第四話
第四話：雪、逃げ出した後 / Rattus norvegicus's Dilemma
国道158号線を旧美山町方面から走って行くと大野市?入市検問所は二カ所ある。一つは花山検問所、そしてもう一つは新丁（ようろう）検問所。以前までは花山検問所のみが旧美山町方面から国道158号線を通って向かった場合の入市検問所であったが、度重なる不正入市者及び脱市者対策のため新丁検問所が設置された。
ニッシーはハマーのハンドルを新丁検問所の方へ向けた。
「そういえば新丁検問所工事に関わる噂、聞いたことある？」
煙草に火をつけニッシーはニッシーの友達に聞いた。
「いや、聞いたこと無いな。どんな話だい？」
そう答えるニッシーの友達にニッシーは「あくまでも噂なんだけどね」と前置きし、説明を始めた。
大野市?と旧美山町の共同業務として新丁検問所工事は発表された。しかし、共同業務としながら実際は費用の全てを旧美山町が負担している。そもそも大野市?が管轄する検問所の工事業務を旧美山町と共同業務にすること自体に疑問があるが、加えてその全費用を旧美山町側が負担していたというのは全く理解ができないところである。当時、大野市?が旧美山町側に旧美山町方面から国道158号線を通る入市者の入市許可証購入額の折半という話を持ちかけ工事費用を全額負担させた、という話があった。入市許可証購入額は一説によると米国国防予算に匹敵する約60兆円/年と言われ、その半分が旧美山町方面から国道158号線を経由した入市者のものだと言う。つまり、約15兆円/年の収入を旧美山町側は見込めることになる。過疎が進み減収が続いていた旧美山町にとってこの話は工事費用の捻出はかなり困難ではあるものの「かなりおいしい話」と言えた。しかし、新丁検問所が完成した後、大野市?から旧美山町に払われた入市許可証購入額は25万円のみ。大野市?は「一人目の入市者の入市許可証購入額を折半するとしか言っていない」と言い張った。これにより旧美山町の財政はかなり深刻になり、単独での立て直しが不可能な状況におかれた。さらに、この話には続きがある。この大野市?の詐欺ともとれる行為の裏には福井市の影が存在しているというのだ。市土の拡大を狙っていた福井市が旧美山町の吸収を実現するために、大野市?にこの話を提案し旧美山町の財政破綻を加速させた。つまり、全ては福井市が仕掛けたもので大野市?はそれを実行しただけだという。考えてみれば、入市許可証の発行だけで年間約60兆円を稼ぎ出す大野市?にとって検問所の工事費など大した額ではない。では何故、大野市?は詐欺まがいの行為までして福井市のために旧美山町を陥れたのか。その答えは、福井市から提案された交換条件「市交締結」にある。軍事都市大野市?にとって福井市は福井県内で唯一脅威としている都市だった。その脅威の理由は「福井県庁ロボ」の存在である。福井県庁ロボは福井県の単独所有と思われがちだが、実は福井県と福井市の共同所有となっていて、両者とも独自の判断で出動をさせることが可能だ。これは「県都である福井市は福井県の所有物を自由に共同所有と置き換えられる」という最高裁の判断から成立したものだ。軍事都市ではあるがロボの開発には出遅れていた大野市?にとって福井県庁ロボを所有する福井市との市交締結は願ってもいない話だった。そこで大野市?は福井市の提案を受け入れ旧美山町を陥れたというのだ。
「それ、本当かい？」
「いや、あくまでも噂だよ。ただ、後に旧美山町が福井市に編入することになった事実、そして突如採択された福井市と大野市?の市交締結条約の事実を踏まえるに、噂と言えども高い信憑性を感じざるを得ないね」
「確かに、あの時の市交締結は違和感ありまくりだったもんなぁ」
「まっ、とにかく、そういう噂もあるって程度に覚えといて損はないんじゃない。さっ、いよいよ136度線だ」
新丁検問所はトンネルの内部にある。
トンネルの入口に立つ迷彩柄の男の指示に従いニッシーはハマーを停め窓を開けた。
「ことしはぶつだんかえなあかん」
