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鳳凰篇(後編)


キスを続けながら、実乃梨の指先がシャツの下から忍び込んできて、竜児の背中をまさぐっ
てくる。思いのほか冷たかった実乃梨の指先に背中の体温が奪われていく。
「……実乃梨」
 しかしその冷たさが心地よく感じるほど、竜児の全身は熱く上気していたのだ。一旦、自分
の太ももで指先が冷たくないかを確かめてから、竜児は実乃梨のブラジャーに手をやる。その
シンプルなデザインのブラジャーは、実乃梨の清楚さを引き立てていた。そしてパチッ……と、
ホックを外した途端、形の良い実乃梨のおっぱいがまろび出て、その時、ムワっと、おっぱい
から熱が立ち上った気がした。竜児は一度引き、シェイプされたボディからツンともり上がる
二つの白い膨らみを見つめる。くっきりとした谷間の影が、その形の良さを物語っていて、そ
こから醸し出る、媚薬めいた匂いが竜児の鼻先で揺らぎ、たまらず実乃梨のつやつやとした首
筋にむさぼるようにキスをした。……実乃梨の存在を確認するかのように竜児は、匂いを嗅ぎ、
舌で舐めまわし、右手はモチのようにやわらかいおっぱいの先端のピンクへと這う。と、ピク
ン……実乃梨は体をさらに竜児に寄せる。

「竜児くん……したいよ」
 耳元で囁かれた言葉に竜児のパンツが隆起する。実乃梨はパンツの上から竜児の本体を握っ
てきた。
「はぁくっ、実乃梨……」
 興奮して、はぁはぁと荒げた息が竜児の口から漏れだす。その口を実乃梨のキスで塞がれ、
そのまま二人はどちらともなくベッドになだれこみ、実乃梨に覆いかぶさる竜児はまた、実乃
梨の乳首をレロレロと舐め始めるのだ。
「いやあっ……」
 そんな訳ない。実乃梨は乳首を攻められるのが好きなはずだ。しばらく舐めて、そして吸っ
て……軽く、噛む。
「あっ、ああんっ!」
 そうやっておっぱいをなめられているだけなのに、実乃梨はビクビク、悦のそぶりを魅せる。
そのかわいらしい素振りを見て、竜児も悦に入る。
「実乃梨……しばらくこうしてぇ」
 竜児はおっぱいをむさぼり続ける。実乃梨のピンクの先端は明らかに勃っていた。喩えれば、
モチの中に大豆が入っている……そんな感じだろうか。互いに荒くなる吐息。パンツの上から
握られている竜児の本体も、ピクピクと反応していた。
「んっっ、んっっ、んふ……私も、触って欲しい……かも」
 無言で返事をする。竜児は指先を実乃梨のパンツの中に、シュルリと侵入。ぐちょりと濡れ
ていた入口の部分をコリッコリッつまむたび、こねくるように動く実乃梨が、跳ねる。
「あんっ、はあっ……んっ!」
 実乃梨は自分の指を噛む。と思われたがその指にテカるほどの唾液を浸し、竜児の先っぽを
直に、親指と人差し指でニュリニュリと、しごいてきた。目眩く快感、竜児の全身に刺激が走る。
「おうっ! 気持ちいい……」
 クチュンクチュンと、イヤラしい音が室内に響く。快楽に溺れる竜児だったが、実乃梨のつぼ
みを嬲る指先のペースを変えなかった。
「あひゃっ、あん、あぁぁ……っ、んやっ、ああんっ」
 ぼんやりと鼓膜に響く、大好きな実乃梨の嬌声。心臓が破裂するほど胸を叩き始める。高ま
る快楽。しかし先にのぼり詰めるのは竜児だった。
「おうっ! ……マズイッ!」
「はあっ、はあっ、え? 竜児くんマズイって、なんで?」
「イっちまう、くっ、もっと……実乃梨としてえのにっ」
「うふ。ねえ竜児くん、イっていいよ、イくとこ見せて……」
 そんなこと言われても……だって、まだ挿れてないのに……MOTTAINAI。
「いやっ、もっと、したいんだ……っ」
「安心してよ竜児くん。イった後もっと、シてあげるから。ね? ……えいっ!」
「おうっ! くう……っうっっ!!」
 ビクンビクン! と、竜児の先端から白濁液が勢いよく放出される。結局……実乃梨の手だ
けで、竜児はイってしまったのだ。



