173 名前: ◆gRbg2o77yE [sage] 投稿日:2011/11/05(土) 20:03:53.17 ID:tgpzWxdK [1/10]
136の続きを投下します。
後半を書いてみたら全然終わらないので、切りの良いところまで。

グロ描写、暴力描写等が苦手な方はスルーしてください。
NGword「◆gRbg2o77yE」

 魔女の背後に回り込もうとしたまどかの視界に、黒い雲のような塊が映る。
 それが、膨大な数の使い魔と認識したときには、既に彼女は前後左右から上下まで完全に包囲さ
れており、どこにも逃げる場所は無かった。1人で対処できる数ではないのは明らかである。
「えっ! どうして急に! こんなにいっぱい!」
 まどかは威力の落とした魔法の矢を乱射するも、圧倒的な数を誇る使い魔には牽制にもならない。
新たに矢を放つ前に、前後左右から殺到してくる。
(駄目っ……! 数が多すぎる……!)
 まどかの視界を最速で遮るのは、大小2匹の使い魔たち。
 突撃してきた影色の魔法少女は、柄にいくつも関節を持ち、ヘビのように動く槍を装備していた。長
い髪を後ろで結い、腰からはひらひらした飾りが付いたスカートが靡いている。口に棒状のお菓子を
咥えているようだが、影色なので何味かまでは分からない。
 そして、その横に、まるで親に寄り添うように続く、小さな影。
 グローブとブーツを嵌めているらしく、手足は異様に大きい。小さな身長相応に幼いようで、頭部に
は猫耳を思わせる飾り。そして、華奢な肢体に似合わない巨大なハンマーを持っている。
 2匹は離れないように硬く手を繋ぎながら、まどかに襲い掛かってきた。
 瞬きをする間もなく、使い魔の槍が魔弓を弾き飛ばす。
 次の瞬間、巨大なハンマーで横殴りにされたまどかの肢体は、鈍い音を立てて「く」の字に折れて
いた。痛みを感じる前に意識が飛んでしまう。ハンマーは大きさに比例した恐ろしい破壊力で、魔力
で強化された魔法少女の肉体を、一撃で半壊させた。変形した胴体は腹部が破れて骨や腸が溢れ
出し、弛緩した下腹部からは小水と糞便が、口から黒い血塊が飛び出した。
(し、しまっ……! なんて威力……!)
 意識を取り戻したまどかだが、癒しの力でも肉体修復が追いつかない。いくら回復に特化した魔法
少女でも、内臓の8割を一気に粉砕されてしまえば、身体を動かせなかった。
 口から溢れた血があどけない顔を濡らし、反動で回転した肢体に飛び出した内臓がぐちゃぐちゃと
絡みつく。下腹部から漏れた糞尿は、茶色い汚水となって足を伝った。口から溢れた血が流れると、
唇の奥には胃粘膜が見えている。殴られた衝撃で胃が丸ごと逆流したのである。
 血塗れの顔で口から胃を晒し、ピンク色のコスチュームに内臓を絡ませ、小水と糞便を垂れ流して
呻いている魔法少女の姿は、最早スプラッタ映画の悪趣味な冗談のレベル。
 思春期を迎える少女には、余りに惨酷な仕打ちというしかなかった。
(私の身体……いったい、どうなってるの……? どうして治らないの……?)
 痛覚を抑えていなければ、発狂かショック死する大怪我。
 しかし、魔法少女は元より、心臓を潰されても、全身の血液を抜かれても、ジェムが無事ならば復
元できる。彼女は癒しの力も有しているので、この怪我でさえ死ぬことは無い。
(マミさん……私、どうすれば……!? どう戦えばいいんですか……!?)
 まどかは、かつて自分を導き、今は戦死した先輩魔法少女に助けを求めずにはいられない。死ん
でいると分かっていても、彼女にとって他に頼れる存在はいないのだから。
(教えてください! 助けて! マミさん! このままじゃ! 助けて!)
 まどかは混乱して、顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣き始める。
 眼前では、長槍を持つ使い魔が、その鋭い刃を思い切り振り下ろしてくる。そして、