迷彩柄の男がニッシーに話しかける。
「しまった！大野弁か！」
迂闊だった。考えてみれば大野市?なんだから大野弁を話せなければいけない可能性は高かった。しかし、いかにニッシーといえども大野弁はマスターしていない。
「ちくしょう、何てこった。万事休すか……」
ニッシーが呟いたその時、助手席のニッシーの友達が言った。
「入市許可証を出せってさ」
「えっ、お前、大野弁が分かるのか？」
「ああ」
「な、何で？」
「説明は後だ。とにかく早く入市許可証を出した方が良い」
ニッシーの友達の言う通り、ニッシーは入市許可証を出した。迷彩柄の男はニッシーの入市許可証を確認し、次にニッシーの友達の入市許可証を確認し、ニッシーを睨みつけた。
「さといも！さといも！」
怒っているように感じたが何を言っているのかが不明なニッシーはどうして良いのかわからない。そんなニッシーにニッシーの友達が小声で耳打ちをした。
「笑顔でかみしょー！って言うんだ、早く！」
ニッシーはわけもわからないまま、とりあえずニッシーの友達の言う通りにした。
「かみしょー！」
とにかく満面の笑みで言った。すると、10秒程考えて今度は迷彩柄の男が笑顔になった。
「ほしやま♪」
「行っていいみたいだよ」
ニッシーの友達の言葉を聞いてニッシーは、なぜニッシーの友達が大野弁が理解できるのかを疑問に思っていた。
ニッシーの友達は高校卒業後すぐにNASAに就職している。叔父が当時のNASA長官ジェイムズ・フレッチャーだったのを利用しての、いわゆるコネ入局だった。しかし、もともと宇宙マニアだったニッシーの友達は入局一年目にして長年温めていた宇宙開発プラン「ギャラクシートレインプロジェクト（GTP）」を企画提案。宇宙に鉄道網を張り巡らせて移動する、という今までにない斬新なプランは、多くの科学者から喝采を浴びた。GTPに対してホーキング博士が言った「これは第二のシルクロードである」という言葉は余りにも有名だろう。GTPはすぐにNASAの国際宇宙開発計画に採用され、ニッシーの友達はその計画の責任者に抜擢された。入局当時はコネ入局ということもあり他の局員から陰湿なイジメを受けたらしいが、このころにはニッシーの友達の才能に魅了された局員達がニッシーの友達の話を聞きたいと列を作って押し掛けたと言う。ニッシーは今でも当時ニッシーの友達が電話で言っていた、「GTPが認められたことは嬉しかったけど、それよりも宇宙のことを大好きな局員達と仲良くなれたことの方が嬉しかった」という台詞を思い出す。何ともニッシーの友達らしい台詞である。それ以降、GTPの責任者として職務を全うしてきた彼である。大野弁を理解するために勉強する時間など無かったはずだ。だからニッシーは大野弁を理解しているニッシーの友達に疑問を感じていた。いやしかし、それは聞かない方が良いのかも知れないと思いつつ、ハマーのアクセルを踏んだ。
トンネルは思ったよりも長かった。途中、何度か停められ大野弁で指示されたが全てニッシーの友達が対応していた。二人の腕には18度目の停車の時に渡されたIDタグが着いていた。ニッシーは本当にニッシーの友達と一緒に来て良かったとつくづく感じていた。入口で迷彩柄の男に停められてからどれぐらいの時間が経っただろうか、ようやくトンネルの出口が見えてきた。
市境のトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。
時計を見ると既に午後9時を回っていた。
「ちょっと、アメリに電話だけいれるわ」
ニッシーの友達にそう言うと、ニッシーは発信履歴からノラガラスを選び電話をかけた。
「あれ、出ないな」
そう言って電話を切ると今度はトモハルに電話をかけた。
「あれ、トモハルもか」
「二人とも出ないの？」
「うん、そうみたい。まぁ、しょうがない。とにかく先を急ごう」
そう言って携帯電話を胸ポケットに入れ、ニッシーはハマーを三好野へと走らせた。
2007年05月14日(月) 11:09:35 Modified by ID:dlMcI4QE1Q