ランドセル背負ってた時代から見れば、中学生は大人の一員に見えた。
小学校を卒業し、いよいよ自分もそれに加わるんだと期待して、入学式の前日は眠れなかった。
制服を注文しに行く日、親と一緒に訪れた洋裁店では希望で胸がいっぱいだった。

 あれから一年くらいたった。

 そんなことはなかったんだなーと思う。

『まどかのエロゲがやりたい。』


「よく続きますねー」
「好きでやってるからね」
 俺があくびをかく隣で、知久さんはせっせと土いじりに勤しんでる。
よくもまあ飽きもせず毎朝何年も続くものだ。
それに付き合う俺も大概だが。
「土入れときますよ」
「うん、じゃあこっちは収穫をしよう」
 ハサミをパチパチやるのを邪魔しないようにソロリソロリと袋に入った土を撒いていると、
強く肩を叩かれた。こんなことをするのは一人しかいない。
「男二人で朝早くから精が出るね」
「種をまくのは男の役目ですから」
「ははは」と笑ってから詢子さんは冷たい声で、
「会社で同じこと言う奴がいたらセクハラで消してるところだ」
「ですよねー」
「飯は?」
「いつものように知久さんと先に」
「そう。じゃあ行ってくる」
『行ってらっしゃい』と男二人が言うと、詢子さんは夫の頬にキスをした。
「あの、俺の方にも熱いキスを……」
「もうガキじゃないだろ」
「中二です」
「そりゃもう一人の男ってことだ。人妻は唇を許しちゃいけないのさ」
 昔はよかった。

 俺が鹿目家の世話になるようになったのは中学校入って少し経った頃か。
ああ、居候ってわけじゃない。向かいが俺の家で、親が海外出張。
何が悲しくて異国に島流しされなきゃならんのかと俺が移住を拒否った結果、
昔から親交のある鹿目家に俺の世話を親が頼んだというわけ。
以来、食事とか行事とかの色々はこの一家がなんとかしてくれてる。

「いってきまーす」
 続いて出てきたまどかに二人で『いってらっしゃい』
「前みたいに二人で行かないのかい?」
 娘を見送った視線を俺に向けた知久さんに、肩をすくめてみせる。
「いやー年頃ですからねーそういうのは気をつけた方がいいかと」
 小学校の時点で色々冷やかされたものだ。
同じ轍を踏むべきではない。俺はどうでもいいが、色々抱え込むまどかの負担を考えるとなぁ。
「まどかに話したんだろう?」
「そりゃもちろん。仕方ないよねって笑ってそれだけ。親的にどう思います」
「乗り気じゃないけど渋々ってところかな」
「同感です」
 それでも最近はさやか達との登下校に慣れてるみたいだからよかった。
つっても昔は皆でワイワイやってたところが分割されただけだから、本質的には大して変わってないのだ。
中学年くらいから段々おかしくなったんだよな。男とか女とか気にし始めて……。
 これが思春期かねえ。


 しばらく経って、まどかの後を追うように俺も通学路を歩く。
ああ、めんどくさい。変に急な坂が多くて辛いんだよな。

 ……いいこともあるんだけどね。

 今いる場所より上の方でヒラヒラするスカートに目を細める。
もうちょっと……あとひと押し、そよ風でも見えそうだ……。

「!?」

 突然寒気がして、俺は自分の体を抱く。
なんだこの突き刺すような視線は。殺気?

 そばの木々に目をやると、黒く長い髪が揺れていた。
「何かご用でしょうか」
 視線の持ち主であろう彼女は、
「単刀直入に言うわ」
 ファサっと自身の髪を持ち上げる。
「何があっても私を信じて」
「いや、そりゃよっぽど胡散臭くない限りは信じますけども」
 いきなりそういうこと知らない人に言われてもねえ……。
「見かけない顔だけど何年生ですかね」
「それじゃ、私は先に行くから。また会いましょう」
 見滝原中の制服を着た少女は、俺と会話をする気はないらしく、森のなかへ消えていった。
「どういうことなの……」


「っていうことがあったんねん」
「どっかで会ったことないのかよ」
「ないと……思うけど。どっかって会ったようなことがあるような、ないような」
「それじゃあお前が忘れてるだけじゃないのか」
「んー。でも最近あったような気がするんだよ、でもその記憶がないんだよ」
「だから忘れたんだろ?」
「そうじゃなくてさ……うまく言えないんだけど」
「俺もよくわからん」
 席に座った中沢が肩をすくめる。 
「でも『また会いましょう』ってことは学校で会うんじゃないのか。わかるとしたらそれくらいだな」
「ああ、それ当たってるわ」
「?」
 中沢が俺の視線を追う。どういうわけか、この学校の壁はガラスでできていて、向こう側がはっきり見える。
我らが担任の後ろを誰が歩いているのかも、その限りではない。
 おーい。俺が手を振ると、向こうも気づいた。彼女はこちらに向かって小さく手を振る。
「あいつ?」
「あいつ」


「今日は皆さんに大事なお知らせがあります。心して聞くように」
 SHR。何事かと思えば、担任である早乙女先生が語り出したのは目玉焼きの焼き加減。
どうでもいい。あ、中沢が指された。不憫な奴。
「女子の皆さんは、くれぐれも半熟じゃないと食べられないとかぬかす男の人と付き合わないように!」
 ああ、またダメだったのか。マジでヒスる5秒前の担任をぼんやり眺めていると、
「あとそれから、今日は皆さんに転校生を紹介します」
 すたすた。一人の女子生徒が教室に入ってきた。
予想していたというか、予想通りなので別に驚かない。

 暁美ほむら。それが彼女の名前らしい。
まどかの方を見てたのはどういうことだろうね。まどかの知り合いかな。
それなら俺も面識があるかも。後で聞いてみようっと。


[昼休み]
 さて、おまちかねのランチタイムだけどどこへ行こうか。
 
 『屋上』
 『教室』
ニア『校舎外れの空き教室』
 『トイレ』

 うん、そうだな、あそこに行こう。
少子化の影響か、この学校には使ってない教室がちらほらある。
倉庫や行事でたまに使われるくらいで、そこに生徒が出入りすることは基本的にない。
その一室、とりわけ人通りがない端のほうの教室に行くと、予想通りの人物がいた。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい」
 バリケード(目隠し)のようになっている備品の山を避けて進むと、
とある女子生徒がカールした髪を揺らして昼食の準備をしているのが見える。

 一年の頃、昼休みにフラフラしていたら彼女を発見した。
『一緒にどうですか?』
 弁当を掲げながらそう言ったら、あっさりと同席させてもらい、以来そんな感じである。

「それでその転校生がすごいんですよ」
「うんうん」
 俺の話に巴マミさんはにこにこと頷く。
この人が何で一人でここにいるかとか、そんなことは聞かないのが紳士の嗜みというものである。
「勉強もスポーツもできてですね」
「すごいわね」
「おまけに美人」
「…………」
 マミさんの笑顔がかたまった。なんでだ。
「そんなに綺麗なの?」
「ええ、まあ」
「ふーん」
 あ、不機嫌になってる。どげんかせんといかん。
「いやーでもマミさんには負けるっていうか、中身含めたらマミさん大勝利というか」
「あらそう?」
 よし、持ち直した。ここはもう少し押してみよう。
「恋人にするなら断然マミさん!」
「そ、そうかしら……」
 赤くなってもじもじし始めた。やりすぎたかな。かといって『やっぱ嫌だ』なんて言えないし。
言うだけならタダだし、いいか。実際マミさんは上玉だしな、申し分なし。ていうか高嶺の花。
「それ、本当?」
「もちろんです」
『嘘です。今までのことは全て嘘です』なんていったら台無しだな。
まあ、そこはマミさん。冗談と受け止めてくれるだろう。
「そ、そっか」
(・3・)アルェー。これ結構本気で受け取られてね?
それはそれで僥倖なんだけどね。
 顔真っ赤にしてうつむくマミさんを見てそう思った。


 [放課後]
さて、どうするかね。まどかに暁美さんのことでも聞きに行くか、
それともマミさんに会いに行くか、帰りに中沢とゲーセン寄るのもいいよな。

 『まどかのところへ』
ニア『マミさんのところへ』
 『中沢とゲーセン』  
 『一人で帰る』
 
「なあ、帰りゲーセン寄らね?」
「悪い、行くところあるから」
 また今度な、と中沢と別れた俺は教室を出ようとすると、
「話があるの」
 戸口にいた暁美さんが俺にそう言った。
「いいかしら」
「歩きながらでいいなら」
「そう」
 すたすたと歩く俺の横を暁美さんがついてくる。
「私のこと、信じる気になったかしら」
「元からそういうつもりだよ。疑うような理由もないし。
具体的に何を信じてるってわけでもないけど」
「ならいいわ」
 無表情に、抑揚もなく、まるで冷静の権化のような調子で暁美さんは頷いた。
「あのさ」
「なにかしら」
「前にどっかで会ったことない?」
 するとその表情に変化があった。瞳がわずかに揺れ、唇が小さく開いた。
何かを驚くような、気づいたような顔。
「あるのかな」
「どうかしら」
 彼女は髪を持ち上げ、
「あなたが何も思い出せないのなら、それが正しい」
 遠くを見つめ、何かを憂うような声で、
「少なくとも、それが真実じゃないかしら」
 それだけ言った。
 そりゃ、そうだけどさ……。


 構造物に差異はないはずなのに、どうして上級生の階というのはここまでプレッシャーを感じるのか。
「巴マミのところへ行くのね」
「まあね、つうか知ってるのね」
「ええ、よく知ってるわ。うんざりする程」
 声からして、よっぽどうんざりしているようだった。
「ふーん」
 本当に設計者は何を考えていたのか、ここも壁はガラスで透けている。
なので、マミさんの姿は簡単に見つけられた。
「マミさーん」
 俺が教室の出入口から声を掛ける。すると帰り支度をしていた彼女は顔を上げ、ぱっと笑みを浮かべる。
「…………」
 が、俺の隣にいる暁美さんを認めると、その明るさに影が差した。
そういえばこの人まだ帰ってなかったね。あれ、これマズくね?
「その人が暁美さん?」
「ええ、まぁ」
 カバン抱えてやってきたマミさんの顔はどことなく険しい。
というか、この人は暁美さんのこと知らないの?
うーん、謎だ。
「…………」
 女二人、相手をじっと見る。なんか気まずい。
「ふーん」
 数秒の後、マミさんが先に口を開いた。
「たしかに綺麗ね」
「…………」
 褒められたのにぴくりともしない暁美さん。
「でも私の方が上なんでしょ?」
 ドヤ顔でそんなことを尋ねられた。
いや、そういうこと本人の前で聞くのやめようよ。
「…………」
 暁美さんもこっちをじっと見てるし。
なにこれ。気がつかない内に修羅場になってるのこれ。

