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助動詞選択現象

助動詞選択現象とは、ドイツ語やオランダ語、イタリア語などにみられる言語現象である。現代英語では、完了時制(複合時制)でhave + 過去分詞(例:have sung)という形式を示すが、助動詞選択現象の見られる言語では、動詞の種類等に応じて、助動詞がhavebeとで交替することが知られている。

この現象を示す言語は少なくないと思われるが、論文等で頻繁に挙げられるのはドイツ語・オランダ語・イタリア語・フランス語と、イタリア語やドイツ語の方言である。また、Washio(2001)は上代日本語(奈良時代以前の日本語)の完了助動詞にも同様の選択現象が認められると主張している。

ある文において、どちらの助動詞が選択されるのかに関しては、少なくとも「語彙的な要因」と「統語的な要因」の2つが考えられる。

語彙的な要因

助動詞選択を引き起こす語彙要素は、ほとんどの場合「動詞」である。ある種の動詞の場合はbeを、また別の種の動詞はhaveを選択する、という区別があると考えられている。

動詞にはおおまかに自動詞他動詞がある、ということはよく知られているが、さらに自動詞を非対格動詞非能格動詞に区別できるとする仮説(非対格仮説;Perlmutter(1978), Burzio(1986)など)が提唱されており、助動詞選択については非常に有益である。一般に、純粋に語彙的な要因でbeが選択された場合、その動詞は「非対格動詞」である。残りの全ての動詞は、語彙的にはhaveを選択すべきものであり、一部の例外を除いて妥当であると思われる。逆に、完了助動詞としてbeを選択すれば動詞は非対格動詞であるために、これを「非対格性テスト」とすることも言語学の研究においてはよく行なわれている(Legendre(1989)は、少なくともフランス語に関しては十分条件に過ぎないといっている)。


非対格動詞は完了助動詞としてbe(に相当する助動詞)を選択する


まずはイタリア語の例から見よう。イタリア語でbe/haveに相当する助動詞はessere/avereである。次の例では、動詞venire「来る」がessereを取る(è venuto)一方で、avereは取らない(*ha venuto)ことを示している。
 Paolo è venuto/*ha venuto all'appuntamento. (Sorace(2004:256))
 「パオロは会合に来た」

次にフランス語の例を挙げる。フランス語でbe/haveに相当する助動詞はêtre/avoirである。次の例では、動詞arriver「到着する」がêtreを取る(est arrivée)一方で、avoirは取らない(*a arrivé)ことを示している(※過去分詞arrivéeは、女性主語と一致?している。一般に、ロマンス系言語において、beは一致に対して透明であるが、haveは不透明である)。
 Ma sœur est arrivée/*a arrivé en retard. (ditto )
 「私の姉妹は遅れて到着した」

続いての例はオランダ語である。オランダ語でbe/haveに相当する助動詞はzijn/hebbenである。次の例では、動詞aankomen「到着する」がzijnを取る(aangekomen ist)一方で、hebbenは取らない(*aangekomen heeft)ことを示している。
 De brief is/*heeft aangekomen. (ditto )
 「その手紙は届いている」

さらなるデータがドイツ語から提供される。ドイツ語でbe/haveに相当する助動詞はsein/habenである。次の例では、動詞ankommen「到着する」がseinを取る(angekommen ist)一方で、habenは取らない(*angekommen hat)ことを示している。
 Der Zug ist/*hat spät angekommen. (ditto )
  「電車が到着した」

以上の例に現れた動詞comearrive は「非対格動詞」という分類に属す。


非能格動詞は完了助動詞としてhave(に相当する助動詞)を選択する


上と同様に、イタリア語・フランス語・オランダ語・ドイツ語の順に例示する。
イタリア語の動詞parlare「話す」は助動詞avereを選択する。
 I delegati hanno parlato/*sono parlati tutto il giorno. (ditto )
 「使節らは一日中話していた」

