福岡県の郷土のものがたりです。

  • みやこ町犀川

夏の宵になれば、無数の蛍が川原に飛びかい、見物客で賑わうという犀川の町は、山あいの緑と

澄んだ水の流れと、新鮮な空気に恵まれた静かな町です。

この町には、神功皇后が三韓征伐からのお帰りの時に、粕屋郡宇美町の宇美八幡宮でお産みになった

応神天皇が、ここで初めてお立ちになったことを記念して建てられたという由緒深い神社があります。

この時、神功皇后が、「わが皇子生立(おいたつ)なり」と言われたことから、神社の名前はこの故事に因んで

「生立神社」と名付けられたと言われています。

この生立神社の拝殿に、鎖に縛られた一風変わった竜の彫刻額が掛けられています。土地の人たちに

縛り竜と呼ばれているこの竜には次のような話が言い伝えられています。

いつのころかはっきりしませんが、今から二百年以上も昔のことだそうです。

夜になれば、生立神社の境内近くから不思議な物音が響き渡り、村の人を恐れさせていました。

その不思議な音とは、何者かが激しく水ばたを打ちたたくような音であったり、時にはそれにまじって

轟くような獣の大声であったりします。

村人たちがその音に驚いて戸外に飛びだすと、神社前の古池あたりの森が青白く浮かび上がっており

そのうえ神社の上空あたりには異様な妖気さえ漂っています。

こうした異変が毎晩のように続くと、村人たちは気味悪がって、昼間でさえ神社には近寄らなくなりました。

そして夜ともなれば、村人たちは家の戸をしっかりと締め、息をひそめて怪しい音が絶えるのを待ちました。

困った村人たちが、ある日集まって相談した結果、この異変を鎮めるご祈祷を、生立神社の宮司さんに依頼

することになりました。

村人たちの依頼を受けて、宮司さんは七昼夜にも及ぶご祈祷を行いましたが、ききめはいっこうになく

怪しい音はますます激しさを増すばかりでした。

いよいよ困り果てた村人たちは、再び寄り集まって相談しましたが、なかなか良い考えが出てきません。

そのうち一人の村人が

「うん、そうだ。こげなことは爺様に聞いてみりゃあどげんかいな」と言い出しました。

爺様とは、村一番の長老で、もう百歳にもなろうかという、いわば村のことならなんでも知っている

生き字引のような人です。なにぶんにもお年寄りのこと、足も弱っており、この寄り合いには参加してなかった

のです。

さっそく村のおもだった人たちが長老の家に行き、最近の変事について長老の意見を聞きました。

長老はしばらく目をつぶって考えていましたが、やがて、

「そりゃあのう、竜が天に向ってうそぶく声よ」

と、しわだらけの口をモゴモゴさせて言いました。

長老が言うには、

「竜という動物はのう、千年の歳月を経れば天に舞い上がると言い伝えられている生き物よ。

夜な夜なの怪し気な物音というのも、おおかたは天に舞い上がる日が近くなった竜が、天に向って吠える

その声に違いなかろう」ということです。

そう言われれば、村人たちにも思い当たることがあります。いつも怪しげな音が聞こえてくる生立神社の拝殿には

竜の彫刻額が掛けられているのです。

それを聞くと、長老は、

「その竜よ。その竜が毎晩額から抜け出して、天に向ってうそぶいているんじゃよ」と、きっぱりと言い切りました。

村人たちは長老を中にしての相談の結果、生立神社の拝殿の竜を鎖で縛ることに決めました。

竜を縛るということで、その日は村中の人たちが生立神社に集まりました。

その日若者たちの手によって、拝殿の竜は難なく縛りつけられてしまいました。

たくさん集まった物見の人たちには、少々あっけないほどの出来事でしたが、この日からは怪しげな物音は

まったく聞こえなくなりました。

この生立神社の竜は、同じ犀川町末江の大祖神社に掛けられていたものですが、

この村で竜にささげる生贄がいなくなったため、現在の生立神社に移されたと言われています。

このような竜をなぜ生立の人たちが受け入れたのかは、はっきりしません。

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