月下光影2話

「俺が――最後の朧だ」
朧月が仄かに照らす夜の下、彼――秀真はそう答えた。
一族の仇を任務として殺す。一族の屍を任務だからと切り捨てる。
それはフェイトにはとても理解できない感情。
「あなたは……何で一族の人を斬ることができるんですか!?大切な人達だったんじゃないんですか!?」
思わず声を荒げてしまう。
自身は気付かなかったが、その声は震えていた。
秀真は背中に差した妖刀『悪食』を月に翳す。
「友も師も……そして兄もこの悪食で喰らった。彼らは俺の前に立ち塞がった……故に斬った。それだけだ」
悪食は月の光を浴びて輝きを放っている。
「そんな……そんなことって!」
「お前には関わりのないことだ……。黄金城に行きたいなら好きにすればいい。だが、奴は俺が殺す」
そう言って秀真はフェイトに背を向けた。
――何故だろう?"殺す"という行為に違いはないはずなのに。
復讐ならば良くて任務ならば悪いとでも云うのだろうか?
フェイトは、自分の気持ちが理解できない。理解しやすい理由を求めているのかもしれない。
彼の背中には朧の家紋が輝いている。それ故の言葉なのだと、この時のフェイトは解るはずもなかった。
そして彼もまた、フェイトが秀真に執着する理由に気付くことはない。

第二話 『嵐』

廃墟と化した摩天楼をフェイトは飛ぶ。かつての大都会は、今はもう見る影もない。
そして彼女の下を駆けているのはやはり赤い影――秀真であった。
あれから話すこともなく、空と陸に分かれてしまった。
「目指す場所は同じだろうと、共に行く必要はない」
そう彼は言った。
それでも、フェイトが彼の上を飛ぶのは彼の真意が知りたいから。
夜風に頭を冷やして考えると、ふと疑問に思った。
――何故、彼は一族の秘密を話したのだろう?
出会ったばかりの少女に、ヒルコの情報はともかく、悪食や一族のことなど聞かれるままに喋ってしまっていいのだろうか?
あれだけ任務、任務と言っていた人がそんな重要なことを忘れるとは思えなかった。
彼はそんなことなど気にもとめず走り続けている。
「俺はなんとしても奴を斬らねばならない」
彼の言葉を思い出す。
あの時、答えた彼からは『怒り』も『悲しみ』も感じなかった。
聞いた時はただ驚き、怒ることしか頭になく。
『決意』。彼の言葉に込められていたそれを、フェイトは今の今まで忘れていたのかもしれない。
今度こそ彼の戦う真の理由を知りたい――フェイトはそう思った。

黄金城に近づくにつれ、式神の数が多くなってきた気がする。そしてそれは下も同じようだった。
下からは式神や忍の断末魔が聞こえてくる。
「下に……降りたほうがいいかも……」
空からでは敵にも見つかりやすい。倒すのは難しくないが、時間や魔力を無駄に使いたくもなかった。
そして何よりも――秀真の話を聞いてからは、元は朧の忍だったものを斬るのは抵抗があった。
敵の少ない道を選んで路地を駆け抜けると、やがて開かれた空間に出る。どうやら公園のようだ。
「降りてきたか……」
振り返ると、秀真も追いついてきていた。
互いに何も話すことはなかった。いや、正しくは何を話せばいいのか解らなかった。
重苦しい沈黙(感じていたのはフェイトだけかもしれないが)を先に破ったのは秀真。それも嫌な形で。
「どうやら俺達は誘い込まれたようだ」
秀真はまるで変わらない口調で呟く。
途端に背後の路地は結界で塞がれ、幽鬼のように複数の忍や忍犬が姿を現す。
「罠!?」
解りきったことに秀真は答えなかった。答えの代わりに悪食を抜き放ち駆け出す。
背後から踊りかかる紫装束の忍にフェイトも瞬時に『バルディッシュ・アサルト』をハーケンフォームへと展開し、すれ違いざまに斬り捨てる。
斬られた忍はしばらく何かを掴むように手を伸ばすが、じきに完全に消滅した。
「ごめんなさい……」
――解っていたはずなのに。
これは既に屍だと解っているのにやりきれない気持ちが溢れてくる。
彼は、秀真はもっと辛いはずなのにその剣閃に迷いは見られない。
屍は魄へと変わり、悪食へと吸い込まれる。その禍々しい光は浄化の光ではない。魄を喰らいその内へと永遠に縛るものに見えた。
戦闘中に気を抜くなど普段なら有り得ないことだが、ほんの数秒俯いたフェイトは高速で迫る物体に気付かなかった。
風を切る音に顔を上げた時、既にミサイルは目前へと迫っていた。
しかし、それはフェイトの目前に高速で跳び込む影によって両断され、爆散する。
フェイトの前を跳んでいたのは秀真、そしてコクピットを真っ赤に燃え上がらせた戦闘ヘリ。