 ……先に昇天した罪悪感に苛まれる暇もなく、実乃梨に竜児は、パンツを脱がされる。
「私……ここ、舐める」
 おもむろに実乃梨はまだ白濁色の体液が滴る竜児の下半身に顔を埋め、ジュポ、口にふくむ。
「お……うっ……あっ、俺もっ」
 竜児も夢中で、愛しい実乃梨のパンツを剥いだ。丸見えになった実乃梨のその場所は、竜児
と同じく、やはり白濁色の糸が引いていた。
「んくっ、はあんっ! 竜児くんっ、そんな激しくぅ、んはぁんっ! ……おちんちん舐めれ
 ないよおっ! んーっ」
 実乃梨がチュパチュパ音を奏で、竜児の竿をお口いっぱいに根元までくわえる。ぐちゅりぐ
ちゅりとした実乃梨の口内で、さっきイったばかりの竜児の本体はすでに脈打ちはじめていた。
 竜児も実乃梨のつぼみから溢れる体液をレロレロ、ちゅっぷちゅっぷ、舐め回す。むさぼる
ようなクンニリングス。竜児の鼻先についた、ぬるぬるした実乃梨の愛液が甘酸っぱい臭いを
放つ。実乃梨が、ひくひくする度に分泌される潤沢な愛液は、彼女の尻の間まで溢れ出るのだ
が、全てを竜児は舌で舐めとるのだ。
「んーっ! りゅふひふん……あはっ、ああん! 私、イっちゃうぅっ!」
 たまらず実乃梨は竜児の本体をちゅぽんと口から抜く。しかし握る手はぎゅうっ、と力強く
なる。あんあんと、実乃梨はかわいい声をずっと漏らしている。
「俺、実乃梨がイくとこ見てえ」
 実乃梨の腰が激しくこねる。逃がすまいと竜児が掴んだ実乃梨の尻肉は、あり得ないほどや
わらかい。竜児の快感は頂点に達していたが、さっきイったおかげでなんとか堪えられている。
「はあっ、竜児くん、だめ……本当、イっちゃう! まだ挿れてもらってないのに! ああん」
「ん、いいぞ……イってくれ。」
「イヤだよ……竜児くんかわいそうだもん」
 竜児は指を挿れていた。ブシュブシュいやらしい音を愉しみながら、竜児は、シックスナイ
ンから態勢を戻し、実乃梨のおでこにキスをした。
「いいって……これでおあいこだろ? 気にしないでイってくれ」
 そして、竜児は実乃梨にディープキスをしたまま、さらに指先を秘部に滑りこませる。
「ああんっ……ィくーうっ! あん! あん! イくううっ、はあん、あん ああああっ!」
 と、実乃梨は身体を反らせ、股の間の竜児の右手を、太ももでグニューッ! と挟み込む。
真っ赤になっている実乃梨、上下に揺れるおっぱい……。汗だくの玉肌。そこいらに何度も竜
児はキスをする。そして、実乃梨は、弓のように身体を反らせ、一気に上り詰めた。

「はあっ、はあっ、竜児くん……恥ずかしい……もうっ、エッチ!」
竜児の唇を人差し指で軽くタッチ。その指先にキスをして、竜児の唇は すっと下に降り、
またピンクの先端へ。チュルンとアメ玉のように口の中で転がす。
「んはあっ! そんなすぐ……でも、おっぱい……気持ちぃ……」
「俺……実乃梨のおっぱい好きだ……汗の匂いも」
 竜児は、実乃梨の胸の間に溜まった汗を舐める。脳みそがとろけるほど、甘酸っぱい。
「……やだぁ……んふっ、竜児くんいいよ。私のおっぱいにいっぱいチュウして」
 しかし竜児は、おっぱいではなく、強引に実乃梨の脚を押し開いて、グチュグチュのアソコ
に顔をうずめた。
「んやぁっ! ズルい竜児くん、またっ、あ、あはぁんっ、イっちゃうぅ、やだ、竜児くんっ
 挿れて……竜児くんのでイきたい」
「おうっ、俺も挿れてえ。実乃梨の声があんまりかわいいから」
 そう言う竜児は一度、実乃梨のひくひくした下の唇にディープキスして、そこへ少し荒っぽ
く、腰を押し込んだ。
 ニュルンっ。挿入した。……実乃梨の中は熱い。
「あああっん! 激っ」
 実乃梨の指先も気持ちよかったが、実乃梨の膣内は熱くて、粘液が絡まりついて、ビリビリ
するほど感じて、髪の毛がざわめく感じがした。
「あんっ、あんっ、竜児くん! おっぱいも……さわって、強く!」
「おうっ、……くうっ、実乃梨の乳、やわらけえ、はぁっ実乃梨、愛してる、愛してるっ!」
「……はぁっ竜児くん、はぁぁん、私も愛してる……あっ、あっ、 あぁん!」
 腰の動きは早く、まるで互いの体をぶつけるよう。竜児は激しく腰を振りつつ、実乃梨の肉
体を吸い。胸を揉み、欲望のまま弄ぶ。