 …………………………………………………
 ……………………

 どこからともなく、開演のブザーが聞こえてくる。
 薄暗い世界で、ゆっくりと開いていく幕。


「………あれ………どこだろ……ここ………?」
 まどかは意識を取り戻したが、ぼんやりして何も考えられない。自分はどうしてここにいるのか。自
分は今まで何をしていたのか。全てが曖昧模糊になってしまっていた。
 そのとき、正面にぱっとスポットライトが当てられる。
 周囲に流れるのはヴァイオリンの音色。明るい海色の光に照らされて立っていたのは、見間違える
はずも無い。親友である、美樹さやかだった。
「さ、さやかちゃん! さやかちゃんなの?」
「おっす。まどか」
 さやかは、いつもと変わらない様子で、まどかに向けて手を上げた。
 しかし、まどかの足は、駆け寄ろうとして途中で止まってしまう。理由までは分からないが、魔法少
女としての勘が、さやかに絶対に近づいてはならないと警告を発していた。
 一方のさやかは気にせずに、明るく笑って話しかけてくる。
「ねえ、まどかってさ、魔法少女なんだって?」
 さやかの言葉に驚いて、まどかは言葉を失ってしまった。
 そして、ようやく自分が魔法少女の姿でいることに気付いた。ふわふわしたリボンに、膨らんだミニ
スカート、白い手袋にソックス、赤い革靴、全てが可愛らしい姿のままである。
「魔女から、みんなを守るために戦っていたんでしょ?」
 まどかが沈黙している最中も、さやかは自分で勝手に頷いて納得している。
「いやー、驚きだよ。でも、その格好は確かに、まどからしいわ」
 流れていた音楽は、いつの間にか消えていた。残されたのは、圧倒的な静寂に満たされた薄暗い
世界と、いつも通りの笑顔で近づいてくる親友の少女。闇に浮かび上がった少女の笑みは、黒い水
に流される花びらのように揺れながら、まどかに近づいてきている。
「さやかちゃん……誰からそれを聞いたの? ほむらちゃん? それともマミさん?」
 まどかは、さやかの姿に悪寒を感じて、無意識のうちに後ずさり始めた。
「ねえ、まどか。どうして逃げるの?」
 さやかは傷ついたような顔で、静かに呟いた。
 そして、頬を動かし、口を動かし、鼻を動かし、目を動かして、優しい笑みを作る。同時に、腕を動か
し、足を動かして、甦った笑顔を全く変えずに近づいてくる。1つ1つの動きを確認するような動作は、
マネキンが無理に動くようにぎこちなく、無機的な印象を強く受けるものだった。
「どうしたのさ? 私の後ろに何かいるの?」
 不思議そうに首を傾けるさやか。
 そして、まどかが咄嗟に後ろに走って逃げようとした瞬間、さやかは笑顔を浮かべたまま手足を激
しく動かして疾走した。手足をバラバラに動かして足元を蹴り、笑顔を貼り付けた頭部を前後に揺ら
し、背筋は一直線のままで、一気に飛び掛るようにまどかの両肩を掴んでいた。
「ひいいっ………!」
 まどかの口から悲鳴が漏れる。
 お互いの吐息が、頬に触れ合うほど近い。
 さやかの瞳に、怯えた表情のまどかが映り込んだ。
「もしかして、思い出したりした?」
 さやかの言葉を聞いた瞬間、まどかの中で、忘れていた記憶が一斉に甦ってきた。
 ワルプルギスの夜が街に襲来し、魔法少女の仲間であるマミと応戦したこと。マミが殺され、街は
破壊され、まどかはほむらを残して、巨大な魔女に挑んだこと。返り討ちにされ、使い魔たちに嬲られ
た挙句、首を刎ねられて意識が途切れたこと。そして、さやかのことも。