「立ち止まるな!!」
秀真がフェイトに叫ぶ。
「は、はい!」
状況認識の追いついたフェイトは空へと舞い上がり、その跡を機銃の掃射が穿つ。
空から見下ろした公園は完全に囲まれていた。これほど囲まれていても気付かなかったのは、魔法とは別種の陰陽術のせいだろう。改めてフェイトは畏怖を憶えた。
中央を狙える位置に戦車が3台。空には戦闘ヘリが2機。
(でも……生きた人が乗っているようには見えない……)
おそらく自衛隊の破壊された兵器を式符で操っているのだ。
下では秀真が戦っている。彼の腕なら心配ないだろう――そう考えていた。
複数の忍に囲まれた秀真は巧みに場所取りを変えているが、怨霊戦車の旋回砲塔が確かに秀真を狙っている。木々に阻まれ位置が掴みにくいのは敵も同じだろうが、"狙いを付けること"のみに集中できる故だろう。
光が砲身に収束される直前、フェイトの身体は自然と動いていた。
「ハーケン――セイバー!」
カートリッジをロードし、振りかぶった鎌から放たれた光刃は、弧を描いて目標へと向かう。
魔力の刃は秀真の背後で砲弾を切り裂き、そのまま戦車へと着弾。
爆発と共に降りてきたフェイトは秀真へと告げる。
「立ち止まっていると危ないですよ?」
決して嫌味ではないのだが、フェイトは"しまった"と口を押さえた。
――残敵 戦車2台 ヘリ2機

忍はフェイトと秀真を戦車へと向かわせまいと取り囲む。
二人は戦車の砲撃と、上空からのヘリによる攻撃の双方を警戒する為に苦戦を強いられる。
だが、フェイトが空へと上がれば地上が同じことになるかもしれない。それに2機のヘリを相手にして無傷でいられるかも微妙なところだ。黄金城で何が待ち受けているか解らない以上、ここで傷を負いたくはなかった。
――ならば。
公演中央を移動しながら戦う二人は、背中合わせの状態から同時に飛び出す。
目の前の相手を斬り、その背後――木々の隙間に怨霊戦車の姿を確認。既に発射体勢に入っている。
即座に反転。各々相棒を構え一直線にぶつかるコースを取る。
二人の身体はギリギリで交差し、
「跳べ!」
秀真が叫ぶ。
眼下を光が通り、怨霊戦車の砲火は互いを撃ち抜いた。
そして二人は着地と同時に戦車を切り裂く。
示し合わせた訳でもないのに、二人の動きは完全にシンクロしていた。
――残敵 ヘリ2機

最早、人による操縦を必要としなくなった怨霊ヘリの機動性は凄まじい。
地を駆ける秀真は勿論、フェイトでも直接斬撃を叩き込むのは難しかった。おまけに2機がカバーしあうとなればなおさらである。
射撃ならば墜とせる。だが、その為には動きを止める必要があった。
フェイトは空いた左手を突き出し、環状魔法陣を生みだす。
(後は発射のタイミングだけ……!)
フェイトの動きを警戒するかのようにヘリは速度を増していく。
フェイトは秀真に視線を送り、秀真は頷いて応える。
秀真は樹を蹴って跳躍――
「はぁっ!」
悪食を振るうことで、無数の真空の刃がフェイトを中心に旋回していた1機のローターの一部を切り落とした。
秀真の操る三種の忍術の一、『鎌鼬』。もっともフェイトがその名を知ることはなかったが。
「プラズマスマッシャー!!」
雷を伴う魔力光はバランスを崩したヘリを容易く貫く。
狙いを付ける為に足を止めたフェイト目掛けて、残り1機がミサイルを放つ。
秀真はフェイトの背後に走り込み、一回転しながらミサイルを蹴って更に高く跳び、一度
"空"を蹴って加速――。
同様に鎌鼬でミサイルとヘリを破壊した