 すると実乃梨の手が竜児の首に絡まる。実乃梨の声が、熱が、臭いが、汗が、竜児の世界を
エクスタシーの頂点へと導く。いままで実乃梨と何度も交わした激しく、燃えるような行為。
そしてこれからも。いつまでも。愛しい。そう彼女に伝えた。喘ぐように。ねだるように。
「実乃梨、はあ、はああっ、……愛してるっ」
 実乃梨も答える。どんな甘い果実よりも甘く。
「うん。竜児くん。大好き。私も愛してる、あん、ああんッ!」

 もつれあって、結ばれ、一つになっていた二つのカラダは、やがて感電したかのように痙攣
し、そして……。

「ぁあんっ!」

 二人は嬌声を上げ、ベッドの底へ溶け落ちていくように、ゆっくりと沈んでいった。


***

 ホワイトデーの朝がきた。
 竜児は、朝の身仕度を終え、居間の卓袱台に肘をついている。
 時計がわりにただ流しになっているテレビ画面からは、初老のコメンテーターが関東地方の
天気は相当晴れているらしい事を伝えているのだが、高須家の南側に設置されている大きな窓
からは太陽の光が入ってくる事はなく、見えるのは隣のマンションとの境界壁。相変わらず高
須家はぼんやりとほの暗いのである。

「みのりんちゃん、オススメのケーキ、すっご〜〜っく、美味しぃ〜〜☆竜ちゃん、コレなん
 て言うんだっけぇ? タル? タルルルートン? んふ〜っ……」
 頭を悩ます泰子の前、卓袱台の上には慎ましい純日本食の朝食の後に広げた、泰子と実乃梨
へのホワイトデーギフトが鎮座していた。
「タルトタタンな、泰子。本来はリンゴを使うんだが、アルプスの主人に頼んでナシで作って
 もらったんだ。思ったより甘くなくて、美味いな」
 そして竜児の隣にぺちゃんと正座る、ナシが名前に入っている実乃梨は、
「まいうー! アルプスったら流石、いい仕事してますねえ。へへ、ありがとうね、竜児くん」
 と喜んでくれて、竜児の心を満たしてくれるのだ。すると泰子がすっくと立ち上がる。 

「竜ちゃんご馳走さま〜☆それではやっちゃんはぁ、そろそろお出かけしなきゃ〜!」
 日曜日だというのに今日も泰子は忙しい。昨日に引き続き、お好み焼き屋、毘沙門天国の開
店準備と、ママを譲る弁財天国ナンバー2の静代との引継ぎと大童で、短い睡眠時間にも拘ら
ず、休日出勤しなくてはならなかったのだ。
「おうっ! 行ってこい泰子。気をつけてな」
 と言って、見上げた泰子は、打ち合わせのみというスケジュールなので、ほぼスッピンなの
だが、奇跡の童顔輝かせ、ムッチリもち肌は今朝は絶好調だった。そうして泰子が一旦、自室
に引っ込むと、居間の奥に掛けてある鳥カゴからカタカタとした音を発っするのだった。



