WHITE ALBUM2 SS まとめwiki - 第4話 傍観者の懊悩
「はぁっ、はぁっ、はぁぁ…」

若い女性が、閑静な住宅街で突然
「あの男ぉぉぉっ!」と咆哮する姿は客観的に見て、かなり異様だ。
その事実にすぐ気付いた小春は、恥ずかしさのあまり逃げるように自宅まで駆け抜けた。

「ダメだ。どうしても、北原先輩のことが思い浮かんじゃう……」

観念した小春は自室で一人、深呼吸して息を整えながら今日のことを考え始めた。

北原先輩は、小木曽先輩と結ばれていたはずだ。
それなのに、小木曽先輩を捨てて……他の女性と海外へ去った。
他の女性というのは、おそらく……いや、間違いなく。冬馬、かずさ。
亜子の口から直接名前こそ出なかったが、小春には思い当たるフシがあった。
いつぞやの峰城大付学園祭。伝説のステージと呼ばれる、そのライブ。
ギターの北原先輩と、ヴォーカルの小木曽先輩。そしてキーボードやサックス、ベースと
多芸多才ぶりを発揮した、もう1人の女性。それが、今では日本クラシック界のみならず
クラシックに疎い一般人にもぐんぐん知名度を上げているピアニスト……冬馬かずさ、先輩。

DVDでの映像越しではあるが、小春もこのステージを見たことのある人間だ。
しかしその時、小春の目を釘付けにしたのは白い衣装を身に纏った天使のような歌姫ではなく
黒い衣装を身に纏った小悪魔的な天才でもなく。「あの時の、音楽室の、あいつ」だった。

だからこそ、小春は気がついていた。
このステージにいる春希が、自分の知らない春希が。
「誰に対してカッコつけているのか」を。
演奏中のその仕草。時々……というか、しょっちゅう視線がかずさへ向いていることに。
ずっと春希を見ていたのだからこそ、小春には判ってしまったのだ。

そしてそれ以上に、2年前のクリスマスイブ。
春希と雪菜のデートのため外堀を埋めていった現場監督は。
その時2人が結ばれなかったことと、その原因を……春希の、かずさへの想いを。
他ならぬ春希本人から聞かされ、知っていた。

それでもあの時、春希は自分の過ちを後悔し、思い悩み、苦しみながらも、一生懸命雪菜と向き合おうとしていた。
そんな前向きな姿勢を見せた春希を、小春は心から応援していた。
春希に改めてフられ泣いている美穂子の側で、心の涙を流しながら。

そしてその2ヵ月後、小木曽家のリビングで過ごした時間は。
春希と雪菜の明るい未来を、小春も含めその場にいた全員に確信させてくれた。



――それなのに、この結末は何なのだろう。
2年前のあの出来事すべては、何だったのだろう。

小春の頭には、疑問符ばかりが並んでいた。
亜子から聞いた話だけでは、真実に辿り着けない。
真実を知らなければ、お節介を焼けない。自分の本領が発揮できない。
小春は「何か行動しなければならない」との、ある種使命感のようなものに駆られた。
だが、自分が何をすべきなのかが、まだ判らない。もしかしたら、何もしないのが正解なのかもしれない。
だってこれは、あの「伝説のステージ」の上にいた3人の問題なのだから。

そうは思っていても、小春は自分がどうすべきか、すべきじゃないのか。
自分に出来ることがあるのか、ないのか。自問自答しながら眠れない夜を過ごす。
いつだったか、行方知れずになった雪菜を探していた時に見せた
あの時の「北原先輩」のように。冷静に、冷徹に。ただ目的を達成するために。

今の小春にはまだ、その「目的」も見えないけれども。



それでも、どれだけ悩みながらも。これだけは確信を持って言えることがあった。

「おかしいよ……先輩、こんなの絶対おかしいよ……っ!」

誰もいない自室で小春は一人、その真っ直ぐな瞳から涙を零した。



翌朝。夜通し悩み、苦しんで。
小春は最初の第一歩に、いきなり綱渡りとも思える道を選びながら携帯電話を取り出す。

「もしもし? どうしたの小春、こんな朝早くに」
「あ、おはよう亜子。ごめんね。寝てた?」
「おはよう小春。ううん、今日は1コマ目から講義あるから起きてたよ」
「そっか」
「……どうしたの? 何かあった?」
「あのね、亜子。不躾でゴメン……お願いが、あるんだけど」
「ええ? 小春が私にお願いだなんて珍しいね。いつも私たちがお願いする側なのに」

ふふっ、と小さく微笑む亜子とは対照的に。
ふぅっ、と小さく息を吐き。意を決して次の言葉を紡ぎだす小春。

「彼氏と……小木曽と、話がしたいんだ。ちょっと借りれない、かな?」

第4話 了

第3話 心の痕(きずあと) / 第5話 歩き出す傍観者(前編)