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非対格動詞

非対格動詞Unaccusative Verbsとは、自動詞の分類の1つであり、生成文法理論などの言語理論でしばしば言及されるもの。

自動詞は基本的に、主語に相当する要素が1つだけあればよいが、非対格動詞はその主語が目的語的な性質をもっていると分析される。生成文法理論という言語理論では、表層の主語が目的語位置に基底生成し、移動操作を経て主語となる。

非対格動詞に分類される動詞は、主に「非意思的な(ある種の方向性をもった)動作(落ちる転がる到着する行く起こるなど)」「ものの自発的な動作(沈む開く閉まるなど)」「開始・終了[アスペクト]を表すもの(始まる終わるなど)」などである。

非対格動詞を体系的に扱った初期の研究の1つがPerlmutter(1978)である(詳細は非能格動詞へ)。それによると、ある層(極小主義以前のチョムスキー生成文法における、統語表示)において2-arcをもつが1-arcはもたないものを「非対格」という。チョムスキー生成文法の用語に置き換えてみれば、ある統語表示において内項をもつが外項をもたないものが「非対格」である。Burzio(1986)は、非対格動詞に関する重要な一般化を提案している(ブルツィオの一般化)。

 a. A verb which lacks an external argument fails to assign ACCUSATIVE case. (Burzio(1986:178-9))
 b. A verb which fails to assign ACCUSATIVE case fails to theta-mark an external argument. (Burzio(1986:184))

この一般化が述べていることは、外項を欠く動詞(=非対格動詞)は対格を付与する能力がなく、対格を付与する能力のない動詞は外項に主題役割(θ役割)を与えられない(=外項を持たない)ということである。Perlmutterの非対格仮説とBurzioの一般化は、後の非対格研究における強力な指針となっている。

本来、「非対格」は動詞についての呼称であったが、後の研究では名詞や形容詞にも非対格的な性質を示すものがあることも示唆されている(cf. Tsujimura(1993), Cinque(1996), Bennis(2004), etc)。

非対格性テスト

非対格動詞(あるいは非対格述語)の生じる統語環境には特徴があり、与えられた正体不明の自動詞を判別するために「テスト」として使われたり、非対格動詞(述語)の特性を明らかにする手段として用いたりする。

There構文(英語) There Construction
There構文に生じる動詞は、そのほとんどが非対格動詞である。ただ、その逆は必ずしも真ではなく、非対格動詞と見なされる動詞であってもthere構文に生じるとは限らない。下の例では、ariseやarriveがthere構文に生じていて、これらの動詞が非対格動詞であることがわかる。
 There arose a serious misunderstanding.
 There will soon arrive at your door one of your representatives.
※There will soon arrive one of your representatives at your door. (Bowers(2002:194))
  ※の類例は、Chomsky(2001:20)で非文(barred)とされている。
 *There arrived a strange package in the mail.

過去分詞の名詞前置修飾 prenominal modifier in the form of the past participle
他動詞を過去分詞にすると、形容詞のように名詞の前に置き、「〜された△△」という表現を作る。
 They destroyed the city → the destroyed city破壊された都市」
非対格動詞は、過去分詞にすると完了の意味をもって名詞を修飾できる。
 The guests arrived at the station → the arrived guests到着したゲスト」
非能格動詞は一般に、いずれの表現をも許さない。
 The students danced all night. → *the danced students 「*踊られた/*踊った学生たち」

よって、過去分詞が名詞の前に置かれて完了の意味で修飾できたら、非対格動詞である可能性が高い。

場所句倒置 Locative Inversion
場所句というのは「場所を表すような前置詞句・副詞句」などのことで、非対格動詞文では比較的起こりやすい。
 ... down went Alice after it, ... (from Alice’s Adventures in Wonderland by Lewis Carol)

英語の非能格動詞文では原則として許されないが、方向を示すような前置詞句がつくとよくなる。
 *In the choir sang the children. (Harves(2002:36))
 Into the room walked John. (Nishihara(1999:382))

ちなみに、ロシア語では非能格動詞の場所句倒置は「許されない」のではなく、「不自然な感じを与える」に過ぎない。
 #В квартире свистит Ваня. (Harves(2002:37))
  「アパートでヴァーニャが口笛を吹いている」

助動詞選択(独・蘭・伊・仏など) Auxiliary Selection
非対格動詞は、完了時制で助動詞beを選択する。詳細は助動詞選択現象をご参照いただきたい。ここではイタリア語の例を引用するに留める。
 Maria è/*ha arrivata. [èはイタリア語でbeに相当するessereの活用したもの] (Harves(2002:27))

ne接辞化(イタリア語)/en接辞化(フランス語) ne-/en-cliticization
イタリア語のne(ネ)やフランス語のen(ア)は、内項の不定名詞を受ける代名詞的小詞であり、語学入門書では基本的に「他動詞の目的語」を例に挙げてあることが多い。しかし、実際は述語の内項に適用されるものだから、非対格動詞(述語)の項もne/en接辞化を受ける。
 [他動詞] Giovanni nei inviterà molti ti.
 [非対格動詞] Nei arrivano molti ti.
 [非能格動詞] *Nei telefonano molti ti. (以上、Harves(2002:28))