「めっ、めっ、めしーっ!」
「おうっ、おはようインコちゃん! いまやるから、ちょっと待っててくれ」
 竜児はインコちゃんに駆け寄り、鳥カゴを覆っている布を取り去った。姿を見せた寝起きの
インコちゃんはもちろんスッピンなのだが、奇跡のキモ顔輝かせ、泡立つくちばしは今朝は絶
好調だった。
「私もご馳走さま! 竜児くん、したらば、私めが洗い物をするから、インコちゃんの朝食は
 任せたぜ!」
「サンキュー実乃梨……てかインコちゃんが、昨日からやたらとハイテンションなんだが……
 まあ、いい事なんだよな……よ〜しよ〜し、かわいいなあインコちゃん」
 エサ箱を取り出すついでに、畳の上で鳥カゴから出したインコちゃんとじゃれ合う竜児。エ
サをやろうとして、そのまま指の腹をフガフガとかじられ、朝のささやかなコミュニケーショ
ンをとっているのだが、己の頭髪の寝グセも、インコちゃん同様トサカ状態になっているのが
実はさっきから気になっていたというところで、目前の泰子の部屋のふすまがガラリと開いた。
「では、やっちゃんは、お仕事いってきまーすぅ☆みのりんちゃんはぁ、六時くらいにお店に
 来てね?」
 いつもの調子でくりくりと髪を先を指で巻きつつ、ぽえぽえと、口を開いく泰子に、洗い物
をする手を一瞬止め、台所から笑顔を向ける実乃梨。
「いってらっしゃい、泰子さんっ。弁財天国に、六時っすよね? 御意」
「んう! みのりんちゃんバイトの面接待ってるね? じゃーねー☆」

 バタン! と、玄関が締まり、泰子が出勤していった。竜児もインコちゃんの世話を終え、
鳥カゴを定位置に戻すと、洗い物を終えた実乃梨が、台所から居間に戻ってきた。
「竜児くん! 洗い物完了しました!」
「おうっ! 相変わらず早えな? さて、と……俺たちもそろそろスドバに行く準備しねえと
 だな。そうだ、さっき食べたタルトタタンどうする? ちょっと余ってるんだが。実乃梨、
 持って帰るか?」
 すると、実乃梨は大きなどんぐり眼を瞑り、首を横に振る。
「私、結構食べちゃったし、もともと半分は、泰子さんの物だし、夜は弁財天国に面接に行く
 から持っていけないよ。竜児くん食べちゃってくれる?」
「そっか。それもそうだが、なんなら明日、学校持っていくか。一緒に食おうぜ?」
「ナイスアイディア! では話がまとまった所で、竜児くんっ、出発するかーっ! 張り切っ
 て、行こーっ!」
「おうっ! いつでもいいぜ!」
「……二度ともうここには戻れないよ」
「おうっ? なんだそりゃ?」
「覚悟の上だね!」
「……実乃梨?」
「40秒で支度しな!」
「いや、そんなに急がなくても……まあいい。わっ、わかった! 待ってくれ!」
 よく考えたら、なんとなく聞いた事あるセリフだった事を、竜児は頭の隅で思い出しながら、
バタバタと自室からカバンを持ってきて、竜児は実乃梨と玄関を飛び出した。

 爽やかな午前中の日射しを浴びながら、二人は手を繋ぎ、気付けば駆け足でスドバへ向かっ
ていた。

***




 ちり〜ん。
 21世紀になって久しいというのに、いまどきそりゃねえだろ的な、ベルの音の中、竜児と
実乃梨は待ち合わせ場所であるスドバヘ入るのだった。
「須藤バックスにようこそ!」
 既に春休みなのだろうか。大学生と見受けられるアルバイトが、元気な声で、無料のコーヒ
ーを強請りにきた竜児たちを明るく迎えてくれた。