ニア『やっぱり恋人にするならマミさんですよ』
 『本当は暁美さんの方が好きです』
 『俺は目の前の現実から逃げ出した』

「はい、マミさんが」
 そっから先の言葉は飲み込んだ。言うべき相手を見失ったからだ。
いつの間にか、別の場所に俺と――暁美さんはいたのだ。
ここはどこかの路地裏か?
「あれ?」
 これはどういうことだと暁美さんを見た。
彼女は、軽蔑するような、残念そうな表情で、
「意地の悪いやり方ね。善人を気取ってるから余計に悪質」
「マミさんのこと?」
「あなたのことを言ったつもりはないわ」 
「当人の前で、てのはね。当人の前だからこそ、なんだろうけど」
「自尊心……虚栄心が強いのよ。そうでなきゃ、やっていけないんでしょうけど」
「それで、何がどうしてこうなったの?」これフラグ折られたんじゃね? 俺。
「魔法よ」
「じゃあ暁美さんは魔法使い?」
「魔法少女よ。それとほむらでいいわ。そう呼んでちょうだい」
「魔法少女ほむらちゃん?」
「信じて」
「信じた」
 パッと目の前で変身してみせたので頷く。
一瞬裸が見えたようだが気のせいではないだろう。
魔法少女の変身シーンはやっぱりこうじゃないと。
そうであれば魔法少女であると言えるし、そうでないと魔法少女ではないといっても過言ではない。
昨今の露出のなさには失望するばかりだ。こういうのが文化の衰退をだな。
「やぁ、君も魔法少女なのかい?」
 影から白いものがやってきた。
赤い瞳に長く垂れた耳(?)、ふわふわの尻尾。
その見たこともない、不思議な小動物は、
 ほむらによって破裂した。
彼女の手から出た紫の光が直撃したのだから、そういうことだろう。
「何今の?」するとほむらはわずかに眉を上げた。
「やっぱり偶然や奇跡じゃないのね。こいつが見えるのは……見えるようになったのわ」
「はい?」
「こっちの話よ。気にしないで」どういうことなのか聞こうとしたら、ばっさり切られてしまった。
「ここに来た目的はこいつよ。近くで魔力の波動を出していれば、
最初だけは調査のために向こうからやってくる」
「今のマスコットじゃないの? 魔法少女ものには付き物な」
「そういうミスリードを狙ったすべての元凶よ」
「ふーん。ずいぶんあっさりやられたね、黒幕」 

「ひどいなぁ」
 飛び散った破片を眺めていると、もう一匹、似たような――そっくりなのが現れた。
「スペアはたくさんあるけど、無闇に破壊しないでほしいな。もったいないじゃないか」
 そいつは死体をもぐもぐと食い、やがて完食した。「きゅっぷい」
「ああ、そういうタイプの敵か」
 同位体がどうとか、コピーだの並列化だの……そんな感じの。
「君にも僕が見えるのかい? それはおかしいね」
 無表情のまま、白いのは首を傾げる。「ありえないはずなんだけど」
「それに僕の知らない魔法少女……どういうことなのか興味はあるけど、
ここまで好戦的だと対話は望めないようだね」
「ええ。だからおとなしく滅びてちょうだい」
 1……2……3……。
どんどん飛んで行く光弾。それを必死で避ける白いの。
こりゃ誤解を招くな。傍目には動物虐待にしか見えん。
「逃がさない」
「もう充分ひどい目にあわせたんだからいいんじゃない?」
「私に対して手を出すかどうかが問題じゃないの」
 走るほむらに合わせて俺も地を蹴る。
「他のやつに手を出すって?」
「そう。そうさせないように、その子と接触する前に手を打つ」
「意外だな。もっと自分中心というか、他の人をそこまで考えない奴だと思った」
「そう……そうかもしれない」
 ほむらの横顔は、寂しそうだった。


 ほむらについていくのが精一杯でどこを走ってるのかさっぱりだった。
ふと気になって周囲を見ると、どうやらどこかの施設か工場にでも入ったようだ。
「あのさ」
 ぜえぜえ肩を揺らした俺とは対照的に涼しい顔をしているほむらに、
「同じようなのが何匹もいたら防ぎようがなくないか? どう考えても手が足りない」
「だから諦めろって?」
「その子にあの変なのがどんだけヤバいか話した方が早いと思うんだけど」
「こっちの話をわかってくれるなら、そうでしょうね」
「もう試してた?」
「ええ」
 ほむらは髪を盛り上げる。
「皆、あなたほど物分かりがよくないのよ」
 何かを悟ったような、諦めたような調子だった。
「それでさ、ほむらがそうまでして守りたい子って」
「下がって」
 ほむらが腕を伸ばし、俺の全身と言葉を遮った。
遅れて、目の前の暗闇から光と声がやってくる。
「キュウべえに言われて来てみれば……あなただったの」
 特徴的なカールした髪の毛を揺らし、その人はライト――ランタン?――を手にやってきた。
「突然消えたのはそういうことだったのね、暁美さん」
 マミさんは敵意と猜疑のまじった視線をほむらに注いでいる。
「あなたも魔法少女だったのね」
「キュウべえに体よく使われてるのに、いい加減気付いたら?」
 対するほむらはどこ吹く風。キュウべえってのはあの白いののことなんだろうな。
「キュウべえは私の友達で命の恩人よ。悪く言わないで」
「あいつは自分の目的や利害でしか行動しない。勘違いしないでちょうだい」
 ちらっとマミさんが俺を見る。
「彼を連れ出したのは人質にするため? ずいぶん卑怯な真似をするのね」
「あなたのようなキュウべえの奴隷にさせないためよ」
「洗脳にしろ拉致にしろ、人のことを悪く言える立場じゃないわ。
彼を解放しなさい。嫌だというなら、力づくでも」
「…………」
 ほむらはじっと俺を見る。
「あなたの好きにして」
「わかった」

ニア『マミさんのところへ』
 『このままほむらと』


 複雑な、なんとも言えない感情のまま、フラフラとマミさんの元へ歩く。
背後で物音がして振り返ると、ほむらの姿はもうなかった。
「お手数おかけしました」
 バツ悪くそう言ったら、マミさんに抱きしめられた。
「無事でよかった」
 俺の胸に当たる顔は見えず、震えた声から心配してたのだろうことを察した。


「突然いなくなって心配したんだからね」
 出口に向かって歩くマミさんに合わせて、俺も足を働かせる。 
「そんなつもりはなかったんですけどね」
「そうね、魔法少女相手じゃどうしようもないものね」
「もしかしてマミさんも……?」
「暁美さんから聞いたの?」
「だいたいは」
「そう。そうよ、私はキュウべえと契約した魔法少女」
 マミさんはどこか誇らしげだった。
歩く手が触れ、俺は横にいるマミさんが常より近いと感じた。
いつもはもう少し間隔があるはずだ。それとなく離れてみる。
すると、距離は再び縮まった。
 ああ、そうか。
 これは彼女の意思か。
「…………」
 マミさんは時折前にあった視線を手元に移す。
何かを迷うような、恥じるような……。
 触れそうで触れない手が、俺と彼女の間で揺れていた。

ニア『手を握る』
 『手を握らない』


「あっ……」
 小さく驚く声を聞きながら、俺は細い指を掴んだ。
年上とは思えない貧弱な指、力を入れれば簡単に折れそうだ。
「ダメでしたか?」
「ううん」
 さらに距離は縮まり、彼女の小さな肩が触れた。
「すごく嬉しい」
 さすがに肩を抱いたら歩きにくいだろうな、と俺は密かに伸ばした腕を止めた。
怒られたら嫌だし。


 ぐらり。景色が、空間が突然揺れる。
まるで絵画の中にでも入ってしまったような。
「魔女の結界よ」
 俺から体を離したマミさんは言う。ああ、柔らかい感触が……。せっかく堪能していたのに。
「魔法少女じゃなくて?」
「人に仇なす魔女と戦う者、それが魔法少女よ」
「ああ、そういう」
 人の悩みを解決するとかじゃなくて、退魔的なね……大変だなぁ。

 マミさんに導かれるように結界の中を進むと、まどかとさやかがいた。
なんかヒゲ生えた綿みたいのに囲まれてる。不運な奴ら。
あいつらの周囲に鎖が落ちたと思ったら光ってヒゲが消滅した。
「危ないところだったわね」
 どうやらマミさんの魔法らしい。すごいね、魔法。
「お、キュウべえ」
「知ってるの?」
 キュウべえから視線を抱きかかえたまどかに持ち上げて、
「さっきほむらに追いかけ回されてたぞ」
「そうなんだよ」
 さやかが会話に入ってきた。
「あの転校生からこのこ連れて逃げてきたら、いつの間にかこんなことに」
 俺と別れてから、また追いかけまわしてたみたいだな。
「あら、キュウべえを助けてくれたのね。ありがとう。
その子は私の大切な友達なの」
「私、呼ばれたんです。頭に直接この子の声が」
「ふ〜ん。なるほどね〜」
「ああ、なるほど」
 マミさんを追うように俺も納得する。
「(ファミチキください)的なね」
「そういうこと……なのか?」
 さやかは首を捻る。
「その制服……」
 マミさんの言葉で、俺ははっとなる。そういえば初対面か。
「あ、二人とも俺のクラスメートです」
「ふーん。じゃあ二年生か」
「あ、あなたは」
「そうそう、自己紹介しないとね。でも、その前に――」
 マミさんは持っていたランタンのような何かを上に放った。

 それから、俺達はマミさんの変身と無双を見物することになった。
マミさんパネェっす。周囲の変なのがいなくなったと思ったら、
景色が元通りになった。魔女の結界とやらがなくなったのだろう。
それに合わせるように、少し離れた天井からほむらが降ってきた。
飛行石はどこだ。
「魔女は逃げたわ。仕留めたいならすぐに追いかけなさい。今回はあなたに譲ってあげる」
 意地の悪い言い方だ。ほむらの目的がそうではないこと、知ってるはずだろうに。
「私が用があるのは……」
 はたして、ほむらの視線はキュウべえに向かった。
「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの」
 心なしか、マミさんの声に冷たいものや悪意が漂っている。
なんというか、見下しているような、バカにしているような。
「…………」
 ほむらは相変わらず無表情を貫いている。が、よく見ると口の端がわずかに震えているように見えた。
悔しさ? 悲しさ? 怒り?
「欲しいものが手に入ったのがそんなに嬉しい? 得意?」
「だったら?」
 ほむらの言葉をマミさんは暗に肯定した。
「今なら遠慮なくあなたを攻撃できるのよ」
「…………」
 ほむらは背を向け、どこかへ飛び降りた。
一瞬見えた表情は、何かに苦しんでいるようだった。
追って慰めることはできるだろうか。

 『ほむらを追う』
ニア『ほむらを追わない』

 いや、やめておこう。これが今生の別れというわけではない。
また明日学校で話せば済むことだ。このままマミさん達と別れるのは危険だし、
あの俊足に追いつける保証はない。


『僕と契約して、魔法少女になってほしいんだ』
 キュウべえはまどかとさやかにそう言った。
それからマミさんの家に案内されて、魔法少女の話を聞くことになる。
なんでも一つ願い事が叶うとか、ソウルジェムって宝石がもらえるとか。
魔女とかいうのと戦う羽目にはなるが、それは魅力的な話だった。
『ねぇ、俺は』
 ケーキをもぐもぐさせながら聞くと、
『君は男だろ?』
『男女差別や……』
『キュウべえ、どうして彼にあなたが見えるのかしら。素質のある女の子にだけってはずだけど』
 マミさんの疑問にキュウべえは、
『僕も驚きだよ。本来素質――僕が必要とする要素――は君たちのような少女にしか存在しないはずなんだ。
もちろんその蓋然性や保有量は皆無とは言わないけど、
君たちのような少女以外にはほとんどないと言っていい』
『じゃあ俺にもワンチャン……!』
『けど残念なことに魔法少女の契約には規格外なんだ。
インタフェースがマッチングしないんだよ』
『ちくしょう……』
 がっかりする俺の肩を、『どんまい』まどかが優しく叩いた。
お前はいいよな、契約できて。


