月下光影1話

少女は飛ぶ。金色の髪を揺らし――
影は疾る。真紅のマフラーを靡かせ――
目指すは魔城――黄金城。

第一話「朧月」

東京――いつも人で賑っていたはずの街は、今はまるで人気が無い。
空には木魚に羽が生えたような奇妙な式神が蠢いており、地には札を貼られた忍が獲物を探すように警戒している。
その中で、高層ビル群を縫うように飛ぶ影が一人――フェイト・T・ハラオウン。
目標は瓦礫の向こうにそびえる城。
金色に輝く城は雄大で絢爛。城の形は天守のみで、下層は和風の建造物を適当に積み重ねたような形をしている。
黄金城に近づくにつれ、瓦礫が増えているのは城が異質なものである証拠だろう。
海鳴市をも揺るがす大地震と共に現れたその城からは膨大な魔力を感じる。
目的は黄金城の調査、必要なら破壊――。

これは任務ではない。時空管理局は目的も正体も不明であること等から、現段階では不介入を決め込んでいた。
だが、日に日に高まるその魔力を放置はしておけなかった。地震は徐々にその頻度を増している。
調査をし、危険性を証明できればあるいは応援が来るかもしれない。それに、あまり時間の余裕はない――なのは、フェイト、はやての三人はそう判断した。

当初は三人で行動していたのだが、結界に侵入と同時に膨大な数の式神に攻撃を受けた。結界内に侵入した者に自動反応して迎撃するシステムのようだ。
おまけに、一帯に張られた結界は魔力を抑える効果もあるらしく、思うように戦えない。
このままでは無駄に消耗するだけだった。
三人は意を決して分散して黄金城を目指すことを決め、三方向へと散る。
フェイトは三人の中ではとりわけ機動力に長けている。自分が先の安全を確保しておく為にも彼女は更に加速した。

黄金城を目指してフェイトは飛び続ける。結界侵入後、分散してからは大量の敵に囲まれることもなかった。
ただ気になるのは、少し前からフェイトの下を走っている影の存在。
月が雲に隠れている為、暗闇に紛れて見つけ辛い上に、その影はフェイトと同程度のスピードで走っている。
(あれは人間なのかな……?敵なら先に叩いておくべきかも……)
「っ!」
視線を戻したフェイトは空中で急停止する。
影の警戒に気を取られ、周囲を式神『骨木魚』に囲まれていたことに気付かなかった。
(まずい!)
とは思いつつも初動が遅れ、火球を喰らいバランスを崩す。
更に翼を持つ黒装束の忍『蝙忍』が迫っていた。高速の忍を目で追えるが故に避けられないことが解る。
できる限りの防御体勢を取るが、それでも次に火球を連続で受ければおそらくは持たない。
迫る翼に対し、フェイトは目を閉じない。閉じれば確実に死に近づく。
だが、直前で蝙忍は動かなくなった。フェイトは息を呑む。
蝙忍の背後に影を見た――それは、闇に爛々と眼を光らす四つ目の獣。

(いや……、人……なの……?)
獣は蒼白い残像を残しフェイトの周囲を"駆ける"。赤い牙が走った。
その動きは速く、そして鋭い。
式神も、蝙忍も、フェイトも――誰もが息すら忘れただろう。
一瞬、世界が止まったような気さえした。
雲間から僅かに月が顔を出す。
射した月光が映し出したのは、左手で印を結びながら背に刀を収める忍――。
眼に見えたのは鉢金に埋め込まれた飾り、牙に見えたのは刀。
忍が刀をパチリと収め終えた瞬間、式神達が一斉に呻き声を上げ、両断された。
屍は禍々しく赤い光を放つ勾玉に変わり、忍の刀へと吸い込まれていく。
「御免……!」
そう言って忍は"落下"していく。
その言葉はフェイトに向けられたものではないだろう。それは、鉢金の下から覗く彼の瞳が、余りにも寂しげだったからかもしれない――。

落下していく忍は刀をビルの壁に突き刺す。
刀は激しい火花を散らし、それでも折れる様子はない。
速度が落ちたと見るや、忍は壁面を蹴って空へと跳躍する。それは月光に照らされ、美しく宙を舞った。
忍の着地に一拍遅れ、ガラスの破片が大量に落ち砕ける。
忍は気にも留めず、収めた。
そして、ようやくフェイトは忍の姿を確認する。
まるで映画のサイボーグのように、身体に張り付いたボディスーツ。両の手甲には苦無型の手裏剣が刃を外に向けて収まっている。
目深に被った頭巾、鉢金に隠れて眼は殆ど見えない。
最も特徴的なのは、背中の『朧』と書かれた紋章。そして鼻までを覆う長い真紅のマフラー。かなり長いはずなのに、地に着くことなく風に遊んでいる。
「あの……ありがとうございました」
フェイトはおずおずと話しかけてみる。油断はできないが、何者なのかはっきりさせておきたい。
「お前も……黄金城か?」
その声は冷静そのもので、フェイトに驚いている様子はない。
声から察するに意外と若いようだ。
「お前も……ってことはあなたも?」
忍は答えようとはせず、フェイトに背を向けて走り出す。マフラーは彼の動きに合わせてたなびいている。
「ちょ……ちょっと待ってください!」
フェイトは慌てて追う。飛ばなければとても追いつけない速さだ。
「何だ?」
速度を落とそうともせず、顔も向けようとはしない。
「あなたのことを教えてください。私も話しますから」
「何故、そんなことをする必要が?」
「目的地が同じなら、敵か味方か……お互いの立場を知っておいた方がいいと思います。情報交換も」
「俺には味方などいない。だが……」
少し考え込む素振りを見せる。やはりその表情は窺えない。
「いいだろう。だが、足は止めん」
「わかりました。じゃあ走りながら……私は飛びながらですけど」
一応冗談のつもりだったのだが、クスリともしなかった。