「まだ誰も来て……おうっ北村! 早えな!」
「ようご両人! 約束の三十分前に来るなんて、ズバリ偉すぎるぞ! 感動の余り、眼鏡のレ
 ンズが曇りそうだぞ!」
 店内の奥にある禁煙のボックス席。北村は、全身ワイパーという喩えが許されるほど、大き
く手を振っていた。
「おっはー、北村くん。待たせたなっ? ねえ竜児くん、男同士、積もる話もあるだろうから、
 私が竜児くんの飲み物買ってくるっぺよ。何にする?」
 既にソファーに腰を掛けていた竜児は実乃梨を見上げ、お言葉に甘える。
「おう、ブラックのコーヒーに、チリドッグ食おう」
「さすが高須、チョイスが渋い。しかし男は黙ってコーラだろ? 既に全員分のコーラがここ
 にある!」
 デンッ! っと汗をかいたグラスを差し出す北村。コーヒーショップでコーラを注文むのも
オカシな噺だが、コーラをメニューに入れてしまうオーナーの須藤さんも、オカシな噺だ。
「コーラって……北村〜。無茶苦茶すんなよな? まあいい、一応飲むか、MOTTAINAI」
 すると「え〜」と実乃梨が口を挟む。どうやら会話の途切れるのを待っていたようだ。
「ご注文繰り返しま〜す。竜児くん、ブラックのコーヒーに、チリドッグね? ん〜私はコー
 ヒーに、シナモントースト……いや、女々しいなあそれは。チーズトーストにしよっかな?」
「女々しいって実乃梨……お前は正真正銘の女子じゃねえか」
「え? ああ、そう、そうだったよ。いやー、たま〜に、自分が女子だって忘れちまうことあ
 るんだよね」
「……そうなのか? まあ、たとえ俺は、実乃梨が男でも、お前のこと……お前のっ」
「ちょっ! ……や、やだよこの人は。北村くんの前で何言おうとしてんのさっ! こっぱず
 かしい事言わないどくれよ!」
 スパーン! と実乃梨は、竜児の背中に気合を入れ、逃げるようにスドバの注文口に消えて
いった。叩かれた背中は、派手な快音だった割には、まるで痛くはなかった。こういう小技に
しても、実乃梨はテクニシャンだ。見送る竜児。そして北村は、
「あっはっは! かまわん、かまわんぞ高須! 仲良きことは美しき哉! ズバリ武者小路実
 篤だな。たしか同じ白樺派の志賀直哉が現国の試験範囲になっているし、丁度いいじゃない
 か。いやー、しかし金曜日の昼休みの放送は、豊年っ! 豊年っ! だったなあ」
「豊年って……お前それ、『暗夜行路』かよ。そんな事言ったら北村、昼休みに何があったか、
 恐ろしくて聞けねえじゃねえか」
 異常なテンションの北村に、首を傾げる竜児なのだが、これも、大河が転校したのがショッ
クの後遺症なのかもしれない。そう憂慮するのだが、北村の暴走は、留まる事を知らなかった。

「おっくれてる───────────────────────────────────
 ─────────────────────────────────────────
 ────────────────────────────────────────!」





 引いた。あまりの親友の凶行に、流石の竜児も引いた。いったい親友に、何が起こったのか
のだろうか? もしかしたら、なにかのラノベのパロディーなのかもしれないが、使うところ
が間違っているのは、元ネタを知らない竜児にも確信できた。
 今度こそ本気で心配し始める竜児。そこに大学生のウェイトレスの「須藤バックスにようこ
そ!」が聞こえた。

「ちょっと佑作っ!、あんたのシャウトが店の外まで聞こえてんだけど、一体なんなのよ!」
 ものすごい剣幕で、美少女モデル、亜美が、店の入口から指先を突きつけながら、北村に、
直行してきた。背後にはモテ系ファッションに身を包む、木原と香椎の姿もあった。
「すまないな亜美! 実は店の窓からお前たちが見えてな。時間に遅れている事を指摘したか
 っただけなんだ」
 そうして店内の注目を浴びてしまっていると、注文口にいた実乃梨が、せっかく並んでいた
行列を抜け出し、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「おいーっす、あーみーんっ! あ、麻耶ちゃんと奈々子ちゃんも、ちぃーっす! そーだ、
 とりあえず駆け込み三杯! グビッと、コーラでもやってくれい!」
 実乃梨は、テーブルの上に並んでいたグラスを三人に差し出す。その中で一番実乃梨の近く
にいて、勢いに押された木原が、ついヌルくなりつつある、コーラを口にしてしまう。

「うわっ、なにこれ櫛枝! 炭酸抜けて甘っ! ペッ、ペエッ! もうっ! 違うの飲む!」
「……このコーラ頼んだの佑作でしょ? バッカみたい。罰としてみんなのオーダー分、運
 びなさいよねっ? とにかく一緒に来いっ!」
 そう言って亜美は、強引に北村を注文口へ引っ張っていった。その後ろには、実乃梨と木原
と香椎が着いて行ってしまい、一人寂しくボックス席に取り残された竜児の前に、それまでの
経緯を全く知らない能登と春田がノコノコとやってきたのだ。

