
『……えーっと、それはそうと、あさっての日曜日は、カップルさんはもちろんのこと、恋に
 迷えるキミたちも楽しみにしているセントバレンタインデーですね。ロマンティックな聖な
 る日に願いが成就するよう、大明神こと、私にお祈りしに来てくださいね。お待ちしており
 ます! 生徒会はあなたの恋のサポーター。ではまた来週!』

***

「あのっ、私……高須竜児くんの事、お慕い申し上げております……」
 辿々しく、恭しく、差し出された可愛らしく包装されたチョコレート。バレンタインデー当
日の日曜日の昼過ぎに、須藤コーヒースタンドバー、通称スドバのカウンター席で、竜児は実
乃梨からバレンタインデーのチョコレートを受け取っているのだ。
「おうっ、ありがとう実乃梨。改まってそうやって言ってもらえると、なんか照れるな」
「へっへー。私もちょいとばかし恥ずかしいけど一回こういうのやってみたかったんだよね。
 なけなしの乙女心がそうさせるのだよ。竜児くん、受け取ってくれてありがとう」
 頬をポッと赤らめながら、潤んだ瞳を浴びせる実乃梨。可愛い。竜児の胸は正直に跳ねる。


「ああ、こちらこそ実乃……おうっ? 須藤さん、なんすかこれ? こんなの俺注文してない
 っすよ?」
 二人が張った強固なラブラブ結界をぶち破り、オーナーの須藤氏が、甘い匂いを放つペアカ
ップをそっとテーブルに置く。
「まあまあ、これは熱いアベックに私からの奢りだよ。カフェ・ド・ショコラ。今日はバレン
 タインデーだしね。召し上がれ」
 アベックなどという、太古に絶滅した言葉を浴びせられ、一瞬沈黙してしまう竜児なのであ
ったが、須藤氏の不可解な言動に違和感を感じ得ない。
「あ、ありがとうございます須藤さん……あの、こんなの初めてじゃないっすか……なんか企
 んでませんか?」
 図星だったようで須藤氏は笑顔を保ちつつ、僅かにひるむ。さらに実乃梨。
「……要件を聞こうか」
 ゴルゴ化し、ストローをタバコのようにくわえ、須藤氏を問い詰める。するってーと、
「え? そうそう。そうなんだよ。鋭いねえ二人とも。実は相談あってね? 野球。草野球を
 ね? 高須くんが一緒にやってくれないかな〜って」
 優しい口調で語る須藤氏の面もちは、なんとなく断り辛い雰囲気を醸し出していた。
「野球?」
 竜児がリピート。すると須藤氏は持っていたトレーを胸に抱き、大きく息を吐く。
「そっかー……最近の若い子は野球知らないのか……まずボールとバットをね? ……」
「いや須藤さん、それぐらい知ってますって。なんで俺が須藤さんと野球やらなきゃなんない
 んすか?」
 ぎらつく竜児の懐疑的な視線を受け流し、須藤氏は言葉を紡ぐ。
「いい質問だ。大橋駅あっちの商店街とさ、毎年この時期に草野球大会やるんだよ。高須くん
 野球知っているんなら話が早いなあ。いやあ、実に助かるよ! じゃあ来週の土曜日。土手
 沿いのグラウンドに朝十時に集合! ヨロシクね」
「ヨロシクしないでください。勝手に決めないでくださいって。でもまあ、事情次第では考え
 ますよ。で、なんで俺なんですか?」
「ぶっちゃけ、誰でもいいんだけどね。今朝判明した事なんだけど、酒屋の稲毛さんとか、い
 つものメンバーが仕事の都合でみんな出れないってんで困ってんだよ。負けた方の商店街は
 通例で、勝った方の商店街の宣伝ポスター貼らなきゃいけない事になっててさ。去年の屈辱
 を晴らしたいんだけど、メンバーが八人足りないんだよ。一ヶ月間、コーヒー一日一杯無料
 にするからさ、高須くん頼むよ」
 と、須藤氏は、不動明王の生き写しのような竜児の顔面に合掌してしまい、高須不動尊は渋
々その重い腰を上げる。
「どんだけ他力本願なんすかそれ……事情はわかりました。俺でよければ別にいいっすけど、
 彼女に聞かねえと……なあ実乃梨。来週の土曜なんだけど、須藤さんと野球やっていいか?」
 竜児が実乃梨に視線を戻すと、隣で香しいカフェ・ド・ショコラにも手をつけず傍観してい
た実乃梨は、大きな瞳をスパークさせた。
「いつ私に話振ってくんのか待ってたんだけどさっ! ベースボールと聞いて私が黙って見て
 いると思う? まだメンバー足らないなら私もやるぜよ。まだリトルリーグん時のグローブ
 もあるからよ。やろうやろう、やったろうじゃん!」
 二つ返事で快諾。なんとなく二人はコーヒーカップで乾杯をし、そのまま実乃梨は、エス
プレッソのようにグイッとカフェ・ド・ショコラを飲み干すのだった。
「そっ、そうか実乃梨、サンキューな。……じゃあ須藤さん。俺と彼女、二人で出ます」
「ありがとう! ……迷惑ついでに高須くん。あと六人集めて来てよ」
 そんな言い難い事をサラリと言う須藤氏に、これが大人のズルいとこだよな……とか、竜児
は思いながらも、カフェ・ド・ショコラと共に、その胸中を飲み込むのであった。

