WHITE ALBUM2 SS まとめwiki - 第13話 小さな世界(後編)
かずさ来日から、春希が密着取材のため半同棲生活を送っていたこと。
春希と雪菜が婚約したこと。その直後、別れを告げられたこと。
それを聞いて依緒、柳原朋と4人でやりあったこと。その後春希と2人、公園で話したことを。
特に最後については、周囲に漏れ聞こえないよう小声で伝えた。

「白血病……!?(小声)」
「これだけは他の誰にも言わないでくれな。マスコミが聞きつけたら大変だ」
「あ、すみません飯塚先輩。私一つ言い忘れてました。今日から私、開桜社でバイト始めました」
「……………………」

武也は天を――といっても、店の天井だが――仰いだ。

「ご安心を。私がこんなネタ口外するわけありませんから」
「ああ、そこは信用してるよ。ただ、依緒や雪菜ちゃんも知らないトップシークレットだからな」
「肝に銘じておきます。けど……矛盾してませんか?」
「何が?」
「冬馬先輩の世界には、お母さん……冬馬曜子と、北原先輩の2人しかいなかった。
 お母さんにもしもの事があったら、北原先輩しかいなくなる、と」
「ああ。俺はそれを雪菜ちゃんに話せば、3人で違う未来が迎えられるかも、と言ったんだがな……」
「じゃぁ何故、病床の母親を日本に置き去りにしてウィーンへ移ったんでしょうか」
「そりゃ……雪菜ちゃんや俺たちに顔向け出来ないから?」
「病気のお母さんを支えてあげることを放棄してでも小木曽先輩や飯塚先輩たちの側には
 いられないと自認している、って事ですよね」
「ん? ……ああ、そう取れなくもないな」
「それってつまり、小木曽先輩や飯塚先輩たちも実は冬馬先輩の小さな世界の住人だからこそではないですか?
 少なくとも、病気のお母さんを日本に置き去りにすることと天秤にかけるくらいには」
「……」
「冬馬先輩は、自分の世界にはお母さんと北原先輩の2人しかいないと思い込んでいる。
 けれど自覚してないだけで、小木曽先輩たちも確かにそこにはいる。だからこそ、日本から逃げた。
 世界に2人しかいない、と思い込んでいる住人の1人を切り捨ててまで」

小春は酒が入っていることを感じさせないくらい冷静に考え、武也に見解を述べていく。

「もしくは、最初からお母さんは冬馬先輩の世界の住人じゃなかった。最初から北原先輩たった1人だった。
 それでも今回の愚行の辻褄は合いますけど……聞いてる限りだと、この可能性は無さそうですよね?」
「ああ、春希から聞いてる限りではそれは無い。冬馬曜子は、冬馬かずさの母であり、師匠であり
 ライバルでもあった……春希が昔書いた雑誌の記事にも、そんな感じのことが書いてたはずだ」
「……結局、小木曽先輩たちから逃げて2人の世界に閉じこもっただけ、かぁ」
「……」

武也は、言い返す言葉が見つからなかった。
このコは……小春は、どんな思考能力をしているのだろう。
それが正解かどうかは武也には判らなかったが、的を射ているのでは、とは思えた。

「これは多分、少なくとも私は確実に冬馬先輩の世界の住人じゃないからこそ、
 客観的に見えたことなのかもしれません。まぁ、やってる事だけ見たら
 惚れた男を婚約者から奪って海外逃亡、ってだけですもんね。その時点で許す許さないの範疇を超えてます。
 そして北原先輩は、この愚行を止めなきゃいけなかった。
 冬馬先輩の世界には、本当は小木曽先輩たちもいたんだって見抜かなきゃいけなかった。
 なのに、昔小木曽先輩を裏切った罪悪感と、5年越しの恋愛感情でそれが見えなくなってた。
 もしくは、もっと単純に……裏切り続けてしまった小木曽先輩の近くにいたくなかったから。
 まぁ、結論としてはやっぱり逃げただけ、という事になりそうですが……異論ありますか?」