フランス語の動詞travailler「働く」は助動詞avoirを選択する。
 Les ouvriers ont travaillé/*sont travaillés toute la nuit. (ditto )
 「労働者は一晩中働いていた」

オランダ語の動詞blazen「息を吹き込む」は助動詞hebbenを選択する。
 De trompettist heeft/*is met bolle wangen geblazen. (ditto )
 「そのトランペット奏者は全力で息を吹き込んだ」

ドイツ語の動詞arbeiten「働く」は助動詞habenを選択する。
 Kurt hat/*ist den ganzen Tag gearbeitet. (ditto :257)
 「クルトは一日中働いていた」

以上の例に現れた動詞talkwork などは「非能格動詞」という分類に属す。


他動詞は完了助動詞としてhave(に相当する助動詞)を選択する


これはほぼ確立された事実とみてよいだろう。しかし、一部言語において、目的語を取るために非対格動詞ではないと思われるものが、助動詞beを選択すると指摘されている。この動詞を「他動詞」と見なすかどうかは意見の分かれるところであろうが、助動詞選択現象に関わる事実として、概観しておきたい。

オランダ語volgen・ドイツ語folgen(いずれも英語のfollowに対応)は、「追随」の意味では完了助動詞にbeをとる。
[オランダ語]
 De politie is de dief gevolgd. (cf. Lieber and Baayen(1997:810))
 「警察は泥棒について彼の家までいった」
[ドイツ語]
 Die Polizisten sind dem Einbrecher gefolgt.(鷲尾(2003:138))
 「警察は空き巣について行った」

鷲尾(2003)によれば、ドイツ語では不可能であるものの、オランダ語では、本来非対格動詞には認められないはずの「受動化?」を許すという。しかも、以下の対比より当該受動化は「人称受動?」であると考えられる。なお、人称受動とは、能動文の(直接)目的語が受動文の主格主語に対応するものをいい、能動文の(間接)目的語が受動文においても主格とならない「非人称受動?」と対比される。もし受動文に主格主語が生じるならば、対応する能動文には直接目的格(対格)目的語があったことになるのである。これは、他動詞や一部の非能格動詞の特性であり、非対格動詞にはありえないものだといわざるを得ない。
 Ik werd (door de politieagenten) gevolgd.
 *Mij werd (door de politieagenten) gevolgd. (いずれも鷲尾(2003:141))
 「私は(警官に)ついてこられた」

また、動詞volgenは、過去分詞の形で内項?を修飾できると同時に、外項?をも修飾するという。一般的に、外項は過去分詞によって前置修飾されないから、大変な問題となるのは必至である。
 de gevolgde persoon (ditto :142)
 「(他人に)ついてこられた人/(ある人に)ついてきた人」

統語的な要因

助動詞選択を示す言語において、どちらかの助動詞を選択するのに決定的な要因は、ひとつは上述のような語彙的な要因であるが、もうひとつ、統語的な要因が関わることがある。

もっとも明確な統語的要因は「方向(あるいは、より厳密に「移動先の着点」)を示す前置詞句」の付加である。英語でいえば、at the parkは「公園で」という静止場所を示すが、to the parkは「公園へ」という移動先・着点を示す。助動詞選択に影響を及ぼすのは、後者の前置詞句である。

ある種の非能格動詞は、方向指示的前置詞句(directional PPs)が付加すると非対格動詞同様、助動詞にbeをとる。
[イタリア語]
 Gianni ha corso (in spiaggia). (Folli and Ramchand(2001:11-16))
 「ジャンニは(浜辺を)走った」
 Gianni è corso in spiaggia. (ditto :12)
 「ジャンニは浜辺まで走っていった」
 ※correre「走る」は非能格動詞。助動詞がha(has)からè(is)に交替している。

[オランダ語]
 Jan heeft gelopen. (Lieber and Baayen(1997:807))
 「ヤンは歩いた」
 Jan is naar Amsterdam gelopen. (ditto :808)
 「ヤンはアムステルダムまで歩いていった」
 ※lopen「歩く」は非能格動詞。助動詞がheeft(has)からis(is)に交替している。

