なのはStS+φ’s正伝3話

(またこの時間かよ……ったく起きにくいったらありゃしないな)

外から聞こえる小鳥の囀る声が目覚ましがわりとなり乾巧は深い眠りから覚める。
髪の毛を掻きながらなんとか目を覚まそうと身を起こす
大あくびをしつつも身体を少し動かして巧は完全に目を覚ますことになる。
もう寝ぼけて真理と啓太郎の名前を呼んでしまう癖は完全に直っていた。
でもなぜか嬉しくない、それどころかむしろ寂しくなっている自分に違和感を感じながら。

「ふぁ〜あ・・・早起きなんて俺の柄じゃなかったんだけどな」

とりあえず巧は気にしないことにして独り言を口にしながら自然に話題をそらす
ここに突然やってきたころはまるで全然起きれなかったが
どうも最近は起きたくないのに起きている自分がいる
初めてこの変な建物にやってきたのがもう約1ヶ月ほど前になっていた。
カリム曰く"聖王教会"と呼ぶらしいがどちらにしろ縁があるとは思えない 
この荘厳で威圧的な建物に自然な流れで居付いていること自体がまだ信じ切れていなかった。

(慣れって恐いもんだな……慣れさせられたからさらに)

巧はここに来てからなぜかあらゆる意味で確実に強くなるために訓練を開始していた
カリムは巧がギターと共に持っていたものを見て提案し
その秘書が巧の訓練の監督として毎日ほぼずっと共に練習していた。
もっとも最初のほうはほとんどというか完全に強制されていたのだが……
最初のほうは訓練の時間より言い争いの時間のほうが長いとさえ感じたこともある

『ダメですよ! 一日ごとに強くならないと騎士は名乗れません!』
『ったくなんで朝っぱらから訓練なんてやらなきゃなんないんだよ・・・』
『昼だと暑いから嫌だっていうから朝にやるんです!』
『あーわかったわかった! 声だけじゃなくて態度もでかいんだな』
『次にその言葉を口にしたらあなたを斬ります』
『積極的に人殺ししてんじゃねえ!』

冷静に考え直してみるとやはりいろいろと不味い発言を頻繁に繰り返しているようだ。
巧は訓練や特訓などということは大嫌いだが彼女達の気持ちを邪険に扱っているわけではない
そして暇な時に調べてみてわかったことだがこの世界は巧がいた世界とはまるで違う
“魔法”だの“管理局”だの過去の事件や古代遺失物……一言で表せば出鱈目。


異形(元は人間だが)の生物が自分以外にもいて日常で生活しているという現実を知っている巧。
そこで現実はほぼ必ず人間の想像を裏切るものだと知った。裏切られることに慣れている
巧ですらここで知ったことすべてが限りない空想だと妄想しそうになっていた。
だがそれがこの世界の現実だということを巧はすでに身を持って知っている。

(生きられる確率は上げておかなきゃな……こういう世界でもいつ死ぬ目に会うかわからねえ)

当初は特訓などというものに乗り気じゃなかった巧だが次第に真剣にやるようになっていく。
オルフェノクと戦ってきた間にその犠牲や巻き添えになって死んでいった人間達を見てきた巧。
命が消える瞬間をたくさん見てきた彼は『非殺傷設定』を信じ切ることができない。
そうしたからといって確実に死を免れることは決してないのだから。

そして巧自身も自分の寿命のこと以外で死ぬつもりなんて毛頭なかった。
少なくとも死に場所は選びたい、そしてここでだけは死にたくないと思っている
だから巧はこの世界で……否、人生で初めて自分から外に出て自主鍛錬をすることにした。
とはいえ一人じゃやることは限られてるのでたまには勝手気侭に走ることに。
いつもは隣にうるさい修道女がいるため好き勝手に走ることすらままならないのだ。
だからいつもなら気がのらない走り込みも今日はいつもとまるで違って感じた
当てのない旅を続けていた巧の移動手段はもっぱら単車だったが
走るのも悪くはないと最近では感じている、疲れるのが唯一にして最大の欠点だが

(……俺がここで暮らし始めてざっと1ヶ月か、結構早いもんだな)
巧は走ってる間にここに来てから起こったことを自分の中で適当かつ簡潔におさらいしてみる

あの日から世話になり始めたカリム・グラシアとの初めての出会いは聖王教会の大聖堂
雪の降る街で寿命を感じ取りながらギターを弾いていた自分、
いきなり見たことのない廃墟に立っていたと思ったら再び赤い光に包まれる。
その後気が付いたらなぜかギターと一緒に聖王教会の外に倒れこんでいた
一時侵入者と間違えられ教会所属の騎士に剣を突き付けられたが
巧は身体に感じる違和感と限界まで溜まっていた疲労のせいでそのまま気を失ってしまい……
気が付いたらいつのまにか聖王教会の中に入れられ冷えていた身体を温めるコーヒーを貰った。
それが悲劇とも喜劇ともとれる事件のきっかけとなってしまったが