***

 バレンタインデーの休日というのに国道沿いの並木道は人もまばらだった。この時期は午後
五時過ぎにもなると太陽はビルの谷間に落ち、雪が舞い落ちてもおかしくないくらいほど肌寒
くなる。たまに通り過ぎる人々は皆、挙って首をコートの襟に引っ込め歩いていて、櫛枝家に
向かう途中の竜児の左腕に絡まる実乃梨もまた、白い息を吐き出しながら、くっ付けている身
体を小刻みに震わすのであった。
「うっぷるるっ! さっびいね竜児くんっ。でもほら、冬って星空が綺麗だよねえ?」
 そう言って夜空と竜児を交互に見上げる実乃梨。竜児の心はそう、耳元で囁かれただけでほ
んのり熱を帯びる。
「おう……本当だ。綺麗だな……」
 足元を見ながら歩いていた竜児は、実乃梨の一言のおかげで綺麗な星空を見つける事ができ
た。そんな常に前向きな彼女に、竜児の焚き付く心は激しさを増し、炎と化すのだ。
「そうだ実乃梨。さっきの草野球のメンバー集めの事なんだけど……結構、安請け合いしちま
 ったよな。大丈夫だろうか?」
「そ〜だね。月曜んなったら一応ソフト部の連中にも声掛けてみるよ。……でもなんか楽しみ
 だな〜。竜児くんと野球出来るなんて、なんか私、嬉しいぜよ」
 ギュウッと、さらに強く身を寄せる実乃梨。熱く上気した竜児が再び空に目をやると、四階
にある櫛枝家の明かりが目に映った。