態(ヴォイス)などとの関わり

以上に概観してきたほとんどの例は、能動態?(active voice)であった。しかし、多くの言語には受動態?(passive voice)が存在し、さらに一部の言語には中間態?(middle voice)がある。

◆受動態
助動詞選択を示すような言語において、形容詞的受動(状態受動?)は一様にbeをとる。
[イタリア語]
 Lo studio è aperto.
 「スタジオが開いている」
[ドイツ語]
 Das Fenster ist geschlossen.
 「窓が閉まっている」

一方、動詞的受動(動作受動?)では、オランダ語とドイツ語が助動詞にworden/werden(単独ではbecomeに相当)をとる。
[ドイツ語]
 Nina wird von allen geliebt. (クラウン独和辞典第3版)
 「ニーナはみんなから愛されている」

◆中間態
中間態は、能動態You can cut this meat easily「この肉を簡単に切ることができる」・受動態This meat can be cut easily「この肉は簡単に切られる」に対して、その中間的な性質を示すものであるとされる。本来の中間態とは若干異なる構文であるため、「中間構文」とする場合も多い。
[英語]
 This meat cut easily.
 「この肉は簡単に切れる」

Ackema and Schoorlemmer(1995)は、オランダ語の中間構文がbeではなくhaveであると述べている。
[オランダ語]
 Dit vlees heeft/*is altijd gemakkelijk gesneden. (Ackema and Schoorlemmer(1995:188))
 「この肉はいつも簡単に切れてきた(だからこれからも簡単に切れるだろう)」
中間構文は、能動の他動詞文から自動詞文を形成する操作であると見なされるが、形成された自動詞文は助動詞選択の事実により、非対格的ではなく非能格的であると結論され得るということになる。

参考文献(References)

Ackema, Peter and Maaike Schoorlemmer (1995) "Middles and Nonmovement," Linguistic Inquiry 26, 173-197.

Burzio, Luigi (1986) Italian Syntax, Reidel, Dordrecht.

Folli, Raffaella and Gillian Ramchand (2005) "Prepositions and Results in Italian and English: An Analysis from Event Decomposition," in H. Verkyul, H. van Hout and H. de Swartz (eds) Perspectives on Aspect, Springer, Dordrecht, pp. 81-105.[※本稿ではネット上に掲載されたヴァージョン(2001)をもとに述べている。]
http://www.hum.uit.no/a/ramchand/research.html

Legendre, Geraldine (1989) "Unaccusativity in French," Lingua 79, 95-164.

Lieber, Rochelle and Harald Baayen (1997) "A Semantic Principle of Auxiliary Selection in Dutch," Natural Language and Linguistic Theory 15, 789-845.

Perlmutter, David M. (1978) "Impersonal Passives and the Unaccusative Hypothesis," BLS 4, 157-189.

Sorace, Antonella (2004) "Gradience at the Lexicon-Syntax Interface: Evidence from Auxiliary Selection and Implications for Unaccusativity," in A. Alexiadou, E. Anagnostopoulou and M. Everaert (eds.) The Unaccusativity Puzzle: Explorations of the Syntax-Lexicon Interface, Oxford University Press, Oxford, pp.243-268.

Washio, Ryuichi (2001) "Auxiliary Selection: A Universal Phenomenon," in Kazuko, I and N. Hasegawa (eds.) Linguistics and Interdisciplinary Research, pp.139-167.
http://coe-sun.kuis.ac.jp/coe/public/paper/outside...

鷲尾龍一 (2003) 「助動詞選択と非対格性をめぐる若干の考察」、『上智大学言語学会会報』17、pp.134-153.
http://www.modern.tsukuba.ac.jp/~washio/RW-sohpia....
2007年02月03日(土) 03:05:57 Modified by k170a




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