- 稲築町
稲築(いなつき)町口の春の厳島神社のそばに大きなクスの木があります。かつて落雷にあい、発育がすっかり
にぶくなったということですが、張り出した枝も勢いよく、幹の太さは子どもが三人手をつないでも届かないほどです。
さて、この大クスにまつわるちょっとドジなカッパのものがたりです。
むかし、このあたりの家では天気のよい日は一日、嘉麻川(かまかわ)の川辺に牛を放し飼いにしていました。
川の水も清く、川辺にはやわらかい草もたくさん生えていたので、牛たちにとってこの上なく居心地のいい場所だったに
違いありません。
ある日のことです。村人たちはいつものように川辺に牛を放して帰っていくと、川面から一ぴきのカッパがビョコンと
顔を出し、夢中で草を食べている牛のそばへスイスイ音もなく近づいていきました。
このカッパはたいそう力自慢でしたので、「ようし、こいつを川の深みに沈めてやれ」とたくらみ、牛の手綱をにぎって
自分の方へ引っぱろうとしました。
ところが、その牛の方も日ごろから田畑の耕作で体をきたえた猛牛だったからたまりません。
グイッと手綱を引かれて怒った牛が、前足をグッと突っぱり、その太い首をひと振りしたとたん、手綱はグルグルと
カッパの体に巻きついてしまったのです。
「しまったァ」
あわてたカッパが必死に綱をほどこうとしている間にも、牛はどんどん綱を引っぱって、とうとう村の中央にある
大クスのところまで引きあげてしまいました。
陸に上がったカッパは、さっきまでの勢いをすっかりなくし、物音におどろいて集まってきた村人たちに頭を下げ、
「もう二度とこの村の人や牛を川にひきこむことはいたしません。だからどうか命だけはお助け下さい」
と必死に頼みました。
その姿があまりにかわいそうなので、村人たちもなんとか牛をなだめて、カッパを逃がしてやりました。
カッパはあやまって逃げてきたものの、どうにもくやしくてたまりません。
そこで何とかしてあの大クスを枯らそうとあれこれいたずらを始めました。村人たちは大切なクスの木を
枯らされてはたいへんと、クスの木の前に梵字をきざんだ三つの碑を建てたのです。
以来、カッパのいたずらはピタリとやみ、大クスも枯れることなく、この村でおぼれ死ぬ人はなくなったと
いうことです。
トップページ
コメントをかく