***

「皆の者っ、控え居ろ〜うっ! 竜ちゃん様のお通りだ〜!!」
「おうっ? ……こ、こんばんは高須です……」
「お母さんっ! 何やってんのさっ! 竜児くんごっめーんっ!」
 櫛枝家の扉を開けた途端、実乃梨の母親の、娘にも負けない太陽のような眩しい笑顔が竜児た
ちの目に飛び込んできた。引き気味の竜児に気付いた母親は、ぺろっと舌を出した。
「お姉ちゃんが久しぶりに竜ちゃん連れて来てくれたから興奮しちゃって〜! ごめ〜んねっ!
 丁度みどりも戻ってきてるのよ?」
 母親の背後から、背の高い実乃梨の弟が坊主頭をカリカリ掻きながら登場する。
「あ、竜児兄さん、お久しぶりっす。みどりっす……」
 坊主頭を小さく下げ、みどりが挨拶する。竜児はギラリとした鋭い目をみどりに向けるが、決
してケンカを売っているのではない。兄と呼ばれ、少し照れているのだ。
「おまえ何しに来たんだよ? いつも盆と正月以外、帰って来ないくせに。しかも竜児くんの前
 だからってかしこまりやがって、不気味なんだよ! レンタルキャットかっつーの!」
「っさいな姉ちゃんはよ! センバツでベンチ入り決まったから、これから地元の奴らが壮行会
 やってくれんだよ。明日の朝一で帰るよ! ああ、竜児兄さん寒いっすから早く上がってくだ
 さい」
 みどりに勧められ、竜児は靴を極力丁寧に脱ぐと、さりげなく実乃梨が揃えてくれた。そこに
ラスボスが現れる。
「竜児くんいらっしゃい。久しぶりだね。私たちもみどりと一緒に壮行会に出掛けてしまうから、
 なんのもてなしもできなくて申し訳ないが、ゆっくりしてってくれ。しかし騒がしい家族で、
 ほんと、すまないな……」
「いや、ぜんぜんお構いなく。家族が泰……母親しかいないので、賑やかで問題ないってか、そ
 の……楽しいっす」
 実乃梨姉弟が、軽く小競り合いを始め、賑やかになる櫛枝家の玄関。さりげなく口にした泰子
の話題に母親が乗っかる。
「あっそーだ、竜ちゃん、泰子さんお元気? 年末にウチのお父さんと一緒に毘沙門天国に遊び
 に行ったんだけど、それっきり、ご無沙汰してるわねえ」
「その節はありがとうございます。母は元気です。母も来てくれて嬉しかったそうです」
話しながら居間へ通される竜児。気付けば竜児の左腕には、母親が絡みついていた。
「本当〜? 実はあの時、泰子さんと『竜ちゃんファンクラブ』発足したんだから! ちなみに
 私、団長! うふっ!」

「このアホ母! そんな事やったの? なななんて失礼なことを!」
「いいじゃんそれくらいお姉ちゃん嫉妬しないの! だってお姉ちゃんは竜ちゃんの事、旦那に
 するんでしょ? いつもウチで言ってるじゃないの」
「ま、また竜児くんの前で、そんな恥ずかしいことを……もう、やめてくれえええっ!」
「実乃梨落ち着け。俺は大丈夫だ。全てを受け止める自信あるから」
「やさしいのね〜、竜ちゃんはっ! ますますファンになっちゃう〜!」
「いー加減にしろよなあああっ、もう早く壮行会でもなんでも、とっとと行ってこい!」
 実乃梨はついにキレ、居間にあったクッションを投げつける。
「ハイハイ、お邪魔虫は消えますよ〜……って竜ちゃん、ごゆっくりっ! ウッフーッ!」

 そのやりとりに、竜児はただ、ペコペコ頭を下げることしか出来なかった。

***

「っはー! だめだ、やっぱ緊張するっ!」
 実乃梨の家族たちは出掛けてしまい、櫛枝家には竜児と実乃梨の二人きりになった。そこで
やっと竜児の緊張が解ける。 
「お疲れさま竜児くん。ってかマジごめんねえ、ウチの家族、竜児くん来るとテンション上が
 っちゃってさあ……悪気は無いんだけどねえ」
「おう、わかってるよ。みんな俺の事認めてくれていて。嬉しい」
 居間であぐらをかいている竜児の元に、紅茶をいれてきた実乃梨が台所から戻ってきた。実
乃梨にことわってから、竜児は実乃梨から貰ったチョコレートの包装を解く。
 そしてぱくんと一つ、口に放り込んだとき、紅茶の香りを楽しみながら、実乃梨が話し出す。 
「ねーえ、竜児くん。今さらなんだけど竜児くん、ウチのソフトボール部に入んない? 仮入
 部って事でもいいからさ? 今度の草野球の練習にもなるし。ウチのソフト部、男女統合し
 たんだけど、メンズどもがイマイチやる気無くってさ〜。刺激にもなるし、あいつらも土曜
 日の草野球やらせっからよ。文句は言わせねえ!」
 と、部長の顔になる実乃梨。少し考え、竜児は答える。
「いや、いい。俺が入部したら……お前の事ばっかり気になって練習どころじゃなくなっちま
 う……と、思う」
 もちろん一緒に居られる時間が増えるのは嬉しいのだが、迷惑を掛けたくないのが本音だっ
た。 
「え? あ、そ、そっか。じゃあ仕方ないね……私も……」
 カップに目を落としたまま実乃梨はそこで言葉を切る。吐き出す言葉を選んでいるようだ。
その間、紅茶の香りが竜児の鼻先をくすぐる。 