「ねえ、まどか。どうして私と恭介を助けてくれかなかったの?」

 そして、美樹さやかが既に殺されていることを思い出した。
 眼前で微笑んでいるのが死人だと認識した瞬間、まどかは背筋に悪寒が走ると同時に、掴まれた
肩を振り解こうと必死に暴れる。さやかが親友であることより、死人が笑いながら自分を掴んでいる
異物感と拒否感が上回る。動揺はすぐに悲鳴となって小さな口から迸った。
「いやあああああああっ! やああああああああっ!」
 魔法少女に変身して、身体能力ならば成人男性をも凌ぐまどかを、しかし、さやかの両腕は完全に
固定して動くことを許さない。細腕からは信じられない怪力だった。
「やっと思い出したんだね、まどか」
 目に涙を浮かべながら微笑んださやかの顔は、一瞬でぐしゃりと歪んだ。
「あんた、知ってたはずだよね? 私たちが病院にいることも、あの魔女が病院も関係なく壊しちゃう
ことも。魔法少女なんて力があるのに、どうして病院に来てくれなかったの?」
 さやかは怒りの表情で、まどかの胸元を掴みあげる。目を鋭く細め、唸り声を漏らす口は歯を噛み
砕かんばかりに食い縛られている。滅多にない、さやか本気の怒り。こうなれば、もう手が付けられ
ないのを知るまどかは、ただ小さく呻き声を上げて震えるしかない。
「私たちって親友じゃなかったの? どうして来てくれなかったのさ!」
「……そ、それは、私、街のみんなを、守らなきゃいけないから……」
「何? あんたにとって私は、どっかの知らない奴と同じなわけ?」
 さやかの充血した目には、涙が浮かんでいた。
 親友を傷つけてしまったことを理解したまどかは、動揺する心を必死に抑えて、涙を零しながら弁明
する。しかし、恐怖とショックに呑まれた思考では、纏まる言葉も纏まらない。
「ち、違うよぉ……ただ、私たちは、ワルプルギスの夜を倒そうとして……」
「はぁ、ぜんぜん倒せてないじゃん! ボロ負けじゃない!」
「マミさんがいれば、大丈夫って思ってたの……私たち、一生懸命魔女をやっつけてきたし、本当に、
いっぱい特訓したんだよ……最近は、遊ぶ時間も、寝る時間も、ほとんど全部……」
 脳裏に甦るのは、魔女を倒していた過去の日々。2人の少女は魔女から人々を守るという使命感
に燃え、見滝原の命運をかけた戦いに突き進んでいき、無残に敗れた。
「2人でいれば、もう何も怖くない……ワルプルギスの夜を、倒せるって信じてたの……」
 希望から生まれた魔法少女は、嗚咽に呑まれながらも言葉を絞り出す。自分の敗北を言葉に出す
ことも恐ろしいが、眼前のさやかはもっと恐ろしい。恐怖で歯がカチカチと鳴った。
「でも、信じてたけれど駄目だったの……ワルプルギスの夜、強すぎて……」
「ふざけてんじゃねーよ、テメェ!」
 友人を想う気持ちや希望を捨てない心が、現実の戦闘で奇蹟の勝利を呼べるはずもない。子供向
けアニメのような夢物語を語ったまどかは、力任せに突き離されて無様に尻餅をついた。
 幼稚な希望に塗れたコスチュームの魔法少女を、さやかは冷たく見下ろす。
「い、いいよ……さやかちゃんの気が済むなら、好きなだけ叩いたりして、いいから……」
 まどかは捨てられた子犬のような目でさやかを見上げた。
 思考は掻き乱されて考えは纏まらず、ようやく絞り出せた言葉は救いの欠片も無い。ただ向けられ
た怒りを発散させて、少しでも楽になろうとすることばかり思いついてしまう。
 そこに、凛として魔女と戦う魔法少女の姿は無い。何もかも見失い、理不尽なまでに大きい使命の
重圧に耐えられなくなった少女が、ただ押し潰されていく姿があった。
「なんで、なんで助けに来てくれなかったのさ! 私はまだ死にたくなかった! 死にたくなかったん
だ! 死にたくないよ! いやだ! いやだよ! なんでよ、まどか!」
 いっそ殴られれば少しは楽になれたかもしれない。しかし、さやかはまどかに手を上げることはな
く、ただ延々と恨み言を続ける。呪う言葉をまどかに浴びせ続ける。
「いや、止めて! もう止めて! 違う! こんなの、違う!」
 両耳を押さえたまどかは、さやかの言葉を打ち消すように絶叫した。
 目に映る全てを、耳から聞こえる全てを否定しようとする。
 そして、優しかった過去のさやかの記憶を呼び起して、自分を慰めようとする。
 しかし、記憶の中のさやかは、眼前で呪いを吐くさやかに、蝕まれて儚く消えていく。
「いやだ! こんなの、もういやだよぉ!」


 暗闇で向かい合う二人の少女。
 そこに落雷のSEが入り、背景の暗闇色の幕がするすると上がる。


「…………!」
 まどかは蒼白になって、幕の後ろに並んでいた群衆を見る。
 そこには、彼女の両親と弟や、学校の教師やクラスメイトや、見滝原市でご近所の住民たち。顔だ
けしか知らない行きつけの店の店員や、毎朝通勤で見かけるだけの人間たち。顔すら知らない人々
も加えた人間が、整然と並んで、顔に穴を開けんばかりにまどかを睨んでいた。
 果たしてどれだけの人数がいるかは分からないが、どう見ても数万は下らない。
 その全員からさやかと同じ憤怒を感じたとき、まどかの頭の中で何かが弾けた。
「どうして助けに来てくれなかったでしょう? 私は貴女に、実は嫌われていたのでしょうか?」
 群衆の中にいた志筑仁美の冷たい声を聞いた瞬間、壮絶な絶叫が辺りに響き渡った。
「や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
 まどかは顔を赤くして泣きじゃくりながら、見滝原の人々に背を向けて走り出した。
 どこでも良いから逃げ出したい。人々の怒りや恨みから逃れたい。
 可愛らしい魔法少女は目的地もなく、暗闇の世界を必死に駆けていく。
 どこかに出口があるなんて希望も無く、ただ眼前の苦痛から逃れるためだけに。
 しかし、人々はそのまま彼女を逃がしたりはしない。誰が先というわけもなく、数万の群集は一斉に
動き出し、背中を向けて逃げる小さな少女を追い始めた。まどか、まどかと少女の名前を呼びなが
ら、呪いと恨みを吐き出して、まるで群体の蟲のように乱れることなく追跡してくる。
「いやだあっ! 来ないでっ! こっちに来ないでえええええっ!」
 後ろから聞こえてくる足音の洪水を聞いて、まどかは悲鳴を上げて逃げるしかない。数万人の恨み
を独りで受け入れるなど、できるはずがない。ふと、戻りたいと思った。家族に恵まれ、友達に囲ま
れ、魔法少女の仲間もいる、平和でみんなが優しかった頃の見滝原市に戻りたかった。
「そうだ! そうだよ! こんなところじゃない! 家に帰らなきゃ!」
 錯乱寸前になり、帰るべき街の記憶で思考を飽和させて、まどかは必死で逃げ続ける。


 逃げるまどかの先で、暗闇色の新しい幕が上がっていく。
 幕の奥からは、轟轟と風の音が聞こえ、煙と雨の匂いが運ばれてきた。


(続)

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