「俄かには信じ難いが……」
フェイトが魔導士であること、時空管理局の存在を掻い摘んで話す。さすがの彼も戸惑っている。
「信じてください」
と言ったところで信じてもらえるとは思っていなかったが。
「別に疑ってはいない。お前が俺に嘘を吐く利点はおそらく無いだろうからな」
意外にもすんなり納得してくれたようだ。
「それじゃあ、あなたは?」
「俺は秀真(ほつま)。政府の密命を受けて任務を遂行する『朧一族』の当主だ。任務は黄金城の『産土ヒルコ』の抹殺」
「抹殺……」
フェイトはその言葉を反芻した。
そんな言葉を"仕事だから"と平然と言い放つ秀真に僅かだが違和感を感じた。
管理局でも、犯罪者を殺害する場合はあるが、それは基本的には最終手段である。
少なくとも彼女の周りにはそれを平気で行える人間はいない。
だが、彼はそんな人間――なのかもしれない。

「産土ヒルコというのは?」
「あの黄金城を復活させた陰陽師――この事件は奴が引き起こしたものだ。奴は陰陽の術で式神を操り、『魄(はく)』を集めている」
陰陽師――というのは文献で読んだことがある。
森羅万象の全ては陰と陽から成り立つという『この世の理』。陰陽師とは天気、地脈等の流れを読み、占う者だとされている。
だが、優れた呪力を持つ陰陽師は、その理を左右できるのだと――。
まぁ、魔導士がいるのだから陰陽師がいてもおかしくはないのだが。

「その魄というのは何ですか?」
さっきから質問してばかりだと自分でも思う。
「直接見た方が早いだろう」
秀真の視線の先には、顔に札を貼られた忍が道を塞いでいた。
彼は――秀真は残像を残して加速する。空中よりも数倍速く、しかも止まることはない。
フェイトでも目で追うのが精一杯だった。
「はっ!」
忍は音もなく崩れ落ちる。
その背後には秀真が刀を抜いて立っていた。
「見ていろ」
彼はそう言って刀をかざす――その刀は柄も鞘も赤く、そして刀身にも赤く点々と模様がついていた。
忍達の屍が先程と同様に勾玉に変わり刀に吸い込まれ、刀はさも旨そうに赤い光を発する。
「これが魄。そしてこの刀は『悪食』。」
秀真は悪食を鞘へと収めた。
「陰陽道では、人の命も『魂』と『魄』から成るという。魄とはすなわち陰の気――人の怒りや憎しみ、悪意のことだ」
なるほど――。ここまで聞けばフェイトにも大方の察しはつく。
この刀はそれを啜っているのだろう。色んな意味で悪食と呼ぶに相応しい。
「悪食は短時間に魄を吸うことで力を増す。殺せば殺すほどに何十倍もの威力を発揮する」
「それも陰陽術で鍛えたものなんですか?」
「ああ。そして――悪食は吸い足りなければ持ち主の魄をも吸い取る。故に、目覚めた悪食の使い手は死ぬまで戦い続ける」
秀真はまるで声色を変えることはなく、恐ろしい事実をさらりと口にした。
「そんな……」
それは絞り出すような声。気がつけば口を吐いて出ていた。
彼はそのヒルコを倒したとて、その後も戦い続けるのだろうか。いつか殺されるか、力尽きて悪食に食われるまで――。
フェイトには秀真が理解できなかった。
勿論、フェイトとて命懸けの戦いは何度もしてきた。今もそうだ。
管理局の人間――しかも武装局員や、捜査官なら命の危険はやはり付き纏う。
だが、彼はそれとは全く違うように思える。まるで――そう、まるで死に急いでいるような気さえするのだ。自分の命も他人の命も大した問題ではないのかもしれない。
そして秀真の次の言葉は、彼女を更に戸惑わせる。
「悪食でなければ奴を殺すことはできない。俺はなんとしても奴を殺さなければならない。それが任務だからだ。たとえ一族の屍を斬らねばならないとしても――」
「一族……?」
自分でも少し声が震えているのが解る。
その先を聞くのが怖い――。
「ヒルコによって一族の者は全て殺された。奴は式符で一族の屍を操っている」
何故、こんなに恐怖を感じるのだろう。
恐ろしいのはそんな所業を行うヒルコか――。
それとも、それと知りつつも躊躇い無く切り捨て、任務と言い放つこの男なのか――。
「俺が――最後の『朧』だ」

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2007年07月01日(日) 15:12:58 Modified by beast0916




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