「じゃああたしはここで別れるけど、送り狼になんなよ!」
 帰り道、指をさされた俺は、
「そのつもりがあるならもっと前になってるって。なぁ?」
「あ、あはは……」
 まどかは困ったように笑った。
 普段と違って、外はすっかり暗くなっている。
これを一人で帰すなんてことしたら、詢子さんになんて言われるかわかったもんじゃない。
俺自身も、まどかが心配だった。まさかとは思うが、
この歳になってキャンディでほいほいついていくようなことはないだろうが……。
「あの、さ」
 二人で歩いていると、まどかが口を開いた。
付き合いが長いからよくわかるが、さっきからずっと暗かった。
一連の騒動ですっかりまいってるのだと思ったが。
「ん?」
「マミさんとはどこで知り合ったの?」
「あー、そうだな、言ってなかったな」
 わざわざ報告するようなことでもなかったしな。
「昼休みにフラフラしてたら一人で飯食べてるの見つけてな」
「それって」
「察してやれ」
「あ、うん」
「結構静かないい場所だったし、俺もそこで食うようになったんだ」
「それだけ?」
「放課後一緒に街をフラフラすることもあったな。
今思えば、あれは魔女探し……パトロールだったんだな。
たまに待たされたり別れたりしたのは、現場に向かってたんだな。
さすがに俺を連れてくわけにはいかないし」
「それだけ?」
「……お前は何が知りたいんだ?」
 いやに、珍しくしつこいまどか。
回りくどいというか、尋問されてるみたいであんまりよく思えない。
「そ、それは……」
 言葉が出てこないようで、まどかは俯く。
「別に隠してたわけじゃない。いちいち話すことでもないって思っただけだ」
「だって、そんな素振りなかったし、いつも通りで……」
「ただ綺麗な先輩と飯食って散歩してただけだ。
残念ながら、それ以上のことはなくってな」
「そ、そうなんだ」
「安心した?」
「そ、そんなんじゃないよ。ただ、マミさんに迷惑かけてないか心配で……」
「だから安心したかって聞いてるんだけど」
「あ、ああ……うん」
 まどかは驚いて納得して首を振った。忙しないな。
 その日、帰りが遅く、
しかも二人で帰ってきたことに色々と察したらしい知久さんの誤解を解くのには、
少し苦労した。


[翌朝]


「大事に見守った苗が育って、実をつけて、青いけど、それでも充分甘美に見えて、
そうすると知らない誰かに取られるよりはって思ってしまって……でもやっぱり、
大事にしないとって思えて……」
「まどかのことかい?」
「やっぱりわかります?」
 毎朝の土いじり。隣でハサミを操る知久さんは「当然」
「親子のような付き合いじゃないか」
「光栄です。だからこそ、あいつは泣かせられないなって、
知久さんや詢子さんに顔向けできない真似はできないなって」
「嬉しいけど、複雑だな」
 ぱちり。切り取られたミニトマトはカゴに入っていく。
「まどかの気持ちを知っている上で、知らない振りをして距離を取るのは」
「でも、今の気持ちがすべてではないじゃないですか。
これから先、もっと理想の相手を見つけたら、どこかで俺が下手を打ったら、取り返しがつかない」
「そうだね。それは君にも言えることだしね」
「ええ、まぁ。俺自身はそんなに気にはしてないんですけどね」
 なるくるないさ。それくらいの気持ちだ。
「おっす」
 あ、恒例の肩たたき。
「昨日はまどかと遅くに帰ってきたんだって?」
「人聞き悪いですね」
「そういう年頃なのはわかるけど、羽目を外すのもほどほどにな」
「詢子さん、これはセクハラじゃないんですか」
「ただのジョークだ」
「さいですか」
「ほら、受け取りな」
 ポケットを漁った詢子さんが、俺の手に何かを握らせた。
お、小遣いか。ありがてえ。
「男の責任だ」
 見てみたら、ゴムだった。棒に被せるゴムだった。
「…………」さすがに返す言葉がない。
「そりゃあたしだって孫の顔は見たいさ。でもまだ早いな。後五年は我慢しな」
「…………」
「あたしが20でまどか産んだから、ボーダーとしてはそれくらいだな」
「一応、もらっときます」 
 使うかどうかはおいといて、あるに越したことはないだろう。
使う相手はいないのだけれど。それを見越して一個しかくれなかったんだろうな。
 …………我ながら情けない。


「お前には失望したよ」
「いきなりなんだよ」
 席に座ったら、負のオーラを背負った中沢に絡まれた。
「俺の誘い断って暁美さんとどっか行っただろ」
「どっか行ったな」
 教室と廊下の境だったし、廊下は例によって丸見えだ。
知られない方がおかしい。
「転校早々不安だって相談されたんだよ。ほら、俺席となりだし」
「俺も隣なんだけどな」
 二人してほむらの席を見る。俺たちに挟まれた席の人はまだ登校していない。
「そこは運だろ。だったらお前から話しかけろよ」
「いや、だってあの人話しかけづらいし、なんかそんな雰囲気あんじゃん」
「そうかなー」
「女子はまだしも男子は難易度高いってああいうタイプ」
「んなこと思ってるからお前避けられてこっち来たんじゃね」
「ぐぬぬ」
 ほむらと一緒に別の美人と会ってたなんて言ったら、
こいつはもっと悔しがるんだろうな。
なので、それは話さないでおいた。男の友情ってやつだ。  


[昼休み]
 さて、どこへ行こうか。

 『屋上』
 『教室』
ニア『校舎外れの空き教室』
 『トイレ』

 うん、そこにしよう。


「あの魔法少女……暁美ほむらさんって、あなたのクラスメートなのよね」
「ええ、まぁ」
 知久さん特製の弁当を味わっている俺に、マミさんは心配そうな顔をした。
「何かされてない?」
「いえ、別に。というか、そういう気は元からなかったと思いますよ。
少なくとも俺に対しては」
「そう。よかった」
 ふぅ、と息を吐くマミさんは「けど」
「あなたから見て、彼女は美人なんでしょ」
「そうですけど」
 それが何の関係が?
「そして、あなたの隣の席、と」
「はぁ、そうですけど」
「何かと関わることも多いんじゃない?」
「そりゃ、頭もいいからわからないところ聞いたり、ほむらが忘れ物するんで一緒に教科書見たり……」
「ほむらって……もうそういう仲なの?」
「向こうがそう呼んでほしいってことなんで。断る理由もないですし」
「そう……」
 マミさんは憂うように、悩むように顔を動かす。
「鹿目さんや美樹さんとも仲がいいんでしょ?」
「付き合いが長いですからね。悪くはないかと」
 はぁ。マミさんのため息は、とてつもない心労がこもっているようだった。
「今日の夕方……夜でもいいわ、うちに来なさい」
「いや、あの」
 いいわね、と鬼気迫って言われたもんだが首を縦に振るしかない。
 うーん、予定にはしておくか。


[放課後]

 さて、どうするか。まどか、さやか、マミさんは魔法少女体験コースとやらで誘えない。
俺がついていくって手もあるが、魔法少女になれない奴に体験コースなんて必要ないだろ。
三人と会うのは夕方になってからだな。

 
ニア『ほむらと話す』
 『中沢とゲーセン』  
 『一人で帰る』

「ほむら」
「何かしら」
 鞄のファスナーから手を放したほむらは顔を上げる。
「今日暇?」
「暇ではないわね」
「一狩り行くの?」
「狩られないように見張る、が正しいかしら」
「ついていっていい?」
「好きにすれば」
「じゃあ好きにする」
 捨てられた子犬のような目をした中沢を尻目に、俺はほむらについていった。


「まぁ、そうなるよな」
 ほむらの視線の先に俺は納得する。
まどか、さやか、マミさん……これ、あっちについていっても同じだったかもな。
「もう手遅れなんじゃないか?」
 キュウべえはまどか達と接触してしまった。今更どうにかしたところで、
ほむらの印象がますます悪くなるだけだ。
「まだよ」
 三人が廃墟に入っていたのを見ていたほむらが歩き出す。おいてかないで―。
「まだ、あいつと契約していない。それさえ阻止できれば」
「そこまでするかね。そんなにキュウべえの邪魔をしたいの?」
「そうね、それもあるわ」
「そこまで憎まれるようなことしたんかね、あいつ。
魔女がどうとか、そういう面倒なところの説明を忘れてたとか?」
「そんなところよ」
「そりゃイカンな」
 契約というなら条件はちゃんと提示しないと。
「あのさ、まどかから聞いた話なんだけど」
「…………」
「お前に実際に会う前に夢の中で会ったって言ってたんだよな。
やっぱり昔見滝原にいたんじゃないの?」
「………どうかしらね」
 憂いや悔いが滲んだ顔。なにかあったんだろうが、追及しないほうがよさそうだ。
 
 結界の中まで三人を追ったが、さすがはマミさん、危なげなく戦っており、
魔女(イメージするのとはかなり違った)もあっさり倒した。
「願いはないけど、ああいう姿に憧れて契約するのってのもありそうじゃない?」
「あるわね」
「ほむらもその口?」
「…………」
 視線がまどか達から俺に移った。綺麗な瞳だな―と眺める。
「知りたい?」
「知りたい」
「教えてあげない」
 小さく――気のせいかもしれないくらい小さな笑みが見えた。
すぐに元の無表情に戻ったので、本当に気のせいかもしれない。
「おっと」
 マミさんがこっちに何か投げてきた。
俺の顔に当たりそうなところをほむらがキャッチ。
『あと一度くらいは使えるはずよ、あなたにあげるわ。暁美ほむらさん』
「…………」
 暗闇から出ていこうとするほむら。どうやら俺はバレていないらしいが……。
「俺も行くべき?」
「巴マミがまた癇癪を起こしてもいいのなら」
「ここにいます」
「そうしなさい」
 グリーフシードとやらのキャッチボールをし、二、三会話をしてからほむらは帰ってきた。
「いらないの?」
「充分持っているから。それに、彼女の施しを受けるのは癪」
 もう用は済んだとばかりに出口へ向かう彼女を追いながら、
「素直に受け取った方が先方も喜ぶと思うけど」
「それが嫌なのよ。彼女の虚栄心……後輩の前でいい格好をするダシにされたくない」
「そりゃ、癪だわな」
 あの人変なところで意地っ張りだからなー。そこがまたいいんだけど。
「それで、これからどうするの」
 外へ出ると、ほむらが振り返った。俺は視界に入る景色を見て、ああ、もう夕方だな、と気づいた。
「よかったらうちでお茶でもどう? それくらいの用意はあるわよ」
「誘ってくれるの?」
「教科書のお礼よ」
 魅力的だけど……マミさんとの約束(むりやり)もあるしな。
どっちも断って別のことをするのも手ではある。