否定生格(ロシア語などスラヴ系言語) Genitive of Negation
ロシア語では、否定文の内項が対格や主格といった構造格?が生格と交替する現象がある。これを「否定生格(否定属格・否定の2格)」という。これは原則として内項に関わる現象であるから、他動詞や非能格動詞の外項には適用されない。ゆえに、非対格性のテストになり得るのである。なお、チェコ語では「否定の2格」は稀であるという(本城(2000))。以下の4例はBrown(1999:3)より。
 [他動詞] Рита не пишет статьи. [※статьиは対格]
 [他動詞] Рита не пишет статей. [※статейは生格]
   「リータは論文を書かない」
 [非対格動詞] Ответ не прибывал. [※ответは主格]
 [非対格動詞] Ответа не прибывал. [※ответаは生格]
   「答えは来なかった(主格)/答えが来なかった(生格)」

遊離数量詞(日本語・韓国語) Floating Quantifier
太郎は本屋で{5冊の本を本5冊を}買った」という文において、「5冊」は数量を表すから「数量詞」と呼ばれる。この数量詞は、「[5冊の本]を」「[本5冊]を」というように名詞「本」を修飾している。これに対し、「太郎は本屋で本を5冊買った」のように数量詞を名詞から切り離したものを「遊離数量詞」という。

動詞「買う」の目的語である「本」からは数量詞を遊離できるが、その主語からは遊離できないのが普通である。
 *学生が本屋で本を6人買った

動詞を非対格動詞・非能格動詞に変えて試してみると、前者の主語からは数量詞が遊離できるが、後者の主語からは遊離できない。
 [非対格動詞] 学生がカラオケ屋で6人倒れた
 [非能格動詞] *学生がカラオケ屋で6人歌った

所有与格構文(ヘブライ語) Possessive Dative Construction (PDC)
PDCとは、英語でいえば Mary looked into my eyes に対して、 Mary looked me into the eyes となるような構文である。類似の構文はドイツ語やフランス語にも見られる。
 Tim hat der Nachbarin gestern das Auto gewaschen. (Lee-Schoenfeld(2004:1))
 Jei luij ai mis la maini sur L' épaulej. (Koenig(1999:222))

ヘブライ語にもこの構文はあるのだが、本来[与格句]−[関連する名詞]の順でなくてはならないところ、非対格動詞の場合は[関連する名詞]が先行することが可能だが、非能格動詞や他動詞では不可能である。よって、PDCにおける与格句残留移動は非対格テストとして有効であると思われる。
 ha-kelev ne'elam le-Rina. 「リナの犬が消えた」
 *ha-kelev hitrocec le-Rina. 「リナの犬が走り回った」(以上、Randau(1999:7))

参考文献(References)

Bennis, Hans (2004) "Unergative Adjectives and Psycho Verbs," in A. Alexiadou, E. Anagnostopoulou and M. Everaert (eds.) The Unaccusativity Puzzle: Explorations of the Syntax-Lexicon Interface, Oxford University Press, Oxford, pp.84-113.

Bowers, John (2002) "Transitivity," Linguistic Inquiry 33, 183-224.

Brown, Sue (1999) The Syntax of Negation in Russian: A Minimalist Approach, CSLI Publications, Stanford, California.

Burzio, Luigi (1986) Italian Syntax, Reidel, Dordrecht.

Chomsky, Noam (2001) "Derivation by Phase," in Kenstowicz, M. (ed.) Ken Hale: A Life in Language, MIT Press, Cambridge, Mass, pp.1-53.

Cinque, Guglielmo (1996) "Ergative Adjectives and the Lexicalist Hypothesis," in Guglielmo Cinque Italian Syntax and Universal Grammar, Cambridge University Press, Cambridge, pp.207-243.

Harves, Stephanie Annemarie (2002) Unaccusative Syntax in Russian, Doctoral dissertation, Princeton University.

本城二郎 (2000) 『日本語話者のための簡約チェコ語文法/会話』

Koenig, Jean-Pierre (1999) "French Body-Parts and the Semantics of Binding," Natural Language and Linguistic Theory 17, 219-265.

Miyagawa, Shigeru (1989) Structure and Case Marking in Japanese, Academic Press, New York.

Nishihara, Toshiaki (1999) "On Locative Inversion and There-Construction," English Linguistics 16, 381-404.

Randau, Idan (1999) "Possessor Raising and the Structure of VP," Lingua 107, 1-37.

Lee-Schoenfeld, Vera (2004) "Possessor Raising: A Diagnostic for Restructuring," a talk given at Barkeley Germanic Linguistics Roundtable.

Tsujimura, Natsuko (1993) "Unaccusative Nouns and Resultatives in Japanese," in H. Hoji (ed.) Japanese/Korean Linguistics, SLA, Stanford University, Stanford, pp.335-349.
2007年02月06日(火) 10:42:12 Modified by k170a




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