「はぁ〜」
緊張の糸が切れたフェイトはその場に座り込んだ。秀真といえば、変わらず黙ったまま立っている。
再び沈黙が戻る。しかし、今度は重苦しさは感じなかった。
――不思議な感じ……。全然知らないはずなのに、考えが解ったみたいに動けた。それに思った通りに動いてくれるって信じられた。
今でもその感覚が頭にこびりついている。
「お前は……」
「え?」
やはり沈黙を破ったのは秀真からだった。
「お前は何の為に黄金城を目指す?」
「それは……あの城の調査の為に――」
「違う」
フェイトの言葉は途中で遮られた。
「それは誰かに命じられてか?」
「いえ……。私達の街にも危険が迫っている感じがしたんです。このままじゃきっと手遅れになる。だから私は"任務"で動くなと言われてもここにきたんです。家族や友達を守る為に」
フェイトは秀真の眼を真っ直ぐに見据える。僅かに覗く瞳はとても寂しげだった。
「そうか……ならば命は大事にすることだ……」
そう言ってまた黙ってしまった。
「今度は私が聞いていいですか?あなたの目指す理由……」
任務――さっきはそう答えられた。なのに、今は別の答えが聞けそうな気がする。
返事は返らない。それでもフェイトは待ち続ける。
徐々に夜風が寒くなってきた頃、彼は話し出した。
「任務だ……」
「はい……」
それだけ言って続きを待つ。髪とマフラーを揺らす風の音だけが聞こえる。
「彼ら、一族の者達は皆、誰もが最後まで『朧』の忍だった。そして一人になろうと俺は朧の当主だ。ならば、俺も最後までその責を果たすのみ――」
どちらからともなく、歩き出す。目的は黄金城。
飛びながらフェイトは思う。
彼は一族の死を悼んでいないわけがなかった。泣くよりも、怒りに任せた復讐よりもやるべきこと。
冷徹に任務を果たす――それが忍であり、彼の生き方。全ての怒りも憎しみも内に秘めて朧であろうとすることが彼を支えている。
そしてそれが死者への餞なのだろう。
全てはフェイトの推測に過ぎないが、それでいいような気がしていた。

黄金城は既に目前に迫っている。後は些細な障害を突破するのみだった。
城への道を塞ぐ数百の忍と式神――ご丁寧に空にも多くの敵が蠢いている。
「助けはいらん」
「私もです」
それだけ言葉を交わして、それぞれの戦場へと駆け出す。
――回り道をする暇は無く、全てを相手にする余裕も無い。ならば最短距離を駆け抜けるのみ。
それが二人の出した結論だった。
秀真は飢える悪食を解き放ち、斬り込んでゆく。"幸い"獲物には事欠かない。
「行くよ……バルディッシュ」
『Yes,sir.』
フェイトはバルディッシュを構え、全速で飛ぶ。

敵と敵の僅かな隙間を縫いながら、悪食を走らせる秀真の右腕を双面の巨大な鬼が掴み、その上に忍が覆いかぶさる。
秀真の姿が完全に消えるまで圧し掛かる忍達。
「散れ!」
団子のように固まった忍達の中心から大爆発が起こり、皆一様に吹き飛ばされた。
燃え盛る業火の中心には印を結んだ秀真が立っている――忍術の二、『火焔』。

フェイトの前には空を埋め尽くす程の式神が広がっている。
カートリッジをロードさせ、バルディッシュを突き出す。
「サンダーブレード!」
『Thunder blade.』
無数の式神の中心に金色の雷の剣が突き刺さり、
「ブレイク!」
全てが同時に爆ぜた。
式神達は黒煙の中で消滅し、その中をフェイトは飛ぶ。

大海を割るかの様に、大群は蹴散らされてゆく。
忍は自ら地を駆ける風となり、風を放つ。少女は空から天の雷を呼ぶ。
二人は一個の嵐となり、突き進む。
目指すは魔城――黄金城。

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2007年07月01日(日) 15:15:19 Modified by beast0916




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