 
 『ほむらの家へ』
ニア『マミさんの家へ』
 『どっちも断る』

「ごめん、また今度」
「そう」
「また明日、学校でな」
「ええ」
 去っていく彼女の背中は、気のせいだろうが、残念そうだった。
 

 巴家の前で待つこと十分とちょっと、マミさんが走って帰ってきた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「今来たところですから」なんて、
一度言ってみたかった陳腐なセリフを言った俺を自宅へ招いたマミさんは、
「ちょっと待っててね。今お茶の用意をするから」
「昨日の今日でまだストックがあるんですか」
「買いだめしておいたの。人を呼ぶのなんて久しぶりだから、張り切っちゃって」
「そうですか」
 あっさり納得できるのはいいのか悪いのか。
昨日とはまた違う洋菓子を俺は味わう。
夕飯食べられるかな。
「それで、まどかたちは」
「帰ったわよ」
 あれ? またお茶会かと思ったのに、違うの?
「ダメよ、女の子の前で他の女の子の話しちゃ」
「あー、すいません」
 咎められるようなことだったかな、と我に返って紅茶を啜る。
女子の考えることはよくわからない。
「それじゃあ、今回は俺とマミさんだけなんですか?」
「そうなるわね」
 顔を隠すようにカップを傾けるマミさんの顔色は知れない。
「うーん、何かしましたっけ、俺」
 説教されるような覚えはないし、かといって内密な話をする覚えはない。
むしろ、魔法少女の件で蚊帳の外であるのでは?
「何かする前に、される前にって話かしら」
「はぁ……?」
 カチャ。マミさんがカップを置く。
「初めはね、素直に嬉しかったの」
 懐かしむように、マミさんは言った。
その真剣な様子に、俺は慌てて居住まいを正した。
「一人が当たり前で、それ以上なんて望むべくもなくて、気にしないようにしていた。
それが魔法少女の宿命だって、諦めていた。クラスメートの会話にもついていけなくなったし、
遊ぶこともできなかったから、皆との距離はだんだんひらいて、縮まることなんてなかったから。
そんなところに、あなたが来てくれた」
 あまりにも真っ直ぐな視線。逸らしたくなったが、それは駄目だと俺は見つめ続ける。
「嬉しかった、楽しかった。味気ない食事は色づいて、
義務でやっていたパトロールがまるでデートのようで」
 夕暮れは明るさをだんだんとなくし、徐々に夜の闇が迫ってくる。
マミさんの顔にさした影は、どちらのものだろう。
「それが、それだけが私の生きがいのようで、楽しみになっていたの。
それ以上なんて考えられないくらい。あなたに会える日は、幸福な一日だった」
「でも」マミさんは辛そうに、
「心のどこかで、我慢できなくなっている自分がいることに気づいてしまった。
それ以上に、もっとあなたのそばにいたいと思うようになっていた。
それだけならまだよかった。だんだん、あなたの回りにいる女の子が疎ましくなった」
「きっかけはほむら、ですか」
 マミさんはゆっくり頷いた。彼女の様子がおかしくなったのはあの頃からだ。
「あなたの隣にいる彼女を見て、すっごく嫌な気持ちになった。
同時に、今までの幸福が奪われるようで、怖かった」
 マミさんが俺の手を取る。力の入っていない、簡単に振りほどける程弱々しい。
「もう今までの関係じゃ嫌なの。友達のままじゃ嫌なの。
私だけを見て。私を愛してくれる――恋人になって」
 不安そうで、何かに怯えるような少女。
それが彼女の正体なのだろう。先輩ぶって強がって、でも本当は脆くて孤独に苦しんで……。

 俺は彼女と……。

ニア『恋人になりたい』
 『友達でいたい』

 俺はマミさんの手を握り、笑った。
「はい、マミさん」
「……………」
 すすすっと座りながらこっちに来たマミさんは、
さっきの弱々しさはどうしたってくらい強く抱きついてきた。
「よかった」
 ぎゅううう。
「本当によかった」 
「ははは……」
 く、苦しい。柔らかいのはいいが、骨が悲鳴を上げてる。
そりゃそうだ、あんな銃撃ちまくって平気なんだから、
この人が非力なわけがない。
 ま、こういうのもいいか。……たまになら。
「マミさん」
 呼ばれて顔を上げた彼女。涙目が美しい。
「ん」
 隙ありとばかりにキスをする。
すっかり暗くなったのに、真っ赤な顔はよく見えた。

[マミさんと恋人になった]


[翌朝]
 
『大変なことになった』
 そう語るのは中沢である。
「……聞かなきゃだめ?」
 まだ寝てたい。こんな朝早くに電話してくんなよ。
『頼むから聞いてくれよ』
 俺はあくびをする。昨日は夜までマミさんと一緒にいて、夕飯はそこでご馳走になった。
さすがに泊まるのはマズいので補導されない程度の時刻で帰宅し、
さて寝るかと思ったらケータイにまどかの『どこへ行ってたのか』という追及のメールがきていて、
それを誤魔化せたと思ったら世間話の相手をするハメになり、その応酬で寝不足なのである。
どうして会って話せば済むようなことをあんなに長々とやるのか、女子の考えることはよくわからない。
『お前があんまりつれないから、一人でゲーセンに行ったんだ』
「寂しいやつ」
『誰のせいだよ。それでついつい遅くまで居座ってたら、運悪く巡回していた和子先生に見つかってな』
「担任でよかっただろ。生活指導とかに捕まんなくて」
 あいつら鬼の首を取ったようにネチネチ責めてくるからな。うぜえのなんの。
『まあな。んでな、注意されて、腹が減ったから食事って流れになって』
「お前は付き合いが良すぎるんだよ。俺だったらさっさと帰るぞ」
『んー、そうなのかなー。そこで世間話になって、気がつけば愚痴を聞くはめになって』
「あの人クラスの前でも愚痴るからな」
 そして相手をさせられる生贄はいつもお前だ、なんてことは言わずに黙っておいた。
『いつの間にか酒飲んでて――俺は飲んでないんだけどな――、いよいよ本格的に絡まれるようになって』
「うわあ」
 めんどくさい女。そりゃ男も逃げるわ。
『一人じゃ帰れないっていうからタクシーで家まで送ってな。そこで変な空気になって』
「お前まさか」
『だって肩を貸して歩いてたら柔らかくて暖かくて、酒のせいなんだろうが熱っぽくてやらしくて……。
こう、吸い寄せられるように』
「キスだけ?」
『抱き合ってキスしまくってたらいつの間にか寝ちゃって起きたのがさっきなんだよ』
「担任は?」
『起こしたんだけど…………真っ白になって放心してる』
「そりゃあな」
 酔ってたとはいえ教え子連れ込んで一晩過ごしたとか免職で済めばマシってレベルだろ。
「親には連絡したのか?」
『言えるわけないだろ』
「じゃあお前はうちに泊まったってことで口を合わせるか」
『本当にすまん』
「いいって。担任にも教えて安心させてやれ」
 さすがにこのままだと授業もまともに出来まい。というか、学校に来れるかどうか。
そこまでいくとさすがに庇いきれん。
『お、おう。それでな』
「んあー?」
 二回目のあくびをしている俺に中沢は、
『どうしたらいいと思う?』
「昨日のことというか、担任に対して、か?」
「うん」

ニア『付き合っちゃえよ』
 『忘れちゃえよ』

「付き合えば?」
『いや、でも』
「別に結婚しろってんじゃねえよ。
付き合ってみてうまくいかなければ改めてなかったことにすればいいだろ。
お前も満更でもないんだろ?」
『ま、まあな。じゃ、じゃあ言ってみようかな……』
「おう」
『じゃ、ま、またな』
「おう」

 通話を終えたケータイを見る。二度寝する時間はないな……。


「なぁ、ほむら」
「何かしら」
 SHR前、がやがやとしている教室。
隣に座ったほむらは鞄を置いて俺を見た。
「愛に歳の差なんて、とかいうけど、やっぱり限度はあるよな」
「そうね」
「何の話?」
 珍しくまどかがこっちに来た。
「俺が詢子さんと付き合うのってどうかなって」
「それは……困るよ」
 あからさまに表情を暗くされた。ジョークなのに本気で反応されると凹むね。
「それで、どうかしたのか」
「えっと……昨日はどうして帰ってくるのが遅かったの?」
「ほむらとオールナイトしてた」
「ええ!?」
 面白いくらい素直に驚いてくれたな。
「冗談よ、真に受けないで」
 まどかの確認をするような視線を受けたほむらはきっぱりと。
「どうしてそんな嘘つくかなぁ」
「すまぬ。本当はキュウべえと魔法少女の今後について熱い議論をしてたんだ」
「そんなことしてないじゃないか」
 どこからともなく現れたキュウべえの耳(これは耳毛というのか?)を掴み、
廊下に向かって全力投球。ビタンッ。どっかにぶつかったらしい。「きゅっぷい」
まったく、普段はいないくせに間が悪いんだよ。
「もう。そんなに話したくないならいいけど」
「俺だって年頃の男の子なんだぜ? 夜遊びくらいしたいのさ。
それより、さやか達がさっきから心配そうにこっち見てるぞ。戻った方がよくないか?」
 俺が向こうで心配そうにしてるさやかにウィンクすると、露骨に嫌がられた。
最近のさやかちゃんキツいや……。
「う、うん」
 とぼとぼと戻っていくまどかに心苦しいものを覚える。
「誤魔化さずはっきり伝えたら?」
「ほむらも知りたい?」
「知りたいと言ったら教えてくれるのかしら」
「教えてあげない」
 俺は爽やかスマイルでそう言った。いつかのお返しだ。
「そう」
 ほむらへの こうかは いまひとつのようだ。

 
 余談になるかもしれないが、その後、中沢は先生と交際するようになったそうな。
そして、後日、俺は家を訪ねてきた担任から、
とんでもなく豪華な菓子折りをいただくことになる。


[昼休み]
 さて、どこへ行くか。

 『屋上』
 『教室』
ニア『校舎外れの空き教室』
 『トイレ』

 よし、そこへ行こう。

「あーん」
「あーん」
 マミさんの箸にあるものをぱくり。
「あーん」
「あーん」
 俺の箸にあるものをマミさんがぱくり。
「ふふふ」
 微笑むマミさんに俺も頬が緩む。
「誰かに食べてもらえると、作るのも楽しいのね」
「食べる方もおいしくて楽しいです」
 女子の手料理なんて一生食えないって思ってたぜ。
ありがてえ、ありがてえ。
「今日も放課後はうちに来るでしょ?」
「俺はいいですけど……魔法少女の件はどうするんです?
魔女とか体験コースとか」
「う〜ん、何かめんどくさくなっちゃったな」
 顎に指をあて、マミさんはため息。
「えー」
「一人でいた時はほかに拠り所もなかったし、使命に燃えられたんだけどね。
別にノルマこなしてグリーフシードにストックができれば問題ないし。
正直今更仲間がどうのっても、なんだかね……」
 ああ、これはあれだ、ハマってたゲームがある時ふっと興味がなくなるあれだ。
突然目が覚めるというか、熱がなくなるあの感覚。
 マミさんの場合、今までずっと張り詰めてた分、その反動は大きいだろう。
「教えられることは教えたし、後は当人次第じゃないかしら」
「そりゃそうなんでしょうけど」
「そうだ、こうしましょう」
 ぽん、とマミさんは手を合わせて、
「いいこと思いついたわ」
「何ですか」
「まだ秘密」
 マミさんは小さく笑って、「今日は家に来てね」
「今日は家なんですね」
「だって、まだ恥ずかしいもの」
 何が、とは聞かなかった。マミさんが俺に抱きついて、満足そうに息をもらす。
わざわざ聞く必要はない。たしかに、これを外でやるのは恥ずかしい。
 
[放課後]

 さて、どう過ごそうかな。
選択肢はどうなってるかな……。


 俺がどんなルートに行こうか悩んでいると、
「ちょっといいかしら」
ほむらが話しかけてきた。
どういうことだ。進化中や変身中みたいに、こういう時の介入は御法度じゃないのか。
「なにかな」
「屋上まで来て欲しいの」
「なんで」
「魔法少女の会議といったところかしらね。それがあるの」
「俺関係なくね」
「あなただけ情報がいっていないのは不都合なのよ。お互いにね」
「ふーん」

