むかし、むかしのお話です。
朝倉の三輪あたりに、阿弥陀が峯という山がありました。
この山には恐ろしい怪物が住んでいまして、村里の童子をさらい、牛や馬、鶏まで殺して、
その血と肉を食べて生きているといった、じつにいやな怪物です。
そして、夜になると、その怪物は阿弥陀の形をして、あやしい光を放つというので、村人たちはいちずに恐れていました。
村人たちは、阿弥陀堂に集まり、いろいろと怪物退治の相談をするのですが、なかなかこれといった決め手が見つかりません。
ある日のことでした。
「みなさん、先ほどこの堂の入り口の柱にこんな紙が貼ってありましたが、あいにくと、私は字が読めず、
そのままたもとに入れておりましたのですが、どなたかひとつ、読んでみてはくださらぬか」
一人の年寄りが、たもとからその紙を出したのですが、村人は誰一人として、漢字まじりの文章を読むことができません。
そこへ、堂のお坊さまがやって来て
「どれ、どれ……なになに……これは大変だ……これはな、ただ今みなの衆が退治をしようと相談をしておられた、
その怪物からの便りなのじゃ……我に人身御供を与えたならば、喜んでお迎えし、その者を間違いなく極楽浄土におもむかせよう。
なれど、もし供えをおこたれば、今までどおり、村人や家畜をかすめよう……ということでの、
人身御供には、娘が欲しいということじゃわい」
村人は、すぐに自分の家族のことを考えました。娘のいない家は、ほっと一安心。今までの恐ろしさを忘れ、大声で言うのでした。
「村のためだ、娘を出すんだっ」
「そうだ、そうだ……」
「村のためだもんな」
ところが、かわいい娘を持っている家は、泣くにも泣けません。
あまりのことに、喜んで大声で怒鳴っている村人たちが、憎くなってきました。
「お前さんたちは、娘を育てたことがないから平気らしいが、娘の親になってみなされ、どういう気持ちになるか。
お前さんたちは、喜んでいなさるがの……」
「だけどよ、村全体のためじゃもんな」
「しかしな、こうして、今夜ここに集まったのは、怪物退治の相談で、人身御供の話じゃなかったぞえ」
と娘の親たちは反対します。
「けんど、怪物退治ちゅうてもな、誰かが怪我をするか、死ぬか……結果は同じだからな……」
「そうだ、考えてもみい。娘はかわいいだろうがよ、死んだところで家の暮らしには響くめえ。
それに極楽浄土に行くちゅうでねえか。ところが、俺たちが死んでみい……後に残る女房や子どもたちは、どうなるだ……
あげくの果てが、野垂れ死にじゃ……」
話は、いつまでたっても片付きません。次第に夜がふけてきます。村人たちは、すっかり疲れてしまいました。そのときです。
「私は、旅の巡礼です。お話を聞いておりましたが、その人身御供には、ぜひ私をやってくださいまし」
と一人の娘が、前へ進み出たのです。
村人たちは驚き、はては大喜び。
とにかく、その娘の言うとおり、明日の夜、巡礼娘を人身御供として通り道の西の小山に壇を設けて、
そこへ送り込むことにしたのでした。
次の夜……全ての準備が終って、巡礼娘は一人、壇上に座らせられ、怪物への人身御供になるときがやってきたのです。
真夜中になりました。
娘は壇からおりて、火をたき、あたりから小石を集め、焚き火の中に投げ込んで小石を焼きはじめました。
やがて……大きな黒い体の毛を逆立て、口を開き、目を光らせて、怪物が娘に近づいてきました。
しかし、娘は恐れもせず、落ち着いて、焼いた小石を焚き火と娘の周りに置きました。
娘のそばに近づくことの出来ぬ怪物は、赤い毛せんに化けて、地を這い、娘のそばへと近づいてきました。
娘は、お札で焼き石を拾うと、ばらばらとその毛せんの上に投げました。
「ギャーッ」
もの凄い叫びが一声……怪物は暗闇に乗じて、深山へ逃げていったのです。
あくる日、娘は怪物の血をたどって、山路を登って行きますと、小さなホコラがありました。
娘は、さっそく、青松葉をくすべて、その煙をホコラに炊き込めると、怪物は大きなうめき声を出して、死んでしまいました。
娘は村人を集め、怪物の死骸を見せました。怪物は、ずいぶんと年をとった大だぬきでした。
村人たちは娘の勇気と知恵に驚き、手前勝手なわが身のことを反省したということです。
巡礼娘は次の日、またどこへともなく、旅立って行ったそうです。
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