「おはよう高須。あれ? 人数分のグラスがある。なんだ、俺たち以外みんな揃ってんだ?
 早っ!」
「うい〜す☆高っちゃ〜ん、おりぇの席ここでいいの? てか、このジュース、どれが誰の?」
 と春田はテーブルの上のグラスに、ツンツンと指で差す示す。すると能登は、その内の一つ
に、ピンクの口紅が着いているストローが刺さっていたグラスを発見してしまい、瞑らなカ
ワウソ眼で、しっかりロックオンするのだった。

「おい能登。俺も男だ気持ちは分かる。分かるんだがな。それはちょっとどうかと思うぞ」
「え? ななななななに言ってんの高須っ! 木原のストローなんて見てないよ? ちょっと、
ピンクの口紅が付いてるから、これって誰のかなって、気になっただけじゃん!」
「ピンク? 木原は口紅は紅かったぞ? こっちが木原のストローじゃねえかな? 紅い」
「紅色は亜美ちゃんじゃな〜い? フヒヒ、俺、このストローで飲んじゃおうかな。間接キッ
 ス☆」
「……まて春田。それは実乃梨のだ……てか二人とも、確信ないなら間接キスは諦めろ。後悔
 先に立たずだろ?」
「だ、だから違うんだってば高須、うーん……味見、いや、これって美味しいかな〜って!」
 無論、嘘だろう。味見っていってもどれを飲んでも一緒。能登は自分の欲望を誤魔化すのに
必死だ。
「能登、わかった。お前って、ギャンブラーだな。まあ、あくまで味見というなら仕方ねえ。
 ちょっとだけ飲むだけなら、俺は目を瞑るぞ。青春だな」
「ウヒョー! 能登っちレッツ☆グオー!」
 他人事ながら盛り上がる春田。これから始める能登の行為は、一切、他言無用だという事は、
不文律の男のルール。熱いフレンドシップだ。



「あ、ありがとう高須、春田、俺は一線を超えるぞ! 二人とも忍びねえな?」
「かまわんよ」
 と、少々廃れたお約束を交わし、能登は念願のストローに口を付け、そして吸った。すると、
「おお能登と春田! 遅かったじゃないか! ん? なんだ能登、それは俺の飲んだコーラじ
 ゃないか! 仕方ないやつだな!」
「ブッフオオオ! だ、大先生! マジで? だってこれ、口紅……」
 能登は盛大にコーラを噴霧、さっきまで咥えていたストローを指差す。
「どうすれば口紅に見えるんだ? 血だ。間違いない。血がついている。実は俺の唇、大変な
 んだ。すっごいカサカサなんだ、いや、しかし間接キッスではないか。恥ずかしいなぁ」
 頭を掻く北村に対して、能登は超燃費、さっきのテンションはどこへやら。魂の抜けた能登
は、ゆっくりと竜児に、真っ青な顔を向けた。
「……どうしよう高須。俺、思いっきりストロー味わっちゃったよ。そして思いっきり愉しん
 じゃったよ。俺こういう冗談が、一番苦手なんだよ、ね……」

 残念すぎる。竜児は頭を抱える。すると春田の口が弾ける。
「能登っち悲惨! ちなみに、このコーラは飲んじゃ駄目。俺のね? It’s 峰っ!」
「春田、It’s mineだろ? しかし能登よ。なんつーか、それって……」

 と、竜児が言葉を紡いだ、次の瞬間。

「「遺憾よね」だよな」

 竜児は誰かとセリフをシンクロナイズ。竜児は全力で振り返る。そんなセリフ吐くやつは、
一人しかいない。それは、

「「大河──っ!!」どうしたのさ? なんでここにいるのさ?」
 今度は実乃梨とシンクロナイズ。竜児は驚き、飛び上がる。フルパワーで、実乃梨にハグさ
れる大河は、似合っているが、見慣れないセーラー服を着ていた。
「んああっん! みのりんただいま〜っ! あのね? ママが退学届けを次の日には撤回して、
 休学届けにしておいてくれたの。ただ転校先の学校に手続きだけちゃっていたから中々許可
 でなくて……だから、この制服着るのも最初で最後。私、明日から復学するんだから! 終
 業式も一緒なんだからっ!」