 というわけで、俺はホイホイ屋上までついてきてしまったのだ。
そこにはすでにまどか達がいて、なんかピリピリしたような、
ギスギスしたような空気が流れていた。
「彼をつれてきたのは、また人質にするため?」
「誰かに経由して伝わるより、ここで直接聞いた方が確実でしょ?」
 相変わらずのマミさんの辛口に、ほむらは相変わらずの無表情で対処した。
「誰かが自分の都合のいいように話すってこと?」
「あら、あなたにも理解できたのね」
「なにをー」
 怒るさやかに、まどかは「まあまあ」
「それで、話って何ですか、マミさん」
 ああ、マミさんが発端なのか。彼女を見ると、
ちょっと申し訳無さそうに、けれど嬉しそうにこういった。
「私、そろそろ魔法少女は程々にしとこうかなって思ってるの」
「それって、やめちゃうってことですか?」
「さすがにそこまではないけど、今までみたいに頻繁に魔女を探すのはやめるつもりよ。
二人に教えることももうないし」
「じゃあ誰が代わりにこの街を」
「暁美さんにお願いしたいの」
 さやかの疑問に答えるようにマミさんはほむらを見た。
「もし魔法少女についてもっと知りたいなら、これからは彼女から学ぶといいわ。
暁美さんのほうが、私よりずっと詳しそうだもの」
「ええ。少なくともあなたよりは知っているつもりよ」
「好都合ね」
 皮肉を言われたはずなのだが、マミさんは素直に喜んでいる。
「ちょっと待ってくださいよ! こんな奴に見滝原を任せるなんて」
「あら? じゃあ美樹さんが守ってくれるのかしら」
「う、それは……」
「暁美さんが信用できないっていうなら、見学ついでに監視もすればいい。
何かあれば私に伝えればいいし、何もなければそのまま……」
「それは、そうかもしれないけど……」
 言い合いになると、さすがにマミさんの方が一枚上手だな。
さやかはそれきり俯いて、反論しなくなった。
「私はやるとは言っていない」
「魅力的な話でしょ? 労せずに縄張りが手に入るんだから」
「…………」
 まるで上からの言葉。飢えた相手に飯を与えてやってるんだ、という感じのそれ。
「あなたが決めて」
 ほむらはどっちでもいいのだろう。
だから、俺に任せてみたのだろう。

ニア『やってみれば?』
 『やめとけば?』

「とりあえずやってみて、うまくいかなきゃやめればいいんじゃない?」
「ええ、そうするわ」
 ほむらはあっさり納得してくれた。

 ようやく選択ができる展開になったぞ。
まどか・さやか・ほむらのグループにマミさんか。
いっそ一人でフラフラするのもありだな。

 『まどか達についていく』
ニア『マミさんについていく』
 『一人で帰ろう』

 ぞろぞろと出ていくまどか達を尻目に、俺はマミさんに声をかけた。
すると彼女はまるで待っていたとばかりに笑顔を見せる。
 
 それからは俺は、マミさんの家に直行していた。
いつものお茶会だが、少し違う。マミさんは隣に座って、俺に寄りかかっている。
その柔らかい感触を楽しみつつ、俺はスイーツも堪能した。
他愛もない話をしているだけなのに、とても楽しかった。
「あ、ついてるわよ」
「へ?ああ」
 顔にクリームがついてるらしい。ええと、ティッシュ、ティッシュ……。
「ん」
 マミさんの唇が俺の顔に。どうやら取ってくれたらしい。
そのまま唇が合わさる。甘い。
「はむっむっ」
 そのままチュッチュ。うーん。マミさん、ウブなんかね。
これ以上してこない。よし、こっちからせめるぞ。
「ふぇっ」
 舌を入れてみると歯にぶつかる。頬のあたりをウロウロしていると、
そこに残ったケーキの残りから甘さを感じる。
 とんとん。歯をノックすると、何をすればいいか察したのか、
そこは開き、中で隠れていた舌がおずおずと出てきた。
「にゅう」
 これ幸いと絡める。甘く柔らかい、快楽が体に走る。
気がつけば目の前の体を抱いて、その行為に夢中になっていた。
マミさんもそうだろう。唇から流れる液などお構いなしでキスに集中している。
というか、俺よりも夢中になっているようだ。いつの間にか攻守が逆転していて、
俺の中にマミさんの舌が入ってきた。うーん、一度ハマるととことん熱中するタイプなんだな。
だから今まで一人で魔法少女やってこれたんだろう。
「ん」
 さすがに息が続かないと、一度離れる。しかし唇からは糸が伸びていてまだつながっていた。エロい。
 はぁはぁ。二人の息は荒い。マミさんの熱っぽい顔、潤んだ瞳……エロい。
「ま、マミさん」
 もう辛抱できん、と俺がマミさんの体に手を這わせようとする。
そこでチャイムが鳴った。
 間が悪い。
「あ、ちょ、ちょっとまって」
 どっちに言ったのか、マミさんは慌てて立ち上がり、玄関へ走って行く。
残された俺は、どうしたものかと首をひねる。
 
 ガチャリと音がして、扉が開くのが聞こえる。訪問者の声も、マミさんの声も聞こえてきた。
「あら、鹿目さん」
「マミさん……」
 まどかだった。窓の外を見れば夕方。
あっちは解散したのだろうか。さやかとほむらだけというのは、相性が悪いような。
「どうしたの? 何かあった?」 
「いえ、あの……うまくいったんです。ほむらちゃんがあっという間に魔女を倒して……」
「ああ、成功したって報告。それなら明日学校で話してくれてもよかったのに」
「それもあるんですけど、聞きたいことがあって」
「何かしら」
「どうして急に、やる気がなくなっちゃったんですか」
「…………もう充分だと思ったから、かしらね」
「…………」
「何もなくなって、魔法少女になって、使命だけが残った。
最初はそれで充分だったのよ。使命にしたがっていれば、何も考えずに済むんだから。
それで回りから誰もいなくなっても、使命だけは残るから」
「もう違うんですが?」
「使命に慣れて習慣になったら、今度は寂しさを感じるようになったの。
いつの間にか、それをどうにかする方が重要になったのね。
今はもう、その寂しさもなくなって、私は充実している。だからもう、充分なの」
「それって……」
 ここで思い出した。玄関には俺の靴がある。俺が向こうに行かなくても、
それを付き合いが長いまどかが見逃すはずもなく……。
「そうよ、彼よ」
「…………」
 沈黙。数秒の後、まどかの声が飛んできた。
「ねえ! いるんだよね!?」
 明らかに俺に向けた声である。

 『顔を出す』
ニア『顔を出さない』

 ここで行っても面倒になりそうだ。ここにいよう。

「やめてくれないかしら。彼を呼んで、どうするつもり?」
 マミさんのあからさまに嫌そうな声。
「だって、でも……」
 まどかは何を言っていいかわからないらしく、言葉に詰まる。
「魔法少女のこともそうだけど、察してくれないかしら」
「…………」
「手を引いてって言ってるの。飲み込みが悪いのかしら」
 まどかは無言だった。やがて扉が動いた。
こっそり覗きこむと、マミさんしかいなかった。
 まだ追えば間に合うだろうが、どうするか。

 『まどかを追う』
ニア『まどかを追わない』

 一人にしとくか。さっき来ないで追ってきたら今更って感じもするし。

「鹿目さんとはどういう関係なの?」
 食器類を片付けて、舞台はベッドの上。
相変わらずのイチャイチャちゅっちゅをしていると、マミさんがそんなことを聞いてきた。
「ただの幼なじみですよ」
「本当に? その割にはずいぶんご執心のようだったけど」
「あれですよ。家族が何か悪いことしてないかって心配する気持ち。
気になってしかたないんでしょうよ」
「これは悪いこと?」
 ちゅっとマミさんが俺の唇を吸った。
「いいことに決まってるでしょ」
 俺もお返しに一回。
「ねぇ、今日はいつまでいられるの?」
「さすがに夜は帰らないと」
 俺に抱きついてるマミさんは残念そうに、
「帰らなくても大丈夫なんでしょ?」
「学校がありますからね。一度準備に戻らないと」
「こっちにもってくればいいじゃない」
「ははは。それはさすがに……」
 何日も帰らないと、さすがに俺を預かってる身である詢子さんや知久さんが心配するだろう。
「週末ならどうかしら。そうだ、旅行もいいわね」
 本格的に見滝原守る気ないなこの人。
いや、旅行すらできなかった今までが異常だったんだけど。
「マミさん」
「んっ」
 俺はマミさんの頭を包むように抱く。
「説得力はないかもしれませんけど、ほむらはやるといったことはきっちりやりとげると思います。
だからここのことはあいつに任せて、色々なところに行きましょう。
今までできなったことをやって、失った時間を取り戻しましょう」
「うん……」
 マミさんはそのままじっとしていた。
そのままでいたかったのだろう。そう思ったので、俺はそのままでいた。

 どれくらいの時間が経ったか。夕方からすっかり暗くなったので、結構な時が流れただろう。
 二人でじっとしていると、俺のケータイがその静けさを壊した。
手に取ると、納得したと同時に、嫌な予感がした。

『まどか』
 
 どうするべきか。出るべきか、放っておくべきか。

 『出る』
ニア『出ない』

 やめておこう。
 
 しばらくすると、留守電になり、やがて終わる。
ほっとしていたら、また着信。どうやら、出るまでかけ続けるつもりらしい。
「誰?」
「あっ」
 電源を切ろうとした俺の手から、ケータイはマミさんの手に渡った。
「ふーん。懲りたと思ったら……」
 ボタンを押し、マミさんが電話に出た。
『あ、もしもし?』
「何かしら」
『え……』
 俺が出ると思ったためか、最初は嬉しそうな声だったが、マミさんが相手と知って、
一気に沈んだ声になった。
「帰ったと思った? それともこれなら私にバレずに済むと思った?」
『いえ、あの……』
「おとなしそうに見えて、意外と大胆というか、ずる賢いのね」
『…………』
 まどかの性質上、こういう言い合いでは押しが弱い。
そういう時はさやかがいてどうにかなることも多々あるが、この場にさやかはいないし、
呼べもしない。
「ねぇ、今、私と彼が何をしてると思う?」
 マミさんの片腕が自身の服に伸び、緩めていく。
「彼と愛し合ってるの」
 やがてするすると落ちる服。
現れた下着に俺はドキリとした。
「これでわかった? もう何をしてもムダなの。それともこのまま聞かせて……切れちゃった」
 マミさんはケータイを俺に返すと思ったら、そばのテーブルに置いた。
これではこっそりメールすることもできない。
「あの……今のは本気で?」
 すっかり下着に釘付けになっている俺の視線に気づいたマミさんは、
そっと腕で体を隠した。
「勢いだけど……したい?」
「そりゃ……」
「正直ね」
 クスっと笑って、マミさんは、
「いいわよ。けど」
 恥ずかしそうに、
「優しくしてね」


 マミさんの着る下着は大人っぽく、黒のレースというデザインだった。
まさか勝負下着かと思ったが、わざわざ聞くものでもないと口には出さない。
「おお」
「ん」
 胸に手をやると、その大きさと柔らかさに息が漏れる。
すげえ。手に収まらねえや。
「あっ、あっ、んっ」
 両手で揉んでいた手の片方を下におろして、パンツの中に手を伸ばす。
なんとも言えない感触が指にあった。
「脱がしていい?」
 返事はなかったが、わずかに腰が浮いた。
これ幸いと脱がしていく。
「へ、変じゃない?」
 マミさんが顔を手で隠す。
「……ほかに見たことがないもんで」
「初めて?」
「恥ずかしながら」
 さすがに童貞告白は恥ずかしい。
このご時世、フィルタリングのせいでエロサイトは巡れないし、
無修正もののエロ本も落ちていない。
 嫌な世の中になったもんだ。
「そ、そう」
 マミさんはなんだか安心したようだ。
ヤリ○ンよりはいいってことなのか?
「それでは失礼して……」
 目の前の秘裂に舌を這わせる。どっかで聞いた話や見て覚えた知識だ。
とりあえず濡らさんと。
「んあぁ」
 暗いからよく見えず、複雑なもんだから何がどうなってるかわからない。
上の方の出っ張りを舐めると、違った反応になった。
「あっ、ひゃっ。あああ」
 そのままそこを舐めたり、入るであろう場所に届く限り舌を伸ばしたり……。
「んっ、あぁ……」
 うーん。濡れたには濡れたんだけど、これはどっちの液なんだか。
まあいいや。やってみよう。
「あれ……?」
 体を起こした俺にマミさんは不思議がる。
そして、ズボンを下ろす姿に納得したようだった。
「いきますよ」
「うん」
 もらったゴムをどうにかかぶせて、俺はゆらゆら目標を探す。
さっき舐めた時に覚えた通りであれば、もう少し……。
 ここか……?
「んっ……」
 ずるずると、その穴へ入っていく。狭く、抵抗が強いが、入っていくのだからここだろう。
「っ……」
 マミさんがシーツを強く握る。
「入った……?」
「入りました……」
 体がくっつく。俺は深い息を吐いた。
自分でやるのとはまったく勝手が違う。
だが、それゆえに快楽も一味違うといったところか。
「んぅ」
 パンパン。腰が勝手に動く。快楽がほしくて、もっとマミさんがほしくて。
「あっ、あっ、あっ」
 柔らかくて、暖かくて、締め付けられて気持ちよかった。
「くぅ」
 マミさんのふとももを折りたたむように抱えて、奥へと突っ込む。
半身全体が、彼女の中に入ってる。それに達成感、満足があった。
「マミさん、マミさん」
 特に意味もなく呟いて、目の前の彼女に挿入を繰り返す。
眼下に広がる赤いものに心を痛めたが、同時に征服感が芽生えた。
自分が彼女の初めてを奪ったのだと、自分が彼女の初めての男だと。
「きゃ、あっ、んぅ」
 誰にも渡さない、彼女は自分のものだと刻むように、
俺は必死で腰を動かした。
「マミさん、もう」
 そして、限界は訪れた。
「うん……!」
 びくっと体が震え、白濁が吐き出される。
そのまま疲れと達成が口から出て、俺はマミさんにのしかかるように伏せた。