「私も……竜児くんが私以外の娘と仲良くしちゃってたりしたら、気になって……練習どころ
 じゃなくなっちゃうかも……ヤバいよね? あははっ……はっ」 
「そ、そんなことねえよ! 俺は、お前だけだっ」
 即答した。竜児は頭の中に浮かんだことをそのまま実乃梨にぶつけた。ガン見していた実乃
梨の顔が一気に、溶けた。 

「私も貴方だけ……です」
 真っ赤な顔を伏せたまま、実乃梨は瞳だけ、竜児に向けた。一番嬉しい、欲しかった返事を
貰った竜児のリビドーが奮い立つ。 

「実乃梨……キスしていいか?」

 ……そして交わした口づけは、チョコレートの甘い味がしたのだ。

***


「ん……竜児、くうん」
 エッチのとき。どうしても私は積極的になる。そうしないと逆に恥ずかしいからだ。頭の中
を彼のことでいっぱいにして、彼の好きなところにいっぱいキスしてあげて、エッチに集中す
る。私たちは、私の部屋のベッドで裸になっている。
「おうっ……んぐっ……っはあ」
 そんな彼の声をBGMに、私の唇は、ゆっくり彼の素肌をなぞる。竜児くんのからだの真ん
中から、脇のほう。そして……下のほうへ。
「ねえ竜児くん、ここ、舐めていい?」
「実乃梨……あおうっ!」
 彼の返事を待たずに私の口の中に、彼の大っきく、熱いモノを頬張る。くちゅん、くちゅん、
と、一定のリズムで舌を絡める。その時、彼と一緒に、エアコンの動作音も唸る。
「んっ! ぐっ……んっ……んはっ」
 私はこの行為が好き。竜児くんが私の中に飲み込まれた感じがして、いっぱいになった気が
して、すごく好き。彼も多分好きなんだと思う。いっぱいエッチな声が聞こえてるし。
 口の中でピクッと動いて、もっと熱くなって、もっと大きくなって、喉の奥に当たると……
いつも彼が上半身を起こし、そこで立場が逆転されちゃう。
「あは、んっ……んんっ!」
 竜児くんも私の下半身を舐めまわす。痙攣しそうなほど感じちゃうけど、意識が跳びそうに
なるのに堪えて、私もまた、彼の熱いモノを舐めるんだ。
「んっ、んくっ……んんんっ……あんっ!」
 アイスクリームの蓋を舐めるように貪るような竜児くんの舌先……私のからだが跳ねる度、
じゅんっ、と溢れてくるものすべてを拭い去るように竜児くんの舌は、激しく動く。そうなっ
ちゃうともう、竜児くんのを舐められなくなって、先っぽをちゅルンと、吸うくらいしかでき
なくなる。
「あんっ! あんっ! あんっ! んやぁっ!」
 おっぱいを握られた。強く。イヤなんじゃなくて、感じちゃうのが、なんか、くやしい……
だから、
「えいっ!」
「おうっ! な、なんだ?」
 彼を仰向けにして押し倒した。そっとキスして、馬乗りになる。
「今日は私が上になる……ね」
 私の唾で、ぬらぬらしていて、そこにゴムをつけるのは簡単だった。そして、それを、私に
ニュルリと挿れたんだ。
「あはっ……ふうっ……んっ」
 ……でも動かさない。動かしたいのをガマンした。そのかわり、大好きな竜児くんに、いっ
ぱいキスをした。彼は二つのおっぱいをムチャクチャに揉んできた。私もガマンできなくなっ
て、ギリギリまで溜めて、思いきり彼の上で、踊った。
「はっ、はあっ、あっ、あっ、あふっ、あんっ!」
 何度もすべり込み、何度も私の奥に当たるたび、どうしても漏れてしまう声。からだ全体が、
火の中に飛び込んだくらい熱い。大きく上下に揺れる私の胸の尖端を竜児くんの指先がグニュ
リとつまんできた。その刺激に彼を飲み込んでいるところが思わずギュンッと、締めつける。
「おうっ! ……実乃梨……! くはぁっ、すげえっ」
「はあんっ、あんっ! ああんっ! 竜児くん! 竜児くん!」
 繋がっている部分の一体感が一気に増して、私の奥から、ゾワゾワした感覚がからだ全体に
広がっていく。すると、彼の熱い舌が欲しくなってくる。
「んんんっ、竜児くん、んふっ」
 腰を打ちつけながら、私は彼と舌を絡めた。麻酔がかかったかのように、たくさんの唾が彼
の口になだれ込んじゃうんだけど、竜児くんは私が出した唾をすべて、飲み込んでしまった。
「いっ、いっ……ちゃう……」
 気持ちいい。びりびりしてきた。動かしている腰が止まらない。それどころか早くなる。夢
中で快感に溺れる。
「あんっ! あんっ! あはっ! くうっ!!」
 いっ……ちゃっ……た。
「実乃梨っ!」
 思いきりギューンッ! て締めつけて、彼も同時だったみたいだ。折れるほど、私を抱きし
めてくれた。