 戻って来た。大河が戻って来た。みんながいるここに。
 今、目の前にいる大河は、正真正銘の大河だ。腰まである淡色の髪、白い小さな顔に乗っか
った長い睫毛、小さな鼻、唇。一ヶ月前に別れたそのままの大河だった。ただ違う所と言えば、
セーラー服に身を包んでいるところか。正直、どう贔屓目に見ても、小学校から進学したばか
りの中学生にしかみえない。そこにパニーニを持った木原、登場。

「っあっれ──? タイガーじゃ──んっ! ねえねえ亜美ちゃんっ、奈々子っ! タイガー
 が、コスプレしてるぅぅ! 超かわい────っ!!」
「コスプレ? んなあっ、ちょっとチビ虎っ!! 久しぶりに逢ったら、何セーラー服とか着
 ちゃってんのよ、ズルくね? あたしだってセーラー服、超〜似合うんだからっ……」
 そんな亜美の憎まれ口は、最後は聞き取れないほど、声が震えていた。
「おかえりタイガー。うふふっ、今日は勉強会どころじゃないかもねっ」
 という香椎のやさしい声は、店内は騒々しいに掻き消されていく。




「むうにゅううっ、みのりんみのりんみのり〜〜んっっ! 私、みんなのところに戻ってくる
 為に、メールでも連絡できないくらい、いっぱい頑張ってきたんだよ! でも、これからは
 また一緒っ、すっごい、私! うれしいっ!」
「うおおっっ──! 大河ーっ! みのりんもうれしいぜええーっっ!」
 ちょっと竜児が嫉妬してしまうほど激しい二人の抱擁。ふうっ、と溜息。そうして竜児は、
実乃梨の肩に手を触れた。

「……なあ実乃梨、この後、学校いかねえか?」
 ぐりっと首だけターンをきめる実乃梨。目尻に浮かんだ涙は、昨日のそれより、熱を帯びて
いる。
「えええ? 学校? 竜児くんなんでさ?」
 もたげた実乃梨の肩越しに、キラキラ光る大河の顔も覗ける。そして、ふたりに竜児は、出
来る限りの祝福を提案した。
「大河が戻ってきたお祝いに、俺が腕を奮ってやる。学校の高須農場の野菜達で、俺の最終奥
 義『鳳凰』を創ってやる。なんでも『鳳凰』ってのは、祝いの席で創るらしいからな。大河
 は戻って来たし、ホワイトデーだし。場所は、弁財天国借りて……なあ、どうだろう?」
 竜児は声を張る。大河と実乃梨は顔を合わせ、ニンマリした。

「野菜で『鳳凰』とな? そりゃすっげーよ、あーた! 及ばずながら流浪のウェイトレス、
 私も手伝わしてくんなましっ! ねえ大河っ! 勉強会の後に学校へ行くって! いいよね?」
「うん! 竜児はイヤだって言っても造っちゃうだろうから、食べないと野菜たちが可哀想だ
 もんねっ? もちろん行くわよ! おいばかちー!! 貴様も来るのだっ!」
 犬猿の仲、宿敵同士の大河と亜美は、ケンカしてるんだか、抱き合っているのか、訳分から
ない位、身体を寄せあっていた。
 そうやって、みんなが喜ぶ姿を眺め、つい、感極まり、言葉を失う竜児。そこに誰かから、
肩を叩かれた。 
「驚いただろ高須。俺は知っていたんだが、逢坂にまだ内緒にしてって言われててな。騙した
 みたいで、すまない」
 平伏す北村の肩を、今度は竜児が叩く。
「そんなことねえよ! てか、もう嬉し過ぎて、どうでもいい! そうだ、お前も『鳳凰』食
 ってくれよな? 絶対旨いから!」
 最近、北村の様子がおかしかったのは、大河の事をカミングアウトしたかったのを、大河の
言いつけ通り、我慢していたからであろう。全ての謎が解けた竜児は、もう嬉しくって、笑い
が止まらなかった。と、その横。

「くうっ! みんな……よかったねえ! うくくっ!!」
「ちょっと、須藤さん……なんで泣いているんですか?」

 なぜか部外者の須藤氏も混ざって号泣していた。
 止まらない、みんなの泣き、笑い声が店内に響く。


 そして新しい日々が、また、ここから始まる。


 おしまい。

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