「マミさーん」
「あらあら」
 少し休み、ようやく落ち着いた頃、俺はマミさんの胸に顔を突っ込んだ。
一度やってみたかったのだ。あーここは天国だ。
「子供なんだから」
 マミさんは苦笑して俺の頭を撫でる。顔に広がる胸の感触と合わせて、とても気持ちよかった。
「あ、こら」
 顔をちょっとずらして、綺麗な乳首をちゅうちゅう。
「赤ちゃんみたい」
 マミさんがくすくす笑うのもお構いなしにちゅぱちゅぱ。
こんな風に甘えられるのも、彼女持ちの特権だろう。
さすがに帰らないとまずい時刻まで、俺はマミさんに包まれていた。


 あー、帰らなきゃよかったかな。
そんな後悔をしながら夜道を歩く。
あのまま寝るなりイチャイチャするなりしてもよかったかなーなんて。
それくらいの幸福や快楽を感じたからだろうか。 
 ケータイに着信。知久さんからだ。なんだろう、夕食の断りは入れたはずだけど。
「もしもし」
『ああ、今どこだい?』
「今は……もうすぐ家が見えてくるところですね」
 周囲を見回してそう答えると、
『それはよかった』
「何かあったんですか?」
『まどかがね、君の家の前から動かないんだ。さすがに夕食には戻るように言ったんだけど。まるで聞かなくて』
「そうですか」
『まどかと何かあった?』
「あいつとは何もないです。けど、俺の行動が回りまわってあいつに影響を与えたと思います。
俺が行ってみます」
 というか、俺の家の前にいるってことは、確実に遭遇するってことだ。
あいつもそういう考えなんだろうな。


 はたして、まどかは俺の家の前にいた。
近くの電灯の光が、うっすらと姿を見せていた。
さすがにこんな遅くまで立っていれば寒いだろうに。
「風邪引くぞ」
 俯いたまどかの手を取ると、案の定冷たくなっていた。
「入っていい?」
「飯食ってないんだろ? 先に帰れよ」
「…………」
 ああ、これはあれだ、頑固になってる。
普段は特に自己主張しないまどかがたまに見せる態度。
そんなこいつだからこそ、いざこういうことになると、意地でも曲げない。
「暖房でもつけるか?」
「いい」
 家に上げた俺は、とりあえずリビングにまどかを通す。
小さい頃に何度も来ているため、勝手知ったるこいつはスムーズに移動し、
ソファに腰を下ろした。俺はその隣に座る。
「それで、どうした」
 何を言いたいのかわからんでもないが、さすがにそういうことは直接本人の口から聞くべきだ。
「マミさんと付き合ってるって、嘘だよね?」
 まどかの表情は暗い。声も暗く、それを信じたくないってのは充分伝わった。

ニア『本当だ』
 『嘘だ』

「本当だ」
「どうして?」
「憎からず想ってた男女が付き合うのに理由が必要なのか?」
「だって……」
「お前はさ、多分寂しいんだろ? 家族みたいに付き合ってた奴がどっかいっちまうようでさ」
「…………」
「遅かれ早かれ、こういうことはあるんだよ。どっちにしてもな。
俺が先ってことだっただけだ」
「…………」
「俺の立場で考えてみろ。せっかくいい感じになってたのに、変な干渉されたら嫌だろ」
「私は迷惑なの……?」
「そうは言ってねえよ。ただ、お前ももっと広い視野をな」
「…………」
 まどかは無言で俯く。心の整理がついていないのだろう。
俺はそっとまどかの肩を抱いた。
「寂しい?」
「うん」
「ごめん」
「うん……」
「今はまだ、うまく整理がついていないだけだ。そのうち、受け入れられるようになるさ」
 冷たくなったまどかを温めるように抱きしめる。
こんなことしたのいつ以来だろうか。
昔……一緒に寝るくらいには小さな頃に、布団の中でこうしてやったのが最後かな。
 俺があの頃のままだったら、今とは違った結果になったんだろうか。


[翌朝]



「そのちっちゃいのの口からでっかいのがどーんと出たんだよ」
「ほうほう」
 気になって昨日のことをさやかに聞いたら、身振り手振りで教えてくれた。
「けどあっという間にどっかんどっかん爆発して倒したんだよ。ありゃ魔法だね」
「だって、魔法少女だろ?」
「そうだけど、何か違うんだよ。マミさんと違って、まともに戦ってないっていうか」
「ふーん。それはそれとしてさ、お前らは無事だったんだろう?」
「まあね。そこらへんは配慮されてたかな……?」
 さやかはほむらの席を見る。
「よかったじゃん。その気になれば見殺しにだってできただろうし」
「まあ、そうなったら私かまどかが魔法少女になればいいけどね」
「ね、まどか」とさやかに言われたまどかは、
「あ、うん……」心ここにあらずといった様子であった。


[昼休み]
さて、おまちかねのランチタイムだけどどこへ行こうか。

 
 『屋上』
ニア『教室』
 『校舎外れの空き教室』
 『トイレ』

 教室で食べるか。誰かと食べるか一人で食べるか……。
 
ニア『中沢と』
 『ほむらと』
 『一人で』


「女の人ってさ、なんかいいよな」
「お、おう」
 飯食ってる時にいきなり何言ってんだこいつ。
「た……彼女となんかあったのか?」
 担任とどうこうなんて、校内じゃ言えん。
「そりゃあ、付き合ってるわけだからさ、そういう流れにもなるわけじゃん」
 達観したような目つきである。
「家デートっていうの? ほら、俺らってバレたらヤバい関係じゃん?」
 なんか、そういう危険な関係にいる自分に酔ってないか、こいつ。
中沢のドヤ顔で俺がそんなことを思いながら、
「せやな」
「テレビ見たり手料理食べたりしてると、ふいにそういう雰囲気になってさ」
「お、おう」
「いやーほんと、いいね。気持ちいいっていうのあるけど、幸せだって気がするんだよ」
「せ、せやな」
 それから昼休み終了まで続くのろけに、俺は耐えねばならんかった。

[放課後]
さて、どうするかね。

 『まどかのところへ』
 『さやかのところへ』
 『ほむらのところへ』
 『マミさんのところへ』
 『中沢とゲーセン』  
ニア『一人で帰る』

 一人で帰るか。
すたすた帰り、家に入って鞄を置いた俺は疲れたな、と息を吐く。
さて、どうするか。特にすることもないが……。
 チャイムが鳴って、俺は玄関に行く。
覗き穴から訪問者を見る。

 まどかだった。

ニア『会う』
 『会わない』

「どうした」
「入っていいかな」
「いいけど」
「…………」
 昨日同様、ソファに座ったわけだが、かといって何かあるわけでもない。
まどかは俯いているだけで、何かしそうなんだが、何かするでもない。
「整理はついたか?」
 こっちから話をふってみた。
「…………」
「おーい」
「やっぱり嫌だよ」
 暗い顔が見えた。いつもの明るさはなく、沈んでいる。
めったに見ないし、めったに見たくない顔だ。
「なんで私じゃないの?」
「…………」
「私だって、もう子供じゃないんだよ」
 俺の手を取り、まどかは自身の胸へ押し付けた。
控えめではあるが、たしかに柔らかいものはある。
「自分が何してるかわかってるのか」
「だって、こうでもしなきゃ、わかってくれないでしょ……私の、本当の気持ち」
「俺は…………」
「教えてよ、本当の気持ち」
 掌から伝わる心臓の音。力強く、速い音。
もうごまかすことはできない。まどかは覚悟したのだ。
俺も選ばなければならない。自分の本当の気持ちと、向き合わなければならない。

ニア『まどかを選ぶ』
 『まどかを選ばない』

「あむ」
 まどかの唇に自身のそれを重ねる。
「これが、俺の本当の気持ち」
 抱き寄せて密着すると、まどかは顔を赤くした。
「い、いいの?」
「じゃあやめるか」
「だ、だめ!」
 背中に回る細い腕に苦笑しつつ、「よっこらしょっと」
「わっ」
 そのまままどかを持ち上げると、意外と軽かった。
「ソファじゃ窮屈だからな。ベッドに行くぞ」
「え、ええ……!?」
 あたふたするまどか。しかしもう遅い。
俺だって男なのだ。狼なのだ。
わざわざ鴨が葱を背負って来たのだ、ここで食べなきゃ男が廃る。
 食べないように気をつけてたのになぁ……。