 感じる。まだ私の中で、ツンツン動いている。

***

「あれ? メール。大河から」
 実乃梨は部屋着にしている中学時代のジャージに着替えながら、器用にジャンプしてケータイ
に飛びつく。
「こんな時間にか? 一体なんだろうな」
 まだ上半身裸の竜児は、ベッドサイドにある目覚ましを確認した。時計の針は午後九時を回っ
ている。
 ケータイを開き、メールをチェックする実乃梨。さっき触れた時に柔らかかった実乃梨が、次
第に固まっていった。そしておもむろに着たばかりのジャージを脱ぎ出した。

「私、いまから大河のマンションに行く。北村くんもいるって。竜児くんも来て」

***

「……で、いつなんだ引越し」
「来週の日曜日。いきなりなんだけど、ママの都合でね。実は年始くらいから話はあったの。パ
 ……あいつが失踪してからね」
 辿り着いた大河のマンションは、汗ばむほど暖房が効いていたが、そこにいた大河と北村は、
凍えるように表情を強張らせていた。
「俺は、聞いていたんだがな。まだ確定してなかったからみんなには黙っていた。すまない」
「いや北村くん、それは仕方ないけど、ねえ大河。北村くんと遠距離でしょ? それでいいの?」
 実乃梨は大河の肩をつかみ、一度だけ強く揺さぶる。力なく大河の唇が開く。
「みのりん、もうママには散々お願いしたの。でも、ダメだって……」
 十畳はある、ただっ広いマンションの一室に、グスッと、大河の鼻をすする音が虚しく響く。
壁にもたれ掛かっていた竜児は、北村に歩み寄る。
「…北村もそれで……いいわけねえよな、すまねえ」
 しかし竜児の胸の内は微妙だった。母親の泰子が自分より幼い頃に、竜児を身籠り、家を飛び
出し、女手一つで育ててくれたのを知ってたからだ。でも、その厳しさも知っている。だから、
無理強いは出来ない。自分の無力さに気付き、ギリッと、歯を食いしばる。

「俺たちのために、わざわざ来てくれてありがとう。どうしようもない……よな? だから最後
 にみんなで笑って逢坂を送りたいんだ。引っ越すといっても、逢えなくなるわけじゃないし」
 北村と大河は腹を決めているようだった。竜児は実乃梨と視線を合わせ、互いに頷いた。

「わかった! すっげー寂しいけど、私たちらしく、最後にパアッとクラスのみんな呼んで遊び
 に行くか! じゃあ、来週の土曜日……って、あっ!」

 そして話し合いの結果、大河のお別れ会は、来週の土曜。草野球大会になったのだ。


 ──To be continued……

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