小春は一気にまくし立てると、4杯目のグラスを空にした。

「いんや、少なくとも今の俺には反対も反論も無いな……小春ちゃんの見解が正しいのかどうかも判らないが」
「そうですね、私もさんざん喋っておいて何ですけど、あまり自信はありません。ただ……」
「ただ?」
「もしこの想像が当たっているのであれば、ですが。北原先輩と冬馬先輩は、日本に帰ってくるべきだと思います。
 もちろん今すぐって事は無理でしょう。けど、お母さんの病気の事もあります。
 あまり想像したくない話だし不謹慎ですが、万が一お母さんが亡くなってしまったら、2人にとっての
 日本に帰る理由が失われてしまう。ですから、それまでには帰ってくる……いや、帰らせるべきだと思います」
「そうだな、けど問題はどうやってそれを春希たちに自覚して貰うか、か」
「もう1つ。小木曽先輩にもそれを理解し、2人を受け入れられる状態になって貰わないといけません。
 どちらかといえば、こっちの方が時間がかかって厄介かもしれません」
「ああ……今すぐどうこうってのは無理だ」
「そうですね。ですが北原先輩から聞いている限りだと、小木曽先輩は北原先輩と冬馬先輩と3人でいることに
 拘っていた、と。これについては先日、小木曽にも言質をとりました。
 『これは3人の問題だから口出ししないで欲しい』といったことをご家族や飯塚先輩たちに言ったようですね」
「ああ、確かに言われた。正確には、家族と朋が言われたらしいがな。雪菜ちゃんのいないところで
 春希を糾弾する小木曽家に対して、相当憤慨したとも聞いてる」
「でしたら、望みはあります。今しばらくは、時間という薬が必要でしょうけど……」
「そうだな……しっかし小春ちゃん、凄い……としか言えない自分の語彙が憎いくらいだが。凄いよ、君」
「いいえ、まだです。先ほど述べた通り、私の見込みが合ってるかどうかも判りませんし
 見当違いの推測を並べてるだけかもしれません。ただ、どちらにしてももう1度あの3人は
 同じ舞台の上に立つ必要がある、とは思います」
「となれば俺たちのやるべきことは」
「舞台を作り上げること、です」

2人は、どちらからともなく乾杯した。

「あ、そうそう。長話になったついでにもう1つ」
「なんだよ小春ちゃん、まだ何かあるのかい?」
「さっきも言ったように、2人が日本に帰ってきた時に受け入れてあげられる態勢を
 作っておかなければなりません」
「? ああ、それはさっき聞いたが……」
「飯塚先輩と水沢先輩がケンカした理由って、おそらく北原先輩ですよね?」
「なっ!」
「自分が原因で飯塚先輩と水沢先輩の仲がこじれている、なんて聞いたら
 あの責任感の塊は、また自分が悪い、自分のせいだって自責の念にかられるでしょう。
 だから……とっとと仲直りしといてくださいね? 必要なら私が間に入りますよ」
「……俺、君と知り合えて良かったのか悪かったのかちょっと自問自答していい?」
「どうぞご自由に。できれば前者希望ですが後者でもかまいませんよ?」

そう言って小春は、くすくす笑った。



時間を忘れ、長話をしてしまった2人が店を出る頃にはとっくに終電も出てしまっていた。
武也は「最後までエスコートさせて貰うよ、お嬢さん」と軽口を叩き、小春は最初は断ったものの、
ある種信頼関係が出来上がった2人はタクシーに相乗りして帰ることにした。



そこにちょうど、2人を乗せようとしたタクシーを目撃した一人の女性がいた。
彼女は職場の飲み会で、御宿の別の店で同僚たちと飲んでいた帰りだった。

「あれは武也……と、確か、杉浦小春……!?」

依緒だった。

第13話 了

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