「昔さ、一人で脱げないっていって、こうやって脱がしてやったよな」
「そんな昔のこと……」
 ブラウスのボタンを外されているまどかは唇を尖らせる。
「たしかに昔だな。いつの間にかブラつけるようになって」
 現れた小さなブラに、俺は指を這わせる。
「んっ」
「昔はいっしょに風呂入ってたのに。詢子さんから禁止令が出てな。タツヤはOKなのに」
「だってもう、子供じゃないんだよ。たっくんと一緒にするのはおかしいよ」
「まだ子供ですよー」
 まどかの胸に顔を埋める。頬に感じる柔らかさと硬さ。
「んん」
 そのまま顔でブラをずらして、出てきた乳首をちろちろ舐める。
「子供はこんなことしないよ……!」
 嫌がるかと思ったら、頭を抱きしめて押し付けられた。
「あんっ」
 昔はたいらだったのになーと思いながら舌で先端を転がしながら、
手はスカートの中へ。パンツの上から尻を撫でる。
「手つきがいやらしいよぉ」
「いやらしいことしてるからな」
 ぐるぐる円を描いたり、モミモミしたり。
胸よりこっちの発育がいいな。
「あっ」
 布越しに、そこを擦る。
「ここも見せてね」
「は、恥ずかしいよぅ」
「じゃあやめる?」
「う、うぅ……」
 困ったような声を出したが、まどかは首を横に振る。
「じゃあ見せてね」
 白い、子供っぽいパンツを下ろすと、眼下にはまどかの恥ずかしいところが現れた。
「触るぞ」
「う、うん」
 ぐにぐにと外側を触ってから、中へ入る。指一本でキツい。
これ、入るのか?
「あぅぅ」
 でも、ここから赤ん坊が出てくるわけだし……。
時代によってはこの歳でも産んでるわけで。
昔は今ほど豊かではないからもっと小柄だったわけで……。
いや、産ませる気はないんだけどね。
そりゃまどかの子は可愛いだろうし、詢子さんと知久さんに孫の顔見せてやりたいというのもあるけど……。
でもこの歳で子持ちはさすがにアカン。そもそもこんなことするのがアカンよな。
「まどか」
「続けて」
「はい」
 バレたか。やめようか、と言う前に言われた。
付き合い長いからね。分かり合えたんだね。対話するまでもなかったね。
「でも、ここが反応しなくてね……」
 俺は自分の下半身を指す。連れ込んだのは俺だけど、これ以上のことは別だ。
やっぱりこれ以上やるのはどこか、気が進まないのだろう。
妹のように可愛がってきたわけだしな。どこぞのエロゲやラノベみたいな風にはなれん。
ペッティングでもいいじゃない。お触りだけ本番なしでもいいじゃない。
「わかった」
「そっか」
「がんばる」
 あ、そっちか。諦めると思った俺のズボンにまどかの手が触れる。
「ちょっと立って」
「あ、はい」
 ベルトをカチャカチャやってたまどかは、そのままパンツごと下ろす。
露わになった俺の下半身に、まどかは驚いたようだった。
そりゃ、男子の下半身なんて見る機会だろうしな。
俺も昔とは違うよ。
「ど、どうすればいいの?」
 チラ見で俺の半身を伺うまどか。顔赤いよ。
「棒みたいなところあるじゃん」
「う、うん」
「そこを持つじゃん」
 恐る恐る、まどかの指が触れる。
「うわっ」
 意図せずぴくりと動き、まどかを驚かせてしまった。
「そのまましこしこ擦ります」
「こ、こう?」
 優しく、慎重な手つきだった。そこに愛しさはあったが、快感はあまりない。
「お、大きくなったね」
 まどかは嬉しそうだが、これでも半立ちなんだ。まだ変身を残してるんだ。
「もっと強くやってごらん?」
「う、うん。……わっ」
 ぴくぴくしてるそれは、どうやらまどかには予想外の姿だったようで、思わず彼女は手を離していた。
「こんなの入れちゃうんだよ?」
 まどかの腰にこすりつける。あ、気持ちいい。
「本当にいいの?」
 まどかを押し倒し、狙いを定める。入り口につけただけで、快楽が流れてきた。
「今ならまだ」
まどかの腕が背に回り、体が重なる。
「来て」
「……うん」
 耳元で囁かれた願いに、俺は頷いた。

「あっ、くぅ……!」
 痛みが呻きになって伝わってくる。まどかの爪が背に食いこむ。
それでも、もうやめるわけにいかない。
「まどか……」
 初めて会ったのは――――覚えてるのは幼稚園の頃か。
優しくて、皆のことを考えていて、そのせいで傷つけられることも多くて、
俺は守るのが当たり前だと思っていた。でも男と女、そのうちからかわれるようになった。
それでまどかが傷つく結果になれば本末転倒になる。まどかが俺に依存してしまうのも防ぎたかった。
さやかといった同性の友達ができたことで、俺の役目は終わったように感じた。
後は適度に離れて、お互い別の道を進めばいいと思った。
でも、まどかがそれを望んでいないとしたら。
 まどかの願いは……。
「愛してる」
 自然と、心の中にあった言葉がでてきた。恋慕ではなく、愛情。
だからこそ自分がどうこうではなかった。相手が幸福であるならば、自分はそこにいなくてもいいと思った。
 でも本当は……。
「うんっ」
 まどかの泣き笑いが胸に痛い。
「許されるなら、お前のそばにいたい」
「うん……!」
 流れる血かそれとも別の液か、動きはスムーズだ。
もうやめようかと思ったが、それで納得するまどかでないことは俺がよく知っている。
「あうっ」
 だから、やめられなかった。迷いつつも腰を動かし、快楽を求めた。
心はすでに幸せでいっぱいだった。後は体の問題だ。
「あっ、くっ。んぅ」
 まどかの中はせまく、奥にコツンコツンと何かがあたっている。
おそらくは子宮の一部で、この先にはまどかが子を産むためのものがある。
そう考えると、不思議な気持ちだった。この少女が、いつか母親になる時がくるのだろうか。
 少なくとも、今ではない。

ニア『外に出す』
 『中に出す』

「まどか、もう……」
 そろそろ限界。抜こうと体を離す。
「だ、だめ!」
 どこにそんな力があるのか、まどかの腕が俺を離さない。
それどころか、足まで使って腰をおさえられた。
「ちょ、おま」
 びくんと震え、どくどくと白濁が流れだす。それはすべてまどかの中へ……。
 冷や汗がだらだら流れる。
「責任とってね」
 にっこり笑うまどかが、魔女に見えた。


「最初からこうすればよかったんだね」
 えへへと笑うまどかに、俺は軽くデコピン「あいたっ」
「自分を大切にしなさい」
「ウェヒヒ」
 布団にくるまったまどかの髪をなでる。
まどかは横になった俺の腕を枕に目をつぶった。
「今日は一緒にご飯食べるよね?」
「そうだな」
 掛け時計を見る。あとすこしくらい、こうしていられるな。
久しぶりに見るまどかの笑顔に、俺は幸せを感じた。

[まどかと彼女になった]


[翌朝]
 朝、教室に入るとほむらに呼ばれた。
これは告白かな、とわくわくしながらついていくと、屋上についた。
さすがに朝っぱらにこんなところにいる奴は他にいない。
「今のうちに言っておくわ」
 ファサとほむらは髪を持ち上げる。
「複数の女性と付き合う時は注意しなさい。特定の女性だけに構っていると、
それ以外の女性に悪影響を及ぼすわ」
「平等に構うか、全員放っとくのはいいのか?」
「ええ。基本的に、贔屓をすると嫉妬されるとだけ覚えていればいいわ」
「ふーん」
「わかった?」
「わかった」
「ならいいの。話はそれだけよ」
「ほむら」
「なにかしら」
「俺はほむら一筋だぜ」
「っ……」
 いつもみたいにクールに受け流されると思ったら、
ほむらは驚いた顔をして、そのまま肩を震わせて……。
 泣いた。
「あ、あれ……?」
「ご、ごめんなさい」
 ほむらは慌てて目を拭う。
 柄にもなく動揺してるようで、気のせいか喜んでるような気もして……。
「あ、えっと……俺もごめん」
 腕でそっと包んで、頭をなでてやる。
小さい頃、泣いたまどかをこんな風に慰めてたな。
チャイムが鳴るまで、俺はしばらくそうしていた。


[昼休み]
 
 さて、おまちかねのランチタイムだけどどこへ行こうか。
 
ニア『屋上』
 『教室』
 『校舎外れの空き教室』
 『トイレ』

 うん、そうだな、あそこに行こう。

「あーん」
 俺が差し出したおかずに、まどかはぱくり。
「おいしー」
「知久さん特製だからな」
「こうやって好きな人に食べさせてもらえるから美味しんだよ」
「さいですか」
 まどかと屋上に行った俺は、そんな姿に微笑む。
「やぁ、まどか」
 どこからともなくキュウべえがやってきた。「願い事は決まったかい」
「ううん」
 まどかは首を振り、隣に座る俺に抱きついた。
「今、とっても幸せなの。願うことなんてないよ」
「見せつけてくれるじゃない」
 同席したさやかの視線が刺さる。
「さやかもしてほしい?」
「ねーよ」
「恭介の代わりさ」
「な、なんであいつが出てくるんだよ!」
 わかりやすいな、ほんと。
赤くなって騒ぐさやかを見て、そんなことを思ってしまうのでした。


[放課後]
 さて、どうするかね。

ニア『まどかと帰る』
 『さやかのところへ』
 『ほむらのところへ』
 『マミさんのところへ』
 『中沢とゲーセン』  
 『一人で帰る』

 
 放課後の通学路を、俺はまどかと歩く。
「こうやって帰るのも久しぶりだね」
「そうだな」
 特別な時を除いて、普段は一緒に下校しなかったからな。
「小学校以来か?」
「そうだね」
「あの頃は周りがうるさかったからな」
「私はそれでもよかったんだよ? からかわれても……」
 赤くなって下を見るまどかに俺は、
「いい男が寄ってこなくなるだろ?」
「そんなのいらないよ」
「うちの担任見てるとなぁ……」
「私にはちゃんと相手がいるもん」
 あれ? 地味に担任バカにされてね?
俺の腕を抱いてティヒヒ笑うまどか。これが勝者の余裕って奴なのかね。



[翌朝]

「さやか、お前結局魔法少女になるの?」
「うーん」
 SHR前、教室でそんなことを尋ねると、さやかは腕を組んで、
「魔女と戦うってのがネックなのよね。ほむらみたいになれるとは思わないし、
かといって足手まといになるのも嫌だし」
「マミさんに憧れてたしな」
「それもねー」さやかは気だるそうに頭に手をやって、
「あの人、投げちゃったじゃん。それもあんなに邪険にしてたほむらに丸投げ。
それってどうなのよって思うわけよ」
「裏を返せば今までずっと一人でがんばってたわけだろ。勉強も友達も犠牲にして、
誰に感謝されるでもなく、わかってもらえない。それこそ誤解されてもさ」
「いや、わかるんだよ。色々犠牲にしてがんばってたってのはね。
けど、イメージと違うんだよね。あたしの思い描いてた魔法少女像とね」
「わからなくもないな」 
 強くかっこいいヒーローも、現実では様々な苦労があるのだ。
綺麗ごとを言っていられるのは、物語の中だけで、それを理想に思えるのは第三者だけだ。
「感謝もない、給料もない。時間を、場合によっては金すら使うハメになる……慈善事業ですらないな」
「そういう現実を見せられちゃったわけよ。それで憧れて魔法少女になる、なんてのはもう無理」
「願いだけ叶えてほむらに任せれば?」
「そりゃさすがに虫がよすぎるよ。ほむらに悪いって」
「お前ほむら嫌ってたんじゃねえの?」
「最初はさ、キュウべえいじめてたし何か偉そうだしでいい印象なかったんだけど、
色々見たり話したりしたら、まぁ悪いやつじゃないんじゃないかって」
 あたしに何かするってわけでもないし、とさやかは振り返った。
「あいつキュウべえに騙されて魔法少女になったんだってさ」
「ああ、そういうことね。騙されて魔女狩りの人材にされたんだ。そりゃキュウべえも説明できないわけだ」
「そんなところだろうよ」
 契約ってのは信頼関係があって成り立つ。下手を打ったなんて印象はできれば与えたくない。
「でもさ、なんでも叶うってのは魅力的だよね」
「恭介の手も治せるもんな」
「ちょ、なんで恭介が出てくるのよ」
「違うのか」
「……考えなかったでもないけどさ」
 そっぽを向いて呟くさやか。本当にわかりやすいな、と赤い頬見て思った。


[昼休み]
 
 さて、おまちかねのランチタイムだけどどこへ行こうか。

 
ニア『屋上』
 『教室』
 『校舎外れの空き教室』
 『トイレ』

「あーん」
「あーん」
 前回とは逆で、今度は俺がまどかに弁当を食べさせてもらっている。
本当にいつもよりおいしい気がするな。
「見せられる方はたまったもんじゃないよ」
 やれやれといった調子でさやかが嘆く。
「さやかちゃんも」
「へ?」
 まどかの箸が今度はさやかに向かった。
「あーん」
「あ、あーん?」
 ぱくり。まどかに押されっぱなしで、さやかは言われるままだ。いつもとはまるで逆だな。
「おいしい?」
「う、うん」
 きょとんとしながらもぐもぐするさやかちゃん。
あれ? これ間接キスじゃね。
言ったら怒るだろうから、俺は黙っていた。


[放課後]

