なのはStS+φ’s正伝1話

 一転の曇りも無い青空から照りつける太陽の光がその光景を照らし出している
 ここは魔導試験場、現在Bランク試験の真っ最中である
「残り時間は……まだ間に合う! けどあんた、止まること考えてるんでしょうね!?」
 道を走るのは試験を受けている2人の少女。
 相棒である少女をおぶりながら走る短髪の少女が言う。
「止まる? 止まる、あーと……」
「こんの大馬鹿!!」
 その言葉に背負われているツインテールの少女の大声が周囲に響いた
 しかしわずかである残り時間でゴールするためには全速力で突っ切るしかないと
 考えていた青髪の少女スバル・ナカジマはスピードを緩めるわけにはいかなかった。

「は〜い! 2人ともお疲れさま、試験は……えっ?」

 宙に浮く人形程の大きさをした何かが猛スピードで横切っていく2人を見送っている
 ゴールラインを過ぎた2人はスピードを緩めることも叶わず瓦礫へと突き進んでいく……

「わわぁ〜! ぶつかるーー!!」
「……な、なにあれ!?」
「え? わぁっ!」

 突如瓦礫の前に立ち塞がるかのように輝く赤き閃光が2人の目を眩ませる
 バランスを崩してしまったスバルが背負っていたティアナ・ランスターと共に地面を転がった
 しかし機転を利かせて背負っていたティアナを引き離し地面に落とす
 尻餅をついて転がったティアナとは対照的に道の上を走った勢いのまま転がっていくスバル

「あたたた……ちょっとスバル、大丈夫? どこか打ったんじゃないわよね……」
「うぅ……ちょっと痛いけどなんとか無事みたい」
「いやちょっとって……凄い勢いで転んでたわよ!?」
「大丈夫大丈夫、ティアは? 怪我は悪くならなかった?」
「あんたまず自分のことを……」

 ティアナはスバルが本当にケガをしていないかを確認しようとしたとほぼ同時に
 転ぶ原因となった赤い光は徐々に失われていき、まるで何事もなかったかのようになっていた。
 ティアナは光が消えた場所をじっと見つめるがまずはスバルのことからだ。
 しかしことあるごとに瓦礫の方向を見る様子を見て疑問に感じたスバルはティアナに問いかけた

「どうしたのティア?」
「気をつけて、あそこに誰かがいる……」
「え? ホント?」
「そうよ!」
「試験官の人じゃなくて?」
「雪まみれな試験官なんて聞いたことないわ」

 光と共に現れたかのように見えた青年は全身に雪を被り気だるそうに空を見上げる
 その服装は見慣れない上に明らかに季節外れとも言える厚着だった
 コートを着た長髪の青年は雲一つ無い青空を見上げて呆然としながら呟く

「雪……降ってねえな」


 数分前、ベンチに座ったその青年が弾いていたギターを降ろす。
 降り続ける雪を払おうともせず弦を弾く指から零れ落ちる砂に構いもせずに
 一心不乱に弾き続けていた彼の思考は遠い過去へと飛んでいた。

「ジュエルシード……封印」
あの日炎の中に残っていた彼が耳にした声。燃え盛る炎のせいで視界がぼやけている
金髪の少女の瞳から感じる何かに少年だった彼は言い様のない苛立ちが沸き上がる
今にも自分の命が消えようとしている中でなぜ怒りを感じる必要があったのか
「………」
見慣れない服に身を包んだ金色の髪の少女が煙を吸って咳き込む少年を見る。
身動きがとれなくなった少年は少女を睨んだまま微動だにしない……動く力がなかった。

今にも崩れ去ろうとしている建物の中で視線を合わせる少年と少女
『ごめんなさい』
目を伏せた少女の声は聞こえなかったがそう呟いているのが不思議とわかった
謝る前になんとかしろと叫びたかった、その言葉すら口にはできず。
遠のく意識を振り絞って最後に見たのは少女が視界から忽然と消えた瞬間。

奥底に刻みこんだ記憶、それが少年の『人間』としての最後の記憶だった。


「溶けちまったのか……勿体無いな」 

頭に残っていた雪が水に変わり青年の髪の毛を濡らしていくがまるで気にしない
知り合いの少女に悪戯で投げつけてやる雪玉もすでに溶けてしまっている

あの日、人間としての生涯を終えた日からすでに10年が経っていた

(真理、啓太郎……海堂)

どこなのだろうここは、今まで散々長年旅してきたがまるで見たことのない場所だ。
家族を待っていたはずの自分がなぜこんな廃墟みたいな場所にいる?
これは夢だと思おうとしたが肌に刺す不快な暑さがそれを否定した。
青年は近くに倒れている二人を少女を見る……この街の人間なのだろうか

『もうなにやってんのよ巧! 世話やかすようなことしないでよね』
『タッ君、食べ物はよく噛んで食べなきゃだめだよ?』
『俺様はおまえが奏でるギターに心を奪われちまった! そうこれは恋だ!』

騒がしいのが苦手だった彼にかけられた友人達の言葉が胸の奥にまだ残っている
強く固く握った手からはなぜかもう自分の身体の砂は落ちていない
残っていたのはまだ掌に残っていた雪の冷たさとそれが溶けてできた水だけ
そのことが青年こと乾巧に重く圧し掛かっていることは誰も知らない


(あれは誰……知らない人なのに、どこかで会ったことがあるような気がする)

燃え滾るような光に包まれ試験会場に突如芽吹いた乾巧と呼ばれる異形の花を見て
なにか引っ掛かるものを感じながらフェイト・T・ハラオウンは見つめる。

手から零れ落ちていくその水が、流すことのない巧の涙に見えてならなかった

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2007年06月26日(火) 20:44:21 Modified by beast0916




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