「私はカリム・グラシア、聖王教会所属の騎士です」
「ふーふー」
「時空管理局の理事官もやっておられます」
「ふーふー」

「私はシャッハ・ヌエラ。修道女ですがカリム様の秘書もやってます」
「ふーふー」
「………あの、あなたのお名前は?」
「ふーふー」
「……ひょっとして、私が剣を突き付けたことを怒ってるんですか?」
「ふーふー」
「……………」
「ふーふー、ふーふー・・・ん? なんだもう話は終わりか?」

差し出されたコーヒーを冷ますことに集中していたので話をまるで聞いていなかったのが引き鉄
巧が口にした言葉が追い討ちに剣を突き付けた張本人、シャッハ・ヌエラが怒りに震えた。
怒髪天を貫くとは言葉通りで冷ましていたコーヒーのカップを口の中に無理矢理流し込まれ

「うぐぎゃああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」

ただでさえ熱に弱い巧は余りの熱さに耐え切れずコーヒーを吹き出してしまったそれをすんでのところで
回避した後呆気にとられたヌエラを突き飛ばし口を冷やすべき水を求めて外に飛び出す。
そして外で見かけた花に水をやるための水道から直接水を口に流しこんで事無きを得た。
もちろん仕返しとしていきなりかけつけてきたヌエラに向かって水を浴びせるのは忘れなかった。

(けどまさかあんなことになるなんて……あいつには悪い事をしちまったな)

なんと巧が水を浴びせた相手は火傷と体調を心配してやってきたカリムだった。
しかも運が悪いことに水は全力全開で噴き出ていたので一瞬で水浸しにさせてしまい
その温和そうな表情を不自然な笑顔で固めてしまったことに罪悪感を感じたが時すでに遅く。
カリムから発せられる押し潰されそうな重圧を巧は受けとめながら口にする。

「あー……悪い、大丈夫か?」
「ふふっ・・・・・・ふふっ、うふふふふふふふふふふふふ♪」
「お、おいおまえまさか……よせ馬鹿! やめろ!」

カリムも巧から水を放射していたホースを奪い取って巧の頭から全身に満遍なく水をかけ続けた。
この瞬間おとなしい人間ほど怒ったら怖いということが証明された。
なんとか振り解こうとしたが女とは思えないほどの力で押さえ込まれさらに放水される
真理みたいなある意味清々しい怒りとは違い何か気持ち悪いと感じる怒り。
言い様のない恐怖が心を満たすなか全身は水で満たされていく。
最後には口の中に水をこれでもかと流し込まれ半ば溺死寸前にまで追い込まれるという顛末。

結局その後はお詫びとして風呂と客室を貸してもらいその日は就寝。
翌日お互いが悪い事をしたと思っていたのか翌日きちんと謝り問題は解決したが
いくところもなかった巧はそのカリムの提案で聖王教会に居付くことになった。
そういう理由もあって今現在、巧はカリムに極力逆らわないようにしている。

(……大人しそうな外見で油断させやがって、なんて凶暴な)
『俺にはわかるんだよ! おまえみたいなタイプはな、腹の中で何考えてるかわかんないんだ!』

巧と同居していた園田真理が以前付き合っていた木場勇治に発した言葉は完全に的を得ていた。
しかしあの時は何の確証もないどころか完全に口から出任せだった。
真面目に悩んでいるだけなのに勝手に嫌って偽善者と決めつけて……

……心臓を突き刺し、身体を切り裂き背骨を折った瞬間の勇治のあの顔が脳裏に焼きついている
彼自身の剣を使い彼の命を奪った時の厭な感覚は未だ巧に纏わりついている。

『おはようございます、ファイズ。あなたのデバイスの調子はどうですか?』
『何を勝手に外に出て練習してるんですか、ファイズさん!』

カリム・グラシアとシャッハ・ヌエラからの通信が入ったのはその感覚に脅えていた瞬間だった。
ファイズと呼ばれた巧がどこからか取り出した小さなデバイス
それは従来のデバイスに比べて非常に小さいがとても大きな意味のあるもの

『ファイズ? ……どうかなさいましたか、巧さん?』
「なんでもない。それとこいつは今日はまだ動かしてないからわからない」

木場勇治によって粉砕されたファイズギアの中で唯一残ったそれ
――かつてファイズフォンに装備させられていたミッションメモリーは
彼専用のデバイスと貸して再び巧に凄まじき力を与えている。
所持していた能力の記憶を凌駕するかもしれないその能力を巧は勘だけで感じ取っていた。

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2007年06月24日(日) 13:11:14 Modified by beast0916




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