 さて、どうするか。なんて思っていたら、隣のほむらが耳元で囁いてきた。
「巴マミと最近会ってないわね」
「そういやそうだな」
「彼女、不安定になっている。気をつけて」
「うん。あのさ」
「なにかしら」
「耳元で囁かれると、すっごくゾクゾクします」
「バカ」
 うん、ゾクゾクするね。

ニア『まどかと帰る』
 『さやかのところへ』
 『ほむらのところへ』
 『マミさんのところへ』
 『中沢とゲーセン』  
 『一人で帰る』


「ほらよ」
「ありがとう」
 買ってきたソフトクリームをまどかに渡し、二人で歩く。
まさかこいつとこういう、普通のデートするようになるとは。
「一口ちょうだい」
「欲しいなら買ってくるぞ」
「違うよ。一口もらうのがいいんだよ」
「ふーん」
 俺のを向けると、まどかは小さく食べていった。
「はい、お返し」
「おう」
 今度は俺が一口。たしかにこういうのもいいかもしれん。
「あ」
「ん?」
「あれ」
 まどかの指差す先にいたのは……。
『…………』
『…………』
 とあるカフェにいる二人の男女。
「あれって……」
「察してやれ」
「う、うん」
 サングラスと帽子で変装しているがバレバレである。
ここで話しかけず、後日教室で言ってやるのが優しさか。
担任とクラスメートの逢い引きを邪魔する程俺は野暮ではない。



[翌朝]
 ベッドから起きた俺はあくびをしながら立ち上がる。
 今日もがんばんべ。

[昼休み]
 
 さて、おまちかねのランチタイムだけどどこへ行こうか。

 
ニア『屋上』
 『教室』
 『校舎外れの空き教室』
 『トイレ』


「もうすぐテストだね」
「嫌なこと思い出させないでよ」
「なー」
「あんたは成績いいじゃん」
「俺は一夜漬け派なんだよ。前日がマジ地獄」
「だったらコツコツやればいいんじゃ」
「できたらやってるよな」
「うんうん」
「あーでも最近はほむらに教えてもらってるからいい線行くかも」
「この裏切り者め」
「お前だって仁美に助けてもらってるじゃねえか」
「持つべきものは優秀な友人だね」
「だな」
「あのさ」
「あんた達って、もうしたの?」
「ぶっ」
「ちょ、やめてよ。汚いなぁ」
「お前のせいだろ。ああ貴重な弁当が……」
「したって、何を?」
「にぶいなぁ、まどか。あれに決まってんじゃん。えっち」
「ふぇ!?」
「あたしが見てないとこで色々やってるんでしょ? 教えなさいよ」
「見せながら色々やれってか」
「うーん。あたしの嫁が汚されるのを見るのは……いいかも」
「さやかちゃん……」
「この歳でそんな属性に目覚めるとは将来有望だな」


[放課後]

 さて、どうするかね。なんて考えてたらほむらが神妙な面持ちで話しかけてきた。
「巴マミが危険な状態よ」
「……見舞いに行ったほうがいい?」
「逆。私が処理するから、あなたは絶対に接触しないで」
「わかった」
 といっても、気になるな。こっそり会ってみるのも手か。


 『まどかと帰る』
 『さやかのところへ』
 『ほむらのところへ』
ニア『マミさんのところへ』
 『中沢とゲーセン』  
 『一人で帰る』


 忠告してくれたほむらには悪いが、俺だって気になる。
ほむらに感づかれないように行って、怒られないように動けばいいだろう。

 巴宅に来てチャイムを押したが、反応はない。
ドアノブを回したら、鍵は掛かってない。
「入りますよ」
 声をかけたが反応はなし。中に入ると、人の気配はなかった。
テーブルの上に散らかった洋菓子やカップ。結構時間が経っているようだ。
悪いと思いつつ留守電を聞くと、どうやら学校を無断欠席しているらしい。
「やぁ、マミに会いに来たのかい?」
 奥の部屋からキュウべえが歩いてきた。
「そのつもりだったけど……家出でもしたのか?」
「そうだね、君たちはそう解釈するのが正しいんじゃないかな」
「どこへ行ったかわかるか?」
「正確な位置まではわからないけど、近所にいるのは間違いないよ。
何も持たないでフラフラ出ていったからね」
「そうか。止めなかったのか」
「僕はそういった干渉はしないからね」
「いいこと教えてやるよ」
「なんだい?」
「それは干渉とは言わない。見殺しって言うんだ」


 心当たりがないわけではなかった。パトロールの時、マミさんはとある公園によく行っていた。
実際に魔女や使い魔がいたかどうかはわからないが、何かあればそこに行っていた。
今回もその可能性はあった。
『待ちなさい』
 そこに着くと、知った声が聞こえてきた。それを追うと、知った姿があった。
気付かれないように樹で身を隠す。動くにしても、何がどうなっているか知らなければ動きようがない。
『ほっといてよ……!』
 ほむらに掴まれた腕を、マミさんが乱暴に振りほどいた。そしてその勢いで倒れる。
『もうどうだっていいのよ! もう私には何も残ってないの!』
『自暴自棄にならないで。あなたを必要とする人はいる』
『どんな顔で戻ればいいのよ。使命さえ捨てて縋った相手に見捨てられた私に何をしろっていうの!』
 パニック……ヒステリーを起こしているようだ。ほむらはそんな彼女に冷たい目を向けていた。
『……そう。そこまで絶望しているなら、遅かれ早かれ、あなたは危険な存在になる』
 ほむらがかざした手に光が集る。意図せず、破裂したキュウべえを思い出した。
『そうなるくらいならいっそ……今、楽にしてあげる』
 ほむらが何をするのかわかった。このままじゃ……。

ニア『ほむらを止める』
 『ほむらを止めない』
 
「やめろ!」
 飛び出した俺の声に気づいたほむらが手を止める。
「処理ってこういうことかよ」
「接触しないでと言ったはずよ」
 俺とほむらが話していると、マミさんはブツブツと、
「そう。……そういうことなの」
 立ち上がり、ほむらの胸ぐらをつかんだ。
「あなたのせいなのね」
「…………」
「あなたが邪魔をしたのね!」
 何かが破裂するような音がした。
マミさんに張られたほむらは、唇から血を流す。
「どうして!? 人の恋を邪魔してそんなに楽しい!?」
 何かを誤解している。呆然としていた俺は遅れて気がついたが、
それをどう言えばマミさんに通じるか……わからなかった。
「この悪魔! 私がどんな思いで」
 その先はなかった。ほむらに振り払われたマミさんは、憎悪や憤怒にまみれた顔で見上げる。
「いい加減にして。自分の都合ばかり……都合のいいように。
人のせいにして、自分に落ち度はないって」
 ほむらの目には軽蔑や失望があふれていた。
「全部あなたが悪いのよ。あなたは捨てられたの。
勝手に舞い上がって、都合の悪いことから目をそらして、
あげく、全部自分の思い通りになると思い込んだ」
 そして吐き捨てるように、
「だからあなたの回りには誰もいないのよ」
「うっ……く」
 マミさんの目が潤んだと思ったら、ぼろぼろと涙が流れた。
傷んだ髪に、汚れた服……それらとあわさって、とても惨めに映る。
あの美人で凛々しい彼女の姿は、どこにもない。
「くっ、うぅ」
 ほむらから俺の方へ向いたマミさんは這うようにして近づき、俺のズボンの裾を掴んだ。
そのまま、縋るように俺を見上げた。まるで助けを求めるように。
ほむらの言葉は間違いだと、俺に認めて欲しいのだろうか。
「…………」
 ふと、ある少女が脳裏に去来した。
 彼女を裏切ることはできない。
「すみません」
 すっと身を引く。たいした力はかけていないはずなのに、マミさんは引っ張られるように倒れた。
「…………」
 マミさんは仰ぎ見る。その視界に俺やほむらは入っているはずだが、認識していないようだった。
すっかり暗くなった空をぼんやりと目に入れているだけだった。
「もうなんにもなくなっちゃった。お父さんも、お母さんも。
魔法少女としての、女の子としての、私の価値も。
体が重い……もう何も考えたくない……」
 マミさんの手にあったソウルジェムが地に転がる。
その色は、かつてあった輝きを失い、どす黒い闇に覆われていた。
なんだあれは。まるでグリーフシードじゃないか。
「下がって」
 ほむらが俺を庇うように立つ。
何かが割れるような音がして、衝撃か風が俺を強く押す。
気がつけば、今いる場所が変わってしまっていた。

 これは、魔女の結界……?
ほむらの肩の向こうに、魔女と……そばでマミさんが倒れている。
「助けないと」
「ムダよ」
 ほむらは諦めた調子で、
「あの魔女が巴マミ本人よ」
「だってそこに」
 マミさんは倒れているじゃないか。そう言わんとする俺にほむらは首を振る。
「あれは抜け殻。魔法少女は契約することで、その魂をソウルジェムにされる。
そしてそれが穢れきれば新たな魔女となる」
「……そうか」
 どうして魔女が発生するのか、ようやく理解した。
気にならなかった――気にしなくても問題なかったから、今まで気にもしなかった。
「俺のせいか」
「あなたのせいじゃない。彼女の心……性質の問題よ」
「元に戻す方法は」
「ないわ。だからここで」
 魔法少女に変身したほむらは盾に手をやる。
 その手を、俺は止めた。
「俺に任せてくれないか」
「あなたでは魔女を倒せない」
「元々そのつもりはない。ただ、そばにいてやりたいだけだ」
「……それが何を意味するかわかっているの?」
「ああ。罪滅ぼし……いや、俺の自己満足だ」
 今更なんだろうが、それでも、そうしたいんだ。
俺がほむらを止めた時、その覚悟はできていたのかもしれない。
「もし私が倒してしまったら」
「多分、俺は見殺しにしたって後悔すると思う。
倒したお前を憎むかもしれない。
理屈ではわかっていても、そういうことはどうにかできるものじゃない」
「私が手を下さなくても、いずれ他の魔法少女が倒す」
「それだけ時間があれば充分だ」
「…………」
 ほむらは、じっと俺を見る。やがて諦めや憂いに満ちた声で、
「わかった」
「悪いな。色々と世話になった」
「……お互い様よ」
 どこか遠くを見るような、懐かしむようにほむらは言った。
「さようなら」
「行っちまうのか」
「あなたの最期なんて見たくない」
 消えるほむらの背から、俺は魔女の方へ目を向ける。
飾り付けられた部屋、豪華に洋菓子と紅茶が並べられたテーブル。
まるでお茶会だ。マミさんらしいな。

 小さな魔女だった。黄色いリボンをなびかせて、上は緑で下は白い衣装である。
体を包むようにひらひらと舞う花弁のような光は、幻想的で美しかった。
「おいで」
 俺が腕を広げると、こちらに向かって飛んできた。
 そっと受け止める。
「こんなになるまで放っておいて、ごめん。でも、もういいんだよ」
 リボンが体を包んでいく。もう動けない。
やっぱり逃げられたくないんだろう。逃げるつもりはないけど、説得力ないか。
「これからはずっと……」
 リボンが首にまで回る。声が、息が止まる。
 ごめん、皆。
 
 ごめん、まどか…………。



 その使い魔は、魔女とのお茶を楽しむ。
 その魔女は、お茶の相手である使い魔の全身を縛り、絶対に逃さない。
 そのお茶会は、永遠に続く。
 来訪者が終わらせない限り、永遠に……。
 

    The end for 136



?????(?????)

おめかしの魔女の手下(136)。その役割はお相手。
魔女のお茶会には必ず同席する。かつては人間であった。
時折、桃色の少女を探しに席を立つが、魔女によって全身を縛られているため、すぐに連れ戻されてしまう。
お茶会の時に限り顔に巻かれたリボンが外されるが、魔女以外の相手をすることは許されない。

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